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平成25(2013)年度頭脳循環プログラム報告
2013年10月より、オーストリアのウィーン大学(Universitat Wien)に滞在しています。ウィーンは、言わずと知れたハプスブルグ家の帝都であった街ですが、今では、第3の国連都市としても知られています(他は、ニューヨークとジュネーブ)。かつての城壁内(リンク内)を指す旧市街地は、端から端まで歩いても30分程度とコンパクトで、その中には、かつての繁栄がうかがえる豪華な建物も多くあります。ウィーン大学の本館も、観光客が行き交う王宮周辺の歴史的建造物の一つです。 ウィーン大学は、1365年創立で、ドイツ語圏では最古の大学です。経済学のハイエクや動物行動学のローレンツなど、多数のノーベル賞学者や大家を輩出してきたオーストリア随一の総合大学です。認知生物学部(Department of Cognitive Biology)は、その長い歴史を誇る大学の中で、2009年にできた新しい部局です。「認知」生物学部という看板通り、ここに在籍する研究者やポスドク、学生は、動物の認知科学や動物行動学の研究をしています。対象は、両生類から、鳥類、は虫類、イヌ、ゾウなどの大型ほ乳類まで多種多様で、研究内容も音声コミュニケーションを含む社会行動や生態、動物心理学・生理学、人間と動物の共生など、多岐にわたっています。 こちらでは、この学部の創立者の一人であるフィッチ教授(Tecumseh W. Fitch)らと共同で、サル類の発声機構に関する実験的研究を進めています。生物音響学という、学部の看板からはイメージしにくい研究です。話しことばの音声生成機構の進化は、ヒトの言語の生物学的進化の重要な一面で、その解明は言語進化プロセスの理解に欠かせません。ヒトがどのように舌やのどを使って音声を作っているのかについては精力的に研究され、多くの事が分かっています。しかし、サル類やその他の動物に関する知見は限られています。それを明らかにするのが生物音響学です。解剖学や生体材料実験、音響・音声学というカタイ研究で、認知科学・行動学の常套とはやや外れます。フィッチ教授らは、この分野で国際的に最先端をいく研究グループの一つであり、その成果はScienceやBiological Lettersなどに掲載されるなど、高く評価されています。 今回の渡航では、私たちが有するヘリウム音声実験技術とフィッチ教授らが有する声帯振動実験技術という両者の強みを活かし、それらを組み合わせて相互に補完することで、サル類の音声の発声機構の多様性とヒトとの共通性を明らかにする共同研究を進めています。私たちは、2012年に、テナガザルのヘリウム音声実験の成果を発表しました。テナガザルは、ヒトの話しことばとは似ても似つかぬ音声でコミュニケーションをとっています。しかし、その音声は、ソプラノの歌手と同じような歌唱法でつくっていることをヘリウム実験で示しました。この発見は、話しことばやサル類に見られる音声の多様性は、それぞれ独特な音声を作るための特殊な器官の進化を待たずとも、共通して有する生物学的基盤の応用により成立しうることを示しました。しかし、サル類には、その応用だけでは説明できない音声もあります。本国際共同研究では、ヘリウム音声実験と声帯振動実験を日墺で並行して進めて、サル類の発声機構の多様性とヒト共通性をより詳しく分析しようとしています。 日本で進めているニホンザルやマーモセットのヘリウム音声実験では、ヒトと共通した音声生成メカニズムを示す実験結果が得られました。とくに、マーモセットは、フィーコールという7-8000Hzという高い信号音のような音声を出しますが、特殊な発声器官は不要なようです。現在、成果を整理して、論文執筆を進めています。しかし、それでは説明ができないと思われるデータも得られているので、さまざまな分析手法を検討しています。また、ウィーン大学で進められてきたは虫類のヘリウム音声実験のデータの解析に参画し、その成果をまとめ、共同で学会発表を行いました。 オーストリアで進める声帯振動実験に向けて、実験資料の準備や、実験機器の調整を進めています。従来、こちらでは、シカやゾウといった大型ほ乳類の実験をしてきたので、実験機器の大きさや各種パラメーターの調整が必要です。また、新たに、ウィーン大学の研究者を日本に招聘して実施するサル類の声帯振動モード分析実験の計画が持ち上がり、その実施準備にも着手しました。このように、日本側の研究は順調にすすむ一方、オーストリア側の実験はまだ準備段階です。一つ一つ問題を解決し、実施に向けて取り組んでいます。
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