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京都大学霊長類研究所 > 年報のページ > 2011年度・目次

京都大学霊長類研究所 年報

Vol.41 2010年度の活動

年報 Vol.41

Ⅴ. 大型プロジェクト

1)若手研究者インターナショナル・トレーニング・プログラム(ITP-HOPE)

日本学術振興会の「若手研究者インターナショナル・トレーニング・プログラム」による助成事業である.正式な事業名は, 和文「人類進化の霊長類的起源の解明に向けた若手研究者育成国際プログラムHOPE」, 英文「International Training Program for Young Researchers: Primate Origins of Human Evolution (HOPE)」.略称を, ITP-HOPEとしている.
 霊長類学の国際連携をめざした事業をHOPEと総称してきた. HOPEは,「人類進化の霊長類的起源」を意味する英文名称「Primate Origins of Human Evolution」の頭文字のアナグラム(並べ替えたもの)である. 若手研究者に学問の発展の将来を託したい. そういう未来への「希望」をこめた命名である.
HOPE事業は, 平成16年3月に, 日本学術振興会の先端研究拠点事業の採択第1号として発足した. この先端研究拠点事業HOPEは, 平成16-20年度の5年間継続した. 当初は日独の連携すなわち京都大学霊長類研究所とマックスプランク進化人類学研究所との2国間連携として始まった. その後, 米英伊仏と順次加わって, 5年間をかけて先進6か国の連携体制が構築された.
 先端研究拠点事業HOPEの後継が, ITP-HOPE事業である. 平成21-25年度の5年間採択されている. 平成20年度に, 霊長類研究所が母体となって, 京都大学に野生動物研究センターWRCという新たな部局が誕生した. そこでITP-HOPEでは2つの姉妹部局が連携して, 若手研究者のインターナショナル・トレーニング・プログラムの確立を目指した.先端研究拠点事業との大きな違いは, 主に3点に要約できる. ①霊長類だけでなくそれ以外の動物の研究も対象にした. ②外国のパートナー機関が先進諸国だけでなく, アフリカ・中南米・東南アジアなどの発展途上国に広がった. ③ITP事業のそもそもの制約として, 2か月間以上の外国滞在を必要とする.
平成22年度は, ITP-HOPE事業の2年目だった. 平成22年度の事業として, 13件の若手海外派遣事業をおこなった. また, 3つの国際ワークショップ(妙高笹ヶ峰, マレーシア, ブータン)をおこなった. それと並行して,教員・事務職員を研究のマネジメントのために派遣した. とくにマレーシアとの共同研究が格段に発展したことは特記できる. 以下に概要を詳述する. 平成22年度は,平成21年度と同様に, 以下の3つのプログラムを実施した.

1) 研究機関交流教育プログラム(Inter-Laboratory Training Program)
以下の研究機関に若手研究者を派遣し, 実験室および野外調査地での共同研究を行った. インド, コルカタ, パンジャブ大学, カルカッタ地質調査所. カナダ,モントリオール, マギル大学. ドイツ, エルンスト・モリッツ・アンスト大学ほか, 欧州の博物館・研究施設. なお, 新たにパートナー機関とした韓国の梨花女子大学に教員を派遣した.

2) 共同野外調査プログラム(Collaborative On-site Research Program)
以下の野外調査地に若手研究者を派遣し, パートナー機関の研究者と連携した研究を行うものである. 括弧内は, 連携研究を行ったパートナー機関である. ギニア・ボッソウ(ボッソウ環境研究所). タンザニア・マハレ国立公園(タンザニア野生動物研究所). タンザニア・キゴマ, ルクワ(タンザニア野生動物研究所). タンザニア・アルーシャ(タンザニア野生動物研究所). マレーシア・キナバタンガン下流生物サンクチュアリ(マレーシア大学サバ校). マレーシア・タビン野生生物保護区(マレーシア大学サバ校). チリ・プエルト・モン沿岸(カリフォルニア大学サンディエゴ校). インド・バンガロール,インド科学研究所生態学研究センター. ガーナ・レゴン, ガーナ大学農業消費科学部(ガーナ大学). また,事務職員を2名(新野と福垣), タンザニアに研究連絡のために派遣した. さらに,また, 外国人教員2名(デイビッド・ヒルとフレッド・ベルコビッチ)を, サセックス大学とカリフォルニア大学サンディエゴ校に派遣した.

3) 国際ワークショップ(Annual International Workshop)
平成22年9月に日本で国際霊長類学会が開催されたため, これにあわせて日本でのワークショップを開催した. ポストコングレスのワークショップで「霊長類考古学」「自然学」といった新しい研究分野を創生するワークショップである. 妙高笹ヶ峰ヒュッテで開催した. なお, 京都大学教育研究振興財団からの助成も受けて共催とした. 昨年と同様に, 本年度も海外で2つの国際ワークショップをおこなった. 外国での開催は当初は隔年の予定だったが, 国際ワークショップを通じての連携の強化が必須だと判断して,毎年の開催とした. ひとつはボルネオのマリオベイズン・フィールドセンターの開所にあわせて, マレーシア・サバ大学ならびにマレーシア・科学大学との共催でおこなった. オランウータンの研究を, マレー半島の飼育施設と, ボルネオのダナムバレイの野生調査と双方で進めることを目的とした. もうひとつは10月に, ブータンで「健康・文化・生態系」をテーマにした国際ワークショップを開催した. 平成22年度の全学経費を受けて, 京都大学ブータン友好プログラムが発足した. その第1訪問団である. 霊長類研究所は同プログラムの事務取扱い部局の役割を果たした. 平成22年度後半に, 4隊合計25名の教員・事務職員・大学院生・学部学生が参加した. 全学経費とITP-HOPEの共同事業である.これらの国際ワークショップは, パートナー機関との共同開催プログラムとして海外で実施したものである. いずれも, 日本から担当教職員等を派遣したほか, 同国周辺に派遣している若手研究員が参加した.

(文責:松沢哲郎)

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Ⅴ. 大型プロジェクト

2) 組織的な若手研究者等海外派遣(AS-HOPE)

日本学術振興会の「組織的な若手研究者海外派遣プログラム」による助成事業である.正式な事業名は,和文 「人間の本性の進化的起源に関する先端研究」, 英文「The Advanced Studies on the Evolutionary Origins of Human Nature」. 略称を, AS-HOPEとしている. 事業実施期間は, 平成22年(2010年)3月1日から, 平成25年(2013年)2月28日までの3年間である. 事業実施経費総額(助成決定額)は, 77,819,000円である.
 霊長類学の国際連携をめざした事業をHOPEと総称している. 11か月だけ先行して始まったITP-HOPE事業(平成21-25年度の5年間採択)と相互補完的な事業と位置付けられる. 京都大学野生動物研究センターWRCと連携して, 学部学生も含めた若手研究者等の海外派遣をおこなう事業である. ITP-HOPE事業との大きな違いは, 主に4点に要約できる. ①若手研究者の対象を広げて学部学生も渡航が可能とした. 京都大学であれば学部を問わない. ②大学院生は霊長類研究所ないし野生動物研究センターの所属を原則とするが, 生物科学専攻のグローバルCOE事業(阿形清和代表)と連携していることに鑑みて, 理学研究科の生物科学専攻の大学院生であれば補欠の措置として例外的に参加を認める. ③ITP事業のような派遣期間のしばりがなく, 2か月以上が推奨されるが, それよりも短期の海外派遣も可能である. ④若手研究者が主対象であることに変わりはないが, 事業を円滑に進めるための研究連絡や, 学部学生の海外実習の引率のために, 教授や准教授の渡航も認める.
AS-HOPE事業は昨年度末に始まった事業であり, 平成22年度は, 最初の本格的な1年だった. 当初計画通り, 5つの基本プログラムを継続した. ①「共同野外調査プログラム」, ②「研究機関交流教育プログラム」, ③「国際ワークショップ」, ④「通年調査プログラム」, ⑤「学部学生短期野外調査プログラム」である.
このうち, ①は毎年度変わる多様な研究である. 22年度は, ギニア, ブラジル, マレーシア, インドネシア, タイ, ブータンに若手研究者を派遣して共同野外調査をおこなった.
②についてはドイツのマックスプランク進化人類学研究所を中核連携機関として毎年実施するものである. 平成22年度も, 若手研究者がマックスプランク進化人類学研究所でとくに感覚受容体のゲノム解析についての交流をおこなった. スバンテ・ペーボ教授と共同で, 引き続いて味覚・嗅覚の受容遺伝子の研究をおこなった. マイケル・トマセロ教授とは, 人間以外の霊長類を対象とした社会的知性とくに意図性の理解や互恵性の研究をおこなっていて派遣はなかったが, 別途費用のHOPE-GM事業等での招聘があり, 相互交流が進んだ. また, その他の国々でも同様の研究機関交流をおこなった. 具体的には,インドの古生物学, イギリスのコウモリ類と霊長類の比較研究などである. そのほかに, 米国, フランス, スペイン, スウェーデン, 中国, シンガポール, ベトナム等の研究機関と交流した.
③については海外パートナー研究機関と相談して実施するものである. 他のプログラムと併用して, マレーシアで野生保全に関する国際ワークショップをおこない, ブータンで健康・文化に焦点をあてた国際ワークショップをおこなった.
④については, タンザニアのマハレ・ウガラ, ウガンダのカリンズ, コンゴのワンバ, マレーシア・ボルネオのダナム・バレイという4カ国の調査基地を対象に3年間継続しておこなう長期継続調査プログラムである. 霊長類およびその他の野生動物の野外研究を実施した. 通年の継続研究体制と若手研究者の海外派遣によって次年度以降に飛躍的な研究成果の向上が得られると期待している. 特記すべきは,マレーシアでの共同研究の進展である. マレー半島で野生保全と野生復帰のプログラムがマッチングで始動し, ボルネオのダナムバレイでは調査小屋が開設されて長期継続研究の道が開けた. ⑤の学部学生短期野外調査プログラムについては1年生から参加できる教育プログラムである. 国外の研究基地を基盤に展開した.具体的には, ボルネオのダナムバレイの調査基地を利用した比較行動学の実習をはじめ, スカウほかでの生態学の学部学生派遣をおこなった. 米国ラトガース大学の協力を得てケニアの野外人類学実習に学部学生を参加させた. 中国北京大学と学部学生交流をおこなった. また, ゲノム科学関連の学部学生交流としてドイツのハイデルベルグ大学とドレスデン大学でゲノム科学実習を実施し, 学部学生に早期に学問と海外経験を積ませることができた. 派遣実績は以下のとおりである.


平成22年度の合計は以上の78件である. 派遣日数は1620日になった. 経費総額は, 22,604,187円だった. なお,「派遣先の研究機関等の種類」は, ①大学, ②研究機関, ③企業, ④その他, である.

(文責:松沢哲郎)

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Ⅴ. 大型プロジェクト

3) アジア・アフリカ学術基盤形成事業:

ヒト科類人猿の環境適応機構の比較研究

事業の目的

チンパンジー(Pan)属のチンパンジーとボノボは,系統的にもっともヒトに近い類人猿であり, 我々ヒトとともにヒト科を構成する.彼らはアフリカの赤道を中心に, 熱帯多雨林からサバンナウッドランドにいたる多様な環境に生息しており, それぞれの地域で様々な社会構造や道具使用を発達させて食物環境とその年変動・季節変動に対応している. これらの種の環境適応戦略の進化を地域間の比較を通じて解明することは, 類人猿の進化の解明にとどまらず,Pan属との共通祖先から派生してより乾燥した地域で生き残り, そこから世界のあらゆる環境に進出したヒトの進化の出発点を探る上でも, きわめて重要である.

京都大学を中心として発展してきた霊長類学は, 類人猿の進化の研究を通してヒトのルーツを探ることをひとつの大きな目標としてきた. そのため, 様々な類人猿種を長期にわたって調査する調査地をアフリカとアジアに多数もち, これが日本の霊長類学の世界に誇れる特色となっている. とくに京都大学霊長類研究所は, その教員が代表を務めるPan属の長期調査地をギニア共和国のボッソウ, コンゴ民主共和国のワンバ, ウガンダ共和国のカリンズと3カ所ももつ. これらは赤道沿いに西アフリカ, 中央アフリカ, 東アフリカの異なる環境をカバーしており, 相手国の拠点機関との長年にわたる研究協力を通して様々な研究成果をあげてきている.

この研究交流の目標は, 霊長類研究所の教員と相手国拠点機関との研究協力をより強固なものにするだけでなく, 3国の拠点機関同士の研究交流も発展させ, Pan属の生態学的・進化学的な研究の世界的な核を形成することにある.



事業計画の概要

本計画は, 主として以下の2つの事業からなる.

①共同研究・研究者交流

霊長類研究所と相手国拠点機関の間では, コンゴ民主共和国で1973年から, ギニア共和国で1975年から, ウガンダ共和国で1996年から共同研究を行ってきている. それぞれの国の研究者と共同研究を行うことで, 政治情勢の不安定なときでも長期にわたる継続調査が可能で, これまでに大きな研究成果を上げてきた. それぞれの研究は, 科研費等個別の研究費によって支えられているが, 本計画では, 霊長類研究所と相手国拠点機関との研究者の相互訪問を実現することによって共同研究を円滑に進め, かつ機関間の関係を強化することを目指す. 具体的には, 日本側研究者が各拠点機関を訪問して研究方法やデータの処理法の指導を行うとともに, 拠点機関の若手研究者を霊長類研究所に招聘し, 研究方法等についてのトレーニングを行う. またこれらの交流に基づいて, 日本を含めた4国の研究者で共同研究・比較研究を立案し, 科学研究費補助金などを用いて実施する.

②セミナー等の学術会合

平成21年度には, 相手国3ヶ国で, Pan属の研究に関するこれまでの成果の発表と今後の課題に関する議論を行うセミナーを開催する. 日本側からは若手研究者を派遣し, 相手国機関の若手研究者との交流を深める.

平成22年度には, 京都大学が主催者となって, 日本で国際霊長類学会の大会が開催される. この学会で, アフリカの東部・中部・西部のPan属の環境適応戦略の比較をテーマとしたシンポジウムを開催する. それぞれの調査地での研究実績を日本側参加研究者と相手機関の研究者が発表することにより, 霊長類研究所とアフリカの拠点機関の研究ネットワークのもつ可能性を世界にむけてアピールする.

平成23年度には, 各調査地における3年間の共同研究と, 調査地間の比較研究の成果を発表するシンポジウムを, コンゴ民主共和国で開催する. アフリカの研究者が国の枠を超えて集まる機会は, きわめて限られている. このような場を持つことにより, 各機関の間の関係を強め, 比較研究の発展の礎を築く.



平成22年度の実施事業

①共同研究・研究者交流

 第2年度にあたる本年度は, 初年度に各国の調査地で実施したセミナー等で打ち合わせを行った方法にしたがって, 比較研究のためのデータ収集を継続した.また, 9月に日本で開催した国際シンポジウムにこれまでの成果をもちよって報告し, 今後の研究協力の方向性を確認した.

コンゴ民主共和国ルオー学術保護区については, 海外拠点機関の研究員が調査を継続するほか, 2回計8ヶ月にわたって他費で現地に出張した坂巻哲也が, 研究の進行状況のチェックと指導を行った. また, Mbangi Norbert Mulavwaが日本で開催する国際シンポジウムに先立って来日し, データの整理・分析, および論文執筆を行った.

ギニア共和国・ボッソウについては, 本事業で10日間派遣した山越言が, 現地研究員と共同でデータの収集を行いつつ, 研究指導を行う. また, あらたにコーディネーターとなったAly Gaspar Soumah氏が日本で開催したセミナーに参加し, その後霊長類研究所に滞在してデータの整理・分析, および今後の研究の進め方についての議論を行った.

ウガンダ共和国カリンズ森林では, 他費で2回計1ヶ月半出張した古市剛史, 他費で2回5ヶ月出張した橋本千絵, 同じく他費で1ヶ月出張した五百部裕が,海外協力機関等との研究協力関係の調整を行うほか, 研究の進行状況のチェックと指導を行った. 

②セミナー等の学術会合

本年度は, 予定通り相手国3拠点機関において,3つのセミナーを開催した.

コンゴ民主共和国については, 共同研究で調査地のルオー保護区に出張した古市剛史が, 帰路赤道州ビコロ市にある拠点機関を訪問し, これまでのボノボの研究の成果と保護区周辺における森林とボノボの保護の現状・問題点・将来像に関するセミナーを開催した. 拠点機関に属するほぼすべての研究者が参加し, 活発な研究発表と議論が行われた.

ギニア共和国については, 共同研究で拠点機関がある調査地ボッソウを訪問した大橋岳がセミナーを開催し, チンパンジーについてのこれまでの研究成果を概説するとともに, 今後の地域間比較研究について討議した.また,鉱山開発や焼畑問題など, チンパンジーを取り巻く現状について,情報交換と討論を行った. さらに, データの収集方法など, 本交流事業の共同研究への参与の具体的な方法を検討した.

ウガンダ共和国については, カンパラ市で調査地のカリンズ森林で, チンパンジーの重要な食物となっているイチジク属のフェノロジーに関する研究セミナーを開催した. また,調査地のカリンズ森林で, フェノロジー調査に関する実習を行った. このセミナーには,共同研究のために出張した橋本千絵と辻大和が参加した.

本年度は, 日本で開催された国際霊長類学会の学術大会で本事業で行ったPan属2種の行動に関する比較研究の成果を報告するシンポジウムを開催した. また, このシンポジウムを含めた国際霊長類学会全期間を通じて, 共同研究の進め方等についての議論を深めた. これらの活動により, 本事業の研究成果の途中経過を世界に向けて発信するとともに, 新しく作り上げようとするネットワーク型研究拠点の存在を世界の霊長類額研究者に知ってもらうことができた. このシンポジウムは,本事業に参加する日本・アフリカの4拠点の研究者が一同に会する初めての機会となった. 4カ国の研究者間の交流が深まり, 共同研究に対する意識の共有が進み, 来年度アフリカで開催する国際シンポジウムに向けた足がかりとなった.

さらに, 昨年度に引き続いて, コンゴ民主共和国の生態森林研究センターで, 霊長類の生態学・行動学の概論と, 野生ボノボ研究の最近の動向に関するセミナーを行った. 前半は, 日本からの参加者の杉山幸丸が, 霊長類生態学・行動学の概論とギニアのボッソウにおけるチンパンジー研究の成果について講義し, 後半は, 他費で日本から参加した坂巻哲也が,野生ボノボ研究の最近の動向を紹介した. また, 最後には, 今後の共同研究の進め方についての討論を行った. このセミナーにより, コンゴ側研究者の学識の向上が見られ, 今後の共同研究の推進に大きく寄与した.

総括

本年度実施した国際シンポジウムでは, 相手国3国の拠点機関の代表者と日本側参加研究者が一堂に会して研究発表と今後の共同研究の進め方についての話し合いをもったことにより, 相互の連携が大いに強まった. とくに, 昨年までの日本側と相手国との連携に加え, 相手国同士の連携が強まったことで,本事業の目標である4カ国をつないだネットワーク型の連携が強化された. また, 昨年度に引き続いて,コンゴ民主共和国の生態森林研究センターでセミナーを行ったことで, この研究機関との協力関係がさらに強まり, 相手側研究者の研究に対するもーティべーションも高まった. 最終年度にこの研究機関で開催する国際シンポジウムにむけて, 大きな前進となった.

学術面では, 本事業で研究を続けてきたコンゴ民主共和国生態森林研究所のMbangi Norbert Mulavwa氏が, 京都大学理学博士号を取得するという大きな成果を上げることができた. また, この2年間の研究内容も含んだ論文が2本, 査読付きの雑誌および書籍に発表された. これらの研究で, ボノボとチンパンジーの環境適応に関する理解が進んだ.

若手研究者の育成面では, 日本で行ったシンポジウムとコンゴ民主共和国で行ったセミナーで, 相手国側の若手研究者の研究活動に対する理解が高まった. また, これらの会合を準備する課程で, 日本側の若手研究者の組織力も高まった.

(文責:古市剛史)

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Ⅴ. 大型プロジェクト

4) 環境省 環境研究総合推進費:高人口密度地域における孤立した霊長類個体群の持続的保護管理に関する研究

本研究は, 20年後の世界に多くの霊長類種が将来にわたって存続可能な状態で残っていることを究極の目的とし, 孤立個体群の存続のリスク要因に関する学術的な研究と保護政策への提言を, これまで日本人研究者が深く関わってきたアフリカ, アジア, 日本のフィールドで実施する. 本研究を構成する3つのサブ-間の今年度の成果は以下の通りである.

1) 最小存続可能集団の定義にむけた孤立個体群の生態学的・集団遺伝学的研究

 独自に開発した溶解緩衝液法で, 糞試料から効率的にDNAを抽出することに成功した. また, 癌原遺伝子c-mycのプライマーを利用したPCR産物を既知DNA濃度のコントロール試料と泳動・染色して比較する方法を使えば,迅速かつ安価で簡便にSTR分析に利用できる試料の適性判定ができることがわかった. この方法で, 糞抽出試料にホスト由来のDNAが200ピコグラム以上あることが保証できる試料を選んで分析すれば, 必要なSTR遺伝子型タイピングが効率的に行えると判断できた.

 ボノボについては,コンゴ盆地全域にわたる生息地内の様々な地域で研究を行う世界各国のグループの協力を得て, 各地から継続的に糞試料を収集する体制を確立した. また, これらの地域から持ち帰った試料で予備的分析を行い, 上記の方法の有効性を確認した. これらの地域では, 向こう1年間にわたって試料収集を継続する.

ニホンザルについては,DNA分析の結果に基づく遺伝学的解析を行った. 東北地方の5個体群(下北,津軽,白神,五葉山,南東北)をセットにSTRUCTURE法による解析を行ったところ, 下北と津軽の個体群の構成変化が顕著で, 保全管理の優先度を高くすべきという結論を得た. また, これらの地域個体群内の遺伝的多様性は,個体数や地理的隔離からの経過年数から予想される以上に小さいことがわかった. 一方,孤立集団に関する分析のコントロールに用いるため, 大きな個体群が連続する滋賀県においても,捕獲群の血液試料からのDNA抽出と構造解析を行った.

高人口密度地域に生息するアジアのマカク類については, スリランカのトクモンキー3亜種とバングラデシュのアカゲザルについて, 多くの集団から糞試料を収集してDNAを抽出し, 遺伝子多型とその分布に関する予備的分析を行った.

2) 孤立個体群における人獣共通感染症のリスクアセスメントとサーベイランス

 霊長類研究所で飼育されている14頭のチンパンジーから得た血液由来試料を用いて各種病原体に対する特異的IgG抗体の有無を検討した. その結果, 15種のヒト病原微生物に対する抗体が検出された.これらの多くはヒト由来だと考えられ, ヒトからチンパンジーへの人獣共通感染症の感染が予想以上に広がっていることがわかった.

 次に, 特にIgG抗体価が高かった抗EBV抗体について,糞便試料の抽出液内のIgA抗体の有無について検討を行なった. その結果,抗EBV IgG抗体が陽性であった殆どの個体において, 抗EBV IgA抗体が検出された. この結果より, ウイルス感染刺激により宿主免疫応答としてIgG型とIgA型が同時に誘導されうること, 誘導されたIgAが糞試料から検出可能であることが示された. また, アフリカから持ち帰った野生のボノボの糞試料からもEBV IgA抗体の検出に成功し, この方法を野生類人猿の人獣共通感染症の感染状況のサーベイランスに用いることができることが確かめられた. 今後は他のウイルスの抗体についても検出できるよう開発を進め, 来年度以降の野生個体群の感染実態の研究に利用する.

 霊長類研究所で流行が見られたニホンザルの重篤な血小板減少症については, 国内の各研究機関との協力のもと, RDV法, 次世代シークエンサーによるメタゲノム解析, 病原体特異的なPCRあるいはRT-PCR, 電子顕微鏡による観察, 培養試験, 抗体検査等を駆使して, 原因病原体の同定を試みた. その結果, 発症したニホンザルすべてからカニクイザルを自然宿主とするサルレトロウイルス4型(SRV-4)が検出され, 研究所内でカニクイザルからニホンザルにこのウイルスが感染したことが原因であることがほぼ特定された. このことは, 種の壁を越えた病原体の感染の危険性を, 改めて認識させることになった.

3) 孤立個体群の現状分析と生息地の維持・回復のための生態学的・社会学的研究

 大型類人猿については, 対象とした個体群の半数において, 存続可能性分析に使用する全てのパラメータについてデータを収集でき, 存続可能性の評価が可能になった. これらの個体群では, 存続に影響を及ぼす人間活動についての詳細なデータも収集できたため, 保全対策を行った場合に予測される効果を検証することも可能である. 最終的な目標となるプライオリティ・ポピュレーションの選定には, 存続可能性や保全対策によるコストと効果の個体群間での比較が不可欠だと考えられる. 本研究で収集できたデータの量や質に個体群による偏りが見られるために, 分析に利用できるパラメータの精度が異なっている. 今後はこの点を考慮して, 存続可能性と保全対策による効果を個体群間で比較する方法を検討していく必要がある.

一方ニホンザルについては, 下北半島・金華山・幸島・屋久島の個体群において, 個体群の存続可能性分析に使用するほとんどのパラメータについてデータを収集できた. これらの個体群に関しては, 保全上の位置づけの手がかりとなる客観的な存続可能性の評価が可能になった. また, 今後捕獲に関する情報を得ることができれば,個体群の存続に及ぼす捕獲の影響を検証することが可能になる.

収集したこれらのデータは,データベース化してネットワーク上に公開した. この種のデータ収集には,文献等に埋もれたデータの発掘, 穴のある部分を埋めるための現地調査等に非常に時間がかかり, まだその入り口に達したに過ぎないが,公開を開始したことで, 今後情報集積の速度は大きくあがるものと期待される(http://www.wrc.kyoto-u.ac.jp/PIP/index.html).

(文責:古市剛史)

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Ⅴ. 大型プロジェクト

5) 頭脳循環プログラム

「人間らしさの霊長類的起源」

最先端研究開発戦略的強化費補助金による, 若手研究者の人材育成と国際共同研究の有機的連携による事業の推進として実施される, 頭脳循環を活性化する若手研究者海外派遣プログラムである. 平成22年度10月から実施された新たな10ヶ月以上の長期派遣事業で, 平成25年3月31日までの3年度継続するものである. 平成22年度は6,710,000円措置された.

本事業がカバーする学術分野は霊長類学であり, ライフ・イノベーションと連携する「人間とは何か」の進化的起源ならびに生物多様性の研究である. 霊長類は人間を含めて少なく見積もっても約220種いる. 約6500万年前に霊長目の創始者が出現し, 現世のヒトやその他の霊長類種に進化してきた. その進化的累積がヒトを造り上げた. それゆえ, 現代社会の直面する多様な課題の解決には,霊長類学の研究から, そもそも「人間らしさ」「人間はどこから来たのか」という本質的な問いに対する答えの探究が必要不可欠である. 人間の本性「人間らしさ」の進化的起源をさぐる研究が今まさに要請されている.

「人間らしさ」を究明する端緒として下記の3件の研究項目を掲げた.(1)意識のメカニズム:ヒトとサル類の麻酔作用機序を科学的に比較解析し, 意識の消失機序の視点から高次の精神活動のメカニズムを究明する端緒とする. (派遣機関:オランダ・フローニンゲン大学医療センター).(2)ヒトの音声言語の起源:霊長類のコミュニケーションの進化とヒトの音声言語の起源に関する研究を比較認知科学の観点から推察し, ヒトの音声言語機構の解明を前提として,霊長類のコミュニケーションの多様性とその進化機構を明らかにする. (派遣機関:英国セントアンドリューズ大学心理学部)(3)母系社会の発生機序:霊長類の原点ともいえる原猿類の社会を, 野外観察によるデモグラフィ資料と分子集団遺伝学的資料を統合して解析し, ヒトやその他の霊長類との比較を通して,母系社会の発生機序を明らかにする.( 派遣機関:ドイツ霊長類センター).これらの研究項目は脳ー言語-社会という必然的に相互に関係を有するものであり, 今後の学際的研究の発展を視野にいれている.ここに掲げた研究機関に加えて, 従来から精力的に継続しているフィールド研究拠点も含めて総合的に運用する.



計画(1)の意識のメカニズム(担当者:宮部貴子)

ニホンザルにおけるプロポフォールのステップダウン持続投与の薬物動態学的検討が主目的である. ニホンザルにおいて, ボーラス投与時のPPKモデルを用いて,ステップダウン投与のシミュレーションをおこなった.以前のデータに今回の持続投与後のデータを追加し, 新たに作成したPPKモデルのパラメータを得た.

計画(2)ヒトの音声言語の起源(担当者:香田啓貴)

 23年度から開始する, コミュニケーション研究の準備のため, 本年度はその準備に当たった. 特に, ニホンザルでの視聴覚刺激を用いた, 注意に関する実験を推進した. 実験の結果, ニホンザルにおいて, コドモとオトナという年齢カテゴリー概念を持っていることが示唆され, さらに, コドモに対する視空間注意が出産経験のある個体において特殊化されている可能性が示唆される結果が得られた.

計画(3)の母系社会の発生機序(担当者:市野進一郎)

マダガスカル南部のベレンティ保護区において採取された,合計111個体のワオキツネザルの血液から抽出したゲノムDNAを用いて,遺伝学実験をおこなった.合計21遺伝子座でDNA増幅および遺伝的多型の確認ができた. その中から, 最終的に11遺伝子座をマーカーとして利用することにし, 2群(C2A群とCX群)の個体を対象に父子判定を行った結果, いずれの群れの高順位オスが子供を残していないという結果が得られた.

 2011年2月には, マダガスカル南部のベレンティ保護区において野外調査をおこなった. 1989年以降長期継続調査がおこなわれている群れを対象に個体確認をおこない, また隣接する2群(A1群とA2群)の識別を新たにおこなった.

2011年3月からドイツ連邦共和国ゲッティンゲン市のドイツ霊長類センターに所属し, 研究を開始した.

(文責:平井啓久)

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Ⅴ. 大型プロジェクト

6) 先端学術研究人材養成事業(HOPE-GM)

 独立行政法人日本学術振興会の先端学術研究人材養成事業(Invitation Program for Advanced Research Institutions in Japan)は, 平成21年度限りの事業として公募された. ただし, 招へい者が平成21年度内に来日すれば, 平成22年度にもその滞在を延長できるという規定があり, 平成22年度にかけて事業実施した.

世界的に著名な研究者とそれに関連する若手研究者を日本に招き, 日本の研究者と交流するプログラムである. 事業の個別課題には名称がない. そこで研究所の取り組む若手研究者の海外交流プログラムの総称である「HOPE事業」の一環と位置付けて,「人間の進化の霊長類的起源―ゲノムから心まで」という意味で「HOPE:From Genes to Mind」を略してHOPE-GMと略称した.

著名研究者として, 独国マックスプランク進化人類学研究所のスバンテ・ペーボ(平成22年2月10日から3月10日まで来日), 米国エモリー大学のフランス・ドゥバール(平成22年3月5日から3月29日), 英国ケンブリッジ大学のウィリアム・マグルー(平成22年3月18日から4月11日)の3氏を招へいした.なおマグルー博士夫人のリンダ・マーチャント(米国マイアミ大学教授)も, 伴侶同伴を可とする規定により招へい来日した.

著名研究者3名に付随して8名の外国人若手研究者を招へいした. 来日順に, チー・シャオガン(中国・西北大学, 平成21年11月27日から22年2月24日), キンバリー・ホッキングス(ポルトガル・ニューリスボンン大学,平成22年1月28日から4月29日), スザーナ・カルバーリョ(英国・ケンブリッジ大学,平成22年2月19日から5月19日), パコ・ベルトラーニ(英国・ケンブリッジ大学, 平成22年2月24日から5月25日), マリーニ・サチャック(米国・エモリー大学,平成22年2月28日から5月29日), カテライナ・コープス(英国・ケンブリッジ大学,平成22年3月12日から6月10日), ソーニャ・コスキー(英国・ケンブリッジ大学,平成22年3月12日から6月10日), アンナ・セラーノ(独国,マックスプランク進化人類学研究所, 3月16日から6月14日)である.

滞在中に京都と犬山でシンポジウムやワークショップを開催した. また, 志賀高原・地獄谷, 幸島, 屋久島の野生ニホンザルを見たり,霊長類研究所や林原類人猿研究センターや熊本チンパンジー・サンクチュアリ・宇土などのチンパンジー施設を見学訪問した. 著名研究者3名のそれぞれ約1か月の滞在, 若手研究者8名のそれぞれ約3か月の滞在という比較的長い滞在期間は, 霊長類学の国際研究所をめざすうえで重要な転機になった.

なお, HOPE-GM事業の運営は, 平成21年10月から始動した国際共同先端研究センターの最初の事業となった. 英語に堪能な特定事務職員として配置された宿輪マミ氏の多大な尽力を得た. また, 各外国人研究者の対応には, それぞれの研究分野に近い教員(渡邊邦夫, 平井啓久, 今井啓雄, 郷康弘, マイク・ハフマン, 友永雅己, 林美里, 足立幾磨)や大学院生等の支援を得た. なお, 若手研究者8名については, その3か月間の滞在記録がすべてホームページ上で公開されているので, ぜひ参照いただきたい.

(文責:松沢哲郎)

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Ⅴ. 大型プロジェクト

7) 若手研究者交流支援事業 東アジア首脳会議参加国からの招へい(ASIAN-HOPE)


 独立行政法人日本学術振興会の事業である. 採択された事業の正式名称は「人間の進化の霊長類的起源をさぐる研究のアジア諸国における国際連携」, 英文名称は「International Collaboration of Primatology in Asian Countries(ASIAN-HOPE)」, 略称をASIAN-HOPEとした. 主宰する霊長類研究所の立場からいえば, 一連のHOPE事業の一環として, アジア諸国から若手研究者30名を招へいする事業である. それと同時に, 平成22年9月に日本開催の第23回国際霊長類学会に招へい者を参加させることで, 20年ぶりの日本開催となる国際霊長類学会を盛りたてるという目的を有している.

 事業実施期間は, 若手研究者交流支援事業の規定する平成21年10月15日から平成22年9月30日だった. 総事業費は1000万円で, ほぼその9割を占める9,022,940円が, 30人の若手招へい研究者の受け入れ費用だった. 渡航費や滞在費である.日本側の研究者の派遣費用は0円だった. つまり, 助成金のほぼ全額を最大限に利用してアジアの若手研究者を30名招へいした.

 事業運営体制としては, アジアの研究機関との連携の深い霊長類研究所の8教員と野生動物研究センターの3教員の合計11教員が運営を担った. 代表者は所長として松沢哲郎, その他の研究分担者が, 渡邊邦夫, 平井啓久, 濱田穣, 高井正成, 川本芳, マイケル・ハフマン, 半谷吾郎, 伊谷原一, 幸島司郎, 村山美穂である. 以上が,「ASIAN-HOPE事業運営委員会」を構成して, その企画・立案・実行を担った.

本事業のうち犬山で開催する集会は, 国際霊長類学会のサテライト・シンポジウムという性格をもっていたので, それについては日本霊長類学会からの人的支援をうけた. また, そうした招へい者の手続きや日本での世話については国際共同先端研究センターの英語に堪能な事務職員の宿輪まみが担当した.なお, 30人の多様なプログラムの全体を通しての把握と調整を, ASIAN-HOPE事業の実質的な取りまとめ役として川本芳がおこなった.

今回の事業の歴史的背景を簡潔に述べる. 霊長類研究所は, 1999年に, 日本学術振興会と共催で「日本学術振興会アジア学術セミナー」を開催した.「生物の多様性に関する総合研究:霊長類学を基点として」と題したものだった. 霊長類研究所は,現在のグローバルCOEの前身の21世紀COEのさらに前身である「機関支援COE」(研究代表者:故竹中修教授)に採択され, その一環として, アジアの若手研究者を日本に招へいして, 約2週間の集中セミナーを含むトレーニング・コースを実施した. アジア各国から数人ずつ招へいされた若手研究者は,10年後の今日, 各国で霊長類学とその周辺領域における学術の指導的な立場にある中核研究者として育っている.

 それ以後の10年間で,霊長類研究所はアジア諸国の研究機関と多数の交流協定を取り結び, 霊長類のくらし, ゲノム, こころ, からだの研究を総合的に推進してきた. また, 平成22年9月には, 国際霊長類学会の京都開催直後に, 生物多様性条約のCOP10締約国会議が名古屋で開催された. こうした節目の時期に, 霊長類学を志すアジアの若手研究者を招へいして実習形式のセミナーによって学問の最前線の知識や技術を伝授することは, 今後のアジアにおける霊長類学の国際連携の構築のためにきわめて有効で時宜を得ているものと考えた.

本交流事業計画の要点は, ①研究の推進, ②国際連携, ③知識・技術の伝授という以下の3つに要約できる.

第1に, 霊長類学という核となる学問分野の推進である. 霊長類学は日本が世界をリードしてきた数少ない事例といえるだろう. 欧米の研究者も, 日本の研究に高い関心を払っている. 日本が学問の最先端にいるので, アジア諸国の若手研究者に対してわが国の学術が資する点が非常に大きい.地政学的にいえば, 学問におけるアジアの中核拠点という位置に日本がいる.

 第2に, 東南アジアが霊長類の自然の生息地ならびに化石産地としてきわめて重要な位置を占めているので連携を図る. 日本にはニホンザルがいるとはいえ, その1種のみである. ASEAN諸国やインドなど,東南アジア・東アジアには, 多数の霊長類が生息している.彼らを対象とした研究なくして霊長類学の発展はありえない. 現生の霊長類だけでなく, 化石種についても貴重なものがこの地域から発掘されており, ミャンマー等の調査地から新種の発見が相次いでいる. また類人猿とよばれるグループのなかで最も変異に富んでいて,最も未解明なのが, テナガザル類である. テナガザル類は東南アジアにしか分布していない. その生態・行動・ゲノム等の解析は, 人間の進化の起源を知るうえで欠かすことができない. 霊長類は種子散布者として熱帯林のアンブレラ種であり, その研究は生物多様性の解明の鍵となる研究だともいえるだろう.

 第3に, とくに招聘若手研究者を対象とした企画として, ニホンザル研究60年の蓄積を活かした実習・セミナーによる知識・技術の伝授を目指した. 霊長類研究所と野生動物研究センターが協力することで,日本学術振興会第2回アジア学術セミナー「霊長類研究と霊長類保護管理に向けた理論と実践」を開催した.附属の研究宿泊施設を活用して, 実習形式のセミナーを実施した.霊長類研究所には第2キャンパスとしてリサーチ・リソース・ステーションが開設され,約76ヘクタールという広大な敷地で, 里山の環境を活用したニホンザルの飼育がおこなわれている. 実験施設も外国人用の宿泊施設もある. こうした研究インフラを利用してセミナーを実施したのである.

 上記の事業の結果, 第1の目標であるアジアの中核拠点としての位置は強固なものになったといえるだろう. 本事業で, 東南アジア諸国8か国から30人の若手研究者を招へいした. 彼らが帰国後に提出した報告を読むと, いかに本事業が彼らの心を鼓舞したかがわかる. ぜひホームページを参照されたい.http://www.pri.kyoto-u.ac.jp. 第2に, 化石研究もテナガザル研究も大いに共同研究がすすんで, これも所期の目標を達成できた. 第3に,実習・セミナーにより知識や技術を伝授する企画も成功裏に終わったといえる.

実際におこなった事業の詳細は以下のとおりである. 4つの実施事業を個別に詳述する.

①ASIAN-HOPEプロジェクト2010シンポジウム・ワークショップ

企画テーマ:「霊長類との共存を探る-霊長類研究と霊長類保護管理に向けた理論と実践-」

開催時期:平成22年9月6-10日

開催場所:京都大学霊長類研究所,犬山国際観光センター・フロイデ, 日本モンキーセンター.

開催の目的・意義:アジア各国の霊長類の生息状況および研究状況を紹介するとともに, 特に今後の保護管理や研究に役立つ講義や実習を行うことにより, 若手研究者の資質を向上させ, 相互交流と国際共同研究を促進させることを目的とした.国際霊長類学会のプレ・コングレス・ワークショップとして, 同学会との共同事業とし, 野生霊長類だけでなく, 飼育繁殖に関係する若手研究者も招き, 理論だけでなく実践的なカリキュラムを実現させることにより, 充実した国際的若手交流事業を達成することができた.

概要:平成22年9月12日から18日に京都(会場は京都大学)で開催が予定される国際霊長類学会のプレ・コングレス・ワークショップとの共同事業として計画した.また平成22年度の共同利用研究会としても位置付けられた. したがって, 詳細は共同利用研究会のほうで述べるが, 一部重複を含めて, 概要を以下に記録する.

はじめの2日間(9月6日と7日)は, 犬山国際観光センターで, 選任した講師による霊長類学と保護管理学の基礎講義(合計5つの講義を計画), および参加者によるポスター発表をおこなった. 基礎講義は, 本事業と国際霊長類学会実行委員会が選任した研究分野をリードする研究者が担当した. ワークショップに先立ち, 霊長類研究や保護管理に関する体系的な知識を講義することにより, 参加者の知識や理解の共有を図った.参加者には一連の講義と共に2日間の時間をフルに使って, ポスター発表を行ってもらった. この発表で招いた若手研究者が自分の研究や活動を紹介し, 講師や他の参加者たちと議論する時間をもつことで, 翌日から予定するワークショップに向けた準備や交流が進んだといえる.

 3-4日目は, ワークショップとし, 実習を含む5つのコースを設け, 一人が1日1コースを選択する2日間のカリキュラムを実施した. ①生態調査法(テレメトリーの実習, GISの紹介を含む), ②個体調査法(ハンドリング, 麻酔, 生体計測, 骨計測などの実習を含む), ③個体群調査法(遺伝子モニタリング実習を含む), ④情報科学技術利用法(絶滅リスク予測ソフトや各種データベースの紹介を含む), ⑤社会教育法(博物館活動や動物園展示の活動紹介を含む), のコースから2つを選ぶように企画した. 会場は,京都大学霊長類研究所, 国際観光センター・フロイデ, 日本モンキーセンターの3カ所に分散させ, 各コースの指導者たちによる解説と実習指導をおこなった.

 最終日は, 午前中に京都大学霊長類研究所の施設見学を行い, 同研究所の研究教育ならびに飼育繁殖の諸活動を紹介する. そののち,昼食を兼ねてエクスカーションで犬山市にある野外民族学博物館リトルワールドを訪問し, 参加国の紹介を兼ねた交流と, 同博物館の研究教育活動につき見学した.

実施した事業の詳細は, 下記のサイトで報告されている.http://www.pri.kyoto-u.ac.jp/meetings/2010/Quest_for_Coexistence/index-j.html

②グローバルCOE「生物の多様性と進化研究のための拠点形成―ゲノムから生態系まで」

http://gcoe.biol.sci.kyoto-u.ac.jp/gcoe/index_j.php

9月10-12日,京都,グローバルCOE第4回国際シンポジウム

招へい若手研究者は, 30人全員が引率教員に付き添われてバスで京都に移動して, このシンポジウムへの参加が奨励され, 大部分がこれに参加した.

③第23回国際霊長類学会大会

http://www.ips2010.jp/

9月12~18日, 京都

招へい若手研究者は, この学会大会に参加して, 30人全員が発表をおこなった.

④京都大学国際シンポジウム:京都大学教育研究財団主催の生物多様性国際会議

「生物多様性と動物園・水族館:生きものからのメッセージ」

http://www.nagoyaaqua.jp/aqua/cop10/20100331/index.html

9月19-20日, 名古屋, 名古屋港水族館

招へい若手研究者は, その大部分がこのポストコングレスの関連国際会議に参加して, おりしも日本が開催した生物多様性条約COPP10会議において, 生物多様性とその意義について学ぶ機会を得た.

30名の招へい実績は以下のとおりである.

(文責:松沢哲郎)

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