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京都大学霊長類研究所 > 年報のページ > 2009年度 > NBR(GAIN)の活動

京都大学霊長類研究所 年報

Vol.40 2009年度の活動

ナショナルバイオリソースプロジェクト(GAIN)の活動

 本事業は,国立遺伝学研究所の主管する業務「情報発信体制の整備とプロジェクトの総合的推進」(代表:山崎由紀子)の分担課題で,「大型類人猿情報ネットワークの活動」である.事業名の略称は,英文のGreat Ape Information Network の頭文字をとってGAINという.平成21年度からは,霊長類研究所と野生動物研究センターの2部局で協力して推進している.本報告は下記の4名でまとめた:松沢哲郎:事業責任者,伊谷原一:事業分担者(副代表),落合知美:研究員,打越万喜子:教務補佐員.

委託業務の目的設定としては,以下の2つである.

I. 持続可能なバイオリソース情報システムの構築

人間の本性を理解するうえで大型類人猿の研究は極めて重要である.なぜなら,生物学上も法令上も,ヒト科は現在4属に分類(ヒト科ヒト属,ヒト科チンパンジー属,ヒト科ゴリラ属,ヒト科オランウータン属)に分類されており,ヒトを知るには,他のヒト科3属の理解が必須だからである.一方,周知の事実として,彼らは絶滅危惧種でもある.CITESによって国際的な商取引は禁止されている.血液等のサンプルの移動も困難だ.したがって,研究材料の確保・入手という点では他のモデル生物とまったく異なる状況がある.本事業の前身のNBR受託研究事業では,情報データベースを整備した結果として,死体由来・生体由来(非侵襲)資料の有効利用を可能にする基盤をつくり,飼育施設-研究者ネットワークの形成と運営に成功した.今年度は,このネットワークを一層強化し,情報データベースの構築a資料配布a研究成果還元aシステム改善という循環・持続型の体制確立をめざす.

II. 個体情報にゲノム・行動情報を付加する

国内保有の大型類人猿チンパンジー・ゴリラ・オランウータンの3種約400個体について,すでに全個体の登録と公開ができている.国立遺伝学研究所のバイオリソースに関する情報のホームページ
(http://www.shigen.nig.ac.jp/gain/)で一般に開放されている.こうしたデータベース事業を継続し補強し発展させるとともに,新規事業として,個体ごとのDNA情報・行動情報についても整備をすすめる.まず,ヒトに遺伝的に最も近く,研究需要の多いチンパンジーのものより整備をおこない,次いで,他の類人猿についても準備をする.すでに構築された個体情報データベースをゲノムと行動という新たな2つの指標でもって充実させることで,パーソナリティー研究,個人差研究などのきわめて斬新な研究の基盤を整備する.

平成21年度の事業実施内容は,下記のとおりである.

① 大型類人猿各個体のゲノム・行動情報の収集
ヒト科3属のなかで最も重要で,最も研究需要の高いチンパンジーについて,情報データベースの整備を進める.国内保有の340余個体については,すでに全個体の登録と公開ができており,それにゲノム・行動情報を新たに付加する事業をおこなう.京大の霊長類研究所の保有する1群14個体について,京大生物科学専攻グローバルCOEならびに国立遺伝学研究所と連携してゲノム情報の解析をすすめる.文部科学省科学研究費特別推進研究(課題番号20002001,責任者:松沢哲郎)でおこなっている行動の個体差研究の成果を合わせてデータベース化して公開していく.こうした個体ベースのゲノム・行動情報の収集および整備を,順次,他の類人猿でも進める.

② 飼育施設訪問による情報収集
国内の飼育施設を訪問して大型類人猿の情報収集をおこなう.本事業の中核拠点である霊長類研究所が母体となって,平成20年度に京都大学野生動物研究センターが設立された.それと同時に,寄付講座である「福祉長寿研究部門」を野生動物研究センターに移管した.この部門が中核となって,チンパンジー・サンクチュアリ・宇土(CSU)を運営している.CSUは,国内最大数のチンパンジーを保有している.この国内で最も大きなチンパンジーの個体群を保持しているCSUを基軸に,国内の動物園との協力関係を推進する.

③ 大型類人猿由来情報の保存
情報収集に由来する情報・資料を霊長類研究所と野生動物研究センターで保存する.日本の飼育チンパンジー集団の個体群動態解析をするための情報収集と体制構築を進める.

④ 大型類人猿情報提供・国際化
個体情報データベースをゲノムと行動という新たな2つの指標でもって充実させる.並行して,個体群モニタリングを継続しておこない,収集・整理した情報をホームページ上で提供する.なお,大型類人猿の情報収集のノウハウを活かして,同様に絶滅のおそれがある小型類人猿のテナガザル類についても,国内の個体情報収集をすすめる.なお,大型類人猿情報データベースを英語化し,国際的発信と貢献を推進する.

平成21年度の成果は以下のとおりである.

① 大型類人猿各個体のゲノム・行動情報の収集
個体ごとの生年月日や家系情報に加えて,DNA情報・行動情報についても整備をすすめることができた.これによって,たとえば嗅覚のような感覚遺伝子のゲノム配列等に注目した解析により,パーソナリティー研究,個人差研究などきわめて斬新な研究の発展と飛躍が期待できるようになった.ライフサイエンス研究を飛躍的に促進する体制が整いつつある.これについては,ゲノム情報の収集解析にあたった事業分担者の今井啓雄,郷康広の両氏の貢献があった.

② 飼育施設訪問による情報収集
前年度までの事業に引き続き,国内の約400個体の大型類人猿にかんする情報の収集をおこなった.チンパンジー・サンクチュアリ・宇土(CSU)を基軸に,国内の動物園との連携を強化した.具体的には,伊谷原一(CSU所長を兼任)をはじめとするCSUのスタッフと国内の3動物園(京都市動物園・名古屋市東山総合公園東山動植物園・熊本市動植物園)とで毎月あるいは隔月の定期的な連絡会議を開催して,国内チンパンジーの飼育管理についての情報交換をおこなってきた.平成21年度の実績として,CSUと6つの動物園(京都市動物園・名古屋市東山総合公園東山動植物園・よこはま市動物園ズーラシア・広島市安佐動物公園・愛媛県立とべ動物園・高知県立のいち動物園)とのあいだでチンパンジーの個体交換や移動をおこなった.移動前後の行動や生理面での変化について調査・研究をおこなった.とくにCSUは愛媛県立とべ動物園と共同して,繁殖に関する研究をおこなった.高知「のいち動物園」では,CSUから移籍したチンパンジーが双子を産んだ.類人猿では非常にめずらしい双子のチンパンジーであり,無事に育っている(右上の写真:森村成樹提供).双子の社会行動等の発達について,同園と京都大学で共同研究が開始された.すでに京都大学と京都市動物園・名古屋市東山総合公園東山動植物園・名古屋みなと振興財団名古屋港水族館・よこはま市動物園ズーラシア・林原類人猿研究センターの計5機関との間で,野生動物保全および研究のための連携に関する協定が結ばれている.今年度は,新たに熊本市動植物園と連携に関する協定を取り結んだ(平成22年1月調印).
大型類人猿由来の情報や試料を持続的に入手するためには,研究者と動物園スタッフとの間に真の信頼関係を構築する必要があり,それについては事業のはじまった当初より認識されていた.今年度はとくにこの事項について議論を深めるために,「大型類人猿情報ネットワーク(GAIN)ユーザーグループ有志の会」(GAIN-USERS)が設立された.このユーザーグループが主体となって,動物園関係者と,GAIN事業者の三者で,今後の事業の進め方について意見交換をおこなった.研究者側が研究以外の広い視点を持って,研究成果報告にとどまらないコミュニケーションを飼育施設ともつことが,今後のさらなる連携には必須という意見が出された.今後,動物園からの要請に応じて,研究者が診療・講義・教育活動などをおこなうことも提案された.

③ 大型類人猿由来情報の保存
日本の飼育チンパンジー集団の個体群動態解析をするための情報収集と体制構築を進めた.アメリカ動物園水族館協会(AZA)が使用するPoplinkでのデータベース構築と個体群解析による国内集団の将来予測を目指している.飼育施設の訪問で得た情報を元に個体データベースを修正し,飼育個体群の解析結果の信頼性を高めた.加えて,国内繁殖において遺伝的多様性を維持するよう配慮を求めるために,遺伝情報の解析に着手した.今後,チンパンジーの国内移動に際し,過去の情報を正しく引き継ぐことで由来を含む個体履歴情報の損失を防ぐとともに,移動個体の繁殖が国内集団の遺伝的多様性に及ぼす影響および近親交配の危険性などの周知徹底に努める.

④ 類人猿情報提供・国際化
個体群モニタリングにより,大型類人猿の死亡や出生に応じて適宜データベースを更新することができた.これによって,貴重な研究対象である人猿に由来する資料を研究者が利用できた.チンパンジー8件,ゴリラ1件,オランウータン1件,フクロテナガザル1件,合計11件である.

○グーグルマップの導入
平成21年度の新規事業として,グーグルマップを新たに導入して,国内大型類人猿の所在をより明確した(上図参照).ホームページ利用者への便益性を向上させることが目的だ.GAIN(落合研究員)と,国立遺伝学研究所の共同作業である.なお,第25回日本霊長類学会大会,第12回SAGAシンポジウム,第32回日本分子生物学会年会で,研究者むけに広報した.また国際エンリッチメント会議に参加して,最新の知見を『霊長類研究』に発表した.ほかに,大型類人猿の糞食行動と小型類人猿の飼育の現状についても情報収集をして,それぞれ学会で成果報告をした.

国際的発信と貢献については,GAINの活動のノウハウを供与して,アメリカのチンパンジー全個体の把握に貢献した.具体的には,リンカーン・パーク動物園のスティーブ・ロス博士がGAINと連携して,アメリカのチンパンジー全2084個体について,その所在と個体情報についてホームページで発信した(http://www.chimpcare.org/map).同様にグーグルマップを導入したシステムである.今後は日米の2か国のものに,より多くの国と地域の情報を追加する作業をすすめ,グローバルな大型類人猿の情報ネットワークの構築を目指している.そうした国際連携の一環として,京都大学霊長類研究所と野生動物研究センターは,韓国ソウル動物園と学術交流協定を結んだ(平成22年4月調印).

運営委員会などの活動は,平成21年 7月11日:大型類人猿情報ネットワークCSU検討委員会(チンパンジー・サンクチュアリ・宇土,宇土市),平成21年11月14日:大型類人猿情報ネットワーク協議会開催(到津の森遊園,北九州市),平成22年 1月23日:大型類人猿情報ネットワークCSU検討委員会(ホテルルエスト,名古屋市),平成22年 3月6日:大型類人猿情報ネットワーク利用研究者連絡会開催(国際交流会館,犬山市)である.

(文責:松沢哲郎)

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