飼育下チンパンジーにおけるヒト由来共通感染症の疫学調査Epidemiological study of zoonoses derived from humans in captive chimpanzees郡山尚紀、岡本道子、吉田友教、西田利貞、坪田敏男、齊藤暁、友永雅己、松沢哲郎、明里宏文、西村秀一、宮部貴子 エボラ出血熱、SARS、西ナイル熱、AIDS/HIVあるいは新型インフルエンザウイルスなどの感染症は、人獣共通感染症あるいはエマージングウイルスと呼ばれ人間の脅威となっています。こういった病気の多くがもともとは野生動物が宿主であったことも報告されています。ところで、その病気は人間だけでなく野生の大型類人猿にも感染することがわかっており、エボラウイルスの流行によって野生ゴリラの生息数が激減しました。ヒトと大型類人猿は遺伝的に近縁ですので、同じ病原体に感染しやすいと考えられています。これまで、大型類人猿は生息地の国立公園化やエコツーリズムによって守られていたはずでした。しかし、観光客の増加はヒトの病気が持ち込まれる機会を増やし、最近の報告ではヒトの呼吸器系のウイルスが死んだチンパンジーや風邪の症状を示した個体から検出されています。観光客は長旅のために体調を崩している場合があり、さらに旅行の途中でいろんな人間から病気をもらっている運び屋になっている可能性があります。 では、この野生のチンパンジーたちはヒトからどんな病気が染っていて、どれくらい危険な状況にさらされているのでしょうか?それを調べるには野生チンパンジーの血液中の抗体を調べるのが一番良い方法ですが、それは難しいです。そこで、飼育されているチンパンジーの血液を調べてみることにしました。飼育されているチンパンジーは野生よりも近くでヒトに接しています。ですので、より多くヒトの病気に感染している可能性があります。 霊長類研究所の14頭のチンパンジーを対象に62種類のヒトの病気を調べた結果、29種類のヒトの病気に対する抗体を持っていることがわかりました。この中には呼吸器系のRSウイルス・ヒトメタニューモウイルス・パラミクソウイルス3型や数種のアデノウイルス・麻疹ウイルス・コクサッキーウイルスA7型・百日咳菌などに多くのチンパンジーが感染していたことがわかりました。これらの中で、特にRSウイルスとヒトメタニューモウイルスは野生からの報告もあるため非常に感染しやすいウイルスであることが確認されました。 今回確認された感染症はヒトにおいて一般的な病原体ですが、その症状の重さは感染した個人の年齢や性質によって異なります。霊長類研究所のチンパンジーはこれらの感染症が原因と考えられる病状は確認されていないことから、症状は軽度であったと考えられます。飼育下では野生下よりも良い環境で生活できることと高栄養のものを給餌されること、さらに予防的な治療も行われるため軽度な症状で終息したものと考えられます。ところで、今回用いた方法は、血液中の抗体の有無を調べたもので、感染歴を示すものです。そのため低率だからと言って感染性が低いわけではありません。また、飼育下のような限定された環境では、チンパンジーのヒト由来感染症への暴露はチンパンジーの飼育環境と飼育方法、および飼育員の有病率に影響されます。今回日本脳炎ウイルスに対する抗体が見つかったことで、屋外飼育エリアの蚊などの昆虫媒介性ウイルスも考慮する必要性が考えられました。野生に目を向けると、チンパンジーは観光客が持ち込む病原体に暴露されている可能性が高いですが、今回の結果からその候補となる病原体は増えたことになります。本研究で用いた検査法は一般的に流通している手法ですので、今後他の飼育施設におけるスクリーニングや継続的なモニタリングが進んでデータが蓄積されることで、ヒト由来感染症の中で注意すべき病原体をさらに絞り込むことができると考えられます。我々の研究の結果から、改めて大型類人猿であるチンパンジーはヒトの病原体に感染しやすいことが確認されましたが、同時に抗体の産生がヒト病原体からの防御にも有効である可能性も示めされたことになります。 本研究は、環境省地球環境研究総合推進費(F-061)・環境技術開発等推進費(D-1007)、文部科学省科学研究費補助金(20002001, 24000001, 24770234) ・グローパルCOEプログラム・京都大学霊長類研究所共同利用研究(2009-B-38, 2010-C-11)より資金的支援を受けて実施することができ、さらに人類進化モデル研究センターの方々のご協力をいただきました。 Primates, DOI 10.1007/s10329-012-0320-8 Abstract
Emerging infectious diseases (EIDs) in wildlife are major threats both to human health and to biodiversity conservation. An estimated 71.8 % of zoonotic EID events are caused by pathogens in wildlife and the incidence of such diseases is increasing significantly in humans. In addition, human diseases are starting to infect wildlife, especially non-human primates. The chimpanzee is an endangered species that is threatened by human activity such as deforestation, poaching, and human disease transmission. Recently, several respiratory disease outbreaks that are suspected of having been transmitted by humans have been reported in wild chimpanzees. Therefore, we need to study zoonotic pathogens that can threaten captive chimpanzees in primate research institutes. Serological surveillance is one of several methods used to reveal infection history. We examined serum from 14 captive chimpanzees in Japanese primate research institutes for antibodies against 62 human pathogens and 1 chimpanzee-borne infectious disease. Antibodies tested positive against 29 pathogens at high or low prevalence in the chimpanzees. These results suggest that the proportions of human-borne infections may reflect the chimpanzee’s history, management system in the institute, or regional epidemics. Furthermore, captive chimpanzees are highly susceptible to human pathogens, and their induced antibodies reveal not only their history of infection, but also the possibility of protection against human pathogens. SEP/1/2012
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