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京都大学霊長類研究所 年報
Vol.41 2010年度の活動
年報 Vol.41
Ⅴ. 大型プロジェクト
1)若手研究者インターナショナル・トレーニング・プログラム(ITP-HOPE)
日本学術振興会の「若手研究者インターナショナル・トレーニング・プログラム」による助成事業である.正式な事業名は,
和文「人類進化の霊長類的起源の解明に向けた若手研究者育成国際プログラムHOPE」,
英文「International Training Program for Young Researchers: Primate Origins
of Human Evolution (HOPE)」.略称を, ITP-HOPEとしている.
霊長類学の国際連携をめざした事業をHOPEと総称してきた.
HOPEは,「人類進化の霊長類的起源」を意味する英文名称「Primate
Origins of Human Evolution」の頭文字のアナグラム(並べ替えたもの)である.
若手研究者に学問の発展の将来を託したい.
そういう未来への「希望」をこめた命名である.
HOPE事業は, 平成16年3月に,
日本学術振興会の先端研究拠点事業の採択第1号として発足した.
この先端研究拠点事業HOPEは, 平成16-20年度の5年間継続した.
当初は日独の連携すなわち京都大学霊長類研究所とマックスプランク進化人類学研究所との2国間連携として始まった.
その後, 米英伊仏と順次加わって, 5年間をかけて先進6か国の連携体制が構築された.
先端研究拠点事業HOPEの後継が, ITP-HOPE事業である. 平成21-25年度の5年間採択されている.
平成20年度に, 霊長類研究所が母体となって,
京都大学に野生動物研究センターWRCという新たな部局が誕生した.
そこでITP-HOPEでは2つの姉妹部局が連携して,
若手研究者のインターナショナル・トレーニング・プログラムの確立を目指した.先端研究拠点事業との大きな違いは,
主に3点に要約できる. ①霊長類だけでなくそれ以外の動物の研究も対象にした.
②外国のパートナー機関が先進諸国だけでなく,
アフリカ・中南米・東南アジアなどの発展途上国に広がった.
③ITP事業のそもそもの制約として, 2か月間以上の外国滞在を必要とする.
平成22年度は, ITP-HOPE事業の2年目だった. 平成22年度の事業として,
13件の若手海外派遣事業をおこなった. また, 3つの国際ワークショップ(妙高笹ヶ峰,
マレーシア, ブータン)をおこなった. それと並行して,教員・事務職員を研究のマネジメントのために派遣した.
とくにマレーシアとの共同研究が格段に発展したことは特記できる.
以下に概要を詳述する. 平成22年度は,平成21年度と同様に,
以下の3つのプログラムを実施した.
1) 研究機関交流教育プログラム(Inter-Laboratory Training
Program)
以下の研究機関に若手研究者を派遣し,
実験室および野外調査地での共同研究を行った. インド,
コルカタ, パンジャブ大学, カルカッタ地質調査所. カナダ,モントリオール,
マギル大学. ドイツ,
エルンスト・モリッツ・アンスト大学ほか,
欧州の博物館・研究施設. なお,
新たにパートナー機関とした韓国の梨花女子大学に教員を派遣した.
2) 共同野外調査プログラム(Collaborative On-site Research Program)
以下の野外調査地に若手研究者を派遣し,
パートナー機関の研究者と連携した研究を行うものである.
括弧内は, 連携研究を行ったパートナー機関である.
ギニア・ボッソウ(ボッソウ環境研究所).
タンザニア・マハレ国立公園(タンザニア野生動物研究所).
タンザニア・キゴマ, ルクワ(タンザニア野生動物研究所).
タンザニア・アルーシャ(タンザニア野生動物研究所).
マレーシア・キナバタンガン下流生物サンクチュアリ(マレーシア大学サバ校).
マレーシア・タビン野生生物保護区(マレーシア大学サバ校).
チリ・プエルト・モン沿岸(カリフォルニア大学サンディエゴ校).
インド・バンガロール,インド科学研究所生態学研究センター.
ガーナ・レゴン, ガーナ大学農業消費科学部(ガーナ大学). また,事務職員を2名(新野と福垣),
タンザニアに研究連絡のために派遣した. さらに,また,
外国人教員2名(デイビッド・ヒルとフレッド・ベルコビッチ)を,
サセックス大学とカリフォルニア大学サンディエゴ校に派遣した.
3) 国際ワークショップ(Annual International Workshop)
平成22年9月に日本で国際霊長類学会が開催されたため,
これにあわせて日本でのワークショップを開催した.
ポストコングレスのワークショップで「霊長類考古学」「自然学」といった新しい研究分野を創生するワークショップである.
妙高笹ヶ峰ヒュッテで開催した. なお,
京都大学教育研究振興財団からの助成も受けて共催とした.
昨年と同様に, 本年度も海外で2つの国際ワークショップをおこなった.
外国での開催は当初は隔年の予定だったが,
国際ワークショップを通じての連携の強化が必須だと判断して,毎年の開催とした.
ひとつはボルネオのマリオベイズン・フィールドセンターの開所にあわせて,
マレーシア・サバ大学ならびにマレーシア・科学大学との共催でおこなった.
オランウータンの研究を, マレー半島の飼育施設と,
ボルネオのダナムバレイの野生調査と双方で進めることを目的とした.
もうひとつは10月に,
ブータンで「健康・文化・生態系」をテーマにした国際ワークショップを開催した.
平成22年度の全学経費を受けて,
京都大学ブータン友好プログラムが発足した.
その第1訪問団である.
霊長類研究所は同プログラムの事務取扱い部局の役割を果たした.
平成22年度後半に, 4隊合計25名の教員・事務職員・大学院生・学部学生が参加した.
全学経費とITP-HOPEの共同事業である.これらの国際ワークショップは,
パートナー機関との共同開催プログラムとして海外で実施したものである.
いずれも, 日本から担当教職員等を派遣したほか,
同国周辺に派遣している若手研究員が参加した.
(文責:松沢哲郎)
2) 組織的な若手研究者等海外派遣(AS-HOPE)
日本学術振興会の「組織的な若手研究者海外派遣プログラム」による助成事業である.正式な事業名は,和文
「人間の本性の進化的起源に関する先端研究」, 英文「The
Advanced Studies on the Evolutionary Origins of Human Nature」. 略称を,
AS-HOPEとしている. 事業実施期間は, 平成22年(2010年)3月1日から,
平成25年(2013年)2月28日までの3年間である.
事業実施経費総額(助成決定額)は, 77,819,000円である.
霊長類学の国際連携をめざした事業をHOPEと総称している.
11か月だけ先行して始まったITP-HOPE事業(平成21-25年度の5年間採択)と相互補完的な事業と位置付けられる.
京都大学野生動物研究センターWRCと連携して,
学部学生も含めた若手研究者等の海外派遣をおこなう事業である.
ITP-HOPE事業との大きな違いは, 主に4点に要約できる. ①若手研究者の対象を広げて学部学生も渡航が可能とした.
京都大学であれば学部を問わない. ②大学院生は霊長類研究所ないし野生動物研究センターの所属を原則とするが,
生物科学専攻のグローバルCOE事業(阿形清和代表)と連携していることに鑑みて,
理学研究科の生物科学専攻の大学院生であれば補欠の措置として例外的に参加を認める.
③ITP事業のような派遣期間のしばりがなく, 2か月以上が推奨されるが,
それよりも短期の海外派遣も可能である. ④若手研究者が主対象であることに変わりはないが,
事業を円滑に進めるための研究連絡や,
学部学生の海外実習の引率のために,
教授や准教授の渡航も認める.
AS-HOPE事業は昨年度末に始まった事業であり, 平成22年度は,
最初の本格的な1年だった. 当初計画通り, 5つの基本プログラムを継続した.
①「共同野外調査プログラム」, ②「研究機関交流教育プログラム」,
③「国際ワークショップ」, ④「通年調査プログラム」, ⑤「学部学生短期野外調査プログラム」である.
このうち, ①は毎年度変わる多様な研究である. 22年度は,
ギニア, ブラジル, マレーシア, インドネシア, タイ,
ブータンに若手研究者を派遣して共同野外調査をおこなった.
②についてはドイツのマックスプランク進化人類学研究所を中核連携機関として毎年実施するものである.
平成22年度も,
若手研究者がマックスプランク進化人類学研究所でとくに感覚受容体のゲノム解析についての交流をおこなった.
スバンテ・ペーボ教授と共同で,
引き続いて味覚・嗅覚の受容遺伝子の研究をおこなった.
マイケル・トマセロ教授とは,
人間以外の霊長類を対象とした社会的知性とくに意図性の理解や互恵性の研究をおこなっていて派遣はなかったが,
別途費用のHOPE-GM事業等での招聘があり, 相互交流が進んだ.
また, その他の国々でも同様の研究機関交流をおこなった.
具体的には,インドの古生物学,
イギリスのコウモリ類と霊長類の比較研究などである.
そのほかに, 米国, フランス, スペイン, スウェーデン, 中国,
シンガポール, ベトナム等の研究機関と交流した.
③については海外パートナー研究機関と相談して実施するものである.
他のプログラムと併用して,
マレーシアで野生保全に関する国際ワークショップをおこない,
ブータンで健康・文化に焦点をあてた国際ワークショップをおこなった.
④については, タンザニアのマハレ・ウガラ,
ウガンダのカリンズ, コンゴのワンバ,
マレーシア・ボルネオのダナム・バレイという4カ国の調査基地を対象に3年間継続しておこなう長期継続調査プログラムである.
霊長類およびその他の野生動物の野外研究を実施した.
通年の継続研究体制と若手研究者の海外派遣によって次年度以降に飛躍的な研究成果の向上が得られると期待している.
特記すべきは,マレーシアでの共同研究の進展である.
マレー半島で野生保全と野生復帰のプログラムがマッチングで始動し,
ボルネオのダナムバレイでは調査小屋が開設されて長期継続研究の道が開けた.
⑤の学部学生短期野外調査プログラムについては1年生から参加できる教育プログラムである.
国外の研究基地を基盤に展開した.具体的には,
ボルネオのダナムバレイの調査基地を利用した比較行動学の実習をはじめ,
スカウほかでの生態学の学部学生派遣をおこなった.
米国ラトガース大学の協力を得てケニアの野外人類学実習に学部学生を参加させた.
中国北京大学と学部学生交流をおこなった. また,
ゲノム科学関連の学部学生交流としてドイツのハイデルベルグ大学とドレスデン大学でゲノム科学実習を実施し,
学部学生に早期に学問と海外経験を積ませることができた.
派遣実績は以下のとおりである.
平成22年度の合計は以上の78件である. 派遣日数は1620日になった.
経費総額は, 22,604,187円だった. なお,「派遣先の研究機関等の種類」は,
①大学, ②研究機関, ③企業, ④その他, である.
(文責:松沢哲郎)