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京都大学霊長類研究所 年報
Vol.43 2012年度の活動
Ⅶ. 共同利用研究
2. 研究成果
(1) 計画研究
A-1
霊長類脳内遺伝子導入に有益な新規ウイルスベクターの開発
小林和人, 小林憲太, 加藤成樹(福島医大・医)
所内対応者:高田昌彦
我々は、これまでに、高田昌彦教授との共同研究により、狂犬病ウイルス糖タンパク質(RV-G)の細胞外・膜貫通ドメインと水泡性口内炎ウイルス(VSV-G)の細胞内ドメインから構成される融合糖タンパク質
B 型(FuG-B)を開発し、逆行性遺伝子導入の効率を向上させることに成功した。また、RV-G
細胞外ドメインN末端領域と VSV-G
細胞外ドメインC末端領域を含み、VSV-G
膜貫通・細胞内ドメインに連結した融合糖タンパク質C型(FuG-C)を作製し、本ベクターは高い頻度の逆行性遺伝子導入を可能にしたばかりでなく、FuG-B
を用いたベクターに認められた注入部位でのグリア細胞への導入がほとんど認められず、神経細胞に特異的な遺伝子導入が可能なことを示した。この性質は、ベクター注入による組織損傷を防止するために有益であると考えられる。本研究では、FuG-C
をさらに改善することにより、逆行性遺伝子導入の効率をより向上させる糖タンパク質の開発を試みた。FuG-C
における RV-Gと VSV-G
の融合ジャンクションを至適化するため、ジャンクションを前後に移動させた融合糖タンパク質を作製し、ウイルスベクターの逆行性遺伝子導入効率を解析した。これまでに、VSV-G
の C 末端領域が 14 アミノ酸から18
アミノ酸の範囲で、高い導入効率を示すことが判明した。今後、この範囲の中で、ジャンクションがどの位置になる時に最も導入効率が高くなるかを検討する予定である。本ベクターの開発は、経路選択的に細胞あるいは遺伝子機能を操作し、行動特性を制御する遺伝子機能や高次脳機能を解析するための霊長類モデル開発に有益な技術を提供する。
A-2 ゲノムによる霊長類における脳機能の多様性の解明
橋本亮太(大阪大・院・連合小児発達学研究科), 安田由華,
山森英長(大阪大・院・医学研究) 所内対応者:今井啓雄
統合失調症、双極性障害、うつ病などの精神疾患に関連することがすでに知られているリスク遺伝子であるCOMT、BDNF、DISC1
についての検討を行った。COMT(catechol-o-methyltransferase gene)は,ドーパミンの代謝酵素であり,COMT
には機能的遺伝子多型(Val158Met)があることが知られている。Val
多型は Met
多型と比較してドーパミンを代謝する酵素活性が高いことから,ヒトの前頭葉において
Val 多型では Met
多型よりドーパミンが多く代謝され,ドーパミン量が低下することが想定される。そこで,統合失調症において障害されていることが知られている前頭葉課題である
WCST を行い,Val 多型を持つと Met 多型を持つものより WCST
の成績が低いことを見出した。さらに,前頭葉機能効率を
fMRI にて測定し,Val
多型を持つものではその効率が悪いことを示した。最後に,遺伝子関連解析により,Val
遺伝子多型は統合失調症のリスクとなることを報告している。すなわち
COMT遺伝子の Val 多型は Met 多型と比較して COMT
酵素活性が高く,その結果,前頭葉のドーパミン量が低下し,前頭葉機能効率が悪くなり,統合失調症のリスクとなるということである。
マカク類において、エクソンシークエンスを行い、COMT
のミスセンス変異を発見した。次に、大規模にこのミスセンス変異をタイピングする必要があるため、タックマン法を用いて、大量タイピング法を確立した。現在は、霊長研における多種・多数のサルゲノムサンプルの調整中であり、大規模なスクリーニングを行う予定である。
ヒトにおいても、脳表現型を測定し、ゲノム多型との関連の検討を行い、有望な遺伝子については、霊長類における検討を進めたいと考えている。
A-3
行動特性を支配するゲノム基盤と脳機能の解明に向けた神経解剖学的検索
南部篤, 畑中伸彦, 知見聡美, 纐纈大輔(生理研・生体システム)
所内対応者:高田昌彦
逆行性のレンチウイルスベクターとイムノトキシンを用いることにより、特定の神経経路のみを選択的に除去する方法を開発し、サルの大脳基底核に応用することにより、ハイパー直接路(大脳皮質?視床下核路)のみを除去することに成功した。具体的には、ヒトインターロイキン
2
受容体と狂犬病糖タンパク質を発現するレンチウイルスベクター(NeuRet-IL-2Rα-GFP
ウイルスベクター)を開発し、ニホンザルの視床下核に注入した。狂犬病糖タンパク質の働きによって、逆行性に大脳皮質?視床下核投射ニューロンの細胞体に、ヒトインターロイキン
2
受容体が発現されると考えられる。発現を待って、大脳皮質のうち、補足運動野にイムノトキシンを注入した。
大脳皮質運動野を電気刺激して、大脳基底核の出力部である淡蒼球内節で神経活動を記録すると、早い興奮・抑制・遅い興奮の
3
相性の神経活動が記録できる。実際、イムノトキシン注入前は、補足運動野を刺激すると同様な3
相性の活動が記録できた。しかし、イムノトキシン注入後は、多くの淡蒼球内節ニューロンにおいて、早い抑制は観察されず、抑制と遅い興奮の
2
相性の反応のみが観察された。これまでの研究によれば、早い興奮はハイパー直接路(大脳皮質?視床下核?淡蒼球内節路)、抑制は直接路(大脳皮質?線条体?淡蒼球内節路)、遅い興奮は間接路(大脳皮質?線条体?淡蒼球外節?視床下核?淡蒼球内節路)を介していることが明らかになっているので、本実験結果は、直接路・間接路に影響を与えることなくハイパー直接路のみが選択的に除去されたことを示すと同時に、早い興奮がハイパー直接路を介していることも示している。また、組織学的な検索により、補足運動野から視床下核に投射
するニューロンのみが脱落していることも確認された。
A-4
行動特性を支配する脳機能の解明に向けた神経ネットワークの解析
星英司, 橋本雅史(東京都医学総合研究所・前頭葉機能プロジェクト)
所内対応者:高田昌彦
霊長類の高次運動野は補足運動野、運動前野背側部、運動前野腹側部の複数の領野から構成されており、各々が動作の企画や実行の過程で特異的な役割を果たすと考えられる。本研究はその特異性を支える構造的基盤を明らかにすることを目指して行われた。特に、運動前野腹側部が小脳と大脳基底核と形成する回路に注目した。この回路は視覚情報に基づいた動作において重要であると考えられているが、その構造的基盤は不明であった。小脳と大脳基底核は視床を介して大脳皮質に投射しているため、シナプスを越えて逆行性に伝播する性質がある狂犬病ウイルスをトレーサーとして用いた。運動前野腹側部にウイルスを注入後の生存期間を調節することによって、淡蒼球内節と小脳核における投射起源、ならびに、線条体と小脳皮質における投射起源を同定した。その結果、いずれの部位においても「運動領域」(一次運動野へ投射する領域)に運動前野腹側部へ越シナプス性に投射する細胞が集中していた。この結果は、運動前野腹側部は運動遂行に関する情報を大脳基底核と小脳から受け取っていることを示唆した。
A-5 霊長類における概日時計と脳高次機能との連関
清水貴美子, 深田吉孝(東大・院・理) 所内対応者:今井啓雄
我々はこれまで、齧歯類を用いて海馬依存性の長期記憶形成効率の概日変動を見出し、SCOP/PHLPP
という分子が概日時計と記憶を結びつける鍵因子である可能性を示す結果を得てきた。本研究では、ヒトにより近い脳構造・回路を持つサルを用いて、SCOP
を中心に概日時計と記憶との関係を明らかにする。
アカゲザル 3 頭、ニホンザル 6
頭を用いて記憶測定法の検討を行った。苦い水が入ったボトルと普通の水が入ったボトルにそれぞれ異なる目印をつけ、水の味と目印との連合学習を行う。24
時間後のテストでは普通の水を入れた 2
つのボトルに学習時と同じ目印をつける。各ボトルからの飲水量と初めに選ぶボトルから、記憶の判断をした。また、記憶テストの前段階として、水の味と目印が連合する事をサルに覚えてもらうため、3
日間もしくは 3日間 x 2 回の training(学習/テストに用いるものとは別の目印)を行った。これらの検討の結果、3
日間の training 後に学習とテストを 24 時間間隔で行い、計 5
日で記憶の測定が可能であると考えられた。また、海馬特異的な
SCOPの発現抑制のため、SCOPshRNA
発現レンチウイルスの作成を行った。作成したレンチウイルスをミドリザル由来の培養細胞
COS7 に感染させ、内在性 SCOP
の発現抑制効果を検討した結果、SCOP の発現が 50%
以下に減少することを確認した。25
年度は、確立した記憶測定方法を用いて記憶学習の時刻依存性の有無を確認し、SCOPshRNA発現レンチウイルスの海馬投与により、記憶の時刻依存性に対する
SCOP の影響を検討する。
A-6
チンパンジーの視覚・注意の発達変化に関する比較認知研究
牛谷智一(千葉大・文), 後藤和宏(相模女子大・人間社会)
所内対応者:友永雅己
本研究では、視覚認知機能の進化的要因の解明を目的とし、チンパンジーの視覚処理・注意処理とヒトのそれらを比較し、両者の共通点と相違点の検討をおこなってきた。これまでの実験により、画面上の物体といった「まとまり」を単位に賦活するような視覚的注意過程(オブジェクトベースの注意)がチンパンジーにもあることが明らかになった。今年度は、物体の形状が注意の賦活にどう影響するかを検討した。実験条件では、複数のパーツが組み合わさったジグザグ形の図形を用意し、その内部の異なる場所に先行刺激(手がかり刺激)と標的刺激が出現した。統制条件では、長方形を用意し、先行刺激と標的刺激の出現位置は最短距離でつながっていた。先行刺激から標的刺激に注意を移動させるのに要する時間を測ったところ、同じ図形内部で注意を移動させる条件では異なる図形間で注意を移動させる条件よりも反応時間が短く、オブジェクトベースの注意が確認されたが、上記実験条件と統制条件との間に差はなかった。引き続き物体の形状を操作し,チンパンジーの視覚的注意の賦活様式がどのように変化するかを調べたうえで、今後はより複雑な日常の視覚風景上の刺激属性がどのようにチンパンジーの視覚的注意を捕捉するか解明していく予定である。
A-7
チンパンジーの口腔内状態の調査:う蝕・歯の摩耗・歯周炎・噛み合わせの評価を中心に
桃井保子, 花田信弘, 小川匠,野村義明, 今井奨, 岡本公彰,
井川知子, 齋藤渉, 宮之原真由, 阿保備子,
山口貴央,笠間慎太郎, 菅原豊太郎(鶴見大・歯)
所内対応者:友永雅己
チンパンジー11 個体 342
歯に対して歯科検診を実施した。その内う蝕歯は 16
歯、喪失歯は 3 歯であった。よって、う蝕経験歯を指す DMF
歯は 19 歯,DMF 指数は 1.45 であった。歯肉溝の深さは、342
歯中 317 歯が 4
㎜以下であった。歯周ポケット測定時に出血を認めなかったのは
6 個体、動揺歯を認めなかったのは 8
個体であった。著しいプラークの蓄積と歯石の沈着が 9
個体に認められた。また、年齢に応じて全顎的に顕著な咬耗を認めた。
う蝕歯はそのほぼ全てに破折を認めた。そのうち前歯は 11
歯であり、破折・う蝕歯は前歯部に集中している。よって、う蝕の原因は外傷に起因すると考えられる。歯肉溝の深さが
4 ㎜以下である歯は全体の 92.7%であり、そのほとんどが測定時の出血を認めなかった。深さ
4
㎜の歯肉溝は健康な歯肉であると推察する。現在までに検診した個体のう蝕と歯周疾患から見る口腔健康状態は、口腔衛生に関する介入は皆無であり、プラークと歯石の多量の沈着を散見するにもかかわらず極めて良好ということができる。この理由として、本研究所におけるチンパンジーが
100
品目を超える無加工のバランスの良い食餌を取っている事に着目している。
また、採取したプラークから分離された 6
菌株については生化学的性状、遺伝子塩基配列より、S.mutans
グループに属する新菌種であると考え、Streptococcus troglodytae
として命名提案した。さらに未知の細菌が存在する可能性があると考えている。
A-8
霊長類における時空間的な対象関係の理解に関する比較研究
村井千寿子(玉川大・脳研) 所内対応者:友永雅己
対象同士を関連付けるという行為において、人間に特徴的なものとして「対称性バイアス」がある。これは「A→B」の一方向だけを経験した後、直接の経験はないにも関わらず、「B→A」という対称的な関係を期待する傾向を指す。このような傾向が、例えば、言語学習や因果推論などの背景にある可能性が考えられている。ヒトでの強い傾向に反して、動物ではこれまで対称性バイアスの報告は限られている。本研究では、先行研究で一般的に用いられている見本合わせ課題での正答誤答訓練の必要性がむしろこのバイアスの出現を難しくしている可能性を考え、訓練によらない自発的な注視を利用した課題を用いてチンパンジーの対称性バイアスについて調べた。また、チンパンジーと前言語のヒト乳児とを同一課題で直接比較した。実験ではまず、被験体(児)が「A→B」という一方向の関係を強化なしで学習できるかどうかを確認した。その結果、チンパンジー、ヒト乳児ともにこの学習が可能であった。続いて「A→B」の一方向学習の後に、被験体(児)が「A→B」の提示だけで「B→A」の逆方向の関係、つまり対称性を予測するかどうかを試した。その結果、ヒト乳児でのみ対称性の認識を示す結果が得られた。本結果から、ヒトにおいては対称性バイアスが発達初期から見られる可能性、また、自発的な反応を指標とした場合でもヒト以外の動物では対称性バイアスが見られない事が示唆された。
A-9
二卵性ふたごチンパンジーの行動発達に関する比較認知発達研究
安藤寿康(慶応義塾大・文), 岸本健(聖心女子大・文),
上野有理(滋賀大・人間文化学部), 川上文人(東大・院・教育学研究科),
絹田俊和, 福守朗(高知県立のいち動物公園)
所内対応者:友永雅己
高知県立のいち動物公園のチンパンジー・コミュニティでは、2009
年に 1
組の二卵性の双子が誕生し,母親による養育が現在まで継続している。このコミュニティでは、双子の母親以外のメンバーが,双子を背に乗せて長時間運搬するなど、双子を積極的に世話する様子が観察された。母親以外のメンバーが実子以外の子を世話する様子は、通常のチンパンジー・コミュニティではほとんど見られない。
のいち動物公園において母親以外のメンバーがなぜ双子を世話するのかを検討するために、チンパンジー・コミュニティに属する、双子とその母親、父親、非血縁者(すべて成体のメス)の
9 人をそれぞれ個体追跡法で観察した(総観察時間:34 時間)。分析の結果、母親以外のメンバーが双子のうちの一方を世話する割合と、その子が母親以外のメンバーと近づく頻度との間には高い正の相関関係があった。つまり、双子のうちの一方がよく近づくメンバーが、その子をよく世話していた。
通常のチンパンジー・コミュニティでは、母親以外のおとなに子の養育機会が巡ってこない。一方,のいち動物公園では、双子の方が積極的に母親以外のおとなに接近しており、それがそのおとなによる養育機会の増加をもたらしている可能性が示唆された。
なお、本研究は、京都大学霊長類研究所および財団法人のいち動物公園協会の共同研究に関する協定に基づき実施された。
A-10 足形態と成長パターンと位置的行動の関係:ヒトとチンパンジーの比較
権田絵里(名古屋石田学園専門学校・星城大学リハビリテーション学院)
所内対応者:濱田穣
本研究はヒトの直立二足歩行の進化過程を明らかにすることを目的としている。本研究では、日本人集団を対象に体格と足部形状の年齢変化を調査し、成長期におけるこれらの特徴の年齢変化パターンをヒト集団間で比較し、足形態の可塑性と二足歩行適応との関連性を考察するものである。
本年度の研究では、ヒトの足形態と体格の年齢変化パターンを集団間で比較するために、日本人を対象とした生体計測調査をおこなった。これにより、岐阜県および三重県、大阪府の満
11?15 歳の男子 48 名、女子 55 名、計103
名についての、身長、体重、果間幅(足首幅)、足囲、足長、足幅、足指長、内不踏長、踵幅の計
9
項目の計測値が得られた。今回の調査によって、これまでに計測したものと合わせて満
11?18 歳の男子 185 名、女子 55 名、計 294
名の日本人のデータが手元に集まった。 本研究から、10
代日本人は南太平洋のトンガ人より体格が小柄で足部計測値が小さく、東南アジアのジャワ人よりも大きいことがわかった。次段階の成長曲線分析による思春期成長速度ピーク年齢推定とその前後の体格および足形態の発達と加齢に伴う変化の集団間比較は分析の途中である。
A-11
霊長類野生集団における感覚関連遺伝子の塩基多型評価
松下裕香, 河村正二(東大・新領域・先端生命)
所内対応者:今井啓雄
霊長類野生集団における視覚と化学物質感覚の多様性を調べるため、本研究では新世界ザル野生群を対象に
L/Mオプシン遺伝子と苦味受容体遺伝子群(TAS2Rs)の塩基配列多型の探索を行った。新世界ザルにおいて唯一恒常的
3 色型色覚を有するとされるホエザル(コスタリカとニカラグアの
Alouatta palliata 及びベリーズの A. pigra)に L/M hybrid
オプシン遺伝子を発見し、それが集団中に高頻度で存在する可能性を示した。この成果については現在論文投稿中である。TAS2Rs
についてはコスタリカのノドジロオマキザル(Cebus capucinus)及びチュウベイクモザル(Ateles
geoffroyi)の野生集団を対象に 7
つの遺伝子の調査を行ってきた。このうち TAS2R1
において機能分化が期待される種間、種内多型を発見し、それぞれの発現コンストラクトを作製した。ヒトの
TAS2R1
のリガンドであるヨヒンビン、チアミン、ピクロトキシンを用いて、培養細胞に発現させたオマキザル、クモザルの
TAS2R1
との反応の有無をカルシウムイメージングによって確認した。
A-12
チンパンジーにおけるトラックボール式力触覚ディスプレイを用いた比較認知研究
酒井基行(名古屋工業大・院・機能工学), 田中由浩,
佐野明人(名古屋工業大・機能工学) 所内対応者:友永雅己
本研究は、既にチンパンジーで使用実績のあるトラックボールをもとに、力触覚の提示が可能な装置を開発し、これを用いてチンパンジーによる認知研究を行なうことを目的とした。今年度は力触覚の弁別のための予備実験を行った。はじめに、十分な時間摩擦をなぞらせるため、トラックボールを通じて操作する画面上のカーソルを、静止するターゲットに合わせるタスクを行った。なお、トラックボールの操作において、力覚フィードバックが提示されている。このタスクを、5
個体中 4
個体のチンパンジーが、達成することができた。つづいて、摩擦力に応じた選択肢を学習させた。極端に大きさの違う二つの摩擦力を試行毎に提示し、オペラント条件づけを行なっている。まず大きな摩擦を
10 回提示後、小さな摩擦を 10
回提示するということを複数回繰り返す。そして、インターバルは、最初は
10 回で、8 回、5 回、4 回と徐々に下げて行く。現在は、2
回と 3
回のインターバルをランダムで提示しており、実験当初に比べ、3
個体で正答率の向上が見られた。今後、現在のタスクを継続し、十分な訓練を行なう。そして、最終的には、摩擦力の弁別実験により、感度特性や、力触覚の認知と運動との相互作用を考察する。
A-13 Study of the Metacarpal Growth and Aging in Macaca fuscata using
Microdensitometry
Tetri Widiyani,Bambang Suryobroto(Bogor Agri Univ.Fac. Science・Dept. Biology)
所内対応者:濱田穣
The physical properties of bone are good indicators of growth and aging. Since
macaque monkeys share much genetic and physiological similarity with humans,
further studies on age-related changes in bone density are necessary. The
objective of the present studies was to describe the age changes of the second
metacarpal cortical density in Macaca fuscata by using microdensitometry
technique and compare the differences due to the sex and age of the subjects. I
analyzed 155 left hand wrist radiographs which taken from 85 females and 35
males aged 5 to 31.2 years old. Cortical density is expressed as the thickness
of an aluminum equivalent (mmAl) showing corresponding X-ray absorption. All
data was then converted into mg/cm3 equivalent using dry metacarpals samples
which determined by both microdensitometric and pQCT. Their relationship was
significantly and positively correlated (p<0.01, R2=0.6048) and linier
equation Y=383.08X+832.51. I could not define growth changes of the M. fuscata
second metacarpal cortical density. Growth data were not available because my
data started at age 5 years old, while macaque grows below age 5 years old. At
age 5 year old, male had lower cortical density than female. Female showed a
longer plateau, while male continued to grow. Consequently, male had higher
cortical density started at around age 18 year old. There was a cortical density
loss in female started at 14.3 year of age. It closely resembled that in human
bone aging that is characterized by gradual density decrease in adulthood and
rapid density loss in postmenopausal women.
(2) 一般個人研究
2. 研究成果
(2) 一般個人研究
B-1 チンパンジー頭蓋の比較解剖学―乳様突起部の形態変異を中心に―
長岡朋人(聖マリアンナ医科大・医) 所内対応者:西村剛
2012 年度の霊長類研究所の共同利用研究として、2
体の未成年のチンパンジーの解剖に着手した。研究の目的は、チンパンジー頭蓋を用いて、乳様突起部の筋の起始・停止を詳細に記載することである。解剖所見として、乳様突起の前および先端に顎二腹筋が付く。乳様突起の外側には頭最長筋が停止、さらにその外側には
M.cleidomastoidと M.sternomastoid が停止する。M.cleidomastoid は
M.sternomastoid
よりもやや後内側に位置するがともに頭最長筋の外側に位置する。M.sternomastoid
の後ろには頭板状筋が停止し、その停止部は乳突上稜やや下方から下項線まで及び、もっとも後内側では正中部まで広がる。M.sternomatoid
の外側から乳突上稜全体にわたって扇形に広がる筋は
M.cleidooccipital と M.sternooccipital
である。ヒトとチンパンジーの違いについて、第一に、ヒトでは頭最長筋が乳様突起の内側に停止するのに対し、チンパンジーでは外側に停止する。第二に、胸鎖乳突筋はヒトでは1つであるがチンパンジーでは
4 つに分かれており、M.cleidooccipital、M.sternooccipital、M.cleidomastoid、M.sternomastoidにより構成される。第三に、チンパンジーでは鎖骨中央に起始し第一頚椎横突起に停止する
M.omocervicalis があるが、ヒトでは欠く。
B-2
現生ニホンザルにおける距骨サイズの変異と体重との関係
鍔本武久(林原自然科学博) 所内対応者:高井正成
現生霊長類の距骨サイズの種内変異を明らかにするため、例としてニホンザルの成獣
233 個体(オス 112 個体、 メス 121 個体)を対象にして、距骨サイズの変異と、臼歯サイズ・体重に対する関係を調べた。距骨サイズの変動係数は、雄雌をまとめたときは
6.6?8.0、雌雄を区別したときは 4.4?6.5 だった。m1
サイズの変動係数は、前者が 5.5?6.0,後者が 4.8?5.3
だった。距骨サイズには雌雄差が認められ、オスが大きく,メスが小さかった。しかし、距骨サイズの分布は
unimodal で、明らかな bimodal
にはならなかった。距骨の計測値を主成分分析したところ、雄雌の差はほとんどが第一主成分の違いで示された。したがって、サイズ以外の距骨形態には雄雌差がないと判断できる。全個体を対象とした場合、距骨サイズと体重との間に正の相関があった。しかし、雄雌を区別して別々に解析した場合は,雄雌ともに距骨サイズと体重との間に相関関係は認められなかった.この結果は、同一種・同一性・同時代の哺乳類の成獣の距骨標本が複数個体分ある場合に、そのサイズの違いからその個体の体重の違いを推定することは統計的に不可能である可能性を示唆している。
B-3
サル脊髄損傷後の機能回復における大脳皮質再構築と脊髄内代償性神経回路網形成の相互作用
山下俊英, 中川浩(大阪大・院・医) 所内対応者:高田昌彦
脊髄損傷による神経軸索の切断は、手足の運動麻痺を引き起こす。成熟した中枢神経が、一度障害されてしまうと自己再生による機能回復はほとんど期待できない。しかし、その後の自然経過によって機能回復がみられることがある。この機能回復には、運動を代償するため新たな神経回路網が形成されることが考えられるが、霊長類において未だ詳細に検討されていない。そこで、サル脊髄損傷後の手・指機能の回復とその後の代償性神経回路網形成との関係について検討した。脊髄損傷直後は、著しい手・指機能の低下を示したが、自然経過とともに機能回復がみられた。その後、運動を司る皮質脊髄路を順行性トレーサーでラベルして可視化した。その結果、一部の神経軸索枝は損傷部位を越えて、直接運動ニューロンと結合していた。次に、手・指領域における皮質脊髄路網形成の評価を行う目的で、皮質内微小刺激(Intracortical
microstimulation:ICMS)を用い一次運動野を刺激部位として、その閾値を算出した。機能回復がみられた後の
ICMS
では、脊髄損傷されていないものに比べ手・指領域の明らかな閾値の差は見られなかった。これらの結果より、一度損傷されたサル中枢神経にも、内在性に神経可塑性を有していることが明らかとなった。さらに、神経可塑性変化によって誘導された神経軸索枝は損傷部位を超えて直接運動ニューロンとシナプスを形成して運動回復に寄与していることを示している。
B-4
心臓分布自律神経の比較形態学的多様性とその進化形態学的意義
川島友和, 佐藤二美(東邦大・医・解剖) 所内対応者:濱田穣
これまで様々な霊長類を対象に、心臓に分布する自律神経系に関して比較形態学的解析を行ってきた。現在、解析種を霊長類から哺乳類全般へ拡大し、さらなる心臓自律神経系の進化形態学的変遷を明らかしたいと考えている。これまでのわれわれの解析結果は、近年の分子進化による新しい霊長類間の系統関係とも非常によく一致し、進化史をよく反映した一連の変化を示しているが、体性神経系などに見られるような機能要請に基づいた形態変化を起こす可能性について検証したいと考えている。
そこで、今年度は様々な哺乳類の変化を探る目的でフクロギツネ(Trichosurus
vulpecula)1体と機能解剖的変化を探る目的で特殊な運動形態を有するテナガザル(Hylobates
sp.)1体を対象とした。その結果、フクロギツネはこれまで解析した他の有袋類の形態とほぼ一致したのに加え、有胎盤哺乳類とも大きく共通形質を観察した。また、テナガザルは特に腕神経叢との関係に重点をあて解析したが特異的な派生形質は観察できなかった。さらなる解析種ならびに解析数を増やして検討を行う予定である。
B-5 哺乳類の肩甲骨の材料力学的特徴および肩帯周辺筋の
locomotion との関係
和田直己(山口大・共同獣医), 藤田志歩(鹿児島大・共同獣医)
所内対応者:西村剛
本研究課題の目的は、霊長類を含む様々な哺乳類(肉食、有蹄、霊長類、単孔類、クジラ類、脚鰭類)の肩甲骨の外形、肩甲骨周辺の筋肉の働きによる動的応力分布について研究を行い、肩甲骨に反映される動物の特徴を明らかにし、環境適応と系統発生に関する知見を得ることである。肩甲骨の外形に関しては、79
種の哺乳類で調査を行った。外形の計測は、肩甲骨の外形の再現を可能にする
68
か所で行った。結果は、肩甲骨のサイズには主に体重が、形(比率)には動物種、生息域の特徴、移動運動の特徴が強く反映されることが明らかとなった。本研究課題の特徴である肩甲骨の材料力学的特徴を見出す動的応力を算出する方法を確立した。現在までに、チンパンジー、コモンマーモセット、スローロリス、コモンツパイにおいて肩甲骨に終止する筋肉
14
の作用による動的応力の分布を算出した。その結果は、応力の分布は動物種により明らかに異なり、身体的特徴、移動運動の特徴を示すものであった。
B-6 霊長類の大腿骨近位部形態と位置的行動の関係
稲用博史(医療法人社団いなもち医院)
所内対応者:平崎鋭矢
Wolff の法則に従えば、骨は力学的ストレス(荷重)を受け、力学的に最適な形状になっている。
また、骨格は系統発生を反映し、個体発生学的モデルに従って形成されている。したがって、大腿骨近位端においても、骨頭、大転子、小転子、転子間稜は、ヒトの二足歩行進化に伴って変化した大腿骨を動かす多くの筋からの
ストレスによってその形態を変化させたと考えられる。従来、筋力は筋の重量、断面などによって推定されてきたが、それらは筋の構造によって必ずしも的確なパラメータとは言えない。そこで、骨が力学的に最適な形状となっているのであれば、逆に、骨の形状から骨に加えられている力学的ストレス(筋力)を推定できるはずであると考えた。そこで、さまざまな位置的行動パターンを示すヒト以外の霊長類における大腿骨近位部の三次元的配置と諸筋の三次元的走行をもとに骨に加えられる筋力を求め位置的行動への反映を明らかにすることを目的とした。本年は、その第一段階として、マカク、テナガザル、チンパンジーの骨標本による形状の把握、液浸標本
MR
撮影による筋走行、位置関係の把握を行った。今後、本手法を用いて他の霊長類標本の観察を行う予定である。
B-7 霊長類の光感覚システムに関わるタンパク質の解析
小島大輔, 森卓, 鳥居雅樹(東京大・院理・生物化学)
所内対応者:今井啓雄
脊椎動物において、視物質とは似て非なる光受容蛋白質(非視覚型オプシン)が数多く同定されている。私共は最近、非視覚型オプシンの一つ
OPN5 がマウスの網膜高次ニューロンや網膜外組織(脳や外耳)に発現すること、さらにマウスやヒトの
OPN5 が UV 感受性の光受容蛋白質であることを見出した [Kojima
et al. (2011) PLoS ONE, 6, e26388]。このことから、従来 UV
感覚がないとされていた霊長類にも、UV
感受性の光シグナル経路が存在することが示唆された。そこで本研究では、OPN5
を介した光受容が霊長類においてどのような生理的役割を担うのかを推定するため、霊長類における
OPN5
の発現部位の同定を試みている。本年度は、サル個体の組織(眼球・外耳など)より
RNA を抽出し、各組織の cDNA 試料を作成した。これらの cDNA
に対して、サル OPN5
遺伝子に特異的なプライマーを用いた定量的 PCR
を行なった。その結果、マウスと同様に耳介において OPN5
遺伝子発現を検出した。今後は、他の組織(脳など)も対象に入れて
OPN5 遺伝子発現を調べるとともに、サル OPN5
抗体を作製してタンパク質レベルでの解析も進めたい。
B-8 群馬県における猿害の実態と遺伝的多様性について
姉崎智子(群馬自然史博物館) 所内対応者:今井啓雄
東西の動物群が交錯する群馬県において、ニホンザルの生息状況および猿害の実態と遺伝的多様性について明らかにし、猿害の削減に役立てることを目的に研究を実施した。2012
年度に得られた 13
体のニホンザルを解剖し、食性、繁殖状況等を調べた。2008
年度からの分析結果 40
頭分とあわせると、本県のニホンザルの体格は大きく、栄養状態は良好であり、体型指数は
74.9~148.6 であった。食性では、13
体で胃内容物が確認され、分析した結果、トウモロコシ、カボチャ、キュウリ、ニンジン、ブドウが同定された。農作物を多く利用していることが、良好な栄養状態に寄与しているものと推定された。これらの成果については、県野生動物保護管理計画検討会の基礎資料として活用された。また、2008~2012
年度にかけて得られたニホンザルのうち、27
体について研究所遺伝子情報分野の苦味受容体遺伝子等の分析に供した。集団内の遺伝的多様性を示す尺度である塩基多様度を他の地域と比較したところ、遺伝的多様性が低いと考えられている東日本と共通の特徴を持つ可能性が指摘されている。
B-9 霊長類におけるエピゲノム進化の解明
一柳健司, 佐々木裕之, 福田渓(九州大・生医研)
所内対応者:郷康広
我々は霊長類におけるゲノム進化とエピゲノム進化の関係を解明するため、ヒトとチンパンジー(霊長類研究所の飼育個体)の末梢白血球の
DNA メチル化比較研究を行ってきた。これまでに、21、22
番染色体において 16
カ所のメチル化差異領域を同定した。さらに、これらの領域のメチル化状態をゴリラやオランウータンの
DNA でも調べることで、CTCF
タンパク質の結合配列の出現・消失によって、DNA
メチル化状態が変化し、転写状態に影響を与えていることを世界で初めて示した。
本年度は大規模シーケンサーを用いて、ヒトとチンパンジーのメチル化差をゲノムワイドに解析し(エピゲノム解析)、メチル化変化領域には
CTCF と ZNF217
の結合配列モチーフが濃縮されていることを明らかにした。さらに、ナイーブ
T
細胞の反応応答性がヒトとチンパンジーでは異なることに注目し、両種の末梢血からナイーブ
T細胞および活性化 T
細胞をセルソーティングによって精製した。現在、これらの細胞のエピゲノム解析とトランスクリプトーム解析を進めている。
B-10 霊長類,赤及び緑感受性視物質の構造・機能相関解析
神取秀樹, 片山耕大,川田大輝, 大橋知明(名工大・院工)
所内対応者:今井啓雄
ヒトを含む霊長類の網膜に存在する 3 種類(赤・緑・青)の色覚視物質は試料調製が困難なため、X
線結晶構造解析を含む構造生物学的解析は過去に例がなく、我々の色認識メカニズムは謎のままであった。そのような現状下、我々は培養細胞を用いて作製した霊長類の赤・緑感受性視物質に対する高精度の赤外分光測定による構造解析を行ってきた。これまでに
2 報の論文を発表しており、平成 24
年度は部位特異的な変異タンパク質に対する実験に挑戦した。これにより、赤・緑視物質間で違いが観測されていた赤外振動バンドを帰属し、両者の構造の違いがどのアミノ酸や水分子に由来するのか明らかにできると期待する。すでに違いを生み出すアミノ酸の一つを特定することにも成功している。また、レチナール分子の同位体標識を駆使することで、レチナール分子の振動バンドを同定することにも成功しており、野生型のデータだけでは不可能であった構造基盤に立脚した詳細な波長制御機構の議論が
可能になった。現在はさらなるアミノ酸の変異体実験を進行中であり、並行して赤・緑感受性視物質間におけるアミノ酸及び水分子によって形成される水素結合ネットワークの違いが波長制御に及ぼす影響について論文を作成中である。
霊長類色覚視物質の構造解析は、今もって達成できているグループは世界中で我々だけであるが、本共同研究プロジェクト始動から
6
年目を迎える段階にきてようやく、構造基盤に立脚した詳細な赤・緑の波長制御機構が議論できるようになった。平成
25
年度は青視物質の構造解析に挑戦する予定であり、今後も色覚視物質の構造解析の成果を世界に発信できる点を踏まえ、支援いただいている霊長研に改めて謝意を表したい。
B-11
遺伝子分析を利用した飼育下のワオキツネザルの父系判定の研究
佐藤百恵, 中尾汐莉, 高木幸恵, 清水大輔((財)日本モンキーセンター)
所内対応者:川本芳
マダガスカルのベレンティ保護区のワオキツネザル調査で父子判定に利用されているマイクロサテライト
DNAマーカーのうち、Lc5、Lc6、Lc8、Lc9、47HDZ236、69HDZ208、69HDZ091、69HDZ03
の 8 遺伝子座について日本モンキーセンター(以下 JMC)で飼育するワオキツネザルの遺伝的多型を検索した。溶解緩衝液入りチューブに体毛を採取し、そこから
Kawamoto et al. (2013)の方法に従って抽出した DNA
を分析試料とした。プライマーによる増幅がみられるか、現存する若齢個体の父親になる可能性があるすべての性成熟雄
14 個体と、試験的に雌 2
個体で実験したところ、いずれのマーカーでも顕著な遺伝子多型がみられた。
結果の再現性が十分に確認できていない Lc9 と 47HDZ236
を除き、6 種類のマーカーの結果からソフトウェアGenAlEx6.5
で計算した結果、個体判別確率は 0.9947、一般父権否定確率は
0.9871 となった。この 6 種類のマーカーを利用すれば、JMC
内で産まれたワオキツネザルの父親を高い確率で判定することができることがわかった。来年度の研究では、実験条件と標識特性が確認できたこれらのマーカーを利用し、母子の遺伝子型を調べて父親を特定しコロニーの家系図を作成する予定である。
B-12 霊長類の各種の組織の加齢変化
東超(奈良県医大・医) 所内対応者:大石高生
加齢に伴う喉頭の甲状軟骨のミネラル蓄積の特徴を明らかにするために、サルの甲状軟骨の元素含量の加齢変化を調べた。用いたサルはアカゲザル
10 頭、ニホンザル 1 頭、カニクイザル 3
頭、年齢は1月から 27 歳、雄雌は雄9 頭と雌 5
頭である。サルより甲状軟骨を採取し、硝酸と過塩素酸を加えて、加熱して灰化し、元素含量を高周波プラズマ発光分析装置(ICPS-7510、島津製)で分析し、次のような結果が得られた。
①サルの甲状軟骨のカルシウム平均含量は 30.9 ㎎/g
で、カルシウム蓄積が生じやすい軟骨であることが分かった。
②サルの甲状軟骨のカルシウム、燐平均含量は年齢とともに有意に増加した。
③サルの甲状軟骨のカルシウム含量は 7
歳以上になると顕著に増加した。この結果からサルの甲状軟骨において一定年齢を超えると石灰化が始まることが分かった。
④カルシウム、燐、マグネシウム元素間に非常に高い有意相関が認められ、カルシウム、燐、マグネシウムが甲状軟骨に同時に蓄積されることを示している。
B-13
サル脊髄由来間質系幹細胞の培養とその移植によるラット脊髄損傷修復効果の検討
古川昭栄, 福光秀文, 宗宮仁美(岐阜薬大・分子生物)
所内対応者:大石高生
ラット脊髄損傷部位に FGF-2
を注入すると脊髄に固有の間葉系細胞(FGF-2-誘導性フィブロネクチン陽性細胞:FIF)が増殖し運動機能が改善される。又、培養下で増殖させた
FIF
細胞の移植によっても同等の効果が認められる。そこで本研究では、FIF
様細胞をサルの脊髄組織から培養し、これをラット脊髄損傷モデルに移植してその効果を評価することを計画した。ラットの場合、0.3-1.0
㎜厚に薄切した脊髄実質部をコラーゲンコート皿に静置し、FGF-2と血清を含む培養液で培養すると組織周囲から無数の細胞が遊走するのでこれを増殖させる方法が確立している。サルの脊髄について同様に試みたところ、初期段階での細胞の遊走や増殖性が悪く、最終的に移植に必要な細胞数が確保するのが困難であった。そこで、ヒト間質系幹細胞を培養した調整培養液(conditioned
medium)を用いたところ効果がありこの点が改善されたように思われる。現在、同細胞の培養を継続中であり、ラット脊髄損傷モデルに移植して効果を検討する。
B-14 マカク種における仙骨湾曲と尾長との相関
東島沙弥佳(京都大・院・理) 所内対応者:濱田穣
霊長類における顕著な尾の形態変異は、系統進化と適応に関わる重要な指標であるが、詳細な研究は少ない。筆者はこれまで尾長変異が仙尾部骨格形態に与える影響に着目し、旧世界ザルにおいて尾長に関連する仙骨特徴の解明と尾長推定法の開発を行ってきた。結果、短尾の狭鼻猿については信頼性の高い推定式が得られたが、これは長尾、超短尾種で大きな推定誤差を生じ、そうした種では、従来の直線計測では評価できなかった仙骨形態が尾長と強く関与している可能性が示唆された。そこで本研究では、仙骨正中矢状面形態に着目し、尾長の異なる狭鼻猿種において尾長との関連性を調査した。中~超短尾マカク(M.
cyclopis, M. mulatta, M. fuscata, M. assamensis, M. nemestrina M. arctoides)成熟個体
(歯列完全萌出以後)の仙骨を用い、三次元的幾何学的形態分析を行った結果、短尾
種ほど仙骨は湾曲し背部棘突起は減退する傾向のあることを明らかにした。また、この骨格形態変異との関連を探るため、尾長の異なる狭鼻猿
6 種(M. fascicularis, Papio hamadryas, M. mulatta, M. fuscata, M. arctoides,
Pan troglodytes)で尾筋の比較解剖を行い、尾長短縮に伴い尾筋停止位置に明瞭な変異の見られることを明らかにした。
B-15 霊長類の網膜黄斑に特異的に発現する遺伝子群の同定
古川貴久, 佐貫理佳子(大阪大・蛋白質研, (財)大阪バイオサイエンス研),
荒木章之((財)大阪バイオサイエンス研)
所内対応者:大石高生
ヒトを含めた霊長類の網膜は中心部に黄斑という錐体細胞の密度が高く、視力の発現に重要な機能を持つ。私たちは、黄斑発生に関わる遺伝子群の同定を目的として、周産期アカゲザルの網膜を黄斑部と周辺部に分けて採取し、それぞれの総
RNA
についてマイクロアレイを用いて遺伝子発現を比較した。そこで得られた候補遺伝子の中でも特に
SREBP2 に着目している。SREBP2
は脂質代謝に関わる遺伝子群の発現を制御する転写因子であり、in
situ
ハイブリダイゼーションによってマウス網膜においても発生期視細胞に発現を認める。昨年に引き続き、SREBP2
の網膜における機能の解析を行っている。
B-16 霊長類の老化小脳で変化する遺伝子発現の解明
石川欽也(東京医科歯科大・医学部附属病院・神経内科学),
佐藤望, 太田浄文, 橋本祐二, 尾崎心, 水澤英洋(東京医科歯科大・院・脳神経病態学)
所内対応者:大石高生
小脳の老化でどのような遺伝子発現の変化が起き、それがどのような小脳機能の変化に関連しているかは全く不明である。我々はヒトにおける小脳の老化の遺伝子変化を検索してきたが、ヒトでは様々な個体差や環境差による影響によって、2
次的に遺伝子発現が影響される欠点がある。このため、ヒトより均一な環境に近い条件で生育した霊長類での検索を行い、ヒトでの解析結果と比較することで、真の老化関連遺伝子を発見することを目的として、本研究を行った。
平成 24 年度までで合計老齢ニホンザル 2 頭(28 歳、26
歳、いずれも雌)とアカゲザル 1 頭(5 歳、雄)について、小脳をヒトと同じ
3
か所ずつ採取した。並行して行ったヒトの解析結果で、老化によって変動する遺伝子群が確認されたので、これを本年度末より検証を開始した。今後、種を超えた小脳老化変動遺伝子を
RT-PCR と microarray 法で解析し、検証する計画である。
本研究の難点としては、得られる個体数に限りがあることである。このため、3
年程度の単位で個体を集積する必要があることが想定された。
B-17 農地依存度の異なるニホンザル 2
群の行動圏利用-既存植生図の再検討
海老原寛(麻布大・院) 所内対応者:辻大和
本研究では、農地を利用しない自然群と利用する加害群の群落利用を比較し、農地の存在がニホンザル(以下、サル)の生活に与える影響を検討した。この際、既存の植生図をそのまま用いるだけではサルの生活を表すには限界があるため、群落の境界から
50m
を「林縁」とすることで工夫した。神奈川県丹沢地域個体群に属する自然群(A群)と加害群(B
群)を対象とし、ラジオテレメトリ法により得られた群れの位置を、GIS
を用いて解析した。群落の選択性は、Manly
の選択指数を用いて検討した。A
群は初夏の針葉樹林と秋の広葉樹林をそれぞれ選択し、初夏は広葉樹林、秋は針葉樹林をそれぞれ忌避した。一方、B
群はどの季節も広葉樹林を選択した。各季節ともに農地を利用したが、どの季節も選択性は見られなかった。林縁の利用頻度は、A
群では初夏、晩夏、初冬、春において40%前後だったが、秋や晩冬には
10%前後と低かった。B 群では、どの季節でも 50%前後は林縁を利用していた。また、そのうち少なくとも
50%が農地から 50m
の林縁利用で占められていた。以上のことから、A
群は利用する群落や林縁の利用率が季節変化していたのに対し、B
群は農地を中心に一様な生活をしていることが示され、農地の存在がサルの群落選択に影響を与えていることが示された。
B-18 チンパンジーiPS 細胞の樹立と神経細胞分化誘導
今村公紀, 矢野真人, 岡野ジェイムス洋尚(慶應大・医・生理学)
所内対応者:今井啓雄
チンパンジー繊維芽細胞(新生仔皮膚由来/♀、成体精巣由来/♂)から
iPS 細胞を誘導するために、まずヒト iPS
細胞を樹立する条件を用いて誘導培養を試みたが、チンパンジーiPS
細胞のコロニーを得ることはできなかった。そこで、繊維芽細胞にエピソーマルベクターで初期化
6 因子(OCT4,SOX2,KLF4, LIN28,L-MYC P53 shRNA)を導入し、グラウンドステート条件による培養に変更したところ、iPS
細胞コロニーを高頻度に誘導することが可能であった。これまでに本手法を用いて
18 株のチンパンジーiPS
細胞を樹立しており、凍結保存の有効性も確認している。得られたチンパンジーiPS
細胞はアルカリホスファターゼ活性や多能性マーカー遺伝子の発現が陽性である一方、コロニー形態や増殖速度などにおいてヒトともマウスとも異なる特性を示した。また、チンパンジーiPS
細胞のニューロスフェア分化誘導により、一次・二次スフェアが形成されること、さらに
Tuj1 陽性のニューロンおよび GFAP
陽性のアストロサイトへと分化し得ることが確認された。
B-19
音声を利用したニホンザル個体群モニタリング手法の開発
江成広斗(宇都宮大・農・里山科学センター)
所内対応者:半谷吾郎
簡便・安価なニホンザルの個体群モニタリング手法の開発を目的に、本種が発する「音声」を群れ密度の間接指標として利用するための予備実験を試みた。本研究では、地形・植生・環境雑音の多寡が異なる(1)スギ・ヒノキが優占する平地林、(2)コナラ林が優占する傾斜地、(3)スギ人工林が優占する平坦地、(4)ブナ林が優占する傾斜地、(5)ブナが優占する平地林、を調査区として指定し、音源(すなわちニホンザルの個体)からの距離に応じた無人音声記録装置による本種の音声記録成功率を評価した。主な手順として、上記
5 つの調査区に音声記録装置を設置し、音源から 10m 間隔(最大
200m)で、あらかじめ録音したニホンザルの音声(クーコール、ディストレスコール、威嚇声)をスピーカーから発生させた。その結果、地形・植生・環境雑音・音声種によって音声記録成功率に差があることは明らかとなったが、どの調査区でも
100m
程度までは音声記録に成功した。このことから、他の間接指標(例えば足跡・糞・カメラトラップ)よりも、音声はより広範囲を簡便にカバーできる指標となりうる可能性がある。
B-20 現代型オナガザル上科の起源に関する研究
國松豊(京都大・院・理) 所内対応雄者:平崎鋭矢
現在、日本・ケニヤ合同調査隊が、東アフリカのケニヤ共和国北部、東部大地溝帯の東の縁に位置するナカリ地域で、中新世後期初頭の化石を産出するナカリ累層を対象にして古生物学的野外発掘調査をおこなっている。この調査により、これまでに多数の脊椎動物化石や植物化石が採集された。霊長類としては、アフリカ大型類人猿と人類の共通祖先が生息していたと推測される時代から見つかった数少ない類人猿化石のひとつ、Nakalipithecus
nakayamai
をはじめとして、他にも原始的な大型類人猿や複数の小型「類人猿」、コロブス類を主とした複数種の旧世界ザル化石を発見した。ナカリから産出したコロブス類などは、現代型オナガザル上科としては、知られているなかではほぼ最古と言ってよいものであり、旧世界ザルの進化研究において、きわめて興味深い資料である。これらの霊長類化石、特に旧世界ザル化石の解析のため、本共同利用研究では、霊長類研究所所蔵の現生種骨格標本から歯牙や頭骨の比較データを収集することを目的とし、本年度は主にコロブス亜科とオナガザル族の歯牙・頭骨の計測及び写真撮影をおこなった。
B-21 ニホンザルのアメーバ感染に関する疫学研究
橘裕司(東海大・医), 小林正規(慶応大・医), 柳哲雄(長崎大・熱研)
所内対応者:岡本宗裕
最近、赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica)と形態的には鑑別できない新種のアメーバ(E.
nuttalli)がサル類から見つかっている。本研究の目的は、ニホンザルにおける腸管寄生アメーバの感染実態を明らかにすることである。今年度は兵庫県洲本市(淡路島)において、野生ニホンザルの糞便
50 検体を採取した。直接鏡検では、Entamoeba
属の他、ヨードアメーバ、小形アメーバ、ブラストシスチス、鞭虫卵、糞線虫卵が観察された。糞便から
DNA を抽出し、赤痢アメーバ、E. dispar、E. nuttalli、E. chattoni、大腸アメーバ(E.
coli)、E. moshkovskii について、PCR
法による検出を試みた。その結果、E. chattoni
が全検体において陽性であり、大腸アメーバが 54%の検体において陽性であった。しかし、その他の4種の
Entamoeba は全く検出されなかった。また、E. chattoni
について株分離を試みたが、このアメーバ種の培養は困難であり、分離株を得ることはできなかった。これまでの他地域における調査でも、E.
chattoni
感染は高率に認められ、赤痢アメーバは検出されていない。一方で、E.
dispar、E. nuttalli、大腸アメーバの感染の有無については地域差のあることが、今回の調査においても確認された。
B-22
ニホンザル群における食物摂取と栄養状態および繁殖成績について幸島群と高崎山群の比較
栗田博之(大分市教育委員会・文化財課)
所内対応者:濱田穣
幸島での写真計測による体長計測は、例年通り 8
月に成熟メス 12
個体について行った。高崎山成熟メスでは、加齢による体長の短縮は認められないが、幸島群ではまだ調査年数が少なく、年齢変化の傾向を明らかにするには至っていない。
また、サルの重要な自然食物であるアラカシ・マテバシイ・ウラジロガシの堅果生産量を調査するためのシードトラップを
8 月に幸島内の 4 箇所に設置した。12 月までの間、1
ヶ月に一度、貯まった堅果を回収し、結果としてアラカシの堅果
33 個とウラジロガシの堅果 36
個を確認した。なお、高崎山に設置した 5
箇所のシードトラップからは 165
個の堅果を回収し、すべてがコナラであった。幸島・高崎山の両地域とも、サルなどの動物が貯まった堅果を強奪したり、トラップを破壊したりするのを防ぐ工夫を行った結果、概ねその目的は達成できた。
また、2011
年度より幸島群において餌獲得量の調査を開始したが、2012
年度も台風接近などにより 2
日間しか調査ができなかった。高順位メスと低順位メス各 1
頭ずつの餌(コムギ)獲得量調査を行い、2 ヵ年でまだ 4
個体のデータに留まっているが、高崎山個体に比べると、獲得量の順位による差は高崎山群に比べると幸島群の方が小さい傾向が示されつつある。
今後、幸島群と高崎山群の間での餌獲得量・体サイズ・繁殖成績についての調査を継続し、それぞれの実態をより詳細に解明してゆきたい。
B-23 マカク歯髄幹細胞を用いた歯髄再生療法の確立
筒井健夫(日本歯科大・薬理学講座) 所内対応者:鈴木樹理
平成 24 年度は、アカゲザル 2 例(4 歳)とニホンザル 1 例(7
ヶ月)から永久歯歯髄細胞および乳歯歯髄細胞を採取
し初代培養を行った。混合歯列期のアカゲザルの 2
例においては、乳臼歯歯髄細胞、永久歯歯髄細胞、埋伏歯歯髄細胞の初代培養から継代培養を行い、免疫不全マウスへの皮下移植を行った。皮下移植を行ったこれらの歯髄細胞において、H-E
染色像より歯髄様組織形成や象牙質様形成物、また硬組織様形成物が観察された。また、免疫染色より象牙質および硬組織タンパクである
bone sialoprotein
陽性像が観察された。さらに乳歯歯髄細胞においては、継代数が
78
となり継代培養を継続している。この乳歯歯髄細胞は、継代数
36 における皮下移植で象牙質様形成物と硬組織様形成物が
H-E 染色像より観察された。In vitro の分化誘導で継代数 64
の乳歯歯髄細胞は、硬組織形成の指標であるアリザリンレッド染色による陽性像が観察された。これらの結果から、アカゲザルの乳歯や永久歯、および埋伏歯には歯髄幹細胞が存在するこが示唆された。さらに乳歯歯列期のニホンザルにおいては、下顎乳切歯と下顎乳犬歯、および下顎第一乳臼歯の初代培養および継代培養を行っている。
B-24 協力課題における自己認知の実験的分析
草山太一(帝京大・文・心理) 所内対応者:脇田真清
動物に鏡を提示し、その自己の反射像を自己と認知できることは自己鏡像認知と呼ばれている。現在までに多くの動物種を対象に検討されているが、そのほとんどにおいて自己鏡像を自己の反射物と認識することは難しいといわれている。本研究では集団生活をしているコモンマーモセットを対象に自己鏡像認知の成立要因に関する実験的分析を試みた。
昨年度の予備観察から、マーモセットが鏡像に対して、実際のケージメイト、非ケージメイトとは異なる反応をすることが認められたため、2
個体をペアとして同一のケージで飼育されている 8 個体(4
ペア)を対象に、「ケージメイト」・「非ケージメイト」・「鏡」の
3
刺激を用いた選好観察をおこなった。刺激の提示位置も統制して、「ケージメイトと非ケージメイト」、「ケージメイトと鏡」、「非ケージメイトと鏡」の
2 刺激を対とした 3
刺激条件で、個体がどちらの刺激の前により長く滞在するか計測した。その結果、非ケージメイトや鏡よりもケージメイトの近くにより長く滞在する傾向が認められた。また、非ケージメイトと鏡像では、鏡像に対する選好は認められなかった。このような選好観察を繰り返しおこなったところ、非ケージメイトよりも鏡の前に長く滞在する個体も現れ、鏡に対する馴化が考えられた。
B-25
霊長類の精子形成を支持する分子機序の解明と細胞培養
林煜欽,中島龍介(慶應大・医・生理学)
所内対応者:今井啓雄
本共同利用研究に先立ち、申請者らはマーモセット成体精巣に存在する精子形成細胞を培養するための新規手法「Testicular
sphere
形成法」を開発しており、本研究では他の霊長類に対するこの培養法の有効性の検証を試みた。ニホンザルおよびチンパンジーの成体精巣を単一細胞に解離し、マーモセットの場合と同じ培地を用いて培養したところ、アルカリホスファターゼ活性陽性の生殖細胞を含む
Testicular sphere を形成することが確認された。また、Testicular
sphere
の形成は摘出直後の精巣組織だけではなく、凍結保存した精巣細胞ストックを用いることによっても培養することが可能であった。こうした
Testicular sphere
の形成・培養は培地中への増殖因子の添加に依存しており、増殖因子存在下では少なくとも
2 か月間の維持が可能である一方、非存在下では sphere
の形成は認められなかった。また、Testicular sphere
は半数体細胞を含んでおらず、本培養条件下では減数分裂が誘導されないことも判明した。
B-26 サル大脳皮質領野特異的遺伝子発現メカニズムの解明
山森哲雄, 大塚正成(基生研・脳生物学), 畑克介, 小松勇介(生研・生理学・霊長技術)
所内対応者:大石高生
我々は成体サル大脳皮質において、前頭前野に多く発現する遺伝子群、視覚野に多く発現する遺伝子群を同定してきた。成熟サルと新生児サルでの発現の違いは、既に幾つか報告しているが(Tochitani,Neurosci.
Lett., 337,111-113,2003;Komatsu et. al.,2005;Sasaki et al,2010)、成体マカクザル大脳皮質の異なる領野よりゲノム
DNA
を抽出し、領野特異的遺伝子のプロモーター領域における遺伝子修飾を調査したところ、前頭前野に多く発現する遺伝子と視覚野に発現する遺伝子間で修飾度合いの差が見られた(未発表)。本研究では、胎児及び新生児前頭前野と視覚野で
DNA 修飾の比較を試みた。
具体的には、霊長研より提供を受けた新生児マカクザル前頭前野組織(PFC)、及び視覚野組織(V1)よりゲノムを抽出し、我々が同定したマカクザル大脳皮質領野特異的遺伝子
6 種のプロモーター領域における DNA
修飾の度合いを比較した。生体サル同様、提供を受けた新生児サルにおいても
PFC 特異的遺伝子プロモーターと V1 特異的プロモーター間で
DNA
修飾の差は見られたが、成体サルと新生児サル間では顕著な差は見られなかった。このことは、領野特異的遺伝子プロモーター間の
DNA
修飾の差は胎児の時期に既に形成されていることを示唆する。
B-27 A comparative study on the folklore, artwork and traditional utilization
of non-human primates in Japan and China
Zhang Peng(Sun Yat-sen University),Watanabe Kunio(Kyoto University),Kawai
Hironao(National Museum of Ethnology) 所内対応者:半谷吾郎
The monkey culture is an important part for Hindu, Buddhist, Zodiac and Taoist
in East Asia countries. This subject aims at deepening the mutual understanding
about the cultural history in China and Japan, through a comparative study on
the mythology, legend, artwork and traditional utilization of non-human
primates. This type of studies is urgent and necessary, because many folklore
and customs are not recorded in literatures, thus are easily lost in the process
of urbanization in China, as well as in many other habitat countries. In this
year, we investigated around 6000 points of Japanese literature/video records
and specimen on primates at the PRI library, Japan Monkey Centre and National
Museum of Ethnology (Osaka). In 2011 and 2012, we have collected around 30000
points of Chinese literature/video records and specimen on primates at the
Library of Sun Yat-sen University and through interviews with locals at
Guangdong and Hainan providences in China. We noticed the two counties share
many similar cultures on monkeys and apes. Next, we need to category the data in
a database and analyze the historical background of each perspective, such as
monkey showman(猿回し), twelve zodiac animals (十二支), three no-evil
monkeys(三猿), scroll of the monkey (厩猿信仰), monkey lore, traditional
utilization of Chinese medicines. One of our papers entitled ‘The Distinction
between Gibbon and Macaque in Ancient China’ was published in Journal of
Guangxi Normal University. This work was supported by the Cooperation Research
Program of Primate Research Institute, Kyoto University, Japan.
B-28
有害駆除個体を用いた四国の野生ニホンザル個体群の特徴分析
谷地森秀二, 葦田恵美子, 金城芳典, 山田孝樹(四国自然史科学研究センター)
所内対応者:髙井正成
四国では多くの地域でニホンザルによる農作物被害が発生し、それに伴う駆除活動が行われている。しかしながら、駆除された個体からの情報収集は駆除数、成長段階、性別程度に限られ、生物学的な情報に関してはほとんど記録されずに埋設処分されてきた。また、四国産ニホンザルの標本数も非常に少なく、四国産地域個体群の研究はほとんどなされていない。本研究は平成
22
年度よりの継続課題として、ニホンザル四国地域個体群について、生物学的特徴ならびに有害駆除状況を把握することを目的に行った。
平成 24 年度は、高知県内に調査地域を 3地域設け情報を収集した。対象地域は、香美市(県東部)、中土佐町(中央部)および四万十市(県西部)である。各調査対象地域へ平成
24 年 7 月および平成 25 年 3 月に赴き、有害駆除個体を 25
個体受け入れた。受け入れた個体について、高井正成教授と協力して生体および骨格標本の計測と骨格標本化した資料の保管を、今井啓雄準教授と協力して分子生物学的な分析を行った。その結果、四国のニホンザルは遺伝的な変異性が少ないなど、特徴が徐々に明らかになってきている。
B-29
ヒト膣炎のモデル動物作出のための霊長類の膣内細菌叢に関する研究
野口和浩(熊本大・院・生命科学) 所内対応雄者:平井啓久
ニホンザルの膣内細菌叢を明らかにするために、今年度は 3
歳未満:7 頭、4~10 歳:6 頭、18~23 歳:2 頭の合計15
頭の雌について検討を行った。その結果、全体的には、通性嫌気性の
Streptococci と嫌気性の Gram-positive anaerobic cocci
がほとんどの個体から共通に分離されたことから、これらの細菌群がニホンザルの膣内における普遍的な構成菌であることが示唆された。その他の細菌群では
Corynebacterium>Gram-positiveanaerobicrods>Lactobacilli>Bacteroidaceae>Staphylococci>Enterobacteriaceae
の順にその分離頻度は高かった。これらの分離頻度の傾向は前回の場合とほぼ同様であった。年齢別では、3
歳未満の未成熟な個体 7 頭から 103.2~105.5 (CFU/vagina)の膣内細菌が検出され、さらにヒトの膣内での最優勢菌である乳酸菌(Lactobacilli)が分離菌数は低いながらも
7 頭中 4
頭から検出されていた。この成績は、ニホンザルの膣内では月経周期の始まる前の未成熟の段階で
Lactobacilliを含む膣内細菌叢がすでに形成されている可能性を示唆するもので、膣内細菌叢の起源を知る上で非常に有益な情報となりうることが示唆された。
B-30
野生ニホンザルのワカモノオスの群れ間移籍と社会関係の維持
島田将喜(帝京科学大・生命環境学) 所内対応者:辻大和
ニホンザルのワカモノオスの出自群の移出・他群への移入プロセスを明らかにするため、金華山
A 群出身のワカモノオス 6 個体を主な観察対象とし、彼らの
A
群、隣接群、隣接群追随オスグループ内における社会関係に関するデータを
2007 年から蓄積している。アシモ(9 歳)とフミヤ(8 歳)は、2009
年以降 B1 群追随オスグループを形成し続けている。ラキ(6
歳)はキール(5 歳)などと B1
追随オスグループを形成しているのを発見したが、アシモ・フミヤとの関係は不明である。キールは
2012 年 10 月には A 群で、2013 年 3 月上旬には B1
追随オスグループで、下旬には再び A
群で観察された。こうした出自群と隣接群追随オスグループ間の往復は、これまでに
A 群出身イカロスの 6 歳時、B1 群出身ホシの 5
歳時でも観察されており、出自群移出期のワカモノオスに特有の行動と考えられる。出席簿の累積情報による社会的ネットワークの予備的分析の結果、群れ間は必ずしも親和的ではないものの、その間を親和的に媒介する個体が複数存在すること、親和的関係を形成するオス間には必ずしも血縁関係があるわけではないことなどが明らかになってきた。これらの結果は、移入先では既存の弱い親和的関係を強めることで移入を完了し、出自群移出後もそこで形成した社会関係を維持することを示唆する。
B-31 厩猿習俗形態の変容とニホンザル観に関する研究
三戸幸久(椙山女学園大) 所内対応者:川本芳
今年度(2012 年度)では、徳島県那賀郡那賀町木頭(手骨による厩ザルの記録)などを調査することができた。
これまでの厩猿関連の共同利用研究の調査報告(中村民彦:2004
年「2-1
ウマヤザル信仰に伴う頭蓋骨の調査による口承と生息分布域の相関関係」、同
2005 年、2006 年報告など)では、厩にニホンザルの頭蓋骨を祀るケースと手骨を祀るケースがあるが、その意味合いに違いがある。頭蓋骨祭礼での期待は牛馬の無病息災に現れている(65%
27 例中 17 例)。他は人の健康、魔除け、防火、縁起物、作物豊作がつづく。いっぽう、手骨祭礼での期待はいくつかに別れる。人の安産にかかわるものが
21 例中7例 29%でもっとも多く、作物豊作 24%、魔除け同 24%、盗品遺失物のもどり
9%、牛馬の守り同 9%、残りは人の健康となっている。サルの手の持つ効果の汎用性が見て取る。
また、2006~2007 年民俗伝承アンケート調査(「厩猿の研究:消えゆく民間信仰の記録とサルをめぐる日本およびアジアの自然観の研究頭蓋骨」・トヨタ財団研究助成による)では、頭蓋骨を祀るケースと手骨を祀るケースの分布のかたよりが見られている。東日本では牛馬の守りとして頭蓋骨を祀るケースが多く、西日本でサルの手骨を祀ることが目立つ。これは近代以前、東日本ではウマが使役の中心であり、西日本ではウマよりウシの使役がさかんであったことと関係があると考えられる。「馬屋にサルの頭骨を祀る」ことはよく流布されていいたため「牛小屋にサルの頭骨は効果がどうか」という疑義があったのか、ならば汎用できる(ウシの健康以外にも効果がある)「サルの手骨」を用いたという可能性もある。
中世、牛馬の無病息災のため厩にニホンザルを飼っていた歴史が三世紀ほど続くが、近世にはいり、それは廃れ、かわって、厩にニホンザルの頭蓋骨や手部分を祀るという習俗が見られるようになる。
両者は「牛馬の無病息災」という同じ目的をもちながらもウマに与える影響は大きく異なる。サルの生体を厩に飼う形態はウマに与える影響は多く、反対に後者はほとんどない。
近世、生身のニホンザルとの交渉関係による牛馬の心理的安心よりも、身体的特定部位(頭蓋骨や手骨)に「力」を認めた(主人にとっての)お守り的な風習になぜ変化したのか。この「牛馬のペット」から「牛馬のお守り」への変化は、乳幼児に見られる移行対象の変化に似る。生体のサルが牛馬に与える良い影響よりもなお牛馬にとって良い飼育技術(「厩作附飼方之次第」など)の発展が背景にあり、むしろ生きたサルを飼うデメリットが目立ってきたことも示唆される。
あわせてニホンザルの自然生活を知る機会、場所が少なくなっていったこともあげられよう。以前はニホンザルがシカやイノシシなど草食的動物たち同士の関係を間近に目にすることによる、厩の中でのウマと生体のサルとの紐帯の効果が知られていたといってよい(現在での例:屋久島や宮島でのシカ・サルの関係など)。しかし近世に入り自然離れがすすみ、この関係を観ることが少なくなるにつれそれは伝承でしかなくなり、頭蓋骨や手骨といったお守り的形態にじょじょに代替化していった(できた)のではないかと推測される。
それでもなお、サルの頭蓋骨という実物を祀る意味も重要である。なぜならば全国で見られる多くの「お守り」はむしろお面や人形といった形をもつ、土や木、布を材料にしてデフォルメされたフィギュアがほとんどである。にもかかわらず頭蓋骨や手骨と言った実物をなお祀る意味は、完全に「お守り」としての機能に移行しきっていない、濃密に原初的土俗的風習、すなわち今なおニホンザルに呪術性を認め、その“力”が日本人の心理の中に残留・揺曳している貴重な形態と位置づけることができるのではないだろうか。
B-32 色盲ザルの色覚特性の行動学的研究
小松英彦(生理研/総研大), 郷田直一, 横井功, 高木正浩(生理研),
岡澤剛起(総研大), 鯉田孝和(豊橋技科大)
所内対応者:宮地重弘
インドネシア由来の L 錐体欠損による 2
色型色盲ザルの色覚特性を明らかにするために、遺伝的に同定されている
2 色型色盲ザルと 3
色型正常ザルを用いて行動実験を行った。石原式検査表を模した視覚刺激を作製し色弁別課題を行った。視覚刺激は複数のドットによって構成され正方形の外形を持つ。この視覚刺激を水平に
3 つ並べて液晶ディスプレイ上に呈示し、そのうちの 1
つについて環状の部分に含まれるドットの色を変化させターゲット刺激とした。CIE-u'v'色度図上で系統的に設定した
64 種類(16 色相 x4 彩度)のターゲット刺激を用いて実験を行った。2色型色盲ザルでは、特定の色相で検出率が低下し、検出率の低下は彩度に依存しなかった。さらに検出率の低い色相はヒトの
1 型色覚(L 錐体欠損)の混同色線とよく一致していた。一方 3
色型正常ザルでは、より広い範囲の色相で彩度に依存した検出率の低下が見られた。これらの結果は
2 色型、3
色型それぞれの色覚特性を反映しているものと考えられる。
B-33 マーモセットにおける養育個体のオキシトシン濃度
齋藤慈子(東京大・院・総合文化) 所内対応者:中村克樹
神経ペプチドであるオキシトシンは、げっ歯類の研究から、社会的認知・行動に関わっていることが知られているが、いまだ霊長類の社会行動とオキシトシンの関係についての研究は数が少ない。本研究は、家族で群を形成し協同繁殖をおこなう、コモンマーモセットを対象に、母親だけでなく父親の、母親妊娠時および養育時のオキシトシン濃度を調べることを目的とした。2011
年にマーモセットのオキシトシンが、ヒトを含めた他の哺乳類一般とアミノ酸配列が異なることがわかったため(Lee
et al., 2011)、マーモセット型のオキシトシンを合成し、市販のオキシトシ測定用
EIA キット(ヒト、マウス用)を用いて、マーモセット型のオキシトシンが測定可能であることを確認した。この測定系を用いて、出産前後でのオキシトシン量の変化の有無について、妊娠中~出産後の繁殖ペアより採尿をおこない、オキシトシン量の測定をおこなった。結果、出産の前後、性別による違いはみられなかった。次に、乳児回収テストにより測定された養育のモチベーションと尿中オキシトシン濃度との関係を調べたところ、有意な相関はみられなかった。今後はサンプル数を増やす他、観察による養育行動の測定や、乳児刺激呈示によるオキシ
トシの変化なども検討していく予定である。
B-34
マーモセット脳におけるシナプス可塑性関連蛋白ドレブリンの免疫組織化学的解析
白尾智明, 児島伸彦, 梶田裕貴(群大・院・神経薬理)
所内対応者:中村克樹
冠状断で 12μm の凍結切片を作成し、抗ドレブリン A・E
抗体、抗ドレブリン A
抗体、抗シナプトフィジン抗体、抗ダブルコルチン抗体を用い、DAB
により免疫組織化学染色を行った。マウスではドレブリンの局在が認められない内側中隔において、ドレブリンの強い染色が見られた。通常はドレブリンが濃染する領域はシナプスマーカーであるシナプトフィジンあるいは幼若神経細胞のマーカーであるダブルコルチン(DCX)が濃染するが、この内側中隔においてはこれらのマーカーは濃染しなかった。また、マウス脳と異なり、海馬歯状回における
DCX
陽性細胞が見つからなかったため、マーモセット脳では海馬新生ニューロンが無い、もしくは非常に少ないことが分かった。側脳室下帯においては
DCX 陽性細胞が存在し、更にマウスと同じくドレブリン E
をもっていることが分かったが、この部位の新生ニューロンもマウスと比較すると数が非常に少なかった。以上のように、マーモセット脳の新生ニューロンやドレブリンの局在はマウスやラットで従来知られているそれとは異なることがわかった。今後より詳細にドレブリンの分布をマウスと比較検討していく必要がある。
B-35 霊長類網膜および脳におけるオプシン発現部位の解析
七田芳則, 山下高廣(京都大・院理), 大内淑代(岡山大・院医歯薬)
所内対応者:中村克樹
ヒトを含む霊長類のゲノムには、網膜の視細胞に発現し視覚の分子基盤となる光受容タンパク質(オプシン)遺伝子以外にも、いくつかのオプシン遺伝子が確認されている。しかし、それらがどのような分子的性質を有し、どこに発現し、視覚以外のどのような生理機能に関わるか、ついては未知の部分が多い。
我々は、非視覚機能を担うオプシン Opn5
について分子特性の解析を行い、紫外光感受性であることを見いだしていた。また昨年度の共同利用・共同研究において、マーモセットの網膜において視細胞以外の一部の神経細胞に発現することがわかった。本年度は、マーモセット脳内での発現部位の解析を行った。その結果、脳深部のごく限られた部位に限局して発現していることがわかった。また、Opn5
の発色団レチナールを供給するのに重要な酵素が、Opn5
発現部位のごく近傍に存在することもわかった。この結果から、霊長類脳内においてもレチナールの供給を受けて
Opn5 が光受容体として機能できる可能性が考えられた。
B-36
加齢変化特性を考慮できるニホンザルの四足歩行計算機シミュレーション
長谷和徳(首都大・理工), 西澤教之(首都大・院・理工)
所内対応者:平崎鋭矢
本研究では,ニホンザルモデルを用いて、霊長類のオトナ期における筋・骨格の加齢変化を調べ、運動能に対するそれらの影響を調べるため、これらの力学的な特性を考慮・反映し得る四足歩行の計算機シミュレーションモデルの構築を試みた。霊長類研より提供を受けたニホンザルのモーションキャプチャデータに基づき、まずはこの動きを追従するため、PD
制御と呼ばれる制御則を採用した。質量などの身体の力学パラメータについても、実測可能な値に基づき、身体の幾何学的な特性を仮定しモデル化を行った。シミュレーションでは運動学的には歩容全体を再現することが可能であった。しかし、地面との接触問題を力学的に矛盾のない形で計算することが困難であり、地面反力などを考慮した力学的な計算には課題が残った。また、別途開発を進めているヒト二足歩行モデルについては、足部モデルを改良することでより妥当性の高い歩容を生成することが可能となった。この二足歩行モデルと四足歩行モデルとの融合が今後の課題と考えられた。
B-37 中部山岳地域のニホンザル遺伝子モニタリング
赤座久明(富山県立八尾高等学校) 所内対応者:川本芳
過去の共同利用研究で、石川、富山、新潟、長野、岐阜の中部
5
県の山岳地域に生息するニホンザルの群れから、ミトコンドリア
DNA の D ループ第 2 可変域(412 塩基対)について、6
タイプの塩基配列の変異を検出した。6 タイプの中の1つの
JN21 タイプ(Kawamoto et al. 2007 による分類)は近畿地方から中部地方の日本海側に広域的に分布し、ニホンザルの群れの分布拡大の経過を検討する上で重要なタイプである。JN21
タイプの分布域周辺で、これまで遺伝子分析の行われていない、福井県九頭竜川流域に生息する群れを対象にして、DNA
試料(糞)の採集とミトコンドリア DNA の D ループ第 2 可変域(412
塩基対)の遺伝子分析を行った。 九頭竜川本流上流域で JN22
が 6 例、支流の真名川で JN30 が 15 例、新タイプが 3 例、JN35
が1例、JN22 が 1例、笹生川で JN30 が 6 例、大納川で JN30 が
1
例であった。この結果から、九頭竜川流域は、本流上流部に
JN21と近縁の JN22
の群れが生息しているが、支流には広範囲に JN30
の群れが生息していることが分かった。JN30
は滋賀、三重、岐阜に分布するタイプで、九頭竜川はこの集団の北端に位置する。
B-38 Report on “Discrimination of long-tailed(Macaca fascicularis),rhesus(M.
mulatta)macaques and hybrids
between the two species using microsatellite DNA” Janya
Jadejaroen(Chulalongkorn University) 所内対応者:川本芳
I am now studying hybrids between long-tailed and rhesus macaques in Thailand (Khao
Khieow Open Zoo, KKZ) based on their morphological, behavioral and genetic
characteristics. Morphological study was conducted by using percent relative
tail length, pelage color, crown hair, cheek hair and sexual skin. It was found
that morphological characteristics of macaques in the study area are different
in between long-tailed and rhesus macaques. Individuals with known morphological
characteristics were selected for behavioral study. In addition for comparative
study with their morphological and behavioral characteristics, genetic
information is needed to discrimination of hybrids from their parental species.
The aim of this study is to screen microsatellite DNA markers for diagnosis of
long-tailed and rhesus macaques together with their hybrid offspring.
Seventy-seven fecal samples (52 of the KKZ hybrid population, 25 of long-tailed
samples from outside the study area, Campus) were extracted using potato starch
method developed by Dr. Kawamoto. The extracted samples were tested for macaque
specific c-myc gene for the screening of samples with high quantity of DNA.
Forty-eight (62.3%, 28 of hybrid population, 20 long-tailed macaques) with DNA
concentration > 100 picogram/microlitre were selected for the microsatellite
DNA study. The chosen DNA samples were tested for 8 microsatellite markers
(D19S582, D6S493, D3S1768, D6S501, D8S1106, D11S2002, D7S794 and D5S1470) by
using double multiplex PCR method developed by Dr. Kawamoto. The first PCR step
included all the primers for amplification. The second PCR was with labeled
microsatellite markers. Forty DNA samples of the same hybrid population
collected in 2006 by Drs. Hamada and Malaivijitnond and 8 blood samples of
long-tailed macaques from outside the study area (Wangkeao, WK) collected in
1988 by Dr. Kawamoto were also tested. To ensure the confident results, the test
was repeated three times. The PCR products were then applied into 3130xl Genetic
Analyzer to detect allelic locations. Peaks of allelic detection were analyzed
through Gene mapper v4.1 and Peak scanner v1.0. After electrophoresis, result of
D5S1470 was excluded, therefore that of the 7 remaining result was collected.
Data of each microsatellite marker was clustered by using STRUCTURE v2.3.4
(Pritchard et al, 2000). STRUCTURE Harvester (Earl et al, 2012) was used in
judging the most suitable cluster (K) of microsatellite data. The comparisons
between microsatellite data of KKZ and long-tailed fecal samples (K=3) and KKZ
fecal samples and long-tailed DNA samples (K=5) show that KKZ and long-tailed
macaques share similar pattern. When comparing KKZ fecal samples and WK
long-tailed blood samples (K=5) and KKZ DNA and WK long-tailed blood samples,
the results showed different pattern of hybrid population (KKZ) and WK
long-tailed population. Both KKZ fecal and DNA samples showed similar pattern
(K=2) while long-tailed from different localities showed different structure
pattern (K=2). When comparing the four groups, KKZ fecal samples, KKZ DNA
samples, Campus long-tailed fecal samples, WK long-tailed blood samples (K=2),
the first three groups had similar pattern which was different from the last
one. The results of this study suggested that the 7 microsatellite DNA markers
may be used in further study for discrimination of KKZ and WK long-tailed but
not Campus. More markers and more control groups should be added in the next
experiment step. For this study, we found that fecal samples from the
non-invasive sample collecting method, could be used but are relatively
difficult for the microsatellite marker analysis. My next study steps are to
collect more control samples and samples of the hybrid population with known
morphological characteristics and test for more microsatellite DNA markers.
B-39
下北半島脇野沢における野生ニホンザルの個体群動態と法面利用の関係
松岡史朗, 中山裕理(下北半島のサル調査会)
所内対応者:古市剛史
下北半島脇野沢 A-87
群の個体数は依然増加傾向にあった。この個体数に増加に対し、今までに遊動面積の増加が観察されている。さらに、栄養価が高い牧草に用いるイネ科草本、シロツメグサなどが播種されている道路、砂防ダムの建設に伴って作られた法面を採食場所に法面を利用することで対応していることが予想された。そこで、10
分ごとに群れの位置を記録し法面滞在時間、季節変化を調査した。過去のデーターと比較すると、法面滞在の割合は、1998
年度は 9.0%であったのに対し、2007 年度は、10.3%、2012 年度は
16.8%と増加していることが確かめられた。法面利用の季節変化を見ると、夏が最も高く
16.3%、次いで冬 11.4%、秋 10.6%、春 9.4%の順であった。栄養価の高い新葉や果実、種子といった餌品目が少なく、体重が減少する夏と積雪により落下堅果や草本の採食が困難な冬に法面の利用頻度が高くなっていることがわかった。
栄養状態の悪くなりやすい季節に法面という採食場所を利用していることが、高い増殖率を維持している一因と考えられる。
B-40 霊長類の各組織における味覚情報伝達物質の存在
権田彩(岐阜大・応生) 所内対応者:今井啓雄
近年、ヒトやげっ歯類において、味覚受容体や味覚情報伝達物質が、口腔だけでなく、消化管やすい臓、脳などの臓器にも存在していることが報告されている。本研究では、消化管における味覚関連物質の役割についての理解を深めるために、霊長類を対象に、舌と消化管に存在する味覚関連物質の発現解析をおこなった。具体的には、味覚情報伝達物質(α-gustducin
と TRPM5)と味覚受容体について、RT-qPCR を用いた mRNA
の定量測定と、蛍光免疫組織化学的染色法による二重染色をおこなった。
味覚情報伝達物質の RT-qPCR
の結果、コモンマーモセットの盲腸と大腸で、舌と同量もしくはそれ以上の
mRNAの発現が認められた。一方、マカク類やリスザルではこのような傾向は確認されなかった。また、コモンマーモセット
0
歳において、味覚受容体について調べた結果、盲腸と大腸における顕著な発現は認められなかったが、一部の味覚受容体が消化管においても発現していることが確認された。さらに、コモンマーモセットの盲腸における蛍光免疫組織化学的染色の結果、α-gustducin
と Tas2Rs
が同一細胞に発現していることが確認された。盲腸と大腸に
おける味覚情報伝達物質の多量な mRNA
の発現は、コモンマーモセット 0
歳に特徴的であると考えられる。今後、より詳細な研究をおこなう事で、消化管における味覚関連物質の働きへの理解が進むだろう。
B-41 類人猿における筋骨格モデル作成のための基礎的研究
大石元治(日獣大・獣医), 荻原直道(慶応大・理工), 菊池泰弘(佐賀大・医),
小藪大輔(京都大・博物館) 所内対応者:江木直子
大型類人猿における筋骨格モデル作成のための筋パラメータを入手する目的で、チンパンジー(1
固体)の四肢の解剖を行い、筋の付着部や走行を観察した。また、オランウータン(1
個体)の後肢の解剖において筋重量を計測し、これまでに我々が入手している大型類人猿の足部における筋重量のデータと比較を行った。アフリカ類人猿においては母趾球筋の比率が相対的に高く、母趾を使った把握や四足歩行時の母趾における体重支持との関係を示唆するものであった。オランウータンにおいても母趾球筋が発達していたが、第二趾や第三趾に停止する骨間筋や趾屈筋が特に大きな比率を示した。この意義については不明なままであるが、オランウータンは他の類人猿とは異なり、足を手のように把握装置と使用しながら懸垂運動を行う。この際、前肢であれば、前腕の回内-回外運動によって手の向きを変えることが可能であるが、後肢は足部の方向を変えることは前肢ほど容易ではない。この点についてはオランウータンも他の類人猿と同様であり、懸垂運動時には足部に特有の力がかかっていることが推測され、彼らの第二趾、第三趾に集中した筋配置と関連しているのかもしれない。今後、類人猿を解剖する機会があれば、標本数を増やし、今回認められた差異が、ロコモーションの差異を反映しているかをさらに検討していきたい。
B-42
霊長類における神経栄養因子の精神機能発達に与える影響
那波宏之, 外山英和, 難波寿明(新潟大・脳研・分子神経生物)
所内対応者:中村克樹
統合失調症は、ヒトの認知機能が犯される原因不明の脳疾患である。その発症原因のひとつとして妊産婦のウイルス感染や周産期障害が仮説されているが、なかでも末梢性サイトカインによる脳発達障害が注目されている。新生仔マウスの皮下に神経栄養性サイトカインである上皮成長因子(EGF)やニューレグリン
1
などを投与することで、認知行動異常が成熟後に誘発されることが知られている。しかし、この仮説がヒトを含む霊長類にも適用できうるか、疑問も多い。そこで成長の早い霊長類であるマーモセットを用い、本仮説の霊長類での検証を試みた。特にマーモセットは社会行動性の高い霊長類であり、社会行動が傷害される統合失調症を評価するには、理想的な実験動物と考える。本年度は、昨年度、一昨年度に実施した新生児マーモセットへの
EGF の投与動物や、妊娠マーモセット母体への EGF
の投与動物の子孫、これら動物の行動変化を観察した。
新生児マーモセットへの EGF 投与動物では、実験処置から 2
年半経過した時点から、実験個体の行動が落ち着かず、多くのマーモセットとは異なる行動を示し始めている。現在、この差の定量化を試みている段階であるが、実験処置により通常とは異なる脳発達をしたと考えられる。継続的に行動観察を続けるとともに、今後成長を待って行動指標の定量化・比較を行い、EGF
投与と認知行動発達障害の関連を検証したい。
B-43 Male dispersal of the Taiwanese macaque(Macaca cyclopis)in Ershui area
of Taiwan
Hsiu-hui Su,Hoi Ting Fok(National Pingtung University of Science and Technology)
所内対応者:川本芳
Studies on population genetics by using molecular technology advance our
understanding on factors affecting gene flow among populations. This study aimed
at examining the genetic structure of Taiwanese macaque populations in Hengchun
Peninsula, southern Taiwan, to evaluate the gene flow among populations. Feces
were collected in two forestry zones (Zones I and II) separated by farmlands
that are expected to interrupt the gene flow of the Taiwanese macaque. The
extracted fecal DNA was firstly underwent qualification with c-myc system. With
good quality DNA samples we conducted sexing test, sequencing of HRV-1 fragment
of mitochondrial DNA, and 9 autosomal STR loci analysis. In total, 59 samples
were analyzed. The results showed that all samples collected in Zone I carried
same mtDNA haplotype except for one adult male. Samples from Zone II carried
other 3 haplotypes. There was 1-9 bp difference among the 4 mtDNA haplotypes.
Analysis of the 9 autosomal STR markers by program Structure demonstrated that
samples from Zone I and II were consisted of 3 same components, but one
component had different proportions between two zones. This result was
consistent with AMOVA analysis (Fst=0.064) and analysis on gene variation
between two zones (Fst=0.0423). The genetic structure of Taiwanese macaque
populations in the two study zones is slightly different. Female exchange
between two zones was limited, however, male dispersal was not interrupted
completely by farming activities. This is the first study to work on population
genetics of Taiwanese macaques with autosomal STR analysis. Key words:
population genetics, gene flow, male dispersal, autosomal STR, Macaca cyclopis
B-44 霊長類における上顎第一大臼歯歯頚線の形態変異
森田航(京都大・理・自然人類) 所内対応者:西村剛
食性の異なる霊長類において上顎第一大臼歯の歯頚線の形態にどのような変異が見られるのかを、幾何学的形態測定法を用いて定量化した。試料には、軟らかい果実を食すクロステナガザルとブラッザモンキー(Soft
object feeder)、葉食性のアカコロブス(Tough object feeder)、硬い堅果類を食すシロエリマンガベイとアジルマンガベイ(Hard
object feeder)を用いた。これらの標本をμCT
で撮影し、フィルタリング処理をおこなった後にコンピュータ上で
3 次元再構築した。3 次元解析ソフト RapidForm
を用い、モデルの歯頚線をトレースし、等間隔に 50 点のセ
ミランドマークを発生させ、各点の相同性を確保するためにスライドさせた。プロクラステス法によりフィッティングし、食性をカテゴリとして正準相関分析(CVA)により、特徴的な形状変異を抽出した。その結果、Hard
object feeder と Tough object feeder
でのみグループ間に有意な差異が検出され(P=0.044)、前者は近心側・遠心側が内側に切れ込み、頬側・舌側の中央部が外側に張り出す傾向が見られた。咬合負荷の異なる
Hard object feeder と Soft object feeder
には有意な違いは見られなかった。食性に対応する歯頚線の形状変異も含めさらにサンプル数、種数を増やした検討が必要である。
B-45
マーモセットにおける乳幼児の音声とオキシトシン濃度
堀田英莉(東京大・院・総合文化), 三輪美樹, 渡辺智子(霊長研)
所内対応者:中村克樹
神経ペプチドであるオキシトシンは、げっ歯類の研究から、社会的認知・行動に関わっていることが知られている。なかでも養育行動に関してはオキシトシンがその開始と維持に関連していることがわかっており、近年増加傾向にある虐待やネグレクトといった養育行動の不適応行動のメカニズムの理解と適切な介入を可能にする鍵であると考えられる。そこで、本研究では家族で群を形成し協同繁殖をおこなう、コモンマーモセットを対象に、母親だけでなく父親の乳児刺激に対する生理的および行動的応答を調べることを目的とした。父親および母親個体に対し、生理指標として尿中オキシトシン、行動指標として音声を用いて、その実子である新生児音声を提示する乳児条件と成体の音声を聞かせる成体条件、音声を提示しない無音条件の
3
条件で比較した。その結果、尿中オキシトシン濃度には条件ごとの傾向が見出せなかった。一方で音声応答では乳児条件では他の条件に比べて音声の持続時間が短くなり(p<.0001,
Steel-Dwass)、周波数が高くなった(p<.001, Steel-Dwass)。今後はサンプル数を増やし、尿中オキシトシン濃度および音声応答について検討していきたい。
B-46 MC1R 遺伝子に着目したボノボの集団遺伝学的研究(予備検討)
本川智紀(ポーラ化成工業) 所内対応者:川本芳
MC1R(melanocortin-1 receptor)は色素細胞表面に存在する色素産生に関与するレセプターである。ヒトにおいてMC1R
遺伝子は、多様性が高く人種特異的多型が存在するため、MC1R
多型情報は、ヒトの分岐過程を考察する際に有益な情報のひとつとなっている。私はヒト以外の霊長類においても、当遺伝子のデータは分岐過程を考察する上で有益な情報となると考えている。本研究ではボノボの遺伝子を解析し、すでに保有するヒト、チンパンジーなどの遺伝子データと併せ、当遺伝子の進化過程を比較解析することを最終目的としている。
本年度はボノボの糞サンプルから遺伝子解析の可能性を判断することを目的に
8 例のサンプルを解析した。糞抽出 DNA から PCR 法で MC1R
遺伝子部分を増幅し、コーディングとプロモーター領域の合計約
2000 塩基の配列解析を試みた。その結果、6 例(75%)で PCR
による増幅・遺伝子解析が可能であり、2 例で PCR
増幅不可であった。 以上の結果より大部分の糞サンプルで
PCR
増幅により遺伝子解析が可能であることが判明した。また
PCR
で増幅できないサンプルでも、解読可能サンプルの情報を用い
Real Time-PCR 法での SNP 解析は可能と考える。
B-47
低酸素化あるいは再酸素化がニホンザル血管機能に及ぼす影響
田和正志, 岡村富夫(滋賀医大・薬理学)
所内対応者:大石高生
可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)には、一酸化窒素(NO)によって活性化される還元型(reduced
sGC)とされない酸化型(oxidized sGC)、ヘム欠失型(heme-free sGC)の 3
種類が存在する。近年これらの sGC
を標的とする種々の薬物が開発されており、sGC stimulator は
reduced sGC を、sGC activator は oxidized sGC および heme-free sGC
をそれぞれ NO 非依存的に活性化する。
本研究では、摘出したニホンザル冠動脈を用いて低酸素あるいは再酸素暴露が
sGC stimulator あるいは sGC activator
による血管弛緩反応に及ぼす影響を検討した。その結果、低酸素あるいは再酸素暴露により、sGC
stimulatorによる反応は減弱し、sGC activator
による反応は増強した。本研究結果は、低酸素あるいは再酸素に暴露された冠動脈では、発現する
sGC のフォームが reduced sGC から oxidized sGC、heme-free sGC
へと移行していることを示唆している。
B-48
冷温帯スギ人工林におけるニホンザルの餌資源となる液果生産量の評価
坂牧はるか(宇都宮大・農学部附属里山科学センター)
所内対応者:半谷吾郎
本研究は、非積雪期において針葉樹人工林のニホンザル餌資源量を評価するために実施した。計画では、液果生産量を評価する予定だったが、平成
24
年度は液果が凶作で、ほとんど結実が見られなかったため、ニホンザルの餌資源として機能する樹木(液果・堅果)の立木本数を、若齢針葉樹人工林(林齢
40 年未満)、壮齢針葉樹人工林(林齢40 年以上)、広葉樹一次林および広葉樹二次林において評価した。その結果、液果類は若齢針葉樹人工林および広葉樹二次林、堅果類は広葉樹一次林および広葉樹二次林に多い傾向が見られた。以上から、非積雪期においても若齢針葉樹人工林はサルにとって採食地として機能する可能性が示唆されたが、壮齢針葉樹人工林は採食地として機能することが難しいと示唆された。また、餌樹木の胸高直径や樹高は、広葉樹林と針葉樹林とで異なる傾向が見られた。広葉樹林では餌樹木の胸高直径や樹高が大きく、針葉樹人工林ではそれらが小さかった。今後の課題として、餌樹木サイズと結実量(サルの餌資源量)との関係を調査する必要があると考えられる。
B-49 マカクの性皮腫脹に関する分子基盤研究
小野英理, 石田貴文(東大・院・生物科学)
所内対応者:鈴木樹理
霊長類にはその発情期に明確な性的シグナルを発する種がある。例えばマカク属のいくつかの種ではメスの性皮変化(ここでは体積増加と紅潮を含む)が起こることが知られている。我々はこの性皮腫脹に着目し、アカゲザルとニホンザルを対象として、性皮色、組織、遺伝子の変化を追っている。本年度は、性皮色変化についてより詳細に解析を行った。そのひとつとして、HE染色組織を用いて血管数を解析し、マカクの色覚を基準にした色値を用いて紅潮の解析をしたところ、アカゲザルの色値変化と血管数に正の相関が見られた(ピアソンの相関係数r
= 0.75, P < 0.01)。しかしニホンザルでは相関が見られなかったことから、ニホンザルにおける色値変化は血管数のみでは説明が困難である。従って、別の要因が寄与している可能性がある。アカゲザルではニホンザルに比べて腫脹が大きく、また紅潮の色も異なることが経験的に観察されている。今後はこの相違点について、組織を解析するとともに関係する遺伝子発現の解析を行う。
B-50伊豆大島に生息するタイワンザルの遺伝的多様性に関する研究
佐伯真美(㈱野生動物保護管理事務所) 所内対応者:川本芳
京都大学霊長類研究所共同利用研究(計画研究 5-2
東京都の伊豆大島には、1939 年から 1945
年にかけて島内の動物園から逸走し野生化したタイワンザルが生息している。群れの分布は
1980
年代後半には島の東海岸域に生息するだけであったが、現在は島の中央および海岸線の市街地を除くほぼ全域に生息している。平成
15
年度の研究では島内に生息するサルの種を遺伝学的に同定することを主な目的に,島内数箇所で採取した糞試料から抽出したミトコンドリア
DNA の D-loop 領域第2可変域を解読した。第 2 可変域(HVR2)の解読の結果、島内には
2
つの異なるタイプがあり、両タイプの地理的な分布には偏りがあり、1
タイプは動物園の南側、もう 1
タイプは島の北部、西部、南部に分布していることが分かった。母系社会であるタイワンザルにおいては、母性遺伝する
mtDNA
変異の地理的分布に、過去の分布変遷が反映されると考えられる。島内の変異の系統地理的関係から、動物園で飼われていたタイワンザルには
2 つの母集団があり、1
タイプは動物園から時計回りに、もう 1
タイプは反時計回りに分布拡大し、反時計回りに拡大したタイプが島内により広く拡大している可能性が考えられた。
平成20 年度の共同利用研究においては39
の血液試料からミトコンドリアDNA のD-loop
領域の第1可変域を解読し、2
タイプを検出した。これらの地理的変異は第 2
可変域の結果と共通していることが分かった。また台湾に生息するタイワンザルの第一可変域の研究結果との比較により、1
タイプは台湾南西部のタイプと一致し、もう 1タイプは南西部のタイプと近いことが判明した。
平成 21 年度および 22
年度の共同利用研究においては、主にマイクロサテライト
DNA
の分析により、大島のタイワンザルの遺伝的な多様性やボトルネックの影響などの研究を開始した。平成
24
年度の共同利用研究では、研究計画を変更し、試料回収に専念した。
B-51 霊長類のおける髄鞘形成の評価研究
三上章允(中部学院大・リハビリテーション学部・理学療法学科)
所内対応者:宮地重弘
ヒトや類人猿の脳の発達をみる目的で MRI の T1
強調画像の高信号領域を白質と評価する研究が行われている。神経線維のまわりにある絶縁物質である髄鞘には脂質が多く含まれ、MRI
の T1
画像では高信号として記録される。そのため、高信号領域の発達変化は、非侵襲的方法で髄鞘形成の経過をみる有力な手段とされている。しかしながら、MRI
の高信号領域が本当に髄鞘形成と相関するかどうかを組織標本で評価した研究はない。そこで、マカカ属のサルの発達過程で、MRI
による高信号領域の評価と組織標本による髄鞘形成の判定を同じ個体で行い、その相関を評価する研究を行った。今年度は、3
ヵ月齢のアカゲザルの 1
頭の脳標本の組織切片をファスト・ブルー染色し白質、灰白質領域の比較を行い、皮質領域が乳児期に広いことを確認した。これと並行して、チンパンジー脳のMRI
計測を継続した。
B-52 Categorization ability in color-blind long-tailed macaques
Kanthi Arum Widayati, Bambang Suryobroto(Department of Biology, Bogor
Agricultural University) 所内対応者:辻大和
Categorization is an ability to group individuals into different classes. The
present experiment tested if there are some differences found in categorization
ability between normal, colorblind, and colorblind gene-carrier monkeys. We
trained four individuals consist of two color blind, one normal and one carrier
monkey. Until this report was made, only three monkeys went to test phase, one
of colorblind monkey still need adaptation to human and the experimental
equipment. We used facial photos of humans and animals for the stimuli. We
tested one normal monkey and one colorblind monkey whether they have abilities
to classify humans and macaques into separate groups. So far, both monkeys
showed high performance in categorizing objects, even when we discarded details
of visual information, such as color and local shapes. This result also
consistent with previous results of carrier monkey in same experiment. The
result showed that all monkeys could perform concrete level of categorization.
For carrier monkey, since the subject passed previous experiment, we tested
whether the subjects were able to discriminate non-human animals from human. The
monkey also showed high performance in discriminate non-human animals from
human. The results suggested that the subject could create a more abstract
category based on logical relations.
B-53 マーモセットにおける経験依存的 AMPA
受容体シナプス移行の観察
高橋琢哉, 実木亨, 多田敬典, 宮崎智之(横浜市大・医・生理)
所内対応者:中村克樹
マーモセットにおける経験依存的な AMPA
受容体シナプス移行を観察するために、本年度は前段階として経験依存的
AMPA
受容体シナプス移行を左右する種々の環境条件について、げっ歯類を用いて検討してきた。
当該研究者の発見したラットバレル皮質における経験依存的な
AMPA 受容体シナプス移行(Takahashi et al. Science 2003)メカニズムを応用して、生後まもなくの社会的隔離ストレスが経験依存的
AMPA
受容体シナプス移行にどのように影響するか検討した。幼少期の劣悪な環境は、その後、様々な精神疾患を引き起こすことが知られているが、その分子細胞メカニズムは不明であった。我々はネグレクト(養育放棄)で見られる社会的隔離を経験した動物において、その後の経験依存的
AMPA
受容体シナプス移行に障害で見られることを世界で初めて証明した(Miyazaki
et al. J. Clinical Investigation 2012, Miyazaki et al. European J. of
Neurosci.2013)。
マーモセットにおいても母親による養育放棄が知られており、マーモセットにおける経験依存的
AMPA
受容体シナプス移行の観察する上で、本実験成果は養育環境状態などの条件により経験依存的
AMPA 受容体シナプス移行に影響を及ぼすことを示唆できた。
B-54 遺伝子解析による三重県内のニホンザルの個体群調査
六波羅聡, 鈴木義久(NPO 法人サルどこネット)
所内対応者:川本芳
昨年度に引き続き、三重県内のニホンザルについて、保護管理を検討するため、現存する群れの遺伝的構造を把握すること、和歌山県からのタイワンザル遺伝子の拡散状況のモニタリングを目的とした。本年度は、オス
13 個体について Y-STR 検査、メス 48 個体について D-loop 第 1
可変域の塩基配列の分析を行った。オスの Y
染色体は、昨年度分類された 13
タイプとほぼ同じタイプであったが、1
タイプ新しいタイプが確認された。現時点で三重県内では
14
タイプが確認されたことになる。タイワンザル由来とみられるタイプは確認されなかった。メスの
D-loop第 1
可変域については、昨年度との比較や詳細な分析は来年度に行う予定であるが、大きく分類して三重県内で南北
2 系統に分かれることが示唆された。過去の研究結果の
D-loop 第 2
可変域の分析で見られた分類と同じ傾向であった。来年度は、遺伝子の広域的・継続的な検討を可能にするための方法を検討しながらサンプル数を増やしていくこと、特にメスについて詳細な分析を行うことで、三重県内の群れの状況についてさらに細かく明らかにしていく予定である。
B-55 類人猿の眼窩後壁と側頭壁に関する比較解剖学的研究
澤野啓一(神奈川歯科大・人体構造学) 所内対応者:濱田穣
骨の器である眼窩骨壁(bony orbital socket)は、ヒトでは概略お椀型をしていて、その中に眼球とその付属物(動眼筋など)をすっぽりと収納している。しかし
Prosimii(Strepsirrhini+Tarsiidae)では Bony orbital ring
は存在しても、「眼窩の床と後壁(the rear wall and floorbord of the
bony orbit)」は存在しない。Carnivora や Rodentia
のように眼窩外側壁の大部分すら存在しない、つまり Bony
orbital ring
が大きく欠けてしまっている哺乳類も少なくない。ヒト(あるいは
Simiiformes、ただし Haplorhini ではない)では、「眼窩の床と後壁と外側壁」はほぼ閉じられているが、それらの内で哺乳類の祖先が元々持っていたのは
Bony orbital ring と Arcus zygomaticus のみであり、Bony orbital socket
の壁の大部分とその後方に連なる Cranium の外側壁(広義の
temporal wall)は二次的に形成されたものと考えられる。閉鎖型・お椀型眼窩骨壁の発達は咀嚼筋の動きに影響されずに眼球を精密に動かす上では非常に重要な進歩である。しかし他方で、ヒトと類人猿は、脳と眼球の絶対的相対的体積が増大している為、それらと外部とを連絡する神経や血管の通路として、Bony
orbital socket に穿たれた Canales et Foramina
の発達は、非常に重要である。頭蓋底のCanales et Foramina
の発達が、類人猿よりヒトでより顕著である(Sawano 2009-2012)のに対して、Bony
orbital socketの Canales et Foramina
では、その傾向は見られなかった。
B-56 一卵性多子ニホンザルの作製試験
外丸祐介, 信清麻子(広島大・N-BARD), 畠山照彦(広島大・技術センター)
所内対応者:岡本宗裕
受精卵分離および受精卵クローン技術による一卵性多子ニホンザルの作製手段を構築するため、関連技術について検討を実施した。先ず、採卵に供試する雌個体の選抜と卵巣刺激処置(GnRH
アゴニスト、FSH および hCG の投与)について検討した結果、排卵性周期にある個体では平均
18.0 個(3 頭)の成熟卵子が得られたのに対し、無排卵性周期では平均
4.3 個(2 頭)であり、排卵性周期にある個体の供試が有効であると示唆された。次に、得られた成熟卵子について新鮮および凍結精子を用いて体外受精を実施したが、何れの場合も受精卵を得ることができず、プロトコルの改良が必要であることがわかった。これに対し、卵子透明帯切断処置後の体外受精および顕微授精では、それぞれ
42.1%および 80.0%の効率で受精卵が得られ、代替手段として有効であると考えられた。今後はこれらの手法により採取・作出した卵子を用いて、受精卵分離ならびにクローン胚作製のプロトコルの検討に着手する予定である。
B-57 food seizing behavior of Japanese macaque
Islamul Hadi, Bambang Suryobroto(Bogor Agricultural University)
所内対応者:辻大和
We investigated the characteristics of a particular food-snatching behavior in
which one individual forced another’s mouth open and grabbed the food, as
performed by free-ranging Japanese macaques (Macaca fuscata) in Choshikei Monkey
Park on Shodoshima Island, western Japan. We conducted a survey in late June
2012 and observed one of two monkey troops, comprising 214 monkeys. The
snatching behavior were performed by seven individuals: one adult male and six
adult females. The snatching behavior occurred only during provisioning. The
target animals were primarily juveniles (650 trials, 578 successful). Food was
also snatched from adult females (93 trials, 30 successful) and sub-adult
females (4 trials, 1 success). Neither the distribution nor quantity of the
provisioned foods had signi?cant effects on the number of snatching trials and
successes, while the time elapsed after provisioning had signi?cant negative
effects, attributed to a decrease in the number of wheat grains left within the
mouth pouch of the target animals.
B-58 野生ニホンザル絶滅危惧孤立個体群の MHC
遺伝子の解析
森光由樹(兵庫県立大・自然・環境研/森林動物研究センター)
所内対応者:川本芳
兵庫県に生息しているニホンザルの地域個体群は、分布から孤立しており遺伝的多様性の消失及び絶滅が危惧されている。地域個体群の保全にむけて、早急な遺伝的診断が必要である。MHC(主要組織適合抗原複合体)の遺伝子領域内には免疫機構を司る遺伝子や進化を反映した情報が保存されている。個体の病気に関わる、免疫や抗病性を調査する上で、優れた遺伝領域であると考えられている。しかし、野外に生息しているニホンザル集団、特に絶滅が危惧されている孤立個体群の
MHC
の研究は進んでいない。兵庫県佐用町船越山に生息している孤立地域個体群から
25
頭を学術捕獲し、血液サンプルを採取した。血液サンプルは、RNA
Later を用いて処理後、市販の抽出キットを用いて RNA
を抽出した。現在、MHC クラスⅡ領域の RT-PCR
の条件、クローニングの詳細な条件について精査している。来年度は、検討した分析条件を用いて、兵庫県の北部に生息している孤立個体群見方
A
群から血液サンプルを採取し、分析を実施する。佐用町船越山群と多様性を比較する予定である。
B-59 ニホンザル仙骨神経叢の観察―特に胴体(胸部)の延長に関連した形態的特徴について―
時田幸之輔(埼玉医大・保健) 所内対応者:平崎鋭矢
研究代表者は、腹壁から下肢への移行領域に着目し、ヒト及びニホンザルにて腰神経叢と下部肋間神経の観察を行ってきた。その結果、下肢へ分布する神経(腰神経叢)の起始分節(構成分節)が尾側へずれる変異が存在すること、この変異にともない最下端の胴体(胸腹部)に特徴的な神経の起始分節も尾側へずれることが明らかになった。また、これらの変異に伴い最下端の肋骨の長さの延長や肋骨の数の増加(腰椎肋骨突起の肋骨化、腰肋)を観察している(2011,2010,2009,2008)。しかし、これまでの観察では、
腰神経叢よりも下位の脊髄神経(仙骨神経叢・尾骨神経叢)にどのような形態的特徴が出現するかは明らかにされていない。よって、今回胴体(胸部)の延長に関連した、仙骨神経叢の形態的特徴を明らかにする目的で、ニホンザルの下部肋間神経から腰仙骨神経叢の観察を行った。
腰神経叢と仙骨神経叢の境界に位置する分岐神経を起始分節の高さからL5群、L5+L6群、L6群の3群に分けることができた。分岐神経起始分節は、上方からL5群、L5+L6群、L6群の順で尾側へずれると言える。
坐骨神経の構成分節は、L5群でL5+L6+L7+S1、L5+L6群でL5+L6+L7+S1、L6群でL6+L7+S1+S2であった。陰部神経の構成分節は、L5群でS1+S2+S3、L5+L6群でS1+S2+S3、L6群でS2+S3であった。
胴体に特徴的な神経である肋間神経外側皮枝(RcL)のうち最下端のRcLの起始分節はL5群でL2,
L5+L6群でL2+L3、L6群でL3であった。同じく胴体に特徴的な神経である標準的な肋間神経前皮枝(Rcap)のうち最下端のRcapの起始分節はL5群でL2、L5+L6群でL2+L3、L6群でL3であった。また、L6群においては第1腰椎の肋骨突起が肋骨(腰肋)となっている例もあった。
以上より、胴体(胸部)に特徴的な神経であるRcap, Rclの起始分節の起始分節が尾側へずれると、分岐神経を中心とした下肢への神経も尾側へずれ、坐骨神経、陰部神経の構成分節も尾側へずれること言える。これらの変異には腰肋の形成(腰椎の胸椎化)を伴うことがあり、胴体の延長に関連した変異であると考えたい。
本研究の成果は第29回日本霊長類学会・日本哺乳類学会2013年度合同大会第にて発表予定である。
B-60 サルの匂いに対する先天的な恐怖反応の解析
小早川令子, 小早川高, 伊早坂智子, 松尾朋彦(大阪バイオ・神経機能学)
所内対応者:中村克樹
私たちは、特定の化学構造ルールを満たす一連の人工物由来匂い分子「恐怖臭」がマウスに対して極めて強力な先天的
Freezing
行動を誘発することを解明した。恐怖臭を活用し、先天的と後天的な恐怖情動では誘発する行動が同じであるにも関わらず、生理応答が大きく異なることを発見した。この発見に基づき、先天的恐怖を後天的恐怖から分離して特異的に計測する指標系を開発していた。本年度は、全脳活性化マッピングと薬理阻害実験により、先天的と後天的な恐怖は大きく異なる神経回路により処理されるが、先天的恐怖に伴う行動と生理応答は、扁桃体中心核を中心とした広範な脳領域に及ぶ恐怖ネットワークにより制御されることを解明した。これらの結果から、嗅覚入力が誘発する恐怖情動には、体温や心拍数の顕著な低下を伴う冷たい恐怖と、これらの変化を伴わない温かい恐怖として表現される複数のモードが存在することが示唆された。マウスにおいて解明された特異的な恐怖情動の誘発・計測系を他の動物に適応する実験を行った。恐怖臭の一部はマウスと同様にブタにも効果があったが、サ
ルには明確な効果が認められなかった。今後、サルの種類や匂い分子の種類を検討することで、サル類に対する恐怖情動誘発・計測技術の開発を目指す。
B-61 Study on phylogeography of macaques and langurs in Nepal
Mukesh Kumar Chalise(Central Department of Zoology, Tribhuvan University, Nepal)
所内対応者:川本芳
A total of 18 fecal samples were newly collected from monkey habitats in
Shivapuri, Nagarjun and Lantang National Park in this program. Partial sequences
of the non-coding region of mtDNA were compared to assess phylogeography of
Nepalese non-human primates. All except one were finally identified as the
Assamese macaque (Macaca assamensis). We compared the obtained sequence data
with those collected in previous program. Multiple alignments for 35 sequences
revealed a total of 11 distinctive mtDNA haplotypes in Nepal. They formed a
single cluster and belonged to the clade of western subspecies of the Assamese
macaque (M. a. pelops),and were separated from the cluster of the eastern
subspecies (M. a. assamensis). It is necessary to increase the number of study
sites to investigate phylogeographic feature of the macaque species. Langurs
were not subjected to DNA analysis in this study due to a paucity of available
samples.
B-62 踵骨および距骨による新世界ザルの系統解析
城ヶ原ゆう(岡山理大・院・総合情報)
所内対応者:高井正成
踵骨および距骨は、大臼歯と同様に化石種を含む霊長類の同定や系統解析に頻繁に使用されている。しかし、計量的手法を用いた系統解析は盛んに行われている一方で、非計量的手法を用いた形態形質による系統解析は、科レベルまでしか行われていない。非計量的手法による系統解析は、化石種を同定する上において極めて重要な基礎的情報となりうる。
本研究では、新世界ザルの踵骨および距骨の形態記載を行い、属および種レベルの識別形質の抽出を試みた。
新世界ザルのなかでも特にオマキザル科を主に用いて分析を行った。踵骨および距骨の形質の観察を行った。関節面、靭帯の付着部位の形態など、踵骨は
24 形質、距骨は 19
形質を観察項目として設定した。分類形質の相同性を検証する上で個体発生の観察は極めて重要であるため、さまざまな発達段階の個体の観察も行った。発生段階は、歯の萌出状態によって決定した。
オマキザル科を観察した結果、踵骨および距骨の形態によって、属レベルは同定が可能であった。また、種レベルも多くの種で同定が可能であった。
今後、今回抽出された識別形質に基づいて、より詳細な系統解析を行っていく予定である。
B-63
抗うつ薬によるマーモセット海馬歯状回顆粒細胞の脱成熟効果
大平耕司,竹内理香(藤田保衛大・総医研・システム医)
所内対応者:中村克樹
我々は、これまでに統合失調症や双極性気分障害の患者死後脳や多数系統の精神疾患マウスモデルにおいて未成熟海馬歯状回(iDG)が生じていることを報告している。一方、野生型マウスに対して、抗うつ薬の慢性投与や脳電撃ショックを処置すると、iDG
が生じることをあきらかにしている。これらのことより、iDG
の人工的な正常化と誘導が実現できれば、統合失調症、双極性気分障害、うつ病などの精神疾患の治療法に結びつくことが期待できる。昨年度に引き続き、マーモセットに抗うつ剤であるフルオキセチンの放出ペレットを皮下に埋め込み、その前後の活動量測定を実施し、その後脳を固定し組織学的解析を行った。活動量の大きな変化は観察されなかったが、歯状回において神経前駆細胞と未成熟神経細胞のマーカーである
Doublecortin
陽性細胞の数が増加していた。また、通常、未成熟顆粒細胞は顆粒細胞層の最も海馬回門部に近い部位に見られるが、抗うつ薬を投与すると、未成熟顆粒細胞が顆粒細胞層の中程から最も分子層に近い部位にまで観察された。このことは、抗うつ薬投与により歯状回全体で顆粒細胞の脱成熟が起こっていることを示唆している。今後は、さらに個体数を追加し研究成果としてまとめたい。
B-65 狭鼻猿類の大臼歯内部形状の比較分析
河野礼子(科博・人類) 所内対応者:高井正成
現生のヒトや大型類人猿について、大臼歯三次元形状を詳細に分析した結果、エナメル質の厚さと分布の特徴が、各種の食性に応じた適応的なものであることがこれまでに明らかになっている。本研究は狭鼻猿類のさまざまな種類について、大臼歯三次元内部形状を分析することにより、化石資料の系統的位置づけや、機能的特徴を検討することを目指して実施している。本年は中国産の化石類人猿、ギガントピテクス大臼歯資料について、分析の結果を学会で発表した。ギガントピテクス大臼歯はエナメル質の分量が絶対的に多いが、歯の大きさで標準化するとホモ・サピエンスと同程度の厚さであることなどが明らかとなった。また、台湾産の化石サル資料について、マイクロ
CT
撮影を実施し、内部形状の観察を行なった。化石化が進んでおり、エナメル質と象牙質の境界の解像があまりよくないため、まずはエナメル質厚さの線計測を実施した。ここまでのところ、コロブス標本とマカク標本の間で、期待されるようなエナメル質厚の違いは認められない結果となっているが、歯の大きさを加味するなど、さらにデータの分析を継続する必要がある。
B-66
野草の苦味・渋味成分含量とニホンザルの嗜好性との関連性について
小嶋道之(帯畜大・食品科学) 所内対応者:鈴木樹理
サルの食べ物は、季節を通して葉・花・実・樹皮・冬芽などの各部位を万遍なく利用するものもあれば、ニガキなどは一年のある時期にのみ、特定の部位;実を好物とするものもある。この原因として、苦味物質の含量が関係すると仮定してその含量を測定した。ニガキのポリフェノール量を測定したところ、花芽には
50.1~59.6 ㎎/g、葉は 41.0~48.8 ㎎/g、小枝の樹皮は 2.0~13.4
㎎/g、種実は 1.1 ㎎/gであった。また、ニガキ葉に含まれるポリフェノール画分の
5ppm におけるアミラーゼ活性阻害は 41.9~52.9%であり、グルコシダーゼ阻害活性は
40.1~43.1%であった。また、それぞれの阻害様式を測定したところ、アミラーセ阻害は競争阻害、グルコシダーゼ阻害は非競合阻害であった。苦味成分が消化酵素の活性に影響を及ぼす可能性が推察された。また、これまでに実際にニホンザルの苦味物質に対する嗜好性を複数回試みてきたが、基準のキニーネやカテキンを与えることさえ再現よく観察することは難しく、実験的に苦味物質を与えてニホンザルの嗜好性と苦味・渋味成分含量との関連を見出すことは簡単なことではない。
B-67
マカク属霊長類における感染症抵抗性の多型と表現型解析
安波道郎(長崎大・熱帯医学研究所) 所内対応者:平井啓久
東南アジアの Macaca
属分布域にはサルマラリアの流行が見られ、ヒト民族集団のゲノム進化での熱帯熱マラリア原虫の影響に似て、その種分化にサルマラリア流行が関与してきたと想像できる。実際、東南アジアに流行し、日本列島では見られないサルマラリア原虫
Plasmodium coatneyi
は、流行地に棲息するカニクイザルでは感染後に宿主の防御系の働きによって自然に排除されるのに対して、自然界では触れることのないニホンザルへの実験感染では例外なく重症化し、抗原虫療法をしなければ致死的な経過を取ることが知られている。前年度までに、B
細胞や樹状細胞等の免疫担当細胞に発現して、特定の配列モチーフをもつ
2 本鎖 DNA
やマラリア原虫の宿主ヘモグロビン代謝産物であるマラリア色素(Hemozoin)を認識して炎症性細胞応答を惹起する
Toll 様受容体 TLR9
遺伝子を、マラリア抵抗性の候補遺伝子と想定し、種間種内の遺伝子多様性を検討した。今年度は、獨協医大・川合覚博士より供与された、国内で繁殖したカニクイザル個体およびニホンザル個体、各
2 個体の P.coatneyi
の実験感染時の経時的採血より調製した血漿検体を用いて、血漿中サイトカイン定量を実施した。
数週間の経過で軽度の原虫血症が自然に制御されるカニクイザルでは
TH2 サイトカインである IL4、IL13 の軽度上昇が見られたが、10
日前後で急速に高度原虫血症が進行するニホンザルではこれらの
TH2
サイトカインの応答は見られず、重症症状の出現時に炎症性サイトカインである
IL6、IL1ra、IL18 の急激な上昇が観察された(発表準備中)。
B-68 野生ニホンザル個体群の遺伝的交流に関する基礎研究
清野紘典(野生動物保護管理事務所) 所内対応者:川本芳
ニホンザルの保全および保護管理に資する情報を提供するため、地域個体群の孤立や群間交流といった個体群の多様性を定量的に評価する手法の検討をすすめてきた。昨年度まで、連続分布する個体群における
1
つの群れに焦点をあて、複数の標識遺伝子の空間分布とそれらが伝達される性質の違いについて検討してきた。
本研究では、滋賀県南部に生息する野生ニホンザル 1
群からサンプリングした血液 130 サンプル中、96
サンプルについて常染色体マイクロサテライト DNA
分析を実施した。結果は現在解析中ではあるものの、遺伝子座あたりの対立遺伝子の数が多く、オスを介した遺伝子の群間交流が盛んであることが予想される。今後は、STRUCTURE解析により周辺群を含めた地域個体群の構造解析を行う予定である。また、六波羅・鈴木ら(霊長研共同利用研究)が進める三重県の分析結果をまって、近隣府県との遺伝的交流についても検討する予定である。
B-69 DNA analysis of White Headed Langur and feeding plants.
Yin Lijie, Qin Dagong, Yao Jinxian(北京大・生命科学学院)
所内対応者:今井啓雄
From 2012 to 2013, we collected 30 feces samples of white-headed langurs on
March 2012 and 2013, from Nongguan hills, Guangxi, China. And 61 plants species
that langurs eating or not were collected in March 2012. On March 2013, I have
done DNA analysis of six feces samples of white-headed langurs under directing
by Dr. Hiroo Imai at Peking University. We extracted and cloned DNA in feces
from six samples and selected some samples to do DNA sequencing. We are
currently doing the determination of reference sequences of plant samples living
in our fields. We also plan to do 20-30 feces samples in 2013.
B-70 ニホンザルにおけるサル T
細胞白血病ウイルスの動態の解析・免疫治療
松岡雅雄,安永純一朗,三浦未知,菅田謙治(京都大・ウイルス研)
所内対応者:明里宏文
H23-24 年度の解析により、霊長類研究所のニホンザル約 6
割に STLV-1 感染が判明した(347 頭/605 頭)。フローサイトメトリーによる解析では、CD4
T リンパ球に STLV-1 Tax 陽性分画が含まれ、CD4 T
リンパ球に優位に感染することが判明した。感染細胞率は
0.001%から 53%と大きな個体差があり、次世代シークエンサーを用いた解析により、感染細胞のクローナルな増殖が感染細胞の拡大に重要な役割を果たすことが示唆された。研究期間中にSTLV-1
感染ニホンザル 1 頭が大脳に T リンパ腫を発症し、inverse-PCR
および次世代シークエンサーでのクローナ
リティ解析により、STLV-1
感染細胞のモノクローナルな増殖が証明された。この症例から、STLV-1
がニホンザルに T
細胞性の悪性腫瘍を惹起することが示された。高プロウイルス量を呈した個体では
CCR4 陽性細胞が増加しており、HTLV-1 感染細胞と同様に CCR4
が治療標的となりうると考えられた。そこで ATL
に対して臨床応用されている抗 CCR4
抗体、モガムリズマブを STLV-1 感染ニホンザル 2
頭に投与したところ、感染細胞の有意な低下を認めた。この所見は、STLV-1
感染ニホンザルが HTLV-1
感染症の新規予防法や治療法の効果判定に極めて有用な霊長類モデルであることを示している。
B-71 マカク体色遺伝子の構造解析
山本博章, 大垣浩亮, 田端裕正(長浜バイオ大)
所内対応者:川本芳
本研究は、マカク属毛色遺伝子群のアレル解析を行い、野生集団が示す体色を保証する遺伝子基盤を明らかにすることが主目的である。体色に関わる遺伝子座は実に多く、マウスでは約
400
遺伝子座に多くのアレルが記載され、その数は毎年増加している。本共同研究では、報告の少ないニホンザルの当該オルソログの塩基配列を、他のマカク属や(報告があればニホンザルの配列も参照して)ホ乳類の塩基配列を基に、まずは
cDNA のコード領域(CDS)全域の塩基配列について明らかにすることから始めた。先行研究時に貴研究所より分与されていた嵐山
1131(♀)皮膚片から調製したトータル RNA
をもとに、いくつかの CDS
全長の配列を明らかにできたのでその一部を報告する。 1.
Agouti signaling protein(ASIP)cDNA:マウスでは背腹の毛色の違いを説明できる遺伝子である。今回嵐山
1131個体の 5’と 3’UTR および CDS
全長が判明した。すでに報告されていたニホンザルの CDS(のみ)とは
2
塩基の同義置換があった。カニクイザルとは塩基置換が認められなかった。またアカゲザルを含め、3
種間でのアミノ酸配列は同一であった。 2. RAB38:RAS
オンコジーンファミリーの一員で、細胞内の小胞輸送に関与する当該因子の
cDNA
が得られた。マカク属ではアカゲザルの当該配列のみが報告されていたが、3’UTR
領域の 6
か所で塩基置換が認められた「のみ」である。チンパンジーとヒトとは
S113T(嵐山 1131、アカゲザル)のアミノ酸置換 1
か所のみである。 3. PLDN:小胞輸送に関与する当該因子はカニクイザルとアカゲザルの配列が報告されていた。UTR
および CDSにおいて 3 種間で比較できる領域には、9 塩基の(連続してはいない)違いがあり、内
6 サイトはアカゲザルと、1サイトはカニクイザルとそれぞれ同一であり、2
か所は嵐山 1131 に特異的なサイトであった。CDS 内の 2
サイトでの置換はすべて同義置換であった。 他の cDNA
についても、CDS
全長に近い配列解析のできそうな遺伝子座が約 7、短い PCR
増幅産物が得られている 30
近くの遺伝子座があり、今後も解析を進める予定である。
B-72 ニホンザル関節受動抵抗特性のモデル化
荻原直道(慶應義塾大・理工・機械工)
所内対応者:平崎鋭矢
ニホンザルの二足歩行は、ヒトのそれと比較して下肢が全体的に曲がった状態で行われる。これは、筋骨格系の形態・構造的制約により規定される下肢関節の可動特性が、両者で異なっていることに起因すると考えられるが、その詳細なメカニズムは十分明らかになっていない。そこで本研究では、ニホンザル新鮮屍体
1 体(オス・7.3kg)を用いて下肢筋骨格系の受動抵抗特性を計測し、そのモデル化を試みた。具体的には、股関節、膝関節、足関節の回転軸まわりにモーメントを作用させ、そのときの関節角度とモーメントの関係を計測した。モーメントは、遠位節に取り付けたひもを節に垂直に引っ張ることで作用させた。その大きさはデジタル手秤により計測した力の大きさにモーメントアーム長を乗ずることで求めた。そのときの関節角度は、角度計により計測した。その結果、ニホンザル後肢
3
関節の関節受動抵抗特性を、指数関数を用いて定量的に記述することが可能となった。また、股関節の関節可動特性を制約する筋を除去したときの関節角度とモーメントの関係も計測したところ、大腿筋膜張筋、腸腰筋、大腿直筋が股関節の伸展を制約する大きな要因となっていることが明らかとなった。
B-74 サル胎仔肺低形成の子宮内回復-羊水過少による肺低形成モデル作成と成長因子解析
千葉敏雄, 佐藤洋明, 柿本隆志, 田辺良子, 山下紘正(成育医療研・臨床研究センター)
所内対応者:鈴木樹里
今年度は、サル胎仔肺低形成モデルの治療を想定し、妊娠サルの全身麻酔下にバルーンによる胎仔気管閉塞(胎仔内視鏡的)術を行なうための内視鏡デバイス、および、経腹的に胎仔の気管まで安全に内視鏡を誘導するための超音波画像誘導下ナビゲーションシステムの開発を進めた。具体的には、内視鏡画像のハレーションを防止するため、ファイバスコープを挿入する湾曲シース先端に透明のカバーを取り付け、内視鏡の先端部が胎仔口腔内の組織に接触しても視野を失うことの無いよう改良を施した。また、内視鏡の誘導先である胎仔の気管部分を、3D
超音波画像の直交三断面上からターゲットとしてマーキングを行い、医師による内視鏡の操作を直感的に指示するため、ソフトウェアのユーザーインタフェースの拡張を行った。
なお今年度は、内視鏡装置とソフトウェアの開発と、サルの妊娠週齢のタイミングがうまく合わず、前年度のような妊娠サルを用いて行う実験の機会が得られなかった。
今後はサル胎仔肺低形成モデルの作成と並行して、手術場環境にてナビゲーションに用いる磁気式の位置センサにノイズが混じらないような改良を行い、より精度の高い手術操作が行えるようにしていく。
B-75
サル類における腎結石の疫学研究と自然発症モデルの探索
濵本周造, 郡健二郎, 戸澤啓一, 安井孝周, 岡田淳志,
新美和寛(名市大・腎泌尿器科学) 所内対応者:鈴木樹里
結石の構成成分の1つであるオステオポンチン(OPN)は、トロンビンにて切断される機能的アミノ酸配列がある。本研究では同部位のアミノ酸配列(SLAYGLR)に対する中和抗体を作成し、OPN
抗体の腎結石形成に与える影響を検討した。OPN の SLAYGLR
配列を含むペプチドを用い、モノクローナル抗体(35B6 抗体)を作成し、8
週齢C57BL/6
マウスにグリオキシル酸を腹腔内連日投与するとともに、35B6
抗体を投与、結晶形成を評価した。結晶形成量は、抗体投与により容量依存性に低下した。電子顕微鏡による観察は、Control
群では放射状の結晶が尿細管細胞に取り込まれていたが、抗体投与群においては、尿細管腔内に脱落組織は認めるのみで結晶形成は認めなかった。以上より、切断型
OPN
に対する中和抗体は、結石形成マウスにおいて結晶の尿細管上皮への接着を抑制することで、結石形成を予防することを証明し、J
Bone Miner Reserch へと accept
された。この結果をもとに、企業との共同研究にて抗体治療の有用性を検討しようとするも、抗体治療の特殊性より頓挫している。
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このページの問い合わせ先:京都大学霊長類研究所 自己点検評価委員会