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平成24(2012)年度頭脳循環プログラム報告

派遣研究者:市野進一郎
研究内容:母系・父系社会の発生機序
派遣先:マダガスカル・ベレンティ保護区他 (2012/4/10~2012/5/12)
     ドイツ・ドイツ霊長類センター(2012/5/30~2012/9/6)

研究プロジェクトの概要
 マダガスカルに生息する原猿類(キツネザル類)は、真猿類とは独立に多様な社会進化を遂げた分類群です。本プロジェクトでは、1989年からベレンティ保護区で蓄積されてきたワオキツネザルの長期デモグラフィ資料をまとめるとともに、それを用いた集団性キツネザル類の比較研究を、ゲッティンゲン市にあるドイツ霊長類センターのPeter Kappeler教授およびClaudia Fichtel博士との共同研究として進めました。

研究の背景
 Kappeler教授のグループと共同研究をおこなったのは、群れ生活する他のキツネザル類との比較をおこなうためです。マダガスカルで個体識別にもとづく集団性キツネザル類の長期継続調査がおこなわれている調査地は、ベレンティ保護区(写真1)、キリンディ森林保護区(写真2)、べザ・マハファリ特別保護区、ラヌマファナ国立公園の4箇所しかなく、比較できる種や個体群は限られています。


写真1 ベレンティ保護区



写真2 キリンディ森林保護区

また、Kappeler教授がキツネザル類の社会進化についての理論的枠組を発展させていることも大きな理由です。従来の社会生態学的な比較研究は、食物資源の分布や量、捕食者の有無などの違いから社会の違いを説明しようとするものでした。しかし、そういった社会生態学の限界が指摘され、もっと社会システムの諸要素(社会構造、社会組織、配偶システム)とそれぞれの関係に基づく議論が必要とされています。
群れで生活するキツネザル類には、古典的社会生態学では説明ができない、いくつかの特徴があることが分かっています。例えば、体サイズにオスとメスで違いがみられないこと、群れサイズが比較的小さく、群れのオスとメスの数がほぼ等しいこと、そして、多くの種でメスがオスよりも社会的に優位であるという点などです。これらの特徴は、キツネザル類の社会進化の機構を明らかにするうえで、合理的な説明が必要とされています。
ワオキツネザル(写真3,4)は、キツネザル類の中で最も大きな集団を作り、真猿類のオナガザル類と同様に、血縁メスの結びつきを基盤にした社会構造を持っています。その一方で、メスがオスよりも優位であるなど典型的キツネザルの特徴も持っています。こうした真猿類との類似性および相違性を持ったワオキツネザルのメス間、オス間の繁殖競合について調べました。


写真3 ワオキツネザルの群れ


写真4 ワオキツネザルの母子

メスの寿命と繁殖
まず、22年間に複数の研究者によって集められた個体情報を利用可能な形に整理しました。1989年の継続調査開始時に14.2haの主調査地域にいた個体は計63頭、主調査地域で出生が記録された個体は計512頭(1989年~2011年)、主調査地域外からの移入個体は計91頭でした。出産期に相当する9月を基準に個体記録を作成し、メスの寿命、オスの群れでの滞在期間、個体群動態(出生・死亡・消失・移出入)の基礎資料を完成させました。
この個体記録のうち、1989年から1998年の間に生まれた個体201頭(メス77頭、オス97頭、性別不明27頭)の資料から寿命と繁殖期間について調べました。記録された最長寿命はメスで20歳、オスで13歳でした。基本的に群れに留まるメスのみで平均寿命を計算したところ、平均寿命は4.8±4.8歳(n=77)でした。生存曲線をみると、2歳までの死亡率が高く、その後は年齢に応じてゆるやかに減少する曲線を描きました。2歳に達したメスの平均寿命は、7.8±4.0歳(n=46)でした。初産は早い個体で2歳ですが、3歳と4歳にピークがありました。年齢別出産率を見ると、2歳と3歳で低く、4歳から10歳までは70%を超えました。11歳以降は個体数が少なくなるので、はっきりした傾向はわかりませんが、11歳以降でも複数のメスが出産を続けており、大多数のワオキツネザルのメスは生涯を通じて繁殖をおこなうことがわかりました。

メス間の繁殖競合
メス間の繁殖競合があるのならば、群れサイズが大きくなるとメスに繁殖上の不利益が生じると予測できます。しかし、メスの繁殖成功には、群れサイズ以外にも様々な要因が影響している可能性があるので、そのまま比較しただけでは、本当に群れサイズの効果があるのかどうか、示すことはできません。そこで、複数の要因を説明変数に用いた一般化線形混合モデルをつくり、22年間のデモグラフィ資料の結果(出産、幼児死亡、メスの追い出し)を最もよく説明できるモデルとそのモデルで結果に有意な影響を与えた要因を調べました。出産、幼児の生存、メスの追い出しが起きる有無という二値データを応答変数に、群れサイズ、オトナメス数、メスの年齢、アカンボウの数、降水量などを説明変数に一般化線形混合モデルをつくり、モデル選択基準を用いて、最適なモデルを選択しました。
結果のうち、重要なものとして以下の二点があげられます。①出産および幼児の生存は群れサイズに正の影響を受ける、②メスの追い出しの有無はオトナメス数に正の影響を受ける。
第一の結果は、小さい群れのほうが繁殖上の不利益があることを示しています。すなわち、大きい群れのほうが繁殖上の不利益があるという予測は否定されました。おそらく群れの中の競合よりも、群れ間の競合のほうが相対的に強く、群れ同士の闘争で不利な小さい群れは、十分な食物資源が得られなかったり、ストレスを受けたりしているのかもしれません。
第二の結果は、大きい群れのほうが繁殖上の不利益があるという予測に近い結果でしたが、群れサイズよりも群れのオトナメスの数を用いたモデルのほうが、実際に観察された追い出しをよりよく説明していました。群れサイズやオトナメスの数が増えると追い出しが起きやすくなることは、先行研究で指摘されていました(Vick & Pereira, 1989; Ichino & Koyama, 2006)が、様々な要因を含めたモデルでもこのことが確認されました。
さらに重要な点は、Kappeler教授のグループによるアカビタイキツネザル(写真5)でおこなわれた分析の結果と異なっていた点です。アカビタイキツネザルでは、大きい群れのほうが繁殖上の不利益があり、追い出しも起きやすいという結果でした(Kappeler & Fichtel, 2012)。この違いが生じる要因を知るには、これら二種の社会システムの違いをさらに異なる点で比較していく必要があります。


写真5 アカビタイキツネザル

オスの繁殖の偏り
次に、オス間の繁殖競合の強さを測るために、オスの繁殖成功にどの程度の偏りがあるかを調べました。オス間の繁殖競合が強い場合、特定のオス(優位なオス)が多くの子供を残していると予想できます。逆に、競合が弱い場合、子供の父親は特定のオスに偏らないと予想できます。
1997年から2001年の間に採取されたDNA試料160検体を実験に用いて、マーカーとして利用可能な11マイクロサテライト遺伝子座について、遺伝子型を決めました。行動観察から父親候補が限定されている群れについては、遺伝子型を比較し、父親候補の中から不適合なオスを排除することで、父親を決定しました。さらに、最尤推定法による父性解析ソフトウェアCervus 3. 0. 3 (Kalinowski et al., 2007) を用いて、父性確率を調べました。
現時点で父子判定を終えた個体は3群19頭で、最優位オスが子供を残していたのは全体の21%(19頭中4頭)でした。一方で、キリンディ保護区のアカビタイキツネザルでは71%(Kappeler & Port, 2008)、ベローシファカ(写真6)では91%(Kappeler & Schaffler, 2008)が最優位オスの子供だったという結果が出ています。父子判定数をさらに増やす必要がありますが、ワオキツネザルのオスの繁殖は、キリンディ保護区の集団性キツネザル二種に比べると、優位オスに偏っていないようです。


写真6 ベローシファカ

研究共同体制
 これまでの成果によって、ベレンティ保護区のワオキツネザルとキリンディ保護区のアカビタイキツネザルやベローシファカとは、繁殖競合の機構が異なることが分かりました。今後は、オスの分散様式など別の点から比較をおこなうことにしています。現在、そのための研究資金の共同申請も検討しています。
 また、大学院博士課程学生のAnna Schnoll氏がキツネザル類の社会学習についてベレンティ保護区とキリンディ保護区の両方で比較研究をおこない、フィールドにおける共同研究も開始しました。

研究成果
Ichino S, Soma T, Koyama N. 2013.
The impact of alopecia syndrome on female reproductive parameters in ring-tailed lemurs (Lemur catta) in Berenty Reserve, Madagascar.
In: Leaping Ahead: Advances in Prosimian Biology. Masters J, Gamba M, Genin F, Tuttle R. eds., New York : Springer. pp. 377-386.