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Ⅳ. 大型プロジェクト
1.
文部科学省学術研究の大型プロジェクト:心の先端研究のための連携拠点(WISH)構築
事業名「心の先端研究のための連携拠点(WISH)構築)」。平成22-31年度の10年計画。事業実施機関は、心理学・認知科学等を実施する京都大学ほか全国の7研究機関連携である。平成22年度発足時の代表者は京大・松沢哲郎、平成26年度の代表者は東大・長谷川寿一である。事業概要は、心理学,認知科学,脳科学や社会科学の分野を超えた学際研究をおこない,他者との相互作用による心のはたらきを解明するための先端研究を推進する。日本学術会議のマスタープラン2010,2011,2014の認定した学術の大型研究計画のひとつである。同時に、文部科学省の「学術研究の大型プロジェクトの推進に関する基本構想:ロードマップ2014」(平成26年8月6日公表)に記載された現在推進中18件のうちの1件である。日本学術振興会の平成22-24年度の最先端研究基盤事業として採択され発足した。霊長類研究所と熊本サンクチュアリに比較認知科学実験用大型ケージが設置され、自由に離合集散する群れ全体を研究対象とした認知実験が可能になった。また人間を研究対象にしたfMRI設備3台については、京大・東大・北大に措置された。京大は本部構内病院西地区にシーメンス社(3テスラ)を導入し、こころの未来研究センターが中核となって順調に運用している。なお、WISH事業を実施する学内組織として、京都大学学際融合教育研究推進センターのもとに「心の先端研究ユニット」が発足し、心理学・認知科学を標榜する京大の11部局65名の教員が参加している(平成27年度のユニット長:教育学研究科・桑原知子)。なお詳細は、以下のHPを参照されたい。http://www.kokoro-kyoto.org
(文責:松沢哲郎)
2. 研究拠点形成事業 B.アジア・アフリカ学術基盤形成型:チンパンジー属類人猿の孤立個体群の保全に関する研究
事業の目的
日本の霊長類学は、ヒトのルーツを探ることを目標として、50
年以上前から類人猿の野外研究を続けてきた。とくに京都大学霊長類研究所は、ヒトにもっとも近いチンパンジー(Pan)属のチンパンジーとボノボの長期調査地を3か所もかかえ(チンパンジー:ギニア共和国・ボッソウ、ウガンダ共和国・カリンズ、ボノボ:コンゴ民主共和国・ワンバ)、霊長類学の国際的センターとなっている。しかし現在、これらの調査地の個体群は、森林伐採や農地開発などによって孤立し、地域住民の森林資源の利用による植生の質の低下、密猟等の違法行為、孤立による遺伝的多様性の低下、ヒトから類人猿への病気の感染など様々な要因によって、存続上の危機にさらされている。本計画では、これらのリスク要因を回避するための自然科学・社会科学的調査・研究を行ってその成果をそれぞれの調査地での保全の実践に生かし、さらにその手法を同様の問題をかかえるアジア・アフリカの様々な類人猿生息地に発信していくことを目標とする。
当研究所は、平成21~23
年度にアジア・アフリカ学術基盤形成事業の支援を受けて、コンゴの生態森林研究センター、ギニアのボッソウ環境研究所、ウガンダのムバララ科学技術大学とネットワーク型の研究基盤を築いて類人猿の環境適応機構についての比較研究を行ってきた。この結果、日本・アフリカ間のみならずアフリカ側拠点機関の間の交流も深まり、アフリカ側研究者の学術的意識と研究能力も飛躍的に高まった。本計画では、あらたに3
つの拠点機関を加えてネットワークの拡充と強化を図り、本研究課題のみならず、将来様々なテーマの類人猿の比較研究をアフリカ側研究者と協力して行える土俵としたい。また、23年8
月にコンゴで行った締めくくりの国際シンポジウムでは、アフリカ側拠点機関から、このネットワークをもとにアフリカ霊長類学会の設立を目指すべきだとの提言があった。日本の主導によってアフリカ霊長類学会を設立するというこの長年の夢についても、本計画の3
年間に実現にむけた道筋をつけたい。
平成26年度の研究交流成果
本年度のセミナーは、12月15日から26日までウガンダ共和国で開催した。この間16日にはゴリラとチンパンジーの調査地であるブウィンディ国立公園で研究と保護活動の視察、18日~19日はマケレレ大学におけるシンポジウム、21日~25日はカリンズ森林保護区とクイーンエリザベス国立公園で研究と保護活動の視察を行った。このセミナーには、本経費からコンゴ民主共和国6人、ウガンダ44
人、ケニア2、ルワンダ1、イギリス2、ベルギー1、日本8人が参加したほか、シンポジウムの会場となったマケレレ大学の教員、学生も多数参加した。
本事業の最後となる2日目後半は、本事業の最終目的であるAfrican
Primatological Consortiumの設立会議とし、組織や運営体制、今後の活動目標などを定めた。このコンソーシアムが設立されることで、本事業が目標としてきた日本とアフリカ諸国の学術研究協力基盤のネットワークの核が形成されることが期待される。
マケレレ大学でのシンポジウムでは、1日目~2日目前半を研究報告にあて、本事業の主な目的である類人猿の孤立個体群の保全に関する各国各研究機関の取り組みの現状を共有することができた。また本年度は、これまでの3年間に収集してきたチンパンジーおよびボノボの糞サンプルからのDNA抽出と分析を行った。分析結果の解析は現在もまだ進行中であるが、生物の生存可能性に直結すると考えている免疫系を司るMHC領域の多様性が、研究対象としているチンパンジーやボノボの孤立個体群できわめて小さくなっているなど、保護政策の立案にとっても非常に重要なことが明らかになりつつある。
(文責:古市剛史)
3. 頭脳循環プログラム
「人間の多能性の霊長類的起源を探る戦略的国際共同先端研究事業」
日本学術振興会による最先端研究開発戦略的強化費補助金・頭脳循環を活性化する海外への若手研究者派遣は、「若手研究者が世界水準の研究に触れ、世界中の様々な課題に挑戦する機会を拡大するとともに、海外の大学等研究機関との研究ネットワークを強化することを目的として、優れた国際共同研究に携わる若手研究者の海外派遣を支援する。これにより、我が国の科学技術の振興のための国際的な頭脳循環の活性化をはかる。」というものです。(事業担当者:主担当研究者・平井啓久、担当研究者・古市剛史、高井正成、友永雅己)
今回実施した事業は前回のプログラム「人間らしさの霊長類的起源をさぐる戦略的国際共同研究」(平成22年度?24年度)の継続事業として採択されました。今回は平成25年10月から開始し、平成27年度末まで実施されました。最終年度の平成27年度は19,930,000円が措置され、これまでに展開している国際共同研究ネットワークにオーストリア、スイス、ドイツ、マレーシア、シンガポール、米国、コンゴ民主共和国、ウガンダ共和国を加え、事業の拡充、強化、深化させる目的をもって推進して来ました。今回は「人間の多能性」を究明する端緒として次の4項目の国際共同研究を実施しました。
(A)発声機能(研究者:西村剛、派遣場所:オーストリア・ウイーン大学):
ニホンザルの音声オペラント付け実験及びヘリウム音声分析実験を進め、ニホンザルの声帯振動モード分析実験に向けて実施準備を整えた。ウィーン大学の研究者を日本に招聘して、訓練個体を対象とした声帯振動モード実験を実施した。EGGという非侵襲的振動計測装置を用いて、in
vivoでの音声データと声帯振動モードデータとを同時収録することに成功した。さらに、ウィーン大学で実施した摘出声帯の振動実験の結果と総合して、ニホンザルの声帯振動の多様性を作り出すメカニズムとその音響学的効果について明らかにした。2016年3月に、米国で開催された第11回言語進化国際会議(EVOLANG11)にて、ウィーン大学側の研究者らと共同で「The
Evolution of Speech」と題したワークショップを開催し、一連の研究成果の発表と総括を行い、今後の共同研究を展望した。
実施期間の成果:英語原著論文8編、国際会議4件。
(B)消化機能(研究者:松田一希、派遣場所:シンガポール動物園、ウガンダ・マケレレ大学、マレーシア・サバ大学、スイス・チューリッヒ大学、ドイツ・ゲッチンゲン大学):
フィールドで収集した糞サンプルの粒度分析によって、複胃を有する霊長類種は、単胃のものに比して、食物をより効率的に消化吸収している証拠を得た。加えて、テングザルは日常的に反芻行動をし、食物をより細かく粉砕することで、消化効率の観点から適応的であることを証明した。上述の野生下における霊長類種の観察に加え、シンガポール動物園の飼育個体を用いて、消化実験を行ったところ、霊長類全種の中で唯一反芻行動が報告されている特別な消化戦略をとるテングザルにおいて、特に飲み込んだ食べ物が消化されていく過程は、他のコロブス類とは大差のないことを確認した。つまり、テンングザルでは一般の反芻胃をもつ動物群のように、食物のソーティング(分離)を、胃内でおこなっていないことが明らかになった。
実施期間の成果:英語原著論文11編、国際会議8件。
(C)社会機能(研究者:坂巻哲也、派遣場所:コンゴ民主共和国・キンシャサ大学/環境省):
ワンバとイヨンジの両地域で、中型・大型哺乳類の生息密度を比較するためのセンサスを行なった。全般的にはイヨンジの方がワンバより密度が高いという結果が得られた。人間活動による森林の攪乱は、村人の定住する集落がボノボの遊動域の中に位置しているワンバの方が、集落から離れたところに調査地があるイヨンジより、大きいことが分かっている。これらの結果から、ボノボの生息環境、とくに特定の動物との遭遇頻度が、何かしらの形で狩猟対象の新たな革新、あるいは地域特異的な行動の普及、そのような行動の世代間の伝播に関係していることが示唆された。
実施期間の成果:英語原著論文10編、国際会議3件。
(D)認知機能(研究者:足立幾麿、派遣場所:米国・エモリー大学ヤーキース霊長類研究センター): 特に感覚間一致という現象を切り口に研究をおこなった。感覚間一致とは、異なる処理ドメインを持つ情報間に類似性・一致性を感じ現象のことである。コミュニケーションのツールとして言語ラベルが機能するためには、他者と共有される必要がある。音と視覚刺激の無限の組み合わせの中から、他者と共有されやすい言語ラベルを生みだすことは困難だが、感覚間一致のように、ある音の特徴とある視覚特徴が結びつきやすいとすればどうであろうか。組み合わせの幅が狭まることになり、それに基づき生成されたラベルは、他者にとっても受け入れやすいものとなるであろう。こうしたことから、感覚間一致はヒトの言語進化にとって重要な役割を果たしていたと考えられてきた。それでは、ヒトはぜ感覚間一致を獲得したのだろうか。これは、言語の進化的基盤を考えるうえで重要な問いである。これまでに、言語との共進化、文化との相互作用、脳の情報処理様式や発達的な変化に由来する可能性、などが議論されてきたが、はっきりとは分かっていないのが現状だ。進化的な基盤を探究するうえで、特にヒトと動物の共通点・相違点を探る比較認知科学的なアプローチをおこなうことが重要である。ヒトの特徴は、他の動物種と比較することでより浮き彫りとなるからだ。しかしながら、これまでこうした感覚間一致や音象徴に関しては動物を対象にした研究はほぼ皆無であった。
実施期間の成果:英語原著論文2編、国際会議1件。
http://www.pri.kyoto-u.ac.jp/sections/vitalizing_brain_circulation2013/index-j.html
(文責:平井啓久(各項目は派遣研究の報告の一部))
4. 特別経費事業「人間の進化」
特別経費(プロジェクト分)事業名「人間の進化の霊長類的基盤に関する国際共同先端研究の戦略的推進―人間の本性と心の健康を探る先端研究―」、当初の事業代表者:松沢哲郎(申請時の所長)、当初の担当教員:平井啓久、高田昌彦、中村克樹、古市剛史、岡本宗裕、濱田穣、友永雅己。当初の事業実施期間:平成23年4月1日から平成30年3月31日まで(当初計画7年間)である。本事業は、人間の進化を明らかにする目的で、世界初となるヒト科3種(ヒトとチンパンジーとボノボ)の心の比較を焦点とした霊長類研究を総合的に推進し、「心の健康」を支えている進化的基盤を解明するものである。ボノボを新規に北米から導入することで「ヒト科3種の比較認知科学研究」という新機軸を打ち立てつつ、くらし・からだ・こころ・ゲノムという霊長類学の多様な研究分野で、日本固有の国際的な貢献を不動なものとすることを主目的とした。研究所の組織としては、「ヒト科3種比較研究プロジェクト」、「長期野外研究プロジェクト」、「国際共同先端研究センター」、「人類進化モデル研究センター」の4組織にまたがって事業を実施した。また全学組織としては、「京大ブータン友好プログラム」の主宰部局としての役割を果たした。また、北に隣接して平成26年度に公益財団法人化した「日本モンキーセンター」(略称JMC、理事長は尾池和夫元京大総長)が保有する64種の広範な霊長類を対象にした連携事業を推進した。
事業開始から5年目となる平成27年度の主な事業は以下のとおりである。第1に、「ヒト科3種比較研究プロジェクト」として、最先端研究基盤支援事業(平成22-24年度)と連動して整備してきた霊長類研究所のチンパンジー研究施設と野生動物研究センター・熊本サンクチュアリを活用して、犬山と熊本でチンパンジーとボノボ(平成25年度の4個体導入に引き続き、平成26年度にさらに2個体を導入して、合計6個体)を対象に、比較認知科学研究をおこなった。第2に、「長期野外研究プロジェクト」として、実験研究と平行してチンパンジーとボノボの野外研究をアフリカ(コンゴ民主共和国とウガンダ)でおこなった。また、アフリカの野外研究を補完するものとして、アジアの霊長類研究とくにボルネオでの霊長類の長期野外観察研究を継続実施した。第3に、「国際共同先端研究センター」(平成27年度からセンター長は湯本貴和)の事業体制を整備し、英語に堪能な事務職員を配置して、年2回の国際入試の実施と外国人留学生の獲得につとめた。結果として大学院生の約30%が外国人になった。英語による研究教育を充実させている。第4に、「人類進化モデル研究センター」の活動を支えて研究所全体の研究教育基盤を支援し、研究所が保有する12種約1200個体のサル類の健康管理体制を整えた。以上の研究所内4組織の事業の詳細についてはそれぞれの項を参照されたい。第5に、ヒトを研究対象としてその文化的基盤を探る事業として、「京都大学ブータン友好プログラム」の主宰部局としての役割を果たし、平成27年度は全学経費の支援をあわせてブータンへの学生派遣(北部の長期間トレッキング)をおこなった。京大病院からの教職員派遣を促進することができて、事業開始以来累計150名を超える教職員学生をブータンに送り出した。なお、西澤和子研究員を平成23年度から4年間にわたり王立ティンプー病院に派遣してきたが、平成27年度当初にブータン王立医科大学准教授に採用された。ブータン事業についてはそのホームページを参照(http://www.kyoto-bhutan.org/)。なお、こうした努力の成果として、「京都大学ヒマラヤ研究ユニット」(ユニット長は、平成28年度から霊長類研究所長を務める湯本貴和)が平成28年4月1日に発足した。第6に、「日本モンキーセンター」(尾池和夫理事長)と連携して、研修センター「白帝」の整備等の共同事業を支援した。以上の事業推進のために、教員(狩野文浩・松田一希)、外国人研究員(マイケル・セレッシュ)、外国に長期常駐する研究員(坂巻哲也)、外国語に堪能な職員(宮部真奈美)、JMCとの連携事業のための研究員(打越万喜子)、チンパンジー飼育のための職員(藤森唯)等を雇用して配置した。研究成果については、各組織からの報告を参照されたい。
(文責:松沢哲郎・平井啓久・湯本貴和)
5. 特別経費事業「新興ウイルス」
特別経費(プロジェクト分)事業名「新興ウイルス感染症の起源と機序を探る国際共同先端研究拠点」、は京都大学ウイルス研究所との連携事業として組織したものです。霊長類研究所の事業代表者:平井啓久、分担者:高田昌彦、岡本宗裕、明里宏文、中村克樹。事業実施期間:平成25年4月1日から平成30年3月31日まで(5年間)。本事業は両研究所の教員が参加する「協働型ウイルス感染症ユニット」で新興ウイルス感染症に関する複数の研究プロジェクトを行いました。まず、ヒトの成人T細胞白血病の原因ウイルスであるHTLV-1に近縁のSTLV-1が感染したニホンザルがHTLV-1感染の良い動物モデルであることを示し(Retrovirology,
10:118, 2013)、そのSTLV-1感染のサル個体の胸腺組織ではTCFならびにLEF1がTax阻害によりウイルス複製を抑止しており、また、それらの分子の発現量が低い末梢血ではウイルス感染細胞が増殖できることを見出した(PNAS
112: 2216, 2015)。また、HTLVのがん化に関わるHBZ遺伝子に対するワクチンを開発し、サルモデルによりその有効性を確認した(Blood
126:1095, 2015)。一方、霊長類研究所などで集団感染し、ニホンザルに血小板減少症を起こしたサル個体よりレトロウイルス(SRV4とSRV5)を分離・クローン化し、接種実験を行うことで、そのレトロウイルスが病因であることを証明しました(J
Virol 89:3965, 2015)。さらに、SRV4のヒトに対する病原性をヒト血液幹細胞移植マウスで解析し、頻度が低いながら貧血が起きることを明らかにしました(Sci
Rep 5:14040, 2015)。また、抗レトロウイルス宿主因子であるテザリンについて多種類のオナガザル試料の遺伝子解析を行い、エイズウイルスの祖先となるサル種のウイルスに対して特定の遺伝子配列を変化させながら現在に至った霊長類ウイルスの起源の実体を明らかにしました(Sci
Rep 5:16021, 2015)。さらに、ヒトを含む霊長類のゲノムに共通して存在する内在性ボルナウイルスが宿主細胞内で機能を持つことを示し、霊長類進化におけるウイルス適応過程を明らかにしました(Cell
Rep 12:1548, 2015; RNA 21:1691, 2015)。以上のように、サル類はウイルスの学術研究をさらに進展させるために優れたモデルであることを明らかにしました。従って、この共同事業は人獣共通感染症の研究・対策を検討する緒として重要な課題であり、今後も未知ウイルスの同定、基盤研究、動物モデル確立、治療法の開発のプロセスを一貫した研究体制として構築する必要があります。京都大学内の競争的資金によってウイルス研究所(進化ウイルス学)で霊長類研究所の教員が研究活動を実行するための研究員の雇用を行いました。本事業を起点として、学内で推進する「研究連携基盤」内に他6部局(計8部局)と連携する共同研究ユニット(ヒトと自然の連鎖生命科学研究ユニット)を設置しました。これらの共同研究と事業の推進よって、霊長類を起源とする新興ウイルスと感染機序に関する恊働型研究事業や国際的共同研究が一層進捗することが期待できます。
(文責:平井啓久、小柳義夫(ウイルス研所長))
6.
霊長類学・ワイルドライフサイエンス・リーディング大学院
日本学術振興会の「博士課程教育リーディングプログラム」として、「霊長類学・ワイルドライフサイエンス・リーディング大学院」が採択され、平成27年度は発足3年目を迎えた。英文名称は、Kyoto
University Leading Graduate Program in Primatology and Wildlife Science.
英文略称はPWS。平成25年10月1日に正式に発足した。当初予定で7年間の支援を受けたプログラムである。PWSの詳細は、以下のホームページで確認いただきたい。http://www.wildlife-science.org/
PWSは、フィールドワークを基礎とした実習を主体とする学位プログラムである。霊長類研究所・野生動物研究センター・理学研究科生物科学専攻の3部局が協力して実施している。学内教員のみならず、外交官、地域行政、法曹、国際NGO、博物館関係者などからなるプログラム分担者をそろえ、3つの出口、すなわち「国連や国際NGOで活躍する生態保全の専門家」「博物館・動物園・水族館で活躍するキュレーター(博士学芸員)」「長い歳月をかけて一国丸ごとを対象としたアウトリーチ」を明確に意識した教育体制を構築した。平成27年度のプログラムの進捗状況を、大別して以下の4つにまとめて報告する。
第1は、カリキュラムの整備。
必修の8実習「インターラボ」「幸島実習」「屋久島実習」「ゲノム実習」「比較認知科学・動物福祉学実習」「笹ヶ峰実習」「動物園・博物館実習」「自主フィールドワーク実習」のカリキュラムの整備をおこなった。また座学として、英語が公用語の「アシュラ・セミナー」と、公用語を定めない「ブッダ・セミナー」を実施した。実習は秋入学にも配慮して、春と秋の年2回ずつ実施した。特記事項として、「笹ヶ峰実習(無雪期・積雪期)」は、京都大学笹ヶ峰ヒュッテ(新潟県妙高市:標高1300mの高原)において、生物観察や火打山(標高2462m)登山や夜間のビバーク体験を通して、フィールドワークの基礎となるサバイバル技術を学ぶ。あわせて、履修生を広く深く支援する教育研究体制を構築した。特定教員5名をはじめ、語学に堪能な事務職員等を配置して履修生をサポートした。
第2は、連携体制の維持強化。
プログラムの意思決定は、学内分担者の全員からなる月例の協議員会(5元中継のTV会議)でおこなう。随時の判断は「ヘッドクオーター(HQ)制度」をとった。HQは、コーディネーターの松沢哲郎のほか、平井啓久、湯本貴和、友永雅己、幸島司郎、伊谷原一、山極寿一、阿形清和の8名である。なお、運営の事務組織としてPWS支援室を京都の野生動物センター内に置いた。また国際センター(CICASP)を犬山の分室と位置付けた。プログラムの方針・運営状況・カリキュラム・成果・履修生の動向などについて、情報・広報はすべて一元的にHPに集約している。さらに、年2回開催(平成27年7月18-22日の第4回と平成28年3月3-6日の第5回)の国際シンポジウム"The
International Symposium on Primatology and Wildlife Science"で、履修生や外国人協力者(IC)も含めた100名超のプログラム関係者が一堂に会することで、プログラムの方向性や進捗状況を確認し連携強化を図った。また研究所に隣接する日本モンキーセンターJMC(平成26年度から公益財団法人化)と覚書を取り交わして連携を図り、JMCをリーディング大学院の実践の場として位置付けている。なお、日本学術会議・基礎生物学委員会・統合生物学委員会合同「ワイルドライフサイエンス分科会」を継続し、「屋久島学ソサエティ」への協力をはじめ、国内のワイルドライフサイエンスの担い手との連携も進めた。交流人事により環境省から滝澤玲子を特定助教として迎えた。
第3は、履修生の自主性の涵養。
履修生が自主企画の海外研修をおこなうことで、自発的なプランニング能力の向上を図り、出口となる保全の専門家や、キュレーターや、アウトリーチ活動の実践者の育成につなげている。平成27年度の履修生は、コンゴ・ウガンダ・ブラジルなどに数カ月以上滞在してフィールドワークを実施した。11月に西表島の野外実習を琉球大学・西田睦副学長(PWS特任教授)の協力で実現した。個人的なフィールドワークに限らず、大学院生のイニシアチブによる自主企画の集団実習も奨励し、運営能力・実践能力の涵養を図った。具体的には、平成27年8月12-14日の「丸の内キッズジャンボリーへのPWSブース出展」、平成28年3月12-14日の「高崎山実習」である。また松本市美術館と京都大学時計台で「ブータンの山と文化」と題した写真展を主催した。なお、7月にコンゴで履修生が野生ボノボ調査中に落木にあたって負傷した。こうした野外調査に伴う不慮の事故への対処を改めて検討した。
第4は、優秀な履修生の獲得。
春秋の国際入試によって留学生に門戸を開いた。5年一貫教育なので履修生をL1-L5と称する。博士課程に相当するL3への中途入学を認めている。平成27年度末に平成28年度の履修生選抜をした。その結果、L1からL5まで、履修生の合計は29名になった。特徴としては、そのうち10名すなわち約3分の1が外国人である。また男女比は11:18で女性が約3分の2近くを占める。なお、プログラムの性格上、原則として英語を公用語としている。リーディング大学院は、霊長類研究所にとっては、平成21-25年度のグローバル30事業の後継の国際化推進事業と位置付けられる。5月と11月の年2回募集の、外国人のみを対象とした国際センター入試を継続している。
以上、リーディング大学院の第3事業年度の概要を述べた。この新たな取り組みを支援してくださった教職員ならびに学生等の皆様に衷心より深く感謝したい。
(文責:松沢哲郎・平井啓久・湯本貴和・友永雅己)
7. 日本学術振興会研究拠点形成事業A.先端拠点形成型「心の起源を探る比較認知科学研究の国際連携拠点形成(略称CCSN)」
事業名「心の起源を探る比較認知科学研究の国際連携拠点形成」。略称「CCSN」。日本側の拠点機関は京都大学霊長類研究所、日本側コーディネーターは松沢哲郎で、ドイツ(マックスプランク進化人類学研究所)・イギリス(セントアンドリュース大学)・アメリカ(カリフォルニア工科大学)の3国が相手国となっている。本研究交流計画は、①人間にとって最も近縁なパン属2種(チンパンジーとボノボ)を主な研究対象に、②野外研究と実験研究を組み合わせ、③日独米英の先進4か国の国際連携拠点を構築することで、人間の認知機能の特徴を明らかにすることを目的としている。事業期間は平成26年度から平成30年度の5年間である。国際的な共同研究、セミナー開催、研究者交流をおこなうことで、各国のもつ研究資源を活かして比較認知科学研究の国際連携拠点を形成する。2年度目となる平成27年度には、国際連携拠点の構築にむけた研究打ち合わせをおこなうとともに、実際に国内外での国際共同研究を推進した。具体的な特記事項として、英国ケンブリッジ大学とオックスフォード大学での一連の出張講義をおこなった。平田聡(京大・野生動物)、林美里(京大・霊長研)、山本真也(神戸大)である。またイタリアで言語の起源に関する学会で林美里・足立幾磨らが招待シンポジウムをおこなった。年度末に比較認知科学の国際シンポジウムを犬山で開催した。また米国の提携先代表者のラルフ・アドルファス教授を外国人客員教授として招いて年度を越えて4か月間の滞在をしていただいた。さらに、若手研究者を対象に本経費によって招へい及び渡航をおこなった。以下のサイトで報告している。http://www.pri.kyoto-u.ac.jp/sections/ccsn/index.html
(文責:林美里、松沢哲郎)
8.
科学技術試験研究委託事業:革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト(Brain/MINDS)
霊長類研究所は情報学研究科と協力して、「マーモセットの高次脳機能マップの作成とその基盤となる神経回路の解明及び参画研究者に対する支援」という課題名で、中核拠点の参画機関として研究を推進する(参画機関業務主任:中村克樹、分担研究者:高田昌彦、石井信、大羽成征)。本事業は、平成26年度より文部科学省が始めたもので、霊長類(マーモセット)の高次脳機能を担う神経回路の全容をニューロンレベルで解明することにより、ヒトの精神・神経疾患の克服や情報処理技術の高度化に貢献することを目的としたものである。平成26年度に採択され、12月より研究活動をスタートした。平成27年度より日本医療研究開発機構(AMED)の管轄となった。平成27年度は、新たなコロニーを立ち上げ、小型霊長類用MRI装置を稼働させ、精度高く実験が実施できるようになった。多シナプス性神経回路の解析・疾患モデルマーモセットの作出・認知課題等の開発などを推進した。また、福島県立医科大学・北海道大学・東京医科歯科大学・東京大学・理化学研究所などとの共同研究も推進した。
(文責:中村克樹)