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平成27(2015)年度頭脳循環プログラム報告


派遣研究者:坂巻哲也
研究内容:社会機能の研究

社会機能の研究

 人間の行動はきわめて多様性に富み、様々な状況に応じて柔軟に機能を調整する多能性に富んでいる。こういった能力は、自分のおかれた状況を判断して行動を変化させる認知・学習能力と、そうして獲得した行動パターンを集団の中で伝えていく文化によって支えられている。このような認知・学習能力と文化的行動については、ヒト以外の霊長類にもその萌芽が認められることが日本の霊長類研究によって明らかにされ、とくにチンパンジーについて、飼育下・野生下で様々な研究が行われてきた。しかし、チンパンジーと同等にヒトと近縁なボノボについては、研究が遅れている。これは、飼育下に置かれたボノボの数が少ないこと、ボノボが生息する唯一の国であるコンゴ民主共和国(旧ザイール)が長らく政治的に不安定な状況にあり、詳しい行動観察ができる長期調査地が少ないことによる。

 本研究の調査地の一つ、コンゴ民主共和国のワンバは、1973年以来、日本人研究者が調査を継続してきた調査地である。もう一つの調査地であるイヨンジは、ワンバとはルオー川を挟んだ対岸にあり、コンゴ、ケニア、日本の共同研究プロジェクトの成果が実り、2012年にあらたな保護区となった地域である。これにより、きわめてよく似た環境にありながら、間にあるルオー川のためにボノボ個体の交流がないワンバとイヨンジの二つの調査地で、行動の変異に関する研究を行なう下地ができた。

 本研究では、チンパンジーで培われた研究成果を基盤に、ワンバとイヨンジのボノボ集団の調査を行ない、両調査地のボノボの行動比較から、行動の地域変異について明らかにすることを目的とする。行動の地域変異が存在する場合、それが環境の違いによるものか、必ずしも環境の違いでは説明できない文化と呼び得るものか、また遺伝的差異との関連はあるか、について、経験的データに基づいた検証を行なう。

派遣先機関の概要:

 コンゴ科学研究省の生態森林研究センターは、ワンバ地区を含むルオー学術保護区の管理・運営主体である。また、ワンバ地区を中心に日本人研究者と共同研究を継続してきたカウンター・パートナーである。同センターの科学部長Mulavwa博士は、1970年代よりワンバ地区で日本人研究者と共同で、ボノボの生態に関する研究を進めている。

 コンゴ民主共和国のキンシャサ大学では、近年霊長類の研究に対する関心が高まっており、同大学のBekeli教授は同理学部内に霊長類研究センターを立ち上げ、フィールドワークを中心とする霊長類研究プロジェクトを進めるにあたって、大学院生の指導に着手している。

 コンゴ科学研究省生態森林研究センター、およびキンシャサ大学は、京都大学と部局間協力協定を締結しており、フィールド調査を中心とする研究を共同で推進してきた機関である。

海外派遣・研究プロジェクトの概要:

 2013年末にコンゴ民主共和国首都のキンシャサに入り、2014年1月の一か月間、キンシャサ大学理学部で、大学院生を対象に霊長類学の講義を行なった。おもに霊長類の多様な社会をテーマに講義を展開した。霊長類学の視座からの一つの人間理解について、聴講者から新鮮な関心を抱いたとの感想をいただいた。

 集中講義は、2016年2月にも同じキンシャサ大学理学部で行なった。講義の中の一日は、講義を履修した大学院生を連れて、キンシャサ近郊にあるボノボのリハビリテーションセンター、「ボノボの天国(Lola ya Bonobo)」(ペットや売買対象として人間の元にあったボノボを引き取って世話し、最終的には自然な森に戻すことを目指す施設)を訪れ、実際に生きるボノボを観察しながら、ボノボの社会や行動、ボノボ生息地の攪乱といった問題について話をした。


[写真1]キンシャサ大学理学部の講義室の様子


[写真2]キンシャサ近郊の「ボノボの天国」、係の人がボノボに食べ物を与える場面


[写真3]「ボノボの天国」でボノボを観察するキンシャサ大学の学生たち、一番左は同理学部のマレカーニ教授

 2014年2月には、キンシャサ大学理学部の大学院生とコンゴ生態森林研究センターの研究員を同行し、ボノボ生息地であるコンゴ森林に陸路で入り、ワンバとイヨンジの二つの調査地で現地調査を開始した。はじめの一か月は調査方法とデータ収集等の実習を行なった。現地調査のはじめは、森での生活や地元の人との付き合い方に慣れてもらうことが大きな目的となった。一方で、4月から共同研究のデータ収集も開始した。


[写真4]コンゴ生態森林センターとキンシャサ大学の研究員らと調査地へ向かう舟旅の様子

 これまでの調査から、両地域のボノボの、とくに狩猟・肉食に関する行動変異に焦点が当てられた。長期調査を継続しているワンバでは、個体識別された調査対象集団の行動観察を継続している。ワンバのボノボは、ウロコオリスのみを狩猟対象とし、肉食の頻度は一集団につき一年にせいぜい数回と極めて低い。イヨンジのボノボは、2010年に集中的な人づけを開始した集団が調査対象で、観察条件はワンバに劣り、肉食の頻度をワンバと同じように比較するデータは得られていない。一方で、少なくともダイカー類の数種と一部のサル類がボノボにより捕食された証拠が積み重ねられてきた。これらの結果は、両地域のボノボが、狩猟・肉食について異なる習慣を持つことを示唆している。

 ワンバとイヨンジの両地域で、中型・大型哺乳類の生息密度を比較するためのセンサスを行なった。方法は二つで、センサス・ルートをゆっくり静かに歩き、動物との遭遇頻度を調べる方法と、自動撮影装置付きのトラッピング・カメラに動物が映る頻度を調べる方法である。前者は、昼行性のサル類を調べるのに有効であった。後者は、地上性の動物を調べるのに有効で、夜に活動する動物を記録することもできた。他の調査地で報告されている、ボノボの狩猟対象となり得る哺乳類として、樹上性のサルと地上性のダイカーの仲間が挙げられる。これらについて、全般的にはイヨンジの方がワンバより密度が高いという結果が得られた。人間活動による森林の攪乱は、村人の定住する集落がボノボの遊動域の中に位置しているワンバの方が、集落から離れたところに調査地があるイヨンジより、大きいことが分かっている。これらの結果から、ボノボの生息環境、とくに特定の動物との遭遇頻度が、何かしらの形で狩猟対象の新たな革新、あるいは地域特異的な行動の普及、そのような行動の世代間の伝播に関係していることが示唆された。これらの結果は、Sakamaki et al. (2016: Primates, DOI 10.1007/s10329-016-0529-z) として公表された。


[写真5]ワンバの森でトラッピング・カメラを設置するコンゴ生態森林研究センターの研究員


[写真6]トラッピング・カメラに映ったAllen’s Swamp Monkey(Allenopithecus nigroviridis、現地名エレンガ)。季節的に浸水する川辺の森林を主な生息地とし、地上を頻繁に利用する。ボノボの追跡観察中には、なかなか見ることができないサルである。

 イヨンジでは、ボノボの人づけと個体識別を継続的に進め、行動観察を行なうとともに、糞分析による採食品目と内部寄生虫、ベッド集団サイズの調査を行なった。また、気温降水量の記録、DNA分析用のサンプル採取、果実の実りの季節変化を知るための落下果実センサスを行なった。とくにボノボの糞の中から見つかった、葉の飲み込み行動に使われた葉については、キンシャサ大学理学部のMaloueki氏が調査・分析を継続している。イヨンジのベッド集団サイズに関するデータからは、同じ晩に作られたベッド集団が空間的にどれくらい広がっているかについて分析を行ない、Maloueki氏と現在投稿論文を準備中である。


[写真7]イヨンジの調査基地に夕刻戻り、植物標本を作製するキンシャサ大学理学部のMaloueki氏(手前)と森の植物に詳しい現地調査助手のNkoy Nkoy(奥)

(具体的な成果)

発表論文:

Sakamaki T, Maloueki U, Bakaa B, Bongoli L, Kasalevo P, Terada S, Furuichi T (2016) Mammals consumed by bonobos (Pan paniscus): new data from the Iyondji forest, Tshuapa, Democratic Republic of the Congo. Primates, DOI 10.1007/s10329-016-0529-z

Kalousová B, Hasegawa H, Petrželková KJ, Sakamaki T, Kooriyma T, Modrý D (2016) “Adult hookworms (Necator spp.) collected from researchers working with wild western lowland gorillas.” Parasites & Vectors 9:75. DOI 10.1186/s13071-016-1357-0

Zamma K, Hanamura S, Sakamaki T (2015) “Chimpanzee distribution: accumulation of survey reports.” In: Nakamura M, Hosaka K, Itoh N, Zamma K (eds.), Mahale Chimpanzees: 50 Years of Research. Cambridge University Press, Cambridge, pp. 33–47.

Sakamaki T, Nakamura M (2015) “Intergroup relationships.” In: Nakamura M, Hosaka K, Itoh N, Zamma K (eds.), Mahale Chimpanzees: 50 Years of Research. Cambridge University Press, Cambridge, pp. 128–139.

Sakamaki T, Hayaki H (2015) “Greetings and dominance.” In: Nakamura M, Hosaka K, Itoh N, Zamma K (eds.), Mahale Chimpanzees: 50 Years of Research. Cambridge University Press, Cambridge, pp. 459–471.

Toda K, Sakamaki T, Tokuyama N, Furuichi T (2015) Association of a young emigrant female bonobo during an encounter with her natal group. Pan Africa News 22(1): 1012.

Sakamaki T, Behncke I, Laporte M, Mulavwa M, Ryu H, Takemoto H, Tokuyama N, Yamamoto S, Furuichi T (2015)Intergroup transfer of females and social relationships between immigrants and residents in bonobo (Pan paniscus) societies.” In: Furuichi T, Yamagiwa J, Aureli F (eds.), Dispersing Primate Females: Life History and Social Strategies in Male-Philopatric Species. Springer, Tokyo, pp. 127–164.

Terada S, Nackoney JR, Sakamaki T, Mulavwa MN, Yumoto T, Furuichi T (2015) Habitat use of bonobos (Pan paniscus) at Wamba: selection of vegetation types for ranging, feeding and night-sleeping. American Journal of Primatology 77: 701–713.

Terada S, Nackoney JR, Sakamaki T, Mulavwa MN, Yumoto T, Furuichi T (in press?) “Comparative use of inundated habitats by great apes in the Congo Basin: A case study of swamp forest use by bonobos at Wamba, Democratic Republic of the Congo”, In: A. A. Barnett, I. Matsuda & K. Nowak (eds.) Primates in flooded habitats, pp. xx

Furuichi T, Sanz C, Koops K, Sakamaki T, Ryu H, Tokuyama N, Morgan D (2015) Why do wild bonobos not use tools like chimpanzees do? Behaviour 152: 425–460.

国際学会・他出版物(雑文):

Ryu H, Sakamaki T, Yamamoto S, Furuichi T, 2014. Mothers make alpha males: Mother-dependent dominance changes among male bonobos at Wamba. The 25th Congress of the International Primatological Society, Hanoi, Vietnam, August 2014. (Aug 13, oral presentation)

Furuichi T, Sanz C, Koops K, Sakamaki T, Ryu H, Tokuyama N, Morgan D, 2014. Why do wild bonobos not use tools for foraging? A comparison between bonobos at Wamba and chimpanzees in the Goualougo Triangle. The 25th Congress of the International Primatological Society, Hanoi, Vietnam, August 2014. (Aug 14, oral presentation)

Sakamaki T, Mulavwa M, Ryu H, Takemoto H, Tokuyama N, Yamamoto S, Yangozene K, Furuichi T, 2014. Intergroup relationships in bonobos at Wamba: Chronological variations in a long-term study. The 25th Congress of the International Primatological Society, Hanoi, Vietnam, August 2014. (Aug 14, oral presentation)

坂巻哲也(2015)「出会いの挨拶を考える:チンパンジーとボノボのはざ間で」『動物と出会うⅠ:出会いの相互行為』(木村大治編、ナカニシヤ出版)pp. 185-187.
坂巻哲也(2014)「ボノボとチンパンジーのロコモーションと生態」 バイオメカニズム学会誌、Vol.38, No.3, 181-186.