京都大学霊長類研究所 年報
Vol.40 2009年度の活動
III 研究活動
分子生理研究部門
遺伝子情報分野
平井啓久(教授),今井啓雄(准教授),中村伸(助教),平井百合子(技能補佐員),光永総子(研究員(厚生科研)),松井淳(研究員(グローバルCOE)),上岩美幸(教務補佐員),永友寛一郎,(受託研究員),鈴木南美,田中美希子(大学院生)
<研究概要>
A)
遺伝子以外のゲノムがもたらす生物の進化
平井啓久,古賀章彦(ゲノム多様性),平井百合子
転移性反復配列複合体構造(RCRO)のゲノム内分布を解析し,その進化的意義付けと分散機構の仮説を提唱した.染色体端部にRCROが多く存在するメカニズムとして,異所性組み換えによって非相同の染色体から染色体へ移動するという,仮説を提唱した.一回の削り取りで染色体彩色プローブを作成する技術を確立し,ヒト染色体7q31領域の進化的外観をヒト上科霊長類において解析した.
B) テナガザル類の多様性と系統生物地理学
平井啓久,宮部貴子(人類進化モデル研究センター),香田啓貴(認知学習),松井淳(グローバルCOE研究員),Pamungkas
J (ボゴール農科大学),Boripat S, Baichroen S
(タイ動物園協会),Islam A(ダッカ大学),Jahan
I(バングラデシュ野生生物保護協会),平井百合子
Hylobates属とNomascus属の属間雑種の遺伝的および形態学的解析を行った.野生Hylobates
agilisから得られたヘリコバクター細菌のrDNAの配列解析と系統分析を行った.シロマユテナガザルの染色体解析を行った.チンパンジー第6(ヒト7)および12(ヒト2a)染色体の彩色プローブを作成し,テナガザル類の染色体分化を解析した.
C) チンパンジー苦味受容体の多型解析
菅原亨,早川卓志(京都大学理学部),郷康広(グローバルCOE),鵜殿俊史,森村成樹(以上,チンパンジーサンクチュアリ宇土),友永雅己(思考言語),平井啓久,今井啓雄
苦味は植物等に含まれる毒性物質の摂取を防ぐために重要な役割を果たしているが,一方で生体機能に重要な成分の認識にも関わる.ヒトでは苦味受容体T2R遺伝子に個人差が多く,味覚の個人差の原因の一つとなっていることが報告されているが,進化的・生態的な意義は不明である.本研究では,国内施設飼育チンパンジーを対象にT2R遺伝子群の種内多型を解析した.その結果,チンパンジーでもT2R遺伝子群多くの個体差を同定したが,その頻度は非遺伝子領域と同等であった.個々の遺伝子型と生態・行動学的な知見の比較により,進化的・生態的な意義を見いだすことを試みている.
D) マカク類の苦味受容体の多型解析
鈴木南美,菅原亨,松井淳,郷康広(グローバルCOE),平井啓久,今井啓雄
研究所内で飼育しているニホンザル,アカゲザルについて苦味受容体T2Rの遺伝子多系解析を行った.特にヒトやチンパンジーで個人差が報告されているT2R38について多くの遺伝子多型が発見され,ある群では機能欠損されていることが示唆された.表現型としての評価を行うため,Caイメージング法による発現蛋白質の分子レベルの解析と並行して,苦味物質PTCを含むリンゴ片を用いた行動実験を行った.その結果,機能欠損されていると思われるT2R38をホモで持つ個体はPTCの苦味を識別できないことが示された.このような個体は今後味覚情報伝達機構の研究モデルとして有効であると期待される.
E) 光受容蛋白質の進化的研究
菅原亨,寺井洋平,宮城竜太郎,二階堂雅史,岡田典弘(以上,東京工業大学),今元泰(京都大学大学院理学研究科),今井啓雄
カワスズメ科魚類シクリッドの視覚光受容蛋白質の比較機能解析を行った.ロドプシンに広く保存されているアミノ酸残基の変異(D83N)が中間体の反応速度を変化させ,生息環境特異的な細胞応答を引き起こす可能性を示唆した.また,その他の錐体光受容蛋白質についても,培養細胞系で発現した蛋白質を用いてアミノ酸残基による吸収波長帯の変化を計測した.
F) 光受容蛋白質の分子化学的研究
片山耕大,古谷祐詞,神取秀樹(以上,名古屋工業大学),今井啓雄
HEK293培養細胞を用いてカニクイザル赤色・緑色感受性光受容蛋白質を大量に発現させ,フーリエ変換赤外分光法により光吸収に伴う分子内の構造変化を観測した.両者の一次構造は15残基しか違わないため,発色団の構造変化に大きな差はなかったが,蛋白質のペプチド結合の構造変化に伴う信号には差異が観測された.今後はこの信号の由来となる部位の同定を行う予定である.
G) 嗅覚受容体の多型解析
郷康広(グローバルCOE),松井淳,早川卓志(京都大学理学部),友永雅己(思考言語),菅原亨,鈴木南美,平井啓久,今井啓雄
チンパンジーとマーモセットについて嗅覚受容体の遺伝子多型解析を開始した.それぞれの種に特異的な遺伝子について多型解析を行うと共に,個体ごとに異なる反応性を持っていると思われるにおいについては行動レベルでの差があるかどうか検討した.
H)
霊長類機能遺伝子の網羅的発現プロファイルに関する研究
中村伸,光永総子
霊長類の機能ゲノム特性を明らかにする一環として,健常および病態の胎仔・新生仔・成熟・加齢個体における主要機能遺伝子の発現プロファイルを,DNAチップおよび
Real Time RT-PCRで継続展開している.
I) 霊長類でのゲノムバイオメディカル研究
中村伸,光永総子,上岩美幸
サルモデルを活用した以下のバイオメディカル研究を継続している.
i) 腸内細菌叢(12種の腸内細菌)の動態について糞便試料を用いたゲノム解析法を確立し,医薬品・漢方・機能性食品の新たな評価系として検討している.
ii) 母体血流中に存在する微量胎仔DNAに着目した,Nested
PCRでの胎仔雌雄判別法を確立し,下記の研究に活用した.
J) DEPなどナノマテリアルの生体影響に関する研究
中村伸・光永総子,上岩美幸,永友寛一郎(受託研究員),武田健(東京理科大学・薬学部),菅又昌雄(栃木臨床病理研究所)
厚生労働科研費を得て,ナノ物質(DEP,
カーボンブラック,TiO2, 酸化亜鉛)の胎仔・新生仔への影響・リスクについて,RNA
ゲノミックスを軸にした評価系の確立を進めている.
K)
サルBウイルスおよび関連ヘルペスウイルスに関する研究
光永総子,中村伸,リチャード・エバリー(オクラホマ大)
BV-gDのC末ペプチドを用いたELISA法を確立して,BV特異的血清診断法としての有用性について検討している.
<研究業績>
原著論文
1) Berriman M, Haas BJ, LoVerde PT, Wilson RA, Dillon GP,
Cerqueira GC, Mashiyama ST, Al-Lazikani B, Andrade LF,
Ashton PD, Aslett MA, Bartholomeu DC, Blandin G, Caffrey CR,
Coghlan A, Coulson R, Day TA, Delcher A, DeMarco R, Djikeng
A, Eyre T, Gamble JA, Ghedin E, Gu Y, Hertz-Fowler C, Hirai
H, Hirai Y (2009) The genome of the blood flukes Schistosoma
mansoni. Nature 460:352-358.
2) Criscione CD, Valentim CLL, Hirai H, LoVerde PT,
Anderson TJC. (2009) Genomic linkage map of the human blood
fluke Schistosoma mansoni. Genome Biology 10:R71.
3) Mitsunaga F, Ueiwa M, Kamanaka Y, Morimoto M, Nakamura
S (2009) Fetal sex determination of macaque monkeys by a
nested PCR using maternal plasma. Exp. Anim. 59:255-260.
4) Yamate J, Izawa T, Kuwamura M, Mitsunaga F, Nakamura S
(2009) Vasoformative disorder, resembling littoral cell
angioma, of the spleen in a geriatric Japanese Macaque (Macaca
fuscata). Vet. Pathol 46:520-525.
5) Katayama K, Furutani Y, Imai H, Kandori H (2010) An
FTIR study of monkey green- and red-sensitive visual
pigments. Angewandte Chemie 49:891-894.
6) Matsuyama T, Yamashita T, Imai H, Shichida Y (2010)
Covalent bond between ligand and receptor required for
efficient activation in rhodopsin J. Biol. Chem
285:8114-8121.
7) Sugawara T, Imai H, Nikaido M, Imamoto Y, Okada N
(2010) ertebrate rhodopsin adaptation to dim light via rapid
Meta-II intermediate formation. Mol. Biol. Evol 27:506-519.
総説
1) Hirai H, Hayano A, Tanaka H, Mootnick AR, Wijayanto H,
Perwitasari-Farajallah D (2009) Genetic differentiation of
agile gibbons between Sumatra and Kalimantan in Indonesia.
In The Gibbons: New perspectives on small ape socioecology
and population biology (S Lappan, D Whittaker eds)
Springer:37-49.
2) 平井啓久 (2009)
霊長類の適応進化をゲノムから探る
研究をささえるモデル生物学(吉川寛,堀寛編
化学同人) :22-24.
著書(分担執筆)
1) Hirai H, Hayano A, Tanaka H, Mootnick AR, Wijayanto H,
Perwitasari-Farajallah D. (2009) Genetic differentiation of
agile gibbons between Sumatra and Kalimantan in Indonesia.
(The Gibbons: New perspectives on small ape socioecology and
population biology) (ed. S Lappan, D Whittaker.) p.37-49
Springer.
2) 平井啓久 (2009)
サルの毛色の違いはどうして起きるの?
「新しい霊長類学」 (京都大学霊長類研究所編)
p.330-334 講談社ブルーバックス.
3) 平井啓久 (2009)
ヒトとサルの染色体はどう違うの?
「新しい霊長類学」 (京都大学霊長類研究所編)
p.313-317 講談社ブルーバックス.
4) 今井啓雄 (2009)
霊長類の味覚にゲノムから挑む.
「生き物たちのつづれ織り」第二巻」 (高瀬桃子,
村角智恵編) p.43-46 京都大学グローバルCOEプログラム.
5) 今井啓雄, 松井淳 (2009)
サルでもフェロモンは感じるの?
「新しい霊長類学」 (京都大学霊長類研究所編)
p.326-330 講談社ブルーバックス.
6) 今井啓雄, 松井淳 (2009)
視覚・嗅覚はサルとヒトでどう違う?
「新しい霊長類学」 (京都大学霊長類研究所編)
p.323-326 講談社ブルーバックス.
7) 光永総子, 中村伸 (2009) サルのB-ウイルスって何?
「新しい霊長類学」 (京都大学霊長類研究所編)
p.250-254 講談社ブルーバックス.
8) 中村伸 (2009) サルにも花粉症はあるの?
「新しい霊長類学」 (京都大学霊長類研究所編)
p.230-243 講談社ブルーバックス.
学会発表
1) Suzuki N, Sugawara T, Matsui A, Go Y, Hirai H, Imai H
(2009) Polymorphism in the bitter taste receptor gene of
Japanese and rhesus macaques. The 3rd International
Symposium of the Biodiversity and Evolution Global COE
project (2009/07, Kyoto).
2) 今井啓雄, 菅原亨, 郷康広, 松井淳,
西村理, 井上英治, 村山美穂, 平井啓久,
阿形清和, 松沢哲郎 (2009)
霊長類感覚受容体の遺伝子多型解析とデータベースの構築.
第32回日本神経科学大会 (2009/09, 名古屋).
3) 今井啓雄, 鈴木南美, 菅原亨, 松井淳,
郷康広, 平井啓久 (2009)
霊長類苦味受容体の遺伝子多型解析. 第7回国際シンポジウム「味覚嗅覚の分子神経機構」
(2009/11, 福岡).
4) 今井啓雄, 鈴木南美, 菅原亨, 松井淳,
郷康広, 平井啓久 (2009)
霊長類苦味受容体の遺伝子多型解析.
日本味と匂学会第43回大会 (2009/09, 旭川).
5) 今井啓雄, 鈴木南美, 菅原亨, 松井淳,
郷康広, 平井啓久 (2009)
霊長類苦味受容体の遺伝子多型解析. 第25回日本霊長類学会大会
(2009/07, 各務原).
6) 片山耕大, 古谷祐詞, 今井啓雄, 神取秀樹
(2009)
低温赤外分光解析による霊長類色覚視物質の研究.
平成20年度生物物理学会中部支部講演会
(2009/03, 名古屋).
7) 片山耕大, 古谷祐詞, 今井啓雄, 神取秀樹
(2009) 霊長類色覚視物質の赤外分光解析. 第3回分子科学討論会
(2009/09, 名古屋).
8) 片山耕大, 古谷祐詞, 今井啓雄, 神取秀樹
(2009) 霊長類色覚視物質の赤外分光解析. 第47回日本生物物理学会年会
(2009/11, 徳島).
9) 片山耕大, 古谷祐詞, 今井啓雄, 神取秀樹
(2009) 霊長類色覚視物質の赤外分光解析. 第49回生物物理若手の会夏の学校
(2009/08, 千歳).
10) Katayama K, Furutani Y, Imai H, Kandori H (2009) An
FTIR study of monkey green- and red-sensitive visual
pigments. Horiba-ISSP International Symposium (ISSP-11) on
"Hydrogen and Water in Condensed Matter Physics"
(2009/10, Chiba).
11) 松浦司郎, 田中英之, 中村伸 (2009) Tissue
factor(CD142)の高感度ELISAの構築と応用.. 32回日本血栓止血学会
(2009/06, 北九州).
12) 光永総子, 中村伸, 上岩美幸, 林隆志
(2009) 細菌DNAリアルタイムPCR法を用いた霊長類腸内細菌叢プロファイリング.
第56回日本実験動物学会 (2009/05, 東京).
13) 宗近功, 田中洋之, 田中美希子, 川本芳
(2009) DNA解析から得られた飼育下クロキツネザルの血縁構造に関する知見.
第25回日本霊長類学会大会 (2009/07, 各務原).
14) 中村伸, 光永総子, 後藤博三 (2009)
当帰芍薬散の効果:サルモデルでのゲノミクス評価試験.
第12回日本補完代替医療学会 (2009/11, 高野山).
15) 鈴木南美, 菅原亨, 松井淳, 郷康広,
平井啓久, 今井啓雄 (2009)
ニホンザル・アカゲザルにおける苦味受容体遺伝子T2R38の多型解析.
第25回日本霊長類学会 (2009/07, 各務原).
16) 鈴木南美, 菅原亨, 松井淳, 郷康広,
平井啓久, 今井啓雄 (2009)
ニホンザルにおける苦味受容体遺伝T2R38の変異と苦味受容機能との関連.
第12回 SAGA シンポジウム (2009/11, 福岡).
17) 鈴木南美, 菅原亨, 松井淳, 郷康広,
平井啓久, 今井啓雄 (2009)
霊長類苦味受容体の多型解析. 第47回日本生物物理学会年会
(2009/11, 徳島).
18) 竹中晃子, 竹中修, 釜中慶朗, 猪飼弘子,
景山 節, 寺尾恵治, 中村伸, 光永総子 (2009)
家族性高コレステロール血症のアカゲザル家系に見出されたLDLレセプター(Cys61Tyr)変異.
第56回日本実験動物学会 (2009/05, 東京).
19) 田中美希子, 田中洋之, 平井啓久 (2009)
チャイロキツネザル種間雑種個体群の遺伝分析.
第56回日本生態学会大会 (2009/03, 岩手).
20) 田中美希子, 田中洋之, 平井啓久 (2009)
チャイロキツネザル種間雑種集団の遺伝構造.
第25回日本霊長類学会大会 (2009/07, 各務原).
21) Imai H (2010) Sensory receptors as a model system of
post-genome primatology.
生物多様性国際会議「霊長類のゲノム多様性研究」
(2010/03, 犬山).
22) Nakamura S, Mitsunaga F, Goto H (2010) Genomics study
on action of an oriental medicine, TokiShakuyaku, using
monkey model. The 15th ICOM Congress (2010/02, Chiba).
23) 今井啓雄 (2010)
霊長類苦味受容体から何がわかるか.
分子研研究会
「拡がるロドプシンの仲間から"何がわかるか""何をもたらすか"」
(2010/03, 岡崎).
24)
片山耕大,古谷祐詞,今井啓雄,神取秀樹
(2010) 霊長類色覚視物質の赤外分光解析?高次π空間の創発と機能開発.
第三回公開シンポジウム講演 (2010/03, 名古屋).
25)
片山耕大,古谷祐詞,今井啓雄,神取秀樹
(2010) 霊長類色覚視物質の赤外分光解析.
生物物理学会中部支部講演会 (2010/03, 岡崎.
26)
片山耕大,古谷祐詞,今井啓雄,神取秀樹
(2010) 霊長類色覚視物質の赤外分光解析.
分子研研究会
「拡がるロドプシンの仲間から"何がわかるか""何をもたらすか"」
(2010/03, 岡崎).
27) 菅原亨, 郷康広, 鵜殿俊史, 森村成樹,
友永雅己, 平井啓久, 今井啓雄 (2010)
苦味受容体の多様性探索. 分子研研究会
「拡がるロドプシンの仲間から"何がわかるか""何をもたらすか"」
(2010/03, 岡崎).
28) 鈴木南美, 菅原亨, 松井淳, 郷康広,
平井啓久, 今井啓雄 (2010)
受容体の多型解析による味覚変異ニホンザルの発見..
分子研研究会
「拡がるロドプシンの仲間から"何がわかるか""何をもたらすか"」
(2010/03, 岡崎).
講演
1) 平井啓久 (2009) 霊長類進化の科学
日本薬学会
遺伝子以外のゲノムがもたらす生物の進化,霊長類の概説と研究内容の紹介.
2) 中村伸 (2009/10) 機能性食品・キクイモ/イヌリン:サルモデルでの作用評価および今後の展望.
機能性食品講演会 阿智村.
↑このページの先頭に戻る
|