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頭脳循環プログラム 近況報告京都大学霊長類研究所
2012年3月からイギリス、スコットランドの首都エジンバラで在外研究活動を始めています。スコットランドは緯度としては、北欧とならぶ高緯度の国で、昼夜の日照時間の通年変化が大変大きく、気温も1年のうち10か月が冬だと言われるほどに寒い、日本と比べるとなかなか激しい国です。そうした、ヨーロッパ最果ての地に、University of St Andrews(セントアンドリューズ大学)は位置します。 セントアンドリューズ大学は、Ancient University とイギリスでは呼ばれ、オックスフォード、ケンブリッジとならぶイギリス国内の最古の大学に数えられる名門です。今年で開学600年を迎えるそうで、日本と比べ、高等教育の歴史の深さの違いを実感することになります。私は、現在、セントアンドリューズ大学の心理学部(School of Psychology)に、訪問研究者としての身分をもち、活動をしています。 心理学部では、ユニークな研究者が狭い古びた校舎に席を並べ、日々研究活動をしています。チンパンジーの文化研究で先駆けたAndrew Whiten教授、マキャベリアンインテリジェンスの著者、Richard Byne教授、顔認知で独創的な研究を生み出す、David Perret教授、隣には交流が深いSchool of Biologyがあり、鳥類の行動生態学の重鎮Peter Slater教授、新進気鋭の文化生物学者Kevin Laland教授、鯨類音声研究の若きリーダーであるVicent Janik博士など、私の関連する行動学研究者が、仲良く素晴らしいディスカッションを日々繰り広げています。 私の受入であり、アドバイザーである、Klaus Zuberbuhler 教授は、野外における霊長類の音声を中心としたコミュニケーションで多くの業績をあげられている、フィールドにおける野外実験の霊長類行動生態学の第一人者です。彼は特に、サルそれぞれに進化した視聴覚コミュニケーションを行動学的に分析し、野外において実験的に検証することを得意にしています。そして、ヒトの言語を含むさまざまな種間で比較し、サルのコミュニケーションの様相を明らかにしています。手法は、野外にとどまることなく、決断力のあるヨーロッパのネットワークを生かし、多くの斬新で魅力的なアイデアに挑戦しています。また、彼の素晴らしいところは、私の含む多くの学生、多くのポスドクを直接指導しながらも、常にアクティブに物事を提案し、研究をすばらしいスピードでこなし展開する力です。研究内容よりも先に、欧米流の迅速な決断力と行動力は、われわれが学ばねばならぬことです。 活動を開始する 私は、彼のアドバイスを受けながら、エジンバラ動物園で、研究活動を始めています。エジンバラ動物園で活動するのには、いくつか理由がありました。 まず、日本と違った、本当の意味での「動物園の研究施設」がありました。2008年に、セントアンドリューズ大学を中心とした、スコットランド霊長類研究グループ(Scottish Primate Research Group, SPRG)は、行動学、心理学に特化した霊長類の研究施設を設立しました。それが、Living Link Centre (http://www.living-links.org/) です。リーダーの一人である、St Andrews大学のAndrew Whiten教授は、通常の大学の研究施設からさらに一歩進んだ施設を目指しました。それは、アウトリーチ、つまり社会広報活動を同時に推進できる研究施設です。
かれらの作った施設は、私にとってはそれなりに新鮮でした。まず、動物園内に、行動実験するための部屋があります。2階建ての、1階に配置されています。その実験風景は、実は、施設・建物の2階に訪れるVisitorから、窓ガラス越しにいつも観察されます。実験遂行中、実験者は、自分の実験の内容、プログレスを簡単にスライドショーの形で観客のエリアに見せています。つまり、実験者が実験をしていて、その内容の解説がリアルタイムに実験者の頭上に投影されています。それを、ガラス越しに観客は見ています。よく工夫されているのが、防音加工です。実験者の声も、観客の声も、お互い全く聞こえません。もうひとつ。実験者の視線のはるか上から観客は観察していますので、実験している当人は、実は、あまり気になりません。 実験の時間割を、あらかじめ決めることで、まるでリアルタイムのショーのように、行動実験の模様を見せています。観客の声も気にならないので、実験者にとってもあまり大きな妨げとなっていません。なかなか、工夫をしています。 もうひとつは、面白い飼育体系を実現していることでした。Living Link Centre で飼育されている霊長類は、フサオマキザルとリスザルなのですが、同じ飼育スペースで同居させるようにして飼育しています。つまり、彼らを「混群」的に 飼育しています。実は、この2種は、もともとの生息地である南米熱帯林で、混群を形成することが知られています。混群-異種で一つの「群れ」を形成し、ともに遊動する群れ-は、生態学的にはとても興味深い現象で、いろいろな研究がされています。その多くは、お互いの採食効率を上げるため(たとえば、効率よく 餌をみつけるなど)とか、お互いにとって共通の敵を効率よく見つけるため(たとえば、猛禽類が近づいたときに、沢山いれば発見できる確率が多いことになる)、とかと言われています。私が面白いと考えているのは、そういった「混群」を形成し、生活を共にするときに、お互いの種をどのように認識しているか、 お互いコミュニケーションを図っているのかどうか、という点です。野外での研究例は、それなりにあるにせよ、こうした問題に対して、実証的に取り組んだ実験的な研究は皆無と言えます。そういったアプローチを可能にしている、飼育形態に面白みを感じました。 そこで、私は、このともに生活するオマキザルとリスザルの「混群」を相手に、異種間コミュニケーションの研究を手がけることにしました。 フードコールを介した、異種間コミュニケーション 発想のもとになっているのは、先日、この頭脳循環の成果の一部として公開された、私のテーマの一つに由来しています。ここに至る前、私は鹿児島県、屋久島の世界遺産の森で、そこに住むサルとシカの「異種間コミュニケーション」の可能性について、簡単な実験をしました。屋久島には、野生の状態で、非常に高密度にニホンザルとヤクシカが生息をしています。ニホンザルは、森の中で、次から次に彼らの食べ物である採食樹に上り、 果実を食べます。そして、ニホンザルは、食べている間、「クー」と響く声で何度も鳴いているのです。これは、フードコールと呼ばれ、採食の合図となっていると考えられています。大切なのは、採食中ニホンザルが実によく鳴くことと、高い木の上の果実はシカは食べられない、ということです。実は、結果的に、シカはサルの食べている木の下にたくさん集まってきます。そこで、実に簡単な実験をしました。要するに、サルのフードコールがシカをひきつけられるかどうかを試したのです。 実験はとてもシンプルに、サルもシカもいない状態で、サルにとってもシカにとっても採食メニューの一つである、クスノキの下にスピーカーを設置して、10分間サルのフードコールを流すというものです。 図 4を見てください。Controlと示した上の図は、スピーカーを設置するが音を流さなかったとき、一方Playbackと示した下の図は、サルのフードコールを流した時の結果です。グラフは、そこに現れたシカの頭数を示していて、左から順番に、Preは流す直前10分間、Expは音を流している最中10
分間(Controlのときは音は流れていない)、Postは音を流し終わりその後10分間、を示しています。分析してみると、音が流れていない
Controlのときは、シカの出現が30分間にわたり、特に増加しないのですが、フードコールを流したPlaybackのときは、どうやら、Expつまり、音を流した直後からシカが出現し始めて、スピーカーのまわりに集まってきていることが分かりました。
どうやら、シカは、サルの声を手掛かりに、採食効率を上げるために集まってきているようです。さて、これは、「異種間コミュニケーション」と言えるのでしょうか?答えは、多分、Noです。行動学者は動物がコミュニケーションをしていると考える場合は、声を出した方も、声を聞いて反応したほうも、お互いにとって利益があるときだという定義をもっています。たとえば、鼠が猫に襲われて、「ちゅー」と鳴いたときに、周りの鼠がそれにつられて逃げたら、それはコミュ ニケーションとは言いません。一方、猫が近づいてきて、鼠が気付いて声を出して、そのおかげで周りの鼠が逃げられたなら、それはコミュニケーションだと考えるのです。前者は、手掛かりをもとにそれに反応したと考えて、これを「盗聴」とか「盗み聞き」と言っています。 この場合、おそらく、 シカは「盗聴」に近いことをやっています。サルが落としたものを拾って食べているだけなので、サルにとっては不利益も利益もありません。サルにとっては、 まったく別の目的でただ鳴いていたのに、それをシカがうまく利用したのです。だから、こういうのは、厳密には異種間のコミュニケーションが成立しているとは言いません。でも、異種のコミュニケーションシグナルを利用して、うまく自分たちの利益に結び付けるようにできる行動の良い例です。 こうした、実験的な検証は、野外において意外と少ないのです。ましてや、実験室において、より実証的に示そうとした試みはほとんどないのが現状です。こうしたことに、深い興味を持っていた私は、このデータをもとに、こちらの研究グループと意見交換をしてきました。その意見交換をもとに、このデータが論文として出版されました(Koda. 2012. Possible use of heterospecific food-associated calls of macaques by sika deer for foraging efficiency. Behavioural Processes; http://dx.doi.org/10.1016/j.beproc.2012.05.006)。目下のところ、こうした展開が、エジンバラ動物園での研究に応用と議論を展開するきっかけとなっています。 実験的手法を確立する つぎに、どうやって、このことを実証的に検討するかです。実験室があるとはいえ、動物福祉の考え方が非常に進んでいる、イギリスにおいては、動物を強制的に拘束したり、強制的に実験させていません。実験しては、あくまでも飼育スペースと連続しており、仕切版で隔てられるだけであり、実験個体を慣れさせて実験区域に誘導して、非拘束のまま短時間のうちに何らかの実験を実施しデータを集めるという、スタイルのものでした。実験参加は動物にゆだねられているので、 毎日データが取れない個体も多々います。 どういったことが可能かを現在思案しているところですが、モニターにより映像を呈示し、同時に音声も呈示して、映像へ注意や関心を計測する簡便な手法が有効だろうと考えています。こうした方法は、多くのサルや言葉の話せないヒトのアカンボウで昔から使われている手法ですが、ここでも有効だろうと考えています。計画にかかわることなので、まだ多くのことをレポートできませんが、こうした手法を運用できるように、日々調整を悪戦苦闘しています。 こういう状況に備えて実験手法の準備をする中で、日本で一緒に研究を行っている大学院生の佐藤杏奈さんとともに、2種類の写真を同時にニホンザルに見せ、どちらを長く見るのかと言った研究を行いました(Sato, Koda, Lemasson, Nagumo, Masataka. 2012. Visual recognition of age class and preference for infantile features:implications for species-specific vs universal cognitive traits in primates. PLoS ONE; http://dx.plos.org/10.1371/journal.pone.0038387)。 われわれが最初に用いた2種類の刺激は、アカンボウとオトナの写真だったのですが、ニホンザルはアカンボウをより長く見てしまうようです。ヒトは、赤ちゃんを見ると思わず「かわいい」と思ってしまう、と言われています。理由はなく、「かわいい」と感じる本能があるともいわれています。これはアカンボウにとっては、大変都合がよくて、こうした感情があれば、周りの大人に自動的に養育行動をうながすのではないかと考えられている、有名な学説があります。 私たちが示した結果は、この解釈に近い現象が起きているのだと考えています。ニホンザルにも、「かわいい」と感じるこころがあるのかは、まったく分かりませんが、少なくとも、アカンボウの写真に目が奪われやすいようだし、そして、それに「興味」を感じやすいようです。
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