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京都大学霊長類研究所 > 年報のページ > Vol.47 目次
Ⅶ. 共同利用研究
1. 概要 平成28年度の共同利用研究の研究課題は、以下の4つのカテゴリーで実施されている。 A 計画研究 B 一般個人研究 C 一般グループ研究 D 随時募集研究
共同利用研究は、昭和57年度に「計画研究」と「自由研究」の2つの研究課題で実施され、昭和62年度からは「資料提供」(平成14年度から「施設利用」と名称を変更、さらに平成20年度から「随時募集研究」と名称を変更)を、平成6年度からは「所外供給」(平成14年度から「所外貸与」と名称を変更し、平成15年度で終了)が実施された。さらに平成23年度からは「自由研究」を「一般個人研究」と「一般グループ研究」に区分して実施されている。それぞれの研究課題の概略は以下のとおりである。 「計画研究」は、本研究所推進者の企画に基づいて共同利用研究者を公募するもので、個々の「計画研究」は2~3年の期間内に終了し、成果をまとめ、公表を行う。 「一般個人研究」および「一般グループ研究」は、「計画研究」に該当しないプロジェクトで、応募者(研究所外の複数の研究室からの共同提案によるものは一般グループ研究)の自由な着想と計画に基づき、所内対応者の協力を得て共同研究を実施する。 「随時募集研究」は、資料(体液、臓器、筋肉、毛皮、歯牙・骨格、排泄物等。生理実験・行動実験・行動観察も含む)を提供して行われる共同研究である。 なお、平成22年度から、霊長類研究所は従来の全国共同利用の附置研究所から「共同利用・共同研究拠点」となり、これに伴い、共同利用・共同研究も拠点事業として進められることとなった。 平成28年度の計画研究課題、および共同利用研究への応募・採択状況は以下のとおりである。
(1) 計画研究課題 1.アジア産霊長類の進化と保全に関する国際共同研究 実施予定年度:平成26年度~28年度 課題推進者:川本芳、マイケル・ハフマン、半谷吾郎、辻大和、アンドリュー・マッキントッシュ、田中洋之 本課題は、生態学・行動学・集団遺伝学・寄生虫学の視点から、アジア産霊長類の進化ならびに保全に関わる研究を推進する。本課題では、原則的に海外研究者を含む研究課題を採択し、国際共同研究を活性化させることも目的とする。
2. 頭骨及び歯の形態に関する多面的研究 実施予定年度:平成27年度~29年度 課題推進者:高井正成、西村剛、江木直子、平崎鋭矢、伊藤毅 霊長類を中心とした動物の頭骨・顎・歯牙の形態やその機能に関して、外表携帯の幾何形態学的解析やCTを用いた内部構造解析、運動学的解析、数値シミュレーション分析などといった様々な手法を用いた研究を推進する。
3. 霊長類のこころ・からだ・くらしにおける発達と加齢に関する総合的研究 実施予定年度:平成27年度~29年度 課題推進者:友永雅己、濱田穣、宮部貴子、林美里、足立幾磨 チンパンジー、テナガザルなどの類人猿やニホンザルなどの真猿類を主たる対象として、胎生期から老年期までの各年齢段階におけるこころ・からだ・くらしの変化とその相互作用について総合的に研究を進める。比較認知科学、行動学、形態学、生理学・獣医学など多様な研究手法のもと、実験室や放飼場などでの認知実験や社会行動の観察、身体機能の発達的変化、加齢にともなう健康管理など、多様なトピックを総合的に推進する。
4. 集団的フロネシスの発現と創発に関する研究 実施予定年度:平成28年度~30年度 課題推進者:高田昌彦、中村克樹、大石高生、宮地重弘、井上謙一 集団を起点とした個体の多様性と役割形成がどのようにして生まれ、それが集団における知の実践的プロセス(集団的フロネシス)の発現と創発にどのように関与しているのかを、多階層的かつ独創的な集団レベルと個体レベルの解析を通して探求する。
(2) 共同利用研究への応募並びに採択状況 平成28年度は計162件(延べ431名)の応募があり、共同利用実行委員会(中村克樹、今村公紀、明里宏文、友永雅己、西村剛、辻大和)において採択原案を作成し、共同利用専門委員会(平成28年2月29日)の審議・決定を経て、拠点運営協議会(平成28年3月17日)で承認された。その結果、135件(361名)が採択された。
各課題についての応募・採択状況は以下のとおりである。
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2. 研究成果 A. 計画研究 2016-A-1 Phylogenetic and population genetic studies for conservation of nonhuman primates in Myanmar Aye Mi San (Mawlamyine University) 所内対応者:田中洋之 Myanmar holds a great diversity of nonhuman primates as many as 16 species.However, most of them are threatened due to illegal hunting for foods and pet trade and habitat degradation by anthropogenic activities. Under the planned research “International Cooperative Research on Evolution and Conservation of Asian Primates”, I analyzed variations in mitochondrial DNA in macaques (Macaca fascicularis aurea; Mfa, M. arctoides, M. leonina and M. mulatta) to obtain the phylogeographical information necessary for conservation of each species in Myanmar. For the Myanmar’s long-tailed macaque (Mfa), I investigated the phylogenetic position of Mfa by analyzing of mtDNA and Y-chromosomal sequences. Fecal samples of six inland populations were collected and used for DNA extraction. I determined approx. 1.5 kb of the mitochondrial 12S-16S region and approx. 2.3 kb of TSPY (testis-specific protein, Y chromosome) gene. In order to avoid amplifying the NUMT, the long-PCR product of the 9 kb region of mtDNA was used as a template to amplify the target region. Phylogenetic trees were inferred by Bayesian analysis for mtDNA and by maximum likelihood method for TSPY by employing the DNA sequence data of other macaques representing 5 species groups in the genus. Five and two haplotypes were detected for mtDNA and TSPY from the samples examined, respectively. A monophyletic cluster of Mfa mtDNA was included in the sinica-group while Mfa TSPY was placed in the fascicularis-group. Incompatibility of the phylogenetic position of Mfa between mtDNA and Y chromosomal trees suggests a possible hybrid origin of Mfa. This unique character of Mfa can allow recognizing Mfa as an evolutionary significant unit in long-tailed macaques. The result of the study of Mfa was presented at the 5th Asian Primates Symposium (Sri Jayewardenepura, Sri Lanka, 20 October 2016). Next, I developed a genetic marker for the detection of intra-specific variation: the mitochondrial 1.8kb region that included a full length of cytochrome b gene and hyper variable region 1 of D-loop. In Mfa, the 1.8 kb region was more variable than the 12S-16S region (average P-distance among different haplotypes was 0.0152 for the 1.8 kb region and 0.0049 for the 12S-16S region). Similarly the 1.8 kb region was determined for M. leonina and M. arctoides and M. mulatta. The result of phylogenetic analysis indicated that Myanmar’s M. leonina separated into at least three haplogroups. As to M. arctoides and M. mulatta, further study will be necessary including more samples in order to elucidate the phylogeography in Myanmar and detect the local conservation units. This result was presented at the following conference: Generalization Meeting of Planned Research Program 2014-2016 "Evolution and Conservation of Asian Primates", Pre-symposium meeting for generalization meeting of cooperative research program of Primate Research Institute, Kyoto University (Sri Jayewardenepra University, 17 October 2016).
2016-A-3 飼育下チンパンジーにおける炭素・窒素安定同位体分析 蔦谷匠(京都大・院・理)、米田穣(東大・総合研究博物館)、中川尚史(京大・院・理学)所内対応者:宮部貴子 同位体採食生態食の研究では、生物の体組織の安定同位体比から採食物の割合を定量的に推定するために、食物と体組織・排泄物のあいだの同位体比の差分をあらかじめ算出しておく必要がある。霊長類研究所に飼育される13個体のチンパンジーを対象に、糞と毛について、この値を求める研究を実施した。その結果、ヒトや他の霊長類種で報告されているのと同様の値が得られた。本成果 (Tsutaya T et al., 2017. Rapid Commun Mass Spectrom 31:59-67. DOI: 10.1002/rcm.7760) は、野生チンパンジーの同位体採食生態復元の研究に対して、重要な基礎データを提供するものである。 また、同位体分析によって栄養状態や食性のモニタリングができないか検討するために、約1年間にわたって、これらのチンパンジーの尿も連続的に採取した。ボノボやオランウータンの研究から、尿の窒素安定同位体比や窒素濃度は、タンパク質摂取や代謝の状態を非侵襲的にモニタリングできるマーカーになり得る可能性が示唆されている。現在、安定同位体比の測定のための基礎検討や前処理を実施している段階であり、分析の結果が得られ次第、データ解析を実施し、論文化にとりかかる予定である。
2016-A-4 チンパンジーの比較解剖学―乳様突起部と股関節を中心に― 滝澤恵美(茨医療大・保健医)、矢野航(朝日大・歯・口腔解剖)、 長岡朋人(聖マリ・医・解剖) 所内対応者:西村剛 チンパンジーの後頭部を解剖し血管と神経の分布を確認した。後頭動脈の剖出を頭板状筋の表層と深層で試みたが後頭動脈は欠損していた。後耳介動脈が胸鎖乳突筋の表層を後ろに走行し、頭板状筋の表層を通り正中に達した。おそらく後耳介神経が後頭動脈の分布域に至り、後頭動脈の相当枝になると予想できた。大後頭神経は僧帽筋を貫いて後頭骨の正中部に分布することが確認できた。また、第三後頭神経は頭板状筋を貫き上行し、後耳介神経の近傍まで至る枝と僧帽筋の後ろに入り込む枝に分かれた(Fig.1)。 サバンナモンキーの頸部周りの解剖を行い骨格筋と神経分布を確認した。舌骨上筋、舌骨下筋を確認した。また側頸部の血管と神経の走行を観察し、この種では①外頸動脈が顔面神経・耳下腺神経叢の一部を貫くこと、②広頸筋の起始が肩甲棘まで広がっている所見を得た。これはヒトや多くはないが他の霊長類の解剖所見にはなかった新しい観察であった(Fig.2)。
2016-A-5 第四紀ニホンザル化石の標本記載と形態分析 西岡佑一郎(早稲田大学高等研究所) 所内対応者:高井正成 平成27年度に引き続き、第四紀ニホンザル化石の記載と形態観察を行った。まず、後期更新世の化石産地(栃木県葛生、静岡県谷、白岩鉱山、岩水寺、高知県猿田洞、山口県伊佐)から発見されている化石標本(実物化石計27点)を対象に歯牙および骨の特徴を記載し、各都道府県の現生ニホンザルの骨格標本と比較して、年代的な形態差を記録した。これら更新世の化石標本は現生集団と比べてほとんど形態に違いが見られないが、葛生産の大臼歯標本3点は歯冠サイズが現生集団よりも明らかに大型であった。大型標本は谷下産の上顎骨に含まれる第三小臼歯~第三大臼歯にも観察された。また、この標本は(1)頰骨の近心側の付け根が通常のニホンザルよりも近心に位置している点、(2)口蓋孔およびその近位にある神経孔の位置が通常よりも近心に位置している点で現生標本と違いが見られた。標本の状態からして、これらの特徴は臼歯列が全体的に6 mm程後退した結果とも考えられる。谷下産化石標本は第三大臼歯が完全に萌出した成体雄と同定されるため、観察された形態差は成長や性差によらない個体変異と推定された。上顎骨が化石として見つかるケースは稀であるため、同じような特徴をもつ化石標本はまだ見つかっていないが、今後は年代的な形態変化である可能性も考慮して調査を進めていく必要がある。完新世の化石標本(計268点)は主に山口県の秋吉台から見つかったもので、本年度は標本の写真撮影と計測作業を行った。化石標本の調査と並行して、これまでデータがほとんどなかった四国(高知・愛媛)産の現生ニホンザル骨格標本(計170点)をデータベース化し、歯牙の計測値をとった。化石標本の中には四国産のニホンザル化石が含まれているため、今後は現生種の基礎データに基づき形態分析を試みる。
2016-A-6 脳機能におよぼす腸内細菌叢の影響 福田真嗣、福田紀子(慶應義塾大・先端生命科学)、村上慎之介(慶應義塾大・政策メディア)、伊藤優太郎(慶應義塾大・総合政策)、石井千晴(慶應義塾大・政策メディア)、谷垣龍哉(慶應義塾大・環境情報) 所内対応者:中村克樹 ヒトを含む動物の腸内には、数百種類以上でおよそ100兆個にも及ぶとされる腸内細菌が生息しており、宿主腸管と緊密に相互作用することで、宿主の生体応答に様々な影響を及ぼしていることが知られている。近年マウスを用いた研究で、腸内細菌叢が脳の海馬や扁桃体における脳由来神経栄養因子(BDNF)の産生量に影響を与え、その結果マウスの行動に変化が現れることが報告されている(Heijtz, et al., PNAS, 108:3047, 2011)。これは迷走神経を介した脳腸相関に起因するものであることが示唆されているため、腸内細菌叢の組成が宿主の脳機能、特に情動反応や記憶力に影響を及ぼす可能性が感がられる。しかしながら、これら情動反応や記憶力と腸内細菌叢との関係を調べるには、マウスなどのげっ歯類では限界があると考えられることから、本研究では小型霊長類であるコモンマーモセットに着目し、高次脳機能、特に情動反応や記憶力と腸内細菌叢との関係について解析を行うことを目的とした。本年度は高次脳機能評価を行うための課題訓練を実施した。14頭のコモンマーモセットに図形弁別課題およびその逆転学習課題を訓練した。さらに、記憶機能を検討するため空間位置記憶課題も訓練した。これらのマーモセットの便を採取し、腸内細菌叢の解析を行った。次年度には腸内細菌叢と認知課題の成績との関係について検討する予定である。
2016-A-8 個体関係の定量化法の開発 磯田昌岐、二宮太平(自然科学研究機構・生理学研究所・システム脳科学研究領域)所内対応者:高田昌彦 霊長類動物では他の哺乳類動物と比べて集団サイズが大きく、複雑な社会関係が存在する。まず、社会的序列に基づく個体関係を定量化するため、2個体対面での餌取り課題を考案した。モンキーチェアに座って対面する2頭のサルの中央に実験者がひとつずつペレットを置き、サルはそれを競争的条件下で獲得した。上下関係が固定化したサル同士では、すべての試行において上位のサルがペレットを獲得した。上下関係が固定化していないサル同士では、各実験日の最初の試行でペレットを獲得したサルが優位となり、その日の餌取り行動を支配したが、どちらのサルが優位となるかは日によって異なった。社会的階層構造の固定化には、餌取り行動以外の要因も重要であることが示唆された。次に、自他の報酬獲得頻度の差に基づく個体関係を定量化するため、2個体対面での古典的条件づけを考案した。モンキーチェアに座って対面する2頭のサルの中央に、自己と他者で異なる報酬確率を関連づけた図形刺激を提示した。自己の報酬確率が一定であっても、他者の報酬確率が増加するにしたがい報酬期待行動の振幅が低下した。自己報酬の価値評価は、他者報酬との比較をとおして行われることが示唆された。
2016-A-9 コモンマーモセットにおける空間認知 林朋広(関西学院大・院・文学)、佐藤暢哉(関西学院大・文・総合心理科学) 所内対応者:中村克樹 本研究は、コモンマーモセットの空間認知能力について検討することを目的として、齧歯類を対象とした研究で用いられてきた迷路と同様の実験事態を使用した空間学習課題や空間記憶課題を開発することを目的としていた。マーモセットを飼育ケージから実験箱に移動して課題を課すことは困難であると判断し、飼育ケージ内で実施できる実験課題を開発する方針を決定した。そのために、マーモセットの実際の飼育環境の詳細を観察し、飼育ケージのサイズなどの観点から空間学習課題事態の候補をを絞りこみ、必要となる装置を考案した。 具体的には、マーモセットの運動能力を考慮、縦方向への移動を含めた三次元的構造を予定している。課題の基本的構成は、齧歯類でよく使用される放射状迷路の形式を想定している。中央の位置から周囲に配置している穴まで行き、そこから下方向へ移動することを求める。穴の最底部まで到達することを、その選択を行ったとみなし、正答の場合はそこに報酬を呈示できるようになっている。今後は、詳細部分を修正の上、迷路を作成し、実際にマーモセットを対象にいくつかの空間学習課題を実施したいと考えている。
2016-A-10 化石頭蓋形態の推定モデルの作成と検証 森本直記(京都大・理学) 所内対応者:西村剛 遺伝的な情報が得られない化石種においては、類縁関係を推定するうえで形態情報が最も重要である。一方で、形態学的な解析にも限界がある。特に、定量分析に必要な解剖学的特徴が欠損している化石種を対象とする場合、現在広く用いられている幾何学的形態計測の手法が適用できない。本研究では、サイズ変異に伴う形態変異(アロメトリー)に着目し、現生種におけるアロメトリーのパターンを「外挿」することで、現生種にみられる形状変異をもとに化石種の形状を推定復元する手法を開発することを目的に研究を行った。 今年度は、すでに取得済みの現生マカクザルとヒヒ類の3次元頭蓋骨モデルに加え、補完的にデータを取得し、定量解析を行った。その結果、マカクとヒヒに共通なアロメトリーのパターンと、アロメトリーとは無関係な形態変異を切り分け、それぞれ抽出することに成功した(添付画像、第1主成分1と第2主成分に対応)。
2016-A-11 チンパンジーとヒトにおける大域的な視覚情報処理に関する比較認知研究 伊村知子(新潟国際情報大学情報文化学部) 所内対応者:友永雅己 昨年度(2015年度)の共同利用研究から、チンパンジーも、ヒトと同様に、複数の物体の平均の大きさを知覚することが明らかになった。この結果は、ヒトの方が、運動や形態の情報を統合して大域的に処理する能力は優れている可能性を示す従来の知見とは異なるものである。そこで、本年度は、大きさ以外の属性として、複数のキャベツの葉の「鮮度」の「平均」を知覚する能力について、チンパンジー2個体とヒト9名を対象に検討した。 「鮮度」の異なる画像が左右に1枚ずつ呈示されるSingle条件、左右に6枚ずつ呈示されるHomogeneous条件、左右の6枚ずつ呈示されるが、6枚は同一画像ではなく3種類の異なる「鮮度」の画像が2枚ずつから構成されるHeterogeneous条件の3条件で正答率を比較した。その結果、チンパンジー、ヒトともにSingle条件、Homogeneous条件よりもHomogeneous条件において、有意に高い正答率を示した。したがって、チンパンジーもヒトも「鮮度」の「平均」を知覚している可能性が示唆された。
2016-A-12 霊長類における音声コミュニケーションの進化および発達過程の研究 山下友子(芝浦工業大学)、平松千尋、中島祥好、上田和夫、杉野強、佐伯大道、外城美紀(九州大学) 所内対応者:友永雅己 本研究では、ヒトを含む7種の霊長類の音声を種・性別・発達段階・録音条件によって分類したうえで、グループ間の非類似度行列から多次元空間内の刺激布置を求めた。音声を24周波数帯域に分割し、各帯域におけるパワー変動から帯域間の相関係数行列を算出した。行列間のユークリッド距離を求めて非類似度行列とし、非計量的多次元尺度構成法で刺激布置を求めた。その結果、ヒトの成人とヒト・類人猿以外の霊長類のグループが分かれて布置され、その中間にヒトの乳幼児のグループが布置された。この傾向は、成人・乳幼児・チンパンジーのデータを取り出した分析からも確認された。また、乳幼児の月齢が高いほど成人グループに、月齢が低いほどチンパンジーグループに近づくような傾向が得られ、ヒトを含めた霊長類の進化、発達に伴う声道構造の変化が音声にも反映されていることが示唆された。しかし、ニホンザル、テナガザルなども分析に含めた場合、チンパンジーの音声は、必ずしもヒトの音声グループ付近に布置されないことが明らかとなった。
2016-A-14 チンパンジーの口腔内状態の調査と歯科治療法の検討 桃井保子(鶴見大・歯・保存修復学)、花田信弘、今井奨、岡本公彰(鶴見大・歯・探索歯学)、齋藤渉(鶴見大・歯・保存修復学)、宮之原真由(鶴見大・歯・探索歯学) 所内対応者:宮部貴子 チンパンジーの口腔細菌叢の解析を行った結果、ミュータンスレンサ球菌の新菌種を見つけ、S. troglodytaeと命名しInt J Syst Evol Microbiol. (2013)に発表した。この菌の全遺伝子を調べ、ヒトう蝕病原菌のS. mutansと比較を行った。方法は、チンパンジー口腔から分離されたS. troglodytae TKU31株を対象とし、Roche GS FLXにより得られた配列からアセンブル作業とGap closingにより全ゲノム配列を決定した。その結果、S. troglodytaeは、全長2,097,874 bp, DNA GC含量は37.18%であった。アノテーションの結果、CDSは2,082で、S. mutansの遺伝子と非常に類似していた。病原因子遺伝子として、グルコシルトランスフェラーゼ遺伝子(gtfB, gtfCおよびgtfD)、グルカン結合タンパク遺伝子(gbpA, gbpB, gbpCおよびgbpD)を持っていた。セロタイプを決定するrhamnose-glucose polysaccharide遺伝子はS. mutans LJ23株(セロタイプk)と最も類似していた。以上のことから、チンパンジーにはヒトと類似のう蝕原性細菌が存在するが、Momoiらが報告(JADR, 2010)した歯および歯周組織の検査結果では、う蝕が非常に少なく(カリエスフリーの傾向) 、plaque indexが大きいことを考慮すると、人類のう蝕起源は砂糖摂取が重要な因子である可能性が改めて示唆された。また、plaque の蓄積が顕著であるにも係らず、歯周ポケットの測定値は歯周組織がいたって健全であることを示しており、これも歯周病の病因を考える上で興味深い事象であった。また、宿主とその口腔細菌は共進化することが考えられた。(DDBJ/ENA/GenBank accession no AP014612) 検診の結果、抽出された所内2個体の歯科治療(歯髄炎、根尖性歯周炎に対する根管治療)をヒトと同様の手技で行った。その内1個体の術後6年の検診では根尖性歯周炎の治癒と、その良好な長期経過が認められている。歯髄炎から移行する根尖性歯周炎は長期放置により歯性感染症など全身の健康にも影響を及ぼす可能性があり、また再発のリスクも高く、検診による早期発見、治療、経過観察が求められる。
2016-A-15 視覚刺激の好みに対するホルモンの影響 倉岡康治、稲瀬正彦(近畿大・医・生理) 所内対応者:中村克樹 霊長類は他個体に関する視覚情報に興味を示す。また、動物の社会行動においてはテストステロンやオキシトシンが重要な役割を果たすことが知られているため、上記のホルモンがニホンザルの社会的視覚刺激の好みにどう影響するかを行動実験で調べることを目的としている。 本実験では、飼育ケージ内でのサルの自発的な行動によりデータを得る実験環境を構築することにした。霊長類研究所飼育室において、飼育ケージにタブレット型コンピューターを取り付け、複数の他個体画像を提示する。サルがある画像に興味を示して触れれば、その画像をより長く提示し、別の画像に興味を示さず触れることが無ければ、その画像は少しの時間の後に消えるようにプログラムする。この課題で各視覚刺激に対するサルの興味を調べ、テストステロンやオキシトシンを投与した後、その興味がどのように変化するかを調べる。 本年度は、本研究課題の初年度であるため、実験環境の構築を行った。タブレット型コンピューターを防水ボックスに入れ、画面のみがサルに見えるようにして、飼育ケージに固定した。他個体画像が提示されると、サルはじっと見つめていた。今後は装置への馴致を進め、サルが画像に触れる状況になってからデータを取る予定である。
2016-A-16 人類出現期に関わる歯と頭蓋骨の形態進化的研究 諏訪元、佐々木智彦、小籔大輔(東京大・総合博)、清水大輔(京都大・理) 所内対応者:高井正成 エチオピアの中新世後期チョローラ層出土の霊長類化石(850から700万年前)の評価を進めた。2016年の調査により、オナガザル化石がさらに増し、800万年前のBetichaサイト出土のものは総数20点に達した。標本増により、Betichaのコロブス化石が複数種含むのか、変異の大きい単一種か、改めて検討する必要が生じた。先行研究では、下顎臼歯ノッチが深い(葉食適応の進行と関わると解釈される)コロブスは、700万年前以後から報告されている。そのため、Betichaのコロブスの下顎臼歯ノッチ深さと種構成の評価が重要である。そこで、前年度に継続し現生種における下顎臼歯ノッチ深さ等の臼歯形態を調査した。現生標本では歯頚線位置の判定が難しい場合があるため、Colobus polykomosの臼歯60点ほどについてマイクロCT画像と表面3次元画像の双方を獲得し、後者による歯頚線認定に問題がないことを確認した。その上で、C. polykomos, Pi. badius, Pr. verusの3種においてノッチ深さ、咬合面小窩長、咬頭尖位置などを計測した(全81標本)。いずれの現生種においてもノッチ深さの変異は予想以上に大きいことが判明した。この参照データをも基にBetichaのコロブス化石を評価中である。
2016-A-20 Study on phylogeography of macaques and langurs in Nepal Mukesh Chalise (Tribhuvan University) 所内対応者:川本芳 I continued ecological observations and have collected fecal samples for the phylogeographical study in 2016. The aim of this program was to increase geographical information to assess ecological and evolutionary status of rhesus and Assamese macaques and Himalayan langurs from DNA analysis. In particular, I planned to compare the mode of local genetic differentiation among primate species in the Himalayan region. In previous years we collected some samples of primates from Churia range, Mid-hills and upper mountain regions of Nepal from east to west Nepal in different altitudinal gradients. However, still we want to cover the wider areas of Nepal where primates were observed by MKC. Our setting laboratory facility at Kathmandu currently since 2015 allows us to take PCR products for this program. Non-coding region of mtDNA was sequenced and phylogeography of subject species was assessed by molecular phylogenetic and population genetic analyses. I have also compared the data with those from other distribution areas, such as India, Bhutan, Sri Lanka, China and Thailand to evaluate the taxonomic status of monkeys in Nepal. Molecular assessment in the proposed program was particularly important at first for evaluation of a new species, Arunachal macaques, White-cheeked monkeys in sinica-species group of macaques. It is also valuable to investigate biological contrast observed in South Asian colobines by adding new information on Nepalese langurs. We are very interested in testing the validity of “convergence hypothesis” proposed by Karanth (2003), Karanth et al. (2008 & 2010), new sites of different munzala population (Chakraborthy et al. 2014) and also new species from China (Cheng Li et al. 2015) which assume a unique morphological convergence in macaques and langurs adapting to various niche in South Asia, specially The Himalayan region. I have used in larger extant the facilities and deposited samples in Dr. Kawamoto’s laboratory to do PCR, DNA sequencing and computer analysis. I had compared mtDNA variations of macaques and langurs in Nepal. We could establish a protocol of the DNA analysis which is applicable to the primate populations living in Himalayan region. We also set up a small facility in Kathmandu to extract DNA from collected fecal specimens in 2014 and further enrich in 2015 by the support of Dr. Kawamoto and Prof. Hamada of PRI. Our recent analysis suggested their phylogenetic proximity. But, we need to increase the number of samples and to cover wide areas of their habitats to get confident results. During the cooperative research program, I was attending 5th Asian Primate Symposium organized by PRI, Inuyama and Jayabardhane University held in Colombo 15-24, Oct, 2016. I had collected samples from different altitudinal gradients of the Nepal Himalaya. It ranges from Churia range of south to the lap of inner valleys of the Himalaya for macaques fecal samples whereas for Langur samples from Tarai plain (100masl) to high Himalayan pasture (4500masl). We had collected more than 125 samples covering a span of 1000km of Nepal from east to west and 200km of south to north (Photos 1, 2).
2016-A-21 Ecological and phylogeographical study on Assamese macaques in Bhutan Tshewang Norbu (Department of Forest and Park services, Ministry of Agriculture and Forest, Royal Government of Bhutan) 所内対応者:川本芳 Due to recent discovery of new macaque species in Arunachal Pradesh and southeastern Tibet, evolutionary study of Assamese macaques (Macaca assamensis) in Bhutan becomes an important research subject in order to elucidate evolutionary and phylogenetic relationship among Asian macaques. In this study, we focused on Assamese macaques inhabiting two major river basins in western Bhutan. A total of 83 fecal samples were collected along the Wang chhu and the Ammo chhu rivers during May 2016 – Jan 2017. Fecal DNA was examined to compare the genetic features among populations in the study areas. We successfully sequenced the control region of mtDNA genome at Primate Research Institute in March 2017. Sexing was performed by PCR test with amelogenin primers to compare female specific mtDNA haplotypes. Two step PCRs, first with long PCR and second with target PCR, were used to avoid interference by numt (nuclear mtDNA). Finally, complete sequences of the non-coding region were determined for 48 samples during laboratory work in Inuyama. Phylogeographical assessment suggested that genetic differentiation among the riverine populations were not simply associated with geographical relationship. Some of haplotypes found in different river areas clustered together. The populations inhabiting Wang chhu river basin showed a conspicuous pattern of DNA relation where monkeys in the mid basin were separated from those in lower or upper basin. We will extend this phylogeographical investigation to other populations in central and eastern Bhutan.
2016-A-22 チンパンジーを対象としたアイ・トラッキングによる記憶・心の理論・視線認知についての比較認知研究 狩野文浩(京都大・野生・熊本サンクチュアリ) 所内対応者:友永雅己 赤外線式のリモート式テーブル設置型のアイ・トラッカーで、チンパンジーを対象に、ビデオを見せたときの眼球運動を測定した。 ヒト幼児ではアイ・コンタクトや名前を呼ぶなどの顕示的手がかりのあとに、視線手がかりを与えると、特にその視線によく反応する(視線の先を追う)ことが知られている。同じテストに、家畜のイヌもヒト幼児と同様の反応を示すことが知られている。類人猿では研究がない。今回はこのテストを行った。ヒト役者が目の前の2つの物体のうちどちらかに目を向ける視線手がかりを与える前に、アイ・コンタクトと名前を呼ぶ顕示的な手がかりを与える条件と、同様に注意を惹くが顕示的ではない手がかり(頭を振る、視覚刺激が頭に提示されるなど)を与える条件の2条件でテストした。 結果、チンパンジーはヒト幼児やイヌのように顕示的な手がかりの後に特に視線の先を追うという結果は認められなかった。ただし、興味深いことに、顕示的手がかりの後に、その手がかりを与えた役者の前のものを積極的に探す視線のパターンが認められた。したがって、チンパンジーはヒトの役者が与える顕示的手がかりの意味役割―つまり、なにか環境について示唆しているということ―をある程度理解していると考えられるが、その顕示的手がかりを視線手がかりに結び付けて、特定の物体について示唆を与えられているというようには理解しなかったことになる。この結果は論文としてまとめ、投稿した。 Human ostensive signals do not enhance gaze-following in great apes but do enhance object search, F Kano, R Moore, C Krupenye, M Tomonaga, S Hirata, J Call, submitted
2016-A-24 Network analysis and the spread of parasitic disease in great apes Jade Burgunder (Faculty of Science, Masaryk University)、Klara Petrzelkova (Academy of Sciences of the Czech Republic)、David Modry (University of Veterinary and Pharmaceutical Sciences) 所内対応者:Andrew MacIntosh We explored the relationship between social contact networks and the spread of pathogenic strongyle nematode parasites in chimpanzees and bonobos. Social network characteristics were compared to each individual's parasite load to investigate how different positions in groups can affect the transmission of disease. Results results were compared between the two species. Fecal samples collected from bonobos (Pan paniscus) in Wamba, Democratic Republic of Congo, were examined in Dr. MacIntosh’s parasitology laboratory at PRI. A modified simple sedimentation method was used for parasite species identification and for quantifying the number of gastrointestinal nematode eggs per gram of faeces (EPG) as a surrogate measure of parasite infection intensity. Strongylid eggs, Strongyloides eggs, dicrocoeliid trematode eggs, Trogodytella trophozoites and Capillaria eggs were detected. Similar to Hasegawa’s parasitological survey in bonobos in Wamba (Hasegawa et al. 1983), the intensity of helminth eggs in our samples was usually very low (mean EPG= 3.79 ± 4.46). Troglodytella and Strongyloides were the most prevalent parasites, with all samples examined testing positive. Parasitological data from chimpanzees (Pan troglodytes) in Kalinzu, Uganda were already available to be included in the analyses. The social network position of each individual was determined using association data taken from ‘1 -hour party’ data that have been continuously collected from (1) chimpanzees in Kalinzu and provided by Dr. C. Hashimoto and (2) bonobos in Wamba and provided by Dr. T. Furuichi. Scan data collected from chimpanzees in Kalinzu were also used in the social network analyses to compare to the results obtained form the ‘1-hour party’ data. Social network analyses were implemented using sna and igraph packages in R. Network metrics such as degree, strength, eigenvector centrality and betweenness, obtained from the aforementioned behavioural data were correlated to the parasitological data by constructing generalized mixed-effect models. We found that strength and centrality have a significant effect on the intensity of strongylid infection in bonobos, whereas no social metrics could predict the intensity of infection in chimpanzees. These results suggest that bonobo’s position within their social network influences their level of infection by gastrointestinal nematodes. The different outcome found with the chimpanzee model may be explained by divergence in social association patterns between the two great ape species and this will need further investigation. A manuscript will be under preparation for a submission this year.
2016-A-25 チンパンジー母乳における生物活性因子と子供の成長との関係性 岡本-Barth 早苗(マーストリヒト大学)、Katie Hinde (アリゾナ州立大学人間進化学部進化医学センター) 所内対応者:林美里 本研究では2000年から数年に渡り思考言語分野において採取、冷凍保存されていたチンパンジーの母乳サンプルを調べることにより、ヒトとチンパンジーにおける代謝および免疫に関係する因子の比較をおこなう。またチンパンジーの授乳期間が長いことから、母乳中の因子と乳児の発達との関係性を調べる。さらに同様に採取された母子の糞尿サンプルもあわせて調べることにより、乳児の発達に伴った母子の生理学的変化を総合的に検討する。26年度は、母乳サンプル輸出について、ワシントン条約に基づいたCITES(Convention on International Trade in Endangered Species)手続きのためチンパンジー3個体各々の書類準備をおこなったが、個体履歴等の証明書類の完備が困難で手続きが長期化することが予想された。そのため、コロラド大学の研究協力者が来日して所内の実験室において、分析をおこなう方針に変更した。しかし、当初予定していた分析試薬の国内入手が困難であることが判明した。そこで27年度から新たに参加した研究協力者が異なる分析キットを用いて母乳の分析を開始する予定であったが、当人の所属異動(ハーバード大学からアリゾナ州立大学)に伴い来日しての分析を行うことが困難になったために、今年度に分析施行を予定していたが、諸事情により現在も施行されておらず、保留状態になっている。
B. 一般個人研究 2016-B-1 豪雪地域のニホンザルによる洞窟利用のモニタリング 柏木健司(富山大学大学院 理工学研究部・理学) 所内対応者:高井正成 ニホンザルの厳冬期洞窟利用について、3地域(青森県下北半島、群馬県日光市野門、富山県黒部峡谷)で検討した。しかし、2015年度冬季は全国的な暖冬であり、ニホンザルにとって、洞窟を利用せざるを得ないほど寒くはなく、洞窟利用の痕跡は認められなかった。また、下北半島では対象とする洞窟についても確認できず、今後の課題として残された。一方、2016年度冬季は1月中旬以降にかなりの降雪があり、富山県では山間部でまとまった積雪が認められ、洞窟を利用している可能性が高い(自動撮影カメラのデータは4月下旬以降に回収予定)。以下では、ニホンザルの洞窟利用が確認できた、黒部峡谷黒薙温泉の洞窟の例を報告する。 花崗岩中に人工的に掘削された洞窟中には、その足元に引湯管が敷設され、訪問時(2017年4月4日)には洞外に向かう十数cm深の水流があり、引湯管からの暖気が充満していた。洞口から約8 mの位置から回収したニホンザルの骨格は、主要な部位に加え体毛も残されていた。昨年12月9日にはそこには何もなく(従業員の談話)、今冬季に入り込んで死亡した個体と判断される。洞窟に入り込んだ理由は、状況から厳冬期における防寒と考えられ、引湯管が敷設された洞窟という点で興味深い。
2016-B-4 体肢筋における類人猿とクモザルの類似性と相異性 近藤健、菊池泰弘(佐賀大・医) 所内対応者:江木直子 筋は、動物のロコモーションにとって必要不可欠な器官である。骨格筋を構成する筋線維において、筋重量が大きいということは、高い筋収縮力を示している。ぶらさがり行動(BrachiationやArm-swing)は一部の霊長類種に見られる特殊な移動様式であり、その中でもBrachiationを行う能力のある類人猿とArm-swingを頻繁に行うクモザルの類似性と相違性を明らかにする目的で後肢筋について調査した。 材料は、ニシゴリラ(オス・成獣・1側)、ボルネオオランウータン(メス・成獣・1側)、ニシチンパンジー(メス・成獣・1側)、フクロテナガザル(オス・成獣・1側)、ジョフロイクモザル(メス・亜成獣・1側)を用いた。計測方法は、筋から血管や神経組織を除去し、筋線維が腱膜付着する最遠位端で筋と腱を分離し、重量を電子天秤によって0.1gまで測定した。筋の作用を踏まえ関節運動方向別に分類し、後肢筋総重量から機能別の筋重量割合をもとめた。 その結果、クモザルの股関節外転筋(大殿筋,中殿筋,小殿筋)割合は、類人猿よりも低値を示し、足関節底屈筋(下腿三頭筋)割合は、類人猿よりも高値を示した。ただ、今回対象とした標本はそれぞれ1種1側であること、またクモザルはArm-swing以外に樹上性四足歩行も頻繁に行うことから、類人猿・クモザルのサンプル数を増やし、四足歩行を行うその他の霊長類種と比較することで、ぶらさがりを行う種における体肢筋の特異性を明らかにすることが可能であると考える。また、筋重量以外にも筋線維長や生理学的筋横断面積(PCSA)といった筋収縮能を表す他の指標値も検討していきたい。
2016-B-5 疾走性哺乳類の前肢、後肢筋のモメントバランスの研究 町田貴明(山口大・連合獣医)、和田直己(山口大・共同獣医) 所内対応者:平崎鋭矢 疾走性哺乳類、チーター、ユキヒョウ、シマウマ、ラクダ、ブラックバックに関するモメントが算出できた。さらに現在、計画に示した、タイリクオオカミ、パタスモンキー、マーラに関してPCSAの算出ためのデータとなる、筋重量、筋線維長、角度の情報を得ている。モメントアームの算出はこれから行う。クモザル、ヒヒに関しては筋肉の起始-終止の確認、筋重量の計測を終えた。筋線維についてはこれから実施する。すべてのデータが出そろったら、比較検討を行う。サイズ、系統、生息域の違いを反映するモメントバランスの違いを明らかにする。添付の図にはシマウマの研究結果の一部を示した。
2016-B-7 ニホンザル野生群におけるinfant handlingの意義 関澤麻伊沙(総研大・先導科学) 所内対応者:辻大和 霊長類では、母親以外の個体(ハンドラー)がアカンボウに接触するinfant handling(IH)が日常的にみられる。本研究では、ニホンザル野生群におけるinfant handlingの意義を、母子・ハンドラーの双方から解明することを目的としている。これまでの2年間に引き続き、今年度も宮城県石巻市金華山において、ニホンザルA群に今年度生まれたアカンボウ10頭とその母親を対象として、4月~7月まで行動観察を行った。各母子につき1回1~2時間の個体追跡を行い、ハンドラー、ハンドリングの内容、ハンドラーと母親の社会行動、母子の交渉を記録した。総観察時間は約499時間であった。現在はデータ入力中であり、終わり次第、これまでのデータと併せた解析を行う。今後の解析の中心とするのは、子育てスタイルとIHを受ける頻度の関係性についてである。IHの頻度は種によって異なり、種特異的な社会構造に依存するとされている。種特異的な社会構造には各種の子育てスタイルが影響しているとされているが、子育てスタイルには種内でも個体差があることが分かっている。この個体差が、IHを受ける頻度や母親の許容性にどのように影響しているのかを分析する予定である。
2016-B-8 霊長類における神経栄養因子の精神機能発達に与える影響 那波宏之、難波寿明(新潟大・脳研) 所内対応者:中村克樹 神経発達障害を病因とする統合失調症などのヒト精神疾患をモデル化するには、よりヒトに遺伝子や行動パターンが類似する霊長類が最適と考えられる。共同研究者らは、新生仔ネズミの皮下に神経栄養性サイトカインである上皮成長因子(EGF)やニューレグリン1などを投与することで、思秋期以降に種々の認知行動異常を呈する統合失調症モデルを樹立しているが、実際、ヒト霊長類でも再現されるかは不明であった。本共同利用研究課題では、サル霊長類でもサイトカインの新生児投与で発達依存性の認知行動変化が起こせるかどうか、マーモセットおよびアカゲザルを用いて検討している。 これまでにマーモセット新生児4頭へのEGF投与を実施してきているが、これまでにEGF投与を皮下投与されたマーモセット1頭が3、活動量の上昇・アイコンタクトの頻度低下・逆転学習課題等の成績低下を示したが、さらにもう1頭のマーモセットも同様の行動変化を示した。ビデオによる行動観察・MRIを用いた構造およびDTIのデータ取得を継続している。また、合計3頭のアカゲザル新生児へEGF投与を行ったが、3頭とも飼育担当者が行動異常を確認した。うち1頭は予後不良と判断されたが、2頭は個別飼育のケージに移し、逆転学習課題等を実施し、成績が悪いことを確認した。
2016-B-9 異種間移植によるマーモセット受精卵の効率的作成方法の開発研究 笹岡俊邦、藤澤信義、前田宜俊、小田佳奈子(新潟大・脳研・動物資源), 中尾聡宏、崎村建司、中務胞、夏目里恵(新潟大・脳研・細胞神経生物) 所内対応者:中村克樹 本研究では、マーモセットの卵巣を免疫不全マウスに移植し、マーモセット卵子をマウス個体で成熟させ、体外受精・顕微授精を用いて受精卵を多数得る方法を開発することである。このため、マウス個体内へのマーモセット卵巣の生着、未成長卵子の成熟、排卵に必要な条件を明らかにする。これまでに、中村克樹教授の研究室のマーモセットの安楽死処置の際に、卵巣組織及び精巣上体の提供を受けた。卵巣は、氷上で細切し凍結保存、または冷蔵組織保存液に浸漬する方法にて新潟大に搬送し、ヌードマウスの卵黄嚢内、腎臓被膜下、皮下に移植した。移植後に卵胞刺激ホルモン(FSH)投与を開始し、数週間後には移植卵巣内の卵胞の成熟が観察された。そこで、FSHの投与期間と移植卵巣内の卵胞の成熟の程度を観察し、適切なFSH投与期間を検討している。併せて組織学的検討をすると共に、移植卵巣を体外培養し、マーモセット成熟卵胞から卵子を取得する方法を検討している。現在進めている方法により、マーモセットの移植卵巣がマウスに生着し、卵胞を成熟させることに成功している。今後も、中村克樹教授の研究室より卵巣の提供を希望しており、実験計画の通り、卵子の体外受精、顕微授精により受精卵の作成の段階へと研究を進展させたい。
2016-B-10 複数骨格筋への単シナプス性発散投射構造の解剖学的同定 関和彦、大屋知徹、梅田達也、工藤もゑこ、窪田慎治、佐賀洋介(国立精神神経医療研究センター) 所内対応者:高田昌彦 脊髄運動ニューロンに投射するPremotor neuronは大脳皮質、脳幹、脊髄にそれぞれ偏在し、最近の申請者らの電気生理学的実験によってPremotor neuronの複数筋への機能的結合様式が筋活動の機能的モデュール(筋シナジー)を構成することが明らかになってきた。この神経解剖学的実体については全く明らかにされておらず、ヒトの運動制御の理解の発展と、運動失調に関わる筋、神経疾患の病態理解や新しい治療法の開発のためには喫緊の研究課題である。そこで本研究では上肢筋の脊髄運動ニューロンへ投射する細胞(Premotor neuron)の起始核である脊髄、赤核、大脳皮質からの発散性支配様式を解剖学的に明らかにすることによって、霊長類における巧緻性に関わる皮質脊髄路の脊髄運動ニューロンへの直接投射の機能的意義を解剖学的観点から検討する。 本年度は前年度行なった注入結果をもとに、新たなウィルスベクターの開発を継続して行なった。また、国立精神・神経医療研究センターにおいて、霊長類研究所から供給を受けたAAVベクターの機能評価をマーモセットを対象に行なった。
2016-B-11 アフリカ中新世霊長類化石の形態学的研究 國松豊(龍谷大学・経営) 所内対応者:平崎鋭矢 1980年以来、京大を中心とした日本の調査隊がケニヤ共和国の乾燥地帯において中新世ヒト上科化石の発見を主眼とした野外発掘調査を継続して実施してきた。2000年代初頭まではケニヤ北部のナチョラ及びサンブルヒルズ地域において野外調査が行われ、その後は数十キロ南のナカリ地域において野外調査が始まって、現在に至るまで継続されている。ナチョラとナカリの中新世霊長類化石を順次、分析・記載しているが、本年度はナチョラ標本に関して、原猿化石をロリス科Mioeuoticus属の新種として記載をまとめた。この属は、従来、前期中新世からしか知られておらず、ナチョラ化石は中期中新世からの初めての報告である。ナカリ標本については、小型のガラゴ科化石を記載した。標本が断片的なため属や種は不明としたが、ほぼ同時代(後期中新世前半)のエジプトやナミビアで見つかっているガラゴ科化石とサイズや形態が非常によく似ている。歯のサイズに基づくと現生のガラゴ類の中では最小の部類に入るデミドフガラゴと同じくらいで、きわめて小型である。また、ナカリ出土の中新世小型「類人猿」のニャンザピテクス類の上顎小臼歯標本に関しても記載をまとめた。ニャンザピテクス類は中新世「類人猿」のなかでもきわめて特殊化したグループであり、従来、中期中新世前半以降は知られていなかった。ナカリ標本は後期中新世から初めてのニャンザピテクス類の報告であり、現在知られているかぎり、このグループの最後の生き残りである。
2016-B-12 イメージングと脳活動制御の融合技術開発 南本敬史、平林敏行、永井裕司、堀由紀子、藤本淳、菊池瑛理佳(量子科学技術研究開発機構) 所内対応者:高田昌彦 本研究課題において、独自の技術であるDREADD受容体の生体PETイメージング法と所内対応者である高田らが有する霊長類のウイルスベクター開発技術を組み合わせることで、マカクサルの特定神経回路をターゲットとした化学遺伝学的操作の実現可能性を飛躍的に高めること目指した。H28年度はサル尾状核吻内側部に抑制性DREADDを発現させるウイルスベクターを投与し、その発現をPETによるイメージングで可視化できることを示すとともに、CNOの全身投与により報酬に基づく意思決定に障害が生じることを明らかにした(NagaiらNat Commun2016)。さらに、サル脳局所に発現させた興奮性DREADDをCNOで活性化させた時の活動変化をFDG-PETを用いて評価できることを明らかにした。
2016-B-13 大型類人猿の前腕における回内-回外運動機構の機能形態学的解析 大石元治(麻布大・獣医)、荻原直道(慶應大・理工) 所内対応者:江木直子 前腕の回内-回外は橈骨と尺骨の2つの骨により形成される関節で起こる運動である。この関節は車軸関節に分類され、円回内筋などの前肢筋により橈骨が尺骨を軸にして“回転”する。回内-回外運動は手首の回転運動に関与し、三次元的に位置する支持基体を用いる樹上性ロコモーションや、手の器用さと関連が深い。大型類人猿は樹上環境で懸垂型ロコモーションを高頻度に行い、他の霊長類と比較して前腕の回内-回外運動に高い可動性を示す。一方で、大型類人猿内における典型的なロコモーションの種類や出現頻度に大きな違いが種間に存在することから、回内-回外の運動性も異なる可能性がある。そこで、本研究では大型類人猿の前肢における回内-回外運動の特性を明らかにすることを目的とした。本年度は、ゴリラ2個体の前腕のCT撮影を行うことができた。最大回内時、最大回外時のデータから三次元再構築を行うことで、尺骨を軸とした橈骨の運動を再現した(図)。今後は標本数を増やすとともに、他の大型類人猿との定量的な比較を予定している。
2016-B-14 サル脊髄損傷モデルを用いた軸索再生阻害因子とその抗体による神経回路修復に関する研究 山下俊英、貴島晴彦、筒井健一郎、小林康(大阪大・院・医) 所内対応者:高田昌彦 これまで、霊長類モデルを用いて、軸索再生阻害因子と脊髄損傷後の神経回路網再形成による運動機能再建に焦点をあて研究を行ってきた。その結果、阻害因子のひとつであるRepulsive guidance molecule-a (RGMa)が脊髄損傷後損傷周囲部に増加することを突き止め、その責任細胞のひとつに免疫細胞の一種であるミクログリア/マクロファージを同定することができた。さらに、RGMaの作用を阻害する薬物を用いて脊髄損傷後の機能回復過程および神経回路網形成の有無を検討した。その結果、RGMa作用を阻害した群(RGMa群)は、コントロール群(薬物投与なし)に比べ、運動機能の回復が顕著にみられた。神経回路網形成については、順行性トレーサーでラベルされた皮質脊髄路の軸索枝の一部は、自然回復に伴って脊髄損傷部を越え、直接手や指の筋肉を制御する運動ニューロンへ結合していることが分かった。このような神経軸索枝は、RGMa群においてより多く観察された。次に、脊髄損傷部を越えた神経軸索枝が直接運動機能の回復に寄与しているか否かを、電気生理学手法と神経活動阻害実験を併用して確認した。その結果、直接運動機能の回復に寄与していることが明らかとなった。これらの結果から、脊髄損傷後の運動機能回復を促進させる治療法としてRGMaを分子ターゲットとした方法が有用であると考える。
2016-B-15 マーモセット脳機能研究に最適化した経路選択的操作とその基盤となる回路構造解析技術の開発 渡辺雅彦、今野幸太郎(北大・院・医) 所内対応者:中村克樹 平成28年度は、マーモセット脳の神経化学特性を可視化するための5種類のマーカー抗体(小胞膜グルタミン酸トランスポーターVGluT3, セロトニントランスポーターHTT, グリシントランスポーターGlyT2, ドーパミン合成酵素 DBH)に対する抗体開発を行い、供与を受けた成体マーモセット脳サンプルを用いて特異性を確認するとともに、タンパク質レベルでの神経化学データを収集することができた。従って3年間で9種類の抗体とリボプローブの開発を完了し、マーモセット脳での代表的な神経伝達物質経路のニューロンを可視化するためのツール開発を全て完成させることができた。また開発したリボプローブを用いたin situハイブリダイゼーション法により、マーモセット成体脳におけるVGluT1, VGluT2, VGluT3, GAD67, CHT, HTT, DBH, DATの8種類の分子のmRNA発現細胞マップ構築を完了し、その発現細胞マップがデータベース上で公開されている(https://gene-atlas.bminds.brain.riken.jp/)
2016-B-16 奥多摩湖周辺の野生ニホンザル「山ふる群」の調査と環境教育 島田将喜、古瀬浩史(帝京科学大・生命環境)、坂田大輔(東京都立奥多摩湖畔公園山のふるさと村・ビジターセンター) 所内対応者:辻大和 2016年度の調査で得られた山ふる群の推定最大頭数は84頭であった。通年で見た場合、観察された採食の回数の多かったのは、オニグルミの種子、草本類、サクラ属の果実、クズの葉、カキノキの果実、ハリエンジュの花、ヤマグワの葉である。前年度に引き続き、山ふる群のサルが民家付近の農作物や果樹などを採食する行動は、一度も観察されなかった。遊動域は山のふるさと村を中心とする狭い範囲に集中していた。95%カーネル法による年間の推定遊動域の全体は、奥多摩湖の南岸一帯をコアエリアとする、湖を大きく取り囲む領域であることがわかった。解放水域を除く遊動面積は15.0km2であった。2014、15年度に比べて狭く見積もられたとはいえ、人里に依存しない平均的な他地域の野生ニホンザルの遊動域面積に比べて広いと考えられる。2014年から16年度にかけての個体数は、80数頭で安定している。2011年2月時点での山ふる群の推定頭数は88頭であったことから、個体数は過去少なくとも6年間にわたって安定していると考えてよいだろう。現在の山ふる群の遊動域は、民家の多い湖北に向かって大きくなった事実はなく、むしろより自然林に近い南~南東に向かって広がったようだ。ただしデータポイント数の多寡が遊動面積推定に影響を与えている可能性があり、遊動域の変動についても今後の継続調査が必要である。
2016-B-17 分子ツールを用いた皮質-皮質下ネットワークの機能解析 田中真樹、竹谷隆司、鈴木智貴、亀田将史、稲葉直子、弘中愛(北大・院・医) 所内対応者:高田昌彦 前頭葉皮質の機能は視床を介した皮質下からの入力によって調節されている。本研究では分子ツールをニホンザルに適用した2つの実験を進めてきた。実験1では、小脳外側部の機能を調べるために、化学遺伝学的手法によって小脳の亜急性障害モデルを作成することを試みた。プルキンエ細胞特異的に変異型ヒトムスカリン性アセチルコリン受容体M4を発現するアデノ随伴ウイルスベクターを小脳外側部に注入し、CNO投与下で眼球運動課題を解析した。特異的な行動変化は見いだせず、むしろ同量のクロザピン投与でも行動が変化する傾向があり、今後の研究戦略の再考を迫られる結果となった。1頭の個体から免疫組織標本を作製したところ、遺伝子発現は好調であった。また、実験2では、大脳視床路を光遺伝学的に抑制することを試みた。補足眼野にハロロドプシンを発現するベクターを注入し、運動性視床で終末を光刺激することで運動関連応答への影響を調べている。これまでに、光刺激によって活動を変化させるニューロンを少数ながら同定することができている。これらの研究は平成29年度も継続して行う。
2016-B-18 ウイルスベクターを利用した霊長類脳への遺伝子導入と神経回路操作技術の開発 小林和人、管原正晃(福島県立医科大)、渡辺雅彦、内ケ島基政、今野幸太郎(北海道大学)、伊原寛一郎、加藤成樹(福島県立医科大) 所内対応者:高田昌彦 霊長類の高次脳機能の基盤となる脳内メカニズムの解明のためには、複雑な脳を構成する神経回路の構造とそこでの情報処理・調節の機構の理解が重要である。我々は、これまでに、高田教授の研究グループと共同し、マカクザル脳内のニューロンに高頻度な逆行性遺伝子導入を示すウイルスベクター (HiRet/NeuRetベクター)を開発するとともに、これらのベクターを用いて特定の神経路を切除する遺伝子操作技術を開発した。また、高田教授・中村教授との共同研究により、コモンマーモセットを用いた脳構造と機能のマップ作製の研究を推進するために、HiRet/NeuRetベクター技術を応用して脳内への効率的な遺伝子導入系の開発をおこなってきた。今回、マーモセット脳内での効率的な神経機能の操作を目指して、種々の導入遺伝子をコードするウイルスベクターを脳内に注入し、その発現パターンの解析を試みる計画であったが、その前段階としてFuG-E型ベクターの導入効率を定量的に解析した。本ベクターは、黒質緻密部(SNc)、視床(CM-Pf)、大脳皮質(area6D)のいずれの領域においてもFuG-B2型ベクターに比較して、1,4-2.3倍の高い効率で遺伝子導入され、ゲノム力価自身もFuG-EベクターがFuG-B2ベクターに比較して顕著に高いことが示された(GFP搭載の場合、7.2倍、RFP搭載の場合、5.0倍)。ベクター生産効率と導入効率ともに、FuG-Eベクターがマーモセット脳内への遺伝子導入には最適であることが明らかとなった。また、マカクザルのイムノトキシン標的分子であるインターロイキン受容体αサブユニット(rhIL-2Rα)に反応せず、マウスIL-2Rα(mIL-2Rα)に選択的に作用する新たなイムノトキシンの開発のため、以前に、作成したモノクローナル抗体2E4を基盤にしたイムノトキシン(2E4-PE38)がマウス細胞に選択的な殺傷作用を持つことを見出した。2E4-PE38の特性解析を進めるとともに、抗体価の高いモノクローナル抗体が得られる可能性が高いウサギを用いて、mIL-2Rαに対する新たなモノクローナル抗体を探索するための抗原の発現を精製を行った。マウスmIL-2Rαに対するイムノトキシン分子について特性解析の後、サル脳内での機能解析に応用する計画である。
2016-B-19 霊長類の皮質ー基底核ー視床ループの形態学的解析 藤山文乃、苅部冬紀、高橋晋、中野泰岳、水谷和子、呉胤美(同志社大学)、礒村宜和(玉川大) 所内対応者:高田昌彦 ドーパミンは全ての哺乳類において、運動機能や認知機能の調整のみならず学習や報酬系にも深く関与しており、その制御の解明については重要課題である。近年、大脳基底核の淡蒼球外節細胞がドーパミン細胞群である黒質緻密部に投射することが報告されたが、淡蒼球外節のどのニューロンが投射し、どのように作用するかは明らかではなかった。 本研究では、最終的には霊長類での解明を目指すが、これまでPV-Creマウスを用いた研究しかなかったところ、所内対応者の高田昌彦教授との共同研究で、PV-Creラットを世界で初めて作成していただき、このラットを使用して、淡蒼球外節の中でもパルブアルブミンを持つ細胞だけを赤の蛍光タンパクで可視化することで、神経終末が黒質緻密部の特定の領域に優位に分布することを明らかにした。さらに、淡蒼球外節のパルブアルブミン細胞の活性化によって黒質緻密部のドーパミン細胞が強く抑制されることが電気生理学的に証明された(Oh, Karube et al., Brain Structure and Function, in press)。 このPV-Creラットの成功によって、次の段階として、マーモセットを用いた実験を予定している。この研究によって、運動や学習における大脳基底核の理解、黒質緻密部の変性疾患であるパーキンソン病の病態への理解の進歩が期待できる。
2016-B-20 遺伝情報によるニホンザル地域個体群の抽出と保全単位の検討 森光由樹(兵庫県立大・自然・環境科学研究所/森林動物研究センター) 所内対応者:川本芳 兵庫県のニホンザルの分布は、生息している全ての群れが孤立しており、遺伝的多様性の消失及び絶滅が危惧されている。ニホンザルの管理を進めるには、早急に遺伝情報による保全単位を設定する必要がある。これまで進めてきた兵庫県内の地域個体群の遺伝情報を補足するため、今年度は新たな個体の糞および血液を採取した。計38個体の試料を採取した。採取した試料を用いて、常染色体マイクロサテライト計16座位(Kawamoto et al.2007)についてフラグメント分析を行い、遺伝子型を判定した。昨年までの遺伝データに追加し、平均へテロ接合率の期待値Heと観察値Hoを算出した。 各々の地域個体群は、美方n=26(He=0.724 Ho= 0.709)、城崎n=12 (He=0.703 Ho= 0.727)、篠山n=18( He=0.699 Ho=0.733)、大河内・生野n=23(He=0.713 Ho= 0.762)、船越山n=25(He=0.698 Ho= 0.741)であった。すべての個体群において、ヘテロ接合度並びにFst値を比較したところ有意差は認められなかった。 今後は、得られた遺伝データを用いて解析を進め保全単位の抽出作業を行う予定である。
2016-B-21 人類の進化と疾患におけるヒト特異的レトロ因子の役割 鈴木俊介、森沙織(信州大・農) 所内対応者:今村公紀 現在までにヒト特異的に挿入されたレトロコピーを16箇所特定し、それらが実際に組織や細胞において発現し、うち4領域では上流遺伝子とのキメラ転写産物として発現することを明らかにした。培養細胞を用いた強制発現やノックダウン実験およびゲノム編集技術によるレトロコピー欠失実験等により、ヒトゲノムにおけるヒト特異的レトロコピーの獲得したゲノム機能を現在解析中である。また,ヒト特異的レトロ因子による内在性遺伝子の発現調節機能を解析するため,チンパンジーの培養細胞を用いたゲノム編集実験を計画したが,今回用いた細胞は単一細胞化した後に増殖しないことが明らかになり,計画した実験に適さないことがわかった。今後の研究計画の遂行には,まずゲノム編集実験が可能なチンパンジー細胞株の樹立が必要である。
2016-B-22 霊長類脳の全細胞イメージングと神経回路の全脳解析 橋本均(大阪大・薬)、中澤敬信(大阪大・歯)、笠井淳司(大阪大・薬) 所内対応者:高田昌彦 本研究は、我々が最近開発した、サブミクロンの空間解像度の全脳イメージングを世界最速で行うことが可能な光学顕微鏡システムを用いて、高田教授グループが開発した神経回路の標識技術法により作製されたマーモセット脳の全イメージングを行った。今年度は、共感や情動等の認知機能に関わる後帯状皮質の接続領域と、この領域に対応するマウス脳領域の回路構造との共通性などを明らかにし、精神・神経疾患の病態解明に資する橋渡し研究の基盤情報を得ることを試みた。具体的には、成体マーモセットの後帯状皮質に、蛍光蛋白質tdTomatoを発現するアデノ随伴ウイルス(AAV1-CMV-tdTomato)を注入し、長距離の神経投射を可視化するため3週間の発現期間を経た後に固定し、高精細の全脳画像を取得した。同様の実験をマウス脳でも行い、マーモセットとマウスの回路構造を比較した。その結果、マーモセット、マウスともに、注入領域に存在する神経細胞に加えて、本領域に投射する視床の神経細胞や尾状核の神経線維が標識されており、動物種間で類似する結果が得られた。その一方で、マーモセットにおいては、マウスには該当する領域が存在しない前頭皮質のブロードマン8野にも標識された細胞が検出され、動物種間で異なる神経回路の存在も明らかにした。
2016-B-23 サル類およびチンパンジーにおけるヘリコバクター感染に関する研究 橋香奈(東京大学医学部微生物学教室) 所内対応者:宮部貴子 ヒト胃内に生息することが知られているピロリ菌の一部は、発がんタンパク質であるCagAを産生し、胃上皮細胞内に注入することが知られている。そこで本研究では、マカグザルにおけるCagA陽性ピロリ菌の感染の有無を検討した。 まず、霊長類研究所で飼育されているマカクザル個体の胃液からDNAを抽出し、PCRを行なった結果、ピロリ菌の発がんタンパク質CagAの遺伝子が検出された。更に胃液を寒天培地上にプレーティングした結果、CagA陽性ピロリ菌(サル由来ピロリ菌)が単離された。 更に、これまでの研究から、CagAの発がん活性は宿主の居住する地域により差が生じることが示唆されている。そこで次に、サル由来ピロリ菌CagAの遺伝的及び機能解析を目的とした実験を行なった。 具体的には、サル由来ピロリ菌CagAの遺伝子配列を解析し、分子生物学的手法を用いてそれらのCagAが胃上皮細胞にどのような影響を及ぼすかを検討した。また、次世代シーケンサーを用いてサル由来ピロリ菌の全ゲノム解析を行なった。 来年度は、更にピロリ菌の感染実験、および全ゲノム解析を行うことで、サル由来ピロリ菌の病原性を検討する。
2016-B-25 報酬学習・罰学習における外側手綱核-前部帯状皮質ネットワークの役割 松本正幸、川合隆嗣(筑波大学・医)、佐藤暢哉(関西学院大学・文)、山田洋(筑波大) 所内対応者:高田昌彦 最近の研究の中で我々のグループは、嫌悪的な事象(報酬の消失や罰刺激の出現)に対して活動を上昇させる外側手綱核と前部帯状皮質の役割分担について報告した(Kawai et al & Matsumoto, Neuron, 2015)。外側手綱核が現在の嫌悪事象を素早く検出するのに対し、前部帯状皮質は現在だけでなく、過去に経験した嫌悪事象の情報も保持することを明らかにした。また、前部帯状皮質には、動物の回避行動に関係するニューロン活動も多く見られた。以上の結果から、我々のグループでは、前部帯状皮質は外側手綱核から嫌悪事象に関わるシグナルを受け、そのシグナルを回避行動を調節するためのシグナルに変換しているのではないかと考えている。平成28年度はその変換メカニズムを理解するため、前部帯状皮質内のローカルネットワークに注目し、ローカルネットワークを形成する興奮性の錐体細胞と抑制性の介在細胞がそれぞれどのような情報を伝達しているのか解析した。その結果、他の領域にシグナルを伝達する錐体細胞よりも、前部帯状皮質内部の情報処理に関わる介在細胞の方が報酬や回避行動に関係するシグナルを多く伝達していることが明らかになった。以上のデータをまとめた論文を投稿準備中であり、研究成果の図の提出は見送りたい。
2016-B-26 ニホンザル二足歩行運動の生体力学的解析 荻原直道(慶應義塾大学・理工学部)、大石元治(麻布大学・獣医学部)、谷瑞樹(慶應義塾大学・理工学部) 所内対応者:平崎鋭矢 生得的に四足歩行するニホンザルの二足歩行運動のメカニクスを、ヒトのそれと対比的に明らかにすることは、ヒトの二足歩行の起源と進化を明らかにする上で重要な示唆を提供する。本年は、昨年までに計測したニホンザルの二足歩行のスティフネスデータを、ヒトの二足歩行・走行・Grounded Running(両脚支持期があるにもかかわらず力学的には走行である移動様式)のそれと対比することを通して、ニホンザルの二足歩行が、ヒトに見られる倒立振子メカニクスを活用した二足歩行ではなく、Grounded Runningとなってしまう力学的要因を考察した。 ヒト被検者7名に二足歩行・走行・Grounded Runningを行わせたときの3次元身体運動をモーションキャプチャシステムと床反力計を用いて計測した。その結果より歩行中の重心点の時間変化を求め、位置・運動エネルギーを算出した。また、その点と着力点を結ぶ脚軸の長さ変化と床反力データから、脚のスティフネス(脚の弾性特性)を算出した。その結果、ヒトの脚スティフネスは、走行時においても、ニホンザルの二足歩行時のそれと比較して大きいことが明らかとなった。ニホンザルの脚筋骨格構造はヒトと比較して相対的に柔らかく、立脚期時間が構造的に増大しやすいため、ヒトのような倒立振子メカニクスに基づく二足歩行を行うことができないことが示唆された。 一方、ニホンザル屍体標本1個体の前肢から、歩行に関係する主要な筋の組織片を採取した。現在、クリオスタットで切片を作成し、免疫組織化学的染色によって筋線維型の比率を求め、速筋線維と遅筋線維の割合を求める作業を行っている。
2016-B-28 霊長類の光感覚システムに関わるタンパク質の解析 小島大輔、鳥居雅樹(東京大・院理・生物科学) 所内対応者:今井啓雄 脊椎動物において、視物質とは似て非なる光受容蛋白質(非視覚型オプシン)が数多く同定されている。私共は、マウスやヒトの非視覚型オプシンOPN5がUV感受性の光受容蛋白質であることを見出し(Kojima et al., 2011)、従来UV光受容能がないとされていた霊長類にも、UV感受性の光シグナル経路が存在するという仮説を提唱した。本研究では、OPN5を介した光受容が霊長類においてどのような生理的役割を担うのかを推定するため、霊長類におけるOPN5の発現パターンや分子機能を解析してきたが、これまでの霊長類の組織試料を用いた解析から、ニホンザルなど霊長類OPN5遺伝子には、他のオプシン遺伝子との類似性からは予測できないエクソンが存在することを見出している。本年度は、このような特異なエクソンをもつスプライスバリアントが、どのような動物種で発現しているのかを実験的に検証した。霊長類以外の哺乳類としてマウスOPN5遺伝子由来のスプライス産物について調べたところ、同様のスプライスバリアントは発現しているが、ニホンザルなどに比べると発現量は非常に少ないことがわかった。また、哺乳類以外の脊椎動物(ニワトリやゼブラフィッシュ)では、このようなスプライスバリアントは全く検出されなかった。このOPN5スプライスバリアントは通常型mRNAとは異なり、光受容タンパク質はコードしておらず、霊長類においてどのような機能・存在意義があるのかは興味深い問題である。
2016-B-29 高次脳機能を支える越シナプスネットワークの解析 星英司、石田裕昭、中山義久(東京都医学総合研究所) 所内対応者:高田昌彦 注目が集まっているのも関わらずその機能が依然として未知である視床網様核に焦点を当てた学際的研究を実施した。視床網様核は視床と大脳皮質の間に位置しており、両者から入力を受ける位置にある。視床網様核の細胞は抑制性の投射を視床に送っている。こうした特徴は、大脳皮質と視床という二つの重要な拠点をつなぐ神経回路において、視床網様核が鍵となる役割を担っていることを示唆する。そこで、運動機能の観点から視床網様核の関与について2つの観点からなる研究を実施した。第一に、狂犬病ウイルスを使った越シナプス性逆行性トレーシングを実施した。到達運動において中心的な役割をはたす運動前野腹側部にウイルスを注入し、この部位へ視床を介して投射する視床網様核細胞を同定した。その結果、視床網様核の前方背側部が視床を介して運動前野腹側部へ投射することが明らかとなった。第二に、到達運動を行っている動物の視床網様核の前方背側部より細胞活動記録を行った。運動前野腹側部と同様に、視覚応答活動、運動準備活動、運動実行活動が記録されたが、いずれも空間選択性が小さかった。この結果は、視床網様核は運動に関連する各種イベントに連関して、非選択性の抑制性シグナルを視床-大脳皮質系に送っていることを明らかとした。さらに、こうした特徴は、視床網様核が情報伝達のゲートウェイとして機能することを示唆する。
2016-B-30 金華山島のニホンザルにおける採食技術獲得の社会的影響 田村大也(京都大・理・生物) 所内対応者:辻大和 宮城県金華山島に生息する野生ニホンザルを対象にオニグルミ採食行動の調査を実施した。オニグルミを自ら割って採食できる個体の性・年齢を調べた結果、7歳以上のオトナオスは全個体が採食可能であった。5歳以上のワカモノ・オトナメスでは11個体が採食可能であったが、6個体では採食場面が一度も観察されなかった。4歳以下の個体については、オス・メスともに採食場面は一度も見られなかった。以上のことから、オニグルミの採食が可能となる身体的強度には5歳程度で到達すると考えられる。一方で、5歳以上でも採食できないメスが存在したことから、オニグルミを採食するためには身体的強度に加え、採食技術の獲得が必要であると推測された。そこで、オニグルミの採食場面を詳細に観察した結果、外殻を割るための4つの割り型(「粉砕型」「半分型」「片半分型」「拡大型」)が確認された。4つの割り型について、採食時に行われる5つの採食操作を調べたところ、割り型によって操作要素の構成が異なっていた。以上のことから、オニグルミ採食という同一の目的に対し、個体によって異なる複数の採食技術のバリエーションが存在することが明らかになった。
2016-B-31 大脳―小脳―大脳基底核連関の神経生理学的、神経解剖学的研究 南部篤、畑中伸彦、知見聡美、佐野裕美、長谷川拓(生理学研究所) 所内対応者:高田昌彦 新世界サルであるマーモセットは、遺伝子改変動物の作製に適しているなど今後の実験動物として期待されている。しかに、その神経解剖学的、神経生理学的知見は十分に蓄積されているとは言い難い。そこで本研究では、マーモセットの大脳皮質運動野を中心とした線維連絡を調べることにした。 マーモセット大脳皮質には脳溝などのランドマークが乏しく、領野の同定には機能マッピングが必須である。マーモセットの頭部を覚醒下で無痛的に固定し、皮質内微小電気刺激(ICMS)、神経活動記録を用いて、大脳皮質運動野を中心として機能マッピングを行った。次に、大脳皮質間、大脳皮質ー脳深部間の線維連絡を調べるために、これらの領域にFluoro-emerald, Fluoro-ruby, AAVベクターなどの神経レーサーを注入した。一次体性感覚野のうち3a野の皮質皮質間結合は、一次運動野(M1)とは異なり体部位を越えているものが多いこと、3a野への視床の起始核はM1と共通していること、M1から線条体への投射は主に被殻に終わることなどが明らかになった。
2016-B-34 サル類における聴覚事象関連電位の記録 伊藤浩介(新潟大学) 所内対応者:中村克樹 明らかな適応的意義の見当たらない音楽は、何故どのように進化したのだろうか。本研究は、従来の行動指標の代わりに事象関連電位(ERP)や誘発電位(EP)を用いて、音楽の系統発生を探る試みである。これまでの研究で、マカクザルを対象に、無麻酔かつ無侵襲で頭皮上からERP/EPを記録するための方法論を確立した。これにより、頭皮上の最大19チャンネルから、純音刺激に対する聴覚EPの皮質成分を記録し、mP1, mN1, mP2, mN2, mSPの各成分を世界で初めて同定・命名した(Itoh et al., Hearing Research, 2015)。本年度は、これをもとに、マカクとヒトにおける聴覚処理の種差を違いを検討した。具体的には、純音刺激の持続時間を100ミリ秒から2ミリ秒まで短くしていった際のEP振幅への影響や、和音などの音楽的刺激に対する応答などについて調べた。並行して、マーモセットを対象とした、無麻酔かつ無侵襲の頭皮上脳波記録につき、保定法や電極の検討を行い、2頭から聴覚EPの記録に成功した。
2016-B-36 霊長類の各種組織の加齢変化 東超(奈良県医大・医・解剖学) 所内対応者:大石高生 加齢に伴う呼吸器系の内臓のカルシウム、燐、マグネシウム、硫黄、鉄、亜鉛など元素蓄積の特徴を明らかにするため、サルの肺の元素含量の加齢変化を調べた。用いたサルは19頭、年齢は新生児から30歳までである。サルより肺を乾燥重量100mg程度採取し、水洗後乾燥して、硝酸と過塩素酸を加えて、加熱して灰化し、高周波プラズマ発光分析装置(ICPS-7510、島津製)で元素含量を測定し、次のような結果が得られた。 ① サルの肺の平均カルシウム含量は1.567mg/gであり、いずれも4mg/g以下で、カルシウム蓄積がほとんど生じない内臓であることが分かった。 ② 年齢とカルシウム含量の相関係数は0.7135(p=0.0006)であり、有意な正の相関が認められた。この結果は加齢とともに肺のカルシウム含量が徐々に増加することを示している。 ③ 年齢と亜鉛含量の相関係数は-0.4746(p=0.004)であり、有意な負の相関が認められた。この結果はサルの肺の抗酸化作用をもつ亜鉛が加齢ととも減少することを示している。
2016-B-37 複合ワクチネーションによるSIVの感染防御効果の解析 三浦智行、水田量太、阪脇廣美(京都大・ウイルス・再生医科学研) 所内対応者:明里宏文 我々は、エイズの原因ウイルスであるヒト免疫不全ウイルス1型(HIV-1)の感染モデルとしてサル免疫不全ウイルス(SIV)や、それらの組換えウイルスであるサル/ヒト免疫不全ウイルス(SHIV)のアカゲザルへの感染動態と免疫応答について長年研究してきた。一方、SIV遺伝子を発現するBCGベクターとワクシニアウイルスベクターを組み合わせて免疫することにより、SIVの感染防御効果が得られることを示唆する予備的結果を得た。平成28年度は、候補アカゲザルより採血し、免疫遺伝学的バックグラウンドの解析を行い、ワクチン候補の感染防御効果を確定する実験に適したアカゲザルを選定し(ワクチン群3頭、対照群3頭)、ウイルス・再生研に移送してワクチン実験を開始した。また、新規に開発した攻撃接種用SHIVとして、臨床分離株と同等レベルの中和抵抗性を有するCCR5親和性SHIVの感染実験のために6頭のアカゲザルを同様に選定しウイルス・再生研に移送して攻撃接種前の基礎データを取得した。ワクチン候補のSIV感染防御効果の確定および攻撃接種用SHIVの攻撃接種ウイルスとしての評価のために平成29年度も感染実験を継続する。
2016−B−38 サル化マウスを用いたサルレトロウイルス病原性の解析 伊吹謙太郎、関根将、陣野萌恵(京大・院・医) 所内対応者:明里宏文 サルレトロウイルスによるサルへの病原性を解析するためには個体レベルでの病態解析が重要となる。今回我々はサル個体の代替動物モデルとしてサル化マウスの利用を考えた。免疫不全マウス(NOGマウス)へ移入するサル造血幹細胞の供給源としてはサル胎盤の有効利用を考え、アカゲザルの胎盤から造血幹細胞(幹細胞)の分離を試み、組織に含まれる細胞群についてフローサイトメトリーにより解析し、幹細胞を含む胎盤細胞の移植によりサル化マウス作製を試みた。本年度、分与していただいたサル胎盤は、アカゲザルの帝王切開時に採取していただいた。この胎盤をコラゲナーゼ処理し得た胎盤細胞中にはCD34陽性細胞群が2.1%存在していることがわかった。さらに、この中には多能性幹細胞(CD38-HLA-DR+)群が5.8%含まれていることがわかった。そこで、NOGマウス3頭(6週令、雌)に胎盤細胞1.0x107個/頭を脛骨骨髄腔内に移植(IBMI法)し、経時的に採血しサル免疫細胞の生着の有無を確認した。移植後14週までの段階では、移植マウスの末梢血中にサル免疫細胞は認められておらず(図1)、胎盤の多能性幹細胞の移植によるサル化マウス作製の可能性については明らかにできなかった。
2016-B-39 霊長類におけるヒトの皮膚の表現型の特性について 荒川那海、颯田葉子、寺井洋平(総研大・先導研) 所内対応者:今井啓雄 類人猿と比較してヒトの皮膚は特徴的である。例えば、表皮と真皮が厚く、またそれらを結合している基底膜の構造も特徴的な波型であり表皮と真皮の結合の強度を高めていると考えられる。これらはヒトで減少した体毛の代わりに皮膚の強度を増して外部の物理的な刺激から体内部を保護していると考えられている。本研究では、これらのようなヒト特異的皮膚形質が進化の過程でどのような遺伝的基盤によって獲得されてきたのか、発現量に焦点を当てた類人猿との種間比較から明らかにすることを目的としている。 ヒト特異的な皮膚形質に関係している遺伝子を網羅的に把握するために、ヒト5個体、チンパンジー、ゴリラ、オランウータン各種3個体ずつの皮膚を用いたRNA発現量解析(RNA-seq)を行った。ヒトと類人猿のゲノム配列を参照配列として各々に各個体のRNA-seq配列をマッピングし、どの参照配列でもヒト5個体と類人猿9個体の間で統計的に有意に発現量差のある遺伝子を抽出した。その結果、皮膚の張力や基底膜に関わる複数の遺伝子の発現量がヒト特異的に上がっていた。現在、発現量差を生み出しているヒト特異的変異を含む発現調節領域を分子進化学的解析により明らかにすることを試みている。
2016-B-40 野生ニホンザルにおける分派中の行動パターンと社会的・生態学的条件の関係 風張喜子(北海道大・北方生物圏フィールド科学センター) 所内対応者:辻大和 ニホンザルは、メンバーがひとまとまりで暮らす凝集性の高い群れを作る。これまでの研究によって、各個体が周囲の個体の動向を把握し自分の行動を調節することで、互いの近接が保たれていることが示唆されている。その一方で、群れの個体が一時的に2つ以上の集団に分かれて行動する分派も、季節や群れによっては頻繁に見られる。互いに近接しあうようにふるまうニホンザルが、なぜ分派するのか、明らかになっていることは少ない。そこで、本研究では、分派直前から合流までの群れ・分派集団の動向から、分派の要因を検討することを目的とした。1年のさまざまな時期に、宮城県金華山島の野生ニホンザルB1群を追跡し、群れ追跡中は、群れの凝集性、目視可能な個体名とその活動内容、音声コミュニケーションの内容などを定期的に把握した。分派が起こった場合はいずれかの集団を追跡し、同様のデータを収集した。2016年度は6例の分派を観察した。今後は、2014年以降の2年間に記録した20例と合わせて、分派開始前と分派中の活動内容や採食品目、音声コミュニケーションの内容を整理し、それぞれの事例について分派の要因を検討する予定である。
2016-B-41 霊長類における絶滅危惧種の保全技術の確立 佐々木えりか、井上貴史、平川玲子(公益財団法人実験動物中央研究所) 所内対応者:中村克樹 米国では、動物園の絶滅危惧種である新世界ザルの遺伝資源保全のために動物を交換し、近交化を防ぎつつ個体数を増加させて野生に戻す取り組みが一定の成果を挙げている。しかしながら動物個体の移送、飼育環境の変化は、動物に大きなストレスを与える原因となる。我々は、コモンマーモセット(Callithrix jacchus)を用いて非侵襲的に子宮内から受精卵を回収する受精卵採取技術を開発した。この方法と受精卵の凍結技術、非侵襲的受精卵移植技術を組み合わせれば、動物交換をすること無く、絶滅危惧種である新世界ザルの繁殖を可能にし、近交化を防ぐ事ができるようになる。本研究では、京都大学霊長類研究所において飼育されているワタボウシタマリン(Saguinus oedipus)で非侵襲的受精卵採取技術の確立が可能かを検討した。 ワタボウシタマリンのつがい3ペア(メスの個体番号:So200, So213, So214)を用いた。血中プロゲステロン濃度を測定し、測定値が10ng/mlを超えた日を排卵日と予測した。排卵予測日から約10日後に非侵襲的受精卵採取を4回行った。 So200, So213, So214のいずれの個体もコモンマーモセットの受精卵を採取する際に用いる器具類で子宮内を潅流し、子宮内膜細胞などの潅流物が得られた。またSo213からは、昨年に引き続き脱出胚盤胞期の受精卵採卵1個を得る事ができた。この結果から、コモンマーモセットで確立された非侵襲的受精卵採卵法はワタボウシタマリンにも適応可能であることが示された。本来は、この受精卵の凍結を行なう予定であったが、脱出胚盤胞は、凍結が困難であるため、胚性幹細胞(ES)細胞の樹立を試みた。ワタボウシタマリンの受精卵は、マウス胎児繊維芽細胞上で一定期間の増殖を認めたが、ES細胞株の樹立には至らなかった。
2016-B-42 言語を支えるルール創発に関する実験的研究 森田尭 (マサチューセッツ工科大学・言語学) 所内対応者:香田啓貴 本研究では、計算理論的複雑性とサルの学習可能性との関連について検討した。順化脱順化実験を用いた先行研究において、サルは2次マルコフモデルで表現可能な系列(例:ABAB)については学習可能だが、3次以上を必要とする系列(例:AABB)についての学習は困難であるという報告がなされている。本研究はサルにおける2・3次マルコフ系列学習の難易度差についてのより深い理解を得るため、タッチパネル上の視覚刺激を用いたオペラント学習実験を実施した。まずニホンザル6頭を3頭ずつ2つの群に分け、それぞれに2次マルコフ系列と3次マルコフ系列を訓練学習させた。系列はタッチパネル上の左右端に表示される正方図形の遷移で表現し、2次マルコフ群には図形を左右交互に提示(左右左右・右左右左)、3次マルコフ群には左左右右・右右左左を提示した。訓練後、学習内容を確かめるためプローブテストを実施した。まず、系列中3または4番目に図形を左右両側提示にし、予測に即した方を思わず触るかどうかを観察しようと試みた。しかし、この手法ではサルが接触動作を止めてしまい、予測動作の有無を検討できる結果は得られなかった。これを受け、系列中3または4番目の図形を予測とは逆側に提示し反応時間の遅延を観測するプローブテストを次に実施した。結果、2次マルコフ群ではプローブ時常に大きな反応時間の遅延(非プローブ時との比較)が見られたのに対し、3次マルコフ群ではそのような規則的な遅れは見られなかった。このことから2次マルコフ群は法則を学習し図形提示位置を正しく予測していたのに対し、3次マルコフ群は少なくとも2次マルコフ群ほどの精度での予測をできていなかったと結論づけられる。これは先行研究の結果と一致する。今後、比較のためにヒトに対する同様の実験を追加で行い、この結果と合わせた上で2017年度中の雑誌投稿を目指す。
2016-B-43 霊長類神経系の解析とヒト疾患解析への応用 井上治久、沖田圭介、今村恵子、近藤孝之、江浪貴子、舟山美里(京大・iPS細胞研究所) 所内対応者:今村公紀 昨年度は、霊長類神経系の解析とヒト疾患解析への応用の研究目的にむけて、iPS細胞の技術開発に取り組み、STOフィーダーを使用しない培養液が開発されてきたことをうけて、ヒトからフィーダーフリーで樹立したiPS細胞を、複数回継代後、常法により神経系へと分化させ、神経系細胞への分化効率はフィーダーを使用して樹立したiPS細胞と同等であること、STOフィーダーを使用しない条件でのiPS細胞樹立、その後の維持培養がiPS細胞の特性は維持されていることを見出していた。 本年度、フィーダーフリーでのチンパンジーiPS細胞樹立に成功した。同時に、フィーダーを使用して樹立されたチンパンジーiPS細胞を譲り受けた。 今後は、フィーダーを使用して樹立されたチンパンジーiPS細胞のフィーダーフリー化、ヒトで使用できる各種抗体のチンパンジー細胞での検討、チンパンジーiPS細胞の神経系への分化誘導と解析等を行う予定。
2016-B-44 大型類人猿における手首・大腿部の可動性の検証 中務真人、森本直記、野村嘉孝、小林諭史(京都大学) 所内対応者:西村剛 アルディピテクス・ラミダスの有頭骨では、頭の位置が掌側に強く偏位している。このため、ラミダスの手根中央関節ではヒトや現生類人猿をこえる強い背屈が可能だったとする意見がある。残念ながら、骨格標本を用いた背屈域推定は、関節軟骨など軟組織がついた状態での実測値を超えてしまうため、別の視点から、現生、化石霊長類での手根中央関節の運動特徴を評価する試みを行った。CT撮影によりデジタル化した有頭骨と有鈎骨を関節させ、手根中央関節面(月状骨舟状骨関節面:辺縁部は除く)を三次元的に放物曲面で近似した。近似面の主軸が向く方向から関節面の方向性を評価した。ゴリラとチンパンジーを比較すると、ゴリラの方がより手背側に向いた関節面を持つ。これは両者のナックル歩行時の姿勢の違いに対応するように見えるが、中新世類人猿も手背側に向く関節を持ち、これがヒト上科での祖先的状態である可能性が示唆された。橈側・尺側方向と手背・手掌方向への曲面の弯曲度を比較すると、これらは正の相関を示した。ヒトと現生の大型類人猿は化石ヒト上科よりも強い弯曲を示した。これは、現生種がそれぞれ異なる機能への特殊化を果たした結果だと考えられる。
2016-B-45 飼育下ハヌマンラングールのメスにおける性ホルモン動態調査 木村嘉孝、川出比香里(公益財団法人 宇部市常盤動物園協会) 所内対応者:木下こづえ 宇部市ときわ動物園では、ハヌマンラングール(Semnopithecus entellus)のメス個体を4頭(成熟2・幼齢2)飼育している。当園では、メス個体の性ホルモン動態を把握し、オス個体との同居または人工授精による繁殖を検討している。そのため本研究では、採取が簡易な糞を用いて飼育下におけるハヌマンラングールの性ホルモン濃度動態を酵素免疫測定法によりモニタリングを行った。研究対象個体は宇部市ときわ動物園で飼育する成熟個体2頭(ソフィー:23歳、リンダ:18歳)と幼齢個体1頭(タラ:2歳)とした。その結果、エストラジオール17β(E2)については、成熟個体において100 ng/g~400 ng/g程度までの上昇値が複数回得られた。またプロジェステロン(P4)については、繁殖歴のあるリンダに24.3±0.5日(n=3)の周期的なピーク(4000 ng/g程度)がみられたが、繁殖歴のないソフィーにおいてはピークが見られるものの(6000 ng/g)リンダと類似の日数での周期性は見られなかった。また未成熟個体のタラについても、周期性は見られなかった。本研究ではリンダのP4濃度は、約25日間の周期性を示したが、本来見られるはずのP4濃度の上昇(黄体形成)前のE2濃度の上昇(卵胞形成)が、本研究の測定手法では捉える事ができなかった。これは、全個体のE2濃度動態から餌による影響等が考えられたため、今後詳細に検討していきたいと考える。本研究成果は、1月に開催されたプリマーテス研究会においてポスター発表を行った。
2016-B-47 マーモセットiPS細胞由来神経細胞を用いたプロモーター評価系の確立 今野歩、新田啓介(群馬大・医・脳神経再生医学) 所内対応者:今村公紀 マーモセットの繊維芽細胞から神経細胞を作成し、作成した神経細胞を用いてプロモーター評価系を確立することを目的とした共同研究である。2014年度の共同研究開始当初は繊維芽細胞からiPS細胞を作成し、神経細胞へ分化させる方法を検討していた。しかしマーモセット線維芽細胞由来のiPS細胞は樹立そのものが難しく、種々の条件を検討したが安定した培養には至らなかった。このため、2016年度途中からiPS細胞を介さずに直接繊維芽細胞から神経細胞を作成する方法(direct conversion法)へ戦略を変更した。ヒトの繊維芽細胞を用いたdirect conversion法の論文報告は数本あり、①培地に複数の低分子化合物を加えるだけの方法②繊維芽細胞に転写因子を導入した上で、培地に複数の低分子化合物を加える方法に大別できる。①②の方法とも2種類ずつ、計4種類の方法で神経細胞の作成を試みたところ、いずれの方法でも繊維芽細胞は形態的には神経細胞様に変化した(添付ファイル)。しかし、免疫染色や電気生理学的解析では神経細胞への分化を示す証拠は得られなかった。
2016-B-48 意欲が運動制御を支える因果律の解明 西村幸男(京大・院・医学・神経生物)、鈴木迪諒(生理研・統合生理) 所内対応者:高田昌彦 越シナプス神経トレーサーにより、腹側中脳から二シナプス性に脊髄へ投射していることを見出した。その中継核は大脳皮質運動野であると仮説を立てた。腹側中脳を電気刺激すると上肢の筋群に筋活動が誘発された。一方で、一次運動野を薬理的に不活性化したところ、腹側中脳を電気刺激すると、それによって誘発される筋肉活動が減弱した。この結果から、腹側中脳は大脳皮質運動野を介して、脊髄運動ニューロンに投射していると結論付けられた。この成果にて、下記に示す2本の研究発表を行った。 1)Michiaki Suzuki, Ken-ichi Inoue, Hiroshi Nakagawa, Masahiko Takada, Tadashi Isa, Yukio Nishimura, Motivation center in the ventral midbrain directly activates the descending motor pathways via the primary motor cortex. 第39回日本神経科学大会 2)鈴木 迪諒, 井上 謙一, 中川 浩, 高田 昌彦, 伊佐 正, 西村 幸男腹側中脳は一次運動野を介して脊髄運動ニューロンの興奮性を促通する.第10回モーターコントロール研究会.この発表は優秀ポスター賞に選出された。
2016-B-49 霊長類精原幹細胞の解析 久保田浩司、垣内一恵、高橋将大(北里大・獣医・細胞工学) 所内対応者:今村公紀 雄の生涯にわたって続けられる精子形成は造精細胞の中で最も未熟な精原細胞集団に含まれるごく一部の精原幹細胞の自己複製によって維持されている。幹細胞は自己複製と分化能という生物活性を有する未分化な細胞であり、その厳密な同定には生物活性を評価しなければならない。マウスの精原幹細胞の幹細胞活性は精子形成不全マウスの精細管内に移植することによって評価可能であるが、霊長類の精原幹細胞の解析において、同種の精子形成不全レシピエントを用いる実験系は技術的および経費的に困難である。異種間の精原幹細胞移植では分化能を評価することはできないものの、自己複製能を評価することができる。本研究は、マーモセットをモデルとして、免疫不全マウスへの精細管内移植による精原幹細胞の同定法を確立することを目的として行われた。霊長類研究所からの新鮮精巣試料は得られなかったため、実験動物中央研究所より供試されたマーモセット精巣試料を用いて、抗マーモセット抗体を作成した。得られた抗体はマウス精巣内でマーモセット精原細胞を特異的に同定した。
2016-B-51 インドネシア国内飼育下テングザルの遺伝構造解析:よこはま動物園への導入個体の選定 尾形光昭(横浜市繁殖センター) 所内対応者:半谷吾郎 ボルネオ島の固有種で絶滅危惧種であるテングザルについて、生息域外保全を促進することを目的に、飼育下個体群の遺伝的多様性の解析に取り組んだ。非侵襲的サンプリングによる個体識別および親子判定法の確立を目的に、よこはま動物園の飼育個体の糞便よりDNAを抽出し、Salgado et al (2010)のマイクロサテライトDNA増幅用のプライマーを再調整することで、19セットのマイクロサテライトDNAプライマーを3つのマルチプレックスPCRセットで効率的に解析することが可能となった。 さらにより多くの飼育下の希少霊長類の遺伝的多様性解析を目的に、よこはま動物園飼育下の霊長類3種(フランソワルトン、アビシニアコロブス、ドゥクラングール)について、テングザルのマイクロサテライトprimerセットの適用を試みた。飼育下個体の糞便よりDNAを抽出、Salgado et alの8個のプライマーセットによるPCRを実施した結果、3個のプライマーセットにおいて、複数のアリルが同一種内から確認できたことから、遺伝的多様性解析に利用可能であることが明らかとなった。
2016-B-52 マカク属における凍結融解精液正常の改善と人工授精技術開発 栁川洋二郎(北大・獣医)、永野昌志、菅野智裕、奥山みなみ、田嶋彩野(北大・獣医)、髙江洲昇(札幌市円山動物園) 所内対応者:岡本宗裕 ニホンザルにおいては人工授精(AI)による妊娠率は低く、特に凍結精液を用いたAIによる産子獲得例がない。そのため、精液の凍結保存法改善とともに、メスの卵胞動態を把握したうえでAIプログラムの開発が必要である。 ニホンザル雄4頭から電気刺激により精液を採取し、Tes-Tris Egg-yolk液で希釈後2分割し、1時間で4℃に冷却しグリセリンを10%含む二次希釈液で2倍希釈後、もしくは二次希釈後に1時間で4℃に冷却後に凍結した。凍結は250 μlストローに精液を封入後液体窒素液面4cmで実施、もしくはドライアイス上に200、100、50、25 μlの精液を滴下して4種のペレットを作製した。融解直後および融解3時間後に運動精子率および高活力精子率を評価した。 融解後の運動性は凍結前の作業工程による差はなかった。融解直後の運動精子率は200および100 μlペレット(それぞれ20.6および20.0%)においてストローおよび25 μlペレット(それぞれ8.2および7.6%)に比べて高かった(p<0.05)が、高活力精子率に凍結方法間で差はなかった(1.4~5.8%)。融解3時間後の運動精子率に凍結方法間で差はなかったものの(1.0~6.1%)、高活力精子は200 μlペレット(1.6%)において高い傾向があった(p=0.05)。 一方、経産および未経産メス各1頭において月経後11日目に新鮮精液を用いたAIを実施した。今後妊娠の確認を実施予定である。
2016-B-53 Decoding Global Networks in Tourettism using PET and Electrophysiological Methodologies Dong-Pyo Jang (Hanyang University)、南本敬史(放射線医学総合研) 所内対応者:髙田昌彦 In FY2017, we have discussed the details of the experimental protocol and time schedule, although the proposed experiment itself has not yet started.
2016-B-56 霊長類における概日時計と脳高次機能との連関 清水貴美子、深田吉孝(東京大学) 所内対応者:今井啓雄 我々はこれまで、齧歯類を用いて海馬依存性の長期記憶形成効率に概日変動があることを見出し、SCOPという分子が概日時計と記憶を結びつける鍵因子であることを示してきた (Shimizu et al. Nat Commun 2016)。本研究では、ヒトにより近い脳構造・回路を持つサルを用いて、SCOPを介した概日時計と記憶との関係を明らかにすることを目的とする。 ニホンザル6頭を用いて、苦い水と普通の水をそれぞれ飲み口の色が異なる2つのボトルにいれ、水の味と飲み口の色との連合学習による記憶効率の時刻依存性について実験をおこなっている。各個体あたり、朝/昼/夕の何れかに試験をおこない、学習から24時間後にテストを行う。それぞれのボトルの水を飲んだ回数をビデオ観察し、正解と不正解の回数の比により、記憶の判断をおこなった。各時刻3回ずつ6頭の記憶テストデータを解析した結果、昼に最も記憶効率が高く、夕方が最も記憶効率が低いという結果が得られた。記憶効率の時刻変動にSCOPが関わるかどうかを検討するため、6頭のうちの2頭を使って、SCOP shRNA発現レンチウイルスまたはコントロールレンチウイルスのいずれかを海馬に投与した。レンチウイルスの投与は、統合脳システム分野の高田昌彦教授・井上謙一助教のご協力により行った。投与手術からの回復を待ち、現在、記憶効率の測定を進めている。また、実験室内でのニホンザルの飲水行動パターンについて基礎的データを得るため、5分間隔で飲水量を数日間にわたり連続測定できる装置を導入した。この装置を用いて、飲水行動の日周リズムの解析を始めた。
2016-B-57 新世界ザル苦味受容体TAS2Rに対するリガンド感受性多様性の検証 林真広、河村正二(東京大・院・新領域) 所内対応者:今井啓雄 味覚受容体遺伝子の進化は食性の影響を受けると考えられている。中でも苦味受容体(TAS2Rs)遺伝子群は有毒物の選択・忌避応答に関与すると考えられており、ヒト、チンパンジー、ニホンザルをはじめとする多くの狭鼻猿類で、TAS2Rsのリガンド感受性が評価・比較されている。新世界ザル類は食性が多様であるため、味覚受容体遺伝子の進化研究に適しているが、これまで多くの種での比較解析は行われてこなかった。そこで本研究は新世界ザル類のサキ亜科を除く他すべての亜科[セマダラタマリン(マーモセット亜科)、アザレヨザル(ヨザル亜科)、フサオマキザル(オマキザル亜科)、チュウベイクモザル(クモザル亜科)、マントホエザル(ホエザル亜科)、ダスキーティティ(ティティ亜科)]に対し、TAS2R16とTAS2R38のリガンド感受性を培養細胞発現系を用いたカルシウムイメージングにより評価した。その結果、TAS2R16はフサオマキザルのリガンド感受性が最も高い一方で、同じオマキザル科のマーモセット亜科では感受性がないことが明らかとなった。また、TAS2R38ではTAS2R16とは逆にマーモセット亜科のセマダラタマリンが最も高い感受性を持つ一方で、フサオマキザル、アザレヨザルでは感受性がなかった。さらに、種間でTAS2R16、TAS2R38のアミノ酸配列比較を行うことで、これまでの狭鼻猿類の研究からは報告されていなかったサイトがリガンド感受性に重要であることが示唆された。これらの結果は、苦味受容体の感受性が、近縁の種間でも大きく異なり、アミノ酸変化によってダイナミックに多様化しながら進化してきたことを示唆する。
2016-B-58 チンパンジーNaïve iPS細胞の作製 山村研一、荒木喜美、松本健、藤江康光(熊本大・生命資源研究・支援センター) 所内対応者:今村公紀 本研究ではnaïve型の性状を有するciPS細胞とマウス胚との異種キメラの生着法の確立を目的とし、以下の2つの研究を進めた。 (1)naïve iPS細胞のインジェクションによる in vitro キメラアッセイ 赤色蛍光タンパク質(RFP)遺伝子を導入したnaïve ciPS細胞株(NF6, Kenny)を、培養用培地KSOM(Potassium[K] Simplex Optimized Medium)で培養しているマウス胚盤胞にインジェクションした。その後、培養を行い導入した細胞の挙動を観察した。24時間および48時間後の経過観察にて、内部細胞隗(ICM)と栄養外胚葉に赤色シグナルが認められた。しかし培養5日目までに全てのシグナルが消失した。これらの結果から、ciPS はマウス胚体内には組込まれず、生着能力は不十分であると考えられた。 (2)誘導型細胞接着因子(E-cadherin)の遺伝子導入における細胞生着の促進 チンパンジー細胞とマウス細胞との接着を促進させるため、Doxycycline (Dox)誘導型 E-cadherinトランスポゾンベクターをエレクトロポレーションを用いてciPSに導入した。現在ベクターが導入されたチンパンジーiPS細胞株を選出し、解析中である。
2016-B-59 マカク乳歯歯髄細胞移植による歯髄再生の評価 筒井健夫、小林朋子、松井美紀子(日本歯科大・生命歯学・薬理学) 所内対応者:鈴木樹理 平成28年度は、ニホンザル3例に対して、歯髄細胞の採取および初代培養と継代培養を行い、その後同ニホンザルへ歯髄細胞三次元構築体を移植した。歯髄細胞は、上顎左右乳中切歯より歯冠側1/2から1/3の歯髄を採取し、生活歯髄切断法を応用し処置を行った。採取した歯髄は、初代培養および継代培養から歯髄細胞三次元構築体の作製を行い、約5ヶ月後に同個体の上下顎右側乳犬歯歯髄腔内へ移植した。その際、上下顎右側乳犬歯は歯質を切削し、歯冠側1/3程度の歯髄除去処置を行った。歯髄移植歯は、歯髄再生について解析を行うため移植2ヶ月後に抜歯し固定を行った。歯髄を採取した上顎左右乳中切歯と歯髄細胞三次元構築体の移植後、および抜歯前のエックス線撮影により歯冠側と歯髄腔にエックス線不透過像が確認され、現在解析を進めている。また、ニホンザル、アカゲザル、ヒトの乳歯およびヒト永久歯それぞれの歯髄細胞の細胞特性について細胞倍加時間、細胞周期、テロメラーゼ活性、石灰化能および脂肪分化能を比較検討した。アカゲザルの乳歯歯髄培養細胞では培養日数1000日以上でDoubling level(DL)が300以上まで継続培養され、約DL40と約DL80で増殖が停止するクライシスが観察された。細胞周期解析では、細胞倍加時間はそれぞれDL57が72時間 、DL303が38時間であり、ニホンザル乳歯歯髄培養細胞の細胞倍加時間は24時間と28時間、ヒト乳歯歯髄細胞で24時間、ヒト永久歯歯髄細胞では23時間であった。アカゲザル乳歯歯髄培養細胞のS期の細胞の割合がDL57では30.0%、DL303では13.7%であり、DL303では、DL57と比較してテロメラーゼの活性が高く、いずれの細胞も石灰化と脂肪分化両方の多分化能を示した。これらの結果は、日本口腔組織培養学会学術大会・総会にて発表した。
2016-B-60 一卵性多子ニホンザルの作製試験 外丸祐介、信清麻子(広島大・自然センター)、畠山照彦(広島大・技術センター)、吉岡みゆき(広島大・自然センター) 所内対応者:岡本宗裕 本課題は、動物実験に有用な一卵性多子ニホンザルの作製を目指すものであり、これまでに体外培養系卵子・受精卵の操作・作製に関する手法の確認を進めながら、分離受精卵からの個体作製試験に取り組んできた。平成27年度には、凍結保存した分離受精卵の移植試験により、死産ではあったが妊娠満期のニホンザルを得ることに成功している。平成28年度では、生存産子を得ることを目標に引き続き移植試験を実施し、またカニクイザルについてニホンザル受精卵の移植レシピエントとしての有用性の検討を開始した。3回の実験実施により計6頭の雌ニホンザルについて採卵処置を行い、得られた卵子を用いて体外受精卵を作製した後、一部の受精卵を用いて2分離および4分離受精卵を作製した。これらの受精卵および分離受精卵について体外培養により桑実胚・胚盤胞まで発生させた後、霊長類研究所の雌ニホンザル1頭、ならびに滋賀医科大学の雌カニクイザル17頭をレシピエントとして移植試験を実施し、現在は経過観察中である。妊娠が成立すれば、平成29年度前半に妊娠満期を迎える予定である。
2016-B-61 霊長類におけるメラニン合成関連遺伝子の分子進化学的解析 大橋順、中伊津美(東京大学・院・理学系・生物科学) 所内対応者:今井啓雄 ヒトの皮膚色は、環境に適応すべく進化した最も多様な形質の一つである。出アフリカ以降、非アフリカ人(ヨーロッパ人やアジア人)の皮膚色は明るく変化したが、アフリカ人は暗い皮膚色を保っている。両者の祖先は5~7万年前に分岐しており、わずか数万年間でこれほどの違いを生んだ進化過程については十分に理解されてはいない。メラニン合成経路で働く分子をコードする幾つかのヒト遺伝子では、明るい皮膚色と関連するアミノ酸変異が同定されており、非アフリカ集団で正の自然選択が作用してきたことが分かっているが、これらの多くは機能喪失型変異であると推察される。我々は、ヒトを対象とした関連解析により、ATRN遺伝子中の多型と皮膚色との関連を見いだしている。そこで、チンパンジーATRN遺伝子の配列解析と種内多型探索を行い、ヒトとチンパンジーとの分岐後に、メラニン合成経路で働く分子をコードする遺伝子に作用してきた自然選択の有無と強度を調べたいと考え、本研究を計画した。ヒトとチンパンジーのATRN遺伝子の25個のエクソンを増幅するためのプライマーを設計したが、5個のエクソンが増幅しなかったため、現在はプライマーの改良を進めている。
2016-B-62 Variation of Gene Encoding Receptor of PTC bitter taste compound in Leaf-Eating Monkeys Laurentia Henrieta Permita Sari Purba (Bogor Agricultural University) 所内対応者:今井啓雄 TAS2R38 is one of TAS2R multigene families that encode receptor to recognize bitter from several N-C=S compounds including PTC. TAS2R38 had been identified in many primates. TAS2R38 in human, chimpanzee, Japanese macaques exhibit intra-species polymorphism that lead to different behavioural response of individual. Taster individual show aversion to PTC, in contrast to tolerant in non-taster individuals. Leaf-eating monkeys (Subfamily Colobines) are unique among primates because their diet mostly consisted of leaves that perceptually tasted bitter to human. We conducted preliminary behavioral experiments of PTC-tasting on leaf-eating monkeys kept in Ragunan Zoo. The result indicated that nine individuals of genera Trachypithecus, Presbytis and Nasalis were all less sensitive to PTC compared with macaque. Genomic DNA of leaf-eating monkey was obtained from fecal samples. After DNA extraction, TAS2R38 gene region was specifically amplified using standard PCR reaction. The DNA sequences of amplicons showed that there are some polymorphisms in the TAS2R38 genes of the monkeys. By calcium imaging methods, we found the cell expressing TAS2R38 receptors of leaf-eating monkeys have lower respond to PTC compared to macaque. Direct mutations in four amino acids of TAS2R38 of macaque to mimic colobines confirmed that those mutations in colobines are responsible to the decreased sensitivities to PTC.
2016-B-63 サーモグラフィーによる上空からのマカク個体の位置推定技術開発とそのフィージビリティスタディ 益田岳(順天堂大学) 所内対応者:マイケル・ハフマン 小型無人機内蔵GPSからリアルタイム位置情報(位置、高度など)を記録しながら搭載した安価なサーモグラフィーでマカクの個体の位置情報をフィールドにおいて簡便かつ俊足に得る手法を開発した。また本手法による調査がサルへ過剰なストレスを与えないかどうかを確認できた。結果、サル群への本手法の有効性が実験的に確認された。また、環境条件を整えた状態での知見を得ることができたので、今後の自然環境下での同手法による調査手法の先鋭化について、効率の良い開発の方向性をも得ることができた。 関連学会発表 Gaku MASUDA "Vector Borne Disease Control and Survey", Lecture at the National Institute of Malariology Paracitology and Epidemiology, Vietnam ,5th Dec 2016 益田岳 『樹上の感染者を追う 蚊媒介性感染症研究へのドローンの活用』ドローンのフィールド活用研究会、総合地球環境学研究所,2017年4月22日
2016-B-65 The Comparative Biomechanics of the Primate Hand. William Irvin Sellers (University of Manchester) 所内対応者:平崎鋭矢 This project aimed to compare the functional biomechanical implications of the manipulation and locomotor uses of the hand in Japanese macaques. Building on the work we have carried out in previous years we used our markerless motion capture system in an 8 camera configuration to record the monkey's finger movements under laboratory conditions. We provided two locomotor tasks and a single tool use task, and used two monkeys as participants. The first locomotor task was horizontal walking on a flat surface to measure the finger movements in a situation where grip did not occur. The second locomotion task was horizontal walking on a rigid pole which the monkey needed to grasp firmly for stability. The tool use task required the monkey to pull on a small cylinder with the same diameter as the horizontal pole in order to retrieve a small food item. The orientation of the cylinder was altered during different repeats of the experiment. Building on previous experience we changed the camera configuration such that we had 2 groups of 4 cameras rather than a single arc of 8 cameras. This greatly increased the angular range of reconstruction which was necessary since we wanted to get measurements on as many fingers as possible in a single experiment. However the Agisoft Photoscan Pro software was unable to merge the data from the two sets of cameras automatically. The solution was to use printed markers within the experimental field of view. These were able to align the two camera groups with minimal manual intervention, and the end result was improved 3D coverage of the reconstruction volume. The monkeys were trained to perform all experiments and this aspect worked extremely well. Both animals were perfectly happy to make multiple repeats. More difficult was the requirement to zoom in tightly around the hand. In the tool use cases this was not a major problem since the position of the tool was defined by the experimenter. However for the locomotor cases this meant that the monkeys needed to touch the substrate in very specific locations that needed to be decided before the experiment began because all 8 cameras needed to be focussed in on the same place. On many occasions, the animals chose to put their hands down in different locations and thus these trials could not be used. However all in all we managed to collect a good amount of data for all the experimental conditions and analysis of this is ongoing. Initial results have been presented in papers at three conferences listed below, and the overall analysis will be published in a suitable journal when it has been completed.
2016-B-66 Genomic Evolution of Sulawesi Macaques Bambang Suryobroto (Bogor Agricultural University) 所内対応者:今井啓雄 The island of Sulawesi (Central Indonesia) lays on east of Borneo that is the easternmost limit of Asia/Oriental zoogeographic realm. It has never had permanent land-bridges with Sunda Land which necessitates the Oriental animals to cross Wallace Line in migrating to Sulawesi. The Sulawesi macaques are thought of as having an ancestor that was a member of the stock that will eventually lead to silenus-sylvanus species group. Having migrated into the three-arm peninsular Sulawesi Island, they differentiated to become seven morphologically distinct species in seven allopatric areas. There are three interrelated issues concerning the evolution of Sulawesi macaques; that is, taxonomic status, hybrid population problem and phylogenetic relationship. Specific status of the seven morphs was generally adopted; however, when hybrid specimens from borderland between contiguous species were found, their biological species delimitation (sensu Mayr 1964) was thought to be compromised. Furthermore, in the absence of fossil record, their phylogenetic relationship is not yet resolved. In contribution to these evolutionary questions, we determined the exome sequences of Macaca tonkeana and M. hecki that live side-by-side in the central area of the Island and had been recorded to have hybrid populations in their borderland. The evolutionary relationship of the two species may reflects the model of speciation with gene flow; that is, despite considerable gene flow, we may expect that there are "genomic speciation islands" that contain genes responsible for local adaptation and reproductive isolation. Specifically, we would like to know what are the genes in their genomic islands of speciation. In this preliminary analysis, we found that there are at least six genes that have fixed differences between the two species. The genes function in immune system, obesity risk and structural/growth characteristics that may be related to species differentiation.
2016-B-67 福島県に生息するニホンザル(Macaca fuscata)の寄生虫症および感染症に関する疫学調査 浅川満彦、萩原克郎(酪農大・獣) 所内対応者:岡本宗裕 ニホンザル(Macaca fuscata)は、基幹作物である果樹への農業被害や家屋への侵入等、地域住民との軋轢が生じていることから、各地の保護管理計画などに基づき有害捕獲されている。そこで、演者らは捕獲個体を用い、特に、情報が極めて少なかった東日本における寄生蠕虫相の調査を実施し、青森県下北半島、福島県福島市および千葉県房総半島の結果が公表された(三觜ら, 2017; 里吉ら, 2004; 渡辺ら, 2016)。本発表ではこれまでに判明した蠕虫相の概要を紹介し、他地域における先行研究の結果と比較をしつつ東日本における構成種の特色にいて論考した。また、この国内に外来種として定着したタイワンザル(Macaca cyclopis)および輸入検疫時に斃死したカニクイザル(Macaca fascicularis)から検出された蠕虫検査の結果も勘案しつつ(浅川・巖城, 2011; 浅川ら, 印刷中)、ニホンザルにおける蠕虫相への国外産マカク属の人為的移入による影響についても言及した。興味深い特徴として、直接発育をする線虫類のTrichuris sp.とStrongyloides fuelleborniは上記3地域で検出されたこと、吸虫類 Ogmocotyle ailuriが東北地方2県でのみ見出されたこと、しかし、間接発育をする線虫類のStreptopharagus pigmentatusが東京都大島で定着したタイワンザルで認められ、東北では見出されなかったこと、直接発育をする線虫類のOesophagostomum属腸結節虫と条虫類Bertiella studeriは福島産ニホンザルと輸入されたカニクイザルで認められたことなどが判った。これら蠕虫類の地理的分布と生活史との関連性(中間宿主動物の生息状況など)は必ずしも明確には出来なかったので、別要因も含め今後の検討課題が浮き彫りにされた。
2016-B-68 サル雌性生殖器由来幹細胞の分離とその機能解析の試み 保坂善真、割田克彦(鳥取大学・農・獣医解剖学) 所内対応者:岡本宗裕 実験初年度の平成28年度は、月経血(ニホンザル6個体)と胎盤(アカゲザル1個体)を使用した。当初の計画では、麻酔をしたサルの腟部を洗浄したものを回収し使用する予定であったが、無麻酔下の採取(外陰部に現れた月経血をスポイトで吸って回収)が可能であることが分かった。回収した月経血は、培地(DMEM-2%FBS/2%抗生剤)に混和してから申請者の研究機関(鳥取大学)に常温で送付後(犬山-鳥取の輸送時間は1日以内)に播種した。播種後数日間、培地(DMEM-20%FBS/2%抗生剤)を交換しながら、培養皿に付着した細胞を月経血由来幹細胞として分離を試み、この条件で、非侵襲的かつ安定的に(コンタミなしで)細胞を分離可能であることを明らかにでき、スムーズに増殖させることが可能であった。初年度の実験計画は月経血由来幹細胞から細胞性状の検索と、複数の組織細胞への分化を試みる予定であったが、月経血から幹細胞の最適な分離条件の設定に時間を要したため、細胞の増殖能の検索と骨芽細胞と脂肪細胞への分化実験に留まった。
2016-B-69 Analysis of promoter / enhancer of HERV-K,R LTR elements in various primates and monkeys Heui-Soo Kim, Hee-Eun Lee (Pusan National University) 所内対応者:今井啓雄 Human endogenous retrovirus (HERV) is classified as long terminal repeat (LTR) retrotransposons and they integrated into the genome during primate evolution. HERV-K is about 9.5kb long with two long terminal repeats (LTRs) and four main viral genes called Gag, Pro, Pol, and Env, and it is the most active family of HERV in human genome which is capable of encoding functional retroviral gene products. The mRNA expression of HERV-K differed between various tissues of all humans and primates. Additionally, the expression of protein level was checked to find out both expressions of mRNA and protein level matches. From this study, the results represents that even from various tissues of each species varies, and the expression between the various species’ tissues shows different expression patterns. Therefore, analyzing the epigenetic aspects from genomic level of various monkeys will be continued for the further study.
2016-B-70 種特異的ノンコーディングRNAによるほ乳類脳神経機能分化 今村拓也(九州大・医・応用幹細胞) 所内対応者:今村公紀 本課題は、ほ乳類脳のエピゲノム形成に関わるnon-coding RNA (ncRNA)制御メカニズムとその種間多様性を明らかにすることを目的としている。本年度は、チンパンジーiPS細胞と神経幹細胞のトランスクリプトーム及び、ゲノムのトポロジカルドメイン情報の取得に成功した。加えて、これまでの過年度の共同利用において既得の霊長類・げっ歯類ncRNA情報(DDBJアクセション番号DRA000861,DRA003227,DRA003228など)をもとにncRNAの霊長類進化における機能を解析し、獲得ncRNAが遺伝子発現スイッチオンに確かに寄与していることを明らかにした(Uesaka et al, BMC Genomics, 2017)。これらncRNAによるトポロジカルドメイン変化について現在解析中である。
2016-B-71 SRVのマカク属異種感染における病理組織学的研究 中村紳一朗(滋賀医科大・動物生命科学研究)、宮沢孝幸(京都大学・ウイルス・再生医科学研・ウイルス共進化) 所内対応者:岡本宗裕 サルレトロウイルス5型(SRV5)に感染したときのウイルスの組織学的分布は不明な点が多い。またSRV5のマカク属サル種の間での病態の違いが、ウイルスの組織間分布としてどのように出現するか、明らかではない。そこでSRV5の組織学的局在を明らかにするため、共同研究者である宮沢孝幸博士が作製したSRVのカプシドを認識する抗体(a-SRV-CA)、エンベロープを認識する抗体(a-SRV-ENV)を用いた免疫染色を行った。材料にはSRV5を実験感染したニホンザル2例、SRV5が自然感染したカニクイザル3例(リンパ腫、慢性肺炎、慢性腎炎を示す)の各種臓器を用いた。また陰性対照として滋賀医科大学で飼育されていたニホンザルおよびカニクイザル各1例の各種臓器を用いた。 a-SRV-CAはSRV5陽性のニホンザルならびにカニクイザルの消化管、呼吸器の腺組織の細胞質に陽性像を認めたが、同時に陰性対照として用いたニホンザルとカニクイザルの腺組織にもやや弱い陽性像を認めた。a-SRV-ENVはいずれの例においても明瞭な陽性像を認めなかった。a-SRV-CAで確認された像は非特異反応と考え、現在、宮沢博士が抗原のデザインを改良した抗体を開発中であり、引き続き新規抗体を用いた分布、局在に関わる検討を進めていく予定である。
2016-B-72 霊長類におけるエピゲノム進化の解明 一柳健司(名大・生命農学) 所内対応者:今井啓雄 我々は霊長類におけるゲノム進化とエピゲノム進化の関係を解明するため、霊長類各種の組織におけるDNAメチル化の比較解析を行ってきた(Fukuda et al. 2013, J. Human Genet.58:446-454、Fukuda et al. 投稿中)。本年度は過年度に提供いただいたテナガザル、チンパンジー、ゴリラの精巣サンプルからRNAを抽出し、小分子RNAのライブラリーを作成し、シーケンシングを行った。ゴリラを除いて、それぞれ約1000万個ほどの配列を取得することができたので、現在、その詳細を解析しているところである。
2016-B-73 自律的に歩容遷移を行うマカク四足モデルの開発 長谷和徳、伯田哲矢(首都大学東京)、林祐一郎(首都大学東京) 所内対応者:平崎鋭矢 四足歩行を行う際、霊長類は一般的な四足哺乳類とは異なり、前方交叉型と呼ばれるロコモーション・パターンを示す。本研究では、関節動態や神経系の運動制御機構などを考慮し自律的に歩容遷移可能なマカク類の四足歩行のシミュレーションモデルを作成し、さらに斜面などの力学的環境変化についても計算モデルとして表し、身体力学系を含む力学的環境変化と歩行遷移との関係を計算論的に明らかにすることを試みた。霊長類研究所の放飼場等で収集したニホンザルのロコモーションデータや、歩容の特徴の知見を参照し、四足歩行の運動制御モデルの構築を行った。制御系モデルとして、従来の脚位相制御機構に体重心に応じた位相調整が可能な仕組みを導入した。また、地面の傾斜角度に応じて足先軌道の座標系の角度を変更できるようにした。その結果、四足歩行時の重心が他の哺乳類より後方に位置するというニホンザルの身体特性をモデルに与えた場合、後方交叉型歩行よりも前方交叉型歩行で移動仕事率が低くなることが明らかになった。また、前方交叉型歩行では、前肢よりも後肢の負担が大きくなることも示された。
2016-B-74 野生オランウータンの繁殖生理と栄養状態に関する生理学的研究 久世濃子(国立科学博物館) 所内対応者:木下こづえ 大型類人猿の一種、オランウータン(Pongo sp.)がどのような栄養状態で発情・妊娠しているのかを明らかにすることを目的に、尿中のホルモン代謝産物濃度を測定した。2009~2014年に、マレーシア国サバ州ダナムバレイ森林保護区(ボルネオ島)で採取し、冷凍保存したオランウータンの尿サンプル(計185検体うち28年度に測定したのは114検体)中のインスリン分泌能指標物質(C-Peptide)濃度について、エンザイムイムノアッセイ法(Mercodia社製 Ultrasensitive C-Peptide ELISAキット)を用いて測定した。測定の結果、フランジ雄(平均10.5 pmol/Crmg、N=20)や未成熟個体(平均22.8 pmol/Crmg、N=25)に比べて、授乳中(平均6.5 pmol/Crmg、N=39)や妊娠中(平均3.8 pmol/Crmg、N=11)の雌ではやや低い、という結果が得られた。発情している可能性があった非授乳中の雌では1サンプルしか測定できなかったが、C-Peptide濃度 は最も高い値だった(777.9 pmol/Crmg)。C-Peptideは個体の栄養状態を反映し、栄養状態が良いと高値となる。従って妊娠や授乳によって栄養的に負荷がかかっている雌よりも、発情中の雌は栄養状態が良い可能性がある。
2016-B-75 マーモセットにおける養育個体のオキシトシン濃度 齋藤慈子(武蔵野大・教育・児童教育) 所内対応者:中村克樹 神経ペプチドであるオキシトシンは、げっ歯類の研究から、社会的認知・行動に関わっていることが知られているが、いまだ霊長類の社会行動とオキシトシンの関係についての研究は数が少ない。本研究は、家族で群を形成し協同繁殖をおこなう、コモンマーモセットを対象に、母親だけでなく父親の、母親出産前後のオキシトシン濃度と養育行動との関連を調べることを目的とした。これまでに、マーモセット型のオキシトシンを合成し、市販のオキシトシ測定用EIAキットを用いて、マーモセット型のオキシトシンが測定可能であることを確認した。本年度も引き続き、初産個体を対象とした出産前後の採尿および、乳児回収テスト、背負い行動の観察を行うことを試みたが、コモンマーモセットの繁殖がうまく進まなかったため研究ができなかった。
2016-B-76 霊長類におけるadult neurogenesisの脳内動態及び機能の解析 植木孝俊(名古屋市立大・院・医・統合解剖)、尾内康臣、間賀田泰寛(浜松医科大・光尖端医学教育研究センター)、岡戸晴生(東京都医学総合研)、井上浩一、森本浩之(名古屋市立大・医) 所内対応者:髙田昌彦 ここでは、マカクザルにてadult neurogenesis (AN)の脳内動態をin vivoで描出、評価することができるポジトロン断層法(PET)による分子イメージング技術を創出する他、マカクザルで神経幹細胞を特異的に障害するためのレンチウィルスによる遺伝子発現系を確立し、サルのAN障害モデルが呈する精神神経症状を解析することをねらいとした。 ANの脳内動態のin vivoイメージングに当たっては、まず、カニクイザルのgenomic libraryより神経幹細胞特異的なnestinプロモーター及びエンハンサーをクローニングし、その発現の細胞特異性を、同エンハンサー/プロモーターにより中性アミノ酸トランスポーター/共役因子を共発現するレンチウィルスを調製し、それを脳室下帯に感染させた後に免疫組織化学的染色で確認した。次に、同ウィルスをANが継続するラットの海馬歯状回に感染させ、中性アミノ酸トランスポーター/共役因子の発現によるL-[3-18F]-alpha-methyl tyrosine ([18F]FMT)の取り込みをPETにより画像化した。 また、AN障害モデル動物の作出に当たっては、nestinエンハンサー/プロモーターで神経幹細胞特異的に遺伝子を発現するレンチウィルスを、マーモセットの海馬歯状回に脳定位装置で顕微注入、感染させ、細胞障害遺伝子の発現を誘導した。ここでは予め、ラットで同ウィルスにより神経幹細胞特異的に細胞障害遺伝子を発現させた後、同遺伝子産物の基質薬剤を腹腔投与し、海馬歯状回のANを障害することを確認することで、将来のマカクザルAN障害モデル作製の備えとした。
2016-B-78 全ゲノムシークエンスデータ解析に基づく解析困難領域の同定と遺伝的多様性の解析 藤本明洋(京都大・医学) 所内対応者:古賀章彦 申請者は、日本人の全ゲノムシークエンスデータを用いて、(1)第2世代シークエンサーでは解析が困難な領域の特徴を明らかにする。また、(2)それらの領域のゲノム配列を読み取り長の長い第3世代シークエンサーを用いて決定することにより、解析困難領域の遺伝的多様性を解明する。現在は(2)の解析を行っている。 申請者らは、既に日本人108人の全ゲノムシークエンスデータより、解析困難な領域を抽出した(解析困難な領域は、ヒト標準ゲノム配列に存在しない配列と多様性が極めて高い領域より選出した)。それらの配列を濃縮するためのアレイ(解析困難領域アレイ)を作成した。また、日本人108人の解析困難領域を濃縮しPacBio RSを用いてシークエンスを行った。現在は、PacBio RSのデータ解析を行っている。第2世代のシークエンサーのデータをPacBioシークエンサーのリード配列に対してマッピングを行い、エラーを補正する手法の開発を行った。SRiMP2ソフトウエアを採用し、様々なマッピングパタメーターを試し、マッピングの偽陽性率と偽陰性率が低いマッピングパタメーターを見出した。さらに、マッピングされたリード配列よりコンセンサス配列を求めるプログラムを作成した。この手法を日本人サンプルのデータに適用している。
2016-B-82 霊長類後肢骨格の可動性 佐々木基樹(帯畜大・畜産・獣医)、近藤大輔(帯畜大・畜産・獣医) 所内対応者:平崎鋭矢 昨年、一昨年度とこれまでにニシローランドゴリラ計2個体の後肢のCT画像解析をおこなってきた。本年度もこれらの個体に加えて、新たに雌のニシローランドゴリラ1個体の後肢をCTスキャナーを用いて非破壊的に解析した。今回CT撮影をおこなったゴリラの趾の可動域を解析した結果、再現性のある特徴を確認することができた。そして、このゴリラの趾の特徴を、チンパンジー、ニホンザル、そしてスマトラオランウータンのものと比較した。趾の可動域の解析では、第一趾を最大限伸展および屈曲させた状態でCT画像撮影をおこない、得られたCT断層画像データを三次元立体構築した後、第一趾の可動状況を観察した。全てのニシローランドゴリラにおいて、第一趾の第一中足骨は足の背腹平面で可動しており、同じ背腹平面で第一趾を可動させているチンパンジーのものと比較すると、その可動域は明らかに大きかった。今回の解析では、ニシローランドゴリラの第一趾の可動域には個体間のばらつきが認められなかったことから、背腹平面での大きな趾の可動域は、ゴリラの種特異的な形態学的特徴であると推測される。
2016-B-83 下北半島脇野沢の野生ニホンザル群の分裂が個体群動態に与える影響 松岡史朗、中山裕理(下北半島サル調査会) 所内対応者:古市剛史 下北半島南西部のA87群は2012年に83頭に増加し、2013年4月に43頭(87A群)と22頭(87B群)の2群に分裂した。分裂4年目の2016年度の出産率は、87A群53%、87B群は57%、赤ん坊の死亡率は87A群で0%,(87B群は不明)と分裂前の高い出産率、低い死亡率の状態に戻った。分裂前(1984~2011年)分裂後(2013年以降)の群の増加率、出産率、0~3歳の死亡率、遊動距離を比較してみたが、今年度もどれも変化は見られなかった。87A群において10頭の1歳のうち3頭が秋~冬に消失した。この3頭はすべて連続出産の母親の子供であった。分裂前、年々増加傾向にあった群れの遊動面積は、分裂後も縮小は見られなかったが、昨年度に比して拡大は見られなかった。分裂以降の追跡結果から、季節によってよく利用する地域が異なり、遊動域を季節によって使い分けているような傾向が見られた。観察例が少なくまだ断言はできないが、今年度は87A群の遊動域内での87B群との遭遇が極めて少なく、87B群は遊動域を変えた可能性がある。
2016-B-84 ワオキツネザルの避妊薬投与によるホルモン動態の変化 田中ちぐさ、岡部直樹、杉浦直樹((公財)日本モンキーセンター)) 所内対応者:木下こづえ 福祉的に動物を飼育するにあたり、スペース確保や血統管理のための繁殖制限は重要課題である。繁殖制限において、霊長類では避妊用インプラントが一般的に利用されているが、キツネザルではその効果が低いといわれている。そこで、(公財)日本モンキーセンターで飼育するワオキツネザル(lemur catta)雌6頭を対象に、ホルモン動態と避妊の効果について明らかにすることを目的とし研究を行った。10月下旬、6頭中4頭に避妊用インプラント(ジースインプラント, ASKA Animal Health Co., Ltd.)を1頭につき1本挿入した。非繁殖期の6~7月と繁殖期の10~12月に糞を採取し、発情ホルモンの一種であるエストロゲン(E2)、および排卵や妊娠に関するプロゲステロン(P4)の濃度を測定した(図1)。その結果、発情行動が見られた直後にP4濃度の上昇が得られ、正常に本種の生理状態の把握ができていることが確認できた。一方で、発情行動時に血中ではE2濃度の上昇があったと考えられるが、測定した糞中では確認できなかった。これは、本種のE2が糞に排泄されないか、または血中でも微量であるため、糞中に検出できないことが考えられた。本研究における避妊効果については、出産歴がある個体へのインプラント投与が1回目の発情行動後に遅延してしまったため、調べることができなかった。また、出産歴のない個体に関しては今季出産がみられていないが、インプラントの効果によるものか、当個体の繁殖能力によるものか不明であり、今後のモニタリングが必要であると考えられた。
2016-B-85 ニホンザルの個体間距離と体の向きに関する地域間比較研究 檜森弘志(京都大・院・理) 所内対応者:半谷吾郎 優劣スタイルの異なる2つのニホンザル群を対象に選び、また、競合の高まりやすい採食時でなく休息場面を観察することによって、近接時の潜在的な緊張を捉えることを試みた。淡路島モンキーセンターと嵐山モンキーパークいわたやまの2箇所の野猿公苑で餌付けされた群れを対象に、休息時の個体間距離と互いの体の向け方を観察した。ニホンザルは専制的な社会を持つマカクであるが、淡路島群は特異的に寛容な特徴を持つことが知られている。体の向きに注目した理由は、ニホンザルの間では他個体を凝視することが威嚇に当たることから、潜在的な緊張を反映して向き合いを避けている可能性があると考えたためである。 嵐山群と比べ淡路島群では、グルーミングを伴わない休息時において他個体と接触している頻度が高く(嵐山 46.8%、淡路島 1.6%)、また接触していないときの個体間距離も短くなっていた。休息時における向き合い事例は、嵐山群では観察されなかったのに対して、淡路島群ではランダムよりも高い率(19.5%)で生じていた。両調査地においてオトナメス同士はほとんど向き合わなかったのに対して、淡路島のオトナメスは、コドモやオトナオスとはより高い頻度で向き合っていた。 以上のように個体間距離と向き合いの頻度に、地域および性年齢クラスによる違いがあることが示された。この結果は、他個体との近接自体に緊張が伴うこと、個体間距離だけでなく他個体との体の向きも緊張の度合いに影響することを示唆するものである。
2016-B-86 広鼻猿類脊髄神経後枝の形態的特徴 時田幸之輔(埼玉医科大学理学療法学科) 所内対応者:平崎鋭矢 脊髄神経後枝の分布領域である背部は本質的に最初に形成された体幹の最も古い部分であるとされており、 種や部位による分化の違いが少なく、 一様な分節的構成を持つとされている(山田、1985)。 しかし、 ヒト・ニホンザル(平成27年度霊長類研究所共同利用研究)脊髄神経後枝内側枝の起始、走行経路、分布を固有背筋との位置関係に注意して、詳細に観察した結果、 ヒト・ ニホンザルともに胸神経後枝内側枝と腰神経後枝内側枝では走行経路が異なることを明らかにした(2013布施・時田、 2015時田)。 しかし、 ブタ胎仔標本での観察では、 胸神経後枝と腰神経後枝に走行経路に違いは無かった(2014、2015時田)。 ヒト・ニホンザルでの腰神経後枝内側枝の特異化は、 狭鼻猿類または霊長類に特有な形態ではないかと推察している。 この議論には四足動物における脊髄神経後枝の形態との比較観察が不可欠であるが、 四足動物脊髄神経後枝の詳細な観察は行われていない。 そこで、 今回は広鼻猿類のアカテタマリンとリスザルを対象として、 脊髄神経後枝の起始、 走行経路、 分布を固有背筋との位置関係に注意して、 詳細に観察を行った。 その結果、 アカテタマリン・リスザルともに後枝内側枝の形態は大きく3つに分類できた。a:皮枝・筋枝共に横突棘筋群の第1層(半棘筋)と第2層(多裂筋)の間を走行する(Th1-Th9)。 b:横突棘筋群の第2層(多裂筋)とさらに深層の回旋筋の間を走行(Th10-Th11)。 c:回旋筋の深層を走行(Th12以下)。 以上より、腰神経後枝内側枝の特異化はヒト・ニホンザルに固有の特徴ではなく、 アカテタマリン・リスザルにも共通する特徴であるとことが示唆された。 これらの成果は、 第32回日本霊長類学会大会、 第70回日本人類学会大会にて発表した。
2016-B-87 マーモセット疾患モデルを用いた神経回路障害ならびに分子病態の解析および治療法の開発 岡澤均、陳西貴、田村拓也、藤田慶大、本木和美、田川一彦(東京医科歯科大・難研・神経病理学)、泰羅雅登、勝山成美(東京医科歯科大・大学院医歯学総合研究科・認知神経生物学分野) 所内対応者:中村克樹 平成28年度は、正常マーモセット脳へ神経変性誘発因子X(4歳齢、1頭 )あるいは溶媒(PBS)(6歳齢,1頭)を頭頂葉に継続注入(2週間に一回、合計4回)した。最終注入から一週間後にマーモセットを灌流固定し、脳切片を製作した。Xにより分子変化が誘導される神経変性関連因子Yについて免疫染色したところ、Xの注入によりYにおける神経変性特異的な修飾の増加を確認した。今後はこの神経変性疾患モデルマーモセットについてXの注入前後の認知機能を行動学的に比較した解析を行う必要がある。現在、Xを注入する前の認知機能解析(4頭、4歳齢~6歳齢)を行っており、Xを注入した後に再度認知機能解析を行う予定である。
2016-B-89 金崋山野生ニホンザルのアカンボウにおけるInfant Handlingについて 島田朋美(帝科大・院・環境マテリアル) 所内対応者:辻大和 ニホンザルでは、母親以外の個体がアカンボウを抱いたり毛づくろいをするinfant handling(IH)が知られている。飼育下での研究から、ワカモノメスがアカンボウの世話をし、将来の自身の育児に役立てるのではないかと考えられてきた。申請者は2014-2016年に金華山B1群のアカンボウ計13頭(生後0~90日)を対象に個体追跡による観察を行い、351回のIHを観察した。 IHした個体(ハンドラー)は、オトナメスが圧倒的に多い年もあれば、コドモメスとオトナメスが半々の年もあるというように、年による違いが見られ、ワカモノメスはほとんど行わなかった。IHの内容は、オトナメスでは抱擁・運搬・グルーミング、コドモメスでは仲間遊び、と大きく異なっており、コドモによるIHは遊びの一環として捉えられた。コドモの仲間遊びを除くと、IHの65%以上がその年に非出産のオトナメスによるものであり、さらにその90%以上が特定の1頭の高順位個体によるものだった。 このオトナメスは高順位ゆえにアカンボウにアクセスしやすく、頻繁にIHするのでアカンボウから抵抗を示されることもあったが、致死的なIHはなくハラスメントとは考えられなかった。先行研究でもIHを好むオトナメスは観察されているが、いずれも例外的な事例として扱われてきた。高順位のオトナメスで妊娠出産しにくいという条件が揃えば、同様の現象が起こり得る、一般的な現象である可能性が考えられた。本研究により、アカンボウは様々な個体にとって魅力的であり、群れのその時々の構成によってハンドラーもIHの内容も多様であることが明らかとなった。
2016-B-90 Bornean and Brazilian flooded forest primates: patterns, parallels and prospects Adrian A Barnett (National Institute for Amazonian) 所内対応者:湯本貴和 A presentation ("Uacaris [Cacajao Pitheciidae] and the fruits of seasonally-flooded forests: an unexpectedly subtle set of interactions") was made at the 7th. International Symposium on Primatology and Wildlife Science in March 2017. Meetings were held with professors of Kyoto University, notably Dr. Takakazu Yumoto, and the possibilities discussed of Brazilian students coming to Kyoto to undertake PhDs and of Kyoto students coming to work on projects with Amazonian mammals while linked to INPA (National Institute of Amazon Research, Manaus, Amazonas, Brazi). Potential projects were also discussed with Kyoto-based students. In addition at the Japan Monkey Centre, with the kind cooperation of Dr. Tomo Takano, I was able to measure the teeth of the three specimens of Cacajao in their collection, so gaining data that will form part of an up-coming theses by my Master's studetn Renann Paiva and, then soon, a publication. Furthermore, I had discussions with Dr. Ikki Matsuda, Chubu University, concerning the methods for a mutual project on primate diets and food fragment size as well as a discussion on two books that we propose to submit to academic editors. In addition, and quite unplanned, a comment by a student at the Primate Research Institute sparked a line of museum investigation which will almost certainly result in a note in a primatologial journal.
2016-B-91 Functional Morphology and wear of primate teeth Luca Fiorenza (Monash University) 所内対応者:濱田穣 During my research visit at the Primate Research Institute in November 2016 I have collected over 250 primate specimens taking high-resolution dental negative impressions with A-silicone material: this includes, Gorilla gorilla (4), Pan troglodytes (16), Macaca f. fuscata (74), Macaca f. yakui (53), Macaca cyclopis (10), Macaca sinica (3), Macaca nigra (6), Macaca radiata (13), Macaca tibetana (3), Macaca assamensis (10), Macaca fascicularis (10), Macaca mulatta (10), Papio hamdryas (24), and hybrids of Macaca (26).I am in the process of creating positive replicas of teeth with die-stone material suitable for 3D scanning. I will then send the dental casts to the University of New England (Asutralia) where they will generate for me high-resolution 3D polygonal models of teeth. This, however, is an extremely time-consuming process that will require time.The 3D models will be analysed with our sophisticated method called Occlusal Fingerprint Analysis (Kullmer et al., 2009). Through the analysis of wear facets we will reconstruct the jwa movements responsible for their creation. Thus, we will be able to better understand the relationship between tooth morphology, diet and wear in non-human primate teeth.
2016-B-92 野生ニホンザルの個体数抑制技術の開発 前多敬一郎 (東京大・院・農学生命)、束村博子・大蔵聡・上野山賀久・末富祐太・岡部修 (名古屋大・院・生命農学) 所内対応者:鈴木樹理 本研究は、平成25年に採択された農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業シーズ創出ステージ「新規な繁殖中枢制御剤開発による家畜繁殖技術と野生害獣個体抑制技術の革新」の一環として、タキキニン類のひとつであるNeurokinin Bの受容体 (NK3R) 拮抗剤を用いた新たな野生ニホンザルの個体数抑制技術の開発の基盤となる知見を得ることを目的とした。ニホンザル雄3頭を用いた平成27年度の実験結果から、NK3R拮抗剤を複数回投与することにより、血中のNK3R拮抗剤濃度を高く維持し、テストステロン分泌を抑制できる可能性を示唆したが、その効果は限定的であった。マウスで報告されているように、他のタキキニン受容体 (NK1RおよびNK2R) の生殖機能への関与が考えられることから、平成28年度は繁殖期である2月に、雌ニホンザルの視床下部を採取し、NK3Rを含む3種類のタキキニン受容体のクローニングを行い、強制発現細胞を用いて、ニホンザルのタキキニン受容体に対するNK3R拮抗剤等の結合親和性を検討している。
2016-B-93 ヒトの高次認知機能の分子基盤解明を目指した比較オミックス研究 郷康広(自然科学研究機構・新分野創成センター) 所内対応者:大石高生 脳神経回路の形成および発達のゲノム基盤を解明するために、生後1日齢から成体個体までのニホンザル・アカゲザルおよびマーモセットの脳を採取した。平成25-27年の3年間(霊長類のゲノム・トランスクリプトーム・エピゲノム研究、2013-175、 2014-097、 2015-093)で、合計21個体のマカクザルの脳を採取でき、RNA−seq法を用いた脳発達トランスクリプトーム解析を実施中である。また、マカクザル・マーモセットの血液からDNAを調製し、精神・神経疾患関連遺伝子(約500遺伝子)の配列決定を行った。得られた配列より遺伝子機能を喪失するような変異(挿入・欠失変異、アミノ酸配列中の終止コドンの挿入など)の検出を行った。配列解析よりヒトの高次認知機能や精神・神経疾患などとの関連が示唆される遺伝子に上記の変異を有する個体および家系を同定した。平成28年度は、マカクザルに関しては医薬基盤・健康・栄養研究所のカニクイザル、マーモセットに関しては日本クレア株式会社、大日本住友製薬、理化学研究所脳科学総合研究センター、国立精神・神経医療研究センターなどからもサンプルの提供を受け配列解析実験を推進した。平成28年度末時点で、マカクザル1141頭、マーモセット1202頭のDNAサンプルを取得済みであり、そのうちマカクザル985個体、マーモセット561個体に関しては約500遺伝子程度の精神・神経疾患関連遺伝子に関する多型解析を終了しており、すでにいくつかの有力な機能喪失変異を有する個体を同定している。両種群とも1000頭程度のデータが出揃った時点で論文化を行う予定である。
2016-B-94 霊長類の後肢リトラクターに関する機能形態学的研究--常習的な姿勢との関係 後藤遼佑(大阪大学・院・人間科学・生物人類学) 所内対応者:平崎鋭矢 股関節を伸展するリトラクターの活動によってロコモーション時に身体が推進する。股関節伸展の主動作筋は霊長類種間で、特にヒトと他の霊長類の間で異なる。この差異には体幹を常習的に直立させているか否かが関連すると考えられる。本研究の目的は、常習的に垂直しがみつきを行い、体幹を立てることに適応したマーモセットのリトラクターと、伏位姿勢をとるオマキザル、クモザル、ニホンザル、サル類とヒトの中間的な体幹姿勢をとる類人猿、そして常習的に体幹を直立させるヒトのリトラクターの形態を比較することであった。 本年度はヒトのデータ収集を中心に行ったため、借用したマーモセットの数量的解析には至っていない。しかし、臀部周囲筋を他の霊長類と質的に比較すると、浅殿筋、中殿筋等の筋の配置はニホンザル等の伏位姿勢にて移動する霊長類と類似していた。このことから、垂直しがみつきといった体幹を直立させる姿勢を常習的に用いる種であっても、リトラクターの機能は他のサル類と共通している可能性が高いと考えられた。 マーモセット標本の借用期間を延長し、今後数量的解析を行う予定である。
2016-B-95 真猿類の前肢帯骨格の形態・配置と可動域 加賀谷美幸 (広島大・医歯薬保健・解剖学及び発生生物学) 所内対応者:濱田穣 胸郭に対する前肢帯骨格の位置とその可動域を明らかにするため、オマキザルを4個体、ニホンザル2個体を対象に計測を行い、実験利用が本年度限りとなったオマキザルは過去年度とあわせると7個体、ニホンザルについては13個体のデータを得た。麻酔下に肢位を変えて骨格ランドマークの三次元座標を取得し、CTデータから構築した骨格像をマッチングさせ、位置関係を復元して比較した。とくに負荷をかけず前肢を自然に下垂させて固定した肢位では、肩甲上腕関節の屈曲の程度が個体によって異なるものの内外転はほとんどみられず、前額面観で肩甲骨と上腕骨がおよそ一直線に並んでいた。このとき、オマキザル・ニホンザルとも、肩甲骨体は胸郭の背腹軸に対して30-45度の範囲であった。この肢位ではオマキザルの肩甲棘内側端はおよそ第1-3胸椎棘突起レベルにあり、ニホンザルに比べて棘上窩の位置が胸郭上口付近にあった。これらを含め、オマキザルにみられる胸郭-肩甲骨-鎖骨の位置関係や胸郭上口のシェイプはクモザル(2014年度に計測)もよく似ており、前肢の担う運動機能の違いにもかかわらず、系統的な要因が色濃くみられることが分かった。
2016-B-96 ヒト上科の成長に伴う骨格のプロポーション変化 小林諭史(京都大学) 所内対応者:西村剛 ヒトを除けば、現生ヒト上科系統が互いに分岐をして以降、各系統の化石記録は著しく乏しいため、ヒト上科の進化史を考察するためには、現生ヒト上科を対象とした徹底的な分析が不可欠である。しかし、現状では類人猿の胎児を含めた成長によるプロポーション変化を大規模に調べた研究は非常に少ない。そこで、ヒト上科における胎児からオトナに至るまでの成長に伴った骨格のプロポーション変化を解明し、種間に見られる類似性の起源を明らかにすることを目的とした。平成28年度はX線CTを用いて、主にヒトとチンパンジーの四肢骨長の計測を行った.ヒトでは出生前も出生後も同程度に後肢が前肢に対し正の相対成長を示した。チンパンジーでは、出生後において前肢と後肢が等成長を示していたが、出生前では後肢が前肢に対しヒトよりも弱い正の相対成長を示した。また、いずれの成長段階においても、前肢を基準とした場合、ヒトの後肢はチンパンジーよりも長かった。この結果から、ヒトでは出生前から後肢の強い伸長を続けることで効率的な二足歩行と関連付けられる長い後肢を実現するのに対し、チンパンジーでは出生時に後肢の伸長を前肢と同程度まで高めることで、長い前肢を実現している可能性が示唆される。
2016-B-97 Age related differences in positional behavior and dietary adaptation of habituated Silvered leaf monkey (Trachypithecus cristatus) Norlinda binti Mohd. Daut(National University of Malaysia), Badrul Munir Bin Md. Zain (Universiti Kabangsaan Malaysia) 所内対応者:湯本貴和 I was at Primate Research Institute (PRI) of Kyoto University on 13th of September 2016 until 4th October 2016 under Cooperative Research Program. I stayed at the dorm for Center for International Collaboration and Advanced Studies in Primatology which is located adjacent to PRI. During my 20 days at Inuyama campus, I have done many things that contributes a lot to my study. Since my study is around age related differences in positional behavior and dietary adaptation of habituated Silvered leaf monkey (Trachypithecus cristatus), I had experienced in collecting and handling fecal samples, analyzing particle size and nutrition. My co-supervisor Assoc. Prof. Dr. Ikki Matsuda taught me on the particle size analysis. He also advised me on collecting and handling fecal samples of T. cristatus in captivity at Japan Monkey Centre. Assoc. Prof. Dr. Goro Hanya had trained me on laboratory work. He showed me how to run few nutritional assays including, assessing amount of ash and non-ash, measuring fiber and analyzing nitrogen and crude protein. Apparently, this project is still in progress and supervised by Prof. Dr. Badrul Munir bin Md-Zain and Assoc. Prof. Dr. Ikki Matsuda. Part of the study especially on the particle size of T. cristatus in captivity is completed. The data is important and useful especially in comparing with the free ranging populations in Malaysia. However, the research will be more comprehensive if I would have more time for sampling and laboratory testing. I would be also grateful if I could have more time to master the laboratory analysis a well.
2016-B-98 Diet, activity and home range of long-tailed macaques (Macaca fascicularis) and dusky langurs (Trachypithecus obscurus) in dipterocarp forest fragments, Malaysia Farhani Binti Ruslin, Badrul Munir Bin Md. Zain (Universiti Kebangsaan Malaysia) 所内対応者:半谷吾郎 I arrived at PRI on 13th September 2016 from Malaysia. I went to Japan Monkey Centre and Chubu University for couple of days and having a great time. Then, the analysis of ecological and behavioral data was conducted with Collaborator and Associate Professor of Wildlife Research Center of Kyoto University, Dr. Ikki Matsuda. I have experienced different environment in how Japan primatologist does scientific research and acquired valuable knowledge from the respected collaborators. More importantly, I have learnt to analyze the ecological data specifically on diet, food availability, activity budget and core area of Malaysian long-tailed macaques (Macaca fascicularis) and dusky langurs (Trachypithecus obscurus) in dipterocarp forest edges. I was be able to utilize the PRI journal library for references. I went back to Malaysia on 4th October 2016 after staying in PRI for 20 days. Currently, the project is still in progress with collaborator and my sensei/co-supervisor, Dr.Ikki Matsuda. A PhD thesis (under Universiti Kebangsaan Malaysia, Malaysia) is being written as one of the output of this research grant.
2016-B-99 ヤクシマザルの頬袋散布種子および糞中種子の二次散布者調査 松原幹(中京大・国際教養) 所内対応者:辻大和 ヤクシカやげっ歯類などが、ニホンザルが糞散布した種子の生存率におよぼす影響を調べるため、2016年5-7月と10-12月に、屋久島西部地域のニホンザルの糞中種子、および頬袋散布種子に集まる生物を、自動撮影カメラで調べた。ヤマモモの種子は5月末から6月上旬の結実前半期において頬袋散布は極めて少なく、糞散布が中心であった。収集したサル糞からヤマモモ種子を摘出・水洗い・着色し、直径3mm以上の種子を除去して20gずつ小分けにした糞に100粒ずつ埋め直して人工サル糞を作成した。それらの人工サル糞に鉄製の覆い(シカ除けカゴ、小動物除けカゴ、センチコガネ類除けカゴ)を被せ、着色種子と無着色種子とともに林内の実験区に設置し、3日後、1週間後、1ヶ月後に実験区内に残った種子数を比較した。自動撮影カメラは1ヶ月間設置した。人工糞では設置から24時間以内に、ヤクシカが訪れてサル糞を食べる行動が、カメラトラップ場所の90%以上で確認され、森林性齧歯類による被食も撮影された。また、秋はイヌガシ、シロダモ、モッコク、リュウキュウマメガキの頬袋散布種子を収集し、同様の実験を行った。シロダモとイヌガシの頬袋散布種子は1ヶ月後の消失率が低く、シカによる被食は撮影されなかった。モッコクではサルが頬袋から出した直後の種子をシカが採食する行動が直接観察・ビデオ記録された。リュウキュウマメガキについては、現在映像を確認中である。
2016-B-100 口腔における感覚受容機構の解明 城戸瑞穂、合島怜央奈(佐賀大学) 所内対応者:今井啓雄 適切な口腔感覚は、哺乳・摂食・情報交換など多様な行動の基盤となっている。しかしながら、その機構についての理解はまだ限られたものである。私たちは、(狭義の)味覚とされる甘味・塩味・酸味・苦味・うまみ以外の口腔内の感覚、とくに、温度感覚や唐辛子や胡椒などのスパイスなどのへ感覚、触圧感覚などの機構の解明を目指し、こうした広義の味覚とされる感覚の分子基盤として、TRP チャネル(transient receptor potential channel)を想定し研究を進めてきた。そして、口腔粘膜上皮に、温度および機械受容への関与が報告されているTRPチャネルの霊長類における発現と感覚神経との関係を明らかにすることを目指し、本研究を実施している。平成28年度は研究室を異動し、さらに移動先の研究棟の改修工事のため実験が十分にできない環境にあった。顕微鏡の環境など思いの外体制整備に手間取った。ゆえに、試料の収集と実験条件の検討を主に行った。また新たな抗体作製を行ったので免疫染色のための条件検討を行った。抗体が標的タンパクを認識していると思われたが、バックグラウンドも高かったことから、さらに条件検討を進めているところである。
C. 一般グループ研究 2016-C-1 植物の機能形質に基づくニホンザルの食物選択メカニズムの解明 饗庭正寛(東北大学大学院生命科学研究科)、黒川紘子(森林総合研究所) 所内対応者:湯本貴和 辻ら(2011)に示された、野生ニホンザルの採食する木本植物リストと自然環境保全基礎調査植生調査、および代表研究者らが収集した日本の主要樹木の形質データを用いて、ニホンザルの生息域全域において、ニホンザルが好む樹種(採食の報告例4例以上)とそれ以外の樹種の形質を比較した。ニホンザルの樹種選択に影響しうる形質として、最大樹高、葉の面積あたり重量、葉の強度、葉の含水率、葉の窒素含量、葉のタンニン含量、葉のフェノール含量、葉のリグニン含量に着目した。落葉樹では、ほぼすべての気温帯で、サルが好む樹種の最大樹高はそうでない樹種より有意に高かった(図1)。ただし、この傾向がサルの嗜好性によるものか、観察のバイアスによるものかは、今回の解析では不明である。また、サルが好む樹種では、葉の面積あたり重量、葉の強度、葉の窒素含量、葉のタンニン含量が広い気温帯で有意に高かった。一方、常緑樹では、サルが好む樹種において、葉の面積あたり重量、葉の強度、葉のリグニン含量が高い傾向がしばしば見られた(図2)。葉の面積あたり重量は摂食効率、窒素含量は栄養価の面から嗜好性に影響している可能性が考えられるが、一般に被食防衛に関する形質である、タンニン含量や葉の強度に高い傾向が見られたのは以外な結果であった。
2016-C-2 福島市に生息する野生ニホンザルの放射能被曝影響調査 羽山伸一、近江俊徳(日獣大・獣医)、中西せつ子(NPOどうぶつたちの病院)、名切幸枝、石井奈穂美(日獣大・獣医) 所内対応者:川本芳 本研究グループでは、2007年から福島県ニホンザル特定鳥獣保護管理計画にもとづき福島市で個体数調整のために捕獲された野生個体を分析し、妊娠率の推定や遺伝子解析などを行ってきた。福島市にはおよそ20群、2000頭の野生群が生息しているが、2011年の福島第1原子力発電所の爆発により放射能で被曝した。2012年度に放射性セシウムの蓄積状況と血液性状の関係を調査し、血球数やヘモグロビン濃度などの低下を明らかにした。今年度は、その後の筋肉中放射性セシウムの蓄積状況と血液性状を調査し、放射性物質の減衰に伴う血液性状の変化を明らかにした。 2016年度は、134個体のニホンザルを回収し、セシウム濃度および血液検査を実施した。セシウム濃度は、年々漸減傾向にはあるものの、冬季に数百ベクレル/kgと比較的高い数値を示す個体がいた。また、血液検査値は、昨年度同様に正常範囲を下回る個体が多く、2012年度に対照とした青森県のサルの平均値と比較して、有為に低下していることが今年度も確認された。 また、将来における中長期的な影響評価を可能にするため、採取した臓器及び遺伝子等の標本保存を行った。
2016-C-4 サル造血免疫機能の解析とサル免疫不全ウイルス感染モデルマウスの樹立 岡田誠治(熊本大・エイズ学研究センター)、俣野哲朗(国立感染症研・エイズ研究センター)、刈谷龍昇、塚本徹雄(熊本大・エイズ各研究センター) 所内対応者:中村克樹 本研究の目的は、ニホンザルの造血・免疫系を解析し、その特徴を明らかにすること、その結果を元にニホンザルの造血免疫系を構築したマウスモデルとエイズモデルを構築することである。そこで、ニホンザルの骨髄を採取し、CD34の発現を様々な抗ヒトCD34抗体を用いて確認した。その結果、Clone561, 563はニホンザル骨髄では交差反応が認められたが、cloneQBEnd-10, 8G12では認められなかった。そこで、Clone561を用いてCD34陽性細胞をImmunomagnetic beads法により分離し、コロニーアッセイを行った。その結果、CD34陽性細胞からのコロニー形成が確認できた。また、CD34陽性細胞を放射線照射した高度免疫不全マウス(NOJマウス)新生仔肝に移植したが、ニホンザルによる造血系の再構築は認められなかった。一方、ニホンザル末梢血単核球をPHA-Pで刺激後、サル免疫不全ウイルス (Simian Immunodeficient virus: SIV)を感染させたところ、感染が成立した。
2016-C-5 アカゲザルiPS細胞の免疫細胞への分化 金子新(京都大・iPS細胞研)、塩田達雄、中山英美(大阪大・微生物研)、三浦智之(京都大・ウイルス研)、入口翔一(京都大・iPS細胞研) 所内対応者:明里宏文 本研究は、iPS細胞から各種免疫細胞への分化誘導方法を確立し、そしてそれらの免疫細胞の自家移植によりヒト免疫不全症候群などによる破綻した免疫機構を再構築することを、免疫学的にヒトに近縁な霊長類を用いて検討することを目的とした研究である。 3頭のアカゲザル末梢血T細胞から樹立した10種のiPS細胞クローンから、OP9DL1細胞との共培養によりT細胞分化能ならびに増殖能およびエフェクター機能が確認できたクローンを各アカゲザルあたり1クローン選出した。自家移植を目的として、各種ウイルスベクターによるGFP遺伝子導入を検討し、ボルナウイルスベクターによるアカゲザルiPS細胞への効率の良いGFP遺伝子導入を確認した。(ボルナウイルスベクターは京都大学ウイルス研究所の朝永研究室から提供された。) HIV遺伝子の感染性に関与する標的遺伝子をノックアウトするためのiPS細胞上でのゲノム編集の準備を進め、またiPS細胞由来の造血細胞およびT細胞の自家移植に向けて、移植の前処置と投与経路に関する調査を行うなど、実験準備を進めた。
2016-C-7 金華山島のサル・個体数の変動と6群間の生態社会学的比較 伊沢紘生(NGO宮城のサル調査会)、杉浦秀樹(京都大・野生動物)、藤田志歩(鹿児島大・共同獣医・行動生理・生態学)、宇野壮春(合同会社東北野生動物保護管理センター)、川添達朗(京都大・理学・人類進化論)、関健太郎、三木清雅(合同会社東北野生動物保護管理センター) 所内対応者:古市剛史 申請時の本研究の目的は6つで、その結果は以下の通りである。①個体数の一斉調査は申請通り2回、秋と冬に実施した。結果は秋が269頭、冬が266頭だった。②群れごとのアカンボウの出生数と死亡(消失)数は、春の調査を上記2回の一斉調査に加えて実施。出生数は6群で計39頭、死亡(消失)数は8頭、1年以内の死亡率は0.21だった。③家系図と④食物リスト作成は群れごとの担当者が随時実施した。⑤6群間の比較生態・社会学的調査は、群れの頭数が100頭を超えたD群を対象に分派行動や群れの分裂に関して集中的に実施した。⑥サル学を志す若手への可能な研究テーマの整理は、宮城のサル調査会の機関紙『宮城県のニホンザル』で、一昨年の第28号、昨年の第29号に引き続き、第30号を現在準備中である。 ところで、上記の⑤および昨年度(2015年度)の報告書で述べたD群の分裂についてだが、分裂した小さい方(分裂群)は、これまでの金華山サル個体群での5回の分裂で見られた群れの遊動域を二分するという形でなく、島の北東部に新たな遊動域を構えているものと予測して追跡調査を実施した。しかし島の分裂群は存在せず、D群から分かれたメス4頭とコドモたちの小集団がB2群に半ば追随しながら生活していた。その詳細は目下整理中である。
2016-C-8 ニホンザルを対象とした顔認識システムの開発 大谷洋介(大阪大・未来戦略機構第一)、小川均(立命館大・情報理工) 所内対応者:半谷吾郎 本研究ではニホンザルを対象とした広範かつ簡便な個体識別・登録手法の実現により調査・保護管理・獣害対策等の効率的な実施に資することを目的として、画像取得による顔認識システムの開発を実施した。 霊長類研究所で飼育されているニホンザル集団のうち、高浜群(57個体)、若桜群(45個体)、嵐山群(62個体)、椿群(47個体)を対象として、定期検診時に頭部を15種の角度から撮影した。撮影した動画から静止画を抽出しプログラムに登録するためのサンプル画像とした。 画像中からニホンザルの顔領域を自動的に抽出するために、HOG特徴量を用いた強化学習(Real AdaBoost)を利用した識別器の作成を行った。抽出した顔画像から「標準化された顔の要素」の集合である固有顔(Eigenface)を作成し、固有顔と各画像との差分を既知の全個体のデータベースと照合することにより個体識別を行った。 実際に野生下で運用可能な、十分な精度および登録可能頭数を持ったシステムの構築のためにはさらなるサンプル画像が必要であり、今後追加の画像サンプルの取得を行うとともに、データベース登録手法の簡略化および識別精度向上のためのプログラム改良を実施していく。同時に、飼育個体を対象として「実際に野外で撮影される動画」を想定した撮影を行い、試作システムの検証・改善を行うとともに、算出された一致率がどの水準であれば同一個体と断定できるのか、基準の策定を行う。
2016-C-9 プロポフォールとフェンタニルによるコモンマーモセットの全静脈麻酔法の確立 牟田佳那子(東京大学農学生命科学科獣医外科学研究室)、増井健一(防衛医科大・病院麻酔)、矢島功(防衛医科大学校病院・薬剤) 所内対応者:宮部貴子 静脈麻酔薬のプロポフォールとオピオイド系鎮痛薬とを静脈投与し、全身麻酔状態と鎮痛を得る全静脈麻酔法である。揮発性麻酔薬と比較して頭蓋内圧や循環動態に与える影響が小さく、脳機能研究に供される機会の多いコモンマーモセットに同麻酔法は有益であると予想し、今回実施に必要な薬物動態学的情報を得るためプロポフォールの薬物動態解析を実施した。 1-3歳齢のオスのコモンマーモセット6頭を使用した。セボフルラン鎮静下で尾静脈から8mg/kgのプロポフォールを4mg/kg/minの速度で静脈投与し、投与後2、5、15、30、60、90、120、180分に大腿静脈から0.6mlの採血を実施した。血漿から液体高速クロマトグラフィー蛍光検出法で血中濃度を測定し、薬物動態解析ソフトウェアを用い薬物動態解析を実施した。採血は1回の実験で上記8時点のうちいずれか2点でのみ実施し、2ヶ月毎に計4回繰り返すことで実験動物倫理規定を遵守した。 本報告書作成時点で血中濃度の測定が終了している24点で薬物動態を実施したところ、薬物動態モデルは2コンパートメントモデルが最も適していた。今回の投与量では有意な呼吸抑制が認められたが、心拍数への影響は認められなかった。全ての血中濃度の測定が終了し次第、再度薬物動態解析を実施、得られた情報を基に全身麻酔のための投与速度や投与量等をシミュレーションする予定である。
2016-C-10 マカクにおける繁殖季節性と運動のおよぼす骨格加齢への影響 松尾光一(慶應大・医・細胞組織)、山海直(医薬基盤・健康・栄養研究所・霊長類医科学研究センター)、Suchinda Malaivijitnond (Chulalongkorn大)、森川誠 (慶應大・医)、Pomchote Porrawee (Chulalongkorn大) 所内対応者:濱田穣 ヒトは通年繁殖性であるのに対し、ニホンザルは季節繁殖性を示す。ニホンザルでは毎年、繁殖期と非繁殖期に性ホルモンが増減する。性ホルモン濃度の観点からは、ヒトでいえば、年ごとに若年と老年を行き来するような状態であるといえる。しかし、ニホンザルの骨密度が毎年増減するかどうかは知られていない。今回、我々はニホンザルにおいて、最小の骨である耳小骨と、最大の長管骨(大腿骨など)の骨密度が、季節に伴いどのように変動するかを解析した。 まず、個体ごとのさらし骨標本から、オス75頭分、メス71頭分の耳小骨と大腿骨を選別した。死亡時の骨量や骨密度は、骨の標本化を経て保存されていると仮定し、マイクロCTを使って骨量と骨密度を定量した。死亡時の日付や年齢から季節変化を解析したところ、オスでは、ツチ骨と大腿骨の骨密度が季節性変動を示した。次に、生体オス14頭の橈骨遠位端を、繁殖期と非繁殖期に末梢骨用の定量的CT装置(pQCT)で測定し、さらに12頭の血中テストステロン濃度および8頭の血中25-(OH)ビタミンD3も繁殖期・非繁殖期で定量した。これらから、オスのニホンザルでは、骨量や骨密度が「生殖と連動した季節性の変動」を示すことが示唆された。
2016-C-11 異種生体環境を用いたチンパンジーiPS細胞からの臓器作製 中内啓光(東京大・医科所)、長嶋比呂志(明治大・農)、平林真澄(生理学研究所)、正木英樹、海野あゆみ、佐藤秀征(東京大・医科所) 所内対応者:今井啓雄 チンパンジー3個体の末梢血の提供を受け、それぞれについてセンダイウィルスを用いてtransgene-free iPSCを樹立した。樹立したiPS細胞にキメラ形成に望ましいと考えられる細胞死阻害処理あるいはナイーブ化処理を施し、マウス胚に移植検討を行った。ただし、ナイーブ化に関してはヒトiPSCに同様の処理を施した場合とは遺伝子発現プロファイルが異なる面があり、ナイーブ化が達成できていない可能性がある。ナイーブ化については多くの手法が報告されており、どの手法が適用できるかは今後も更に検討を続ける必要がある。これらの細胞株をマウス胚に移植し、どの株が高頻度にキメラ形成できるか検証を進めている段階である。また、ブタ胚への移植準備も整い、pilot studyを終えたところであり、平成29年度は本格的にチンパンジー細胞-ブタキメラ作製に取り組む予定である。これらの結果をまとめ、平成29年度中にも成果を論文発表・学会報告する予定である。
2016-C-12 霊長類由来ex vivo培養系を用いた消化管細胞機能の解析 岩槻健、高橋信之(東京農業大学・応生・食品安全健康)、佐藤幸治(岡崎統合バイオ)、粟飯原永太郎(シンシナティー大学・医)、大木淳子、熊木竣佑、難波みつき(東京農業大学・応生・食品安全健康) 所内対応者:今井啓雄 本研究の目的は、霊長類から腸管オルガノイドを作製し、ex vivoにおいて食品因子などに対する腸管細胞の応答性を解析することである。霊長類から腸管オルガノイドを作製することにより、げっ歯類では解析不能であったヒトに近い細胞でのアッセイが可能となると考えられる。 前年度までにアカゲザルの腸管よりオルガノイドの作製に成功したが、継代すると細胞は増えず、げっ歯類とは異なる培養条件や継代条件を確立する必要が生じていた。そこで、平成28年度では、ニホンザルの腸管を出発材料に様々な実験条件を設定することで、霊長類に適した培養方法や継代法を見いだすことに成功した。具体的には、培地に添加するWnt3aの活性やBSAの種類により、霊長類腸管オルガノイドの増殖活性が変化することが明らかとなった。げっ歯類腸管オルガノイドはWnt3aやBSAの添加を必要とせず、霊長類オルガノイドを培養する際に注意すべき点である。また、継代法に関しては、Trypsinを使い単一細胞にする方法にて継代が安定した。これもシリンジ等を使い物理的にクリプトを分離するするげっ歯類オルガノイドの継代法とは異なる点である。現在、増殖活性の強いオルガノイドから最終分化した細胞を効率よく誘導させるため様々な培養条件を検討している。
D. 随時募集研究 2016-D-1 サルの脅威刺激検出に関する研究 川合伸幸(名古屋大・院・情報科学) 所内対応者:香田啓貴 ヒトがヘビやクモに対して恐怖を感じるのは生得的なものか経験によるのか長年議論が続けられてきた。我々は、ヘビ恐怖の生得性は認識されていることを示すために視覚探索課題を用いて、ヒト幼児や(ヘビを見たことのない)サルがヘビの写真をほかの動物の写真よりもすばやく検出することをあきらかにし、ヒトやサルが生得的にヘビに敏感であることを示した。しかし、ヘビをすばやく検出する視覚システムは、ヘビのカモフラージュを見破れるようにできているのかは不明である。我々はヒト成人は、ほかの動物に比べてノイズを混ぜた写真からヘビを正確に認識できることを示した。このことをサルで検証した。4頭で見本合わせ課題を習得させた。1頭はまだ見本合わせ課題の習得段階である。3頭でテストが終了した。見本刺激と2つの選択肢を対応させる課題で、プローブテストとして、見本刺激にさまざまな量(10-50%)のノイズを混ぜてどれだけ認識できるかを調べたところ、1頭はノイズが多くなってもヘビの認識がもっともすぐれたが、別の1頭はむしろヘビの認識がもっとも劣った。残りの1頭のヘビの認識率は中間であった。見本刺激と選択刺激を直接対応させる課題でははっきりした結果は得られなかった。そこで、H29年度は見本刺激を消した後に選択肢を提示し、記憶と照合する課題でヘビの認識がすぐれるかを検証する。
2016-D-3 Connecting the dots: linking host behaviour to parasite transmission Julie Duboscq (KUWRC) 所内対応者:Andrew MacIntosh Investigating infectious disease dynamics is important for managing health of livestock, wildlife, and humans, as well as species/habitat conservation, public health and economic issues. For this project, we studied simian foamy virus (SFV) and Escherichia coli infection patterns in Japanese (and Rhesus) macaques to understand: 1/ factors determining intensity, prevalence and diversity of pathogens in relation to individual and social network characteristics, and 2/ infection risk and transmission pathways of pathogens within social networks. We focused on socially-transmissible parasites that are endemic and relatively host-specific. They are of low virulence but nevertheless monopolize host resources and are not without fitness consequences. These organisms further provide a good model to examine transmission dynamics. Initially, we planned to conduct the study at Koshima, but data collection proved too complicated for a one-year project. During a short visit, we collected a few fecal samples and have stored them at the Primate Research Institute for reference. Instead, we switched our focus to captive macaques at KUPRI where I collected behavioural and biological samples on two social groups. We are now establishing SFV and E. coli genetic profiles for each host, and matching them to individual (age, sex) and social (centrality in aggression and grooming networks) characteristics to determine transmission pathways. Preliminary data show that 56/58 adults (>4yo), 30/34 juveniles (1-4yo) and 7/22 infants (<1yo), as well as 63/75 females and 30/39 males tested positive for SFV. Preliminary data on 15 Rhesus and 16 Japanese macaques showed that dyads that groomed more and that were of similar age shared more similar virus strains than others, whereas aggression frequency, kinship, or dominance rank did not seem to affect strain similarity. These effects may be linked to 1/ a higher risk of transmission between individuals in frequent active body contact and 2/ natural viral strain evolution, some strains existing predominantly in some years but not in others. This research can inform animal population management and welfare as well as give insight into evolutionary pressures on sociality and parasitism in animal groups.
2016-D-4 レトロエレメント由来の獲得遺伝子の霊長類における分布解析 石野史敏(東京医歯大・難研)、金児-石野知子(東海大・健康科学)、李知英(東京医歯大・難研)、入江将仁(東京医歯大・難研、東海大・健康科学) 所内対応者:古賀章彦 ヒトゲノムにはレトロエレメント由来の獲得遺伝子群である11個のSIRH遺伝子が含まれる。これらの多くは真獣類特異的遺伝子であり、近年の研究から、ヒトやマウスを含む真獣類の個体発生機構の様々な特徴(胎生や高度の脳機能など)に深く関係する機能を持つことが明らかになってきた。そのため、真獣類の進化を促した遺伝子群である可能性が高いと考えている。脳で発現し行動に関係するSIRH11/ZCCHC16は、南米に生息する異節類において偽遺伝子化しているが(Irie et al. PLoS Genet 2015)、本年度の共同研究においては、異節類に加え、北方獣類でも系統特異的に大きな変異や欠失があることを明らかできた。その中で、霊長類では南米の新世界ザルではN末領域の大きな欠失、テナガザルの系統ではC末のRNA結合モチーフの欠失や遺伝子全体の欠質があることを明らかにした。Sirh11/Zcchc16は脳におけるノルアドレナリン量の調節を介して認知機能に関係していることから、霊長類の行動進化にも直接関係する可能性が高いと考えている(Irie et al. Front Chem 2016)。
2016-D-5 脂質を標的としたサル免疫システムの解明 杉田昌彦、森田大輔(京都大・ウイルス再生研・細胞制御) 所内対応者:鈴木樹理 本研究グループは、アカゲザルにおいて、サル免疫不全ウイルス由来のリポペプチドを特異的に認識するT細胞の存在を明らかにし、その分子機構の解明を目指した研究を展開してきた。まずリポペプチド特異的T細胞株の抗原認識を阻害するモノクローナル抗体を作出しその生化学的解析を進めた結果、その認識抗原がアカゲザルMHCクラス1分子であることを見出した。そこでアカゲザル末梢血単核球よりMHCクラス1遺伝子群を単離し、それぞれをトランスフェクトした細胞のリポペプチド抗原提示能を検証することにより、2種のリポペプチド提示アカゲザルMHCクラス1アリルを同定した。そのうちの一つについては、リポペプチドを結合させた複合体のX線結晶構造解析を昨年完了し、リポペプチド結合様式を解明した(Nature Communications. 7:10356, 2016)。本年度、もう一つのリポペプチド提示分子について、X線結晶構造の決定に成功した(投稿準備中)。さらに、この分子に結合する内因性リガンドとして非ペプチド小分子を同定した(投稿準備中)。アカゲザルの新たな免疫システムを解明した本研究成果は、免疫学の基本パラダイムの一つであるMHCクラス1分子によるペプチド抗原提示の固定的概念に修正を加える必要があることを示している。
2016-D-6 ヒト動脈硬化症のアカゲザルモデル作出のための基礎研究 日比野久美子、竹中晃子(名古屋文理大学・短期大学部) 所内対応者:鈴木樹理 低密度リポたんぱく質受容体(LDLR)のLDLとの結合部位であるエクソン3領域にCys61Tyr変異を有する家族性高コレステロール(Ch)血症を示すインド産アカゲザル家系(7頭)が動脈硬化症のモデル動物となりうるかを調べてきた。Chを含まない通常食においても血中総Ch(t-Ch)値、LDL値は有意に高いが、動脈硬化指数LDL/HDL>3.5、t-Ch/HDL>5.0とはならない。H25, H26年には0.1%Ch含有食を投与したところ、ヘテロ接合型♂#1784のみが投与7週目で動脈硬化指数を超えた。#1834はLDL値は同様に上昇したが、HDL値が若干高く指数に達しなかった。今年度はホモ個体を含む4頭に0.3%Chを投与したところ、#1834は11週目以降指数を超えた。したがって、ヘテロ接合型#1784 (♂)と#1834 (♂)はモデル動物となりうることが明らかとなった。しかし、唯一のホモ接合個体#2041(3歳)のLDL値は正常個体と変わらず、考察した結果、年齢の影響の可能性が示唆された。正常マカカ属サル500頭で調べた結果からは6~7歳までt-Ch値 (LDL値)が約2割低下し続けることを以前明らかにしているので、H29年度には4歳同年齢の正常、ヘテロ、ホモ接合型の3頭について0.3%Ch含有食を投与し、血中リポたんぱく質中に含まれるCh値を求め、ホモ接合型のLDL値が高いことを確認する予定である。ホモ接合型#2041は♀であり、HDL値は低く成長により変化しにくいことから、将来成熟した折には動脈硬化指数の高い個体の繁殖のための重要な一員となりうることを期待したい。
2016-D-7 野生チンパンジーの老齢個体の行動及び社会的地位の研究 保坂和彦(鎌倉女子大・児童) 所内対応者:Michael A. Huffman 本年度は前年度に実施したマハレ(タンザニア)のチンパンジー調査で得た資料の整理を進めつつ、霊長研図書室の協力を得て、関連文献を収集した。本課題を申請した時点で生存していた50歳超の老齢雌3頭は相次いで消失し、現在は40代の雌が2頭いるのみである。生存雄の最高齢は38歳である。50歳超の老齢個体に焦点を合わせることはできなくなったため、今後は広い年齢の成熟個体について生存率・社会行動・採食・繁殖等が加齢に伴ってどのように変化するかを研究していきたい。文献としては、ンゴゴ(ウガンダ)のチンパンジーに関する最新報告(Wood et al.2017)が重要である。ンゴゴにおける最長寿命は66歳を記録した。マハレにおける最長寿命記録は55歳であるが、これが過小評価である可能性(Hosaka & Huffman 2015)を考慮すれば、チンパンジーの潜在寿命は60代半ばを超えるものと結論できる。また、Woodらは、ンゴゴのチンパンジーが示す確率論的生存曲線のパターンが狩猟採集民のものとよく似ていることを示唆した。マハレについてNishidaら(2003)が示した生存曲線は若い世代の死亡率が高いことが特徴であったため、このような地域間の違いをもたらす要因が何であるか探ることが今後の課題と思われる。
2016-D-8 飼育下にあるオスオランウータンの第二次性徴におけるフランジ発達過程と性ホルモン濃度動態との関連性について 黒鳥英俊(茨城大学・農) 所内対応者:木下こづえ フランジ成長期の雄オランウータンのテストステロン、成長ホルモン、黄体形成ホルモン、およびジヒドロテストシテロン濃度はアンフランジ雄よりも高いことが知られている(Maggioncalda AN et al., 2000)。しかしフランジの成長過程におけるこれらホルモンの濃度動態は調べられていない。 そこで本研究では、フランジ成長期にあった1個体の雄の尿について、テストステロンおよびコルチゾール濃度を測定し、フランジ成長との関連性を調べた。その結果、特にテストステロンについて、フランジが成長するにつれて濃度上昇が認められた。また、アンフランジおよびフランジ雄の成長ホルモン濃度の測定を追加し、フランジ成長との関連性を検証した。成長ホルモン濃度測定には、ヒト用の市販測定キットを使用した。その結果、すでにフランジ雄であった個体では低濃度しか検出されず、測定キットの検出限界値以下を推移していた(<2.5 ng/ml)。一方、フランジ成長期にあった個体では、フランジ成長が認められてから約1年後以降から高濃度の値を連日で検出した(115.7-399.0 ng/ml)。ただし、それ以外の期間では、ほとんどの日でフランジ雄と同様に検出限界値以下の低値を示していた(<2.5 ng/ml)。本研究成果により、フランジ成長過程において、フランジ成長がある程度進んだ雄において、成長ホルモンの分泌が認められることが判明した。
2016-D-9 下肢骨格筋の形態と支配神経パターンの解析 荒川高光、幅大二郎(神戸大・院・保健) 所内対応者:平崎鋭矢 アカゲザル個体とチンパンジ-個体の下肢骨格筋、とくに足底筋とヒラメ筋の形態と支配神経の解析を引き続き行った。ヒトでの足底筋欠如例における足底筋支配神経はヒラメ筋への支配神経の前枝(ヒトで恒常的)に取り込まれた可能性を探るため、ヒラメ筋の支配神経の詳細な分類を試みた。その中で、ヒラメ筋の遠位部、踵骨腱周辺に入る神経が見つかっているため、詳細に実体顕微鏡下でその分布領域を観察した。すると、踵骨腱周辺の枝はほとんどが踵骨腱に分布する知覚枝ではないか、と思われた。なぜなら、その分布する領域には筋束がほとんどなく、神経が腱内で自由に放散している形態を観察したからである。今後も詳細に観察を続けていきたい。
2016-D-10 Bergmann's rule in skull size and clinal variation in skull shape of wild vs. captive fascicularis group macaques Julia Arenson、Stephen Frost、Frances White (University of Oregon) 所内対応者:伊藤毅 The aim of this study was to explore geographic variation in skull shape and size in fascicularis-group macaques. I collected 45 3D landmark coordinates over the cranium and used multivariate statistics to explore the relationship between geographic and anatomical landmarks. In addition, I landmarked two populations of translocated captive macaques, in Puerto Rico and Beaverton, OR and compared them to the wild cline. Both cranial size and shape are correlated with latitude in the wild populations. The translocated captive macaques were larger than expected, but were similar in shape to the wild population of origin, suggesting the cline in shape is evolutionary while the size cline may be more plastic. I came to the Kyoto PRI to collect additional samples of Macaca fuscata, to increase my sample size and confirm the preliminary results of my project.
2016-D-11 霊長類細胞におけるDNA損傷応答・細胞老化の解析 小林純也(京都大学放射線生物研究センター) 所内対応者:平井啓久 放射線をはじめ様々な環境ストレスでゲノムDNAは損傷を受けるが、正常な遺伝情報を保つ(ゲノム安定性)ために生物は損傷したDNAを修復する能力を持つ。しかし、このような修復能力は加齢により減退し、その結果、DNA損傷が蓄積し細胞老化が起こると考えられる。一方で、遺伝子は常に正確に修復・複製されると進化に必要な遺伝子の多様性がうまれないことから、修復・複製の正確度にはある程度の幅があって、ゲノム安定性と遺伝的多様性の間でバランスがとられている可能性がある。このようなDNA損傷応答能・修復能と細胞老化、ゲノム安定性・遺伝的多様性の関係を探るために、本研究ではヒトを含む霊長類繊維芽細胞でDNA損傷応答能の差異を検討することを計画した。 平成28年度は平井啓久先生の研究室からチンパンジー(大型類人猿)、アカゲザル(旧世界ザル)、コモンマーモセット(新世界ザル)、リスザル(新世界ザル)、オオガラゴ(原猿)由来初代培養繊維芽細胞を凍結ストックとして提供を受けた後、培養方法について検討を行い、安定して細胞を維持できる培養方法を確立した。また、確立した培養法を用いて、若い継代数(PDL)の細胞の凍結ストックの作製を行った。さらに、DNA損傷応答・DNA修復能の解析の多くは抗体を用いて行うが、我々のこれまでの研究に用いてきたヒトタンパクに対する抗体が他の霊長類種でも使用可能かを検討するために、ヒト及び旧世界ザル由来のトランスフォーム細胞株を用いて、抗体の交差性を検討した。その結果、DNA損傷応答キナーゼでリン酸化されるKAP1, Chk2, Chk1のリン酸化に対する抗体は旧世界ザル由来細胞でも使用可能であった。また、DNA損傷応答の中心因子、NBS1, MRE11, RAD50に関してもヒトタンパクに関する抗体が使用可能であることがわかった。平成29年度の共同利用・共同研究でこれらの抗体を用いて、霊長類細胞間でのDNA損傷応答の差異について、検討する計画である。
2016-D-12 二卵性ふたごチンパンジーの行動発達に関する比較認知発達研究 岸本健(聖心女子大学・文)、安藤寿康(慶應義塾大学・文)、多々良成紀、山田信宏(高知県立のいち動物公園) 所内対応者:友永雅己 高知県立のいち動物公園では、2009年4月に、母親サンゴが二卵性(雌雄)のふたごチンパンジーである女児サクラと男児ダイヤを出産した。2017年2月、サクラが多摩動物公園へ移動するまでの約8年間、ふたごは母親サンゴにより養育された。本申請課題の目的は、母親によるふたごの養育とふたごの発達の経過について縦断的に検討することであった。 7歳齢となったふたごの近接関係について検討するために、2016年度には33回のスキャンサンプリングを実施し、近接率(2者が手の届く範囲にいる割合)を算出した。この近接率を2011年度から2015年度までのものと比較した結果、ふたご同士の近接率は減少していたものの、ふたごと他のおとなとの近接率と比べ依然、高い値であった。また、ふたごと母親サンゴとの近接率は、サクラに関しては2015年度(6歳齢時)と同程度であったが、ダイヤに関しては減少していた。一方で、ふたごの父親であるロビンとふたごとの近接率が上昇していた。この傾向は、特に男児ダイヤに関して顕著であった。これらの結果は、ふたごのうち、特に男児ダイヤが、母親サンゴへの依存を減らし、ロビンとの間で、遊びなどの社会交渉に割く時間を増やしていたことを示唆する。
2016-D-13 内在性レトロウイルスが関与する霊長類進化 中川草(東海大・医)、上田真保子(東海大・マイクロ・ナノ)、宮沢孝幸(京大・ウイルス)、下出紗弓(神戸大・医)坂口翔一(東京農業大・国際家畜感染症センター) 所内対応者:岡本宗裕 本共同研究に基づき、今年度はアカゲザルの帝王切開時の胎児試料を中心に、下記のサンプルのRNAを抽出した:大脳、小脳、胎盤[母親側、中間、胎児側]、筋肉、肺、心臓、肝臓、腎臓、脾臓、精巣、皮膚 本来は全てのサンプルを次世代シーケンサで転写産物のRNA-seqを行いたいと計画しているが、予算の関係で、現在大脳、小脳、胎盤(母・胎児側)、筋肉を次年度にそれぞれ2サンプルずつイルミナHiSeq4000を使って大規模シーケンスを行う予定である。その後、発現している内在性レトロウイルスに由来する配列を大規模に同定し、機能解析を行う予定である。
2016-D-14 霊長類の網膜の形成と維持を制御する分子機能の解析 古川貴久、大森義裕(大阪大・蛋白研) 所内対応者:大石高生 黄斑は網膜の中央部に存在するキサントフィルという色素が豊富にある直径1.5-2mm程度の領域である。この部分は、角膜から入射した光がレンズで屈折し焦点を結ぶ位置となる。黄斑では、錐体視細胞の密度が高く黄斑部では解像度が高い。ヒトを含む霊長類には黄斑が存在し、高精度な視力を発揮することができる。また、黄斑の異常はヒトにおいて黄斑変性を含む網膜疾患の原因となる。マウスを含む霊長類以外の哺乳類では黄斑は存在せず、黄斑の発生・維持のメカニズムはほとんど明らかになっていない。アカゲザルまたは、ニホンザル、コモンマーモセットなどの霊長類の網膜をRNA-seq解析、蛍光免疫染色、in situハイブリダイゼーション解析等を行うことで、黄斑に発現する特異的な遺伝子群の同定を試みる。特に錐体細胞の発生・維持・機能に重要な役割を果たす遺伝子の同定を目指す。 昨年度は、適当な年齢の個体がなく、動物実験は実施できなかったことから、研究の直接の進展はなかった。本年度は、サンプルを得て実験を進展させる予定である。
2016-D-15 内在性ボルナウイルスによるウイルス感染抑制メカニズムの解明 朝長啓造、小嶋将平(京都大学ウイルス・再生医科学研究所) 所内対応者:今井啓雄 本共同研究は、霊長類に内在しているボルナウイルス様配列(EBLs)の機能を明らかにすることを目的に行われた。ヒトゲノムに存在するEBLsは、臓器および培養細胞で発現し、抗ウイルス作用などの機能を有することが当研究室において明らかとなっている。しかし、ヒト以外の真猿亜目に属するサルにおいてその配列、発現、および機能はまだ明らかとなっていない。そこで本研究では、新世界ザル、および類人猿由来の培養細胞を用い、これらに内在化したEBLsの探索、配列決定、発現解析、および機能の解析を目的として行った。分与されたチンパンジー、ゴリラならびにマーモセット由来の繊維芽細胞よりゲノムDNAを抽出し、EBLsの配列をPCR法により同定を行った。またRNAを抽出し、RT-PCR法によりEBLs領域からのRNA発現を確認した。また、それらの結果をもとに、EBLsの配列の保存やプロモーターの保存について進化学的解析を遂行した。その結果、分与された細胞においては、ヒトで見られるすべてのEBLsが同じ遺伝子局座に内在化していることが明らかとなった。また、その中でhsEBLN-3と名付けられたヒトEBLsの相同遺伝子は、これら真猿亜目の細胞においてmRNAを発現しいることが明らかとなり、機能を有している可能性が示された。現在、これら真猿亜目において検出されたhsEBLN-3相同遺伝子をクローニングすることにより、その機能解明を進めている。
2016-D-16 マーモセット幼若精細管のマウスへの移植後の精細胞発生の観察 小倉淳郎、越後貫成美(理研バイオリソースセンター遺伝工学基盤技術室) 所内対応者:中村克樹 最近我々は、顕微授精技術を用いることにより、マーモセット体内で自然発生した生後1年前後の精子・精子細胞(未成熟精子)から受精卵が得られること明らかにした。そこで本研究では、さらに早期に顕微授精を行う可能性を検討するために、性成熟の早いマウスへ新生仔マーモセット未成熟精細管を移植し、精祖細胞からの精子・精子細胞発生が加速するかどうかを確認した。生後5ヶ月齢の雄マーモセット1匹より手術にて片側精巣を摘出し、免疫不全マウスであるNOD/scidの雄2匹の陰嚢腔に移植を行った。1匹は移植後2週間で体重減少が確認され、安楽殺後、移植組織を摘出して再移植を試みた。レシピエントマウスを解剖した結果、胸腺肥大が確認された。再移植レシピエントも2ヶ月で体重の減少が認められ再び別のマウス個体へ移植変えを行った。最初の移植より約4ヶ月後に2匹のレシピエントを安楽殺して、移植組織の組織形態、精子細胞の発生程度の確認を行った。計3回の移植を行った組織はT細胞の増殖が確認された。また、4ヶ月間同一個体に移植した組織は、精巣としての形態サイズの変化は認められず、精細胞も移植時からほぼ発生していない状態であった。 今回の結果より、マーモセット組織の移植によりレシピエントマウスに免疫拒絶反応が起きたことが予想された。よってこれ以降はNOD/scidよりさらに重度の免疫不全を示し、異種組織の受容度が高いNOGあるいはNSG系統をレシピエントマウスとして利用することとした。生後7ヶ月齢の雄マーモセット1匹より手術にて片側精巣を摘出し、NSGの雄2匹の陰嚢腔に移植を行った。現時点で移植後6週を経過したが、レシピエントの体重・体調変化は認められていない。レシピエントマウスの体調によるが、移植後6ヶ月以降で移植組織を回収、組織標本を作製して精子発生の程度について、生体内での自然発生と比較する予定である。
2016-D-17 哺乳類の肩甲骨の材料力学的特徴および肩帯周辺筋のlocomotionとの関係 和田直己(山口大・共同獣医) 所内対応者:西村剛 肩甲骨に関する研究(研究タイトル:哺乳類の肩甲骨の材料力学的特徴および肩帯周辺筋のlocomotionとの関係)に用いられた番号No90009、9783、90008、10042、10042の標本については他の約160種の哺乳類のデータとともに現在、論文化の作業中である。肩甲骨、周辺筋肉のデータと動物のサイズ、系統、生息域(ロコモーション)との関係を明らかにするのが目的である。 寛骨に関する研究(研究タイトル:哺乳類の寛骨と脊柱(椎体)の形態と移動運動)に用いた番号90010、90010、90012、90012、10042の標本については現在、統計的作業中である。肩甲骨の研究と同様、多くの哺乳類のデータを収集し解析することで研究目標は達成される。寛骨についてはまだ改正された動物種は45であり、これから100種以上のデータ解析が必要となる。椎骨については頸椎から尾椎までのデータ収集が必要で作業が始まった段階である。 モメントバランスについての研究(研究タイトル:哺乳類のモメントバランスとロコモーション)に使用したNo. 10042, 90017の検体についても上記のデータと同様多くのデータが必要となる。モメントの算出には検体が必要であるがゴリラについては早期返却が要求されたために求められないが、現在データ収集中である。
2016-D-18 野生オランウータンの繁殖生理と栄養状態に関する生理学的研究類人猿における骨盤の耳状面前溝の性差および種差 五十嵐由里子(日本大学松戸歯学部)、久世濃子(国立科学博物館) 所内対応者:西村剛 ヒトでは、骨盤の仙腸関節耳状面前下部に溝状の圧痕が見られることがあり、特に妊娠・出産した女性では、深く不規則な圧痕(妊娠出産痕)ができる。直立二足歩行に適応して骨盤の形態が変化し、産道が狭くなった為にヒトは難産になった、と言われている。妊娠出産痕もこうしたヒトの難産を反映した、ヒト経産女性特有の形態的特徴であると考えられてきた。しかし、我々は、平成27年度までに京都大学霊長類研究所や国内の博物館、動物園等に収蔵されていた大型類人猿3属39個体の耳状面前下部を観察し、大型類人猿でも耳状面前下部に圧痕が見られることを確かめた(圧痕があった個体;ゴリラ:6、チンパンジー:6、オランウータン:0)。本研究では。圧痕の形成要因を調べる為に、類人猿の遺体を解剖し、耳状面に付着する筋肉や靭帯の状況を調べた。平成28年度はチンパンジー4個体(雄2、雌2)、ゴリラ1個体(雄)、オランウータン1個体(雌)の計6個体を観察した。その結果、3属ともに、耳状面にはヒトのように分厚い靱帯が付着することはなく、圧痕が形成されている場合は、筋肉や筋膜が直接、圧痕に入り込んでいることを確認した。以上から類人猿の圧痕の形成過程は、ヒトとは異なっている可能性がある。今後は更にサンプル数を増やし、類人猿での種間差を立証し、圧痕の形成要因を明らかにしたいと考えている。
2016-D-19 蛍光標識マルチプレックスPCRによる新規動物種識別法の開発 森幾啓(岐阜大大学院・連合農学研究科・動物遺伝学研究室) 所内対応者:今井啓雄 網羅的な動物種の同時識別法を開発するために、ミトコンドリアDNAをターゲットとした蛍光標識マルチプレックスPCRによるフラグメント解析を行った。 哺乳類9種類について、ミトコンドリアゲノム中のCytochrome b遺伝子領域を用いて種特異プライマーを設計した。また、非コード領域であるHV (Hyper Variable) 領域の一部を増幅可能な、哺乳類および鳥類共通プライマーをそれぞれ設計した。各プライマーについてアニーリング温度および非特異増幅の有無を検討し、蛍光標識マルチプレックスPCRを行ったところ、一部のプライマーについては非特異増幅が確認され再設計が必要であると考えられたが、サンプルを入手できた動物24種については識別することが可能であった。また、遺伝的には同種であるブタ(西洋品種)とニホンイノシシをSNP(一塩基挿入)により識別できる可能性が示唆された。なお、本共同利用研究ではニホンザル6個体、アカゲザル6個体、タイワンザル2個体の試料を利用させていただいた。解析の結果、ヒト、ニホンザル、アカゲザルおよびタイワンザルについては、増幅産物長に大きな差はなかったものの、ヒト増幅産物に比べてニホンザルが2bp、アカゲザルが4bp、タイワンザルが5bp大きく、同一プライマーペアによって霊長類間を識別できると考えられた。
2016-D-20 マーモセット人工哺育個体の音声発達 黒田公美(理研・BSI・親和性社会行動)、齋藤慈子(武蔵野大・教育・児童教育)、篠塚一貴、矢野沙織(理研・BSI・親和性社会行動) 所内対応者:中村克樹 家族で群れを形成し、協同繁殖をおこなうコモンマーモセットは、親子間関係の発達を知るうえで重要な知見をもたらしてくれる動物である。また、多様な音声コミュニケーションを行うことが知られている種でもあり、音声の発達的変化についても注目がなされている。愛着行動の発達を調べる方法として、古くから母子分離という方法がとられているが、実験目的の完全な分離は倫理的な問題があり、近年では行われなくなった。マーモセットは、通常双子を出産するが、飼育下では三つ子以上の出産がみられ、その場合、親が育てられるのは2頭までであるため、人工哺育が行われ、養育者から完全に分離された状態になるが、母子分離、音声発達の観点から人工哺育個体の音声の詳細について分析を行った研究はない。そこで、本研究では、上記事情により人工哺育がなされた個体5頭および、コントロール群として同齢の家族で養育された個体4個体を対象に、15分間の音声録音を行った。途中ヒトがエサを提示し、それらの刺激に対する反応も分析した。記録した音声・動画から、発声頻度の測定、音声の分類を行った。その結果、人工哺育個体は、通常養育個体に比べ、ヒトがエサを提示した場面で、ネガティブな発声(警戒音、不安時の音声)を発することが多い傾向がみられた。
2016-D-21 飼育下のニホンザルおよびアカゲザルにおけるBartonella quintanaの分布状況とその遺伝子系統 佐藤真伍(日本大・獣医公衆衛生) 所内対応者:岡本宗裕 Bartonella菌は哺乳類の赤血球内に持続感染する細菌で、少なくとも14菌種2亜種が人に対して病原性を有する。これらのうち、Bartonella quintanaは、第一次・二次世界大戦時に兵士の間で流行した塹壕熱の原因菌として古くから知られている。近年では、中国や米国で実験用に飼育されていたアカゲザルやカニクイザルからもB. quintanaが分離されている。また、野生のニホンザルにもB. quintanaが分布していることが明らかとなっている(13.3%;6/45頭)。 本研究では、京都大学霊長類研究所内で飼育されているニホンザル173頭およびアカゲザル101頭について、B. quintanaの保菌状況を細菌学的に検討した。その結果、和歌山県由来の椿群のニホンザル1頭(個体#:TB1)からBartonella菌が分離(添付図)され、菌種同定の結果、B. quintanaと同定された。一方、その他のサルから本菌は分離されなかった。 今後、TB1から分離された株について、複数の遺伝子領域を用いて遺伝子型別するMulti-locus sequence typing(MLST)によって解析するとともに、同個体における持続感染の有無についても検討していく必要があると考えられた。
2016-D-23 霊長類ゲノム解析を通したウイルス感染制御遺伝子の進化に関する研究 佐藤佳、小柳義夫、三沢尚子、中野雄介(京都大・ウイルス・再生医科学研)、中川草(東海大・医)、上田真保子(東海大・マイクロ・ナノ研究開発) 所内対応者:今井啓雄 年度途中(12月)の採択であったため、使用できる試料を入手できなかった。 平成29年度より本格的に研究が始動すると思われる。使用できる試料が入手でき次第、解析を開始する。
2016-D-24 中部地域における飼育チンパンジーの父系についての実態調査 奥村文彦(日本モンキーセンター) 所内対応者:友永雅己 チンパンジーはIUCNが定める絶滅危惧種であり、飼育個体群を持続的に維持管理することは保全に直接貢献する。2016年10月現在、チンパンジー317個体が日本で飼育されており、これらは日本動物園水族館協会(JAZA)によって血統管理されている。血統登録台帳から、各個体が残した子孫の数を知ることができるものの、現在の飼育状態(どの個体と同居しているのか)や繁殖能力(交尾や育児に関する行動特性)が記載されていないために、今後繁殖する可能性があるのかどうかを判別できず、飼育個体群の動態予測は非常に難しい。特に、雌に比べて雄は一部の少数個体のみが繁殖しており、飼育個体群内の遺伝的多様性を保つためには子孫を残した父系の規模を明らかにする必要がある。そこで中部地域の飼育施設を対象に、繁殖の可能性がある雄の個体数および父系の数を明らかにすることを目的として飼育状況調査を行った。 中部地域には10の飼育施設で63個体のチンパンジーが飼育されている。雄の総数は26個体で、繁殖実績のある個体は8施設で13個体であった。その年齢は19歳から50歳の範囲であり、平均年齢 (±SD) は34.5±8.4歳で雌と同居しているのは11個体であった。繁殖制限されていない個体はそのうち6個体である。他の2個体のうち1個体は雄同士で同居し、1個体は単独飼育となっている。ファウンダーとなる雄は6個体であった。繁殖実績はないが交尾が過去に確認されている、または成育歴や社会性から交尾可能と推測される雄は5施設に5個体であった。その年齢は2歳から19歳の範囲であり、平均年齢 (±SD) は9.8±6.6歳ですべて繁殖実績のある雄の子孫である。 今後は飼育下個体群の持続的管理のため、こうした情報を飼育施設間で積極的に交換し、未繁殖個体の遺伝子を次世代に残せるよう個体レベルでの繁殖計画の立案と着実な実行が急務である。
2016-D-25 サル初代分離細胞における変異型サル免疫不全ウイルスの増殖 塩田達雄、中山英美、齊藤暁(大阪大学微生物病研究所) 所内対応者:明里宏文 本年度、3頭のカニクイザル血液から分離したCD4陽性T細胞において、カプシド領域に点変異を導入することで非分裂期細胞に感染しないよう変化させた変異型サル免疫不全ウイルス(SIV)の増殖特性を調べた。その結果、変異型SIVの増殖は野生型SIVとほぼ同程度であることがわかった。今回用いたCD4陽性T細胞はPHAおよびIL-2を用いて活性化状態を誘導してから感染に用いたことから、少なくとも活性化CD4陽性T細胞での増殖において変異の影響は限定的であることが示唆された。次年度以降は、マクロファージおよび静止期CD4陽性T細胞を用いた感染実験を行うことで、これらの細胞種における変異の影響を明らかにしていきたい。また、アカゲザルとカニクイザルではSIVに対する感受性が異なるという過去の報告があるため、それぞれの血液から採取した細胞を用いて、ウイルス感染実験を行い比較検討していきたい。
2016-D-26 Sequencing of huntingtin orthologs in several primate species Elena Cattaneo 、Giulio Paolo Formenti (University of Milan) 所内対応者:今井啓雄 Within the framework of the project “Intermediate allele identification in non-human primates through Htt Exon1 sequencing”I have spent three weeks at Primate Research Institute with the general goal of sequencing Htt orthologs (rHtt – real Htt) and paralogs (pHtt) in up to 107 samples belonging to different individuals from 34 non-human primate species. These samples were available through PRI and their collaborators (essentially Japanese Monkey Center – JMC). We are after the identification, if present, of a primate species with Htt genetic features similar to humans (i. e. high number of CAG repeats). Incidentally, the presence of an Htt pseudogene (pHtt) in the family of Callithricidae could also be investigated. When at PRI, I immediately met the PRI collaborator from the Japanese Monkey Center at their annual meeting to establish a cooperative research effort that would have allowed samples retrieval. During the same meeting I have also presented in public our experimental plan. After PRI 50th anniversary I have installed in the laboratory, verified the presence of all consumables that were previously ordered and started a series of preliminary experiments with the DNA already available. While the preliminary experiments were on-going (PCR amplification, cloning, plasmid extraction and sequencing) I received a first batch of 12 from PRI tissues by Dr. Nagume Tani for DNA extraction, from which DNA was extracted and the samples were also processed. That week I have also presented our experimental plan to the weekly meeting of the Molecular Biology Section. Finally, we could meet with Dr. Takashi Hayakawa from JMC to decide which samples to process from their tissue bank. We firstly decided to focus on New World Monkeys (100 samples): some of them harbour both rHtt and pHtt and represent a group of usually small primates, potentially suitable for disease modelling. While I kept processing the first 12 samples from PRI I have prepared the first 21 tissue samples from JMC for DNA extraction. However I have noticed that when amplifying the Callithricidae samples, where both rHtt and pHtt is present, we get preferential amplification of pHtt over rHtt. So I designed a new strategy to selectively amplify the rHtt in those species. Despite this, amplification of rHtt in three new species (S. sciureus, A. trivirgatus, A. belzebuth) was achieved. Results from sequencing of the samples from first 12 samples from PRI suffers the same issue reported above (i. e. preferential amplification of pHtt over rHtt) and moreover in JMC samples pHtt is present where it should not suggesting that there could have been some DNA contamination in the sample. This is possible since Dr. Hayakawa had reported that several of these samples were very old. I have cloned and sent plasmid for sequencing from tissue samples of JMC, and started to apply the new strategy for assessing only rHtt. Unexpected events related to personal matters forced me to return back to Italy ahead of time. At that point, results of sequencing for JMC samples were not conclusive. They suggested that some contamination is likely to be present but that it is also possible to sequence rHtt/pHtt from them. I was also unable to obtain results for the new strategy for assessing only rHtt in time. However I have applied it successfully once back in Italy, implying that it can be used also on the japanese samples.
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