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京都大学霊長類研究所 > 年報のページ > 2009年度 > 共同利用研究・研究成果-自由研究

京都大学霊長類研究所 年報

Vol.40 2009年度の活動

共同利用研究

研究成果

自由研究

1 霊長類の網膜黄斑に特異的に発現する遺伝子群の同定
古川貴久,荒木章之((財)大阪バイオサイエンス研究所)
対応者:大石高生
ヒトを含めた霊長類の網膜は中心部に黄斑という特徴的な構造をもつ.黄斑部では,視細胞の中でも錐体細胞が高密度に存在し,これにより黄斑構造を持つ生物は良好な視力が得られる.実際,近年日本を含む先進国で増加傾向にある加齢性黄斑変性症などの黄斑疾患は,重篤な視力低下や失明の原因となっている.これまで,黄斑発生の分子メカニズムついての報告はほとんどみられない.われわれは,黄斑発生に関わる遺伝子群の同定を目的として,周産期のアカゲザルの網膜を黄斑部と周辺部に分けて採取し,それぞれの総RNAについてマイクロアレイを用いて遺伝子発現を比較した.現在のところ,30遺伝子のうち9遺伝子については少なくとも黄斑部の視細胞層に高い発現を認めた.これらのうち,我々はSREBP2 (sterol regulatory
element binding protein 2)に着目している.SREBP2は脂質代謝に関わる遺伝子群の発現を広範に制御することが知られる転写因子であり,in situハイブリダイゼーションによってマウス網膜においても発生期視細胞に発現を認める.昨年に引き続き,SREBP2のDNA結合ドメインであるbHLH-ZIPドメインにEngrailedのリプレッサードメインを融合したドミナントネガティブ変異体を作製し,これを網膜視細胞で強制発現するトランスジェニックマウスを作製し解析中である.

2 照葉樹林内におけるシカの採食効率に与えるサルの影響
揚妻直樹(北海道大・フィールド科学センター),
揚妻-柳原芳美(日本哺乳類学会会員)
対応者:半谷吾郎
近年,屋久島西部地域の低地林では,樹上採食中のサルの下でシカが集団採食する光景がたびたび見られる.シカにとってサルの下で採食するメリットは,サルの手を借りなければ得ることのできない資源の獲得,あるいは資源量の一時的な増大による採食効率の上昇などが考えられる.その反面,シカは密集しての採食を強いられるため,シカ同士の攻撃的交渉の頻度も増加すると予測される.本研究では,サル採餌下におけるシカの採食効率に関係すると考えられる,シカ個体間の攻撃的交渉について分析を行った.
2009年7月から11月に,樹上採食中のサルの下に複数頭のシカが集まった際のシカの行動を観察した.その際,サルが同一種の餌資源を落とし得る範囲を一つのパッチと捉え,各シカのパッチへの出入,シカ同士の社会的交渉,採食量などを記録した.分析した約18.5時間に見られたシカ同士の社会的交渉は126回,このうち餌を奪うなどの攻撃的交渉は117回で9割以上を占めた.攻撃的な行動をとった回数は,パッチ滞在1時間あたり4尖オスが14.7回と最多で,次いで3尖オス4.0回,2尖オス3.1回,オトナメス2.2回,1歳オス1.2回だった.一方,攻撃された回数は2尖オス4.9回,オトナメス3.9回,3尖オス2.8回,0歳1.7回,1歳オス1.2回で,4尖オスが攻撃されることはなかった.また,オトナメスが2尖以上のオスを攻撃することはなく,性属性により攻撃対象は明確に分かれることがわかった.

3 ニホンザル新生児における視覚刺激によるストレス緩和効果
川上清文(聖心女子大・心理),
川上文人(東京工業大・社会理工)
対応者:友永雅己
筆者らはニホンザル新生児が採血を受ける場面に,ホワイトノイズやラベンダー臭を呈示するとストレスが緩和されることを明らかにした(Kawakami,Tomonaga,&Suzuki,Primates,2002,43,73-85;川上・友永・鈴木,人間環境学研究,2009,7,89-93).本研究では,その知見を広げるために,視覚刺激を呈示してみる.まず,オトナ・ニホンザルの顔写真を使うことにした.
本年度はメス1頭・オス1頭のデータが得られた.第1回目の実験日が平均生後10日(平均体重600g),第2回目は生後17日(平均体重649g)であった.視覚刺激を呈示した条件と顔写真をランダム・ドットにした統制条件を比べた.行動評定の結果では,顔呈示効果はみられなかった.

4 他者の存在は自己鏡像認知の成立に必要か?
草山太一(帝京大・文・心理)
対応者:正高信男
動物に鏡を提示し,その自己の反射像を自己と認知するかどうかを調べる研究は自己鏡像認知と呼ばれ,現在までに多くの動物種を対象に検討されている.この研究では通常,厳密な個体の行動を観察するために対象を1個体に絞った方法が主流であるが, 本研究では他の個体が一緒に映り込むことが自己鏡像認知の成立を促進する要因になることを考えた.
今年度は昨年に引き続き,個体数を増やした観察を行った.ニホンザルを透明なアクリル箱に入れて,普段から給餌などで信頼関係の厚い人物と一緒に鏡の前で過ごしたときの反応をビデオ記録した.そのような観察を繰り返した結果,人物が一緒にいるときに鏡に対する積極的な興味反応が認められ,それに伴って鏡の像を他個体と認知するような反応は徐々に減少していった.自己指向性反応の予兆するような反応とも考えられ,顔など直接に見ることの出来ない身体部位に染料を付けて鏡を提示するマークテストを試みたが,鏡提示中にマークに触れる行動は認められなかった.

5 チンパンジー腰神経叢の観察
時田幸之輔(埼玉医科大・保健医療学部・理学療法)
対応者:毛利俊雄
一昨年のカニクイザル, 昨年のニホンザルの観察に引き続き, 今年度はチンパンジー腰神経叢の観察を行った. 腰神経叢由来の個々の神経について起始, 経路, 分布の特徴を調査した( チンパンジーの肋骨は13対, 胸椎は13). Th13:L1への交通枝を分枝した後, 腹壁に進入し外側皮枝(RcL)を分枝. 側腹壁の内腹斜筋(Oi)と腹横筋(Ta)の間(第2-3層間)を走行し, 腹直筋鞘に入る. 腹直筋の後面から筋枝を与え, 筋を貫いて前皮枝(Rca)を分枝する. これは標準的な肋間神経の経路といえる. L1:L2への交通枝, 外側大腿皮神経(CFL)への交通枝を分枝した後, 側腹壁へ入り, RcLを分枝する. 側腹壁の第2-3層間を走行し, 2枝に分岐する. 1枝はそのまま2-3層間を走行し腹直筋鞘に入りRcaを分枝する. もう1枝はOiを貫いて側腹壁の外腹斜筋とOiの間(第1-2層間)を走行し, 鼠径管に入り浅鼠径輪を通る腸骨鼠径神経となる. L1からL2への交通枝からは陰部大腿神経の大腿枝も分枝する. L2: CFLへの枝, 大腿神経(F)への枝, 閉鎖神経(O)への枝の3枝に分岐する. L3: Fへの枝, Oへの枝, 坐骨神経への枝3枝に分岐する(分岐神経). 以上より, チンパンジー腰神経叢では, 腰神経叢と仙骨神経叢の境界である分岐神経の起始分節はL3であることが判った. チンパンジーのL3はC1から数えると24番目の脊髄神経であり, ヒトでの標準的分岐神経の起始分節はL4であり, C1から数えると24番目である. 胸神経の数が異なるにもかかわらず, C1から数えた分節が一致することは興味深い. 本研究の一部は第115回日本解剖学会総会・全国学術集会(盛岡)にて発表した.

6 アカゲザルの中枢神経系におけるタキキニン受容体発現の検討
鈴木秀典,永野昌俊 (日本医科大・薬理学)
対応者:大石高生
タキキニン作動性神経系は両生類から霊長類まで種を超えて広く存在し,情動,記憶,運動制御など多様な中枢神経機能を修飾すると考えられているが,霊長類における本神経系については十分明らかにされていない.本研究ではタキキニン受容体の1つであるNK-2の発現を検討し,霊長類におけるタキキニン神経系の生理的役割を探ることを目的とした.4-7歳オスアカゲサルから脳組織RNAを抽出し,これを用いてNK-2 mRNAをクローニングした.この塩基配列を基にPCRプライマーを作製し,分取した各脳組織部位の一部においてNK-2 mRNA発現量を定量した.従来げっ歯類においてはNK-2 mRNAの発現は高次中枢ではほとんどみられないとされていたが,アカゲサル一次体性感覚野において,既に発現解析を行ったNK-1 mRNAの2倍程度,一方基底核においては半分程度,それぞれ発現することがあきらかとなった.これらの結果はタキキニン受容体拮抗薬の精神疾患治療薬としての開発を行う上で重要な情報をもたらすと考えられる.

7 ニホンザルのアメーバ感染に関する疫学研究
橘 裕司(東海大・医),小林正規(慶応大・医)
対応者:松林清明
最近,赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica)とは異なる病原アメーバE. nuttalliが,サル類から見つかっている.本研究では,ニホンザルにおける腸管寄生アメーバの感染実態を明らかにすることを目的とした.
鹿児島県屋久島町のヤクシマザル,和歌山県白浜町椿由来と青森県むつ市脇野沢のニホンザルから新鮮な糞便を各30?40検体採取し,PCR法によってアメーバ類の検出同定を行った.その結果,E. chattoni感染が最も多く,椿群で100%,屋久島群で80%,脇野沢群で63%が陽性であった.次いで大腸アメーバ(E. coli)が屋久島群の73%,脇野沢群の23%に検出されたが,椿群では検出されなかった.また,E. nuttalliは椿群で60%,脇野沢群で23%が陽性であったが,屋久島群の検体は陰性であった.赤痢アメーバとE. disparはいずれの地域の検体からも検出されなかった.以上より,ニホンザルにおける感染アメーバ種には地域差が大きいことが確認された.また,2ヵ所由来のE. nuttalliは分離培養でき,rRNA遺伝子の配列にわずかな違いがあることが判明した.今後,更に調査地域を広げたい.

8 野生ニホンザル・オスグループにおける長期モニタリング調査
宇野壮春((合)宮城・野生動物保護管理センター)
対応者:半谷吾郎
過去8年弱の調査から金華山のオスグループは一つの群れ周辺でワカモノ(4~7才)を中心としたメンバーシップを保ち,それらが年齢を重ねることで群れオス(加入オス)となる傾向にある.調査当初から観察していた個体はオスグループを経て,2006年8月に群れオスとなり,その後アルファオスへとなった.その個体は2010年1月の段階まで対象群で確認されていたが,2010年3月には隣接する別群の周辺で確認された.その時は対象群の若い出自オスと行動を共にしているのが確認されている.この事は他の群れから来た加入オスがその群れで生まれた出自オスの移出のきっかけになっている一つの事例として捉えることができる.金華山島において,加入オスが関与する出自オスの移出,移出後に形成するオスグループの存在,オスグループのメンバー確立とそれに続く群れへの加入,そして加入オスの群れ離脱が再び出自オスの移出に関与するという,一つのサイクルが見えてきた.
ただ,まだ理解し難いオス同士の社会関係が残されているので今後の継続した調査が必要である.

9 野生ニホンザルのワカモノオスの出自群離脱前後の生活史に関する長期追跡調査
島田将喜(帝京科学大・生命環境)
対応者:半谷吾郎
3頭のA群出身のワカモノオスが出自群を移出するプロセスにあることが明らかになった.
イカロス(6歳)は夏以前にはA群内とA群周辺オスグループで確認されていたが,秋以降C2群周辺オスグループで確認されるようになり,2010年3月現在もそこにとどまっている.アシモ(6歳)は昨年度から現在までずっとB1群周辺オスグループで確認され続けている.フミヤ(5歳)は夏以前にはA群内で確認されていたが,秋以降B1群周辺オスグループでアシモと一緒にいるのが確認されるようになった.しかし,2009年11月の観察を最後にA・B1・C2のどの群れ内にも,周辺にも確認されなくなった.
アシモは今年,同じB1群周辺オスグループに属する,A群出身の複数のワカモノオスと長時間親和的に行動をともにすることが多かった.イカロスはA群の周辺にいる場合には,母親や妹,一年年下のフミヤや同年齢メスと交渉を持つことで,群れの中心部でも観察された.しかし,オスグループが近接しているときには,A群よりもそちらのグループ内で見られる場合が多かった.
ワカモノオスの出自群からの離脱という現象は,一時的な離脱を繰り返す中で,離脱期間が延長することで,結果的に達成されるようだ.その際行動をともにするオスとの社会形成には大まかには次の二つのパタンがあるようだ.①A群出身者の多いグループへアシモが定着しつつあるように,既存の親和的関係を利用する.②イカロスのようにそれまであまり関係のなかったオスたちと新たに親和的関係を構築する.

10 ニホンザルの腎生殖器系血管の観察と腎内部の観察
深澤幹典(埼玉医科大・医学部・解剖学)
対応者:毛利俊雄
ニホンザル腎生殖器系の血管,神経の観察とヒトとの比較解剖学的検討を行った.使用標本:KUPRI7917オス,KUPR I820メス
1.腎の腹腔内での位置は,ヒトでは右側が左側に対して半ないしは1椎体低く位置することが多いのに対して,カニクイザル2例では右側が左側に対して1椎体近く高かった.また,ヒトの腎動脈は腎の位置とは逆に右側が左側に対して高い傾向があるのに対し,カニクイザルでは右側が約半椎体高かった.
2.ヒトの腎動脈では,腎門の直前で数本の枝に分岐して腎実質中に入る例が多いが,カニクイザル2例の腎動脈は,腎門であまり分岐する傾向を見せず,腎内に進入していた.腎静脈についても同様で,カニクイザルの腎静脈は2例とも1本で腎門から現れていた.
3.KUPRI7917:右腎にL2交感神経節由来の最下内臓神経と右副腎へ小内臓神経から分岐する直接の枝が見られた.KUPR I820メス:左腎へL3交感神経節由来の最下内臓神経が見られた.
4.カニクイザル2例の,性腺動脈は2例共に左側の方が高い位置から分岐していた.

11 鎮静麻酔薬のリアルタイムモニタリングのための高感度迅速測定法の開発
金澤秀子(慶応義塾大・薬)
対応者:宮部貴子
麻酔は外科治療上不可欠であり,近年は,臓器障害が少なく覚醒の早い麻酔薬が開発されている.一方で麻酔薬は作用部位が不明なうえ,幅広い副作用が確認され,管理が難しいのが現状である.麻酔薬の効果は投与量だけでは推測できず,麻酔薬の効果を適切に調節するためには,リアルタイムでの血中濃度測定が必要となる.我々は,麻酔薬プロポフォールの超高速測定法を確立し,日本ザルの薬物動態測定に応用した.プロポフォールは短時間作用型の静脈麻酔薬で覚醒が早く蓄積性が少ないという特徴がある.麻酔維持のためには個々の状態に合わせた投与設計が重要である.これまでサルでは,プロポフォールの使用は行われておらず,投与量なども確立されていない.分析法の信頼性評価のため,複数の個体から採取した血液試料を用いて超高速HPLCシステムにより動態解析を行った.サル血中プロポフォールはわずか10μLの試料量で3min以内で再現性よく定量可能であった.従来法による分析時間を1/7に大幅に短縮し,蛍光検出器を用いることにより,従来法の3倍以上の高感度分析が可能となった.また,近年麻酔科領域で用いられているシュミレーションソフトによる血中濃度予測・投与設計と実際の動態の相関も良好であった.

12 ヒト倹約遺伝子の進化
竹中晃子(名古屋文理大・健康生活)
対応者:中村伸
ヒトで肥満に関与する遺伝子として明らかになってきた脂肪分解に関わるアドレナリンβ3(ADRB3)のTrp64Arg,発熱に関与するサーモゲニン(UCP1)のA-112C,脂肪細胞分化と蓄積に関わるPPARγ2のAla12Pro変異について霊長類でこれまで調べてきた.霊長類すべての個体がADRB3およびPPARγ2は倹約型を有していたのに対し,UCP1のプロモーター領域ではUCP1を発現しやすい発熱タイプであった.本年度はADRB2遺伝子のArg16GlyとGln27Gluについて調べた.チンパンジー29頭,ゴリラ8頭,オランウータン11頭,テナガザル10頭,マカカ属サル78頭すべてにおいて27番目のアミノ酸は倹約型のGluであった.16番目はすべてのホミノイドでGlyであった.Glu27はヒトにおいてBMI上昇,インスリン抵抗性増大をもたらす.従って,ADRB2もADRB3同様に霊長類ではすべての個体が倹約型を有しているので,ヒトの祖先も倹約型であったが,ヒト化に至る段階で,消費型が出現し,現在では消費型が多くなっていると考えられた.

13 ニホンザル乳児における大きさ判断に及ぼす相対情報と絶対情報の影響‐顔パーツの配置を操作して‐
渡辺創太,藤田和生(京都大・院・文学)
対応者:友永雅己
単純図形を用いて,ニホンザル乳児が目標刺激の動きを判断する際,枠刺激の影響を受ける(相対判断)か受けない(絶対判断)かを分析した.実験は慣化法を用いておこなった.実験補助者に抱かれた子ザルに対し,前面に設置されたモニターを用いて2つの刺激セットを左右対呈示した.刺激セットは目標刺激(青色の十字型刺激)と周囲刺激(白色の正方形枠刺激)から成り,それぞれが特定の動きを試行内連続して行なった.目標刺激は左・右ないし左上・右下の水平ないし斜め方向,周囲刺激は上・下方向の動きだった.各個体2セッション行い,各セッション,連続5試行の慣化試行の後,連続2試行のテスト試行が行われた.試行時間は各5秒間,試行間間隔は1秒間以上であった.慣化試行中は周囲刺激は動かなかった.テスト試行での子ザルによる左右刺激に対しての注視時間を計測し,周囲刺激と関連付ければ慣化試行と同じ動きである刺激セット,慣化試行と物理的に同じ動きである刺激セット間で注視時間を比較した.結果,個体数が十分でなく統計的に有意な差は得られなかったものの,子ザルにおける動きの絶対判断傾向が確認された.今後,実験を重ね個体数を増やす予定である.

14 飼育下霊長類に対する各種環境音の影響評価
有賀 小百合(日本大・院・生物資源科学)
対応者:松林 清明
近年,動物福祉の観点から,ヒト以外の飼育下霊長類に対する身体的のみならず精神的な健康への配慮が求められている.外部環境からの刺激が少ない飼育下霊長類では,生活の質(QOL)改善のため,様々な環境エンリッチメントが必要とされている.本研究では,グループ飼育されたニホンザルに聴覚刺激(例えばクラシック音楽等)を提供する【聴覚エンリッチメント】を実施し,行動観察並びに,尿中コルチゾールおよび尿中8-OHdG濃度を測定した.これにより,① 聴覚エンリッチメントの有効性を福祉的観点から評価する② 尿中8-OHdGの精神的健康指標としての有用性を評価することを目的とした.
リサーチリソースステーション(RRS)にてグループ飼育されているニホンザル2群(実験群:♂2♀4,対照群:♂1♀4)を対象とした.実験群では,飼育室内の2箇所にスピーカー付きの箱(90×45×45cm:以下,音楽boxとする)を設置した.Control条件(音楽なし)とTest条件(どちらか片方の音楽boxで音楽あり)を1週間ごとに交互に繰り返し,各条件にて行動観察と採尿を行った.対照群においても実験群と同一日に行動観察と採尿を行った.

15 下北半島脇野沢における野生ニホンザルの個体群動態と保全のための諸問題
松岡史朗,中山裕理(下北半島のサル調査会)
対応者:渡邊邦夫
脇野沢民家周辺群(A2-85,A2-84a,b,c,A-87の5群)の合計個体数は,262頭(前年度282頭)うちアカンボウは,49頭(前年度53頭)であった.この減少は,2009年2~3月にA2-85,A2-84a,bの3群で合計48頭が捕獲されたためである.捕獲のなかったA-87群での個体数の増加率は,32%であった.出産率は,61%,アカンボウの死亡率は0%と依然増加傾向にある。A2-85群の捕獲後の個体数に対する増加率は12%であった.捕獲が行われなかった場合,20%と推測される.10歳以下のメスを多く捕獲した結果である.
2008年より被害対策としてサル追い犬が導入され,農業被害は減少した.A2-85群の遊動は,民家周辺から山側にシフトし,それに伴い餌の農作物依存は減少したが,出産率低下を招くような影響は与えてはいない.
A-87群の個体数は10年間で3.5倍になったが,遊動面積の増加は2倍に満たない.農耕地での採食は,総観察時間の5%程度と変化はないが,遊動域内に砂防ダム,道路が建設され法面での採食時間が増加している.

16 類人猿におけるMC1R遺伝子の多様性解析
本川智紀(ポーラ化成工業)
対応者:川本芳
MC1R(melanocortin-1 receptor)は色素細胞表面に存在する色素産生に関与するレセプターである.ヒトにおいてMC1R遺伝子は,多様性が高く人種特異的変異が存在する.そのためMC1R変異データは,ホモサピエンスの分岐過程を考察する際に有益な情報のひとつとなっている.我々は,ヒト以外の霊長類においても,当遺伝子のデータは分岐過程を考察する上で有益な情報となると考えている.本研究では,この遺伝子の進化過程を比較解析することを目的に,類人猿におけるMC1R遺伝子の多型解析を行ってきた.
2008年実施の研究においては,チンパンジー10例のコーディング領域の配列解読が完了し,10例すべてが同じ配列を有し,ヒト配列に対し8つのnonsynonymous variantが存在していることが明らかとなった.2009年実施の研究では,出身地が異なるニホンザル7個体,アカゲザル3個体のコーディング領域の配列解読を完了した.ニホンザル間ではアミノ酸配列は非常に保存されていた(2/7個体で1ヵ所へテロの変化のみ).また,中国のアカゲザルの配列は,ニホンザルのコンセンサス配列と全く同じアミノ酸配列であった.
本年度はプロモーター領域の解析を開始すると同時に,研究範囲を他の霊長類にも広げ,ヒトを含めた霊長類でのMC1R遺伝子の進化過程の比較解析を行っていく.

18 マカクザル視覚皮質V2野から,外側頭頂間溝野への直接投射の解明
中村浩幸(岐阜大・院・医)
対応者:宮地重弘
2頭のマカクザルをケタラールで麻酔し,霊長類研究所既存の0.5T磁気共鳴装置を用いて,脳回の構造を明らかにした.数日後に,ペントバルビタールを用いて深麻酔し,MRI画像をアトラスとして,極少量の逆行性のトレーサー(ファーストブルー,WGA-HRP)を,LIPに限局注入した.3日後に,深麻酔下において1%パラフォルムアルデヒドを用いて灌流固定した.20%グリセロール溶液(4℃)に2日間保存し,大脳皮質の前額断連続切片を作成した.
3枚に1枚の連続切片は蛍光標識観察用に4.5%食塩水でスライドガラスに塗布した.他の3枚に1枚の連続切片は,TMBを用いてWGA-HRP標識細胞を可視下した.残りの3枚に1枚の連続切片は,チトクロームオキシダーゼ組織化学反応を行った.
今回の実験では,V2野からLIP野へ投射する神経細胞は極めて少なかった.また,チトクロームオキシダーゼ反応が明確でなく,明瞭な解析は不可能であった.したがって,今後更なる実験と検討が必要である.

19 食餌の嗜好性とその苦味・渋味成分との関連性について
小嶋道之(帯広畜産大)
対応者:鈴木樹理
ニホンザルの食べ物に関する嗜好性と年齢差,それに含まれる成分との関連を明らかにする目的で,下北半島のニホンザルが食べている野草(冷凍物)を飼育ザル(大人ザル,子供ザル)に与え,ニホンザルの嗜好性実験を行った.グループケージのニホンザル2群にミヤマガマズミ,ニガキ実,エゾニュー葉,茎,花芽,蕾を21時間与えたが,ほとんど食べなかった.また,個別ケージ10群(♂6頭,♀4頭)に同様の野草を与えたところ,茎や花包などを食べるものもいて,嗜好性に個体差がみられた.今後,警戒心を緩和した後に実施するとか通常食に成分を添加して実施する必要があろう.また,放牧場3か所において,ミヤマガマズミ,エゾニュー葉,花包,茎,蕾,ホオの実,種子,山ブドウなどを与えたところ,ミヤマガマズミ実,ホオの実,種子,山ブドウは好んで食べるが,他の野草は口に入れてから捨てる,臭いの強いエゾニュー各部位は,手に持つ,もしくはまったく手に持たないで鼻を近づけた後捨てるなどの違いがみられた.放牧場には四季の野草が生えているので,そこにある野草は食べ慣れていると思うが,そこに無い野草の場合には,警戒して味や臭いなどから判断することが推察された.食べる野草と食べない野草に含まれる成分,特にタンニン量と組成の違いについては,今後の課題である.

22 RNAを基点とした霊長類のエピジェネティクス
今村拓也(京都大・院・理)
対応者:大石高生
本課題は,エピゲノム形成に関わる非コードRNA制御メカニズムとその種間多様性を明らかにすることを目的としている.本年度は,前年度までに自ら開発したセンス・アンチセンス鎖RNAを分離してタイリングアレイ上で検出できる技術をもとに,マウス(C57B6系統)とニホンザル大脳皮質の遺伝子プロモーターに発現するnoncoding RNA(promoter-associated noncoding RNA: pancRNA)をプロファイリングし,互いに大きく異なるさまを明らかにした.ヒトゲノムの+鎖にマップされるRefSeqデータセットを元に,遺伝子上流から発現する非コードRNAをサルで約7000,マウスで3500抽出することに成功した.遺伝子転写開始点から上流<2kbに位置するpancRNAについても同様の差異があり,サルで約400,そのうちマウスには存在しない,つまりサルに特異的なpancRNAが半数を占めることから,相当数のpancRNAが下流の遺伝子に対して,マウスとは異なる制御に関わっていると考えられた.新規pancRNA群に確かにクロマチン構造変換に働く能力があり,これによりげっ歯類と霊長類脳の異なる高次性を説明できるのか,様々なトランスジェニックラインとバイオインフォマティクスを駆使した解析が現在進行中である.

22 ニホンザルにおける食物を巡る競合と競合回避
西川真理(京都大・院・理)
対応者:半谷吾郎
本研究では,野生ヤクシマザルに食物を巡ってどのようなタイプ・レベルの競合が存在するのかを明らかにし,低順位個体が採食競合をどのように回避しているのかを明らかにすることを目的とした.調査は屋久島西部地域に生息する人付けされた野生ヤクシマザル(E群)のオトナメス9頭を対象に7月,12月,3月におこなった.追跡個体の行動は分単位で記録し,視界範囲内にいる群れの他個体の数も記録した.また,対象個体が樹木で採食したときは,採食品目,伴食個体数,敵対的交渉について記録した. 合計154時間の観察で274の樹木での採食バウトがみられ,14回の敵対的交渉がおこった.このうち9例がオトナメス間で,5例がオトナメスとワカオス間で観察された.採食樹内において攻撃者になるか被攻撃者になるかについては,順位による差はなかった.敵対的交渉には,身体的接触を伴うものや,優位個体が劣位個体を追いかける「激しい」交渉(7例)と,優位個体の接近により劣位個体が場所を移動する「穏やかな」交渉(7例)が見られた.伴食個体数は低順位個体で少なく,採食以外の活動時における周辺個体数も低順位個体で少なかった.低順位個体を観察している間,上位家系の個体とほとんど出会わない日もあった.以上のことから,低順位個体は群れの中心から離れてサブグルーピングすることで直接的な採食競合を回避している可能性が示唆された.

23 ニホンザルにおけるオス間関係の交尾季,非交尾季間の比較
川添達朗(京都大・院・理)
対応者:半谷吾郎
本研究は宮城県金華山島に生息するニホンザルを対象として非交尾季とその後の交尾季でオス同士の親和的,敵対的行動を比較した.これにより非交尾季のオス間関係が交尾季のオス間の親和的,敵対的行動にどう影響するのかを明らかにすることを研究目的とした.調査は2009年5月~6月の非交尾季と,11月~12月の交尾季に行った.分析の結果,群れオス同士は季節を問わず交渉が少ないこと,群れオスと群れ外オスの間では非交尾季に比べ交尾季では親和的交渉が減少し敵対的交渉が増加したこと,群れ外オス同士は交尾季にはほとんど他個体との交渉を行わないことが分かった.また,非交尾季に群れオスと親和的でなかった群れ外オスはメスとの交尾に成功したのに対し,群れオスと親和的であった群れ外オスはメスとの交尾機会を得られなかった.以上の結果から非交尾季に見られるオス間の親和的行動は,発情メスをめぐるオス間の関係に有利には作用しないことが示唆された.今後さらに詳細な分析を行い,発情メスをめぐるオス間の関係を明らかにしたい.

24 下北半島のニホンザルにおけるアカンボウの採食行動
谷口晴香(京都大・院・理)
対応者:半谷吾郎
本研究は,2008年11月から翌年4月にかけて青森県下北半島に生息するニホンザル野生群の母子4組を対象に,母子間の採食品目の違いと採食時の母子関係を明らかにする目的で行なわれた.その結果,アカンボウは母に比べ高い位置にある品目は避け,小さな品目に時間を費やした.母が母子共によく利用する品目を採食した際には,アカンボウは母の2m内で同じ品目を採食することが多いのに対し,母がアカンボウのあまり利用しない品目を採食した際には,母と離れて違う品目を採食することが多かった.また母と離れた際,近い世代の個体と近接し採食することが多かった.以上の結果から,身体能力が未熟なアカンボウは入手や処理の困難な品目の採食をたとえ母から離れることになっても回避する一方で,その必要のない場合には母の近くに留まることで授乳や保護を受けられる機会を増やしていたと考えられる.また,母から離れた際に,近い世代の個体と集まり,群れからはぐれる危険を回避している可能性がある.ニホンザルのアカンボウは,母の採食品目によって食物や近接個体を変え,自らの栄養および安全を確保していたことを示唆する結果である.

25 色盲ザルの色覚特性の行動的研究
小松英彦,鯉田孝和,郷田直一(自然科学研究機・生理学研究所),岡澤剛起(総合研究大学院大・生命科学・生理科学),横井功,平松千尋,高木正浩(自然科学研究機構・生理学研究所)
対応者:宮地重弘
インドネシア由来のL錐体欠損による2色型色盲ザルの色覚特性を行動実験で明らかにするために色弁別課題を行わせた.これまでに得られた結果ではサルが色収差によるアーチファクトを手がかりとして弁別課題を行っている可能性が示唆されていた.この点について弁別課題を改良し,同一個体で行動実験を行った.赤と緑の単色に鋭いピークをもつ二種類のLEDを箱に組み込み,前面に設けた開口部からディフューザーを通して光を照射する.このような刺激を横に3個並べ,そのうちの1つは赤と緑を特定の強さで混色した光で照射し(ターゲット),残りの2つは赤と緑の組み合わせを試行毎に変化させた同じ光で照射した(ディストラクター).サルはターゲットを選ぶことにより報酬としてサツマイモ小片を与えられた.十分に違うターゲットとディストラクターを用いて訓練した後,ディストラクターの赤と緑の明るさを系統的に変化させてどのような混色光がターゲットと混同するかを調べた.2色型と正常3色型間で混同する混色光の分布パターンに差が見られた.3色型では混同する混色光はターゲットを中心とする輝度軸上に分布し,一方2色型ではL錐体感度軸に対し平行に分布する傾向を示した.この結果は2色型色盲ザルの色覚特性を反映していると考えられるが,遺伝子型からの予想とは完全な一致はしなかった.今後より詳細に色覚特性を調べることが必要である.

26 飼育下希少原猿類のマイクロサテライト分析による血統管理
宗近功(進化生物学研究所)
対応者:田中洋之
絶滅危惧種であるクロキツネザル(Eulemur macaco macaco)の国内飼育個体群の血統管理に遺伝的な情報を導入すべく,マイクロサテライトDNAの多型解析を進めている.今回は,採血よりもサルに与える影響が小さく,サンプリングしやすい口内細胞由来のDNAを使用して解析を試みた.長崎バイオパークで飼育されているクロキツネザル39個体および,(財)進化生物学研究所(以下,進化研)の8個体を分析対象としたこれまでに確立したMultiplex法によるPCR増幅を行った結果,口内細胞由来DNAからも十分な増幅が見られ,マイクロサテライトDNAの遺伝子型判定は可能であった.これをふまえて長崎バイオパークの個体群を解析したところ,その遺伝的多様性は,進化研の個体群よりも低くなっていることがわかり,今後の繁殖計画を検討する必要があると思われた.また,2009年と2008年に生まれたコドモの父親を判定し,家系を確認したところ,一部のメス繁殖個体は,この2年間で交尾相手を変えていることが明らかになった.
これまで3年間のマイクロサテライトによる解析結果から,クロキツネザルは雑婚であること,出産時期の近い2組の母子ペアでコドモを交換して育てるswappingが確認されている.以上のことから,マイクロサテライトDNAをもちいた飼育個体群の遺伝分析は,個体の識別,父母の確認,および個体群の遺伝的多様性の把握を可能にし,正確な血統管理に必要であることが示唆された.今後は解析例数を増やし実用化と,簡便な解析手法の開発を目指したい.

27 発達障害児のコミュニケーションに療育が及ぼす効果の検討
田村綾菜(京都大・院・教育)
対応者:正高信男
本研究は,学習支援の療育プログラムに参加する発達障害児を対象に,療育での経験を通して,他者とのコミュニケーションにどのような変化が現れるのかを検討することを目的としている.昨年度は,療育プログラムに参加している児童6名を対象に,主に療育場面における療育者とのやりとりを観察し,コミュニケーション場面における言葉の理解を測る課題を実施した.今年度は新たにプログラムに参加した児童6名を対象とし,週1回1時間,学習支援場面で課題に取り組むところをビデオカメラで撮影し,対象児と療育者および療育補助のボランティアの学生の言動について縦断的なデータを収集した.本療育プログラムは,学習に困難を持つ児童を対象としたものであり,主な内容はパソコン課題などを用いた学習支援であるが,療育者やボランティアの学生などとのやりとりを通して,他者とのコミュニケーションの経験を積む貴重な機会ともなっている.このことを実証的に検討するため,今後,蓄積したデータをもとに,学習場面における行動の変化と,家庭での行動の変化との関連などについて分析する予定である.

28 霊長類における排卵の制御機構に関する研究
束村博子,前多敬一郎,大蔵聡,上野山賀久,金沢哲広,吉田佳絵,深沼達也(名古屋大・院・生命農)
対応者:鈴木樹理
霊長類における排卵を誘起する性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)分泌制御の脳内メカニズムの解明およびエストロジェンによるポジティブフィードバック機構の雌雄差の有無を明らかにすることを目的として,GnRH分泌促進因子である神経ペプチド,メタスチンに注目し,その脳内発現をペプチドレベルで解析した.
 昨年度に採材した雌雄ニホンザル脳内メタスチン発現に及ぼすエストロジェンの影響に注目し,免疫組織化学により脳内のメタスチン発現部位を検索した.
今後,さらに例数を増やし,メタスチンが発現する脳領域の同定およびエストロジェンによる発現調節機構の解明を目指すこととした.

30 林縁の緩衝帯整備がニホンザルの土地利用に及ぼす影響
久保田結貴(山口大・農)
対応者:半谷吾郎
サルなどの野生動物の農作物被害対策として,森林と農地の間に牛を放牧することにより緩衝帯を整備し,農地への侵入を困難にする方法がある.本研究は,農作物被害を及ぼすサルの群れの土地利用の特性と,放牧による緩衝帯作出が野生動物の行動に及ぼす影響を明らかにすること目的とした.サルの土地利用を調べるためラジオテレメトリ調査を行った.イヴレフ(1965)の環境選択指数を用いてサルの土地に対する選択性を調べた結果,農地に対する選択性は夏において正の値を示した.また,土地の利用割合は,夏に広葉樹林の利用割合が減少した.放牧による野生動物への影響を調べるため,自動撮影カメラによる撮影と農地の足跡調査を行った.放牧区周辺における野生動物の出没頻度は有意な変化は認められなかったが,農地への侵入頻度は有意に減少した(P<0.05).以上のことから,森林内の食物が少なく農地の生産量が高い季節に農地への依存がより高まると考えられた.また,放牧による緩衝帯整備は野生動物被害対策に有効であることが確かめられた.

31 サル類の加齢性全身性アミロイド症の検索
中村紳一朗(滋賀医科大・動物生命科学研究センター)
対応者:鈴木樹理
加齢性全身性アミロイド症(SSA)は高齢者の不整脈の重要な原因の一つだが,マウスを含め,同じ病態を示す疾患モデルは知られていない.代表者はアフリカミドリザル(AGM)で初めて,ヒト以外のSSAを明らかにした.AGMは頻発種か,他のサル種にも発症するか,多様なサル種を保有する霊長類研究所の病理解剖例の心臓を検索し,この疾患の有無を調査した.
ニホンザル8例,アカゲザル1例,カニクイザル1例,AGM1例,計11例の心臓ホルマリン固定材料をパラフィン包埋,HE染色,ダイレクトファストスカーレット(DFS)染色(アミロイドを検出),トランスサイレチン(TTR;SSAの原因タンパク)に対する免疫染色を行った.
ニホンザル5例に線維化,4例に軽度のリンパ球浸潤,AGMに線維化と軽度のリンパ球浸潤を認めた.一方,アカゲザル,カニクイザルには異常が見られなかった.全例でDFSおよびTTRは陰性だった.
昨年度も同テーマの検討を行い,両年度を合わせると,34歳のニホンザル(♀)一例のみに,TTR陽性像を認めた.AGMの検索例は1例のみで,今回の研究から頻発種か否かを判断できなかったが,同疾患が他のグループから報告され(Chambers et al 2010),頻発種である可能性が高くなった.引き続きチャンスがあれば,AGMを重点的に検索したい.ニホンザルは超高齢でないと発症しないようである.

32 見ることと知ることの関係をチンパンジーとテナガザルはどのようにして理解するのか?
井上陽一(綾部高校),井上悦子(中丹養護学校)
対応者:林美里
昨年度の共同利用研究24において,チンパンジーは簡易版非言語的誤信念課題をクリアできなかった.チンパンジーは指さし指示への反応を抑制できないために課題を通過できない可能性があるので,それを確かめる実験を行った.実験は,①検査者がチンパンジーの目の前でピーナツ片を二つのカップのどちらかに入れ,そのカップの左右を入れ替えてから,検査者がカップをタッピング指示で取らせる(タッピング指示通り取れば正解).②検査者がチンパンジーの目の前でピーナツ片を二つのカップのどちらかに入れる.次に,側にいる人が検査者に袋をかぶせて視界をさえぎり,カップの左右を入れ替えてから,その袋を取り,検査者が先に食べ物を隠した側のカップをタッピング指示し取らせる(タッピング指示の反対側が正解).実験①は6個体中5個体が通過したが,実験②では6個体中2個体しか正解しなかった.このことから,チンパンジーは直前に記憶したことより現在目の前に展開する事象を優先する傾向にあることが分かった.テナガザルでは,研究所の1個体(ツヨシ)で簡易版非言語的誤信念課題のデータをとることができた.この結果,テナガザル2個体(サツキとツヨシ)の正答率はチンパンジーより高く,保育園で実施したヒト幼児の実験結果と似ていた.テナガザルの社会的認知は,ヒトと類似した部分のある可能性があり,今後さらにデータを増やし検討していきたい.

33 霊長類の各種の組織の加齢変化
東野義之,東野勢津子,東 超,森分結実(奈良県医大・医・解剖学)
対応者:大石高生
加齢に伴う靱帯の組成変化を明らかにするために,サルの大腿骨頭靱帯の元素含量の加齢変化を研究し,ヒトのものと対比した.用いたサルはアカゲザルとニホンザルの31頭,年齢は新生児から31歳(平均年齢=10.4±10.9歳),雌雄は雄9頭と雌22頭である.靱帯を硝酸と過塩素酸を用い,加熱して灰化し,元素含量を高周波プラズマ発光分析法で定量した.
ヒトの大腿骨頭靱帯では,加齢に伴いカルシウム,イオウ,マグネシウム,亜鉛,ナトリウムの含量が変化しないが,燐含量は有意に増加し,鉄含量は逆に減少した.
一方,サルの大腿骨頭靱帯では,カルシウム,イオウ,マグネシウム,亜鉛,鉄,ナトリウムの含量が加齢に伴い有意に変化しないが,燐含量は加齢に伴い有意に減少した.ヒトとサルの大腿骨頭靱帯の間には,燐含量の加齢変化に明らかな相違が認められた.

34 兵庫県に生息するニホンザル地域個体群の生息実態調査
遠藤美香(兵庫県立大・環境人間学研究科)
対応者:半谷吾郎
本研究では,集落内に存在するニホンザルが利用可能な食物資源量が,群れの集落利用にどのように影響しているかを把握することを目的に,兵庫県篠山市で,農作物加害群の行動域および土地利用実態を把握し,集落出没時の群れの行動と集落への近接性の季節変化を明らかにした.さらに, 集落への近接性が最も高くなる時期において,林縁からどの程度の範囲(距離)までの食物資源量が群れの集落利用程度に影響を与えているかを明らかにした.その結果,群れの集落利用が,集落内の人為的な食物資源だけでなく,森林内の食物資源の利用可能性の影響を受けていることが示唆された.また,集落への近接性が最も高まる夏期において,それぞれの集落に対する群れの利用頻度と,林縁からの距離範囲で区分した食物資源量との関係性モデルを比較した結果,最もあてはまりがよいのは,林縁から30m以内の距離範囲にある食物資源量を用いたモデルとなった.以上より,少なくとも対象群に対しては,林縁から30m以内の距離範囲に存在する食物資源量(特に豆類,芋類,野菜類)を減少させることを,夏期における対策の努力目標として提案できる.

35 Comparative study of white-headed langurs (Trachipithecus leucocephalus)in Guanxi Province, Southern China (中国広西壮族自治区の白頭葉猴の比較研究)
秦大公(北京大・崇左生物多様性研究基地)
対応者:渡邊邦夫
すでに10年以上にわたって中国広西壮族自治区崇左生物多様性研究基地において観察してきたシロアタマラングールの社会構造,個体群動態,行動パターンについてのデータ解析を行った.特に今回はこの10年間に起こった4回のアルファメイルの交代にともなう子殺し現象に焦点をあて,他種における子殺しとどう異なるのかという比較を行った.その結果,シロアタマラングールの子殺しは,ハヌマンラングールで見られた子殺しと酷似しており,アルファメイルの交代後,群れ内のアカンボ全てが殺害されている.ただ生後半年を超すと殺される確率は,非常に小さくなる.この観察は,子殺しがオスの繁殖戦略の一環であることを示唆するが,本種の性差が小さいことが,母親のアカンボ防衛能力を高めていることを示すものであった.

36 広鼻猿類のマイクロウェア分析にもとづくオマキザル化石の食性復元
鵜澤和宏(東亜大・人間科学)
対応者:高井正成
ペルー北高地に所在する先史時代の神殿,クントゥル・ワシ遺跡(1800BC-50BC)から出土したシロガオオマキザル(Cebus arbifrons)について,飼育個体であった可能性が示唆されている.歯牙マイクロウェア分析と,骨の窒素・炭素安定同位体分析による食性復元を通じ,飼育の有無を検討した.歯牙マイクロウェアについては,現地調査によって採取した出土化石の検鏡を終えた.現在,野生広鼻猿類との比較を進めている.安定同位体比分析の結果は,本標本の食性は野生オマキザル類とは大きく異なり,むしろ遺跡から出土する同時期の家畜種(リャマ・テンジクネズミ)に近いことを示している.本オマキザルが一定期間飼育されていた可能性が高いことが確認された(同位体分析は米田穣准教授(東京大・新領域)らの協力による).

37 霊長類の脳の形態的および機能的性分化の特性
清水慶子(岡山理科大・理)
対応者:大石高生
本研究は「霊長類の脳の性分化には,アンドロゲンがエストロゲンに転換されずに,そのまま働き,芳香化酵素は必ずしも必要ではない」との仮説に基づき,マカクザルを用い,性ステロイドホルモン,転換酵素,さらにその受容体が,脳の形態的性分化と行動にどのように関与するかを明らかにすることを目的として行った.
Timed Mating法により作成された妊娠ザルへのホルモン曝露とその後に生まれた新生児の脳組織学的解析および実験群母子の行動観察実験を行った.その結果,これまでに,ニホンザル新生児の脳の前視床下部間質核の大きさに性差があること,妊娠初期のカニクイザルへのステロイド曝露により,新生児の前視床下部間質核の細胞群の大きさが変化することが分かった.さらに内分泌学的には,カニクイザル胎児では血中テストステロンに加えエストロゲンも一過性の高値を示すことを確認した.行動学的解析により,子ザルの位置移動や母へのしがみつき行動は,テストステロン投与母ザルから生まれた♀子ザルでは,出生直後の1-2週齢から活発に見られることが分かった.

38 大型類人猿のヒト由来疾病への反応に関する基礎研究-チンパンジーとヒトの交差感染症の長期研究-
郡山尚紀(北海道大・院・獣医)
対応者:宮部貴子
我々は霊長研のチンパンジー14頭について,ヒト由来病原体に対する抗体の有無を調べた.全63種類のウイルス,細菌,寄生虫のうち,呼吸器系の感染症を中心に37種類の病原体に対する抗体を有している事がわかった.具体的には近年野生下の大型類人猿で流行が取り沙汰されているヒトメタニューモウイルスとRSウイルスに関して全ての個体が抗体を有していた.またそれ以外に高率ではパラインフルエンザウイルス3型,アデノウイルス4,5型,コクサッキーウイルスA群7型,百日咳,ヒトヘルペスウイルス6が高率に見つかったが,これらは野生からの報告はまだない.今後こういった飼育下チンパンジーが高率に感染している病原体に関して野生下のチンパンジーが観光客などから感染する可能性がある.我々の研究は前回の2008年から続いているが,頭数,検査対照ともに増やす事ができ結果がより有益なものとなっている.また,今回の結果はヒトとチンパンジーの間で種を越えて感染が成立するメカニズムの解明に向けて重要な結果であり,今後も継続的に進めていきたい.

39 地域の環境条件に応じた猿害対策の分析
堀内史朗(明治大・研究知財・戦略機構)
対応者:半谷吾郎
全国市町村で猿害対策に従事する担当者が,どの対策が有効と考えているかを明らかにするため,現地調査および質問紙調査を実施した.
神奈川県湯河原町にて猿害の担当者の方に聞き取り調査を実施した.同町では,奥山に猿が好む植生(野猿の郷)を作り,そこに猿を誘導する対策を取っていたが,①植林範囲が狭すぎる,②植林が枯れてしまった,などの為に失敗した.現在は人に直接危害を加える猿の駆除を試みているが,保護管理計画の制約のために困難である事情を説明してくれた.
保護管理計画を策定している18府県内の250市町村を対象として郵送質問紙調査を実施した.3月31日時点で145の自治体から返送されている。有効と考えられている対策は,上から順に「捕獲・駆除」「住民の合意形成」「電気柵」,無効と考えられている対策は,上から順に「食べられにくい作物の選定」「生息地と農地のバッファー作り」「森林整備」であった.有害駆除への制約に不満を述べる返答が非常に多かった.各地の人口密度や植生,猿害の程度・歴史を踏まえた分析は,これから行う予定である.

40 ヒト以外の霊長類に変形性斜頭は存在するか
海部陽介(国立科博)
対応者:西村剛
本研究では,変形性斜頭(出生時や発育過程で生じる頭骨の歪み)は二次的晩成の進化に伴って顕現してきた,ヒト特有の現象であるとの仮説を検証することを目的とし,そのために様々な種の霊長類の頭骨に,現代人のような変形性斜頭が存在するかどうかを調査する.まず霊長類研究所にていくつかの異なる種の霊長類頭骨を吟味し,脳頭蓋の水平面内および前頭面内の非対称性と顔面の歪みを定量するため,33の計測点についてアーム式三次元計測器を用いて座標を記録することにした。次に計測誤差を抑えるため,計測時の頭骨の固定法について検討し,以下の手順で計測を行った.最初に1つの点について2回座標を記録し,誤差が0.5mm以内であればその平均値を採用するが,そうでない場合は誤差がこの範囲になるまで計測を繰り返す.平成21年度は,霊長類研究所にて,チンパンジー,ゴリラ,ニホンザル,キングコロブスのデータを採取した.今後さらに他研究機関の所蔵コレクションを対象にデータ採取を継続する予定であるが,現時点までに観察したサルの脳頭蓋には,少なくとも現代人に時折認められるような極端な変形性斜頭は見つかっていない.



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このページの問い合わせ先:京都大学霊長類研究所 自己点検評価委員会