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京都大学霊長類研究所 > 年報のページ > 2012年度・目次 > 共同利用研究

京都大学霊長類研究所 年報

Vol.42 2011年度の活動

Ⅷ. 共同利用研究


2. 研究成果

(2) 一般個人研究

B-1 Diet and the Host-parasite ecology of chacma baboons

PA Pebsworth (Wildcliff Nature Reserve) 所内対応者:MA Huffman

Geophagy is widespread in animals and occurs in 21% of all nonhuman primates, but has not been described by age class, sex, or reproductive state. Because soil has the ability to alleviate gastro-intestinal (GI) distress and upsets, geophagy is considered a self-medicative behavior. I analyzed data collected from my field study, which continually monitored soil consumption in a troop of Papio hamadras ursinus at four geophagy sites with video camera traps from August 2009 through January 2011. Using 60 hours of video recordings, I evaluated soil consumption by age class, sex, and reproductive state. Pregnant baboons spent more time consuming soil at monitored geophagy sites than other baboons. This pattern of soil consumption is similar to what is observed in humans. In addition to analyzing geophagic soils for physical, chemical, and mineral properties, I analyzed these soils for presence of soil-transmitted helminths (STH) to evaluate the risk of parasite transmission through soil consumption. I analyzed 272 fecal samples to determine parasites infecting this troop. Six nematodes: Trichuris sp., one unidentified species from the suborder Spirurina, Strongyloides fuelleborni, Oesophagostomum sp., Trichostrongylus sp., and Streptopharagus sp. were found. 80 soil samples were then analyzed for parasite presence, 40 from geophagy sites and 40 from foraging sites. My preliminary findings indicate that more Trichuris sp. ova were recovered from samples collected where soils were consumed, and both geophagy and foraging sites was a potential source of STH infection for this troop. However, black wattle stands pose a greater risk of STH infection than geophagy sites.



B-2 農地への依存性の異なるニホンザル2群の群落利用の比較

海老原寛(麻布大・院・獣医) 所内対応者:辻大和

近年、サル(ニホンザル)による農業被害が生じている。農村の過疎化は今後さらに進むと思われ、人里を利用するサルもさらに増えていくと予想される。こうした状況は、サルが環境の変化に対して、どのように生活を変化させたかを知る好機といえる。本研究では、神奈川県丹沢東部の農地を利用しない群れ(自然群)と農地を利用する群れ(加害群)の群落利用を比較した。ラジオテレメトリ法により群れの位置を把握し、GIS上で環境省の植生図を用いて解析を行った。自然群では、広葉樹林の利用が秋を上限として山型を示し、針葉樹林と草地の利用は秋を下限に谷型を示した。一方、加害群では、農地の利用が秋を上限として山型を示し、その他の群落利用に傾向は見られなかった。このことは、食物供給量が関係していることが考えられる。2群の群落利用を比較すると、どの季節においても加害群の方が農地の利用が多かった。これは、農地に栄養価の高い作物が集中的にあるためと考えられる。また、秋以外は加害群の方が広葉樹林の利用が多かった。人からの圧力や広葉樹林が農地に隣接していることが影響して、広葉樹林の利用を高めたためと考えられる。農地の存在は、サルの群落利用に大きな影響を及ぼしていることが示された。

<発表概要>

ニホンザル2群の群落利用パターン ~隣接する自然群と加害群の比較~

海老原寛,高槻成紀(麻布大・院・獣医) 所内対応者:辻大和

近年、サル(ニホンザル)による農業被害が生じている。こうした状況は一種の実験とみることができ、サルが環境の変化に対して、どのように生活を変化させたかを知る好機といえる。本研究では、神奈川県丹沢東部の農地を利用しない群れ(自然群)と農地を利用する群れ(加害群)の群落利用を比較した。ラジオテレメトリ法により群れの位置を把握し、GIS上で環境省の植生図を用いて解析を行った。調査は2011年6月~11月におこなった。自然群は、初夏に針葉樹林の利用が多く広葉樹林の利用が少なかったが、季節が進むにつれてこれが逆転した。加害群においては、初夏に草地の利用が多く農地の利用が少なかったが、季節が進むにつれて逆転した。このことは、おそらく食物供給の違いにより、自然群では森林が、加害群では農地などが群落利用の季節変化のキーとなっていることを示唆する。2群の群落利用を比較すると、どの季節においても加害群の方が農地の利用が多かった。また、初夏や晩夏には加害群の方が広葉樹林の利用が多かった。これは、農地に栄養価の高い作物が集中的にあるためと考えられる。また、農地と広葉樹林が隣接していることが多いため、農地を利用することが結果として広葉樹林の利用を高めたためと考えられる。

B-3 サル脊髄損傷モデルを用いた軸索再生阻害因子とその抗体による神経回路修復に関する研究

山下俊英,中川浩,中村由香,佐藤彰修(大阪大・院・医) 所内対応者:高田昌彦

脊髄損傷により、中枢運動回路の軸索が切断され、上下肢の麻痺が惹起される。成体において脊髄が損傷されると、機能回復が期待できないことが多い。その理由のひとつとして、軸索再生を阻害する因子の存在があげられる。我々は、新規の軸索再生阻害因子としてRepulsive guidance molecule-a (RGMa) を同定し、脊髄損傷モデルラットにRGMaの機能を中和する抗体を投与することにより、運動機能の回復が促進されることを報告した。(Hata, et al., 2006)本研究は、霊長類においてRGMaが軸索再生阻害因子として働いているかどうかについて検証することを目的としている。アカゲザルを用いて、運動を制御する皮質脊髄路を順行性トレーサーでラベルし、その3週間後に脊髄損傷(hemisection)を施した。さらにその10日後に、脊髄を採取し、免疫染色法にて損傷部周囲のRGMa発現を観察しているところである。また大脳運動野領域、皮質脊髄路における、RGMa受容体であるneogeninの発現も確認している。抗体治療を施す予定のアカゲザル2頭については、運動機能評価課題のトレーニングを行っている。

B-4 サル系統進化における上肢の解剖学的発達

西条寿夫,TA Aversi-Ferreira,堀悦郎(富山大・医学薬学研究部・システム情動科学) 所内対応者:中村克樹

オマキサルは、チンパンジーやヒトと同様に、上肢により道具を用いて食物を得ることが知られている。これら道具使用には、上肢筋肉の微細なコントロールが必要であり、道具使用を行うオマキサルの手指は、ヒトやチンパンジーと異なる筋支配にも関わらず、ヒトやチンパンジーと同様な母指対向性を有していることが明らかにされている。一方、ニホンザルは、行動学的研究や神経生理学的研究に多く用いられているにも関わらず、その上肢の解剖学的特徴は比較的不明である。本研究では、ニホンザルにおける上肢の解剖学的特徴を、肉眼解剖により解析した。その結果、ニホンザルの上腕二頭筋、上腕筋、烏口腕筋、上腕三頭筋およびdorsoepitroclear muscle(サル類のみ、ヒトで存在せず)における神経支配および血管の分布は、他の霊長類と同じであったが、その起始と停止の付着部位が異なることが明らかになった。現在、前腕筋の肉眼解剖を行っており、今後全データをComparative Anatomical Index (IAC) を用いて数値化することにより、ヒトを含む他の霊長類と比較し、上肢の進化過程を明らかにしていく予定である。

B-5 マーモセットにおける養育個体のオキシトシン濃度

齋藤慈子(東京大・院・総合文化) 所内対応者:中村克樹

近年、神経ペプチドの一つであるオキシトシンと社会性に関する研究がげっ歯類で盛んにおこなわれている。オキシトシンは、社会性の第一歩と考えられる認知・行動に関わっていることがわかっており、ヒトを対象とした研究も盛んとなっている。しかし、いまだヒト以外の霊長類における社会行動とオキシトシンの関係についての研究は数が少ない。そこで、本研究では、協同繁殖をおこなうコモンマーモセットを対象に、母親だけでなく父親のオキシトシン濃度が、妊娠・出産・養育行動によりどのように変化するかを調べることを目的とした。

乳幼児がいる父親個体と単独飼育オス個体から採尿し、市販のオキシトシ測定用EIAキット(ヒト、マウス用)を用いて、尿中のオキシトシン量を比較したが、群間に差はみられなかった。また出産前後でオキシトシン量に変化がみられるかを検討するために、妊娠中~出産後の繁殖ペアより採尿をおこない、オキシトシン量の測定をおこなった。その結果、メスでは出産当日(血液も尿に混入していた)にピークを示し、出産前よりも出産後で値が高い傾向がみられた。また、オスでは前後で大きな変化がみられなかった。

その後、マーモセットにおけるオキシトシンのペプチド配列が他の哺乳類と異なることが発表されたため、マーモセットのオキシトシンを合成し、再度測定系の妥当性を検討している。

B-6 霊長類における神経栄養因子の精神機能発達に与える影響

那波宏之,外山英和,難波寿明(新潟大・脳研・分子神経生物),水野誠 所内対応者:中村克樹

統合失調症の発症原因のひとつとして、胎児や新生児期における末梢性サイトカインによる脳発達障害が想定されている。新生仔マウスの皮下に神経栄養性サイトカインである上皮成長因子(EGF)やニューレグリン1などを投与することで、認知行動異常が成熟後に誘発されることが知られている。しかし、この仮説がヒトを含む霊長類にも適用できうるか、疑問も多い。そこで成長の早い霊長類であるマーモセットを用い、本仮説の霊長類での検証を試みた。特にマーモセットは社会行動性の高い霊長類であり、社会行動が傷害される統合失調症を評価するには、理想的な実験動物と考えた。本年度は、昨年度に貴研究所にて実施した新生児マーモセットへのEGFの投与動物の経過観察を継続するとともに、妊娠マーモセット母体へEGFの投与試験を実施した。

妊娠中のマーモセット母親は2匹を採用して投与を行った。この用量は、事前の成長マーモセットへのEGF投与による影響評価試験により決定されたプロトコールに従った。このプロトコールによると一過性の嘔吐は発生するが、体重増加もあり、行動もすぐ正常化する。マーモセット胎児において母子間のUrero-Placentral Barrier (UPB)が完成する妊娠中期までを標的時期とした。一匹のマーモセット母体には、妊娠9~11週でEGF投与、もう母体では妊娠12~14週を目安に、0.3mg/kg体重で1日1回、隔日皮下投与(計5回投与)を実施した。出産時期も正常で、新生児の体重も正常であった。特に新生児の行動等に異常は見られなかったが、出生直後に上下顎各々に乳切歯が4本(第1切歯2本、第2切歯2本)、計8本生えており、EGF投与の反応の象徴である歯出芽の促進現象が観察された。このことは、母体からUPBを透過してEGFが胎児に移行したことを意味する。今後、成長を待って行動指標の定量化を行い、EGFと認知行動発達の関連を検証したい。

B-7 マーモセット脳におけるシナプス可塑性関連蛋白ドレブリンの免疫組織化学的解析

白尾智明,児島伸彦,梶田裕貴(群馬大学・院・医) 所内対応者:中村克樹

ドレブリンは樹状突起スパインに局在するアクチン線維結合タンパク質であり、シナプスの可塑性にとって重要な働きをしている。本研究は、マーモセットを用いてドレブリンの高次脳機能における働きの解明を目指し、マーモセット脳内のドレブリンの分布を免疫組織化学染色で解析した。雌のマーモセット3匹を深麻酔後、ホルマリン溶液で灌流固定し脳を取り出した。浸漬固定後、スクロース溶液へ置換した。凍結後、冠状断で12μmの凍結切片を作成し、抗ドレブリン抗体、抗シナプトフィジン抗体、抗ダブルコルチン抗体を用い、DABにより免疫組織化学染色を行った。マウスではドレブリンの局在が認められない内側中隔において、マーモセットではドレブリンの強い染色が見られた。通常はドレブリンが濃染する領域はシナプスマーカーであるシナプトフィジンあるいは幼若神経細胞のマーカーであるダブルコルチンが濃染するが、この内側中核においてはこれらのマーカーは濃染しなかった。一方、他のニューロピル領域ではドレブリンとシナプトフィジンの濃染部位は一致し、また、脳室下帯部における移動中の神経前駆細胞はドレブリンとダブルコルチンが濃染していた。

B-8 抗うつ薬によるマーモセット海馬歯状回顆粒細胞の脱成熟効果

大平耕司(藤田保衛大・総医研・システム医),萩原英雄,昌子浩孝,上野友生(藤田保衛大・総医研) 所内対応者:中村克樹

我々は、統合失調症や双極性気分障害など精神疾患様の行動異常を示す多数系統のマウスにおいて未成熟海馬歯状回(iDG)が生じていることを見出している。一方、野生型マウスに対して、抗うつ薬の慢性投与や脳電撃ショックを処置すると、iDGが生じることが分かった。すなわち、iDGの誘導がうつ病に対する治療効果であるという新しい仮説が示唆される。iDGの人工的な正常化と誘導が実現できれば、統合失調症、双極性気分障害、うつ病などの精神疾患の治療法に結びつくことが期待できる。本研究では、抗うつ薬によるiDGの誘導について、マーモセットに抗うつ剤の一つであるフルオキセチンの放出ペレット(3 mg/kg/day,60 day-release)を皮下に埋め込み、その前後4週間に図形弁別課題、逆転学習課題、活動量測定を実施し、その後脳を固定し組織学的解析を行った。その結果、学習課題や活動量に大きな変化は観察されなかったが、歯状回において未成熟顆粒細胞のマーカーであるDoublecortinが増加していることが明らかとなった。この結果は、霊長類でもiDGを誘導できることを示唆している。今後、iDG化による行動変化について解析を進めていきたい。

B-9 ニホンザルのアメーバ感染に関する疫学研究

橘裕司(東海大・医),小林正規(慶応大・医),柳哲雄(長崎大・熱研) 所内対応者:平井啓久

最近、赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica)とは異なる病原アメーバE. nuttalliが、サル類から見つかっている。本研究の目的はニホンザルにおける腸管寄生アメーバの感染実態を明らかにすることである。

宮崎県串間市の幸島において、野生ニホンザルの糞便32検体を採取した。直接鏡検では、糞線虫卵、鞭虫卵、胃虫卵、腸結節虫卵、R型仔虫が検出されたが、アメーバシストは検出されなかった。そこで、糞便からDNAを抽出し、赤痢アメーバ、E. dispar,E. nuttalli,E. chattoni,大腸アメーバ(E. coli)についてPCR法による検出を試みた。その結果、E. chattoniが26検体(81%)において陽性となった。しかし、その他の4種類のアメーバは全く検出されなかった。また、糞便検体について、田辺千葉培地によるアメーバの分離培養を試みたが、すべて陰性であった。

これまでの他地域における調査でもE. chattoni感染は高率に認められたが、他種のアメーバも同時に検出されることが多く、地域による感染アメーバ種の違いが確認された。なお、採便に関しては、幸島観察所の鈴村氏と冠地氏の協力をいただいた。

B-10 ニホンザル・トランスサイレチンの生化学的性状に関する研究

中村紳一朗(滋賀医科大・動物生命科学研究センター) 所内対応者:鈴木樹理

血清タンパクのトランスサイレチン(TTR)は、ヒトの全身性老齢性アミロイド症(SSA)の原因である。TTRは四量体で安定し、単量体になると線維原性が増し、アミロイドを形成しやすくなる。すなわち単量体の割合が増えることでSSA発症の可能性が予測できる。加齢はTTRが不安定化する一つの要因であり、以前の本共同利用研究にて心臓へのTTR沈着が確認されたサル種、ニホンザルでもTTRの四量体から単量体への加齢性変化が、アミロイド形成に関与しているかどうか検討した。

平成20、21年度の本共同利用研究で病理組織学的検索を行った33例のうち、残余血清が保管されていた11例(2歳から29歳、平均10.1歳)を用いて、TTRに対するウェスタンブロットとELISAを行った。過去の共同利用研究で心臓にTTR沈着を認めた個体(34歳)の血清は残ってなかった。

ウェスタンブロットでは最高齢の29歳の動物で単量体のバンドが強かったが、その他の動物では年齢に伴う傾向は見られなかった。ELISAでは2?11歳の8例の平均が36.8mg/dLだったのに対し、13?29歳の3例の平均が27.1 mg/dLで高齢の動物の方が血清濃度は低かった。

TTR産生量は加齢に伴う肝細胞の機能低下などで減少することが推測された。アミロイド原性の強い単量体の出現には、30年近い絶対的な時間が必要で、34歳の高齢ニホンザルにのみTTR沈着が見られた組織学的変化を支持する結果となった。

B-11 シカの空間分布に及ぼすサルの影響 

揚妻直樹(北海道大・北方生物圏フィールド科学センター・和歌山研究林) 所内対応者:半谷吾郎

屋久島全域の調査から、景観スケール(マクロスケール)におけるシカ密度にはサル密度が正の要因として働くことが示されている。そこで本研究では生息地スケール(ミクロスケール)においても、シカの空間分布がサルの分布に規定されているかを検討した。

屋久島西部地域の半山地区および川原地区にそれぞれ約5kmの観察ルートを設定し、観察ルートを歩きながら、シカとサルの発見に努めた。動物を発見した場合には、動物種・属性・位置・時間などを記録した。この調査は各地区で3回ずつ行った。収集したデータはGISで分析した。調査ルートから20m以内についてはシカもサルも見落としがないと考えられたので、その範囲を分析対象とした。まず、調査ルート両側に20mのバッファーを作り面積を測った。また、サルを発見した位置の周辺20mにもバッファーを作成し、面積を求めた。そして、調査ルートバッファー面積に対するサルバッファー面積の比率を算出した。この比率が、調査ルートバッファー内で発見したシカ数とサルバッファー内で発見したシカ数の比率と有意に異なるかを検定した。

調査地区ごとに3回分のデータをプールして検定を行った所、どちらの地区でも有意にサルバッファー内でシカが多く発見されることが示された。ただし、1回ごとに分析した場合には有意差がでない場合があった。景観スケールで見られたサルがシカの密度に与える影響は、生息地スケールにおけるサル-シカの空間配置に基づくものであることが示唆された。

B-12有害駆除個体を用いた四国の野生ニホンザル個体群の特徴分析

谷地森秀二(四国自然史科学研究センター) 所内対応者:渡邊邦夫

四国では多くの地域でニホンザルによる農作物被害が発生し、それに伴う駆除活動が行われている。しかしながら、駆除された個体からの情報収集は駆除数、成長段階、性別程度に限られ、生物学的な情報に関してはほとんど記録されずに埋設処分されてきた。また、四国産ニホンザルの標本数も非常に少なく、四国産地域個体群の研究はほとんどなされていない。本研究は平成22年度よりの継続課題として、ニホンザル四国地域個体群について、生物学的特徴ならびに有害駆除状況を把握することを目的に行った。

平成23年度は、高知県内に調査地域を3地域設け情報を収集した。対象地域は、香美市(県東部)、中土佐町(中央部)および四万十市(県西部)である。

 各調査対象地域へ平成23年5月、7月、10月、平成24年1月および3月に赴き、有害駆除個体を43個体受け入れた。

受け入れた個体について、高井正成教授と協力して生体および骨格標本の計測と骨格標本化した資料の保管を、今井啓雄准教授と協力して分子生物学的な分析を行った。

その結果、四国のニホンザルは遺伝的な変異性が少ないなど、特徴が徐々に明らかになってきている。

B-13 コモンマーモセットを用いた緑内障性網膜・視覚中枢障害発症機序の解明

原英彰,嶋澤雅光,中村信介(岐阜薬科大・薬効解析学) 所内対応者:中村克樹

我が国において、緑内障は中途失明原因の第一位を占める疾患である。しかしながら、緑内障の発症および網膜障害進行の機序についてはほとんど解明されていない。そこで、我々は緑内障性網膜・視覚中枢発症障害の機序解明を目的として、コモンマーモセットを用いて慢性高眼圧緑内障モデルの作製を試みた。ペントバルビタール麻酔下にコモンマーモセット4頭の左眼の前眼部線維柱帯にアルゴンレーザーを照射し、眼房水の排出を抑制した。レーザー照射は2週間隔で2回に分けて照射した。眼圧はケタミン/メテドミジン併用麻酔下で眼圧計を用いて測定し、眼底写真は手持ち式眼底カメラ(Micron III)を用いて撮影した。レーザー照射4週後より持続的な眼圧上昇が観察された。さらに眼底所見より、レーザー照射9週後において高眼圧眼の視神経乳頭部の血管の明らかな収縮および浅い乳頭陥凹の拡大が観察された。また採取した視神経のトルイジンブルー染色により、レーザー照射眼における視神経軸策障害が観察された。

以上の結果から、世界で初めてコモンマーモセットにおいて慢性高眼圧モデルを作製することに成功した。

B-14 DNA analysis of White Headed Langur and feeding plants.

Yin Lijie(北京大・生命科学学院),Qin Dagong,Pan Wenshi,Yao Jinxian,Xian Danlin 所内対応者:今井啓雄

From 2011 to 2012, we collected 22 feces samples on December 2010, January and March 2011, January 2012 from two populations of white-headed langurs. And 42 plants species that langurs eating or not were collected in March 2011. We have gotten about 15 plants species by DNA analyzing from two feces samples.

On March 2012, I have done DNA analysis of six feces samples of white-headed langurs under directing by Dr. Hiroo Imai and his student Nami Suzuki in PRI. We extracted and cloned DNA in feces from six samples and selected three samples to do DNA sequencing. From these three samples, we got several plant species that langurs ate. Based on the results, we discussed next study plan in the future. It is important for the research that how to collect feces of langurs, sample size and sample seasonality.

In addition, I did a presentation to introduce wildlife conservation in Peking University center for Nature and Society and research of white-headed langurs when I visited PRI. Although my English is not so good, I hope it may expedite the community and cooperation between PKU Center for Nature and society and Primates Research Institute,Kyoto University.

B-15 アカゲザル新生児における視覚刺激によるストレス緩和効果

川上清文(聖心女子大・心理) 所内対応者:友永雅己

筆者らはニホンザル新生児が採血を受ける場面に、ホワイトノイズやラベンダー臭を呈示するとストレスが緩和されることを明らかにした。(Kawakami, Tomonaga, Suzuki, Primates, 2002,43,73-85;川上・友永・鈴木、人間環境学研究2009,7 ,89-93)本研究では、その知見を広げるために、視覚刺激を呈示してみる。まず、オトナ・ザルの顔写真を使うことにした。

 本年度はニホンザルではなく、アカゲザルのオス4頭のデータが得られた。第1回目の実験日が平均生後12日、第2回目は生後19.5日であった。視覚刺激を呈示した条件と顔写真をランダム・ドットにした統制条件を比べた。行動評定の結果では、顔呈示効果はみられなかった。

B-16 霊長類の各組織における味覚情報伝達物質の存在

権田彩,松村秀一(岐阜大) 所内対応者:今井啓雄

現在、ヒトやマウスで味覚受容体が舌だけでなく消化管などにおいても発現していることが分かってきている。本研究ではコモンマーモセットやアカゲザルなどを対象に、舌とそれ以外の臓器において、味覚情報伝達物質であるα-gustducinとTRPM5の存在量をRT-qPCR法により絶対定量した。さらに、異なる種、異なる年齢の霊長類を比較することにより、味覚情報伝達物質の発現量の種差や年齢差を調査した。

その結果、定量した全霊長類では、他の臓器と比べて消化器系においてα-gustducinとTRPM5が多量に存在することが分かった。コモンマーモセットでは、盲腸、大腸において、舌と同量もしくはそれ以上のα-gustducinが存在した。TRPM5に関しても、年齢差や個体差はあるものの、小腸、盲腸、大腸において存在量が多かった。一方、アカゲザルなどでは、盲腸において存在量が多いという結果は得られなかった。盲腸における味覚情報伝達物質の存在量の多さは、コモンマーモセットに特徴的な結果である可能性が高い。しかし、コモンマーモセットとアカゲザルとでは調査した年齢が異なるため、この結果の差が年齢差に起因する可能性もある。今後、より詳細な分析をおこなって確かめたいと考えている。

B-17 霊長類味覚受容体遺伝子群の発現解析

石丸喜朗,阿部美樹(東京大・院・農学生命科学) 所内対応者:今井啓雄

アカゲザルの味覚受容体と下流シグナル伝達因子群の茸状・有郭乳頭味蕾における発現をin situハイブリダイゼーション法を用いて解析した。また、蛍光二重in situハイブリダイゼーション法を用いて、各遺伝子を発現する細胞の相関関係を調べた。

TAS1R、TAS2R、PKD1L3の各味覚受容体遺伝子は、味蕾中のそれぞれ異なる味細胞で排他的に発現しており、基本味ごとに受容する味細胞が分かれていることが示唆された。次に、各遺伝子について詳細に解析したところ、TAS1Rファミリーに関しては、いずれの乳頭でもTAS1R1とTAS1R2が互いに別々の味細胞に発現していた。PKD1L3は、有郭乳頭だけでなく茸状乳頭でも発現していた。Gタンパク質に関しては、GNAT3が茸状乳頭と有郭乳頭の両方で発現するのに対して、GNA14は有郭乳頭だけで発現することはマウスと同様であった。しかし、有郭乳頭においてGNA14を発現する細胞は、その割合がマウスと比較して顕著に小さく、TAS1R2発現細胞と排他的である点は異なっていた。以上の実験結果から、同じ哺乳類に属する霊長類とげっ歯類では、味覚関連遺伝子の発現様式に関して、共通点と相違点があることが明らかとなった。 

B-18 京都盆地北縁に生息するニホンザルの保全生態学的研究

西邨顕達(京都府鳥獣問題研究会) 所内対応者:渡邊邦夫

自宅とその近辺(行政的には京都市左京区静市、鞍馬、岩倉、および北区上賀茂など)にはニホンザルの群れが出没し、"猿害"がよく生じている。私は猿害の実態を知り、その軽減を図るため、2004年にこの群れの調査を始めた。2008年以後は毎夜、その日の群れの移動したルートと泊った場所、および(可能ならば)翌日の予想進路をブログで発信することを始めた。ブログには2012年3月31日現在で約37000人余がアクセスしている。このブログによって2つの声、「猿害対策を立てやすくなった」と、「サルの生態に興味がわいてきた」を聞くようになった。

群れのサイズは2005年:約50頭、2011年:約60頭で、この7年間の変化は少ない。同期間、群れメンバーの52~59%:アカンボウとコドモ、30~38%:生殖可能(5歳以上)メスで、構成に関しても変化は少ない。ただ、群れの中にいる成オスが最初2頭だけであったが、2008年以降は6-7頭に増えた。

この群れの存在が初めて確認されたのは1970年代前半であり、当時の行動域は鞍馬。貴船、二ノ瀬、雲ヶ畑であった。私が調査を始めたころは貴船、雲ヶ畑に行くことはなく、そのいっぽうで市原、岩倉、上賀茂が行動域に含まれ、そのサイズは格段に大きくなっていた。すなわち、群れは耕作地の少ない中山間地域よりも田園部の多い平野部をよく動くようになっていた。この傾向はこの7年間でもより顕著になり、例えば鞍馬を訪れる頻度は年々低下し、昨年はそこで泊ったことは一回もなかった。

B-19 ニホンザル野生群の年齢構成と成長・加齢パターン

岸本真弓(㈱野生動物保護管理事務所関西分室) 所内対応者:濱田穣

群れの半数が捕獲された甲賀A群(滋賀県)の全骨格標本124個体について、年齢査定を実施するとともに、成長・加齢に伴って変化すると推測される部位の計測を行った。

年齢構成(満年齢)は0才:23頭、1才:27頭、2才:20頭、3才:14頭、4才:5頭、5才:11頭、6才:2頭、7才:1頭、8才:6頭、9才:4頭、11才:2頭、12才:3頭、13才:2頭、14才、16才、17才、25才が各1頭であった。4才および5才とした個体の歯の萌出交換とセメント質年輪それぞれから推定される年齢には、少なくとも1才のばらつきがあった。

成長にともなう変化として、四肢長骨長(座高に対する示数)は7才または8才に至るまで増加しつづけた。顔長(頭蓋長に対する示数)は成長するにしたがい増加し、成獣に達した後も加齢とともに増加しつづけた。

高齢と位置づけられる25才(メス)と、7才から17才のメス15個体分の各腰椎の腹側頭尾長(背側頭尾長に対する示数)を比較したところ、半数で小さく、残りの半数では大きかった。

B-20 下北半島脇野沢における野生ニホンザルの個体群動態と保全のための諸問題

松岡史朗,中山裕理(下北半島のサル調査会) 所内対応雄者:渡邊邦夫

下北半島脇野沢A-87群(山の群れ)とA2-85群(民家周辺の群れ)の個体数は依然増加傾向にあり、出産率はそれぞれ63%(昨年30%)と90%(同50%)であった。

A2-85群の0歳の死亡率が昨年度50%と例年に比べ高く、サル追い犬の導入による群れの攪乱原因と考えられたが、今年度の死亡率は0%であった。サル追い犬の導入により農作物への依存は減少したが、それによる栄養状態の悪化が、出生率や死亡率に影響及ぼしてはいないと考えられる。

個体数の増加に伴い遊動域も依然、東方向に拡大傾向にあり、利用頻度の高い地域も東へシフトしている。

昨年度の冬は、27年ぶりともいわれる降雪量の多さで、2012年4月現在、大幅に植物の芽吹きが遅れているが、大量死は起きておらず、この地域のニホンザル個体群の増加傾向に影響はなさそうである。

B-21 ニホンザル関節受動抵抗特性の計測

荻原直道(慶應義塾大・理工・機械工) 所内対応者:平崎鋭矢

ニホンザルの二足歩行は、ヒトのそれと比較して下肢が全体的に曲がった状態で行われる。これは、筋骨格系の形態・構造的制約により規定される下肢(後肢)関節の可動特性が、両者で異なっていることに起因すると考えられるが、その詳細なメカニズムはほとんど明らかになっていない。このことを明らかとするためには、ニホンザル新鮮屍体を用いて下肢筋骨格系の受動抵抗特性を計測し、二足歩行の進化を考察する上で重要な下肢関節の可動制約と筋骨格形態・構造の関係を明らかにすることが重要である。

本年はその第一段階として、下肢筋骨格系の関節受動抵抗特性の計測手法の具体的検討を行った。検討には、ニホンザル1個体(オス・7.3kg)の新鮮屍体を用いた。具体的には本標本を第一腰椎で前後に分離し、完全なニホンザル下肢筋骨格系の関節を受動的に動かすことで計測方法を検討した。検討の結果、関節の近位部を空間に固定し、遠位部に取り付けたヒモをデジタル手ばかりを介して引っ張ることで、関節角度の変化にともなう関節受動抵抗特性の変化を定量化できると考えられた。今後本手法に基づいて計測を進める予定である。

B-22 霊長類における時空間的な対象間関係の理解に関する研究

村井千寿子(玉川大・脳科学研究所) 所内対応者:友永雅己

多くの対象が存在する外界で適応的にふるまうためには、対象をそれぞれ処理するのではなく、その間に何らかの関係性を見つけ、関連付けをして扱うのが効率的である。それは例えば、対象間の見た目や機能の類似性、空間的な近接などでも可能である。また、時系列上の関係性でも対象を関連付けることができる。Aという対象が出現した後に、Bという対象が出現すると、私たちはAとBの間に関係を見出し、互いを関連付ける。そして面白いことに、「A→B」の一方向だけを経験したにも関わらず、「Bの後にはAが出現する(B→A)」という対称的な関係を期待する。これは論理的に必ずしも正しい訳ではないが、人間がもつ強いバイアスのひとつで、私たちの思考を方向づけるものである。このような傾向はヒト以外の霊長類(チンパンジーが)でも見られるのだろうか。つまり、チンパンジーも「A→B」を繰り返し経験した後に、「B→A'」ではなく「B→A」を期待するのだろうか。本年度の研究では、この検討の第一歩として、まずチンパンジーが「A→B」という恣意的な関係を訓練ではなく能動的に学習するかどうかを調べた。課題は注視課題を用いて、「A→B」というすでに繰り返し経験した、期待通りの関係を提示した時と、「A→B'」という経験していない、期待に違反した関係を提示した時とで注視時間が違うかどうかを調べた。もしチンパンジーが「AのあとはBが出る」ということを認識しているならば、それに反した関係をより長く見ると予想される。実験の結果はこれを支持し、チンパンジーは訓練をしなくても、みずからAとBの対象間を関連付けし、「Aの後はB」という恣意的なルールを期待していることがわかった。この結果を踏まえ今後は、「A→B」の経験だけで、「B→A」という対称的な関係をチンパンジーが構築するかどうかを調べていく。

<学会発表>

1) Murai C, Tomonaga M. Monkeys understand other's attentional state by reading gaze. The 15th annual meeting of the ASSC.

2) 村井千寿子・友永雅己. こっちを見てる?ニホンザルによる他者の注意状態の認識. Animal 2011日本動物心理学会(第71回)・日本動物行動学会(第30回)・応用動物行動学会/日本家畜管理学会(2011年度)合同大会.

B-23 霊長類におけるエピゲノム進化の解明

一柳健司,佐々木裕之,福田渓(九州大・生医研) 所内対応者:郷康広

我々は霊長類におけるゲノム進化とエピゲノム進化の関係を解明するため、ヒトとチンパンジー(霊長類研究所の飼育個体)の末梢白血球のDNAメチル化比較研究を行っている。これまでに、21、22番染色体のゲノムタイリングアレイを用いて16カ所のメチル化差異領域 を同定し、それらが遺伝子発現と強い相関を示すことを明らかにしてきた。さらに、これらの領域のメチル化状態をゴリラやオランウータンのDNAでも調べることで、CTCFタンパク質の結合配列の出現・消失やマイクロサテライトリピート内のCpG密度の変化によって、DNAメチル化状態が変化し、転写状態に影響を与えていることを世界で初めて示した。(福田ら、論文投稿中)

本年度はこの研究をさらに広げるため、メチル化DNA結合タンパク質(MBD1)と大規模シーケンサーを用いて、ヒトとチンパンジーのメチル化差をゲノムワイドに解析した(MBD-seq)。また、末梢血白血球からRNAを調製して(チンパンジーは霊長研飼育個体)、転写開始点の場所と使用頻度を網羅的に解析するためのライブラリーを作成した(現在、大規模シーケンサーにて解析中)。MBD-seqの解析から、CTCFの結合部位の変化によるメチル化変化が普遍的なものであることを確認している。これらの結果は、進化の過程でジェネティックな変化から表現型の変化・多様性が生じる際にエピジェネティックなメカニズムが重要な役割を演じていることを示している。

<学会発表>

福田渓,ほか 「霊長類間のDNAメチル化多型の解析」 第83回日本遺伝学会(2011/09, 京都)

B-24 類人猿の頭蓋底を貫通する神経血管孔に関する臨床基礎医学的・比較解剖学的研究

澤野啓一(神奈川歯科大・人体構造学) 所内対応者:濱田穣

今回はCanalis caroticusと、そこを貫通する構造物、及びICAとForamen lacerumとの関係について研究を行った。Canalis caroticusを貫通する最大の構造物は勿論Arteria carotis interna (ICA) であるが、それを取り巻くSinus cavernosusも重要である。ヒト及び類人猿ではCanalis caroticusは強く屈曲する。これは血流の減圧と、A.ophthalmica, A.c.anterior, A.c.media等への血流配分に深く拘わっていると考えられる。ただArtiodactyla等に見られるRete mirabileと比較検討すると、ICA内の血流がHagen- Poiseuille's equationを最優先とした設計であるとは必ずしも言えない。PerissodactylaにおけるCanalis caroticusと他のForaminaとの合体は、個々のForaminaやCanalesを細分化する傾向の強いHominoideaと対蹠的であり、更に比較検討の必要性が有る。従来、Canalis caroticusとForamen lacerumとの関連性に関する研究はほとんど存在しなかった。しかし、ヒト及びPongoにおけるForamen lacerumの発達は、ICAがCanalis caroticusを貫通した後に、上方に立ち上がる部分での床面を、硬骨では無く、軟骨にするという点で、画期的な構造変化であることを強調したい。Canalis caroticus内、及びそれに引き続く硬膜下において、ICAを取り巻くSinus cavernosusに於ける逆行性の静脈血流の存在が、ヒト、次いで類人猿において顕著に大きいことを指摘したい。

<発表概要>

Sawano K, Neurovascular tunnels in the midcranial base and their relative structure in the evolution of the cerebral blood supply. (1): Kanagawa Dental College, (2): Edogawa Hospital, (3): Dept. Radiology, Yokohama City Univ. (Yokohama), (4): Dept. Neurosurgery, Yokohama City Univ. Sch. Med.Anthropological Science, Volume 119, Number 3, p. 314, 2011.

B-25 哺乳類における脳形態の幾何学的分析

河部壮一郎(東京大・理) 所内対応者:西村剛

霊長類において、頭蓋基底角と脳化指数との間に相関があることが知られているが、他の哺乳類での研究は多くない。その為、この関係は哺乳類全般的に見られるものであるのか明確にはわかっていない。霊長類以外の哺乳類における頭蓋基底角と脳化との関係を明らかにすることは、脳を発達させるうえでの頭蓋形成のメカニズムの理解に非常に有益であり、霊長類で見られる脳化の更なる理解に繋がる。申請者は特に霊長類で見られる頭蓋基底と脳化指数の関係性が、霊長類以外の哺乳類でも同様に見られるか検証を行った。

霊長類を含む哺乳類頭骨のCTスキャンを行い、脳エンドキャストを作製しその体積を計測し脳化指数を算出した。またCTデータから頭蓋基底角の計測も行い、脳化指数との相関を調べた。その結果、霊長類以外の哺乳類において、弱いながらも頭蓋基底角と脳化指数に相関が見られた。

このことから脳化による頭蓋基底角の変化は、霊長類だけで見られるものではなく、その他の哺乳類においても同様であることがわかった。

B-26 ニホンザルのアカンボウとその母親間で生じる食性の違いに関する物理的要因の検討

谷口晴香(京都大・院・理) 所内対応者:半谷吾郎

本研究ではニホンザルの食物品目のかたさの計測を行い、アカンボウが母親と比較しどのようなかたさを選好するのかを調査した。冬季に、鹿児島県屋久島と青森県下北半島において、アカンボウまたはその母親を追跡し、採食時に食物品目の採集を行い、レオメーター(株式会社サン科学、MODEL:COMPAC-100Ⅱ)にて6時間以内にかたさ計測を行った。予備的な解析ではあるが、母子の食物品目の利用の違いと最大破壊荷重値(裁断時に生じた荷重の最大値を断面積で割った値)との関係について検討した。その結果、両地域共に母親と比較してアカンボウは最大破壊荷重値が低い品目を選好する傾向にあった。例えば、下北半島では、アカンボウは、サルが利用する樹皮の中でも最大破壊荷重値が低いツリバナやクズの樹皮を利用する傾向にあった。屋久島では、母親が地面でモクタチバナの種子を採食している際に、アカンボウは樹上で、種子より最大破壊荷重値が低い同種の未熟種子を採食する場面がたびたび観察された。この結果から、母親と比較してアカンボウは咀嚼能力が低いため、やわらかい品目を選好した可能性が示唆された。今後、かたさの分析を進めると共に、食物品目の大きさやその得られる高さ、操作数など他の物理的性質も考慮にいれ、母子の食物利用の違いを検討していきたい。

B-27 野生ニホンザルのワカモノオスの出自群離脱前後の生活史に関する長期追跡調査

島田将喜(帝京科学大・アニマルサイエンス) 所内対応者:半谷吾郎

宮城県金華山のニホンザルのオスには、群れ内オス、オスグループ、ヒトリオスという異なる存在様式がある。オスは成長に伴い出自群を離脱し、やがて別の群れに移籍するが、群れに追随するオスと群れオスとの間には潜在的なコンフリクトが存在し、追随オスが死に至ることも有り得るため、離脱・移籍は、当該個体にとってはリスクの高い行動のはずだ。このオスの存在様式の変化の至近要因から明らかにするために、金華山のニホンザルA群出身の2011年時点で7-8歳のワカモノオス3頭(アシモ・イカロス・フミヤ)を調査対象とし、行動・社会関係のデータを2009年から2011年(三年間)にわたり断続的に収集した。

イカロス(8歳)は09年夏以前には、島の北西部のA群内とその周辺のオスグループで確認されていたが、09年秋以降A群の東のC2群の周辺のオスグループで確認されている。アシモ(8歳)は09年以降、A群の南のB1群の周辺のオスグループで確認され続けている。フミヤ(7歳)は09年夏以前にはA群内で確認されていたが、09年秋以降一時的にB1群の周辺のオスグループに出現するようになり、10年夏以降定着していると推定された。アシモは、B1追随オスグループ内で、血縁のある年長個体と社会関係が強い。

コドモ期から群れを出てゆく頻度を上げてゆき、やがてオスグループに定着することで、出自群からの離脱を完成する、という図式は金華山においても観察された。一方どこに定着するかはオスたちとの血縁、過去の関係、インタラクションの積み重ね、などによって影響を受けることが示唆された。

B-28 協力課題における自己認知の実験的分析

草山太一(帝京大・文・心理) 所内対応者:脇田真清

動物に鏡を提示し、その自己の反射像を自己と認知するかどうかを調べる研究は自己鏡像認知と呼ばれ、現在までに多くの動物種を対象に検討されている。多くの先行研究では、種を限定しないで視覚的に他個体を識別できることが分かっている一方、自己鏡像を自己の反射物と認識することは難しいと報告している。そこで、共同作業を通じた他者の行動のモニターが、視覚的自己認知の成立を促進すると仮定し、自己認知の成立要因について、コモンマーモセット4個体を対象に実験をおこなった。

共同作業について、初めに個体ごとに、ヒモのついた台車を手前に引き寄せると、台車に乗ったエサを手に入れる訓練をおこなった。全ての個体は、10試行程度ですぐにヒモをたぐり寄せて、エサを取ることができた。そこで、ケージメイト同士をペアとして、2個体が同時にヒモを引かないと台車を引き寄せることができないような協力課題の訓練を実施した。1個体だけの訓練ではすぐにヒモを引くことができたが、2個体が同じタイミングで引くことは難しく、実験装置の改善が必要となった。

また、マーモセットが鏡像に対して、どのような反応を示すか、行動観察を行ったところ、実際のケージメイト、非ケージメイトとは異なる反応が認められた。

B-29 遺伝子解析による三重県内のニホンザルの個体群調査

六波羅聡,鈴木義久(NPO法人サルどこネット) 所内対応雄者:川本芳

三重県内のニホンザルについて、保護管理を検討するため、現存する群れの遺伝的構造を把握すること、和歌山県からのタイワンザル遺伝子の拡散状況のモニタリングを研究目的とし、本年度はオス75個体についてY-STR検査、メス8個体についてD-loop第1可変域、第2可変域の塩基配列の分析を行った。

オスのY染色体は13タイプに分類された。過去に検査された各県の結果と比較して多様なタイプが確認された。各タイプとも地域局在性は認められず、多様なY遺伝子が広範囲に分布していると推察される。タイワンザル由来とみられるタイプは確認されなかった。

メスについては、D-loop第1可変域について7タイプが確認され、鈴鹿市の群れのタイプは過去の研究結果の滋賀県内の群れと同じタイプであった。他の6タイプは、他地域で確認されていないタイプであった。

今後サンプル数を増やしていくことで、三重県内のニホンザルの群れの成立や拡散状況を細かく明らかにしていく予定である。

B-30 皮膚の進化生理学

颯田葉子,川嶋彩夏,乾こゆる,河野美恵子,桂有加子(総研大・先導研) 所内対応者:郷康広

ヒトと霊長類の形態的な違いの一つとして、皮膚の構造がある。体毛の有無を含めて、汗腺や、皮下脂肪の量、温度感覚受容体、免疫系など、さまざまな形質に関わる分子の分布がヒトと他の霊長類の間では異なることが予想される。そこで、①皮膚でのこれらの形質に関わる遺伝子の発現量をヒトと霊長類で比較する。②発現の違いがわかっている遺伝子については、その周辺のゲノムの塩基配列も決定し、ヒトとの比較を行い、発現差に寄与する遺伝的要因の特定を試みる。③ゲノムのメチル化などのエピジェネティクスの効果を明らかにするための解析も行う。以上の3つの目的を持って研究を遂行した。

本研究では、材料として霊長類の皮膚組織からmRNAおよびDNAを単離する。このmRNAとヒトの皮膚由来のmRNAの発現量を比較する。種内の個体間の変異との違いを明確にするために、霊長類では一つの種から複数個体のサンプルについて調べることを目標とする。チンパンジー、ゴリラ、旧世界ザル、新世界ザル由来の皮膚サンプル(数平方センチメートル四方程度)を利用する予定であった。

これまでに、共同研究で提供いただいた、アカゲザル複数個体の皮膚に加えて、本年度は、ニシゴリラ、チンパンジー、フクロテナガザルの皮膚サンプルを供与いただいた。これらのサンプルについてRNAを抽出した。現在はこれらのRNAを用いた、NGS (next generation sequencing) による発現解析を計画しており、これまでの、チンパンジー及びアカゲザルのマイクロアレイでの結果との比較を行いたい。

B-31 猿害群における土地利用特性と農地利用に影響を与える要因の検討

谷大輔(山口大・農) 所内対応者:半谷吾郎

本研究は、農作物被害を引き起こしているニホンザル2群を対象に、採食場所の選択に関わる複数の項目を設定してこれを定量的に評価し、サルの農地への依存度との関連について明らかにすることを目的とした。山口県に生息するA群(山口市A地区)とB群(宇部市B地区)について、それぞれ2頭の個体に発信機を装着して、ラジオテレメトリー法により行動域と土地利用頻度を調べた。また、それぞれの群れの行動域に含まれる集落において、農地の種類と面積、農地と林縁との距離、柿および栗の果樹木の本数、被害対策の種類とその有無について調べた。最外郭法(100%)による行動域面積はAおよびB群においてそれぞれ27.3km2と9.5km2であった。群れサイズは正確な頭数は不明であるが、いずれも70?100頭であった。土地利用頻度について、A群では季節による利用場所および頻度は変化したが、B群では1年を通じて同じ場所を繰り返し利用する傾向がみとめられた。農地のタイプ別割合と、農地と林縁との距離では、A地区とB地区で大きな違いはなかったが、被害対策についてはA地区の方が方法の数や行う頻度が多かった。B地区では特定の農地の集中的な被害が多く、いっぽうA地区では、被害が分散しており、とくにモンキードックの活動場所においては被害が少なかった。また、両地区において、9月から11月には果樹木の本数が多い場所ほど利用頻度が高かった。以上より、森林環境がほぼ同じである近隣の生息地をもつ2群において、土地利用の類似性と相違生が明らかとなり、農地への依存の強さが異なることが分かった。

B-32 霊長類の膣内常在細菌叢における乳酸菌の果たす役割

野口和浩(熊本大・院・生命科学),浦野徹(熊本大・生命資源) 所内対応者:平井啓久

ヒトの膣内では、乳酸菌を最優勢とする常在細菌叢が形成され、外部からの病原菌の侵入・増殖を防除していると考えられている。そこで、ヒト膣内での乳酸菌の役割を研究するためのモデル動物としての霊長類の有用性を明らかにするため、ニホンザル(雌15頭;3~21歳)の膣内細菌叢の検索を行った。規則的な月経周期が観察された11頭の膣内細菌叢の成績を解析したところ、ニホンザルの膣内からは5種類の通性嫌気性菌(Enterobacteriaceae, Strept ococci, Staphylococci, Corynebacteria, Lactobacilli)及び4種類の嫌気性菌(Bacteroidaceae, Veillonellae, Gram-positive anaerobic cocci (GPAC), Gram-positive anaerobic rods)が分離された。そのうちStreptococci, Corynebacteria, Bacteroidaceae及びGPACは80%以上の個体から分離され、かつ分離菌数も高かったことから、これらの菌種はニホンザルの膣内における主要な構成菌種であることが示唆された。Lactobacilliの検出率は56%と中程度であったが、分離菌数は105.4 (CFU/vagina) とチンパンジーの場合と同様に比較的高い値を示していた。また、分離された膣内総細菌数を月経周期別(卵胞期、黄体期及び月経期)に分けて比較したところ、エストロゲン濃度が高くなる卵胞期で最も高くなる傾向を示した。後検査例数を増やすことにより、月経周期や加齢等の要因がニホンザル膣内細菌叢にどのような影響を与えているかを明確にしたい。

B-33 ニホンザル乳児における運動判断 ―絶対判断か相対判断か―

渡辺創太,藤田和生(京都大・院・文) 所内対応者:友永雅己

物体の運動を視覚的に認識する際、周囲刺激の運動と関連付けて判断する相対判断と、その刺激そのものの物理的な位置の変化を判断する絶対判断が存在する。本研究は、単純図形を用いて、ニホンザル乳児が目標刺激の動きを判断する際、枠刺激の影響を受ける(相対判断)か受けない(絶対判断)かを比較認知発達の観点から、慣化法を用いて分析した。目標刺激である十字図形とその周囲にある正方形枠から成るセットを刺激として使用し、2セットを左右対呈示した。放飼場個体の一斉検査の際に、0歳児のニホンザル乳児を短時間母ザルから分離しタオルで保定したうえで、前面に設置されたモニターに映し出される刺激を呈示した。枠刺激は、6・7回目の呈示時に運動した。なお6・7回目のみ、左右で刺激の運動方向は異なった(相対不一致VS絶対不一致)。これらの刺激呈示時にいずれの刺激セットをより注視するかを観察した。乳児の行動をビデオカメラを用いて記録し、注視時間を測定し左右で比較した。結果、絶対不一致刺激に対する注視時間は相対不一致刺激に対する注視時間よりも有意に長く(Z = 2.451、 p = .014)、0歳児のニホンザルは目標刺激の動きを周囲刺激と関連付けて認知しない(絶対的認知傾向)ことが示唆された。

B-34 テナガザル大臼歯3次元形状の分析

河野礼子(科博・人類) 所内対応者:高井正成

現生のヒトと大型類人猿について、大臼歯三次元形状を詳細に分析した結果、エナメル質の厚さと分布の特徴が、各種の食性に応じた適応的なものであることが、これまでに明らかになっている。またこうした手法を応用して、化石人類や化石類人猿についても同様の検討をしたところ、アルディピテクスの大臼歯形状が現生チンパンジーとは機能的に異なるものであることや、中新世大型類人猿のチョローラピテクスの大臼歯が現生ゴリラと類似した機能適応を見せることなどが明らかとなった。本研究ではテナガザル大臼歯形状をCTスキャナで撮像して再構築し、現生大型類人猿等と比較した。現生類人猿のなかでは唯一、体サイズが小型であるテナガザルは、大臼歯についても、大型の類人猿と基本形態を共有してはいるものの、大きさの違いは歴然としている、分析の結果、テナガザル大臼歯はエナメル質が絶対的に薄く、かつ比較的均一に分布していることがわかった。また咬合面窩のエナメル質が側壁のエナメル質に対して薄い特徴が見られ、この点において果実食のチンパンジーと類似することも明らかとなった。

B-35 色盲ザルの色覚特性の行動的研究

小松英彦(生理研・総研大),郷田直一,横井功,高木正浩(生理研),岡澤剛起,波間智行(総研大・生命科学),鯉田孝和(豊橋技科大) 所内対応者:宮地重弘

インドネシア由来のL錐体欠損による2色型色盲ザルの色覚特性を明らかにするために、遺伝的に同定されている2色型色盲ザルと3色型正常ザルを用いて行動実験を行った。2種類の波長(592nmと 660nm)のLEDを箱形の視覚刺激呈示装置に入れ、前面に設けた穴(直径8mm)からディフューザーを介して照射した。様々な輝度の刺激を用いて検出閾値を測定した。3色型と比較すると2色型では660nmのときに検出閾値の上昇が見られた。さらに石原式検査表を模した視覚刺激を用いて色弁別課題を行った。視覚刺激は複数のドットによって構成され正方形の外形を持つ。この視覚刺激を水平に3つ並べて液晶ディスプレイ上に呈示し、そのうちの1つについて環状の部分に含まれるドットの色を変化させターゲット刺激とした。さまざまな色相のターゲット刺激を用いて実験を行った。2色型では混同色線上の色相で検出率の低下見られ、3色型とは異なる傾向を示した。これらの結果は2色型色盲ザルの色覚特性を反映していると考えられる。

<学会発表>

1) Koida K, et al. (2011) Color discrimination performance of genetically identified dichromatic macaques.The 21st symposium of the International colour vision society, ICVS, (2011/07, Kongsberg Norway)

2) Koida K, et al. (2011) 二色性マカクザルの行動実験による色覚テスト, Behavioral test of dichromatism in genetically identified dichromatic macaques.第34回日本神経科学大会,(2011/09, 横浜)

3) Koida K, et al. (2011) Color discrimination performance of dichromatic macaque monkey. The Asia-Pacific Interdisciplinary Research Conference 2011, AP-IRC, (2011/11, Toyohashi, Japan)

B-36 マカクの性皮腫脹に関する分子基盤研究

小野英理,石田貴文(東大・院・生物科学) 所内対応者:鈴木樹理

霊長類にはその発情期に明確な性的シグナルを発する種がある。例えばマカク属のいくつかの種ではメスの性皮腫脹(ここでは体積増加と紅潮を含む)が起こることが知られている。我々はこの性皮腫脹に着目し、主に体積増加と紅潮が目立つアカゲザルと、その近縁種であるニホンザルを対象として、性皮色、組織、遺伝子の変化を追っている。両種は性皮の体積変動において差が見られ、ニホンザルの寒冷適応も考えられる。本年度は、昨年度確立した実験系に基づいて各種実験を行った。そのひとつとして、HE染色組織を用いて血管の数を解析したところ、アカゲザルの性皮紅潮と血管数に正の相関が見られた。(相関係数 r=0.85)しかしニホンザルでは相関が見られなかったことから、種によって紅潮が異なるプロセスで現れている可能性がある。性皮は内分泌系により調節されているが、例えばエストロゲンにより子宮内膜の血管新生が起こるなど、内分泌系分子基盤に関してヒトとの機能類似性は興味深い。今後は内分泌系受容体の遺伝子発現を調べ、より詳細なプロファイルを得る。

<発表概要>

分光測色計を用いたマカク性皮色変化のCIELAB色空間における表示(第27回霊長類学会(犬山))

小野英理(東大・院・生物科学)、石田貴文(同左)、鈴木樹理(霊長研)

マカクでは発情期にメスの性皮変化(腫脹かつ/または紅潮)が起こる種がある。この変化は内分泌系によって調節され、メスの性皮色がオスの繁殖行動に影響するとの報告があるが、メスの妊性との関連は未解明な部分が多い。先行研究では性皮色測定にカラーチャートを用いることが多く、この方法では環境光の影響、評価時の観察者の主観を排除できない。こうした潜在的影響を除外するために、本研究では分光測色計(MINOLTA CG-411C)を用い、CIELAB色空間で評価した。CIELAB色空間は3軸(赤?緑、青?黄、明?暗)で構成される。アカゲザル(Macaca mulatta)9頭とニホンザル(Macaca fuscata)5頭を検索対象とし、非発情期(7月)と発情期(10月)に、同一個体の性皮色を測定した。アカゲザルとニホンザルで異なる色変化が見られ、CIELABの「青?黄」軸における増加が、アカゲザルのみで有意であった(t検定、有意水準5%)。これはアカゲザルの血流変動がニホンザルよりも大きいことを示唆する。血流の増大は紅潮のみならず腫脹につながるため、ニホンザルの血流が変動しないことは、寒冷適応との関連から興味深い。分光測色計を用い、性皮色変化をCIELAB色空間において客観的に表示でき、近縁なマカク種間で紅潮の違いを検出できた。

B-37 マカク属霊長類における感染症抵抗性の多型とゲノム進化

安波道郎(長崎大・熱帯医学研・臨床感染症学) 所内対応者:平井啓久

マカク属霊長類は種分化の過程で棲息環境の影響下にそれぞれのゲノムを進化させ続けていると考えられる。感染因子の地理的分布はゲノム多型の地理的相違生成の原動力と考えられ、その解明は生物種がいかに効果的に感染因子に対処しているかの理解を深めることにつながる。本研究ではToll様受容体TLR2、TLR4、TLR9の変異や多型がヒトやマウスでは病原微生物由来の物質の認識を変化させることから、マカク属霊長類についてそれらの塩基配列を解析し、種内および種間での非同義置換を評価した。そのうちTLR2に関してニホンザルではコード領域の全般に亘って非同義置換は頻度が低い傾向にあるのに対してアカゲザルでは、膜蛋白の細胞外部分に相当する領域の一部に局所的に非同義置換の集積する部分が認められ、多様性獲得進化の寄与が推定された。ニホンザルとアカゲザルの間で326番目のアミノ酸がそれぞれチロシン、アスパラギンに固定しており、この部位はヒトの分子構造解析からリガンド結合に関与するとされていることからこの変化がアカゲザルでの多様性の積極的な蓄積をもたらしていると推測し、分子モデリングによる分析を行なった。(1)また、サルマラリア原虫Plasmodium coatneyiの実験感染において高感受性であるニホンザルと抵抗性であるカニクイザルの種間においてマラリア色素を認識するTLR9の遺伝子に複数の非同義置換を認めた。これらが個体レベルでの感受性の相違を説明するかを検討している。〔文献〕1.Takaki A, et al.Immunogenetics 64:15- 29 (2012).

B-38 ニホンザル雌の栄養状態と餌獲得量の順位格差に関する高崎山群と幸島群の比較

栗田博之(大分市教育委員会・文化財課) 所内対応者:濱田穣

幸島では8月に、高崎山では9月に、写真計測法による成熟雌の体長計測を行った(幸島群:11頭;高崎山群:10頭)。高崎山群の体長計測は約10年分のデータがあり、成熟後は加齢に伴う短縮が認められない傾向がわかりつつあるが、幸島群の体長計測は2008年度からの開始であり、まだ調査年数が少なく、年齢変化の傾向を明らかにするには至っていない。

高崎山雌の体重は、自身によるデータの蓄積をほぼ10年間行ってきており、高順位雌は低順位雌よりも重く、育て上げる子の体重も重いことがわかっている。一方、幸島雌では、体長計測対象個体に限って、体重及び繁殖成績を京都大学野生動物研究センターよりデータを借用し、分析を行っているが、2011年度に明らかになったことは、次のとおりである。

① 幸島成熟雌の体重は著しい年変動を示すが、これは個体間で明瞭に同調しており、自然食物の豊凶が影響していることが示唆された。

② 幸島雌の体重は高崎山雌のそれよりも有意に軽かった。

③ ほとんどすべての年齢において、高崎山雌よりも幸島雌の方が出産率が低かった。

また、餌獲得量調査では、高崎山雌では高順位個体は低順位個体の約2.2倍のカロリーを餌(コムギとサツマイモ)から得ていることが既にわかっている。2011年度は幸島群において餌獲得量の調査を開始したが、台風接近などにより2日間しか調査ができなかった。高順位雌と低順位雌各1頭ずつの餌(コムギ)獲得量調査結果にすぎないが、幸島でも、高順位雌の方が多くの餌を獲得していた。

今後、幸島群と高崎山群の間での餌獲得量・体サイズ・繁殖成績についての調査を継続し、それぞれの実態をより詳細に解明してゆきたい。

<学会発表>

1) 栗田博之,ほか ニホンザル雌の体サイズと出産成績の年齢変化-高崎山個体群と幸島個体群の比較-.日本霊長類学会第27回大会 2011年7月

2) 栗田博之,ほか ニホンザル雌における体重・体長・出産率の年齢変化様式の個体群間比較-高崎山と幸島-.日本哺乳類学会2011年度大会 2011年9月

<論文発表>

Kurita H, et al. (2012) A photogrammetric method to evaluate nutritional status without capture in habituated free-ranging Japanese macaques (Macaca fuscata): a pilot study Primates,53(1):7-11.

B-39 チンパンジーにおけるトラックボール式力触覚ディスプレイを用いた比較認知研究

酒井基行(名古屋工業大・院・機能工学),田中由浩,佐野明人(名古屋工業大・機能工学),藤本英雄(名古屋工業大・情報工学) 所内対応者:友永雅己

本研究は、既にチンパンジーで使用実績のあるトラックボールをもとに、力触覚の提示が可能な装置を開発し、これを用いてチンパンジーによる認知実験を行うことを目的とした。特に力触覚の弁別や協調作業について比較認知科学の観点から考察する。今年度は力触覚の弁別実験の遂行のための訓練を開始した。はじめに、トラックボールを通じて操作する画面上のカーソルを、静止するターゲットに合わせるタスクを行った。なお、トラックボールの操作においては、力覚フィードバックが提示されている。現在は、次のステップとして、カーソルを動くターゲットに合わせ、追従する実験を行っている。なお、これまでに6名のチンパンジーが、この力覚フィードバック付きトラックボールを用いてカーソルをターゲットに合わせることができた。最終的には、弁別実験を拡張し、力触覚を含む作業の遂行や二個体のチンパンジーの協調作業についての実験を行う予定である。

B-40 マダガスカル産稀少原猿類の遺伝的管理法の確立

宗近功((財)進化生物学研究所) 所内対応者:田中洋之

マダガスカル産原猿のなかでも、特に絶滅が危惧されているEulemur macacoとVarecia rubraを対象として遺伝子マーカーを使った血統管理法を確立するため、国内で飼育されている個体群(Varecia rubra 14個体、Varecia v. variegata 5個体、Varecia spp 3個体、Eulemur macaco 50個体)から口内細胞を採取し、DNAサンプルを調整した。これまでの共同利用研究で確立したmicrosatellite遺伝子座位についてMultiplex法で分析を行った。また、新しく遺伝的管理に使える遺伝子座を求めて、Varecia rubraにおいて51HDZ247、598、646、833、985遺伝子座を増幅するプライマーを試みたところ、833の増幅が不安定であったが、247、598、646、998の4遺伝子座位に多型がみられ、有効で在る事が判明した。Vareciaでは、Eulemur fulvus用に開発されたEfr09とEulemur mongoza用に開発されたEm9の2つのプライマーが有効である事が判明した。分析の結果、Varecia rubraの飼育個体群に、父親が間違って登録されている個体が明らかになり、この様な結果から、血統登録に遺伝子マーカーを使う管理法の必要性を痛感した。

B-41 霊長類の光感覚システムに関わるタンパク質の解析

小島大輔,森卓,鳥居雅樹(東京大・院理・生物化学) 所内対応者:今井啓雄

 脊椎動物において、視物質とは似て非なる光受容蛋白質(非視覚型オプシン)が数多く同定されている。私共は最近、非視覚型オプシンの一つOPN5がマウスの網膜高次ニューロンや網膜外組織(脳や外耳)に発現すること、さらにマウスやヒトのOPN5がUV感受性の光受容蛋白質であることを見出した。[Kojima et al. (2011) PLoS ONE, 6, e26388] このことから、従来UV感覚がないとされていた霊長類にも、UV感受性の光シグナル経路が存在することが示唆された。そこで本研究では、OPN5を介した光受容が霊長類においてどのような生理的役割を担うのかを推定するため、霊長類におけるOPN5の発現部位の同定を試みている。これまでに、放血もしくは灌流固定したサル個体の組織(眼球・外耳など)より固定標本を作製した。このうち、眼球より作製した組織切片に対してマウスOPN5抗体を反応させたところ、一部の細胞に陽性シグナルが検出されたが、マウス眼球の場合とは異なる組織内局在を示した。一方このマウスOPN5抗体は、ヒト胚由来の培養細胞 (HEK293) に内在する非OPN5タンパク質に対しても、強い交差反応を示すことがわかった。この抗体を用いたOPN5発現細胞の同定は霊長類試料においては困難であると考えられるため、新たなOPN5抗体の作製と、mRNAレベルでの発現解析を検討している。

B-42 日本で野生化したタイワンザルと台湾在来種の比較研究

蘇秀慧(台湾國立屏東科技大學・野生動物保育研究所)佐伯真美(野生動物保護管理事務所) 所内対応者:川本芳

台湾から輸出され、日本で野生化したタイワンザル(Macaca cyclopis)は、青森県野辺地と和歌山県大池で在来のニホンザルと交雑したことが確認されている。また、東京都伊豆大島ではニホンザルのいない環境で野生化したタイワンザルが全島に分布することが報告されている。日本で野生化したタイワンザルと台湾在来のタイワンザルの生物学的特徴を比べることを目的に、今年度の研究では、まず出自の問題を調べるため、ミトコンドリアDNA(mtDNA)の配列を解読し、遺伝的特徴を解析した。また、伊豆大島を訪れ、環境やサルの分布状況を観察し、台湾との環境の相違を検討する基礎資料を得た。

台湾の4地域(北部、中部、南西部、南東部)で得た糞試料からDNAを抽出し、mtDNAの非コード領域にある第2可変域の部分配列を解読した。青森、和歌山、伊豆大島のタイワンザルの配列と比較したところ、mtDNAから判断して、日本で野生化したサルはそれぞれ出自が異なり、台湾本島の中部域が和歌山に、南部域(南東部、南西部の区別は明瞭にはつかない)が下北と伊豆大島に関係する、との示唆を得た。

対応者が開発した糞DNA分析方法は既存のものと異なる。野外で採取する糞試料の遺伝子分析に効果的な方法が習得できたので、今後さらに別の遺伝標識についても台湾で野生のサルたちを調査する道が開けた。この方法を台湾での調査に今後応用する研究計画を対応者と検討し、日本に持ち込まれたタイワンザルと遺伝的および生態的特徴を比較する計画についても議論した。

B-43 サルの匂いに対する先天的な恐怖反応の解析

小早川令子,小早川高,伊早坂智子,辻光義(大阪バイオ・神経機能学) 所内対応者:中村克樹

私たちはマウスに先天的な恐怖反応を誘発する嗅覚神経回路の機能に着目し、既知の匂い分子より強力に先天的な恐怖反応を誘発する人工物由来の匂い分子を発見した。この匂い分子を用いて先天的な恐怖と後天的な恐怖とでは異なる生理応答を伴うことを初めて発見した。本計画では、マウスに対して先天的な恐怖反応を誘発する匂い分子や恐怖を緩和する匂い分子の効果がサルに対しても保存されている可能性を検証することを目的とした。本年度は匂い分子の化学合成とマウスを用いたスクリーニングを進め、先天的な恐怖情動を誘発する匂い分子のレパートリーを増加させた。匂い分子の効果は動物種によって異なるので、サルに対して最適な匂い分子を発見できる可能性が高くなった。また、匂い分子による先天的な恐怖を緩和する作用のある匂い分子を発見した。これらの匂い分子のサルに対する効果を検証する。先天的と後天的な恐怖に伴う生理指標の変化の解析を進めた。その結果、先天的な恐怖でのみ体表面温度と体深部温度の同時低下や心拍数の急減が誘発されることを解明した。また、先天的な恐怖では脳波などの生理指標にも変化が見られることを解明した。これらの生理指標の中でサルにおいて計測しやすい指標を選択して計測する。

B-44 ネパールヒマラヤにおける霊長類の地域分化に関する研究

ムケシュ K チャリセ(トリブバン大・動物学科) 所内対応者:川本芳

ネパールには低地から山岳地帯までのさまざまな環境にアッサムモンキー(Macaca assamensis)、アカゲザル(M. mulatta)、グレイラングール(Semnopithecus entellus:別名ハヌマンラングール)が広く分布する。しかし、その分類、分布、地域分化に関する体系的な遺伝学調査は皆無に等しい。そこで、本研究ではインド東北部ヒマラヤ山岳地帯で報告された新種アルナーチャルマカクM. munzalaとの関係が問題視されるアッサムモンキーと、亜種分類で論争が続くグレイラングールを対象に、糞試料からのDNA分析法を検討した。

糞分析法を試験するため、ネパール国内の生息地3地点で採取したアッサムモンキーの試料11検体を材料に、DNA抽出法、mtDNA塩基配列の解読法を検討した。また、グレイラングールの糞試料についても同様の方法で分析が可能か試験した。この結果、アッサムモンキーでは安定して配列データを得る実験条件が確立でき、非コード領域の第1可変域約580塩基、ならびに16S rRNAコード領域の約400塩基が解読できた。そこで、他地域のアッサムモンキーやsinica種グループに属する別種と比較し、予備的に分子系統を解析した。この結果、調査したネパールの試料はブータンのアッサムモンキー(M. a. pelops)やアルナーチャルマカクとクラスターを作り、インドシナを中心に分布するアッサムモンキーの別亜種M. a. assamensisと区別できた。一方、グレイラングールの分析では、PCRの際のプライマーが不適で改良の必要が判明した。

B-45 RNAを基点とした霊長類のエピジェネティクス

今村拓也(京都大・院・理) 所内対応者:大石高生

本課題は、ほ乳類脳のエピゲノム形成に関わるnon-coding RNA (ncRNA) 制御メカニズムとその種間多様性を明らかにすることを目的としている。本年度は以下の4点について明らかにした:1)ヒト、チンパンジー、マカクザル、マウス、ブタにおけるプロモーターへの偽遺伝子挿入頻度が種間で異なる(バイオインフォマティクス解析)、2)固定した挿入配列からはRNA転写がコード遺伝子に対しアンチセンス方向に起こる(前年度までのプロモーターアレイの結果をイルミナ社次世代シークエンス解析により精度を高めて検定)、3)挿入配列自体はプロモーター/エンハンサーとして、DNAメチル化した挿入配列はサイレンサーとして機能しうる(各種動物細胞レポーターアッセイ)、4)挿入配列由来promoter-associated ncRNA (pancRNA) とDNAグリコシラーゼの強制発現により、挿入配列を配列特異的に脱メチル化/遺伝子オンにできる(試験管内メチル化アッセイ)。以上より、偽遺伝子由来配列が遺伝子制御領域に種特異的に挿入されることで、種特異的pancRNAが獲得され、配列特異的DNAメチル化パターン形成を介して、種特異的遺伝子発現スイッチの獲得に至ることが考えられた。

<学会発表>

1) Imamura T, et al. (2011) Species-specific promoter-associated noncoding RNA mediates DNA demethylation in macaques. Society for Molecular Biology and Evolution 2011 (2011/07/27, Kyoto) 

2) 上坂将弘,ほか (2011) マカクザルにおける偽遺伝子由来promoter-associated noncoding RNA (pancRNA) による種特異的転写活性化. 第104回日本繁殖生物学会大会 (2011/09/16, 盛岡市)

3) 今村拓也,ほか (2011) マカクザルにおける偽遺伝子由来promoter-associated noncoding RNA (pancRNA) による種特異的転写活性化. 第152回日本獣医学会大会 (2011/09/20, 堺市)

4) Uesaka M, et al. (2011) Species-specific pseudogene insertions generate cis-acting RNA for promoter demethylation in the macaque. 第34回日本分子生物学会年会 (2011/12/16, 横浜市)

B-46 ニホンザル集団およびアカゲザル集団からの運動学的データの収集

日暮泰男(大阪大・院・人間科学) 所内対応者:平崎鋭矢

研究の目的は霊長類の四足歩行時におけるフットフォール・パターン(1歩行周期の中で、左右の前肢と後肢が支持基体に着く順番)に影響する要因を把握することであった。この目的で、京都大学霊長類研究所で集団飼育されているニホンザルとアカゲザルを対象に、場外の観察台から2種の四足歩行をビデオ撮影し、そのフットフォール・パターンを調べるとともに、支持基体の形状や傾斜、身体サイズ、他個体の運搬の有無と運搬方法といった他の変数との関連を分析した。放飼場によって場内の構造物が異なったこともあり、撮影した歩行の多くがニホンザルは地上でのもの、アカゲザルは樹上環境を模した構造物上でのものであった。先行研究のとおり、2種のフットフォール・パターンは、後肢の次に対側の前肢が支持基体に着く前方交叉型がほとんどだった。後肢の次に同側の前肢が着く後方交叉型のパターンが1歩行周期つづいた例は今回は見られなかったが、下り傾斜の移動時、段差を乗りこえる時、または移動を止める直前などにこのパターンを部分的にふくむ歩行が観察されることが間々あった。

B-47 野草の苦味・渋味成分含量とニホンザルの嗜好性との関連性について

小嶋道之(帯広畜産大・食科), 有富幸治(帯広畜産大) 所内対応者:鈴木樹理

苦味・渋味の標品を用いた摂食試験を実施した。標品には、ヒトの味覚実験にも基準試薬として使用するキニーネ及びお茶の成分であるカテキンの2種類を用いた。前者はアルカロイド類、後者はフラボノイド類(ポリフェノール)に属する。ヒトの試験で閾値として確認されている濃度;3mg/100mlを考慮して、固形飼料に最終濃度1.875μg、3.75μg、7.5μgの3段階で添加した乾燥固形飼料を10個づつ与えて嗜好性試験(午前10:00と午後2:00の2回)実験した。その結果、3、4才の若いサルでは1頭が午前のみ2個残したが、午後の実験では濃度が高くてもすべて食べること、年寄りのサル1頭は最低濃度で3個、次の3.75μgでは4個残したが、さらに濃い濃度の飼料を午後に与えるとすべて食べることから、午前の10個では餌の絶対量が不足して我慢できずに、午後の実験に嗜好性の制御がかからないと推察した。また、カテキンについては、282.5μg、706.3μg、1412.5μgの3段階で添加して同様の実験を実施した。その結果、若いサルはすべて食べたが、年寄りのサル1頭は、最低濃度でさえ9個食べなかった。しかし、午後には1個残しただけであり、1412.5μgのものは3個残した。そこで、午前の実験後に通常の1/3程度通常の餌を与え、午後に1412.5μg与えた実験では、若いサル1頭が4個残したが、年寄りのサル1頭が1個残した。午前の実験の後、通常程度まで餌を与えることで、午後の味覚実験の精度が確保できると推察した。今後、実験観察法の改良法を用いて、各濃度をさらに高くしていき、それぞれの拒否閾値を求める予定である。

B-48 霊長類の各種組織の加齢変化

東超(奈良県医大・医・解剖学) 所内対応者:大石高生

加齢に伴う気管軟骨の元素含量の変化を明らかにするために、サルの気管軟骨の元素含量の加齢変化を調べて、ヒトの気管軟骨と比較研究を行った。用いたサルはアカゲザル10頭、ニホンザル1頭、カニクイザル3頭、年齢は1月から27歳、雄雌は雄9頭と雌5頭である。サルより気管軟骨を採取し、硝酸と過塩素酸を加えて、加熱して灰化し、元素含量を高周波プラズマ発光分析装置(ICPS-7510、島津製)で分析し、次のような結果が得られた。

①サルとヒトの気管軟骨のカルシウム含量は10mg/g以上で、カルシウム蓄積が生じやすい軟骨であることが分かった。

②サルとヒトの気管軟骨のカルシウム、燐含量は年齢とともに有意に増加した。

③サルの気管軟骨のカルシウム含量は7歳以上になると顕著に増加した。ヒトの気管軟骨のカルシウム含量は80代に著明に増加した。これらの結果からサルとヒトの気管軟骨において一定年齢を超えると石灰化が始まることが分かった。

<学会発表>

東超,大石高生 (2011)ヒトとサルの喉頭蓋軟骨における元素蓄積の特徴.第116回日本解剖学会総会・全国学術集会.

B-49 霊長類の運動視機能に関する比較認知発達科学的検討

白井述(新潟大・人文学部) 所内対応者:友永雅己

運動視機能は視覚を持つ動物にとって最も基礎的かつ重要な視機能であり、様々な適応的行為と密接なかかわりを持つ。

ヒトやその他の霊長類の運動視機能については、実験心理学や神経生理学などの諸分野において精力的に研究されてきた。しかしながら、マカクザルなどがヒトの視覚脳の機能を検討する際の典型的なモデル動物とされるように、一般的には、ヒトとヒト以外の霊長類種の運動視機能が類似していることを前提とした研究が多勢を占めるといえる。その一方で、異なる霊長類種間で運動視機能の差異について焦点が当てられることは比較的稀である。このような現状に鑑み、本研究計画は異なる霊長類種の間に存在する運動視機能の共通点について探索するのみならず、どのような相違点が存在するかについても検討することを目的とした。

具体的には、拡大・縮小や左右方向の回転などの相対運動パタンの検出感度について、チンパンジーを対象に測定することを試みた。ヒトでは、拡大・縮小などの放射状の運動パタンに対する検出感度が、回転運動に対する感度よりも高いことがしばしば報告される。こうした傾向がチンパンジーにおいても観察されるか否かを心理物理学的実験によって検討した。実験ではそれぞれ150個の光点によって構成される相対運動パタンとランダム運動パタンをタッチパネル式のコンピュータスクリーンに対提示した。実験課題はスクリーン上に現れる相対運動パタンとランダム運動パタンのうち、前者を正確にタッピングすることであった。各試行における課題の正誤に応じて、相対運動パタンの明瞭さが変動し、それに伴う正答、誤答の系列からそれぞれの相対運動の検出閾を求めた(変形上下法)。なお相対運動パタンの明瞭度は、相対運動パタンを構成するドット群のうち、任意の割合のドットの運動軌道をランダムな方向に変化させることによって操作された。実験の結果、いずれの相対運動パタンに対する検出感度も、ヒトにおいて報告される一般的な感度を大きく下回った。また、異なる相対運動パタンに対する感度間に有意な差はなかった。

こうした結果は、相対運動のような比較的複雑な、かつ大域的な視運動パタンの処理において、ヒトとチンパンジーの間に大きな差異が存在する可能性を示唆する。しかしながら、課題教示の効果や、課題に対する慣れの影響などが、ヒトにおける一般的な感度の高さに結びついている可能性がある。したがって、今後そのような可能性について実証的に検討していく作業が必要であろう。

B-50 霊長類における髄鞘形成の評価研究

三上章允(中部学院大・リハビリテーション学部・理学療法学科) 所内対応者:宮地重弘 

チンパンジーの脳の発達をみる目的でMRIのT1強調画像の高信号領域を白質と評価する研究が行われている。神経線維のまわりにある絶縁物質である髄鞘には脂質が多く含まれ、MRIのT1画像では高信号として記録される。そのため、高信号領域の発達変化は髄鞘形成の経過をみる有力な手段とされている。しかしながら、MRIの高信号領域と組織標本で評価した髄鞘形成がどの程度対応するかは十分検討されていない。そこで、マカカ属のサルの発達過程で、MRIによる撮像と組織標本による髄鞘形成の判定を同時に行い、その相関を評価する研究を行った。今年度は、アカゲザルのアダルト1頭(16歳6ヵ月)と乳児2頭(6週齢、9週齢)の脳標本をファスト・ブルー染色し白質、灰白質領域の比較を行い、皮質領域が乳児期に広いことを確認した。これと並行して、チンパンジー脳のMRI計測を継続した。

B-51 ニホンザルの体幹と下肢帯の境界領域における脊髄神経前枝の形態的特徴

時田幸之輔(埼玉医科大・保健医療学部・理学療法) 所内対応者:毛利俊雄

ニホンザルの体幹と下肢帯の境界領域における脊髄神経前枝の形態的特徴を明らかにする目的で、腰神経叢と下部肋間神経の観察を行った。特に、腰神経叢と仙骨神経叢の境界である分岐神経(Jhering)の起始分節や腰神経叢由来の各神経の起始分節、走行経路、分布に注意して観察した。また、下部肋骨の形態もあわせて観察した。

分岐神経を起始分節の高さからL5群、L5+L6群、L6群の3群に分けた。分岐神経起始分節は、上方からL5群、L5+L6群、L6群の順で尾側へズレると言える。

最下端の肋間神経外側皮枝(RcL)の起始分節はL5群でL2、L5+L6群でL2+L3、L6群でL3であった。最下端の標準的な肋間神経前皮枝(Rcap)の起始分節はL5群でL2、L5+L6群でL2+L3、L6群でL3であった。また、L6群においては第1腰椎の肋骨突起が肋骨(腰肋)となっている例もあった。

以上より、分岐神経を中心とした下肢への神経の起始分節が尾側へずれると、胴体(胸部)に特徴的な神経であるRcap、Rclの起始分節も尾側へずれ、さらに尾側へずれると腰肋が形成される(腰椎の胸椎化)と言える。 

筆者は、腹壁から下肢への移行領域に着目し、ヒト腰神経叢および下部肋間神経の観察を行ってきた。その結果、 下肢へ分布する神経(腰神経叢)の起始分節(構成分節)が尾側へずれる変異が存在すること、この変異にともない最下端の胴体(胸腹部)に特徴的な神経の起始分節も尾側へずれることが明らかになった。また、これらの変異に伴い最下端の肋骨の長さの延長や肋骨の数の増加(腰椎肋骨突起の肋骨化、腰肋)を観察している(2010、2009、2008)。

今回観察されたニホンザル腰神経叢の形態的特徴は、ヒト腰神経叢で観察された特徴と同様なものであり、いずれも胴体(胸部)の延長に関連した変異であると考えたい。

本研究の成果は第28回日本霊長類学会大会にて発表予定である。 

<発表概要>

第27回日本霊長類学会大会2011.7.16~18

広鼻猿類腰神経叢の観察 時田幸之輔(埼玉医科大・保健医療)

2007~2009年にカニクイザル、ニホンザル、チンパンジー腰神経叢の観察を行った。今回、広鼻猿類腰神経叢の観察として、リスザルとアカテタマリンの観察を行った。以下に観察結果の概要を記す。Th13:腹壁に進入し外側皮枝(RcL)を分枝し、側腹壁の内腹斜筋(Oi)と腹横筋(Ta)の間(第2-3層間)を走行し、腹直筋鞘に入る。腹直筋(R)の後面から筋枝を与え、筋を貫いて前皮枝(Rca)を分枝する。これは胴体に特徴的な標準的な肋間神経の経路といえる。L1:腹壁に進入しRcLを分枝、側腹壁の第2-3層間を走行し、腹直筋鞘に入り、Rを貫いてRcaを分枝する。この経路も標準的な肋間神経の経路といえる。

L2:L3への交通枝を分枝した後、腹壁に進入しRcLを分枝。その後、側腹壁の第2-3層間を走行し、腹直筋鞘に入り、Rcaを分枝するという標準的な肋間神経の経路をとる。L3:2枝に分枝する。1枝はL2からの交通枝と吻合した後RcLを分枝し、側腹壁の第2-3層間を走行し、腹直筋鞘に入りRcaを分枝する。もう1枝は外側大腿皮神経(CFL)への交通枝を分枝した後、陰部大腿神経となる。L4:CFLへの枝、大腿神経(F)への枝、閉鎖神経(O)への枝の3枝に分岐する。L5:Fへの枝、Oへの枝、坐骨神経への枝3枝に分岐する(分岐神経)。以上より、リスザル腰神経叢では、L2+L3まで標準的な肋間神経と同様な経路を走ることがわかった。このことは、リスザルの体幹の領域はヒトよりも下位分節まで広がっていると言える。腰椎の数の違いとの関連があるのではないかと考えている。本研究は、京都大学霊長類研究所の共同利用研究として実施された。

B-52 霊長類におけるブドウ球菌の進化生態学的研究

佐々木崇(感染研・ゲノムセンター) 所内対応者:鈴木樹理

先行研究の結果から、Staphylococcus delphiniグループの菌種群がローラシア獣類特異的に常在し、本属菌が哺乳類宿主と共進化関係にあることが示唆されていた。本研究では、ヒト以外でブドウ球菌の生態が不明であった霊長目動物種のブドウ球菌種分布を調べた。ケタミン、メデトミジン筋注投与により全身麻酔を実施した個体の鼻前庭、外陰部を滅菌綿棒で拭い、検体とした。本施設および国内複数施設より、ヒト科、テナガザル科、オナガザル科、オマキザル科、キツネザル科、ロリス科、計6科、22種、286個体からブドウ球を分離した。S. aureusは霊長類全般に、S. warneri, S. pasteuriは真猿類において広く分布していた。ヒト上科ではS. epidermidis, S. capitis, S. caprae,新世界ザルではS. simiaeがそれぞれ特異的に保菌されていた。これらの結果から、霊長類とS. aureusグループ(上記7菌種)は共進化関係にあることが示唆された。

化石証拠と分子時計を基にした分岐年代推定は、細菌では化石情報がないため困難であった。本研究のブドウ球菌全44種の生態学的情報は、哺乳類各種の年代推定値と総合することで、ブドウ球菌属の化石証拠の代用となりうる。現在ブドウ球菌属全菌種全ゲノム塩基配列をデータセットに用いた年代推定を試みている。

B-53 チンパンジーからのヒト由来病原体の分離

郡山尚紀(日本モンキーセンター) 所内対応者:宮部貴子

霊長類研究所のチンパンジー6頭について、咽頭及び鼻腔の拭い液からヒト由来病原体の分離を試みた。特にヒトメタニューモウイルス(hMPV)、RSウイルス(RSV)についてウイルス分離と病原体遺伝子の検出を行なった。その結果、ウイルスは検出されず、細菌培養でも常在菌にとどまった。また、以前から行なってきた血清学的解析を用いた人由来病原体への感染状況を調べた結果、これまでのデータと比較して特に感染率の高かった病原体の中で霊長研のチンパンジーにおける傾向をつかむことができた。その中で呼吸器系感染症を引き起こす百日咳菌、パラインフルエンザウイルスIII、RSVは霊長研生まれの個体(A)と生まれてから導入された個体(B)の抗体価に優位な差は見られなかった。しかし、hMPVはA群よりもB群において優位に抗体価が高く、ヒトと同様に高年齢において高抗体価が確認された。また、これらのウイルスはチンパンジーにおいてもヒトと同様にウイルスが伝播したのち、免疫を獲得できた可能性も示している。

B-54 霊長類ヘルペスウイルスに関する研究

光永総子,中村伸(NPOプライメイト・アゴラ・バイオメディカル研究所) 所内対応者:明里宏文

サルBウイルス(BV)はマカクザルを自然宿主とするアルファヘルペスウイルスで、ヒトに感染した場合は抗ウイルス治療を施さないと重篤な中枢神経系障害を引き起こすことがあります。BVを含む霊長類アルファヘルペスウイルスは抗原交差性があるため、マカクザルを用いる実験動物施設ではBV特異的抗体検査が不可欠となります。私たちは、BV特異的ペプチド(BV-gD CP)をCovalinkにカップリングさせ、効果的なブロッキングを検討するなどして、高感度なBV特異的ペプチドELISA法を確立し、その応用を図っています。

今回、京都大学霊長類研究所より供与されたマカクザル血液サンプルを含むBV陽性個体サンプルについて、抗BV-gD CP抗体検出頻度を検討しました。また、ヒト感染での検出を想定し、ヒト単純ヘルペスウイルス(HSV)陽性ヒト血漿サンプルに、微量のBV陽性マカクザル血漿サンプルを加え、抗BV-gD CP抗体検出を試みました。

BV陽性マカク血液サンプルにおける抗BV-gD CP抗体陽性率は種、産地によって異なり65%から93%という結果が得られました。また、HSV陽性ヒト血漿中に0.5%の割合でBV陽性マカクザル血漿が含まれれば、抗BV-gD CP抗体が検出できることが明らかになりました。

B-56 ゴリラにおける筋骨格系に関する研究

大石元治(日獣・獣医),荻原直道(慶應大・理工),菊池泰弘(佐賀大・医),小薮大輔(京大・博物館) 所内対応者:江木直子

大型類人猿における四肢運動機能を研究する一環として、ニシローランドゴリラ(1個体、雄)の前肢筋の発達(=筋の質量)と、発揮筋力(=筋の生理学的断面積PCSA)に着目し、屍体の解剖を行った。ゴリラは、アジアの大型類人猿であるオランウータンに比べ地上傾向が強く、チンパンジーやボノボなどの他のアフリカ類人猿のロコモーションに類似している。これらのロコモーションの差異は、前肢筋の発達や発揮筋力に影響を与えることが予測される。本研究では、各筋の筋質量とPCSAを、それぞれの前肢筋の総和で割ることにより、各値の比率を算出し、これまでに得られているオランウータンのデータと比較を行った。肘関節に関係する筋群のうち、伸筋群(上腕三頭筋、肘筋、背滑車上筋)は地上性ロコモーション時に体重を支持し、屈筋群(腕橈骨筋、上腕筋、上腕二頭筋)は樹上生ロコモーション時に推進力を生むのに重要な役割を果たしている。本研究における結果は、筋群とロコモーションの違いを反映しており、ゴリラでは肘関節の伸筋群が、オランウータンでは肘関節の屈筋群がそれぞれより発達しており、大きな筋力を発揮できるものと推測された。しかし、屈筋群のなかでも二関節筋である上腕二頭筋がオランウータンよりもゴリラにおいて相対的に大きな筋質量とPCSAを持っていた。今後、類人猿を解剖する機会があれば、標本数を増やし、今回認められた差異が、ロコモーションの差異を反映しているかをさらに検討していきたい。

B-57 ニホンザルにおけるサルT細胞白血病ウイルスの動態の解析・免疫治療

松岡雅雄,安永純一朗,三浦未知(京都大・ウイルス研) 所内対応者:明里宏文

 最初に霊長類研究所のニホンザルにおけるSTLV-1抗体陽性率を検討した。検体採取は、入所中ニホンザルの定期採血の際に、同時にSTLV-1抗体検査用の採血を施行し、血漿と単核球(PBMC)を分離した。さらに、以前に分離され凍結保存されていた血漿も抗体検査に供した。PA法によるスクリーニングの結果、霊長類研究所内のニホンザル374頭中178頭(48%)にSTLV-1感染が判明した。対照として解析したアカゲザルにおいては、132頭中1頭(0.8%)と低値であり、種により感染率に大きな差が存在する事が明らかとなった。プロウイルス量をReal-time PCR法にて定量したところ、感染細胞率は0.001%から17%と大きな個体差を認めた。フローサイトメトリーによる解析では、CD4陽性Tリンパ球優位にSTLV-1が感染していることが示唆された。STLV-1由来のTaxおよびHBZ遺伝子をサブクローニングし、これらの活性に関して分子生物学的な解析を開始した。STLV-1由来の TaxはAP-1、古典的NF-+B、Wnt経路を活性化し、HBZは各々を抑制した。一方、TGF-+シグナルに関してはSTLV-1 Taxは抑制し、HBZは活性化した。これらの所見はHTLV-1と極めて類似している。ニホンザルは、ウイルス動態の詳細な解析に非常に有望な霊長類モデルであると言える。

B-58 ヒト成人・胎児およびサ ル側頭骨における形態学的検討と上半規管裂隙症候群の病因に関する仮説の検証

高橋直人,角田篤信,喜多村健(東京医科歯科大・耳鼻咽喉科) 所内対応者:西村剛

上半規管裂隙症候群の病因を探るため、ヒト胎児・成人およびサル(チンパンジー、テナガザル、ニホンザル)の側頭骨形態につき、CT画像による比較を行った。ヒト成人では中頭蓋底と上半規管はほぼ接しており、胎児期には上半規管は頭蓋内に大きく突出していた。一方、今回撮影を行ったサルでは、上半規管上方に含気蜂巣の発達が見られ、中頭蓋底と半規管は離れていた。ヒトにおける脳と内耳の近接が、上半規管裂隙の成因に関与する可能性が示唆された。

<学会発表>

Collegium Oto-Rhino-Laryngologicum Amicitiae Sacrum (September 2011, Belgium)

<発表概要>

上半規管裂隙症候群は比較的新しい疾患概念であり、近年、病態生理学的なアプローチでの解明は進んでいるが、病因に関しては未だ定説は確立していない。胎生早期に骨化が完了する内耳において骨欠損が生じるメカニズムを解明するため、ヒト胎児・成人およびサルについて側頭骨CTを撮影し、形態学的検討を行い考察を加えた。ヒト胎児(胎生16週、26週、26週、28週)では、中頭蓋底において明らかな内耳の上方突出が見られ、CT断面では上半規管が最も上方へ位置し硬膜と接するように存在していた。ヒト成人においても上半規管上部と中頭蓋底は接するような位置関係であった。一方、チンパンジー4体、テナガザル4体、ニホンザル4体について同様の検討を行ったところ、半規管上方には含気蜂巣の発育が見られ、中頭蓋底と内耳は空間的に離れた位置関係にあった。また、ヒトとサルの冠状断を比較したところ、ヒトの方が中頭蓋底の側方への傾斜が小さく、側頭葉が中頭蓋底を押し下げるような形状をしていた。ヒトにおけるこれらの形態学的特徴によって胎生期に内耳膜迷路と硬膜の接触が生じ、骨化が妨げられることにより半規管裂隙が形成される可能性があると考えた。また、ヒトにおいて形態学的差異が生じる要因として、大脳容積率の増加、ミオシン変異による側頭筋量の減少、上半規管径の相対的な増大が考えられるとの考察を加えた。

B-59 マカクを用いた新規歯髄再生療法の確立

筒井健夫,鳥居大祐(日本歯大・生命歯学部・薬理) 所内対応者:鈴木樹理

平成23年度は、ニホンザル1例(10歳)とアカゲザル1例(11歳)の下顎骨の採取後、ニホンザルにおいては下顎右側第二小臼歯と下顎左側第一大臼歯の薄切切片を作成しヘマトキシリン・エオジン染色(H-E染色)を行い、アカゲザルは下顎右側第二小臼歯と下顎右側第一大臼歯におけるH-E染色を行った。また混合歯列期であるアカゲザル1例(3歳)より上顎右側中切歯、上顎右側側切歯、上顎右側埋伏犬歯、上顎右側乳犬歯、上顎右側第一大臼歯、下顎右側中切歯、下顎右側第二乳臼歯、下顎右側第一大臼歯の歯髄細胞を採取し初代培養を行った。H-E染色を行ったニホンザルとアカゲザルの全ての臼歯で、象牙質、歯髄、象牙芽細胞層、神経、血管を確認することができた。また、この結果よりニホンザルとアカゲザルの歯髄組織はヒトと類似していることが観察された。初代培養は、混合歯列期のアカゲザルの8本の歯より歯髄細胞を採取し行った。また上顎右側第一大臼歯由来細胞ではコロニー形成率の解析を行い、1 x 104個の細胞を100 mm シャーレ4枚に播種し平均3つのコロニーが形成された。今後はこれら細胞を用いて、in vitro解析では細胞増殖を、in vivo解析では皮下移植などを行い、マカク由来の歯髄細胞の細胞特性を分子生物学的に解析する。

B-60 霊長類の網膜黄斑に特異的に発現する遺伝子群の同定

古川貴久,佐貫理佳子,荒木章之((財)大阪バイオサイエンス研究所) 所内対応者:大石高生

ヒトを含めた霊長類の網膜は中心部に黄斑という錐体細胞の密度が高く、視力に重要な構造を持つ。我々は、黄斑発生に関わる遺伝子群の同定を目的として、周産期アカゲザルの網膜を黄斑部と周辺部に分けて採取し、それぞれの総RNAについてマイクロアレイを用いて遺伝子発現を比較した。そこで得られた候補遺伝子の中でも特にSREBP2に着目している。SREBP2は脂質代謝に関わる遺伝子群の発現を制御する転写因子であり、in situハイブリダイゼーションによってマウス網膜においても発生期視細胞に発現を認める。昨年に引き続き、SREBP2の視細胞におけるドミナントネガティブ変異体につき解析中である。

B-61 サル類における腎結石の疫学研究と自然発症モデルの探索

濵本周造,郡健二郎,戸澤啓一,安井孝周,岡田淳志,田口和己,廣瀬泰彦(名市大・腎泌尿器科学) 所内対応者:鈴木樹理

昨年は、東日本大震災にかかわる復興医療支援者として現地で活動していたこともあり、研究進捗が遅れている。同時に平行して行ったマウスでの成果報告を行う。

 結石の構成成分の1つであるオステオポンチン(OPN)は、トロンビンにて切断される機能的アミノ酸配列がある。本研究では同部位のアミノ酸配列(SLAYGLR)に対する中和抗体を作成し、OPN抗体の腎結石形成に与える影響を検討した。OPNのSLAYGLR配列を含むペプチドを用い、モノクローナル抗体(35B6抗体)を作成し、8週齢C57BL/6マウスにグリオキシル酸を腹腔内連日投与するとともに、35B6抗体を投与、結晶形成を評価した。結晶形成量は、抗体投与により容量依存性に低下した。電子顕微鏡による観察は、Control群では放射状の結晶が尿細管細胞に取り込まれていたが、抗体投与群においては、尿細管腔内に脱落組織は認めるのみで結晶形成は認めなかった。

 以上より、切断型OPNに対する中和抗体は、結石形成マウスにおいて結晶の尿細管上皮への接着を抑制することで、結石形成を予防すると示唆された。この結果をJ Bone Miner Reserchへ投稿しacceptされた。

B-62 サル胎仔肺低形成の子宮内回復-羊水過少による肺低形成モデル作成と成長因子解析

千葉敏雄,佐藤洋明,柿本隆志(国立成育医療研究センター・臨床研究センター) 所内対応者:鈴木樹理

本研究の目的は、胎児期の肺低形成に対し有効性が報告されている現行の子宮内外科手術(胎児気管閉塞術)の作用機序を、誘導される組織成長因子の同定により解明することである。併せて、その組織成長因子を低形成胎児肺に局所的に作用させることで、胎児気管閉塞術の(肺再生)効果増強ないしその代替低侵襲治療手技を確立することにある。

この外科的治療法は、いまだ臨床的に確立されてはない。すなわち、この手技は現在、experimentalないしinnovative therapyの範疇に入るものであり、将来の標準化を目指して十分な実験的評価を必須とする。それは、患児の救命手段としては、このような手技以外に、今後可能性のあるものが現時点では全く存在しないためである。

このモデル作成のためには、羊水の一部除去による持続的な羊水過少状態を作り出す必要がある。

一昨年度は当初計画していた手術手技の確立および成長因子を特定する実験を行う前に、慎重を期して予備実験を行った。具体的には昨年度行った基礎的実験(超音波エコーを使って母体外から胎児胸腔内に生理的食塩水を注入)では、実験後にも妊娠が正常に継続され、正常に新生児が生まれた。その後そのこどもは正常に発育している。

今年度は継続して胎児気管閉塞術の予備実験を行った。胎仔気管閉塞術には胎仔の気管閉塞のため先端にバルーンのついた胎児用の内視鏡を用いる。この内視鏡の位置は操作中に子宮内で母体・胎仔へダメージを与えないために大変重要である。

そこで我々は子宮内での内視鏡の位置を超音波画像上で目的部位へナビゲートするシステムを開発した。

このシステムと実際の術式に用いる内視鏡を使用して妊娠サルへの内視鏡位置確認の予備実験を行った。

次年度は子宮内内視鏡ナビゲーションシステム完成と気管内閉塞術の実施を予定している。

B-63 チンパンジーの口腔内状態の調査:う蝕・歯の摩耗・歯周炎・噛み合わせの評価を中心に

桃井保子,花田信弘,小川匠,井川知子,齋藤渉(鶴見大・歯) 所内対応者:宮部貴子

チンパンジー11個体342歯に対して歯科検診を実施した。その内う蝕歯は16歯、喪失歯は3歯であった。よって、う蝕経験歯を指すDMF歯は19歯、DMF指数は1.45であった。歯肉溝の深さは、342歯中317歯が4 mm以下であった。歯周ポケット測定時に出血を認めなかったのは6個体、動揺歯を認めなかったのは8個体であった。著しいプラークの蓄積と歯石の沈着が9個体に認められた。また、年齢に応じて全顎的に顕著な咬耗を認めた。

う蝕歯はそのほぼ全てに破折を認めた。そのうち前歯は11歯であり、破折・う蝕歯は前歯部に集中している。よって、う蝕の原因は外傷に起因すると考えられる。歯肉溝の深さが4 mm以下である歯は全体の92.7 %であり、そのほとんどが測定時の出血を認めなかった。深さ4 mmの歯肉溝は健康な歯肉であると推察する。現在までに検診した個体のう蝕と歯周疾患から見る口腔健康状態は、口腔衛生に関する介入は皆無であり、プラークと歯石の多量の沈着を散見するにもかかわらず極めて良好ということができる。この理由として、本研究所におけるチンパンジーが100品目を超える無加工のバランスの良い食餌を取っている事に着目している。

また、採取したプラーク内の細菌叢についてDNA解析によるピロシーケンス法を用いた結果、未知の細菌が存在する可能性が示唆され、Streptococcus troglodytaeと命名した。

<発表概要>

チンパンジーの口腔内状態の調査:う蝕・歯の摩耗・歯周炎・噛み合わせの評価を中心に

桃井保子,花田信弘,小川匠,野村義明,今井奨,岡本公彰,井川知子,齋藤渉,宮之原真由,笠間慎太郎,山口貴央,阿保備子(鶴見大・歯),宮部貴子,友永雅己(霊長研)

口演

1) 「チンパンジー口腔由来のミュータンスレンサ球菌様細菌に関する研究」阿保備子,ほか(鶴見大学歯学会第73回例会,鶴見大学会館メインホール,2011.6.25)

2) 「京都大学霊長類研究所のチンパンジーの口腔健康状態とそのうち1個体に対する歯科処置について」齋藤渉,山口貴央,桃井保子(日本歯科保存学会2011年度春季学術大会(第134回),東京ベイ舞浜ホテル クラブリゾート,2011.6.10,p.88.) 

3) 「チンパンジー口腔由来のレンサ球菌の性状に関する研究」宮之原真由,ほか(第60回日本口腔衛生学会,日本大学松戸歯学部,2011.10.8-10,O-25)(口腔衛生学会雑誌 第61巻第4号p.435)

ポスター

1) Okamoto M, et al. Pyrosequencing Analysis of Oral Flora isolated from Chimpanzees. The 45th Meeting of The Continental European Division of the International Association for Dental Researchthe (CED-IADR), Budapest, Hungary, August 31- September 3,2011. (No. 469) (国際歯科研究学会ヨーロッパ部会), Budapest, Hungary, August 31- September 3, 2011.http://iadr.confex.com/iadr/ced11/webprogram/Paper151705.html

2) Okamoto M, et al.Preliminary Analysis of Oral Flora isolated from Chimpanzee. XIII, International Congress of Bacteriology and Applied Microbiology(国際細菌学会). 6-10 September 2011 (Sapporo, Japan).

論文 

Okamoto M, et al. Streptococcus troglodytis sp. nov., from the Chimpanzee Oral Cavity. International Journal of Systematic and Evolutionary Microbiology.Accepted 21 March 2012.

http://ijs.sgmjournals.org/content/early/2012/03/19/ijs.0.039388-0.abstract?cited-by=yes&legid=ijs;ijs.0.039388-0v1



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