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京都大学霊長類研究所 > 年報のページ > 2013年度・目次 > 共同利用研究 京都大学霊長類研究所 年報Vol.43 2012年度の活動Ⅶ. 共同利用研究
(3) 一般グループ研究 C-3 霊長類における排卵の制御機構に関する研究 霊長類の LH サージ制御機構を解明することを目的として、雌雄ニホンザルにおける KISS1 遺伝子発現およびKISS1 ニューロンの活性化におよぼすエストロジェンの影響について検討した。前年の 11 匹に加え、ニホンザル雌雄計 6 頭を用い、ニホンザルの繁殖(交尾)期に一連の実験を行った。成熟雌雄ニホンザルの性腺を除去し、一部の動物にはエストラジオールを投与した。24 時間後に灌流固定により、視床下部を採取し、Kiss1 遺伝子発現細胞を in situ hybridazation により検出するとともに、エストロジェン処理により Kiss1 発現細胞における最初期遺伝子cFos タンパクの発現を免疫組織化学により検討した。その結果、雌雄ニホンザルの視索前野の Kiss1 発現細胞において、エストロジェン依存性の cFos タンパク発現を見いだした。一方,弓状核における KISS1 mRNA 発現細胞数には,EB 投与の効果は認められなかった。弓状核の以上の結果から,ニホンザルの雌雄において,視索前野の KISS1ニューロンがエストロジェンの正のフィードバック作用を仲介し,LH サージを誘起する可能性が示唆された。
C-4 下北半島に生息するニホンザル(Macaca fuscata)の寄生虫症および感染症に関する疫学調査 有害捕獲による死亡個体譲り渡しについては、青森県内市町村の行政機関との調整を 3 年前から行い、特に 2013年の共同研究助成による業務で、現地に赴き、各市町村に具体的に了承され、現在までに約 130 個体分の消化管サンプルが送付されている(現在、処理中)。 サンプルは申請者代表が施設担当となる酪農学園大学大学院 獣医学研究科 野生動物医学センターWAMC に保存され、寄生蠕虫類の検査とウイルス・細菌材料の採集が行われている。貴助成研究の二年目となる 2013 年は、寄生蠕虫類肉眼と実体顕微鏡を用い採集することは継続し、これに加え種同定においては形態学および分子生物学的な解析を行い、下北半島内における寄生率の地域性の比較や宿主の年齢・性別による差異を検討予定である。 これまでに検索が終了した約 40 個体について判明した寄生蠕虫相の特色として、小腸上部より糞線虫類のStrongyloides fulleborni、盲腸および大頂上部に鞭虫類の Trichuris trichiura、小腸上部および下部より吸虫類のOgmocotyle ailuri の 3 種 が 高 率 か つ 多 数 虫 個 体 が 検 出 さ れ た 。 条 虫 類 と 線 虫 Streptopharagus sp.(Spirurida:Spirocercidae)は見出されなかったが、ことに広範囲に分布すると目された後者が見つからないのは、特筆された。 上記のように、昨年は初年度ということで、材料の入手の調整と消化管の分析に時間と労力が費やされたため、公表論文となる実績は得られていない。しかし、2013 年は、現在、手元にある未処理サンプル約 130 と今後送付予定の約 100 のものの処理が可能であると目論んでいる。この結果は 2013 年 8 月、日本野生動物医学会学術集会で報告される予定である(渡辺、筆頭)。また、貴学霊長研において遺伝子解析も実施する予定である。
C-5 ニホンザルの人工繁殖を目指した技術開発 札幌市円山動物園では、ニホンザルの繁殖制限のためオス全頭に精管結紮切除処置を実施しているが、今後の飼育群維持のため人工繁殖技術の応用による個体数管理を検討している。精液採取について、前年度までは直腸へ電極を挿入して行う電気刺激法および精巣上体穿刺により実施していたが、安定した結果が得られなかった。そこで、精液採取技術を向上させるため、ネコ科動物において報告がある経直腸超音波診断下で外尿道口よりカテーテルを前立腺近くまで挿入するカテーテル法と、電気刺激法を併用した精液採取法について検討を行った。 ニホンザルのオス 8 頭に対し、カテーテル法単独による精液採取および、カテーテル法後に電気刺激を行う方法、 113 電気刺激の前後にカテーテル法を実施する方法、電気刺激後にカテーテル法を実施する方法について試行した。結果、電気刺激後精液の漏出が確認された 2 個体に対してカテーテル法を実施することで精子数および性状について良好な精液の採取に成功した。凍結融解後の生存率についても前年度に比べ向上した。 今後は精液採取の手技についてさらに検討し、精液採取手技を安定させ、人工授精へ活かしていきたいと考えている。
C-6
福島市に生息する野生ニホンザルの放射能被曝影響調査 2011 年3 月に発生した東日本大震災による福島第1 原子力発電所の爆発により、福島県に生息するニホンザル(以下,サル)が放射性物質に被ばくした。そこで, 福島市のサルを対象として、被ばくによる健康影響を明らかにすることを目的として、今年度は被ばく量の測定と妊娠率の推定を行った。また、将来の研究に活かすため、採取した臓器及び遺伝子等の標本保存を行った。 [材料・方法]本研究に用いたサルは、鳥獣保護法に基づき実施された個体数調整により福島市内で捕獲され、殺処分された個体である。サルの筋肉中放射性セシウム(134Cs+137Cs、以下セシウム)の測定は、2011 年 4 月から 2013年 2 月の間に捕獲された 396 頭について実施した。また、妊娠率への影響を評価するために、2011~2012 年の妊娠率を推定し、それ以前のものと比較した。 [結果と考察]セシウム濃度は、2011 年 4 月に 10,000 から 25,000Bq/㎏を示したが、3 ヵ月あまりかけて 1,000Bq/㎏程度に減衰した。しかし、2011 年 12 月から上昇する個体が見られるようになり、2012 年 4 月以降では再び 1,000Bq/㎏前後を推移した。この越冬期にセシウム濃度が上昇する現象は、2012 年度にも確認された。また、妊娠率は50%(17/34)であり、それ以前の妊娠率と有意な差は認められなかった。
このページの問い合わせ先:京都大学霊長類研究所 自己点検評価委員会
伊沢紘生(宮城のサル調査会), 中川尚史, 川添達朗(京都大・院・理学研究科), 藤田志歩(鹿児島大・農学部), 風張喜子(京都大・野生動物研究センター), 宇野壮春, 関健太郎, 三木清雅((合)・宮城・野生動物保護管理センター) 所内対応者:古市 剛史 2012 年の秋 11 月後半と 2013 年の冬 3 月後半の 2 回、2012 年度の個体数に関する一斉調査を、島に生息する 6群とオスグループ、ハナレザルを対象に例年通り実施した。結果は秋が 264 頭、冬が 240 頭だった。秋と冬で 24頭の差があるが、それは死亡が原因でなく、冬場の食糧事情が例年になく悪く、群れ外オスが広く分散し、数え落としがあったからと考えられる。秋の群れ外オスの数及び過去の社会性比などからは、15 頭の数え落としが推定され、それを加えると冬の個体数は 255 頭になる。 一方、5 月と 6 月に群れごとの出産数の調査を実施した。出産数は 28 頭で、ほぼ例年通りである。そのうち秋の一斉調査までに 6 頭が死亡し、6 頭中 5 頭が 2011.3.11 大震災や 2011.9.21 集中豪雨の被害が大きかった島の西側に遊動域を持つ 2 群だったことが注目される。また秋に、東側の磯で 1 頭が崖から海に落ち、波にさらわれて死亡した。このような原因によるアカンボウの死亡は初めての記録である。春に産まれた 28 頭のうち 2 頭は双子で、両方とも育たなかった。双子の記録も金華山では初めてである。 大震災との関連では、チョウセンアサガオ、ヤマゴボウなどサルが食べない草本の進出と繁茂が西側で大震災後目立つようになったことと、磯の食物のうちサルがもっとも好むワカメが、地盤沈下によって、サルの手の届く所で 30 ㎝ほどの長さにしか育っておらず、採食もあまりされていないことの二つがあげられるが、サルの個体数やアカンボウの死亡率などへの顕著な影響は見られていない。 このページの問い合わせ先:京都大学霊長類研究所 自己点検評価委員会
E-1 類人猿の神経伝達関連遺伝子の多様性解析 本研究では、ヒトで報告されている性格に関与する遺伝子の相同領域を類人猿で解析し、種間の塩基配列比較や、個体の性格評定との関連解析を行って、飼育や繁殖に活用する情報を得ることを目指している。関連性の解析には多数の試料が必要なため、GAIN
を通じて飼育類人猿の試料提供を依頼し、比較可能なデータの蓄積を目指している。24
年度はチンパンジー2、ニシローランドゴリラ 1、オランウータン
2、フクロテナガザル 1 の計 6 個体の試料提供を受け、DNA
を抽出し、ヒトの性格、特に不安や攻撃性との関与が報告されている神経伝達およびホルモン伝達関連の
5 遺伝子(バソプレシン受容体、モノアミンオキシダーゼ A、モノアミンオキシダーゼ
B、セロトニントランスポーター、アンドロゲン受容体)の型判定を行った。また飼育テナガザル
56 個体について、飼育担当者への54
項目および幸福度のアンケート(Weiss et al.2009)を行い、因子を抽出し、個体ごとの因子スコアを算出した。今後は個体数、候補遺伝子数を増やし、性格の客観的な評定のためのストレスホルモン測定も行い、野生個体のデ
ータも加えて、性格のマーカーとなる遺伝子を探索する予定である。 E-2 ニホンザルの生態学研究史(1) ニホンザルの生態学史を研究するにあたり、まず問題になるのはニホンザルの生態研究を開始したのは京大動物学教室の霊長類研究グループ(以下サルグループ)であることを確認し、その由来を明らかにすることである。
サルグループは 1948
年に結成されたと思われる。その結成は第二次世界大戦後の社会の民主化と密接に関係している。1921
年に京大動物教室で川村多実二は動物生態学の講義を開講し、いろいろの分野の研究者が集まる自由の雰囲気があったといわれている。戦後、日本の軍国主義消滅、民主主義の確立といった社会の民主化の波は大学にも影響をもたらし、京大の中でも動物教室はその急先鋒を担ったといわれている。戦前は、1
講座 1 教授 1
分野と決まっており、すべては教授の一言で決められていた。動物教室では、1947
年 4
月に教室談話会や昼食会が設立、討論の場になっていたが、1948
年 1 月に教室会議が設立され、教授も学生も等しく 1
票を投ずる権利を得た。このような抜本的改革に対する理学部教授会の圧力が強く、同年
12
月に教室内での意見が割れて教室会議は解散した。だが、この過程で生まれた研究グループ制は維持され、教室内での諸問題を検討するなどの民主的手続きは定着した。多くの研究グループが生まれたが、適応変異、河川形態、海洋生態、霊長類の
4
研究グループに収斂された。当時非常勤講師であった今西錦司がサルグループの代表で、ニホンザル研究を
1948 年に開始したのであった。 E-3 脂質を標的としたサル免疫システムの解明 細菌やウイルスの感染において、病原体が産生する脂質分子を標的とした宿主免疫応答が誘起されることが明らかになりつつある。研究代表者らはヒト病原体(結核菌やエイズウイルスなど)が宿主生体内で産生する
lipidic な免疫標的分子に対する T
細胞応答の解析を行ってきた。しかし、一般的な免疫解析に有用な小動物であるマウスやラットはこの免疫システムを欠如しているため、その詳細な分子・細胞機序の解明にはヒトに類似した免疫システムを有する動物が不可欠である。そこで、アカゲザル末梢血単核球を用い、この免疫応答に関与する分子・細胞機序を明らかにする研究を行った。
まず、サル末梢血より精製した単球あるいは単球より誘導したマクロファージをラットへと免疫した後、B
細胞を取り出し、ミエローマ細胞との融合を行った。これまでに約
7000
クローンのハイブリドーマを単離し、フローサイトメトリーによる一次スクリーニングから約
800
クローンのサル単核球特異的なモノクローナル抗体を選抜した。続いて、リポペプチド特異的
T リンパ球応答の阻害抗体を探す二次スクリーニングから 14
クローンのモノクローナル抗体を見出した。これらのクローンについて生化学解析による認識抗原の同定を進めた結果、この免疫応答に関わる未知の免疫分子や接着分子の候補を絞り込んだ。さらに複数個体の末梢血単核球における
T
リンパ球への反応性の違いから、抗原提示を担う免疫分子の多型性が示唆された。 E-4
老齢脳におけるタウ蛋白質の発現分子種およびリン酸化に関する比較病理学的研究 高齢のニホンザル6頭(34 歳、20 歳以上、15 歳、15 歳、11
歳、9 歳)の脳におけるβアミロイド(Aβ)の沈着およびリン酸化タウの沈着について病理組織学的に解析し、さらに本動物種の脳におけるタウアイソフォームの発現について検討した。34
歳および 20 歳以上の 2 個体の大脳に Aβ沈着が観察され、34
歳の個体で重度であった。Aβの沈着は、前頭葉では実質に、後頭葉では髄膜の血管壁に沈着する傾向が認められた。沈着する
Aβは、AβC40、AβC42、AβC43、AβN1、AβpN3
抗体を用いた免疫染色で陽性であった。また、アミノ酸配列の
22-23 番目でターン構造を有する毒性 Aβオリゴマー(11A1)にも陽性であった。次に、タウ蛋白質の異なるリン酸化部位を認識する
2 つの抗体、AT8 および AT100
を用いて染色したところ、いずれの個体においても高リン酸化タウの沈着は認められなかった。タウ蛋白質には、exon10
を含む 4 リピートタウと exon10 を含まない 3 リピートタウの
2
種類のアイソフォームがあり、成人の脳では両方のアイソフォームを発現している。ニホンザルの脳を
RD3(抗 3 リピートタウ抗体)および RD4(抗 4 リピートタウ抗体)を用いて染色したところ、大脳皮質、神経核と海馬の神経網および神経細胞体において
3 リピートタウが発現していた。4
リピートタウは大脳のいずれの部位でも発現が認められなかった。RD4
はニホンザルの 4
リピートタウに対して交差性を示さないか、ニホンザルの脳では
4 リピートタウを発現しないことが考えられた。 E-5 サルの表情伝染に関する研究 他者がある表情をしたときに、それを観察しているヒトはつい同じような表情をすること(表情伝染)が知られている。このような表情伝染は、視覚的にはっきりと観察できるばあいもあるが、ヒトでは筋電を測定して、顕在化しない表情パターンとして示されることが多い。
チンパンジーの「あくび」が伝染するとの報告があるが、サルでの表情伝染の報告はまだない。ヒトと同じよう
に、行動として観察されなくても筋電のレベルで表情が伝染している可能性がある。そのことを検討するために、サルをモンキーチェアに固定し、表情伝染が生じるかを検討した。
H23
年度は予備的な研究と位置づけ、モデルとなるサルの表情の撮影と画像のトリミングなどを行った。H24
年度は、サルをモンキーチェアに座らせる訓練を行い。これに十分馴致した後に、筋電用電極への馴致を行った。具体的には、モンキーチェアに座った状態で、顔に皿電極サイズのシールを貼ることからはじめ、実際に皿電極をはりつけ、これを外そうとしないように馴致を行った。モンキーチェア内で回転する行為が見られたが、装置を改良し、回転しないようにしたところ皿電極を外そうとする行為は減少した。現在、電極を貼った状態で、動画(ナショナルジオグラフィックの動物の映像)を見る訓練を行っている。
H25
年度は、これらの刺激を用いて、モンキーチェアで安定してモニタを見られる個体から、他個体の表情観察時の筋電を測定する予定である。 E-6
ニシローランドゴリラにおけるメスとの共存にむけた社会的発達研究 多くの霊長類で遊び行動に性差が見られ、代表的な理由に
Social Skill Hypothesis と、Motor-training Hypothesis
があげられる。ゴリラでは子どもオスの遊び頻度の高さや、遊び相手にオスが好まれることから、後者の運動能力の発達的意義が強いと言われる。しかし、一夫多妻群を形成するゴリラの核オスには、繁殖メスを獲得し、メス同士の関係を調整する高い社会的スキルが必要となる。また、メスは曖昧なメス間の順位関係に対処する必要がある。ゴリラの社会的発達への遊び相手の影響を考察するために、英ハウレッツ・ポートリム野生動物公園のニシローランドゴリラ
2 群を対象に、2008 年から 2010 年までの約 5
ヶ月間、デジタルビデオを用いた行動観察を行い、解析した。オトナメスとの遊びに子どもの雌雄差はなく、オトナメスの年齢層が若い群れで高頻度でみられた。これは遊び相手になる子どもの頭数が少ないことも一因として考えられる。オトナメスと子どもの遊びは、子どもの身体発達に応じて種類が変わり、1
歳児では身体接触の多く、3
歳以上では身体接触の少ない追いかけあいが多かった。継続時間は子ども同士の遊びより短く、オトナメスによる遊びの終了が多いことから、オトナメスの主導に応じた遊びと考えられた。子ども同士の遊びでは平等な力の配慮を、オトナメスとの遊びでは不平等な力関係下の振る舞いを身につけることが、柔軟な社会的スキル獲得に結びつくと思われる。 E-7 野生チンパンジーのアルファ雄の肉分配に関する研究 マハレ山塊(タンザニア)のチンパンジーは狩猟に成功したあと、アルファ雄が肉をコントロール下に置き、非血縁者を含む他個体に肉分配(meat-sharing)をすることが多い。通常は、所有者がつかんでいる肉を他個体がかじったりちぎったりして肉片を食べるのを許容する消極分配の形で「所有者―ねだる個体」という相補的関係が成立する。Nishida
ほか(1992)は長くアルファの地位にあったントロギ 1
個体の肉分配資料を根拠に、アルファ雄が行う肉分配は同盟を維持するための政治戦術であるという仮説を提唱した。目下分析中の
1990
年代以降の肉分配資料によると、ントロギ以後、アルファ雄が交替するたびに同様の現象が繰り返されており、仮説に有利な証拠が蓄積されている。
また、他調査地のチンパンジーの肉食行動について報告された論文を調べるうち、狩猟や肉分配にも文化的多様性が見つかる可能性が出てきた。たとえば、ゴンベのチンパンジーは積極分配をマハレより頻繁に行っているかもしれない。さらに、アルファ雄の役割にも文化的多様性があり、マハレのアルファ雄は伝統的に肉分配を政治戦略に含めているという可能性も出てきた。今後の課題としていきたい。 E-8 The genetic basis of blue eyes in primates We have performed sequencing of the region homologous to the conserved region
of HERC2 containing the well-supported causal site for blue/brown polymorphism
in humans in the 20 macaques from the PRI. We have obtained sequence data for a
subset of the conserved region of HERC2 in the nine macaques from the Choshikei
Monkey Park for which we obtained DNA. We have summarized quantitative variation
in iris color from photographs of the sequenced individuals using the CIE L*a*b*
color system. In particular, we calculated the median of a*, which represents
the relative amount of magenta compared to green, and b*, which represents the
relative amount of yellow compared to blue, for all 61 photographed individuals
(42 from the PRI and 19 from Choshikei Monkey Park). We find no single
nucleotide polymorphism (SNP) or combination of SNPs within the sequenced region
that associates with these quantitative measures of iris color. We do find that
wild macaques have more green irises (i.e., lower CIE a*) than captive macaques,
and that age is positively correlated with the relative amount of blue compared
to yellow (i.e., with decreasing CIE b*) in all macaques, as has been found in
humans. We are currently attempting to identify the causal site for blue irises
in the blue-eyed black lemur (Eulemur flavifrons) using genome-wide sequencing
data. If we identify a candidate site or sites in this species, we plan to
sequence the homologous region in the Japanese macaque samples. E-9 類人猿の糞尿を用いた新たな生理指標の評価法の開発 霊長類を含む様々な動物を対象として、糞尿を用いた内分泌動態モニタリングがおこなわれているが、これらの殆どはヒト用の抗体やキットを用いているのが現状である。しかし、近年、近縁種間においても,生殖関連ホルモンの代謝機構に違いが認められることが明らかになり、ヒトの系を類人猿やマカクザルに適用した場合、必ずしも正確に生理動態を反映しているとは言えないことが分かってきた。これらのことから、私たちは類人猿、とくにチンパンジーおよびボノボにおいて、繁殖状態の推定および性成熟度や妊娠の有無、老化の程度の推定をおこなうため、性腺および副腎皮質由来のステロイドホルモンについて、二抗体酵素免疫測定法による測定系の確立を目的として実験を行った。また、今回は、対応者がアフリカで採取した野生チンパンジーの糞および尿を使用し、現地における糞尿サンプルの至適保存条件や抽出条件を検討した。
本年度の研究で、新たにアンドロステンジオンとデヒドロエピアンドロステンジオン濃度測定系を作成することが出来た。これらに加え、これまでに開発したプロジェスチン、エストロジェン代謝産物の測定をおこなうことにより、性周期の確認、排卵の有無、早期妊娠診断、妊娠動態モニター、分娩予知や、加齢等の情報を糞尿から得ることが出来た。
また、測定値に変化を及ぼさない材料の保存、輸送法の開発に努めた。これまでに冷蔵、冷凍が不要な保存輸送方法を考案したが、さらに精度を上げるために試験を繰り返している。 E-10
霊長類の大脳皮質拡大と認知機能進化の分子機構を探る研究 これまでに我々は、マーモセットとマカクザル間での遺伝子発現比較から、マーモセットでは発現が見られないが、マカクザルでは大脳皮質
III
層を中心に発現が見られる細胞外マトリックス分子を同定している。この遺伝子は、道具使用訓練を施したマカクザルでは、対照個体に比べ脳内での発現レベルが上昇することから、霊長類脳での神経可塑性の増大に関わる可能性も考えられた。今回、この遺伝子発現が旧世界ザルだけでなく、類人猿の大脳皮質でも見られ、霊長類内での大脳皮質可塑性の進化と関連があるのかどうかを明らかにする目的で、死後チンパンジー脳を用いた定量的
RT-PCR 法と、in situ
ハイブリダイゼーション法を用いた組織学的解析を試みた。定量的
RT-PCR
法を用いた解析では、我々の予想と同じく、マーモセットでは極めて低いレベルの発現しか確認されない一方で、マカクザル同様、チンパンジーの大脳皮質由来の脳組織でも目的遺伝子の発現が確認された。一方、in
situ
ハイブリダイゼーションによる発現解析は、マカクザルと同じ条件での染色を試みたものの、実験系自体がうまく動かなかった。現在、引き続き実験条件の検討を続けている。 E-11
コモンマーモセットを用いた加齢黄斑変性症に伴う網膜血管新生の発症機序の解明 我が国において、加齢黄斑変性症は中途失明原因の第 4
位を占める疾患であり、近年の急激な高齢者人口の増加や食生活の欧米化に伴い、増加の一途をたどっている。しかしながら、現在臨床応用されている抗体医薬品は硝子体内投与で行われており身体的負担が大きい。そのため新規医薬品開発が望まれているが、よりヒトに近いモデルでの検討が必要である。そこで、我々は加齢黄斑変性症に伴う網膜血管新生の発生機序の解明を目的として、コモンマーモセットを用いてレーザー誘発脈絡膜血管新生モデルの作製を試みた。
マーモセットは開瞼幅に限界があり、眼底カメラ(MicronⅢ)を用いた眼底観察が困難であったが、開瞼器を用いることで眼底観察に十分な視野を確保することができた。フルオレサイトR注射液
1 号 0.5 mL/㎏尾静脈内投与による造影後の蛍光眼底観察においては、網膜中における動脈および静脈の鮮明な画像の撮影に成功し、レーザー照射部位である黄斑部も確認できた。さらに不安定な動物支持と眼内への光量不足という問題があったが、MicronⅢに取り付けが可能なレーザー照射装置の導入によりレーザー照射に成功した。
次年度において、レーザー照射部位における血管新生を組織学的に確認し、さらにレーザー照射条件について検討を行う予定である。 E-12 遺伝子ノックダウンマーモセットの行動解析 私たちは、霊長類における遺伝子ノックダウン実験系の確立を目指している。この研究提案では、霊長類モデルとして新世界ザルであるコモンマーモセットを用い、ウイルスベクターによる遺伝子発現抑制によって、コモンマーモセットの認知行動がどのような影響を受けるかを解析した。ウイルスベクターとしては、高度な精製が可能で毒性の低いアデノ随伴ウイルスベクター(AAV)を用いた。遺伝子の発現抑制は、培養細胞において発現抑制効果を持つことが確認された
shRNA (short hairpin RNA)を、AAV
に搭載することで可能にした。コモンマーモセットの AAV
注入は、理化学研究所 CMIS(現 CLST)で行い、PET
撮像によって目的遺伝子の発現抑制を確認した。理化学研究所における
AAV
注入の前後に、霊長類研究所において認知実験を行い、遺伝子ノックダウンが認知行動に及ぼす影響を同一個体で比較した。認知実験には、中村教授の開発したタッチパネル方式の行動実験装置を用いた図形弁別課題及び、逆転学習課題を中心に行った。2012
年度の本研究課題において、計 8頭の PET
データと7頭の行動実験データを得ることができた。 E-13 霊長類における旨味受容体 T1R1/T1R3
のアミノ酸応答性の評価 旨味受容体 T1R1/T1R3
は多種類のアミノ酸に対し応答することが知られているが、ヒトとマウスでは応答するアミノ酸の種類が異なる。本研究では、味覚受容体発現細胞を用いた味の評価技術を利用し、様々な動物種の旨味受容体のアミノ酸応答性を調査し、旨味受容体のアミノ酸配列の違いとアミノ酸への応答性の違いを比較検討することを目的としている。
まず、リスザル、マントヒヒの肝臓サンプルからゲノム DNA
を抽出した。得られたゲノム DNA
を鋳型として、旨味受容体遺伝子 TAS1R1
のコード領域をゲノム PCR
法により取得した。配列確認を行ったところ、ヒト T1R1との相同性は、アミノ酸配列でリスザル
T1R1 が 88%、マントヒヒ T1R1 が 93%であった。リスザル、マントヒヒともに、T1R1
のリガンド選択性に関与する残基として推定している残基に、ヒトとは異なるアミノ酸残基を保有していたため、ヒト
T1R1
とは異なるアミノ酸応答性を示すことが期待された。続いて、機能解析を行うために、オーバーラッピング
PCR 法を用いて TAS1R1 の 6 個のエキソン領域を連結させ、T1R1
コード領域全長を哺乳類細胞発現用ベクター(pEAK10)に挿入した。今後、得られた発現プラスミドを用いて培養細胞系により、これら非ヒト霊長類
T1R1 のアミノ酸応答性を評価する予定である。 E-14 クロリン e6
の逆行性輸送と光反応による投射選択的神経破壊法の開発 運動情報処理のメカニズムを深く理解するためには、脳の運動関連領野を繋ぐ各経路がどのような運動情報の出力を担っているのか詳細を明らかにすることが必要である。そのためには、特定の投射経路を選択的に破壊できれば、その経路の機能を行動レベルで明らかにできるはずである。そこで本研究では、逆行性神経トレーサーと光増感物質クロリン
e6
と近赤外光レーザー照射を利用した経路選択的破壊技術の確立を目指す。クロリン
e6 は、近赤外光照射
により活性酸素を発生し、神経細胞を破壊することが知られている。この物質を効果的に神経終末から取り込ませ、逆行性軸索輸送させる
ことができれば、きわめて簡便に投射選択的な神経破壊が実現できるはずである。そこで高効率の逆行性輸送物質であるデキストランを利用し、このデキストランとクロリン
e6
を化学的に結合したものをサルの一次運動野に注入した。その結果、運動前野へのデキストラン-クロリンの逆行性輸送が組織学的に観察され、より効率的にサルの中枢神経系でクロリン
e6
が逆行性輸送されることが確認できた。以上の結果から、デキストラン-クロリンを用いることでサルでの選択的神経破壊が可能になると考えられる。 E-15 ニホンザルを対象とした高解像度 CNV
スクリーニング解析 自閉症スペクトラム障害、統合失調症の発症に強い影響を及ぼす稀なゲノムコピー数変異(copynumber
variant;CNV)が近年多数同定された。本研究では、精神疾患の妥当性の高いモデル動物を同定することを企図して、ニホンザルを対象とした
CNV 解析を実施した。 ニホンザル 198
頭の末梢血から抽出されたゲノムを用い、array
CGH(comparativegenomichybridization)で高解像度の CNV
解析を行った。本研究では特に表現型への強い影響が期待される頻度の低い稀な
CNV に焦点を当てた。 その結果、数 10kbp 程度の小規模 CNV
から数 Mb 程度の大規模 CNV
までが同定された。その中には神経発達に関連する遺伝子に機能的な影響を与えるもの(特に遺伝子のコーディング領域と重なる部分の欠失)が含まれていた。さらに精神疾患の発症脆弱性への関与が報告された遺伝子に機能的な影響を与えうる
CNV も見出した。 これら CNV
を有する個体は精神疾患の霊長類モデルとなる可能性があり、表現型を含めた詳細な検討が必要である。 E-16 チンパンジーiPS 細胞の樹立と薬物動態研究への応用 【目的】本研究は、チンパンジーiPS
細胞由来肝細胞を用いて薬物動態試験等に利用可能なモデル系の構築並びにサルやヒトとの種差の原因を進化の過程から解明することを最終目標とする。本年度は、iPS
細胞樹立及び分化の技術習得のため、チンパンジーの iPS
細胞樹立研修、ヒト及びマーモセットの iPS 細胞樹立及び
iPS 細胞の肝細胞への分化と薬物動態試験を目的とした。
【材料】マーモセット線維芽細胞は、鹿児島大学の宮田教授より、ヒト
iPS
細胞は国立成育医療研究センターの梅澤博士よりご供与頂いた。ヒト
iPS
細胞の樹立は、生体肝移植患者より提供頂いた体細胞を用い、倫理委員会の承認内容を遵守して行った。
【結果】チンパンジー線維芽細胞から iPS
細胞樹立研修は、慶応義塾大学医学部生理学教室にて行った。また、ヒト
iPS
細胞は、皮膚及び肝非実質細胞より山中因子を導入することにより樹立し、多能性、未分化マーカー高発現、アルカリホスファターゼ発現を確認した。ヒト
iPS
細胞に関しては、低分子化合物を用いることにより効率よく分
化誘導する方法を確立し、薬物代謝活性等肝機能を有することを明らかにした。
【謝辞】チンパンジー線維芽細胞から iPS
細胞樹立の研修は、慶応義塾大学岡野栄之教授のご厚意により、今村公紀先生にご指導賜りました。謹んで御礼申し上げます。 E-17 腸内細菌叢について霊長類の種間・群間比較 小型霊長類であるコモンマーモセットでは、発熱量に対して放熱量の割合が高く、下痢が続き脱水・貧栄養が進むと体温低下など深刻な状態を招きやすいため、適正な腸内環境を維持することが望ましい。そこで、腸内環境をモニタする方法を確立するために良性腸内細菌である乳酸菌群の糞便中の分布を調べることを試みた。まず、乳酸菌群である、Lactobacillus
属、Bifidobacterium 属、Enterococcus 属の 16S リボソーム RNA
の種間で差の多い領域に対して特異的なPCRプライマーが作成できるか検討を行った結果、Bifidobacterium
属に対して特異的なプライマーを得ることができた。次にこのプライマーを用いて、基礎生物学研究所の飼養保管施設における糞便についてPCRを行ったところ、10
種類の配列が得られた。もっとも頻度が高かったのは B.
reuteri に相当する配列で、7 ケージ中 5
ケージで観察された。次いで B. saeculare、B. scardovii
に相当する配列が 4
ケージで観察された。また、霊長類研究所の飼養保管施設から得られた糞便からは、上記の高頻出の菌種のうちB.
saeculare
は観察されなかった。施設間の飼育環境の違いや系統の違いを反映した菌種である可能性が考えられるが、更に例数を増やし、配列特定を確実なものにする必要がある。 E-18 霊長類のみに存在する新規遺伝子 PIPSL
の進化や機能の解明 PIPSL は、RNA
を介してエキソンが混成し、それに遺伝子重複が連動するという、極めて新奇なメカニズムで誕生した霊長類特異的な遺伝子である。チンパンジーの精巣では、PIPSL
の RNA
からタンパク質への翻訳が抑制されている。新たに誕生した遺伝子が、どのように発現調節機構を獲得、あるいは変化させたのか探るため、PIPSL周辺のゲノム配列の比較解析を行った。PIPSL
の 5’上流域には、霊長類間で高度に保存された Primate
Conserved Element が存在している。さらにこの配列が ENCODE
プロジェクトの機能注釈と重なるため、この領域が PIPSLの転写制御に関わる可能性が強く示唆された。そこで、PIPSL
の転写開始点から約 1.5kb
上流のこの領域や転写開始点直近の配列を用いたレポーターアッセイを行った。転写開始点直近の配列を用いた場合、転写量が有意に増加した。しかし
Primate Conserved Element
を含む配列では有意な変化は見られなかった。今後は PIPSL
の組織特異的な発現との関連を調べるため、発現組織により近い性質の細胞株を用いる。 E-19 生活習慣と AMY1遺伝子多型との関連 近年、朝食欠食率の増加が問題視されているが、低年齢の児童では、朝から無理なく朝食を摂取する児童もいるが、時間をかけても、なかなか摂取してくれない児童もいる。ところで唾液アミラーゼにはコピー数多型がある。そこで、AMY1
多型が、この個人差の原因となっている可能性を検討している。
2012 年 12 月までに、予備検討として 74 名の大学生より、DNA
と唾液を採取し、アミラーゼ活性と AMY1
コピー数との関連を検討した。その結果、大学生ではコピー数と
AMY1
多型との間に明確な相関は認められなかった。成長期に食事に適応することにより、大学生では
AMY1 コピー数と活性の相関が消失した可能性がある。
成長期に適応が起こっているのか、もしそうであればそれは何歳ごろか、またどのような食習慣が適応を促すのかを明らかにするため、長野県・長野市内在住の、4歳児から中学3年生までの
12 年代の児童(各 100 名)を対象に調査を行うこととし、2012
年 11~12 月に長野市内の保育園(4 か所)の園児(4~6 歳児:290
名)を対象に、質問紙調査を行い、2013 年 1~2 月に唾液・DNA
の採取を行った。
今後、保育園児の検体の解析を進めると共に、小中学生にも対象を拡大してゆく予定である。 E-20 霊長類皮膚発現遺伝子の進化遺伝学的解析 ヒトと霊長類の形態的な違いの一つとして、皮膚の構造がある。体毛の有無を含めて、汗腺や、皮下脂肪の量、温度感覚受容体、免疫系、水分調節など、さまざまな形質に関わる分子の分布がヒトと他の霊長類の間では異なることが予想される。そこで、本研究では、皮膚での遺伝子の発現量をヒトと霊長類で比較し、ヒトの形態・生理学的な特性の獲得に関連する遺伝的基盤を明らかにすることを目的としている。
平成 24
年度には、チンパンジー、オラウータン、ゴリラそれぞれ、4
個体、2 個体、2 個体の皮膚サンプル 500㎎を分与いただいた。現在は、それぞれの組織から
RNA の単離をこころみている。今後は、これらの RNA
のマイクロアレイ解析を行い、定性的に種間で発現量の異なる遺伝子を同定していく。また、発現量の違っている傾向にある遺伝子については、Real-Time
PCR
を用いて遺伝子の発現量が違うかどうか明らかにしていく。 E-21 霊長類脳神経系のエピゲノム進化に関する研究 脳神経系におけるエピジェネティックな修飾は、神経細胞の高次機能制御に関わるだけでなく、個体内外の環境要因の影響を記憶する機構としても注目を集めている。また、エピゲノム修飾の異常と統合失調症などの精神疾患における病態には深い関係があるとされている。本研究計画では、神経細胞におけるエピゲノム状態をヒトとチンパンジーなどの霊長類試料との比較解析を行うことにより、進化的に確立されてきたエピゲノムパターンを明らかにすると共に、神経細胞における性質変化の分子機構を明らかにすることを目的としている。
本年度は、郷先生のご協力を頂き、霊長類研究所で保管されている凍結脳試料(RNA
later 液で処理後凍結保存)について、我々がヒト死後脳解析時に標準的に用いているセルソーターによる神経細胞核単離法が適用可能かどうかの検討を行った。神経細胞核マーカー染色後によるセルソーター解析では、通常条件の検体(RNA
later 液未処理で凍結保存)処理時とはやや異なったプロファイルが得られた。しかし、充分数の神経細胞核の取得ができており、今後はセルソーティング前の試料調整法に検討を加えることにより、高精度の
DNA メチル化解析を行うことが可能であると考えられた。 E-22 霊長類の前肢帯骨格の運動解析 ヒトや類人猿は前肢の三次元的な運動域の広さが特徴である。その基盤は、肩甲上腕関節(以下、肩関節)が外側を向き、肩甲骨が胸郭上を動くため、肩関節の位置と方向の自由度が高いことである。しかし、ヒト以外の霊長類では、胸郭に対する前肢帯骨格の三次元的な位置関係や、運動に伴う位置変化についてほとんど知られていない。このため、マカクザルを対象に、筋弛緩状態における前肢帯骨格の可動域の計測手法を確立することをめざした。京都大学霊長類研究所のアカゲザルとニホンザルの成体個体を麻酔し、寝台に側臥させ、前肢を補助者が最大屈曲位や最大外転位などの任意の位置で固定した。三次元デジタイザにより、肩甲骨の内側縁や肩甲棘、鎖骨、胸骨、上腕骨の内側上顆や外側上顆、脊柱、頭部輪郭などの三次元座標を体表から取得した。前肢の自然位では、肩甲骨骨体は正中矢状面に対し
30-60 度の角度であったが、屈曲位では 55-95 度、外転位では
75-105
度と、肩甲骨が胸郭の背側に偏位した。肩甲骨の背方移動に伴い、肩関節は外側でなく頭内側に移動した。これは、鎖骨が相対的に短いことと、内外側に狭く、上すぼまりとなっている胸郭上を肩甲骨が滑動することに関係するとみられる。 E-23 霊長類における緑内障発症メカニズムの解明 臨床で緑内障と判定される視神経萎縮性変化は、眼圧に起因するとされてきた。既報において霊長類に発見された自然発症緑内障(BJO
2012;96)から、ヒトにおける緑内障病因解明に霊長類が極めて有効な研究対象であることが判明した。そこで本研究所の霊長類眼球標本について、房水の産生・排出機構の分析を行い、定説の信憑性について検討した。
その結果、『房水産生が毛様体無色素上皮で産生される』とする定説に合致しない知見がえられた。さらに排出経路が『シュレム管から房水静脈を経由する』とする定説に対しても、異なる経路が発見された。これらは緑内障の病因を考えるうえで、有効な新知見であると考えられる。
すなわち、眼圧に起因する機械的な圧迫は“視神経萎縮”をもたらす一因ではあるが、多くの症例では眼圧と関係しない。または、正常眼圧であるにもかかわらず萎縮が進行する。この病因を解明することは、房水循環機構の形態学分析の研究が出発点となる。霊長類におけるその研究は、人類にただいな貢献である。 E-24 ニホンザルにおける歯の組織構造と成長 本研究は 2010 年度随時募集による共同研究(2010-C-26)から引き続き行われているものである。本研究の目的は、他のマカク種との比較を通じて、若年のニホンザルの歯の成長について考察することである。本年度の共同利用では試料数を追加し、上顎骨および下顎骨の
X 線 CT
撮影を行い、大臼歯歯冠エナメル質の厚みについて調査をおこなった。その結果、平均的エナメル質(歯の大きさによる補正なし)と相対的エナメル質(歯の大きさによる補正あり)ともに、ニホンザルのものは他のマカク種(アカゲザル、カニクイザル、ベニガオザル)と比較して有意に大きいことが示唆された(第
66 回日本人類学会、第 82 回アメリカ自然人類学会にて発表)。これらの結果について、現在、論文を作成中である。
また、同じく X 線 CT
画像を用いて、顎骨内に存在する形成途中の永久歯歯冠および歯根の発育段階を調査し、ニホンザルおよびその他のマカク種における歯の発育速度にどのような相違があるのかを調査している。さらに、これら試料の歯冠エナメル質(あるいは成長途中の歯根象牙質)に刻み込まれている成長線の解析を進めている。 E-25 手指の triple-ratio を用いた霊長類の把握機能の解析 本研究では、ぶら下がりや精密把握と手指の骨格構造との関連を検討するため、霊長類の手指骨格および
MP・PIP・DIP
関節の屈曲筋の構造解析を行っている。我々はメビウス変換に関連した
cross-ratio を拡張し、連続した 4つの長さを扱える triple-ratio
を用いたところ、中手骨および指節骨長から求められた
triple-ratio
により霊長類が樹上性、半樹上性および地上性に分類できることを示してきた。そこで、triple-ratio
が把握機能を表す指標となり得ると考え、今年度はぶら下がりの機能に有利な手指骨格構造との関連を解析するため、樹上性霊長類のテナガザルとクモザルの前肢の解剖および
MR 撮影を行った。撮影には 7T の MRI
装置と自作コイルを用いた。MP,PIP,DIP関節の屈筋腱の描出を目的として、現在コイルや撮影条件の調整を行っており、浅・深指屈筋腱、背側骨間筋腱が描出可能となっている。引き続き、各関節角度における屈筋腱などの立体的位置関係を描出し、指骨の関節中心間距離および屈筋腱のモーメントアーム長を求めて力学計算を行うことによって、ぶら下がり把握に適した手指のtriple-ratio
と把握機能との力学的な関連を解析する予定である。 E-26 HIV-1 適応進化過程の解明 エイズの原因ウイルスである HIV-1
の起源ウイルスは、チンパンジーのウイルス SIVcpz
である。一方、宿主個体にはウイルスの複製を抑制する制御蛋白質が備わっているが、これらの蛋白質は動物種毎にアミノ酸配列がわずかに異なる。すなわち、SIVcpz
のヒト種への適応進化により HIV-1
が生まれたことは間違いないが、この過程において宿主個体の制御蛋白質がウイルスの適応進化に影響を与えたことが予想される。このウイルスと宿主制御蛋白質の進化過程を明らかにすべく、解析をおこなっている。H24
年度は、ウイルスの細胞外へ放出を抑制する宿主膜蛋白質であるテザリンについて解析をおこなった。その結果、ヒト種のテザリンには、チンパンジー種のそれに比べ、細胞質領域に
5 アミノ酸の欠損があること、その 5
アミノ酸欠損があるヒトテザリンに HIV-1 の場合、Vpuというウイルス蛋白質が膜貫通部において相互作用して、その分子を細胞表面からダウンレギュレーションさせ、細胞内で破壊することがわかった。このようにウイルスと動物の共進化過程を明らかにしている。 E-28
網膜神経細胞のサブタイプ形成を担う分子群の霊長類における発現パターンの解析 ヒトを含む多くの霊長類の多くは赤・緑・青色感受性の錐体視細胞に起因する
3
色性色覚を持つが、これら錐体視細胞のサブタイプを決定するための分子機構は不明な点が多い。これまでにマウス網膜を用いた機能ゲノム学的解析により、転写制御因子
Pias3
が青・緑錐体視細胞のサブタイプ決定に重要な役割を担う事を報告した。そこで、霊長類網膜において
PIAS3
と関連遺伝子についての発現パターンを免疫組織化学的手法により解析した。
試料には成体マーモセットの眼球を用い、マウス網膜で抗原特異性を確認した抗体で蛍光組織染色を行った。この結果、幾つかの抗体が赤緑錐体視細胞の集中する中心窩領域で高い局在を示した。今後、in
situ
ハイブリダイゼーションにより発現細胞の特定を進めていく。 このページの問い合わせ先:京都大学霊長類研究所 自己点検評価委員会
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