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京都大学霊長類研究所 > 年報のページ > vol. 48 京都大学霊長類研究所 年報vol. 48 2017年度の活動C. 随時募集研究 2017-C-1 サルの脅威刺激検出に関する研究 川合伸幸、邱华琛(名古屋大・情報科学) 所内対応者:香田啓貴 ヒトがヘビやクモに対して恐怖を感じるのは生得的なものか経験によるのか長年議論が続けられてきた。我々は、ヘビ恐怖の生得性は認識されていることを示すために視覚探索課題を用いて、ヒト幼児や(ヘビを見たことのない)サルがヘビの写真をほかの動物の写真よりもすばやく検出することをあきらかにし、ヒトやサルが生得的にヘビに敏感であることを示した。しかし、発見したヘビの場所を長く記憶することは生存価があるが、ヘビの位置を長く記憶しているかは不明である。そこで、ニホンザルがヘビの位置を長く記憶しているかを、遅延見本合わせ課題で確認した。具体的には見本合わせ課題において、提示された見本刺激をサルが触った後に、1秒~3秒の遅延期間を置いてから、2つの選択刺激を提示した。もしサルがヘビを長期間覚えているなら、ヘビの正答率が良くなると考えられた。しかし、遅延時間がのびるほど成績が低下したものの、ヘビの成績がよいとの結果は得られなかった。この結果は、サルはヘビを長期間覚えるわけではない可能性を示唆するが、選択刺激が2つしかなく、かつ遅延時間が比較的長いために、予期した結果が得られなかった可能性も考えられる。そこで次年度は、より多くの選択肢で、かつさらに短い保持時間で、ヘビの位置記憶が優れるかを検証する。
2017-C-2 脂質を標的としたサル免疫システムの解明 杉田昌彦、森田大輔(京都大・ウイルス再生研・細胞制御) 所内対応者:鈴木樹理 アカゲザル末梢血より樹立したリポペプチド特異的細胞傷害性T細胞株(2N5.1, SN45)(J. Immunol. 2011; J. Virol. 2013)の増殖維持には、2~3週間毎に適切なドナー由来のアカゲザル単核球の存在下で抗原刺激を行うことが必須である。本年度、霊長類研究所共同利用・共同研究課題を通して、T細胞活性化能を有するアカゲザルドナーを選定し、末梢血単核球を得てT細胞株を効果的に増殖維持することができた。さらに、このT細胞株を用いた研究から、以下の2つの顕著な成果をあげることができた。 1) 世界に先駆けて発見したアカゲザルリポペプチド提示分子Mamu-B*098(Nature Commun. 2016)が細胞内で結合する内因性リガンドとして細胞由来のリン脂質群を同定した。さらにMamu-B*098:リン脂質複合体の結晶構造を解明するとともに、その過程で新たなリガンド分子を見出し、その分子同定に成功した。(近日中に投稿予定) 2) 第2のアカゲザルリポペプチド提示分子としてLP2を同定し、LP2:ウイルスリポペプチド複合体の結晶化に成功した。さらにこれを用いてX線結晶構造解析を行い、LP2とリポペプチドの結合様式を解明した。(投稿中)
2017-C-3 マーモセット人工哺育個体の音声発達 黒田公美(理研・BSI・親和性社会行動)、齋藤慈子(武蔵野大・教育・児童教育)、篠塚一貴、矢野沙織(理研・BSI・親和性社会行動) 所内対応者:中村克樹 家族で群れを形成し、協同繁殖をおこなうコモンマーモセットは、親子間関係の発達を知るうえで重要な知見をもたらしてくれる動物である。また、多様な音声コミュニケーションを行うことが知られている種でもあり、音声の発達的変化についても注目がなされている。愛着行動の発達を調べる方法として、古くから母子分離という方法がとられているが、実験目的の完全な分離は倫理的な問題があり、近年では行われなくなった。マーモセットは、通常双子を出産するが、飼育下では三つ子以上の出産がみられ、その場合、親が育てられるのは2頭までであるため、人工哺育が行われ、養育者から完全に分離された状態になるが、母子分離、音声発達の観点から人工哺育個体の音声の詳細について分析を行った研究はない。本年度は、昨年録音した個体のうち、録音状況が不十分であった2頭(うち1頭人工哺育)、さらに3頭の人工哺育個体とその対象個体3頭、昨年コントロールが取れていなかった個体の対象個体、合計9頭を対象に、それぞれ20分間の録音をおこなった。途中ヒトがエサを提示し、それらの刺激に対する反応も分析した。記録した音声・動画から、発声頻度の測定、音声の分類を行った。その結果、全個体ではないが、昨年同様、人工哺育個体は、通常養育個体に比べ、ヒトがエサを提示した場面で、ネガティブな発声(警戒音、不安時の音声)を発することが多い傾向がみられた。また、1歳弱の人工哺育個体では、乳児が特徴的に発する音声(Vhee)の発声が頻繁にみられた。(画像ファイルは昨年度までに録音した個体の分析結果を示したものであり、本年度の録音についての詳細は分析中である。)
2017-C-4 福島原発災害による野生ニホンザル胎仔の放射線被ばく影響 土屋萌(日本獣医生命科学大学・獣医学部・獣医学科 野生動物学教室) 所内対応者:鈴木樹理 2011年3月11日に起きた東京電力福島第一原子力発電所の爆発により,放射線被ばくを受けた野生ニホンザルの次世代への影響を調べるため,震災前後における胎仔の脳容積の成長および,生後1年以内の幼獣の体重成長曲線を比較した。また、脳容積の推定のため,CT撮影により頭蓋内体積を計測した。震災後胎仔は震災前胎仔よりもCRLに対する頭蓋内体積が小さい傾向が見られ,胎仔に脳の発育遅滞が起こっていると考えられた。さらに、0歳の幼獣について捕獲日ごとに体重と体長との散布図を作成し,震災前個体と震災後個体の成長曲線を比較した。その結果、体長が250㎜に達するまでは震災前個体よりも震災後個体の方が体長に対する体重が軽い傾向が見られた。一方、成長が停滞する250~350㎜に達すると震災前個体も震災後個体も体重はほぼ変わらず,再び成長が見られる350㎜以上では大きな差は見られなくなった。以上より,震災後個体は生後も数か月間は成長が遅滞していることが示唆された。 また、福島の被ばくしたサルと対照となる下北のサル、各数例について予備的な観察を実施したところ、被ばくの有無によって星状膠細胞の形態的な差異が認められた。
2017-C-5 レトロエレメント由来の獲得遺伝子の霊長類における分布解析 石野史敏(東京医科歯科大・難治疾患研究所)、金児-石野知子(東海大・健康科学部)、入江将仁(東京医科歯科大・難治疾患研究所) 所内対応者:古賀章彦 ヒトゲノムにはレトロエレメント由来の獲得遺伝子群である11個のSIRH遺伝子が含まれる。これらの多くは真獣類特異的遺伝子であり、近年の研究から、ヒトやマウスを含む真獣類の個体発生機構の様々な特徴(胎生や高度の脳機能など)に深く関係する機能を持つことが明らかになってきた。そのため、真獣類の進化を促した遺伝子群である可能性が高いと考えている。昨年に引き続き、脳で発現し行動に関係するSIRH11/ZCCHC16の解析を、南米に生息する新世界ザルに置いて行った。昨年度、南米の新世界ザルではN末領域の大きな欠失があることを明らかにしたが、新世界ザルの進化を考える上で重要な位置にあるクモザルの解析を行った。その結果、このN末領域の大きな欠失が共通して存在することが明らかになり、これらの共通祖先において変異が生じた可能性の高いことが明らかとなった。
2017-C-6 Complexity in the Behavioral Organization of Japanese Macaques Kelly Finn(University of California Davis) 所内対応者:Andrew MacIntosh New bio-logging technologies are becoming increasingly popular for long-term data collection of animal movement, revolutionizing the data quantity one is able to attain from animals in their natural environments; however, extracting biological meaning from these data has been extremely challenging. While organization of movement is driven by many internal factors and external constraints, movement patterns are often our only window into the numerous underlying processes of an animal’s behavioral ecology. Sequences of behavior can have very different structure even with the same amount of behavior, but time series analyses can detect subtle changes in behavioral structure that are missed when using traditional measures, such as average durations or frequencies. However, we do not understand how much variability exists between individuals in the temporal structure of their activity patterns, and how much this varies within an individual by behavioral state, landscape, and social environment. There are also countless methods to analyze time series, and it has not been thoroughly explored which measures might show meaningful variation that correspond to individual or environmental attributes. The full utility of this approach has not been actualized, and the measurement of behavioral complexity is an untapped, potentially fundamental, source of knowledge about an animal’s behavior and health. The present study will determine which pattern characteristics of macaque movement show meaningful variability in scaling, randomness, memory, and intrinsic computation, and which of these attributes vary within an individual across behaviors or environmental contexts. Alongside previously used fractal analyses, we are applying additional complexity measures from the leading edge of information theory to create thorough complexity profiles of an individual’s movement. We recorded sequences of activity and location of macaques in durations of 12 continuous hours, every other day for 2 weeks. We used a combination of GPS and accelerometry bio-loggers, which were attached on collars to a subset of 5 adults. We video recorded hour-long focal follow observations of animals alongside bio-logging in order to determine the behavioral states of the macaques (e.g. foraging, travel). We also recorded group-level video to assess group-level activity and events (feeding, major fights, etc). Thus far we have begun descriptive analysis of the data we have collected. Preliminary analyses reveal individual differences in scaling patterns of movement, and consistent variation based on the time of day. Further analysis will continue quantifying these sequences, as well as GPS spatial data, with our suite of methods. We have also coded 50+ hours of focal follows recorded as video as time-stamped strings of behavioral changes. These data are currently being converted to time series for analysis, and will be used to convert accelerometer to discrete units of movement. The anticipated completion of this analysis is Winter 2018. With this data we will assess the variability in individual captive macaque behavioral structure, use this data to validate monkey behavior for accelerometer data in other studies, and make accessible a toolbox of tested complexity measures for future studies.
2017-C-7 ヒト動脈硬化症のアカゲザルモデル作出のための基礎研究 日比野久美子(名古屋文理大学・短期大学部)、竹中晃子(名古屋文理大学・短期大学部 名誉教授) 所内対応者:鈴木樹理 コレステロール(Ch)を組織に運搬する低密度リポたんぱく質の受容体遺伝子(LDLR)のエクソン3領域にCys61Tyr変異を有する個体がインド由来アカゲザルに見出され、17年間家系維持に努め、現在6頭のヘテロ接合型と1頭のホモ接合型個体を有している。平成25年度より、0.1%あるいは0.3%Chを含む飼料を投与し、このうち2頭のヘテロ接合個体が明らかに動脈硬化を起こす指標となるT-Ch/HDL>5.0 、LDL/HDL>3.5を著しく超えた。しかし3歳のホモ接合個体は正常の成体の血中Chとほぼ同じ値を示した。以前の研究から6~7歳までは血中総Ch値が約2割低下し続けることが明らかになっているため、今年度は4歳の正常、ヘテロ、ホモ接合個体に0.3%Chを10週間投与した。ホモ接合個体 #2041は正常個体よりも50-100mg/dlは高かったが4歳で動脈硬化指数を超えることはなかった。7歳までは正常個体において血中CHレベルは低下し続けるので8歳以降高くなる可能性もある。さらにこの個体はメスで、動脈硬化指数を超えた2頭は雄であるため、今後の家系維持には欠かせない個体である。また、ヘテロ接合個体#2051は生後黄疸があり、今回の投与でも3週目からLDL値が急低下し、体調が十分ではないように思われた。これまでの投与実験で、動脈硬化指数を著しく超えた#1784と#1834はLDLR遺伝子のCys61Tyr変異に加えて他の遺伝子変異を持っている可能性が考えられたので、#1784の母親(LDLRヘテロ接合体)をコントロールとして、次世代シークエンス法による3頭の全ゲノム変異解析を行っている。現在結果を解析中である。
2017-C-8 野生チンパンジーの老齢個体の行動及び社会的地位の研究 保坂和彦(鎌倉女子大学・児童) 所内対応者:Michael A. Huffman 2017年8月~9月、マハレM集団のチンパンジーを対象に野外調査を実施した。社会行動、遊動行動、狩猟行動に関する過去資料と比較可能な項目について、主として全オトナ雄9頭を個体追跡して連続行動記録による資料収集をおこなった(個体追跡184時間、アドリブ約55時間)。調査期間中、10回のアカコロブス狩猟(7回成功)を観察し、少なくとも10個体の獲物が消費された。観察された肉分配のエピソード7回のうちα雄PRが肉を保持した事例は3回であった。残り4回のうち1回は同年齢のβ雄OR、3回は年長雄DW、BB、CTが肉を保持した。最高齢の元α雄FNは肉を保持することはなかったが、肉食クラスターに積極的にアクセスし、拒絶されることはなかった。これは、肉食クラスター内の個体による老齢個体への寛容性を示す事例として本課題の作業仮説を支持する証拠となる。また、老齢でなくともα雄にとって年長の劣位雄は、肉分配の場においてα雄と対等な関係を保っていた。さらに、初老に近い低順位雄BBとCTは、7~9歳の孤児に追随される姿が頻繁に見られており、これらの特別な個体間関係が、孤児の今後の社会関係や生存にどのような影響があるのか注視していきたい。
2017-C-9 霊長類細胞におけるDNA損傷応答・細胞老化の解析 小林純也(京都大・放生研) 所内対応者:今井啓雄 放射線をはじめ様々な環境ストレスでゲノムDNAは損傷を受けるが、正常な遺伝情報を保つ(ゲノム安定性)ために生物は損傷したDNAを修復する能力を持つ。しかし、このような修復能力は加齢により減退し、その結果、DNA損傷が蓄積し細胞老化が起こると考えられる。一方で、遺伝子は常に正確に修復・複製されると進化に必要な遺伝子の多様性がうまれないことから、修復・複製の正確度にはある程度の幅があって、ゲノム安定性と遺伝的多様性の間でバランスがとられている可能性がある。このようなDNA損傷応答能・修復能と細胞老化、ゲノム安定性・遺伝的多様性の関係を探るために、本研究ではヒトを含む霊長類繊維芽細胞でDNA損傷応答能の差異を検討することを計画し、平成28年度から共同利用・共同研究を開始した。 平成29年度研究では、平成28年度に提供を受けたチンパンジー、アカゲザル、コモンマーモセット、リスザル、オオガラゴの中で、アカゲザル由来繊維芽細胞について、ヒト正常繊維芽細胞とDNA損傷応答を免疫蛍光染色法を用いて比較することとした。DNA二本鎖切断損傷のマーカーであるリン酸化ヒストンH2AXはγ線照射30分後からヒト細胞同様にアカゲザル細胞でも核内フォーカス形成が観察され、照射4時間後にはヒトと同様に低下した。また、NHEJ修復経路に機能する因子53BP1のフォーカスの出現・消失も同様に見られ、放射線誘発DNA損傷の主な経路であるNHEJには両細胞間で大きな差はない可能性が示唆された。DNA損傷発生時にはDNA修復経路とともに、ATM/ATRキナーゼ依存的な細胞周期チェックポイント機構が活性化するが、これらキナーゼ特異的阻害剤を用いて、ATM/ATRの活性化の差をウエスタンブロット法で検討すると、ヒトと旧世界ザル由来SV40トランスフォーム細胞で活性化に差異が示唆された。そのため、30年度には正常繊維芽細胞においてもこのような差異が見られるかを検討する予定である。
2017-C-10 マカクにおける繁殖季節性や加齢が骨格に与える影響の解析 松尾光一(慶應義塾大・医・細胞組織学)、山海直(医薬基盤・健康・栄養研究所・霊長類医科学研究センター)、Suchinda Malaivijitnond(Chulalongkorn大・理)、森川誠(慶應義塾大・医・細胞組織学) 所内対応者:濱田穣 性ホルモンが骨代謝に大きな影響を及ぼすことは、よく知られている。ニホンザルが季節繁殖性を示し、繁殖期と非繁殖期に性ホルモンの増減を毎年繰り返していることも知られている。しかし、毎年繰り返されるホルモンの増減によって、ニホンザルの骨密度がどのように変化しているのかということは知られていない。これまでに我々は、耳小骨や大腿骨を用いて、季節に伴い骨密度がどのように変動するかを解析してきた。その結果、若い世代のオスのニホンザルにおいて、大腿骨の骨量の季節性変動を見出した。 今回、橈骨を用いて骨密度を定量し、死亡時の日付や年齢から季節変化による骨量と骨密度の変動を解析したところ、大腿骨と同じく比較的若い世代の橈骨の骨量において、季節性変動を示した。大腿骨における骨量の季節性変動が、橈骨においても再現性が見られたことで、さらし骨は、死亡時の骨量や骨密度を保存していると仮定すれば、季節性変動があるという仮説に確証が得られた。 さらに、京都大学霊長類研究所内で飼育されているオスのニホンザル8頭を用いて、ヘリカルCTによる骨密度解析と血中ホルモン濃度の測定を、季節による変化を観察するために、9月と12月にそれぞれ同様の実験を行った。これにより、ヘリカルCTによる生体橈骨の骨密度や血中ホルモン濃度を解析する一連の手法を確立した。
2017-C-11 Pan属2種における遊動時の意思決定行動の違い 徳山奈帆子(総研大・先導研) 所内対応者:古市剛史 本研究では、ヒトと進化的に最も近いPan属の2種において、移動開始または移動中の意思決定パターンを分析することで、集団内でどのような「リーダーシップ」を持つのかを解明する。両種の社会構造の違いがリーダーシップに及ぼす影響を解明することを最終的な目的とする。2017年5-7月にウガンダ・カリンズ森林保護区にて野生チンパンジーの観察を行い、移動を最初に開始する個体(イニシエーター)と、追随する個体(フォロワー)を記録した。また、それらの結果を、2012年から2015年にコンゴ民主共和国・ルオー学術保護区のボノボにおいて同じように記録した結果との比較を行った。ボノボにおいては、移動開始の意思決定において偏った形のリーダーシップが見られること、老齢のメスに他個体が追従することでパーティの凝集性が保たれることが分かった。対してチンパンジーにおいては、詳しいデータ分析は終了していないが、パーティの凝集性は高順位のオスの移動に低順位オスたちが追従することで保たれている様子だった。チンパンジーにおいては、採食・休憩場所からオスたちが動き出しても、メス達がそのオスたちに付いていくことは少なかった。結果には、ボノボのメス中心社会、チンパンジーのオス中心社会という両種の社会性の違いがよく表れていた。
2017-C-12 大型類人猿細胞における染色体末端領域の機能解析 加納純子(大阪大学・蛋白質研究所・細胞核ネットワーク研究室) 所内対応者:古賀章彦 大型類人猿のチンパンジー、ボノボ、ゴリラの染色体末端領域に存在するStSat繰り返し配列の細胞内機能を探り、ヒトとの違いを探ることを目的としている。29年度は、まずStSat配列に特異的に結合する蛋白質の同定と試みた。StSat配列のコンセンサス配列2リピート分の64塩基からなるDNAをDIGラベルし、チンパンジー細胞抽出液と混合した後、抗DIG抗体とマグネティックビーズを用いてStSat結合蛋白質を精製した (pull-down assay)。そのサンプルを質量分析によって同定したところ、RNA代謝に関わる因子が多く含まれていた。今後は、vivoでStSatに結合する蛋白質を同定するため、enChIP法による精製を試す予定である。 また、ヒトと大型類人猿のサブテロメア遺伝子の発現の違いを解析した。その結果、そもそもチンパンジーではサブテロメア遺伝子のコピー数がヒトより少なく、遺伝子発現量もヒトより少ないことがわかった。さらに、チンパンジーではサブテロメアに存在し、ヒトでは染色体内部に存在する共通の遺伝子の発現量は、チンパンジーでヒトより高かった。今後、このような発現量の違いがStSatの影響によるものなのかなどについて解析を進める。
2017-C-13 プロテオミクス解析によるニホンザル授乳状況の推定 蔦谷匠(京都大学大学院)、Matthew Collins、Enrico Cappellini (University of Copenhagen) 所内対応者:宮部貴子 所内対応者の協力を得て採取したニホンザルの糞をコペンハーゲン大学(デンマーク)に輸送し、プロテオミクス解析を実施した。糞に大量に含まれるバクテリアを除去するために、ヒトの糞のプロテオミクス研究で用いられているタンパク質抽出方法を改良し、適用した。分析の結果、カゼインなど乳に特異的なタンパク質が授乳中のアカンボウからのみ検出された。糞に含まれるタンパク質を網羅的に解析し同定することで、個体の授乳・離乳状況が推定できる可能性が示唆された。今後、この成果をすぐにでも論文化する予定である。
2017-C-14 経路選択的な機能操作技術を応用したマーモセット大脳皮質―基底核ネットワークの構造マッピング 山崎美和子、今野幸太郎(北大・医・解剖発生) 所内対応者:中村克樹 平成29年度は、霊長研から提供を受けた灌流固定脳を用いてin situ hybridizationと免疫染色を行い、光学顕微鏡および電子顕微鏡レベルでの局在解析を行った。マーモセット脳で適用可能なAMPA型受容体(GluA1, GluA2, GluA3, GluA4)に対するリポブローブを開発し、in situ hybridization法により成体マーモセット脳におけるmRNA発現細胞分布の確認を行った。その結果、マーモセット線条体におけるAMPA型受容体は主にGluA1, GluA2, GluA3から構成されていることが明らかになった。また、全てのサブユニットを個別に認識する抗体に加え、全てを同時に認識する抗体を開発した。これらを用いて染色を行い、mRNAの発現パターンと一致する結果を得た。また、全てのサブユニットを同時に認識する抗体を用いて免疫電顕解析を行った結果、視床―線条体シナプスと、皮質―線条体シナプスにおけるAMPA受容体の密度はほぼ同等レベルになるように制御されていることが明らかとなった。
2017-C-15 種特異的ノンコーディングRNAによるほ乳類脳神経機能分化 今村拓也(九州大・医・応用幹細胞) 所内対応者:今村公紀 本課題は、ほ乳類脳のエピゲノム形成に関わるnon-coding RNA (ncRNA)制御メカニズムとその種間多様性を明らかにすることを目的としている。本年度は、過年度の共同利用において既得の霊長類・げっ歯類ncRNA情報(DDBJアクセション番号DRA000861, DRA003227,DRA003228など)をもとにncRNAの霊長類進化における機能を解析し、獲得ncRNAが遺伝子発現スイッチオンに確かに寄与していることを明らかにした成果をもとに、ncRNAが関与しうるトポロジカルドメイン変化について解析した。その結果、チンパンジー神経幹細胞において特定の遺伝子座間で時期特異的な相互座用を示す可能性が浮上した。今回見つかった特異的相互作用のなかには、マウス神経幹細胞には認められないものもあり、現在、これらが、霊長類の脳の特性を明らかにするための分子基盤となりうることを考えている。
2017-C-16 霊長類におけるエピゲノム進化の解明 一柳健司(名古屋大・農・ゲノム・エピゲノムダイナミクス)、平田真由、一柳朋子(名古屋大・農) 所内対応者:今村公紀 霊長類研究所より3系統のiPS細胞(キク、マリー、ケニー)を分与いただき、RNAを回収して、mRNA-seqを行った。これらのサンプルはほとんど同じ遺伝子発現プロファイルを示した。それらのデータを公開されているヒトiPS細胞のmRNA-seqと比較し、数百の発現量が異なる遺伝子を同定した。これらの中にはクロマチンリモデリングにか変わる遺伝子群がエンリッチしており、種間でクロマチン状態が異なっている可能性が示唆された。現在、ChIP-seqによるクロマチン解析を進めている。一方、レトロトランスポゾンの発現量を比較したところ、リプログラミングに関わると言われているLTR7因子の発現量がチンパンジーで低く、連動してLTR7によって転写される遺伝子群の発現量もチンパンジーで低かった。これらの結果はリプログラミング経路に違いがある可能性を示唆するのかもしれない。比較に用いたヒトiPS細胞はリプログラミングの方法や培養条件が異なるので、今後は同じ条件でリプログラミング、培養したヒトiPS細胞を用いてmRNA-seqを行う予定である。
2017-C-18 G.g.gorilla由来電位依存性プロトンチャネルのcDNAクローニング 竹下浩平(大阪大学蛋白質研究所・超分子構造解析学研究室) 所内対応者:今井啓雄 電位依存性プロトンチャネル(Hv1)はH+透過性の膜電位センサーが細胞質内コイルドコイルによって2量体化したユニークな構造をもつ。生体内機能としては免疫系細胞における活性酸素産生、精子成熟調節、乳がんや白血病などの悪性化などに関与することが報告されている。これまでに研究代表者は世界に先駆けてHv1の結晶構造を決定し、H+透過機構の一端を報告した。このHv1のアミノ酸配列の保存性は高いことが知られているが、Gorilla Gorilla Gorilla(G.g.gorilla)由来のHv1の細胞質コイルドコイル領域については特徴的な配列がデータベースに登録されている。しかし、このGorilla由来の配列はゲノム解析配列から予測されたmRNA配列として複数報告されており、G.g.gorillaのHv1配列が本当に特徴的であるか不明である。よって本研究課題ではGorilla由来のHv1のcDNA配列の解析を行った。霊長類研究所の今井啓雄教授より提供頂いたニシローランドゴリラ(福岡市立動物園)のウイリー (♂)由来のSpleenよりmRNAの抽出、cDNA合成を行いDNAシークエンス解析を行った。その結果、G.g.gorillaのHv1の細胞質コイルドコイルの配列はヒト由来のHv1の細胞質コイルドコイル配列と100%の相同性であった。さらに解析したcDNA配列をBLAST検索したところ、GeneBank XM_091038652.1に登録されているPREDICTED: Gorilla gorilla gorilla hydrogen voltage gated channel 1 (HVCN1), transcript variant X6, mRNAが100%の相同性としてヒットした。今回の結果からG.g.gorillaのHv1配列はヒト由来のHv1と高い相同性があり、G.g.gorillaのHv1に特徴的な配列ではないことが判明した。一方で、G.g.gorillaのHv1のcDNA配列解析は新規であり、この配列情報をデータベースへ登録することを今後検討したい。
2017-C-19 精神・神経疾患モデルマーモセットの行動解析法の開発 饗場篤、川本健太(東大・院医・疾患生命工学セ・動物資源学) 所内対応者:中村克樹 本研究では統合失調症、神経変性疾患といった精神・神経疾患の理解や克服を実現し、ヒトの精神活動を理解するための行動標識法の開発を目的とした。そこで、霊長類研究所神経科学部門高次脳機能分野において行われているコモンマーモセットの認知機能評価および行動評価法をベースとした精神・神経疾患特異的な行動を適切に評価する方法の開発を目指した。 霊長類研究所内で飼育されているコモンマーモセットの飼育環境を詳細に観察し、飼育ケージにおいて小型の認知実験装置を用いた認知課題の訓練を実施した。具体的には、精神・神経疾患モデルでない4頭のマーモセットに対して、図形弁別課題とその逆転学習課題への馴化と試行を実施した。実験装置のタブレット端末上に提示される二種類の図形から正解を選択することと報酬を得ることとの連合学習の成立を観察した。また、実験個体の体調管理や補食の給餌の条件検討を行った。 今後は、霊長類研究所内の飼育・管理法を参考に当研究室で飼育・管理されているマーモセットへの飼育環境と体調の改善を行い、精神・神経疾患モデルの認知実験系のセットアップを行う予定である。
2017-C-20 遺伝子改変マーモセットの行動解析法の開発 菅原正晃、小林和人(福島県立医科大・医・生体情報伝達研)、川本健太(東京大・医) 所内対応者:中村克樹 コモンマーモセットを対象として、遺伝子改変・編集技術を用いることにより各種精神・疾患モデルを作出し、機序の解明および治療法の開発を目指している。作出したモデル動物の認知機能がどのように健常個体と異なるのかを行動で評価するために、霊長類研究所で用いているタッチパネルを用いた認知実験を習得した。認知実験を実施するに先立ち、コモンマーモセットの飼育管理方法を日常観察の注意点等も教えてもらい習得した。また、学習課題の報酬の作製法も習得した。認知機能評価法に関しては、ナイーブな動物のタッチパネルへのタッチ訓練、図形弁別学習課題の訓練、逆転学習課題の訓練を実施した。さらに、新しい課題を開発するに際して必要となるコンピュータプログラムに関する知識等も習得することができた。今後は、所属機関(福島県立医科大学・東京大学)に戻り、同様のシステムを立ち上げ、認知機能の評価が霊長類研究所だけではなく所属機関でもできるようにする。
2017-C-21 アジア・アフリカ霊長類の比較採食生態:とくに腸内細菌叢に着目して Colin Chapman (MaGill University)、松田一希(中部大・創発学術院) 所内対応者:湯本貴和 アジアとアフリカの霊長類の採食生態に関して、これまで代表研究者や協力者、所内対応者らが蓄積したデータに基づいて、比較研究をおこなった。とくにコロブス類の葉食について、消化に関する知見を論文にまとめた。 Matsuda, I., P.C.Y. Shi, J.C.M. Sha, M. Clauss, and C.A. Chapman. in press Primate resting postures: constraints by foregut fermentation? Physiological and Biochemical Zoology. Irwin, M.T., J.-L. Raharison, C.A. Chapman, R., Junge, J.M. and Rothman. 2017. Minerals in the foods and diet of diademed sifakas: Are they nutritional challenges? American Journal of Primatology. 10.1002/ajp.22623 Federman, S., M. Sinnott-Armstrong, A.L. Baden, C.A. Chapman, D.C. Daly, A.R. Richard, K. Valenta, M.J. Donoghue. 2017. The paucity of frugivores in Madagascar may not be due to unpredictable temperatures or fruit resources. PLoS ONE 12(1): e0168943. doi:10.1371/journal.pone.0168943. Jacob, A.L., M.J. Lechowicz, and C.A. Chapman. 2017. Non-native fruit trees facilitate colonization of native forest trees on abandoned farmland. Restoration Ecology. DOI: 10.1111/rec.12414 Johnson, C.A., D. Raubenheimer, C.A. Chapman, K.J. Tombak, A.J. Reid, and J.M. Rothman. 2017. Macronutrient balancing affects patch departure by guerezas (Colobus guereza). American Journal of Primatology. DOI: 10.1002/ajp.22495
2017-C-22 Multi-Dimensional Analysis of the Limbic Vocal Tic Network and its Modulation via Voltammetry Controlled High-Frequency Deep Brain Stimulation of the Nucleus Accumbens Kevin William McCairn (RIKEN Brain Science Institute) 所内対応者:高田昌彦 MPTP投与によって作製したパーキンソン病サルモデルから、安静時およびボタン押し課題遂行中における大脳皮質、大脳基底核、小脳から神経活動の多領域多点同時記録を実施した結果、パーキンソン病モデルの小脳からベータ波の過活動を検出し、更にcross-frequency coupling解析により、運動遂行時における大脳皮質(特に一次運動野)との間のphase amplitude couplingが大脳基底核よりもむしろ小脳で顕著であることが明らかになった。この研究成果は、パーキンソン病の病態発現への小脳の関与を示唆しており、従来のパーキンソン病研究の範疇を超えた極めて独創的なものであるとともに、近年注目が集まっている大脳皮質、大脳基底核、および小脳の機能連関についても新たな知見を得ることができた。現在、原著論文として発表することを検討中である。
2017-C-23 チンパンジーを対象としたアイ・トラッキングによる記憶・心の理論・視線認知についての比較認知研究 狩野文浩(京都大・野生・熊本サンクチュアリ) 所内対応者:友永雅己 赤外線式のリモート式テーブル設置型のアイ・トラッカーで、チンパンジーを対象に、ビデオを見せたときの眼球運動を測定した。 ヒト幼児ではアイ・コンタクトや名前を呼ぶなどの顕示的手がかりのあとに、視線手がかりを与えると、特にその視線によく反応する(視線の先を追う)ことが知られている。同じテストに、家畜のイヌもヒト幼児と同様の反応を示すことが知られている。類人猿では研究がない。前年度の実験に引き続き、投稿した論文のエディターからのコメントに基づき、このテストの追加実験を行った。前年度は、ヒト役者が目の前の2つの物体のうちどちらかに目を向ける視線手がかりを与える前に、アイ・コンタクトと名前を呼ぶ顕示的な手がかりを与える条件と、同様に注意を惹くが顕示的ではない手がかり(頭を振る、視覚刺激が頭に提示されるなど)を与える条件の2条件でテストした。結果、チンパンジーはヒト幼児やイヌのように顕示的な手がかりの後に特に視線の先を追うという結果は認められなかったが、顕示的手がかりの後に、その手がかりを与えた役者の前のものを積極的に探す視線のパターンが認められた。エディターからは、提示する物体の数が2つと少ないことが結果に影響しているのではないかとコメントがあったため、今年度は、物体の数を4つに増やして同条件で再度テストした。結果は前年度の実験と同じものであった。 これらの結果から、チンパンジーはヒトの役者が与える顕示的手がかりの意味役割―つまり、なにか環境について示唆しているということ―をある程度理解していると考えられるが、その顕示的手がかりを視線手がかりに結び付けて、特定の物体について示唆を与えられているというようには理解しなかったことになる。この結果は論文としてまとめ、再び投稿する予定である。
2017-C-24 霊長類の運動適応と胸郭-前肢帯配置 加賀谷美幸(広島大学医歯薬保健学研究科) 所内対応者:濱田穣 胸郭と前肢帯の位置関係を比較するため、これまでに撮影を行ったニホンザル、ヒヒ、クモザル、オマキザル(生体)の背臥位のCT像を観察したところ、旧世界ザル類に比べて新世界ザル類は脊柱に対し肋骨が尾側に傾き、胸鎖関節が相対的に尾側に位置する傾向がみられた。新世界ザル類のこのような骨格プロポーションでは、胸部と頭部の間のスペースが大きく確保され、肩関節の運動がより制約なく行えると予想された。一方で、樹上性の高い中型の旧世界ザルは、短時間の前肢ぶら下がり移動を行うが、胸郭-前肢帯配置は前述の旧世界ザルに近いのか、新世界ザルに近いのかは明らかでない。このため、日本モンキーセンター所蔵のテングザル、ハヌマンラングール、コロブスなどの冷凍標本を利用し、霊長類研究所にてCT撮影を行った。保存の目的上、解凍して姿勢を直して撮影することはできなかったため、肋骨の関節角度を生体の背臥位のものと比較することは難しいが、おおまかにはニホンザルやヒヒに近いようすがみられた。また、胸郭上で前肢帯のとりうる位置の種間差を明らかにするため、ニホンザルとヒヒの生体計測を追加実施し、新世界ザルのデータとあわせて分析中である。
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