京都大学霊長類研究所 年報
Vol.39 2008年度の活動
X 共同利用研究
2 研究成果
(3) 随時募集研究
1 キンシコウの出産率に関する研究
和田一雄
対応者:渡邊邦夫
秦嶺山系玉皇廟村で西梁群を2001-2005年の5年間,調査期間中のみ餌付けをして個体識別による観察を行った.それによって出産率と出産間隔の資料を収集した.交尾可能な年代をsubadult(4-5才)とadult(6才以上)とに区別したが,同時に計算した.出産率は2002-2005の4年間でそれぞれ46.2%,32.5%,46.2%,35.4%,平均40.1%であった.アジアのColobinaeのなかで出産率をみると,Trachypithecus
leucocephalusは32%(黄乗明,2002),
秦嶺山系と類似の生息環境にあるPresbytis
entellus は44%(杉山,1980)とばらついた値を示す.P.
entellusは子殺しをするので出産率に反映しているのかもしれない.西梁群で2001年の出産数は正確ではないが,同年11月のアカンボ数を出産数として5年間の出産間隔を見ると,2年連産が5例あった.これはアカンボを抱えて発情・交尾したことを示すものである.5年間で隔年出産19例,2年おきが1例あった.この比較的短い出産間隔が高い出産率をもたらしていると思われる.出産率をCercopithecinaeと比較すると,アカゲザル(インド北部の野生群で76.4%)やチベットモンキー(中国黄山の半野生群で67.2%)に比べると低い値だが,ニホンザルの野生群(20.9-33.6%)より高い数値である.
キンシコウの出産率は相対的に高率であることが,高緯度地域に分布域を拡大できた要因になっていると思われる.葉食性が強く,複胃であることが果実の不足する厳しい高緯度地域への進出を可能にしたもう一つの要因であったろうと思われる.
3 ニホンザルにおけるイメージ操作の検討
川合伸幸(名古屋大・院・情報科学)
対応者:正高信男
ヒトの場合,見本合わせ課題において,見本刺激と比較刺激が同一であるかどうかの判断は,180度を頂点に比較刺激が回転して提示されるほど遅く不正確になる.心的回転現象である.しかし,ハト,サル,チンパンジー,イルカらは,回転角度にかかわらずほぼ同じ速度で反応する.すなわち,動物を対象とした場合,心的回転現象が見られないとされてきた.
しかし,これまでに動物を対象とした研究では,見本合わせ課題か同時弁別課題で検討されてきたが,遅延見本合わせ課題を用いることにより,見本刺激のイメージに記憶の負荷をかけることで,提示された刺激の回転角度に合わせて反応時間が線形に増加するのではないかとの可能性を検討した.ただし,遅延見本合わせを行う前に,鏡映の刺激二対が異なるものであることを学習する必要がある.そこで,同時弁別の手続きを用いて,2つのアルファベット(FとR)のうち,正立か鏡映像の一方を正刺激とした弁別課題を4頭の個体に学習させた.
その結果,2頭が習得したので,遅延無しの見本合わせを訓練した.刺激の傾きが0度では習得したが,現在見本刺激を他の角度にして訓練を継続中である.正答が高率で安定した時点で各角度ごとの反応時間を比較する.残りの2頭は,同時弁別の訓練を継続中である.
4
オブジェクトベースの注意からみた視覚的体制化の霊長類的起源
牛谷智一(千葉大・文)
対応者:友永雅己
チンパンジーを使ったこれまでの研究では,反応すべき標的刺激と先行手がかりの両者が同じ物体内に位置する条件の方が,別々の刺激に位置する条件よりも反応時間が短くなること(オブジェクトベースの注意)を確認した.今年度は,昨年度に引き続き,透明視によって知覚的に構成された物体に対してもオブジェクトベースの注意が働くか調べた.隠蔽条件では,モニタ上に2つの長方形をX型に重ねて配置し,透明視条件では,ヒトにとって一方が透けて向こうの長方形が見えるような輝度配置にした.統制条件では,透明視と同じ輝度配置ながら,輪郭の配置をずらすことにより,長方形が分断されたように見える刺激を呈示した.手がかりと同じ物体内に出現した標的刺激への反応時間は,統制条件より隠蔽条件と透明視条件とで短く,透明視によって構成された物体に対してもオブジェクトベースの注意が働くことが示されたが,2つの長方形のうち一方では効果が弱かった.そこで,マイケルソン対比を利用して,2つの長方形,標的刺激,手がかり刺激,背景の輝度を調整して,刺激の改善をおこなった.
5
ニホンザルの乳臼歯,小臼歯および大臼歯の比較解剖学的研究
二神千春(愛知学院大・歯)
対応者:髙井正成
ニホンザルの下顎dp4の形態を大臼歯と比較した.歯の計測はデジタルカメラで撮影した咬合面観の画像をパソコンに取り込んで行った.dp4,M1,M2の歯冠近遠心径(MD),トリゴニッド頬舌径(trd-BL),タロニッド頬舌径(tld-BL),を写真上にて計測し,統計学的に検討した.
M-Dではdp4と比較してM1は10%程大きく,M2は20%程大きかった.tid-B-Lではdp4と比較してM1は20%程大きく,M2は40%程大きかった.tad-B-Lではdp4と比較してM1は15%程大きく,M2は30%程大きかった.以上より,第一生歯では歯列の近心から遠心に向かう連続的な形態変化が認められ,dp4は大臼歯よりも頬舌的に圧平された形態を呈し,トリゴニッド側ではより圧平された形態をしていると言える.この結果は成長にともなって顎への機能的要求が大きくなり,遠心に位置する大臼歯では頬舌径が大きくなったと考えられる.
6 飼育下霊長類の行動と尿中8-OhdG(酸化ストレスマーカー)との関連
村田浩一(日本大・生物資源科学)
対応者:松林清明
8-OHdGの精神的ストレス指標としての有用性を検討するため,当初の計画を変更し,ニホンザルの母仔分離(生後9~10ヶ月齢時)において,分離前後の尿中コルチコステロン(CORT)濃度および尿中8-OHdG濃度,並びに行動変化を測定した.さらに,母仔分離による精神的ストレスの強弱を調べるとともに,8-OHdGおよび行動の精神的ストレス指標としての有用性を検討した.母ザルの尿中CORT濃度は分離後1~2日で有意に減少,仔ザルでは分離後2~16時間に急激に増加し,その後漸減した.このことから仔ザルにとって母仔分離は大きなストレス因子になると示唆された.尿中8-OHdG濃度は,全10頭中7頭の個体で高ストレス時に増加し,精神的ストレス指標物質として有効であると考えた.行動分析では,仔ザルへの毛繕いが多く見られる母仔では,母仔ともに分離後の尿中CORT濃度がより増加する傾向が見られた.また,仔ザルへの威嚇が多く発生する母仔では,母仔ともに分離後のCORT濃度の増加が少なくなる傾向が見られた.このことから,母から仔へのグルーミングおよび威嚇の生起割合によって,分離後に負荷される精神的ストレスの強弱を予測することが可能だと推察された.また,分離前後の尿中CORT濃度と各行動の関連を比較検討した結果,母ザルでは常同行動の発生頻度において相関した変動が認められ,仔ザルでは尿中CORT濃度と静止/警戒との間に有意な相関が認められた.以上より母ザルでは常同行動が,仔ザルでは静止/警戒が精神的ストレスおよび心理的緊張を示す指標として有効である可能性が示唆された.
7
サル類の病理学的研究:チンパンジーにおける死因の検討
柳井徳磨(岐阜大・応用生物科),児玉篤史(岐阜大・院・連合獣医)
対応者:鈴木樹理
大型類人猿は飼育個体数が減少しつつあり,その個体情報は有用である.2008年にGAINに関連して,病理組織学的検索を行ったチンパンジー3例の概要を報告する.症例1:38歳の雄.落下により肢を痛め,食欲低下.23日後に伏臥.3日後に死亡.剖検では,右大腿部に腓骨の開放性完全斜骨折が認められ,右大腿筋の壊死・融解が高度.また,胸部および腹部には広範囲な皮下出血,精巣は腫大.組織学的には,腎皮質における近位尿細管の変性,乳頭部の高度なうっ血が認められた.また,心筋の高度な線維化,脾臓でのリンパ球の枯渇化,肺気腫,精巣白膜の肥厚が認められた.死因としては,事故による打撲・骨折,それに続くショック,さらに心筋線維化に伴う心機能低下が推測された.症例2:27歳以上の雄.給餌時に芋を受取り,そのまま倒れ斃死.剖検では,高度な削痩,回腸粘膜の充出血,大腸の鞭虫寄生,膵臓における出血斑が認められた.組織学的には,肝,脾および腎臓の高度なうっ血,膵臓および腎髄質における菌塊および出血を伴う多発性巣状壊死,アメーバ原虫を伴う慢性大腸炎,慢性出血性小腸炎が認められた.死因としては,アメーバ原虫および鞭虫性腸炎,さらに二次的な敗血症が考えられた.症例3:27歳の雌.蟯虫駆虫薬を投薬4日後に死亡を発見.前日まで異常はなかった.剖検の詳細は不明.組織学的には,肝臓,脾臓および肺に高度なうっ血が認められた.心臓では心内膜下の線維化および細動脈の内膜肥厚が認められた.心不全に起因した循環障害が疑われた.
8 マイクロサテライトDNA解析による野生ワオキツネザルの繁殖構造の研究
市野進一郎(京都大・理・人類進化)
対応者:川本芳
マダガスカル共和国ベレンティ保護区の野生ワオキツネザルを対象にマイクロサテライト多型解析を続けている.これまでに1998年から1999年にかけて採取した134個体分の遺伝試料と2006年に新たに採取した76個体分の試料を実験に用いてきた.今年度も,これらの試料を実験に用いた.これまでに多型が確認できている11座位について,シークエンサーを用いたフラグメント解析をおこない,遺伝子型を決定する作業を続けた.また,新たに非侵襲的な遺伝試料を用いて実験をおこない,試料としての有効性を検討した.実験には,ベレンティ保護区で採取されたワオキツネザルの体毛および糞を用いた.糞はサンプルによってDNA収量が異なり,結果はまちまちだった.一方,体毛はある程度の量のDNAが安定的に得られた.十分に人慣れしたベレンティ保護区のような場所では,キツネザルを捕獲することなく,尾の毛を採取することが可能であり,野外における非侵襲的なDNA採取に有効であることが示された.
10
ニホンザルにおける内側傾斜型電気柵反応試験
田中俊明(梅光大・子ども),小枝登,田戸裕之(山口農林総セ),石原淳三郎(岡重株式会社)
対応者:渡邊邦夫
果樹園の防風林から飛び込むサルを想定して,従来から使用されている直立型の電気柵と斜め内側傾斜型電気柵の飛び込み台からの侵入阻止効果について検討した.
電気柵に電気を通さず飛び込みにより侵入させる馴化の過程では,直立型柵は81回のチャレンジで96%の成功,斜め傾斜型柵は40回のチャレンジで100%の成功であり,チャレンジ回数に差はあるが,どちらの柵も成功率は高かった.しかしながら柵を通電させた条件下では,直立型柵は21回のチャレンジ回数で76%の侵入率であったのに対し,斜め傾斜型柵は5回のチャレンジ回数で0%の侵入率であり侵入を完全に阻止した.
このことから,今回開発した斜め傾斜型柵は,防風林が伐採できない果樹園で,飛び込み被害が考えられる場所において被害防止効果があることが確認された.
11
野生チンパンジーの肉食における狭食性の研究
保坂和彦(鎌倉女子大・児童)
対応者:マイケル・ハフマン
本年度は8~9月に約1ヶ月半のマハレ山塊(タンザニア)のチンパンジーを対象とする野外調査を実施した.今回は,アカコロブスの捕食が6例,齧歯類?(種不明)の捕食が1例観察されたが,同所的に高密度に生息するアカオザルの捕食は観察されなかった.アカコロブスの捕食については,いずれもアルファ雄が肉をコントロールしたが,チャージングディスプレイする間,同盟者と推測される大人雄や母親に一時的に肉を預けたり放置したりと,ヒト以外の霊長類には珍しい「近接の原理」に反する現象が見られた.また,アカコロブスの一部の群れはチンパンジーに対するmobbingが頻繁に見られるようになり,とくに大人雄のコロブスは積極的にチンパンジーに接近し,地上で逃げるチンパンジーを追いかける事例も2回観察された.それにも関わらず,マハレのチンパンジーがアカコロブスを集中的に狩猟する傾向は依然として高い.しかし,同じ季節のアカコロブスの狩猟頻度は1990年代前半に比べると減少しており,対捕食者行動が功を奏している可能性がある.今後の分析によって明らかにしたい.また,潜在的な獲物動物の音声を鋭指向性マイクロフォンとリニアPCMレコーダーを使用して収集した.次年度に予定する野外実験の刺激として利用できるか否かは,共同利用研究員として所内で閲覧・収集した文献をよく調査し,検討していきたい.
12
精密赤外分光法による霊長類の視覚ダークイベント発生機構の解明
古谷祐詞,神取秀樹(名古屋工業大)
対応者:今井啓雄
視覚は,霊長類において重要な外部情報処理機構の1つである.薄暗闇でも物体を認識できるのは,高感度な桿体視物質ロドプシンが存在するためであり,複数の吸収波長の異なる錐体視物質が色覚を実現している.これらはいずれも11-cis型レチナールを発色団としてもっており,光吸収に伴う異性化反応により光情報処理が開始される.我々は精密赤外分光計測を用いて,桿体視物質ロドプシンの内部で起こる構造変化過程の詳細を明らかにしてきた.
一方,これまでの研究から視細胞が暗中にも関わらず活性化する"ダークイベント"が確認されている.本研究は,ダークイベントの分子メカニズムを我々が世界をリードする精密赤外分光計測により解明することを大きな目標として開始した.視細胞のダークイベントは,レチナールの熱異性化により視物質が活性化されることが原因とされている.しかしながら,光異性化の活性化エネルギーから推測される熱異性化の発生頻度は,ダークイベントの頻度よりも1億倍程度低い.多くの研究者は視物質内部のレチナール結合部位が過渡的に構造緩和することにより,熱異性化が促進されるものと考えているが,実験的な裏付けが全くなかった.
本研究では,ウシの桿体視物質ロドプシンを用いた赤外分光実験により,レチナール結合部位を構成するThr118のO-H基が温度依存的に重水素化されることを見いだし,これをもとにロドプシンのレチナール結合部位が過渡的に構造緩和する事実をモデル化することに成功した(論文投稿中).今後は,桿体視物質ロドプシンに対する結果が色覚を担う錐体視物質にも当てはまるのかどうか,精密赤外分光計測を用いた構造解析を継続したいと考えている.
13 テングザルの社会・生態研究
松田一希(北海道大・院・地環研)
対応者:半谷吾郎
申請者は,2008年5月より2週間,研究所に滞在して,テングザルの社会・生態に関する研究データの解析方法を霊長類研究所内の研究者と議論した.特にテングザルの採食,遊動,捕食圧に関するデータをどのような形で論文としてまとめていくかについての意見交換を行い,且つ研究所の図書室において論文作成に必要な文献を利用して具体的な論文の原案を作成した.また,申請者がテングザルに関するデータ収集と同時に行って来た,調査地内に生息する霊長類の密度調査,植物フェノロジーに関するデータを,研究所内の研究者が別の調査地で収集しているデータと比較可能な状態にし,共同で執筆する論文の構成,発表時期について話し合った.同時に,今後の野外データの収集方法を統一するための話し合いも行った.この時に,議論したデータ手法を用いて,現在も野外データの収集を継続している.
2009年2月に再び研究所を訪れ,数日間滞在した.この時は,2008年5月に議論した内容をもとにまとめた研究内容を,研究所内のセミナーで発表した.現在は,この時に発表した内容を論文として出版するための執筆作業を進めている.
14
ニホンザルを対象とした警告刺激の呈示による回避学習の形成
室山泰之,鈴木克哉(兵庫県立大・自然・環境科学研究所)
対応者:友永雅己
ニホンザルによる農作物被害対策として,音や光などの感覚刺激を用いた被害防止技術が一般によく用いられているが,刺激に対する馴化を防止あるいは遅延する技術がないため,短期間で効果が消失すると言われている.そこで,飼育下のニホンザルを対象として,警告刺激の呈示による回避学習の形成と維持を目的とした実験を実施し,嫌悪刺激への馴化遅延について検討した.スイッチ式の電牧器の通電線と(+)とアース線(-)を埋め込んだ3m四方の板を設置し,サルが装置に乗った際に,警告刺激として中立的な音刺激を呈示し,続いて弱電流(嫌悪刺激)を与えた.その結果,反応には個体差がみられたが,警告刺激の呈示に回避行動を示した個体も存在した.今後さらに条件を統制して,どのような条件下で学習が形成されやすいのかを検討する必要がある.
15 野生ニホンザルによる針葉樹樹皮食
船越美穂
対応者:渡邊邦夫
1987年ころから北アルプスの長野県側のある地域でニホンザルによる針葉樹剥皮被害が起こり始めた(岡田1996).外樹皮を剥がし,内樹皮を食べるその行動の機能と目的を調べるために,1997年から現地調査を行っている.位置データとスキャニング法による直接観察データが共にある1999年3月から2000年3月のまでの浅川群317ポイントと黒沢群173ポイントを,ツル植物や潅木を含めた広葉樹の樹皮食の見られた場所,針葉樹樹皮食が見られた場所,樹皮食の起こらなかった場所で色分けしてプロットしたところ,黒沢群の針葉樹樹皮食は行動域の外縁,浅川群の針葉樹樹皮食は他の3群と出会う辺りで起こっている傾向が見られた.広葉樹採食場所にそのような傾向は見られなかった.針葉樹樹皮食は群間競合に際して起こる一種のマーキングの可能性が示唆された.また,樹皮食と活動タイプの日内変動を冬と春で調べたところ交尾や休息と樹皮食は相関する傾向が見られた.
16 サル眼における脈管系の機能解剖学
平岡満里,髙田昌彦(東京都神経科学研究所)
対応者:宮地重弘
ぶどう膜(虹彩・脈絡膜・毛様体)にある血管以外の脈管系について,その構成要素の機能分子を検索し,その異常がぶどう膜免疫疾患とかかわりがありうるかについて検討した.CD40,CD34,
vWF,cochlinについてぶどう膜における局在を調べた結果,単一の因子が特異的に存在するのではなく複数が重なり合ってみられた.特に虹彩内部と脈絡膜内の洞脈管壁にはcochlinが多く,内耳におけるリンパ管のリンパ液産生機構の文献から考察するとこれらの局在は原田病の病因に関連があることが推察された.さらに年齢による局在の差異およびmRNA発現をPCR法で検討し,今後はisoformの同定を研究したいと考えている.
17
アカゲザルとヒトの皮膚発現遺伝子プロファイルの比較
颯田葉子(総合研究大学院大・先導科学)
対応者:平井啓久
アカゲザル7個体(生後2日から11ヶ月齢)の腹と背側の皮膚サンプルそれぞれ50~100
mgからRNAを抽出した.様々な遺伝子の発現は次の二つの方法で比較した.まず第1の方法では,このRNAをreverse
transcriptase
で逆転写し,目的とする遺伝子が転写されているかどうか個々の遺伝子について調べる.本研究では,温度感受性の受容体9種類について,その発現をヒトとアカゲザルで解析した.その結果,アカゲザルでは,全ての個体で発現が確認される遺伝子と,個体により発現の有無にバラツキがある遺伝子,7個体全てで発現が確認されない遺伝子が存在した.また第2の方法では,Agilent社製の
Gene Chipを用いてヒトとアカゲザル皮膚由来のRNA中の遺伝子を網羅的に探索し,発現の比較を行った.その結果,ケラチンおよびケラチン関連タンパク質の発現について,ヒトとチンパンジーで得られている結果と同様の傾向が観察された.今後は,これら種間で発現の異なる遺伝子のゲノム上での塩基置換や,構造的な違いなど,発現の違いを作り出している遺伝的な原因を特定するとともに,この発現の違いが表現型の進化とどのように関連するかについても明らかにしたい.
18
RNAを基点とした霊長類のエピジェネティクス
今村拓也(京都大・院・理)
対応者:大石高生
本課題は,遺伝子プロモーターにオーバーラップして発現するnoncoding
RNA(以下,プロモーター非コードRNA;
promoter-associated noncoding RNA; pancRNA)に着目し,pancRNAによる脳機能のエピジェネッティック制御と大脳皮質の進化の謎に迫るのがねらいである.申請者はこれまでに,1)ほ乳類において,遺伝子発現に関わるプロモーターの多くは両方向性であり,センスRNA(多くはコード遺伝子)・アンチセンスRNA(多くは非コード)を単一細胞内で排他的ではなくむしろ同時的に生成していること,2)男性ホルモンの核内受容体遺伝子であるAR遺伝子プロモーター領域から内在発現するアンチセンスRNAを恒常的に発現するトランスジェニックマウスを作製したところ,アンチセンスRNAが配列特異的にDNA脱メチル化を引き起こすことでセンスmRNAの発現上昇を誘導し,メスの視床下部・辺縁系を構造的にも機能的にもオス様に変えること---を発見した.ニホンザルサンプルよりRNAを抽出し,遺伝子プロモーター領域から内在発現するアンチセンスRNAが霊長類にも存在することを見つけた.
19 Activity-Sleep Quantitation in New World Monekys by
non-invasive actigraphy
サチタナンタン・スリカンタ(岐阜薬科大)
対応者:鈴木樹理
Under captive conditions, quantitating the occurrence of
vigilance was the objective of this project. I carried out 2
experiments each in 5 common marmosets (Callithrix jacchus)
and 12 cotton top tamarins (Saguinus oedipus). Three
parameters (activity counts, total sleep time (TST)/24 h.
and sleep episode length (SEL)/12 h. dark phase) were
measured daily for 11 days using tagged actiwatches. From
these experiments, I inferred the following: (1) As cotton
top tamarins are comparatively more aggressive than common
marmosets, mixing of individuals from different families
into a single case is not feasible; as such, common marmoset
is a suitable model to test this hypothesis. (2) Of the 3
parameters measured, varying SEL lengths in individual
family members living in the same cage is a suitable
indicator of the presence of vigilance. Usually, the SEL
length varies between 30-60 min. But, some individuals show
unusually extended SEL length up to 240-350 min. in
different days.
20
サル類の血液及び骨髄細胞の形態に関する研究
松本清司,西尾綾子(信州大・ヒト環境)
対応者:宮部貴子
血球形態に関する研究の目的で,アカゲザルの血液(6頭)及び骨髄(胸骨,肋骨を1頭)サンプルを共同利用した.血液はスピナー法,骨髄はサイトスピン法でそれぞれ塗抹標本を作製しメイグリューンワールドギムザ染色を施した.これらの標本から,特徴的な血球(末梢白血球は40細胞,骨髄細胞は150細胞)を抽出してデジタル画像化し,血球種ごとのサイズ,染色性,形状などの形態的特徴を解析した.対象としたのは,末梢血球では赤血球,白血球,血小板,骨髄細胞では骨髄芽球,前骨髄球,骨髄球,後骨髄球,成熟顆粒球,マクロファージ,形質細胞,分裂期細胞,巨核球および異常細胞についてである.これまでに,アカゲザルの血球の特徴として,大きさ及び顆粒球(好酸球,好中球,好塩基球)の特殊顆粒の形態が他の実験動物に比べてヒトに類似していること,更に好中球の核は過分節の傾向を示すが,このことを含めて血球形態が全般的にカニクイザルと近似する成績が得られている.
現在,サル類の血液形態学的特徴について,マウス,ラット,ウサギ,イヌなどの実験動物と比較検討中であり,これらの成果をアトラス集としてまとめて公表する予定である.
21
ニホンザルにおける放射運動に対する速度感度の初期発達
白井述(首都大東京・人文科学)
対応者:友永雅己
前年度,前々年度から引き続き,生後1-5ヶ月齢のニホンザル乳児を対象として,放射状の拡大・縮小運動の検出における速度感度の発達について検討した.前年度(20
deg/s),前々年度(10 deg/s),とは異なる速度(5
deg/s)を持つ放射・並進運動対を刺激として提示し,放射・並進運動間の弁別が可能であるか否かについて選好注視法によって検討した.
その結果,運動速度が5 deg/sと比較的遅い条件下でも,生後1-5ヶ月の乳児は拡大運動と並進運動の弁別が可能であることが示唆された.一方,縮小運動と並進運動の弁別については,それらの運動の弁別を示す有意な視覚選好は生じなかった.
ヒト乳児でも放射状の拡大・縮小運動に対する速度感度は,拡大運動検出においてより高いことが報告されている(Shirai,
Kanazawa & Yamaguchi, 2008).ヒトを対象とした先行研究の結果と,本年度,前年度,および前々年度の結果から総合的に判断して,ニホンザル乳児はヒト乳児と類似の放射運動知覚特性を持つものと考えられる.
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