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京都大学霊長類研究所 > 年報のページ > 2012年度・目次 > 共同利用研究

京都大学霊長類研究所 年報

Vol.42 2011年度の活動

Ⅷ. 共同利用研究


2. 研究成果

(3) 一般グループ研究


C-1 間接的指標を用いた冷温帯林におけるニホンザル生息状況の推定

江成広斗(宇都宮大・農・里山),坂牧はるか(岩手大・連農) 所内対応者:渡邊邦夫

ニホンザルの簡便な個体群モニタリング手法の開発を目的に、1)サル樹皮食による木本植物の樹形変化、2)サル糞を選択的に利用する糞虫の生息密度、の2つをサル生息数の間接指標としての有効性を評価した。1)の結果、これまで報告があったヤマグワ以外に、高木であるホオノキにおいても顕著な樹形変化が確認された。具体的には、シュート長の減少と、シュート本数の増加である。また、サルの選択性の高いツル性木本植物においても、明確な樹形変化は確認された。2)の結果、間接指標として対象としたAphodius spp.は、外部環境(気温等)の影響も大きく、サル生息分布・密度の経時的な変化を見る指標として利用する際は、こうした外部環境に対する十分な配慮が必要であることが考えられた。今後の課題として、1)と2)に用いた間接指標を、どのスケール(解像度)のサルモニタリング指標として利用することが合理的であるかを評価するための調査研究が必要であることが考えられた。


C-2 霊長類、視覚・味覚のGPCR型受容体に対する赤外分光研究

神取秀樹,片山耕大(名工大・院工),古谷祐詞,木村哲就(分子研・生命錯体) 所内対応者:今井啓雄

ヒトを含む霊長類の網膜に存在する3種類(赤・緑・青)の色覚視物質は試料調製が困難なため、X線結晶構造解析を含む構造生物学的解析は過去に例がなく、我々の色認識メカニズムは謎のままであった。そのような状況のもと、我々は数年前から本共同研究プロジェクトを活用して、高精度の低温赤外分光を用いた霊長類赤・緑感受性視物質の構造解析に挑戦した。ヒトガン細胞由来の培養細胞を用いて試料を調製する一方、わずかな試料でも計測可能な差スペクトル測定系を最適化することで、平成21年度に世界初となるデータを報告した(Katayama et al.2010;NHKニュースと35紙の新聞で紹介)。さらに平成22年度にはスペクトル度を上げることで、タンパク質内部に結合した水分子の同定に成功し、平成23年度に論文発表することができた(Katayama et al.2012;1紙の新聞報道)。

 最初の論文によれば、赤・緑感受性視物質の構造は驚くほど類似していたが、水分子の精密測定の結果、内部結合水の水素結合環境は赤・緑感受性視物質で異なることが明らかになった。興味深いことに、観測された水分子の振動数は視物質の吸収波長と相関を示し、内部結合水が色識別のメカニズムに関わることが示唆された平成23年度には色覚視物質の変異体実験も開始することができたため、より詳細なメカニズム解析が期待される。

 また平成23年度には視物質と同じG蛋白質共役型受容体である味覚受容体の構造解析を計画し、全反射赤外分光計測による測定系の構築を開始している。専門性のある研究所においても異分野融合が重視される昨今、本共同研究は物理化学/分子科学分野との理想的な異分野融合であると位置付けることができる。支援いただいている霊長研に改めて謝意を表したい。

<原著論文>

Katayama K, et al. (2012) Protein-Bound Water Molecules in Primate Red- and Green-Sensitive Visual Pigments. Bicochemistry 51:1126-113.


C-3 ニホンザルの人工繁殖を目指した技術開発

高江洲昇(札幌市円山動物園),永野昌志,北出泰之,坂口謙一郎(北海道大・獣医),伊藤真輝,石橋佑規,朝倉卓也,小林真也(札幌市円山動物園) 所内対応者:今井啓雄

札幌市円山動物園で飼育するニホンザルは、全てのオスに対して精管結紮切除処置を行い、繁殖制限を実施している。しかしながら、飼育個体の高齢化が進み、将来的な飼育群維持のため、新たな繁殖管理方法として人工繁殖を検討している。

 本園飼育ニホンザルのオス4頭から精子採取を試みた。精巣上体尾部から注射針を用いて穿刺吸引し、4頭すべてから精液を採取した。4頭中3頭の精液中の精子は全て死滅しており、残る1頭では精子が確認できなかった。昨年度の同様の処置では活発な生きた精子を採取しているため、採取手技、採取時期及び採取個体について検討が必要であると考えられる。

霊長類研究所飼育ニホンザルのオス3頭からは、肛門に電極棒を挿入し、電気刺激を行う方法で精液採取を試み、うち1頭から活性のある精子を採取した。採取した精子を凍結保存し、昨年度霊長類研究所にて凍結保存した1個体分の精子と併せ融解し、凍結後の精子性状を比較したところ、昨年度に比べ、今年度採取した精子の生存率(2010:22%、2011:1.5%)及び運動性(2010:+++15、++15、+10、±10、-50 2011:+++2.5、++2.5、+2.5、±2.5、-90)が低い結果となった。また、融解後においてその生死に関わらず、多くの精子が先体を喪失していた(2010:36.5%、2011:86%)。

本年度は本園飼育ニホンザルから生きた精子が採取できなかったため人工授精実施に至らなかった。また、凍結融解精子の先体喪失が確認され、凍結精子を用いた人工授精成功のためには精液採取および凍結手技の向上が必須であると考えられる。


C-4 二卵性ふたごチンパンジーの行動発達に関する比較認知発達研究

安藤寿康(慶應義塾大・文),岸本健(聖心女子大),上野有理(滋賀県立大・人間文化学部),川上文人(東京工業大),絹田俊和,福守朗(高知県立のいち動物公園) 所内対応者:友永雅己

高知県立のいち動物公園に2009年4月1に誕生した二卵性のふたごチンパンジーの行動発達の過程を、月1回縦断的に観察し、ヒトのふたごの発達過程と比較した。ふたごは母親のみならず、血縁のない特定の雌成体とそれぞれ親密な関係を築き、母親の過度な子育て負担は回避されていた。また独立な行動や並行遊びをする時間が多いが、ヒトにみられる食べ物の贈与などの利他的行動は見られなかった。相互のじゃれ合いは時々発生し、身体運動能力が精緻になるにつれて、その頻度を増しているように思われた。また個別に遊んでいるときでも、他方に対する注意が完全になくなっているわけではなく、一方が移動すると遅れて他方も同方向に移動することがしばしば観察された。

<学会発表>

1) 安藤寿康,ほか 比較双生児学の試み-幼児期のヒトとチンパンジーの動画像から.第25回日本双生児研究学会学術講演会.平成23年1月29日,東京.

2) 安藤寿康、ほか チンパンジーのきょうだい関係-比較双生児学の試み(2).第26回日本双生児研究学会学術講演会.平成24年1月28日,東京.


C-5 チンパンジーの視覚・注意に関する比較認知研究

牛谷智一(千葉大・文学部),後藤和宏(京都大・生命科学系キャリアパス形成ユニット) 所内対応者:友永雅己

 本研究は、チンパンジーの視覚処理をヒトのそれと比較することで、両者における共通点と相違点から、視覚および視覚的注意の進化的要因を解明することを目的としている。視覚に関する研究では、刺激画像に含まれるヒトまたはチンパンジーの視線方向の弁別をする場合、視線先の物体の有無で難易度がどう変化するかを検討した。ヒト成人被験者を用いた予備実験をおこなったが、物体の有無による視線方向の弁別難易度に関する有意な差が見られなかった。今後、ヒト成人で刺激および課題手続きを再検討した上で、チンパンジーを被験体とする検討をおこなう。

注意に関しては、これまでの実験により、画面上の物体といった「まとまり」を単位に賦活するような視覚的注意過程(オブジェクトベースの注意)がチンパンジーにもあることが明らかになったことから、今回は、物体の形状が注意の賦活にどう影響するかを検討した。物体の形状を操作し、想定される注意の移動経路は異なるが、移動元と移動先の直線距離を統制した刺激を用意して、現在テストを実施中である。引き続き物体の形状の影響を調べ、今後はより複雑な視覚風景上の刺激属性がどのようにチンパンジーの視覚的注意を捕捉するか解明していく予定である。


C-7 霊長類における胎児期から思春期までの脳形態の発達的変化に関する比較研究

酒井朋子(京都大・理・生物科学),中務真人,国松豊,巻島美幸(京都大・理),山田重人(京都大・医),藤澤道子(京都大・野生動物),鵜殿俊史(チンパンジー・サンクチュアリ・宇土) 所内対応者:友永雅己

 平成23年度の共同利用研究では、当初の計画通り、3次元磁気共鳴画像法(MRI)を用いて、若成体期を迎えた霊長類研究所のチンパンジー(11歳)の脳形態に関する縦断的計測を行った。

また、霊長類研究所のチンパンジーの生後6ヶ月から6歳における前頭前野の発達に注目した研究が、カレントバイオロジー誌(2011年、21巻、1397-1402頁)の原著論文として記載された。チンパンジーの前頭前野の白質容積は、ヒトと同様に、発達期間が他の領域に比べ、特に延長されていた。しかしながら、チンパンジーの前頭前野の白質容積の増加率は、ヒトよりも著しく低く、前頭前野の神経連結の強化がヒトに比べ弱いことが示唆された。言い換えれば、ヒトの前頭前野の神経連結の著しい強化が、ヒト固有のより複雑な社会性の発達や経験に基づく知識・技術の獲得に寄与していることが示唆された。

ヒトでは、前頭前野などの高次の脳領域において思春期に伴う動的な発達的変化が示されることが報告されている。チンパンジーにおいても、思春期に伴う成長スパートが示されるのだろうか。あるいは、そのような発達様式はヒト固有のものであり、ヒト特異的な脳構造を形成する要因の一つとなるのであろうか。今後も、思春期、オトナ期へと続くチンパンジーの脳形態の発達的変化を通して、ヒトの脳の進化的由来をさらに解明していく予定である。


C-10 屋久島低地林のニホンザル野生群における2群同時追跡による群間関係の検討 

鈴木滋(龍谷大・国際文化),藤田志歩(鹿児島大・農),下岡ゆき子(帝京科学大・生命環境),杉浦秀樹(京都大・野生動物研究センター) 所内対応者:半谷吾郎

群間関係が競合的である屋久島低地のニホンザル個体群における、隣接群の日常的な影響を、遊動域利用、音声コミュニケーション、αオスメスの社会関係から検討する。そのため、隣接群との共有域や群れ間の空間的距離、共有食物パッチなどをめぐって、移動速度や、採食速度、音声頻度、個体間距離などが、他群との競合を意識したものになっているかどうかを調べた。調査期間は2011年8月20日から連続7日間に、屋久島西部域の半山地域の隣接2群(AT群とE群)を、4人の調査者によって、それぞれの群れ2頭ずつ(αオスとαメス)の同時個体追跡を行った。個体間距離や移動速度は、それぞれの調査者がGPSを携帯して個体の空間的位置を記録して分析した。行動(移動・採食・休息・毛づくろいなど社会交渉)、最近接個体、採食対象、音声等を記録した。調査期間中(ひとつの群れの観察およそ58時間相当)に、群れ同士の出会いが一回観察され、出会う前の対峙的な状況と、一方の群れの急接近と他方の群れの退却がみられ、調査対象群間の敵対的(競合的)関係を確認した。計画では、この期間は非発情期としていたが、実際には期間中に片方の対象群のαメスが発情し、αオスと頻繁に交尾を行ったため、交尾行動に群れの遊動が影響をうけていた。また、採食対象としては、群れ間の競合の要因となるイチジク属アコウの結実樹を頻繁に使うことが期待されていたが、今期間中は結実がほとんどみられず、群れ間が出会う頻度を下げていた可能性が高い。こうした点を考慮のうえで、データの詳細の分析は継続中である。


C-12 霊長類における排卵の制御機構に関する研究

束村博子,前多敬一郎,大蔵聡,上野山賀久(名大・院・生命農) 所内対応者:鈴木樹理

げっ歯類とは異なり、霊長類ではエストロジェンによるゴナドトロピンの大量放出が雌雄両方に見られることを明らかにしてきた。このことは霊長類においてエストロジェンのポジティブフィードバック作用を仲介する神経機構が雌雄ともに存在することを示唆している。本研究は、ゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)分泌促進因子である神経ペプチド、キスペプチンの発現およびその活性化を組織学的に解析することによって、霊長類において排卵を誘起するゴナドトロピンの大量放出を制御する脳内メカニズムの解明を目的とした。ニホンザル雌雄計11頭を用い、ニホンザルの繁殖(交尾)期に一連の実験を行った。先ず性腺除去を行い、次にその半数の個体にエストロジェンを投与した。その後、灌流固定を行い、視床下部を採取した。Kiss1遺伝子発現細胞をin situ hybridazationにより検出するとともに、エストロジェン処理によりKiss1発現細胞における最初期遺伝子cFosタンパクの発現を免疫組織化学により検討した。その結果、現在までに、雌のKiss1発現細胞において、エストロジェン依存性のcFosタンパク発現を見いだした。現在同様の解析を採取した雄個体について始めており、Kiss1細胞でのcFosタンパク発現を検討し、雌雄の結果を総合的に精査して霊長類における排卵の制御機構の解明を目指す。

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(4) 随時募集研究


D-1 ニホンザルの保全学史に関する研究 (2) 

和田一雄 所内対応者:渡邊邦夫

猿害は1970年代後半から激化し、それと並行してニホンザルの駆除数は激増した。2000年代には駆除数が年間1万頭を突破した。それ故、サル保全学の社会的役割が重要性を増した。京大霊長研と日本モンキーセンターの周辺状況を確認する。霊長研の共同利用研究の動向は日本のそれを反映すると考える。野外研究を抜き出すと、1969年の4件から1974年の最多24件になり、その後漸減した。その調査地は、初期には全国各地に分布していたが、次第に屋久島と金華山に集中、縮小してきた。

共同研究の中で、現況研究会はサルの保全を目的にした重要な集会である。それは1972-77年、1990-91年、1993年、1995-97年、に行われた。調査・研究が活発であった1970年代には6年間継続して行われたが、1978年から1989年まで開催されず、再開しても断続的で、1998年以降開催されなかった。

1956年に設立された日本モンキーセンターは、実験動物供給を1つの目標にしたが、野猿公苑の役割を博物館活動に置いた若手研究者の意見によって、野猿愛護連盟は解散、機関紙「野猿」は廃刊された。また、普及活動として高く評価されていた「モンキー友の会」が解散し、その機関紙の「モンキー」は廃刊になった。野猿もモンキーも保全では一役買っていたのである。

霊長研のニホンザル野外観察施設は2008年に閉鎖され、サル保全の拠点が霊長研から消失した。いずれも、ニホンザル保全研究の推進に欠くべからざる要素であった。


D-2 霊長類集団における意志決定のリスクと遅延の関係

マリエ・ペレ(ストラスブルグ大学) 所内対応者:渡邊邦夫

集団生活を営む種にとって、全ての個体の行動が調和し、かつまとまって行動することが重要である。その場合、如何に早く正確に、集団としての意志決定が行われるのかということが問題になるが、意志決定の早さと正確さの間には、トレード・オフの関係がある。また集団の大きさや構成も、集団としての意志決定に影響する。こうした集団としての意志決定過程を明らかにし、また意志決定の早さと個体間での行動上での齟齬がおこる場合は、どういう要因が関係しているのかを明らかにすることを目標に、第2キャンパスの放飼群を対象に観察を行った。しかし、実際に個体識別をし群れ個体間の社会関係における基本的情報を収集していたが、諸般の事情から帰国を余儀なくされ、今回の滞在期間中にそれ以上の観察に踏み込むことはできなかった。しかし、観察方法の具体的な組み立てや、実験的手法の組み合わせ等、再訪した場合にはすぐ研究を開始することができるだけの、見通しを得ることができた。今後、再来日してこの課題での研究を再開することを計画している。


D-3 サルの表情伝染に関する研究

川合伸幸(名大・院・情報科学) 所内対応者:香田啓貴

他者がある表情をしたときに、それを観察しているヒトはつい同じような表情をすること(表情伝染)が知られている。このような表情伝染は、視覚的にはっきりと観察できるばあいもあるが、ヒトでは筋電を測定して、顕在化しない表情パターンとして示されることが多い。

チンパンジーの「あくび」が伝染するとの報告があるが、サルでの表情伝染の報告はまだない。ヒトと同じように、行動として観察されなくても筋電のレベルで表情が伝染している可能性がある。そのことを検討するために、サルをモンキーチェアに固定し、表情伝染が生じるかを検討した。

H23年度は予備的な研究と位置づけ、まずサルをモンキーチェアに座らせる訓練と、筋電用電極の馴致を行った。そのことと平行して、刺激として提示するためのサルの表情を撮影した。しかし、飼育ケージ内では光量が足らず顔が暗くなることや、正面を向いた表情表出の場面をうまく撮影できないことがあきらかになった。そこで、ある表情と中性顔のモーフィングにより表情表出の動画の作成をしている。さらに、より自然な表情が表出される野外のサルの表情を撮影し、刺激用に加工を行った。

次年度以降、これらの刺激を用いて、モンキーチェアで安定してモニタを見られる個体から、他個体の表情観察時の筋電を測定する予定である。


D-5 マハレのチンパンジーの狩猟肉食行動に関する多角的分析

保坂和彦(鎌倉女子大・児童) 所内対応者:MA Huffman

今年度は、故西田利貞博士、中村美知夫博士(京大野生動物研究センター)から提供されたマハレ山塊(タンザニア)のチンパンジーの狩猟肉食行動資料を整理し、Hosaka et al. (2001) 以降、更新されていない1996年度調査以降のデータの共有作業を進め、成果公表に向けて打ち合わせた。完成までに、さらに複数の共同研究者にデータ提供の依頼を行う必要がある。西田博士が逝去したため、提供されたデータについて本人に問い合わせることが不可能となり、博士が遺したフィールドノートの一部読み直しを行う必要が生じた。これらの作業は次年度テーマにおいても継続する必要がある。今のところ明らかになりつつある事実は以下の通りである。①アカコロブスが獲物となる頻度及び割合は1990年代後半から大きく変わっていない。②近年、ゴンベやキバレのチンパンジーについて狩猟行動の研究を発表する研究者は、「チンパンジーの大人雄が肉分配を政治的に利用する」という仮説に疑念を呈している。しかし、1991年以降、8頭のアルファ雄が出現したマハレの資料は、むしろこの仮説を支持する傾向を示している。資料整理・分析を急ぎ、公表に持ち込みたい。見解の相違が地域的な差異である可能性についても先行研究を吟味してよく討論しておきたい。


D-6 The genetic basis of blue eyes in primates

M Przeworski, W Meyer, J Pickrell (University of Chicago) 所内対応者:今井啓雄

We have performed sequencing of the region homologous to the conserved region of HERC2 containing the well-supported causal site for blue/brown polymorphism in humans in the 20 macaques from the PRI. We have obtained sequence data for a subset of the conserved region of HERC2 in eight of the nine macaques from the Choshikei Monkey Park for which we obtained DNA, and we are currently working to obtain sequence data for the remainder of the region and the ninth macaque. So far, we find no single nucleotide polymorphism (SNP) or combination of SNPs within the region that segregate(s) completely with eye color. We are also working with the macaque photographs in order to develop the best way to assess the quantitative variation in eye color while accounting for technical variation among photos.


D-7 類人猿の糞尿を用いた新たな生理指標 の評価法の開発

清水慶子(岡山理科大・理学部・動物学科) 所内対応者:橋本千絵

糞尿中ホルモン測定法を類人猿およびマカク属サルの雄・雌の繁殖状態の推定および性成熟度や老化の程度の推定に応用するため、性腺および副腎皮質由来のステロイドホルモンについて、二抗体酵素免疫測定法による測定系の開発およびその検討を行った。加えて、実際に類人猿およびマカクの糞尿を用い、これらの測定において至適の保存条件や抽出条件を決定するため様々な方法を試みた。これらの結果、これまでに申請者らが確立した性腺由来のプロゲスチン、エストロゲン、アドロゲン、ゴナドトロピンの二抗体法酵素免疫測定法に加え、副腎由来のアンドロステンジオン、デヒドロエピアンドロステンジオンについての測定法を確立することができた。すなわち、糞尿中プロゲスチン、エストロゲン、アンドロゲン、アンドロステンジオンおよびゴナドトロピン濃度測定による性別および性成熟度推定、卵胞発育や黄体形成、排卵や妊娠の確認が可能となった。

さらに本年度はストレス関連ホルモンについても糞尿を用いた測定法を確立した。また、これらの方法を用いて、飼育下マカク属サルの糞および尿、対応者が採取した野生チンパンジーの糞および尿中のホルモン量を測定することができた。また、野外における糞尿の採取法、保存方法の改良、抽出条件の検討をおこない、冷蔵、冷凍設備の確保できない野外において得られたサンプルからもホルモン代謝産物測定可能な方法を考案した。現在さらに精度向上のために検討を行っている。


D-8 ニホンザルにおける血管機能に関する研究

田和正志,岡村富夫(滋賀医大・薬理学) 所内対応者:大石高生

低酸素あるいは再酸素下では、一酸化窒素(NO)供与体による冠状動脈拡張作用が減弱しているが、これらの状況がNO自身に影響を及ぼしているのか、それともそのシグナル経路に影響を及ぼしているのかについては不明である。

今回の研究では、通常酸素下、低酸素下、再酸素下におけるsGC stimulatorによる等尺性の張力変化をマグヌス法に準じて記録した。なお、sGC stimulator とはNOの作用点である可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)をNO非依存的に活性化する薬物である。その結果、低酸素あるいは再酸素暴露により、sGC stimulatorによる冠状動脈拡張作用は有意ではないものの減弱する傾向を示した。本研究結果は、低酸素あるいは再酸素に暴露された冠状動脈では、sGCにも何らかの変化が生じている可能性を示唆している。

 今年度は共同利用・共同研究の初年度であり、成果を発表するまでには至っていない。本成果は、来年度以降に発表していく予定である。


D-9 哺乳類においての咀嚼リズムと体重における相対成長の関係

長峯康博(日本歯科大新潟・院・矯正),寺田員人(日本歯科大新潟・矯正),佐藤義英(日本歯科大新潟・生理) 所内対応者:平崎鋭矢

咀嚼リズムは、脳幹に存在する中枢性パターン発生器により形成されると考えられている。しかしながら、そのリズムの規定因子は明らかになっていない。過去の研究から、咀嚼リズムは体重と関係があることが報告されており、下顎運動は顎関節を中心としたテコの運動である。そこで本研究は、咀嚼リズムと体重の関係を再検討し、咀嚼リズムと下顎骨形態の関係を検索した。

デジタルカメラで咀嚼時の霊長類を撮影した。餌を摂食してから嚥下するまでの最も安定した4回の咀嚼を抽出し、平均を求め各個体の咀嚼リズムとした。対象動物の体重は文献を引用した。また下顎骨標本をカメラで撮影し、画像上で下顎骨長径と下顎骨の重心の位置を求めた。そして下顎頭から下顎骨重心のまでの距離と下顎頭から下顎第一大臼歯までの距離を計測し、種間で比較検討した。

咀嚼リズムと体重、下顎骨長径、下顎頭から下顎骨重心までの距離および下顎頭から下顎第一大臼歯までの距離との間には、正の相関が認められた。しかしながら、テコの原理に関係する下顎骨形態(下顎頭から下顎骨重心までの距離および下顎頭から下顎第一大臼歯までの距離)は、種間における違いは認められなかった。

これらのことから、咀嚼パターン発生器により形成される咀嚼リズムは、体重によって規定されている可能性があり、下顎骨形態との関連は小さい事が示唆された。


D-10 類人猿の神経伝達関連遺伝子の多様性解析

村山美穂(京都大・野生動物) 所内対応者:郷康広

本研究では、ヒトで報告されている性格に関与する遺伝子の相同領域を類人猿で解析し、種間の塩基配列比較や、個体の性格評定との関連解析を行って、飼育や繁殖に活用する情報を得ることを目指している。関連性の解析には多数の試料が必要なため、GAINを通じて飼育類人猿の試料提供を依頼し、比較可能なデータの蓄積を目指している。23年度はチンパンジー3、ニシローランドゴリラ2、オランウータン1、フクロテナガザル1の計7個体の試料提供を受け、DNAを抽出した。そのうちゴリラについて、ヒトの性格、特に不安や攻撃性との関与が報告されている神経伝達およびホルモン伝達関連の5遺伝子(バソプレシン受容体、モノアミンオキシダーゼA、モノアミンオキシダーゼB、セロトニントランスポーター、アンドロゲン受容体)8領域を比較した。その結果、ニシローランドゴリラの国内飼育14個体では、8領域すべてで多型が見られた(平均対立遺伝子数3.8、平均へテロ接合率0.517)。野生のニシローランドゴリラおよびマウンテンゴリラと比較したところ、対立遺伝子頻度の差異が見いだされた。飼育個体間で差が大きいことから、性格との関連解析のマーカーとして有効であると考えられる。また種間差については、行動や社会の種差にもとづいて解釈できるかもしれない。今後は個体数、候補遺伝子数を増やして、性格のマーカーとなる遺伝子を探索する予定である。


D-11 霊長類における組織特異的DNAメチル化機構の解明

福田渓,一柳健司,佐々木裕之(九州大・生医研) 所内対応者:郷康広 

DNAメチル化は代表的なエピジェネティックな機構の一つで、表現型多様性に関与することが知られている。そのため、ヒトとチンパンジーの進化におけるエピジェネティックな機構の役割を解明するには良い対象である。我々はこれまでにヒトとチンパンジー(霊長類研究所の飼育個体)の末梢血白血球におけるDNAメチル化比較研究を行い、染色体21、22番上に16カ所のメチル化差異領域 を同定していた。

メチル化差異が発生のどの時期に形成されるかを調べることで、メチル化差異の形成基盤の一端が明らかになると期待し、本研究では末梢血白血球におけるメチル化差異領域のメチル化を他組織(脾臓、膵臓、大脳、精巣、精子)でも調べた。チンパンジーの組織サンプルは大型類人類情報ネットワーク(GAIN)およびサンクチュアリ宇土から分与して頂いたものを利用した。メチル化解析の結果、ほとんどのメチル化差異は末梢血白血球特異的であることがわかった。このことは、メチル化差異は主に発生後期に形成されることを示唆している。しかしながら、メチル化を調べた領域は非常に限られているので、今回の結果がゲノムワイドでも当てはまるのかを明らかにするためには、より網羅的な解析が必要である。

現在、高速シークエンサーを用いてヒトとチンパンジーの末梢血細胞のメチル化をゲノムワイドに比較しているので、今後は他組織のメチル化も同様に解析する予定である。

<学会発表>

福田渓,ほか 「DNA methylation differences between humans and chimpanzees in chromosomes 21 and 22」. 第7回 九州大学Global-COE Young Investigators Forum


D-12 脂質を標的としたサル免疫システムの解明

杉田昌彦,森田大輔(京都大・ウイルス研) 所内対応者:鈴木樹理

細菌やウイルスの感染において、病原体が産生する脂質分子あるいは脂質を含有した複合分子を標的とした感染防御応答が誘起されることが明らかになりつつある。研究代表者らはヒト病原体(結核菌やエイズウイルスなど)が宿主生体内で産生するlipidicな免疫標的分子に対するTリンパ球応答の解析を行ってきた。しかし、一般的な免疫解析に有用な小動物であるマウスやラットはこの免疫システムを欠如しているため、その詳細な分子・細胞機序の解明にはヒトに類似した免疫システムを有する動物が不可欠である。そこで本研究では、アカゲザル末梢血単核球を用い、この免疫応答に関与する分子・細胞機序を明らかにするとともに、その制御法を確立することを目的とする。

 まず、サル末梢血より精製した単球をマウス・ラットへと免疫した後、B細胞を取り出し、ミエローマ細胞との融合を行った。これまでに約4000クローンのハイブリドーマを単離し、フローサイトメトリーによる一次スクリーニングから270クローンのサル単球特異的なモノクローナル抗体を選抜した。続いて、Tリンパ球応答の阻害抗体を探す二次スクリーニングから7クローンのモノクローナル抗体を見出した。生化学解析による認識抗原の同定を進めた結果、この免疫応答に関わる未知の免疫分子や接着分子の候補を絞り込んだ。


D-13 霊長類を含む哺乳類の四肢骨形状構造の材料力学的性質と姿勢運動との関係

和田直己,板本和仁,後藤慈(山口大),藤田志歩(鹿児島大) 所内対応者:西村剛

四肢骨、特に肩甲骨の形状とロコモーションの関係を明らかにし、哺乳類の生息域の多様性とロコモーションの関係から、生息環境の生体におよび影響を明らかにするのが本研究課題の目的である。研究は筋・骨格系の解剖学的研究、ロコモーションの撮影データの運動学的研究を主として行われる。2011年度までに霊長類を含めて約70種の哺乳類の肩甲骨を含めた骨格のCT撮影、を行った。また肩甲骨の外形計測、周辺の筋についての調査を行った。有限要素法による応力の算出作業が工学系の研究者の協力を得て始まった。ロコモーションの撮影は主に動物園で行っている。動物の運動の展示を目指して設けられたサファリランドでは高速走行の撮影も可能である。ニホンザル、シカについては屋久島観察センターの利用を許可してもらい自然環境下のロコモーションを撮影した。哺乳類を理解することを目的しているため、さらに多くの解剖、運動学的作業が必要であるが、着実にデータは蓄積されている。


D-14 霊長類網膜および脳におけるオプシン発現部位の解析

七田芳則(京都大・院理),大内淑代(徳島大・院ソシオテクノサイエンス),山下高廣(京都大・院理) 所内対応者:中村克樹

ヒトを含む霊長類のゲノムには、網膜の視細胞に発現し視覚の分子基盤となる光受容タンパク質(オプシン)遺伝子以外にも、いくつかのオプシン遺伝子が確認されている。しかし、それらがどのような分子的性質を有し、どこに発現し、視覚以外のどのような生理機能に関わるか、ついては未知の部分が多い。

我々は本研究課題を開始する前に、非視覚機能を担うオプシンOpn5についてニワトリで解析を行い、紫外光感受性で網膜のアマクリン細胞・神経節細胞に発現することを見いだしていた。そこで本随時募集研究課題において、霊長類におけるこのオプシンの生理機能に迫るため、網膜における局在を明らかにすることを目的とした。マーモセットおよびアカゲザルの網膜に対して特異的抗体を用いた免疫染色実験を行ったところ、視細胞以外の一部の神経細胞にシグナルを見いだすことに成功した。


D-15 頭部傷害指標提案に向けたスケーリング手法の開発

J Antona,小野古志郎,江島晋(一般財団法人 日本自動車研究所) 所内対応者:西村剛

A new method has been applied to develop a finite element model of the head-neck complex of a Macaque from medical images. The skull and the brain have been validated based on tissue and component experimental data from literature. The kinematics of the head under occipital impacts has been validated against a sub-set of head impact experiments carried out in the past at the Japan Automobile Research Institute. The validated model has been used to simulate 19 occipital impacts case-by-case. The correlation between mechanical parameters of the different brain organs at the simulated impacts and the occurrence of concussion in the experiments was analyzed. Stress in the brainstem showed significant correlation to concussion as recorded in the experimental data from the past. The developed model and the presented results constitute the first step towards the development of a tissue level injury criterion for human that is based on experimental animal data. 


D-16 乾季におけるチャイロキツネザルの採食パターン:果実食と葉食の異なる機能

佐藤宏樹(京都大・アフリカ研) 所内対応者:半谷吾郎

マダガスカル産霊長類のうち、キツネザル科Eulemur属の食性は、多くの観察研究および消化管構造から果実食であることが指摘されている。しかし、マダガスカル北西部の熱帯乾燥林に生息するチャイロキツネザルは、乾季後半に日中の果実食割合を大きく減らし、Lissochilus rutenbergii(ラン科)の草本を噛み締めて組織液を舐め取る行動に長時間を費やすことがこれまでの観察から明らかになっている。一方、夜間はこの葉を全く利用せず、果実を中心に採食する。この時期の結実木密度は他の季節と変わらない。日中の葉食と夜間の果実食の機能を探るため、2011年乾季後半に食物資源を採取し、栄養を分析した。L. rutenbergiiは乾燥重量でタンパク質が9.2%、可溶無窒素物(NFE)が20.8%であるのに対し、乾季結実果実3種の果肉はタンパク質が2.7-14.2%、NFEが52.7-69.2%となった。水分含有率は、L. rutenbergiiが湿重量で80.1%、果肉が6.3-27.4%の水分を含んでいた。乾季後半は日中の気温が1年で最も高く、乾燥した時期である。チャイロキツネザルは暑熱条件下で水分を獲得するために日中はL. rutenbergiiの葉の利用を優先し、夜間はエネルギー摂取のために果実を採食すると考えられる。この葉食と果実食の異なる機能と、時間による食べ分けが、乾季にみられる周日行性の適応意義を説明する仮説となる。

<著書>

佐藤宏樹.昼も夜も動くキツネザルの謎.(中川尚史,友永雅己,山極壽一 共編)『日本のサル学-若手研究者の最前線』京都通信社(出版予定:2012/09) 


D-17 老齢脳におけるタウ蛋白質の発現分子種およびリン酸化に関する比較病理学的研究

中山裕之,内田和幸,チェンバーズ ジェームズ(東京大・院・農学生命科学) 所内対応者:鈴木樹理

京都大学霊長類研究所に保管されているサル類の脳のホルマリン固定標本、パラフィン包埋ブロックから組織切片を作製し、各種染色、免疫染色などを行って、病変を解析する。生前の行動評価データがあれば、これらと脳病変の種類、程度とを比較する。

本研究課題が採択されたのが2011年8月だったため、当年度は霊長類研究所に補完されている上記標本の整理と必要な標本の抽出のみを行った。

 本研究は2012年度も継続して採択されたので、早速標本を作製し上記の検索を行う。


D-18 指の裂傷の発生危険性に関する評価法確立のための生体力学的研究

坂本二郎(金沢大・機械工学系),宮崎祐介(東京工業大・情報環境学),多田充徳(産業技術総合研究所・デジタルヒューマン工学研究センター) 所内対応者:西村剛

 日常生活における事故として指挟みは多い。特に子どもの家庭内事故における受傷部位の第2位は手であり、中でも指はさみ事故における裂傷発生メカニズムを解明することがその予防のためには必要である。しかし、皮膚の裂傷発生メカニズムは解明されておらず、その評価方法も存在しない。

 そこで、本研究は、乳幼児の手指のサイズとほぼ等しいニホンザルおよびアカゲザルの屍体手指の献体を用いて、皮膚に関する実験とそれを再現したシミュレーションを実施する。これにより、皮膚裂傷時の力学的条件を明らかにすることで、皮膚の裂傷の評価方法を確立することを目的とする。

 本年度は、ヒトの手と寸法が近いニホンザルおよびアカゲザルの屍指に対して、材料特性取得を目的として基礎的な実験を実施した。まず、皮膚組織の超弾性特性と破断特性を取得するために屍指の押し込み実験を行い、表皮破断までの押し込み荷重と押し込み量の関係を取得した。さらに、サル屍指から切り出した切片に対する引張試験を実施し、表皮の基礎的な力学特性の取得も行った。

 これらの実験の結果、霊長類の手指の力学特性に関する基礎的なデータ収集を行うことができた。今後はこれらデータを活用し、人体指への力学特性のスケーリング方法の開発とシミュレーションによる裂傷発生メカニズムの解明を実施し、より安全な製品・環境の実現に寄与したい。


D-19 6-OHDA注入におけるDA神経支配の阻害効果の検討

船橋新太郎(京都大・こころの未来研究センター),清水慶子(岡山理科大・理),古田貴寛(京都大・医) 所内対応者:正高信男

前年度までの研究で、幼年マカクザルの前頭連合野に投射するドパミン(DA)系線維を6-OHDAにより破壊し、その後の行動観察によりADHD児に見られる行動特徴と同様の特徴が生じることを行動学的に検討すると同時に、破壊による障害の臨界期の有無を検討してきた。今年度は、研究に用いてきた動物をすべて実験殺し、前頭葉における6-OHDAによる破壊の効果の検証と、行動実験結果との関係をもとに、動物モデルとしての有効性を検証した。

 両側の前頭連合野背外側部に6-OHDA注入したサル、および、非注入の対照サルを実験殺し、前頭連合野における6-OHDAによるDA線維の破壊効果を、Tyrosine hydroxylaseの免疫組織学的染色法により検討した。その結果、6-OHDA注入部位では、DA線維がほとんど観察されず、明確な破壊効果があったと同時に、破壊効果が数年にわたる長期間持続していることも確認された。現在、得られた6-OHDAによる破壊効果と、行動学的検討で得られた結果を組み合わせ、動物モデルとしての有効性・妥当性を確認している。


D-20 ニホンザルの各種素材に対する登り行動の解明

江口祐輔,山田彩,上田弘則(近中四農研),堂山宗一郎(麻布大・獣医),古谷益朗(埼玉農林総研センター)

所内対応者:半谷吾郎

野生鳥獣による農作物被害を防ぐためには、対象となる動物の生態および行動を把握し、新たな防除技術の開発や総合的対策の展開を図る必要がある。しかし、ニホンザルの被害対策に直接結びついた運動能力に関する行動学的研究は少なく、基礎的な知見の蓄積が必要となる。農作物被害の防止を難しくしている原因は動物の運動能力と学習能力の高さにあり、これらについての研究を進めていかなければならない。そこで、本研究は、ニホンザルの運動能力研究の一環としてニホンザルにおける登り行動について太さの異なる柱や角度の異なる傾斜を用いて行動の観察・測定を行い、防除柵等の開発改良の基礎的知見を得ることを目的とした。

直径の異なる支柱の上部に報酬飼料を取り付けて登り行動を調査した結果、サルは直径が25cm以上の棒(塩化ビニル製・硬段ボール製)では登りの成功率が急激に減少した。摩擦係数の低い素材を支柱に巻き付けた場合、素材を巻き付ける位置によって登りの成功率に大きな差が認められた。

 また、飼育施設の壁に板を斜めに立てかけるように固定した面の上部に報酬飼料を取り付けて行動を観察した調査では、ニホンザルの登坂可能角度は板面(静止摩擦係数0.35)で40度であり、45度からは滑る、跳躍する、縁につかまって登る行動が認められた。


D-21 唾液アミラーゼ遺伝子多型と食物摂取状況に関する研究

長嶋泰生(名寄市立大・栄養),鈴木良雄,中村恭子(順天堂大・スポーツ科学科),池田啓一(順天堂大・健康科学科) 所内対応者:今井啓雄

ヒトの唾液アミラーゼ遺伝子AMY1にはコピー数多型が存在し、アミラーゼタンパク発現量に影響を及ぼすことが報告されている。また、デンプン摂取量の多い民族ではAMY1コピー数が相対的に多いためpositive selectionが働いていると考えられるが、同一集団における食事のデンプン摂取量とAMY1コピー数との関連性についてはこれまで明らかにされていない。前年度の研究より、AMY1コピー数別の群間比較で食事前後の唾液アミラーゼ変動に有意差が見られ、アミラーゼ活性の個人差が示されたことから、AMY1コピー数が個人のデンプン性食品の嗜好にも影響する可能性がある。そこで本研究は食物摂取状況とAMY1コピー数との関連性について検討することを目的とした。研究対象者は健常な大学生30名で、①基本属性と食事時間に関する質問紙調査、②状態-特性不安検査STAI、③昼食前後の唾液アミラーゼ活性の測定、④BDHQによる過去1か月間の食物摂取頻度調査を7月、11月に実施した。AMY1遺伝子コピー数はリアルタイムPCRのSYBR green法から算定し、遺伝子コピー数の標準試料としてAMY1コピー数多型が存在しないチンパンジーゲノムを用いた。結果については現在分析を進めており、季節変動なども考慮しながら食事への影響要因を検討する予定である。また、唾液アミラーゼ活性の運動ストレスへの応答とAMY1コピー数との関連性についても検討課題として設定しており、今後詳細な分析を行う予定である。


D-22 サル脊髄由来間質系幹細胞の培養とその移植によるラット脊髄損傷修復効果の検討

古川昭栄,福光秀文,宗宮仁美(岐阜薬科大) 所内対応者:大石高生

 脊髄は末梢組織と脳の運動、知覚情報の伝道路であり傷害されると、運動麻痺や知覚障害などの重篤な身体障害に陥る。我々は、脊髄損傷モデルラットの脊髄実質内に高濃度のFGF2を注入すると運動機能が顕著に改善することを見出した。このとき、脊髄内で増殖していた線維芽細胞を培養下で増やし、損傷部位に移植したところ、FGF2投与よりも更に顕著な運動機能改善が認められた。そこで、霊長類における類似の線維芽細胞の有無を確認するため、以下のような共同利用研究を実施した。サル脊髄を摘出後、硬膜、髄膜等を剥離し、脊髄実質部を薄切し0.3-1.0 mm 厚の組織片を得た。コラーゲンコートディシュに薄切組織片を並べ、10 ng/ml FGF2、10% FBSを含むDMEM培地を滴下し、CO2インキュベータ内に静置した。翌日、切片が浸る程度に培地を追加し、組織片から細胞が遊走してくるまで、終濃度10 ng/mlとなるようにFGF2を毎日添加し続けた。本条件において、サル脊髄からもラット脊髄と同様に線維芽細胞が遊走してくることが確認された。現在、同線維芽細胞の培養を継続中である。今後、ラット脊髄損傷モデルに同細胞を移植し、運動機能の回復効果を有するかどうかを検討する予定である。

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(5) 震災関連

E(震災A-1)金華山島に生息する野生ニホンザルの個体数調査

伊沢紘生(宮城のサル調査会),中川尚史(京都大・院・理),藤田志歩(鹿児島大・農),風張喜子(京都大・野生動物研究センター),川添達朗(京都大・院・理・生物科学),宇野壮春,関健太郎,三木清雅((合)・宮城・野生動物保護管理センター) 所対応者:古市剛史 

 昨年11月後半と本年3月後半の計2回、2012年度の個体数に関する一斉調査を、島に生息する6群とオスグループ、ハナレザルを対象に例年通り実施した。結果は11月の調査では259頭、3月の調査では254頭だった。

 これら2回の一斉調査とその前後に行った個別調査で、3.11東日本大震災で中止を余儀なくされた昨年3月時点での2011年度の個体数を復元することができた。頭数は238頭である。また、2012年度の出生数とアカンボウの冬期死亡率もあわせ調査した。結果は出生数が35頭、冬期死亡率が5.7%だった。

 3.11巨大地震のサルへの影響、および巨大地震による地盤の緩みと9月21日の集中豪雨が原因で島じゅうで起こった土石流や急斜面の崩落のサルへの影響については、磯での海藻の育成や秋の堅果(ナッツ類)の稔りといったサルの食物とサルの個体数の変化の両面から調査した。その結果は、両方ともサルに対する顕著な影響は認められなかった。

 ただ、巨大地震や土石流のサルへの影響は、当該年度だけではなく、さらに長い時間幅の中で出てくる可能性もあり、今後とも注意深く継続して調査していく必要があるだろう。

 なお、本研究で実施した各種調査の結果についてより詳しくは9月時点までのまとめは「霊長類研究」27号で報告し、3月時点までのまとめは同誌28号に現在投稿中である。参照にされたい。

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