Humans
and chimpanzees attend differently to goal-directed actions"
ヒトとチンパンジーは、他者の行為に対する注意の向け方が異なるMyowa-Yamakoshi,
M., Scola, C., Hirata, S. ヒト特有の学びのスタイルが明らかに
ヒトは、他者の行為のどこに注目し、どのような情報を選び、何を学んでいるのでしょうか。明和政子
教育学研究科准教授、平田聡 霊長類研究所特定准教授らの研究グループは、ヒトは他者の顔色をモニタしながら他者の行為を理解するという特徴を初めて明らかにしました。この研究成果は、2012年2月21日16時(ロンドン時間)発行の「Nature
Communications」に掲載されました。さらに、同誌における「今週のFeatured
Paper」にも選ばれ、世界に配信されます。
左から明和准教授、平田特定准教授
研究の概要
ヒトは、他者の行為からさまざまなことを観察学習します。その際、たんなる物理的な体の動きの連続体として捉えるのではなく、意図など、他者の心的な状態をトップダウン的に読み取る性質があります。しかし、心的なフレームワークで他者の行為を理解する性質が、ヒトではどのように発達するのか、またこうした性質がヒト以外の動物とどの程度共有されているかについては、まったく未解明のままでした。
我々は、生後8ヶ月、12ヶ月のヒト乳児と、ヒト成人、ヒトにもっとも近縁な動物種であるチンパンジーを対象に、アイ・トラッカーという計測技術を用いて視線計測をおこない、それぞれの他者の行為を見るスタイルを比較しました。アイ・トラッカーは、乳児やチンパンジーの身体を拘束することなく、自然な状態で視線の動きを計測することが可能です(図1)。他者の行為を理解するスタイルとして、他者の行為の目的を予測する能力と、他者の行為が進行している間、どの部分に注目しているかを調べました。
図1: ヒトとチンパンジーの実験のようす
チンパンジーは、ヒトの成人と同じく、他者がある目的に到達する以前にその目的を予測し、視線を向けることがわかりました。たとえば、他者がコップにジュースを注ぐ動作を見た場合には、実際にコップに注がれるより前に、コップに視線を向けました。他者の目的がコップにジュースを注ぐことであることを理解し、その動作を事前に予測したためと解釈できます。ヒトの乳児では、ヒトの成人やチンパンジーに匹敵するような予測的視線はみられませんでした(図2)。この理由として、脳神経科学の研究から、他者の行為の理解は、観察者自身がその行為を産出できることが前提となること(ミラーニューロンシステム)が示唆されています。つまり、他者の行為を理解するためには、まず自分でその行為ができることが前提になると考えられます。実際、ヒトの成人とチンパンジーは、観察した行為を自らおこなうことができたのに対し、ヒトの乳児は、その行為をおこなうに十分な運動機能を獲得していませんでした。
図2: ヒトの成人とチンパンジーは、他者の行為の目的が
達成される(ジュースがコップに注がれる)前に、
すでに予測的に視線を目的(コップ)に向けた。
しかし、ヒトとチンパンジーとの間で、他者の行為理解のスタイルが明確に異なっている点も見出されました。ヒト、とくにヒトの乳児は、他者の行為を観察する間、チンパンジーに比べて、長時間、他者の顔に視線を向けることがわかりました。チンパンジーは、他者の顔を見ることは非常に少なく、一貫して物に視線を向けました。さらに興味深いことに、ヒトの大人は行為の目的が達成された後は、他者の顔への注意が減少しました。他者の顔を見ることは、他者の心を推測する過程を反映していると考えられます。他者が何に注目しているか、どんな意図をもってものを操作しているのかといった心の状態を推し量るために、顔を見るのだろうと解釈できます。ヒトは、操作されている物と、操作する他者の情報を統合させて、行為の目的を予測し、理解するスタイルをとるのに対し、チンパンジーはおもに物の情報、たとえば物と物との因果関係に注目して、行為を予測、理解することが明らかとなりました(図3)。
図3: (左)チンパンジー(12歳)の視線パターンと(右)ヒト(12ヶ月児)の視線パターン
他者の行為を観察し、学ぶ能力は、ヒトの「文化」の基盤です。ヒトは、他者の行為を詳細に観察し、学習することで、蓄積された知識や技術を世代を越えて伝達してきました。本研究が明らかにしたヒトの学びのスタイルは、ヒトとチンパンジーが進化の道を別った後に、ヒトにおいて独自に獲得したものである可能性が示唆されます。ヒトが他者の行為から学ぶのは、行為の表面的な部分だけではありません。他者の行為の背後にある心の状態をも推測し、予測と照らし合わせながら柔軟に判断するという深い理解にもとづくものです。これは、ヒトが複雑な社会的環境の中で生存する上で、適応的な学びのスタイルであったと考えられます。ヒトは、他者の顔色を見て、心の状態と照らし合わせながら次の展開を予測するよう発達していくといえるでしょう。
論文情報等
論文は以下に掲載されております。
http://dx.doi.org/10.1038/ncomms1695
以下は論文の書誌情報です。
"Humans and chimpanzees attend differently to goal-directed
actions"(ヒトとチンパンジーは、他者の行為に対する注意の向け方が異なる)
Myowa-Yamakoshi, M., Scola, C., Hirata, S. Humans and chimpanzees attend
differently to goal-directed actions. Nat. Commun., 10.1038/ncomms1695
研究組織
明和政子(京都大学教育学研究科准教授)、Celine
Scola(フランス・エクス-マルセイユ大学)、平田聡(京都大学霊長類研究所特定准教授)の3名
※Scolaは、本研究実施時に明和研究室にインターンとして在籍しました。
※平田は2011年8月まで林原類人猿研究センター(岡山県玉野市)に主席研究員として在籍しました。本研究におけるチンパンジーを対象とした実験は、林原類人猿研究センターにておこなわれました。
本研究への支援
本研究成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
1.科学研究費補助金 基盤研究(S)
研究課題名:
「意識・内省・読心-認知的メタプロセスの発生と機能」
研究代表者: 藤田和生(京都大学大学院文学研究科
教授)
研究期間: 2009年4月~2014年3月
2.科学研究費補助金 基盤研究(B)
研究課題名:
「大型類人猿の他者理解と自己理解に関する比較アイトラッキング研究」研究代表者:平田聡
研究期間: 2011年4月~2014年3月
3.科学技術振興機構(JST)
研究領域: ERATO戦略的創造研究推進事業
研究課題名: 岡ノ谷情動情報プロジェクト
研究代表者: 岡ノ谷一夫(東京大学 総合文化研究科
教授)
グループリーダー 明和政子
研究期間: 2008年11月~2014年3月
京都新聞(2月22日 26面)および毎日新聞(2月22日 24面)に掲載されました。
FEB/22/2012
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