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頭脳循環プログラム 近況報告ゲノム多様性分野・教務補佐員 マダガスカルに生息する原猿類(キツネザル類)は、真猿類とは独立に多様な社会進化を遂げた分類群である。本プロジェクトでは、1989年からベレンティ保護区で蓄積されてきたワオキツネザルの長期デモグラフィ資料をまとめるとともに、それを用いた集団性キツネザル類の比較研究を、ゲッティンゲン市にあるドイツ霊長類センター(写真1、2)のPeter Kappeler教授およびClaudia Fichtel博士との共同研究として進めている。
ワオキツネザルは、キツネザル類の中で最も大きな集団を作り、真猿類のオナガザル類に比較的似た社会構造を持っている。ワオキツネザルは、メスがオスよりも優位である点や敵対的交渉がほとんど2者間交渉であるという点などでオナガザル類と異なるが、血縁メスが高頻度に近接・親和的交渉をおこない、メス間の優劣順位やメスの追い出しのパターンがメス間の血縁関係で決まる傾向があるなど、血縁メスの結びつきを基盤にしたフィーメル・ボンド種(Wrangham, 1980)の特徴を持っている。こうした真猿類との類似性および相違性を持った社会システムが進化した淘汰圧を考えるためには、詳細な個体情報に基づく比較研究が必要である。 群れ生活するキツネザル類では、特定のメスに対するターゲット攻撃が起きることがあり、しばしばメスが群れから追い出される(Vick & Pereira 1989; Ichino & Koyama 2006)。この「メスの追い出し」を3種の集団性キツネザル(アカビタイキツネザルEulemur rufus・写真3、ベローシファカPropithecus verreauxi・写真4、ワオキツネザルLemur catta・写真5)のデモグラフィ資料をもとに分析した。分析の結果、ドイツ霊長類センターのフィールドステーションがあるキリンディ保護区(写真6-8)に生息する前者2種は、群れサイズが大きい場合に繁殖率が低く、メスの追い出しが起きていた。一方、ベレンティ保護区のワオキツネザルは、前者2種とは異なり、群れサイズが小さい場合に繁殖率が低く、メスの追い出しの有無は群れサイズよりも群れのメスの数に影響を受けることが明らかになった。この結果は、近縁なキツネザル種間でも社会システムが異なり、多様であることを示している。
また、長期調査で記録されたワオキツネザルの脊椎動物食の情報をまとめ、他の集団性キツネザルと比較した。集団性キツネザル類の脊椎動物食の頻度は低いが、Eulemur属とLemur属に見られ、主にメスが授乳期におこなうという共通の特長が見られることを示した(Ichino & Rambeloarivony 2011)。
ワオキツネザルの生活史の特性を明らかにするために、1989年から現在までに蓄積されてきた個体記録をまとめる作業を進めている。メスの生活史の特性として、寿命、繁殖期間、そして生涯繁殖成功を分析している。現時点の資料で、ベレンティ保護区のワオキツネザルの寿命は平均4.8歳、最長20歳であった。未成熟個体の死亡率が高く、約半数が2歳に達する前に死亡した。幼児死亡率は年による変動が大きく、すべての幼児が1歳までに死亡した年もあった。多くのメスは3歳か4歳で最初の出産をした。産子数は通常1頭(98%)だが、出産率は75-85%と高く、多くのメスは毎年出産した。また、調査個体群では老齢による出産率の低下を示す証拠はなかった。結果的に、ベレンティ保護区のワオキツネザルの繁殖期間は初産(3-4歳)から死亡までとなり、生涯産子数は長寿メスほど多い傾向があった。最多生涯産子数は13頭であった。現在、幼児死亡率を加えた分析をすすめているが、ワオキツネザルのメスの繁殖成功には大きな個体差がある可能性がある。 繁殖システムの研究 集団性キツネザル類は、群れサイズが比較的小さく、群れ内の社会的性比がほぼ等しいという特徴がある。また、体サイズに性差がないという点も哺乳類一般の特徴とは異なっている。このため、キツネザル類の社会進化を議論する上で、繁殖システムおよび、その社会構造との関係は重要な課題である。 本プロジェクトでは、オスの繁殖成功について明らかにするために、マイクロサテライトをマーカーとした父性解析をすすめている。これまでに1997年から2001年の間に採取されたDNA試料160検体を用いて実験をおこない、11遺伝子座について遺伝子型を決定した。各遺伝子座について、ソフトウェアMicro-Checker 2.2.3 (van Oosterhout et al. 2006)を用いてヌルアリルの有無を調べたうえで、父性解析をおこなった。現時点では、ベレンティ保護区に生息するワオキツネザルのオスの繁殖成功が優位オスに偏っているという結果は出ていない。この結果は、キリンディ保護区のアカビタイキツネザルやベローシファカで報告された優位オスが多くの子供を残していたという結果(アカビタイキツネザル:Wimmer & Kappeler 2002; Kappeler & Port 2008、ベローシファカ:Kappeler & Schaffler 2008; Kappeler et al. 2009)と異なる。現在、2002年以降に採取されたDNA試料についても実験をすすめている。 また、オスの生活史の特性として、移籍パターンについてまとめている。オスは、通常2-4歳の間に生まれた群れから消失した。新しい群れに加入したオスの滞在年数は平均3.4年だったが、個体差が大きく最長で11年間滞在したオスがいた。寿命を考慮すると、ワオキツネザルのオスが生涯に群れを移籍するのは2回程度だと推定できる。1989年からの20年間に148頭のオスの加入が記録されたが、その7割超が複数のオスで加入していた。移籍先は隣接群の割合が高かった。このことから、ベレンティ保護区のワオキツネザルのオスはお互いに遺伝的に近縁である可能性もある。今後は、集団遺伝学的解析も用いてオス間の関係を調べる予定である。 新たな共同研究 ドイツ霊長類センターの博士課程学生Anna Schnollさん、および指導教員にあたるClaudia Fichtel博士と集団性キツネザル類の社会学習に関する共同研究を新たに開始した。また、今後、さらにキツネザル類の社会システムの比較研究をすすめる上でお互いの調査地を実際に観察することが重要であるので、調査地の相互訪問をおこない、生息地の環境や生息するキツネザル類の状況を観察した。
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