京都大学霊長類研究所 年報
Vol.40 2009年度の活動
グローバルCOEとしての活動
A. 教育活動と基盤整備
A-1.
フィールドサイエンス,ゲノムサイエンスのカリキュラム化
半谷吾郎(生態保全),今井啓雄(遺伝子情報),正高信男(認知学習),松沢哲郎(思考言語),西村剛(系統発生),平井啓久(遺伝子情報),高井正成(系統発生),郷康広,松井淳,早川祥子,阿形清和(京大理・生物物理)
理学研究科・グローバルCOE特別講座と連携し,生物が実際に棲息する現場に触れ,生物多様性に関する理解を強化するために,屋久島フィールド科学実習を2008年度に引き続き行なった.また,屋久島フィールド科学実習に引き続き行なわれたゲノム科学実習において,フィールド科学実習で採取したサンプルからDNAを抽出・解析を行なうことで,フィールドサイエンスおよびゲノムサイエンスのカリキュラム強化を本年も行なった.
A-2.
チンパンジー遺伝子多型解析と霊長類ゲノムデータベースの構築
今井啓雄(遺伝子情報),松井淳,郷康広,早川祥子,西村理(京大・グローバルCOE),村山美穂(京大・野生動物),濱田譲(進化形態),落合知美(NBRP研究員),福富憲司(研究支援推進),半谷吾郎(生態保全),正高信男(認知学習),松沢哲郎(思考言語),西村剛(系統発生),平井啓久(遺伝子情報),高井正成(系統発生),阿形清和(京大理・生物物理)
所内で飼育しているチンパンジー14個体について,性格関連遺伝子,味覚・嗅覚関連遺伝子,染色体情報,マイクロアレイデータを個体別にデータベース化し,それと合わせて個体別の形態計測値や多数の動画情報をコンテンツとして盛り込み霊長類ゲノムデータベースとして以下のURLで公開した.
http://gcoe.biol.sci.kyoto-u.ac.jp/pgdb/index.html
A-3. 英語トレーニングコースの開催
Friendly Scientific Debate Training Course (FSDTC1)
グローバルCOEは,院生の国際化プロジェクトを推進している.これに伴い英語によるプレゼンテーションとディベートができるようにするためのトレーニング・コースFriendly
Scientific Debate Training Course (FSDTC1)をグローバルCOEプログラムの開始期より月1度のペースで開催している.2009年度も霊長類研究所からも毎回発表者1名,討論者1名が参加した.
第18回
4月23日(木) 11:30~17:00
理学研究科1号館214号室
発表者:松岡絵里子,討論者:伊藤祐康
Social Relationships Between Immatures and Adult Males in
Japanese Macaques
第19回
5月14日(木)11:30~17:00
理学研究科1号館214号室
発表者:伊藤祐康,討論者:伊藤毅
How do Japanese solve the multiplication table?
- Is the Japanese multiplication table (kuku) like a song?
第20回
6月11日(木)11:30~17:00
理学研究科1号館214号室
発表者:伊藤毅,討論者:澤田晶子
Morphological study of the cranium of a fossil macaque from
the Late Pleistocene deposit of northern Vietnam
第21回
7月9日(木)11:30~17:00
理学研究科1号館214号室
発表者:兼子峰明,討論者:狩野文浩
The perception of Self-agency in Chimpanzees
第22回
8月20日(木)11:30~17:00
理学研究科1号館214号室
発表者:狩野文浩,討論者:禰占雅史
How chimpanzees look at faces
第23回
9月10日(木)11:30~17:00
理学部1号館2階214
発表者:禰占雅史,討論者:兼子峰明
Interactions between short-term memory and long-term memory
in behavioral decision-making
第25回
11月12日(木)11:00~15:30
理学部1号館2階214
発表者:三浦優生,討論者:澤田玲子
Processing of speech prosody in children with autism
spectrum disorders: An eye-tracking study
第27回
1月14日(木)11:30~17:00
理学部1号館2階214
発表者:平井大地,討論者:佐藤義明
Context-dependent representation of reward in monkey
amygdala
第28回
2月10日(木) 13:00~17:00
理学部1号館2階214
発表者:Zin Maung Maung Thein,討論者:福島美和
Paleoenvironmental Analysis of the Chaingzauk Mammalian
Fauna (Late Neogene, Myanmar) Using Stable Isotopes of Tooth
Enamel
第29回
3月11日(木)11:30~17:00
理学部1号館2階214
発表者:福島美和,討論者:川合静
How can cognitive and learning science contribute to
implementing e-learning in Japanese schools?
Focused Scientific Debate Training Course (FSDTC2)
犬山の霊長類研究所から京都で開催されるFSDTC1に院生が毎回参加することは容易ではないため,2008年度よりFocused
English Debate Training Course(FSDTC2)を霊長類研究所大会議室にて開催している.2009年度は発表する学生の希望に応じてポスター形式または口頭発表形式を採用した.さらに第0回FSDTC2と称して所外より名古屋工業大学の神取先生をお招きし特別セミナーを開催した.
第0回(特別セミナー)
6月3日16:00~17:30
神取 秀樹(名古屋工業大学教授)
「英語によるプレゼンテーションおよび英語論文の書き方」
第1回
6月24日15:00~17:00
鴻池菜保
Rhythm learning in the monkey
第2回
9月30日15:00~17:00
狩野文浩
How do chimpanzees look at faces?
三浦優生
Online processing of speech prosody in children with autism
spectrum disorders: An eye-tracking study
第3回
10月28日15:00~17:00
兼子峰明
The perception of self-agency in chimpanzees
佐藤義明
Manual laterality in substrate use in apelloid capuchin
monkeys (Cebus sp.)
第4回
12月9日15:00~17:00
小野敬治
Temporal characteristics of shifts of attention:The
representation of a priority map in LIP
禰占雅史
Memory mechanisms at the behavioral decision making
伊藤祐康
What is Japanese dyslexia? : Studies for making screening
test of Dyslexia
第5回
2月24日15:00~17:00
鄕もえ
Ranging behaviors in mixed-species associations of blue
monkeys and red-tailed monkeys in the Kalinzu Forest, Uganda
小倉匡俊
Environmental enrichment as scientific research - Movie
presentation to single-caged Japanese macaques (Macaca
fuscata) -
平井大地
Context-dependent representation of reward in monkey
amygdala
B. 研究活動
B-1.
霊長類ゲノム配列を用いた嗅覚受容体遺伝子の比較解析
松井淳,郷康広,新村芳人(東京医科歯科大)
嗅覚受容は,嗅覚受容体が環境中のにおい物質を分子認識することにより開始される.霊長目の進化の過程で,色覚の発達と引き換えに嗅覚の相対的な重要性が低下し,嗅覚受容体遺伝子が失われたとする仮説がある.我々は様々な霊長類のゲノムデータから全嗅覚受容体遺伝子を網羅的に同定し比較解析した.狭鼻猿類の系統で機能遺伝子は徐々に失われており,三色色覚の獲得によって嗅覚受容体遺伝子が急激に失われていないことが示された.
B-2. 霊長類における味覚受容体の多型解析
菅原亨(遺伝子情報),鈴木南美(遺伝子情報),早川卓志(遺伝子情報),郷康広,松井淳,鵜殿俊史(チンパンジーサンクチュアリ宇土),森村成樹(チンパンジーサンクチュアリ宇土),友永雅己(思考言語),今井啓雄(遺伝子情報),平井啓久(遺伝子情報)
苦味は毒性物質の摂取を防ぐために重要な役割を果たしている.ヒトでは味覚に個体差があることが知られており,その要因の一部は苦味受容体遺伝子遺伝子群(T2Rs)の多型であることが明らかにされている.しかし,ヒト以外の霊長類では苦味の個体差と遺伝子の多型・多様性との関係について,ほとんど調べられていない.本研究では,チンパンジーやニホンザル・アカゲザルなどの霊長類においてT2R遺伝子群の種内多型を解析し,T2R遺伝子群の進化から味覚機能の進化や摂食行動との関連性を考察した.
B-3.
チンパンジーの比較ゲノム・比較トランスクリプトーム解析
郷康広,豊田敦(遺伝研),藤山秋佐夫(遺伝研),小原雄治(遺伝研),黒木陽子(理研),平井啓久(遺伝子情報),友永雅己(思考言語),松沢哲郎(思考言語),西村理(京大理・グローバルCOE),阿形清和(京大理・生物物理)
ヒトの進化を考える上で,最も近縁種であるチンパンジーのゲノム解析およびトランスクリプトーム解析は必須である.今年度は,霊長類研究所の親子トリオから白血球細胞を抽出し,RNAを精製した後,イルミナ社の次世代シーケンサーによる発現定量化を行なった.また国立遺伝学研究所との共同研究により親子トリオの全ゲノム解析をすすめており,1個体に関しては,全ゲノム解析がほぼ終了した.
B-4.
特殊な環境に適応したほ乳類の嗅覚受容体遺伝子群の適応進化
郷康広,新村芳人(東京医科歯科大),颯田葉子(総研大),久野香(総研大),高畑尚之(総研大)
進化の過程で特殊な環境に適応した生物には,その環境に応じた表現型の特殊化がしばしば観察される.この特殊化に際して起きる分子レベルの変化を探るために,海棲適応もしくは飛翔能力を獲得したほ乳類における嗅覚受容体遺伝子の適応進化の過程を調べた.その結果,同程度に海棲適応しているクジラ類においても歯クジラ亜目(イルカなど)と髭クジラ亜目(ミンククジラなど)の間に嗅覚受容体遺伝子の適応過程に差が認められた.
B-5.
イルカの苦味受容体遺伝子のゲノム解析
郷康広,浅川修一(東京大),清水厚志(慶応大),佐々木貴史(慶応大),清水信義(慶応大)
海棲適応したイルカ類(ハンドウイルカ)における味覚受容体遺伝子の遺伝子進化を調べるために,イルカBACライブラリーよりT2R遺伝子群が存在するBACクローンを同定し,配列解析を行なった.また,同時に解析が進行している全ゲノム配列を利用したin
silico解析も行い,実験で得たデータと比較を行なった.その結果,実験およびin
silicoで同定した配列すべてが機能を喪失(偽遺伝子化)しており,遺伝子数自体も他のほ乳類に比べて少なかった.また,甘味・うま味遺伝子やその他の味覚関連遺伝子に関してゲノム配列より同定・解析を行なったところ,ほとんどの味覚関連遺伝子が著しく退化していることが分かった.
B-6.
ショウジョウバエにおける比較トランスクリプトーム解析
郷康広,Pierre Fontanillas(Harvard大),Daniel
Hartl(Harvard大)
種や性における表現型の違いを生み出すRNA(トランスクリプト)レベルでの機構を調べるために,エクソン特異的なマイクロアレイを作成し,キイロショウジョウバエ(Drosophila
melanogaster)とその近縁2種における遺伝子発現変化を調べた.その結果,調べた遺伝子の約半数(~6,550)において,オスかメスかどちらかに偏った遺伝子発現パターンを示した.さらに発現の多様化をゲノムワイドに解析したところ,その多様化は種間の違いよりも異なる性の間において,より顕著であった.遺伝子発現の可塑性を規定するゲノム要因を調べたところ,エクソンの長さやイントロンの長さと負の相関,mRNAの絶対発現量とは正の相関,また種間においてはプロモーター領域に存在するTATAボックス配列の有無と正の相関を示した.
B-7. ニホンザルの性格と神経伝達物質
早川祥子,正高信男(認知学習),川合伸幸(名古屋大学)
遺伝子の差がどの程度個体の行動に関与するのかを調べることは非常に興味深い.本研究はニホンザルを対象に遺伝子と行動との関係を明らかにすることを目的とする.京都大学霊長類研究所のニホンザルから血液サンプルを抽出し,PCR法でDNAを増幅した後,ターゲットとなる特定DNA領域のシークエンスの読み取りを行った.この結果セロトニントランスポータのプロモーター領域に関しては,全個体がアカゲザルのL型に相同な配列であり長短の多型はなかったが,3か所に一塩基置換多型(SNP)が見つかった.モノアミン酸化酵素A遺伝子には繰り返し配列が認められ,7回,6回,5回の多型が確認できた他,5か所のSNPも見つかった.またセロトニン遺伝子の周辺にある非翻訳領域においても少なくとも5か所のSNPが見つかった.こうした多型が見つかったことは,ニホンザルにおいてもDNAの変異がある程度行動の個体差を説明できる可能性があることを示している.
B-8. テナガザルの音声発達における研究
早川祥子,正高信男(認知学習),香田啓貴(認知学習),Alan
Mootnick (Gibbon Conservation Center)
テナガザルはその多くがオスメスのペアを構成し遊動域を防衛している.彼らはオスとメスがそれぞれのパートを交互に歌うデュエットを行うことでよく知られており,特にメスの歌うグレートコールは種特異的である.このデュエットは遊動域の防衛行動でありさらにはオスメスの結びつきを強固にするなどの効果があると考えられているがその発達に関する研究は行われてこなかった.本研究はオスメスそれぞれの子供の音声と行動を3年間に渡りシステマティックに記録したほか,ホルモンを測定するために糞を定期的に採集した.
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