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平成24(2012)年度頭脳循環プログラム報告 派遣研究者:宮部貴子 派遣者は、動物福祉のためにサル類の麻酔の質を向上させることを目的に、2007年からニホンザルにおける静脈麻酔薬プロポフォールの薬物動態に関する研究をおこなってきました。プロポフォールを用いた静脈麻酔は、ヒトでは吸入麻酔よりも麻酔後の悪心や嘔吐が少なく、スッキリと覚醒するといわれており、特に脳神経外科の手術では好んで用いられています。 当初の予定では、渡航前に霊長類研究所でサルのデータを集め、それらをUMCGで解析するつもりでした。しかし、派遣者の妊娠、出産に伴い、派遣前に十分なデータを集めることが不可能になってしまったため、派遣先のプロジェクトに加えていただき、ヒトのデータを解析しながら、手法を学ぶことになりました。 麻酔薬は「意識」という本質的な脳の機能を可逆的に消失させることのできる、非常に興味深い薬物です。麻酔のおかげで、我々は痛みを感じることなく「寝ているあいだに」侵襲的な手術を受けることができます。現在はひとつの麻酔薬で麻酔をするのではなく、「バランス麻酔」といって、意識消失、鎮痛、筋弛緩という麻酔に必要な3大要素をそれぞれが得意な薬をバランス良く使うことで達成するという方法が主流です。プロポフォールはこの中で「意識の消失」を得意とする主要な薬剤です。 麻酔を受ける患者さんと麻酔医が怖れる麻酔の合併症のひとつに、「術中覚醒」というものがあります。これは、手術中に目が覚めてしまう、というものです。筋弛緩薬が効いて身体が動かないのに、意識消失を担当する薬だけが不十分であった場合、目が覚めているのに動けない、声も出せない、という非常に恐ろしい状況となります。麻酔薬の感受性は個人差があり、人によって異なるため、「これだけの麻酔薬を投与すれば大丈夫」ということはありませんし、多すぎる麻酔薬は危険です。「術中覚醒」を防ぐために、脳波を使ったモニターの様々な研究が重ねられ、現在はBISモニターというものが実用化されています。BISモニターは、額に貼ったセンサーから得られる脳波の情報をもとに意識の状態を0から100の間の数字(BIS値)で表します。大まかに、90以上が覚醒、40-60が手術に適した意識消失の状態とされています。BISモニターのおかげで、個人個人に合わせて、BIS値を見ながら麻酔薬の量を多すぎたり少なすぎたりしないように、調節することができるようになりました。従来のBISモニターのセンサーは、額の片側に貼るようになっていましたが、最近、「両側BIS」というセンサーが開発され、それを使うと左右それぞれのBIS値を得られるようになりました。 本プロジェクトの目的は、「両側BIS」を用いて、1)前頭葉に脳腫瘍のある患者さんと、脳腫瘍以外の理由で頭の手術を受ける患者さんのBIS値とプロポフォール濃度の関係に違いがあるか、2)前頭葉に脳腫瘍のある患者さんでは、腫瘍のある側とない側に違いがあるか、を検討することでした。 データの収集は、UMCGの麻酔科医によって、UMCGで前頭葉の脳腫瘍の手術を受ける患者さんと、その他の理由で脊椎の手術を受ける患者さんを対象に、麻酔の導入時におこなわれました。プロポフォール血中濃度の測定は、UMCGの担当部署でおこなわれました。 まずは、プロポフォールの投与量、血中濃度と時間のデータから、薬物動態モデルを作ります。基本のモデルとして2コンパートメントモデル、および3コンパートメントモデルを作り、年齢、体重、身長、性別、腫瘍のあるなし等の情報を考慮することによって、より良いモデルができるかどうかを検証していきます。この時、データを様々なグラフにして可視化することが非常に重要です。派遣者はNONMEMの実行とグラフ作成を容易にするPLT
Toolsというソフトを使用しました。 派遣期間中には、最初の数ヶ月間はこの解析の理論と基礎的な操作方法を例題に取り組みながら勉強し、11月にサンフランシスコでおこなわれた公式の講習会に参加しました。そして、12月から実際のデータに取り組み始めました。UMCGの専門家の親切なアドバイスを受けながら様々なモデルを試行錯誤し、何とか期間中に最終モデルにたどり着きたいと思っていたのですが、その手前で年度末を迎えてしまいました。帰国後の現在もNONMEMを動かして、解析を続けています。面白そうな結果が得られそうな手応えはあり、論文の執筆も開始しています。 派遣前は、日本で仕事に追われる中で、じっくりと高度な解析方法を習得する余裕がありませんでした。今回、この分野の最先端の研究チームの中で、専門家とのディスカッションをしながら、集中して取り組むことができ、大変有意義だったと感謝しております。イギリスでの6ヶ月(前回の報告書参照)とオランダでの9ヶ月は、具体的な成果を形にするには短すぎる期間でしたが、受入先の研究者の方々ともいい関係を作ることができ、今後の研究生活の発展に繋がるようになりました。この派遣事業を可能にしてくださった関係者の皆様、受け入れ先機関の皆様、留守にすることを快諾してくださった所属先の皆様、快く送り出してくれた家族、一緒に渡欧してくれた家族に心より感謝いたします。 研究成果 |