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東日本大震災に対応する第三次緊急提言

東日本大震災被災者救援・被災地域復興のために

平成 23 年4月5日
日本学術会議東日本大震災対策委員会

原文PDF(342KB)

 

 東北および関東地方を襲った大地震・大津波、さらにこれを誘因とする福島
第1原子力発電所の事故によって生じている被災地域住民の困難と窮乏は、日
本の近代史において未曾有のものである。国のとるべき対応は、そのレベルに
見合うものでなければならない。学術は、国の進む道について共に考え、総力
を挙げてこの事態に立ち向かう必要がある。以下は、被災者救援・被災 地域復
興のための緊急提言である。

Ⅰ 被災者救援と被災地域復興のための総合的な体制をつくる
 自然災害と原発事故の複合的被害の中で救援の内容は急を要し、多岐に渡る。
また、被災者救援はこれからの被災地域復興と深く関連する。政策課題全体の
中にこれらの問題を適切に位置づける必要がある。そのためには、 救援から復
興への道筋を立て、国と関係自治体の役割分担と政策調整を 図り、被災者の権
利を守るために、「東日本大震災救援・復興特別措置法」ないし「復興基本法」
(仮称)の早期の制定を図るべきである。さらに、復興においては、被災地域
の地域的発展の持続可能性を確保し、広域的に新たな産業構造の創出を展望し
た、21世紀型の創造的な地域づくりを目指すべきである。
 国は、関係自治体と協議し、復旧・復興までのロードマップを明確にし、被
災者の生活再建・地域復興への見取り図を示すことが必要である。また、復旧・
復興の措置のためには、期限を限った一元的司令塔的機関の設置が必要であり、
同時に被災者の参加を進め、被災地域のニーズと意思がよりよく反映すること
を保障するべきである。
 復旧・復興を通じて、男女共同参画を踏まえ、青年の参加を促進し、子ども、
高齢者、障がい者、外国人等への配慮とその参加を確保すべきである。

Ⅱ 被災者の救援を迅速に全面的に行う
1.関連する法的措置の必要性
 災害被害者の救済と生活再建についての主要な現行法 の枠組みにとって、今
回の被害の甚大さ、そして原子力発電所の事故による影響の大きさは、想定す
る範囲をはるかに超える。そのような認識の下に、法の運用によって実施でき
る事項は積極的に適用して速かに実施し、新たな法的 対応が必要な事項は、い
わば「ゼロベース」で早期に政策として立案し、法的措置をとることが必要で
ある。なお、特例的な、時限的法的措置は、事後の検証を担保するものとする。

2.財政的、経済的な措置の必要性
 被災者の健康・生活の保護を最優先して、国は、当面必要な資金を 緊急に用
意して無条件で支給する措置をとる。関係自治体は、国内外から寄せられた義
捐金をできるかぎり早期に被災者に届ける。 出荷停止措置によって損害を蒙っ
ている農家などに対しては、国が迅速な補償措置を取り、事後に東京電力に請
求するべきである。
 国は緊急対策の補正予算を組み、国家予算の組み替え、既定の財政支出の節
減を図るとともに、復興のための国債の発行や増税・新税(たとえば開発復興
税)について、制度の設計を進めるべきである。国債発行に関しては財政規律
の問題を考慮し、増税は、国民的な復興努力の一環として位置づけ、世代間に
おける負担の公平性を図るべきである。緊急時、短期、中期および長期におい
てそれぞれとるべき経済政策について早急に検討すべきである。
 国は、大震災に対応する企業の寄付行為を促進するために各種の税法上の緩
和措置(寄付金の損金算入の限度額の一時撤廃、被災地雇用会社に対する寄付
特例の復活等)を緊急に行い、また、被災地の企業(法人・個人企業)の再生
について特別緊急融資制度を準備するべきである。

3.避難生活における支援
 避難所に避難している被災者がまとまって、仮設住宅の設置に至る短期的期
間、あるいは復興のめどがつくまでの中期的期間、市町村ごと他県などに 移動
する方策として、ペアリング支援方式が、学術会議によって提案されている。
すでに自治体間の連携は、広がっており、 国は、自治体間連携を強化し、支援
するべく法的、財政的な措置をとるべきである。関係自治体は、住民と協力し
て避難生活の改善を進め、人権の尊重、子ども、妊産婦、高齢者、障がい者、
外国人等への配慮を最大限行う。

4.避難政策における被災地コミュニティのアイデンティティの維持
 被災者の避難は、地域アイデンティティが維持できることを基本とし 、可能
であれば同一市町村また隣接市町村において、受け入れることが適切である。
より離れた地域に避難せざるを得ない場合 においても、共同体性を維持するこ
とが望ましく,そのために被災集落あるいは自治会単位で避難することを重視
すべきである。県外に個別に避難した被災者についても、地元に帰ることを可
能にする避難政策が必要である

5.高齢者や障がい者への福祉・健康・医療的支援
 国は、被災地域における社会福祉関係機関の組織や運営システムを早期に機
能させるために担当すべき人員を派遣する措置をとるべきである。被災地の避
難所に留まっている高齢者や障がい者の生命と健康を守るため、近隣および連
携支援を担当する自治体施設への受け入れを組織化し、各自治体に組織されて
いる福祉・健康・医療の団体に、具体的な実施を要請する。被災地側において
は、受け入れを調整する業務を地域の福祉・健康・医療の団体に要請する。
 全国の福祉・健康・医療等の職能団体は、被災地域における避難所や社会福
祉施設、医療施設等の支援のために、専門家の派遣を組織し、また、被災者を
受け入れる地域において、それに対応する専門家を確保し、活動する体制を作
るべきである。

6.被災者としての子どもへの迅速な支援
 国は、子どもの心身の健康と生活の保護のために、優先的に財政支援と人的
支援を行うべきである。特に乳幼児ならびに妊婦等への被災の影響への配慮お
よび精神的ケアが必要である。
 保護者が死亡ならびに行方不明等になった子どもたちに対しては、 ケアの専
門家チームを派遣するなど、社会的な養護が早急に必要である。また、障がい
児や外国籍児童等に対する情報提供並びに支援において不利益が生じないよう
対策を講じなければならない。
 子どもの教育・保育、医療、住環境に関しては、専門のタスクフォースを政
府の復興本部内にたちあげ、国と県教育委員会、市町村間の協力の中で子ども
への対応実施を総合的に行なうことが必要である。
 国および自治体は、専門家・大学生・市民の教育支援ボランティアのネット
ワークを活用して被災地域の学校支援を強化する。また、教科書等を無くした
子どもたちに対する教材確保の手立て、また、図書室機能の回復のためのボラ
ンティア支援を進めることが必要である。
 避難状態が長期にわたる場合、学校間で、児童の集団的な転入を可能な限り
考慮すべきであり、被災地の子どもたちが学籍を移転する場合に新たな学校の
紹介と転校を容易にするための、広域間での電子的管理システム を早期に立ち
上げることが必要である。

7.人的支援体制の構築
 ボランティアによる支援は、被災地域の被災状況や被災者のニーズにあった
ものにしなければならない。そのためにボランティアの活動全体を指揮統括し、
支援のニーズに適応的な配分を管理する部署を国または被災地域に広域的に設
置すべきである。また、公認ボランティア・ネットワークを構築し、被災地域
外からのボランティア受け入れとともに、被災地域の市民の参加を図る。さら
に、大学においては、学生のボランティア活動に対する履修単位認定などの奨
励的措置を講じるべきである。

8.被災者の心身回復への支援
 今回の震災は、被災地のみならず、マスメデイアを通して全国他地域の子ど
もや家族にASD(急性ストレス障害)の症状を招いており、今後PTSD(心
的外傷後ストレス障害)を起こす可能性がある。とりわけ津波の被災の体験によ
る PTSD はこれまでに例をみないほど重篤であると懸念される。子ども、大人、
それぞれの心身へのストレスの大きさに対応した広域にわ たるメンタルケアの
ための施策が必要である。
 乳幼児期の子どもは、毎日同じ生活リズム・ルーティーンを確立することが
喫緊の課題であり、特定の大人(養育者)との関係を築くことが優先されるべ
きである。また、親や家族、自分が大事にしていた動物、ものを失った子ども
への特別なケアが必要である。
 学童期の子どもへは、養護教諭、発達臨床心理士、臨床心理士、学校心理士
などのこころの専門家のチーム(連携協働)によるメンタルケアを学校におい
て実施していく必要がある。

9.言語弱者に対する情報伝達への配慮
 大震災のなかでは、言語弱者、例えば、日本語があまり上手でない外国人、
高齢者、目や耳の不自由な方、このような人たちにいかに正確に、いかに早く
情報を伝達するかが配慮されなければならない。今回の地震報道では、アナウ
ンサーの言葉はかなり「やさしい日本語」になっており、記者会見や一部の報
道には手話通訳が付くようになった。少し込み入った情報や解説などでは、ま
だ「やさしい日本語」では語られてはいない。さらなる改善が必要である。ま
た、緊急時に外国語での情報発信をスムーズに行うシステム作りが重要であり、
整備しなければならない。

10.大学間連携による被災地域の大学教育・研究の支援
 被災地域の大学生(および 4 月から大学進学する予定者)について、国は、
緊急奨学金制度や授業料免除措置による支援を行うべきである。大学関係者は、
被災地域の大学支援のために大学間連携を促進し、国はこれを支援するべきで
ある。
 大学間連携においては、被災地域の教員の指導の下、学生の希望に基づいて、
被災地域外の大学が一定の期限を限って学生を全面的に受け入れることにする。
また、被災地の教員の生活条件、研究・教育条件を配慮して、 被災地域外の大
学教員が、ゴールデンウィークや夏休みに代替して授業を行う方策を検討する。
図書館機能の復旧についても同様である。さらに研究費、研究資料・資材の融
通や、被災地の研究者の時限的受け入れを準備する。

Ⅲ 被災地域の復興に向けての取組み
1.被災地域の土地整備
 「がれき」には、仏壇位牌や被災者の個人的な写真、想いでの品々が混在し、
さらに被災地域の歴史や記憶を伝える歴史資料・文化財も多く含まれており、
国および自治体は協力して、この点を配慮してがれき撤去を進めなければなら
ない。
 国は、がれきについて撤去指針を定め、私有地への立ち入りを認めること、
建物、自動車・船舶、それ以外の動産について、それぞれ撤去すべき場合と、
保存する場合とを示した。撤去すべきがれきと判断されたもの(震災廃棄物)
は、県または市町村が処理するが、その費用は全額国庫補助とすべきである。
がれきの処理において、とくに損壊建物等についての権利関係を調整するため
に、法改正によって根拠づけを明確にする必要がある。
 がれき撤去に際しては、復興段階において被災以前の現地復元と土地の境界
復元を行う必要があるため、国または県は、高解像度な空中写真の撮影による
正射画像の作成と電子地図化を実施し、復興まちづくりの基礎資料として利活
用すべきである。
がれきの処分については、ダイオキシンや放射能除去対策などを含めて、 現
地の実情にあわせつつ、環境問題を配慮した処分の方法が選択される必要があ
る。倒壊建物については、アスベストが使われていた可能性があり、注意が喚
起されなければならない。
 都市部の宅地や共同住宅については、今回の大震災が阪神・淡路大震災とは
違った法的措置を必要とするかどうか緊急に検討すべきである。 農地の復旧
について、その計画の樹立、復旧の方法、財政的措置など、 さらに復旧不可能
と判断された被災農地をどうするかについて法的措置の検討が必要である。

2.仮設住宅の確保
 国、自治体は、避難という不自由な生活をできるだけ短期にするために仮設住
宅を最優先に建設し、供給すべきである。建設場所も、その後の復興のための
話し合いや家屋建築、街づくりのために、できるだけ同一市町村あるいは隣接
市町村が望ましい。がれきの撤去による大気汚染が住民の健康に被害を与える
ことがありうるので、仮設住宅建設にあたって十分留意する必要がある。
 自治体は、衣料、食糧、医薬品、雑誌・新聞等、被災者の生活ニーズに対応
し、また相談に応じ必要な情報を伝えるために、仮設住宅に近接して、包括的
な生活支援センターを設置すべきである。

3.被災地域における雇用の確保
 被災地域において、国および自治体は復興に関わる事業(がれき処理、仮設
住宅の建設、調査活動など)を失業対策事業として雇用を生み出すべきである。
また、被災地域の事業者が企業を再建するについての迅速な融資制度を設け 、
被災地域での復興活動には地元の事業者を優先するべきである。雇用・助成金・
所得保障等に関し、支援・相談のためのワン・ストップ・サービスを設置する
べきである。さらに、雇用保険および雇用調整助成金の支給要件を緩和し、社
会保険料の支払いの一定期間免除の措置をとるべきである。
 被災地域において就職内定が取り消された学生や就職できなかった学生につ
いて、国の財政支援のもとに、自治体は緊急雇用対策で被災地での「復興支援
員」として、1年間行政に雇用する等の措置をとる。国および自治体は、これ
らの学生について来年度、新卒と同様の扱いとし、不利が生じないよう日本経
団連等に働きかける。

4.被災者と被災市町村への水平的、垂直的支援
 被災市町村と近隣および遠隔地自治体間の連携は、被災者救援において大き
なひろがりを示しており、復興に際してもこのような連携が役割を果たすべき
である。受け入れ自治体は、避難者の退去が可能になるまで生活および雇用、
また子どもの教育を支援し、国はこれに必要な財政支援を行い、ペアリング方
式を推進すべきである。被災市町村に対して県は、被災地域市町村に代わる行
政事務の執行や緊急復興支援プランの策定への協力、さらに被災地 域の支援の
ために県職員・被災地域外の市町村職員の派遣などを行うべきである。

5.被災地域の教育の復興
 学校が倒壊破損した地域では、代替的な学習環境支援等を講じ、一人一人
の学習機会の確保を多様な手段を講じて行 いつつ、学校環境の早急な再建・整
備が必要である。
 被災地域では、多くの学校が避難所として使われ、教師も被災者の救援に当
たっており、教師の負担への配慮が必要である。自治体間の協力で広域人事異
動等の調整を行い、早期に学校教職員体制を復旧するべきである。また、学校
支援の専門家スタッフ配置などを行い、その経費を国や広域的に自治体が負担
できる制度を作る。さらに、被災地域の市町村教育委員会の行政支援のために、
人員の派遣が必要である。
 各大学は、被災地域自治体の教育委員会と連携し、履修単位を認定する教育
学部学生のボランテイアによる教育支援を推進すべきである。
 自治体は、国の支援のもとに、復興対応並びにその支援業務に従事している
保護者のための、無料での保育所利用支援、学童保育支援等の支援体制を早急
に確立すべきである。

6.地域の復興に向けての原則
 未曾有の被害をうけた広範囲の地域を復興する基本は、地域発展の持続可能
性を確保できる地域社会を新しく創造することである。復興は、自治体の枠を
こえた広域的な観点から考えるべきであり、市町村の自治を尊重しつつ、旧来
の自治体の統合再編等を視野に入れた地域づくりを目指すべきである。 その中
で、被災した住民コミュニティがより豊かに再建されなければならない。復興
は市民の協働の事業であり、男女共同参画を踏まえ、 また、青年の力を引き出
して進めることが必要である。

7.地域復興のための1つの提案
 復興については、次のような考え方が重要である。
 第1に、大震災のまえの地域の文化、地域社会の特性が活かされ、 子ども、
高齢者、障がい者にとって安全で、また異なった文化を受け入れる地域づくり
が目指されるべきである。
 第2に、エネルギーに過度に依存しない効率的な生活スタイルと産業構造を
基礎にして、クリーンなエネルギーを活用した地域公共交通を軸に、都市シス
テムの基本機能(行政、学校、医療、商業、通信)にコンパクトにアクセスで
きるような街づくりを目指すことである。
 第3に、農林漁業の再生を含めて、今までの地域では実行できなかった地域
イノベーションによる競争力のある産業育成を 民間事業者、大学、市民がとも
に進めていく仕組みを作り、基幹産業の確立と雇用の場の創出を図ることであ
る。
 第4に、防災視点を再検討し、防災のために必要な都市計画的措置を講じる
とともに、児童のみならず市民を含めて防災教育と災害避難訓練を徹底し、災
害危険地域と安全地域についての科学的理解を促進し、災害に強い地域社会を
作ることである。

8.防災・危機管理に関わる東北広域連合の創設の提案
 今次の大震災は、その規模と被害の大きさによって県域を超える広域的な自
治システムが重要であることを認識させた。被災地域の復興に際しては、この
広域的視点の下で、震災や危機管理にさいしての基礎自治体、広域自治体、中
央政府のそれぞれの管轄と関係そして連携のあり方を根本的に再検討し、複数8

の広域自治体(県)を包摂する新しいシステムを構築するべきである。

Ⅳ 福島第1原子力発電所の事故による避難者の救援と事故への対応
1.避難者の救援
 放射性物質の危険を避けるため避難した住民は、他地域での避難所生活を強
いられているが、もとの地域にいつ戻れるかの見通しが全くたたないという困
難な状況にある。国および自治体は、避難に際して高齢者・障がい者などのケ
アを十分に行うとともに、安全な避難先を確保し、提供しなければならない。
また、避難先での生活と雇用、および子どもの教育について、国は避難地域自
治体および受け入れ自治体と連携し、必要な援助を行うべきである。さらに、
国は、放射性物質による汚染の状況および福島第1原発の事故への対応状況、
方策および今後の見通しにつき、避難住民に迅速に正確な情報を伝えなければ
ならない。

2.放射性物質の汚染への対策と損害の補償
 今次の原発事故による避難地域は、農作物や畜産などで住民が生計をたてて
きた農村地域である。そこでの出荷制限や土壌汚染による作付け制限、風評被
害による損害は甚大である。国・自治体は、作物別の安全性 に関する正確で十
分な情報提供とその地図化を行い、農業者の行動に基準を提示し、また、国の
責任において(事後に東電に求償する)早急に被害について補償を行うべきで
ある。

3.原発事故の対応にあたる作業者の安全の確保
 福島第1原発の事故対応にあたる作業者は、極めて苛酷な環境の下で作業
に従事している。にもかかわらず、放射線被害を防止するための現場での安全
管理がずさんで不十分であることが、下請企業の作業員の被曝の事故によって
明るみにでた。国は、危険で有害な作業に従事する労働者の安全・生命の確 保
について、東電にその使用者責任を明確に指示し、ただちに事態を改善すべき
である。

4.科学的判断に基づく政治的な責任をもった情報発信と行動基準の
提示
 放射性物質の放出・拡散および福島第1原発事故への対応に関する情報 発信
は、この間、社会に大きな不安を生みだした。科学的に信頼でき、かつ、政治
的に責任をもった情報発信のために、国のもとに一元的な発信体制を構築し、
政府の代表者とともに科学者が直接に市民に説明するべきである。また、情報
発信に際して、その事態の中で市民が行動する基準を明確に示し、その行動を
支える体制をとることである。行動の指示から生じる法的責任をおそれてあい
まいな態度をとることは、かえって市民の安全を損ない、「風評被害」などの問
題を引き起こす。

5.国際的に信頼される情報発信の必要性
 放射性物質の放出・拡散によって生じた危険性について、米国、英国などは、
日本政府よりもより厳しい評価を行い、日本在住自国民への避難勧告を出した。
このため、日本の市民に対し十分な情報が開示されているのか、また、日本の
安全基準および放射性物質の測定手続きが国際基準に照らして適切であるかが
問題とされている。国、関係諸機関および事故の当事者である東京電力は、情
報を完全に開示し、国内の科学者の協力の下、関係外国機関、外国研究者の支
援を適切に求め、国際的に信頼される情報の発信をするべきである。

6.原子力発電所の総点検
 地震・津波の危険性がある地域には、福島原発に限らず、多くの原発が存在
する。これらを含めて、全国の原発につき国内的、国際的な基準に基づく安全
性の総点検を行い、基準に満たない原発の稼働を止めるなどの方策をすぐに進
めるべきである。

7.放射性廃棄物の安全な処理体制の確立
 今次の事故は、破壊された建屋の残骸から、放射性物質を含んだ大量の水、
汚染された土壌まで、大量の放射性廃棄物を生み出した。日本全国の原発の稼
働によって、すでに大量の高レベルおよび低レベルの放射性廃棄物が存在する。
国は、自然環境と人間生活に危険が及ぶことのないように 、これらの放射性廃
棄物の安全な処理体制を確立するべきである。

8.事故の克服のために科学者の総結集と行程の提示
 国は、事故の克服のために、国内科学者の総力を結集する体制をつくり、 国
際的な協力・支援を積極的に求め、事故の処理にあたるとともに、放射能漏出
抑止、炉心の冷温停止、そして廃炉にいたるまでの 行程を提示し、たえず迅速
で十分な情報発信を行うべきである。

 日本学術会議は、1949年の創設以来、原子力に 関わる提言や声明を発出
してきた。とくに1954年の原子力平和利用に関する3原則(公開・民主・
自主)の声明は原子力発電への道を開いたものであり、また、地震予測や大災
害への対応策についても少なからぬ提言を行ってきた。今次の事態に直面して、
われわれは、あらためてわれわれ自身の自己点検を行う必要があると考える。
原子力発電の安全性やエネルギー問題に関する議論に問題はなかったか。地震
予測や大災害への対応策に関する学術的成果にかかわらず、それが十分に活か
されなかったのはなぜか。学術によって安全をいかに確保するかを課題にする
「安全学」の提唱は、なぜ推進されなかったのか。日本学術会議は、これらの
自己点検を通じて、被災地域の創造的復興と持続可能な日本社会の再生に寄与
する決意である。