朝日新聞 2009年1月31日夕刊
チンパンジーは石器をつくるか? 京大などギニアで実験
石を「道具」に種を割る行動で知られる野生のチンパンジーに、200万年ほど前の人類の祖先が石器の材料にしていたとみられる原石を与えたら、石器づくりをするだろうか。京都大霊長類研究所(愛知県犬山市)と英国・ケンブリッジ大の研究者らが、アフリカのギニアで、こんな実験を進めている。人類の祖先の石器づくりの過程を解き明かすヒントがつかめるかもしれないと、夢は広がる。
■ひらめきあれば
チンパンジーのジェジェ(11歳)が、灰色の直径10センチほどの石を左手に持ち、台石の上に置いたアブラヤシの種にたたきつける。殻を割り中身を食べるためだ。
衝撃で平らな台石が割れると、気付いたジェジェはなんだろうとのぞき込む。再びアブラヤシの種を置こうとするが、割れた台石の上にはうまく置けない。何度か繰り返すうちにあきらめたのか、とうとう水を飲みに立ち去った。
ジェジェが残した後を確認すると、台石は真っ二つに割れていた。ハンマーとして使われていたのは、ケニアの遺跡群から持ってきた玄武岩の石で、割れた台石はもとからある堆積岩(たいせきがん)の石だ。
「ジェジェにあと一歩のひらめきがあれば、新たな石器が生まれる瞬間になるのかもしれない」。観察していた京大霊長類研究所長の松沢哲郎教授は、こう話す。
ジェジェがいる野生のチンパンジーの群れ(現在13匹)は、ギニア東部のボッソウ村に近いバン山(標高約700メートル)で暮らす。石を道具にアブラヤシなどの種を割って食べることで知られている。
松沢教授らの研究チームは、群れが1日に何回かやってくるバン山頂で、植物でカムフラージュした場所から実験を見守る。
■霊長類学と考古学のコラボ
実験は、06年から同研究所の調査に加わっているケンブリッジ大の大学院生で考古学を専攻するスザーナ・カルバーリョさんが松沢教授に持ちかけ、霊長類学と考古学のコラボとして実現した。
過去に米国の研究者が、飼育しているボノボ(チンパンジーに近い種、ピグミーチンパンジーとも呼ばれる)に石器を作らせる実験をしたことがある。だが、野生のボノボは道具を使わない。実験でボノボがした行為を石器づくりとは当時、研究者たちは見なさなかったらしい。道具を使うボッソウのチンパンジーなら、違う結果が出るかも知れないというのが、今回の実験の狙いだ。
せっかくなら人類の祖先である化石人類が石器などと共に見つかった場所にある原石で試してみようと、松沢教授とカルバーリョさんは昨夏、ケニアを訪問。200万年前ごろの人類の祖先の化石や当時使われていたとみられる石器が数多く見つかっているトゥルカナ湖畔東岸にある遺跡群の一つ、コービ・フォーラで、重さ1キロほどの石10個を選び、航空便で運び込んだ。
この石を判別がつくよう印をつけた上で、昨年11月から実験を開始した。
■手頃な石で偶然に?
松沢教授によると、バン山での観察で、ジェジェのような行動――種を割っていたら偶然、台石が割れた――ケースが数例みられたという。
考古学では、人類の石器づくりの最も初期の段階のものであるオルドワン型石器は、当時の人類が硬い石などで別の石に力を加えた際にできたものと考えられている。
「今回観察されたチンパンジーのケースに近く、石器の誕生は偶然によるものだったのではないか」と松沢教授は推測する。
さらに、松沢教授は、チンパンジーたちがコービ・フォーラ産の石を「好んで使うことが多い」ことに注目する。これまでの約30回の観察では、チンパンジーたちは必ずこの石を使った。「硬く、手に持った形も重さも適当なのではないのか」と分析する。
松沢教授は「人類の祖先も、使いやすい石を使っているうちに、偶然に石器づくりにたどりついたのかもしれない。チンパンジーの石の選び方や行動を見ていると、石器づくりが『再現』される可能性を感じる」と話す。
研究チームは、2月上旬まで現地で実験観察を続ける。(藤浦大輔)
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