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新しい研究領域「霊長類考古学」の成立
松沢哲郎
霊長類研究所教授は、霊長類学と考古学を組み合わせた新しい研究領域の成立と、最新の研究成果を公表しました。
この研究成果は、英国科学誌「Nature」2009年7月16日号に掲載されます。
掲載論文は、下記のとおり、マイケル・ハスラム博士(ケンブリッジ大学)ほか、18名の共著論文。京都大学とケンブリッジ大学を中心とする日本・英国・米国・イタリア・スペイン・カナダ・フランスの7カ国の国際チームで、日本からは松沢教授がチンパンジー研究代表として参加しています。
掲載論文:
"Primate Archaeology."
Michael Haslam, Adriana Hernandez-Aguilar, Victoria Ling, Susana
Carvalho, Ignacio de la Torre, April DeStefagno, Andrew Du, Bruce Hardy,
Jack Harris, Linda Marchant, Tetsuro Matsuzawa, William McGrew, Julio
Mercader, Rafael Mora, Michael Petraglia, Helene Roche, Elisabetta
Visalberghi, Rebecca Warren.
Nature. 16 July 2009.
HTML http://www.nature.com/nature/journal/v460/n7253/full/nature08188.html
PDF http://www.nature.com/nature/journal/v460/n7253/pdf/nature08188.pdf
概要
考古学Archaeologyは、これまで「人間の文化を研究対象とする科学」だった。過去の人間の遺物の発見と解析を通じて、人間の文化とその歴史を知る学問である。とくに、道具の製作と使用、道具がどのように空間的に分布しているかなどの解析を含む。
今回の論文が提起しているのは、考古学の再定義である。
<背景として: 文化人類学Cultural Anthropologyという学問があるが、ヒト以外の霊長類にも文化があることが明確に判明して10年以上が経過して、文化霊長類学Cultural
Primatologyという研究分野が確立している、それと同様に>考古学は、「(人間を含めた)霊長類の文化を研究対象とする科学」と再定義できるし、そうなる必要性、必然性がある。過去の人間を含めた霊長類の遺物の発見と解析を通じて、霊長類の文化とその歴史を知る。とくに、「過去だけでなく現在において」、道具の製作と使用、道具がどのように空間的に分布しているかなどの解析を含む。
多様な道具使用が研究対象だが、これまでに人間だけでなく、アフリカのチンパンジーと、さらには東南アジアのカニクイザルと、南米のフサオマキザルで、石器を使うことが近年あいついで発見報告された。ヒトを含めた4種の霊長類で、この石器使用の詳細を比較検討する必要がある。とくに、チンパンジーの石器使用が重要で、永年の使用によって蓄積された石器とその残骸の詳細な考古学的研究が必須である。なぜなら、これまで人類化石とともに出土したいわゆる石器と呼ばれる遺物が、石器製作の結果ではなくて、石器使用の副産物としての剥片等である可能性が高いことが示唆される。
7月16日の時点で、著者のうち5名がケニアの人類化石の発掘調査地で共同調査をおこなっている。(松沢教授は昨年7月にケニアのツルカナ湖畔の発掘調査地を訪問した)。300万年以前に焦点をあてた「最古の石器」の発掘調査である。なお、日英が担当するギニアのボッソウは、唯一のチンパンジー研究調査地であるとともに、「過去だけでなく現在において」、どのように石器が使われているか、使われてきたかを知る「霊長類考古学」の最初の実践場所となった。石器使用という行動の社会的に複雑な側面は、いわゆる従来の考古学的な遺物の記録から再現することはできない。石器を使う行動が直接観察できるという利点がある。その結果、親子のきずなにもとづく「教えない教育、見習う学習」と呼ばれる観察学習の過程があって、4-5歳になって初めて石器が使えるようになることがわかった。親は手本を示す(逆にいえば、積極的に教えない)、子どもは自発的にまねようとする強い動機付けがある、子どもが自主的に関わる限り、親やおとなは寛容である。
ビデオクリップ
ボッソウの野生チンパンジーの石器使用、教えない教育と見習う学習
補足説明
論文の共同執筆者の18人のうち、主要な5名(研究調査地の代表者等)は、松沢教授以下、次の方々である。
考古学者 ジャック・ハリス:
米国ラトガース大学教授、ケニアのツルカナ湖東岸のコービフォーラで約200万年前の化石人類の発掘調査をしている。2009年1月に、足跡の論文がサイエンスに掲載されている。
考古学者 エレーヌ・ロシュ:
フランスCNRS考古学民族学研究所主任研究員、北部のツルカナ湖(Lake
Turkana)西岸で、約230万年前の石器工房を発見した。1999年のネイチャーの論文である。
霊長類学者 エリザベッタ・ビザルベルギ:
イタリア・認知科学工学研究所主任研究員、ブラジルの乾燥地帯で野生のフサオマキザルが石のハンマーを使って、おおきなストーンベッドの上でヤシの硬い種を割って食べていることを発見し、世界で始めて報告した。チンパンジーのように一組2個の石ではなくて、ハンマーは1個で、大きな石の上に自分ものって割る。
霊長類学者 ウィリアム・マグルー:
英国・ケンブリッジ大学レバーヒューム人類進化科学研究所教授、霊長類文化人類学を唱えた人である。全体のリーダー格。彼の指導する大学院生たちがこの新しい学問、霊長類考古学の主体である。
昨年11月に、霊長類考古学のシンポジウム「石器の技術」がケンブリッジ大学で開催され、今回の面々が初めて一堂に会した。その成果を今回の論文にまとめた。
道具を使うのは人間だけではない。人間以外の霊長類も道具を使う。それぞれの群れで異なる道具の文化があることがチンパンジーでは確証されている。とくに石器のばあいは、証拠が残り、蓄積する。したがって、過去にさかのぼった考古学的な検証も必要である。
化石人類の道具使用と違って、現在おこなわれている道具使用をそのまま観察できることが、人間の石器研究にはない利点である。
したがって、従来の考古学が、人間の過去の遺物を検証する学問であったが、霊長類考古学は、人間を含めた霊長類の、過去と現在の遺物を検証することで、文化とその歴史を知る学問だといえる。
報道サイト
science daily
http://www.sciencedaily.com/releases/2009/07/090715131437.htm
e! Science News
http://esciencenews.com/articles/2009/07/15/primate.archaeology.sheds.light.human.origins
labs paces
http://labspaces.net/98658/Primate_archaeology_sheds_light_on_human_origins
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