京都大学霊長類研究所 年報
Vol.39 2008年度の活動
X 共同利用研究
2 研究成果
(2) 自由研究
1
食物パッチ利用におけるコスト~群れサイズによる違い~
風張喜子(北海道大・環境科学)
対応者:半谷吾郎
ニホンザルは食物パッチ内で,他個体の位置把握のための見回しをする.この見回しは伴食個体が少ないほど増加し,それに伴って採食速度が低下することが明らかになっており,採食時の大きなコストになると言える.群れサイズが異なれば,同じ伴食個体数でも群れ全体に対する割合が異なるので,見回しの必要性が変化し,コストも異なると予測される.本研究では採食行動における最適な群れサイズや伴食個体数を検討するために,群れサイズによる見回しコストの変化を明らかにすることを目的とした.2008年10月に宮城県金華山島に生息する大きさが異なる2群(B1群:34頭,B2群:17頭)で,採食中の個体の採食速度,見回しの頻度,伴食個体数を観察した.その結果,見回し頻度が低いほど採食速度が高く,見回しが採食時のコストになっていることを確認できた.見回し頻度は,伴食個体数が多いほど,また,同じ伴食個体数ではB2群で,低かった.以上より,見回しコストは,小さな群れでは小さく,大きな群れでは大きくなると言える.
2
ニホンザルコドモの遊びのレパートリーに関する地域間比較の継続調査
島田将喜(滋賀県立大・人間文化)
対応者:半谷吾郎
昨年度から継続してきた,宮城県金華山に生息する純野生ニホンザルの群れ,金華山A群のコドモを対象とした,遊び行動,とくにそのレパートリーに関する総合的な調査を実施した.
調査は春季と夏季,それぞれ1ヶ月ずつ実施した.調査方法は昨年度までの方法を踏襲し,個体追跡法を用いて観察した.遊び場面の記録はビデオカメラを用い,それ以外の記録はフィールドノートを用いた.
昨年度秋季,冬季の調査と合わせ,年間を通じた群れ内のすべてのコドモの行動および社会関係に関するデータの収集が完了した.その結果,季節によって遊びの頻度・量が大きく異なるだけでなく,季節ごとに選択される遊びのレパートリーが異なっていることが示唆された.
研究のバイプロダクトとして,隣接する群れのオスグループから交尾期後に,A群に追随するようになったワカモノオス一個体が,島田が滞在中のある日,群れの複数のオスから一方的攻撃を受けた後,死に至るというこれまでニホンザルでは観察されたことのない事例を撮影した.映像を分析した結果,事例は他の霊長類でも観察されるオス間の競合として理解された.ただし群れオスの攻撃は直接相手を殺傷するほど激しくはなく,逃げる犠牲者が海へ飛び込むなどの「不運」も,その死の大きな要因になっていると考えられた.この研究は原著論文としてAggressive
Behavior誌に投稿し,受理された.
3
照葉樹林に生息するヤクシマザルとヤクシカの種間関係
揚妻直樹(北海道大・フィールド科学センター),揚妻-柳原芳美(苫小牧市博物館・友の会)
対応者:半谷吾郎
本研究では行動観察によって,ヤクシカとヤクシマザルの間に見られる種間交渉・種間関係について定量的な把握を行った.屋久島西部地域で,人付けされた野生シカ5頭(メス3頭・オス2頭)を対象に,日中および夜間の行動を個体追跡することで観察し,対象個体の行動を2分毎に記録した.また20m以内のサルとの近接の有無も記録した.さらに,対象個体とサルが交渉を持った場合には,その事例をアドリブサンプリングした.2008年4月から11月に,合計約130時間(日出から日没までの時間帯:約96時間,日没から日の出までの時間帯:約34時間),シカの行動を記録した.
日中の時間帯,対象個体がサルの20m以内に近接していた時間割合は6.5%であった.これは2006年・2007年の値(8-9%)と比べて,ほぼ同じであった.シカは日中の観察時間の26%を採食に費やしていた.シカが採食した品目の中でサルが供給した品目(サルが落としたと思われる食物)の採食時間割合は7%であり,2006年・2007年(4-11%)とほぼ同等であった.サルが供給した食物品目の中ではハゼノキ・ハマビワの果実・種子やタブノキの花が8割,イヌビワ・ヤクシマオナガカエデ・ハドノキなどの成葉・新葉が2割を占めていた.なお,その他のシカとサルの交渉としては,サルがシカの体に触ろうと手を伸ばした事例が観察された.一方,夜間の時間帯については,対象個体がサルの20m以内に近接していた時間割合は0.8%に留まった.シカは夜間についても26%の時間を採食にあてていたが,サル由来の食物が採食時間に占める割合は2%と低かった.また,シカとサルの交渉も観察されなかった.
4 V3/V3A野に投射するV2野チトクロームオキシダーゼ構造の解明
中村浩幸,白数真理(岐阜大・院・医)
対応者:三上章允
V3/V3A野は月状溝と頭頂間溝の深部にあるため,トレーサー注入が困難で,その神経回路は明らかでない.また,V2野のどのチトクロームオキシダーゼモジュールから入力を受けているかも不明である.私たちは,MRI画像をアトラスとして用い,V3/V3A野に微量の神経トレーサー(ビオチン化デキストランアミン・ファーストブルー・WGA-HRP)を注入して,V2野のチトクロームオキシダーゼ構造と逆行性に標識された神経細胞の分布との関係を調べた.全額断連続切片からの再構築所見では,両者に関連が見られなかった.また,フラットマウント切片を作製し,V2野のチトクロームオキシダーゼモジュールと,逆行性に標識されたV3A投射神経細胞の分布との関連を直接観察したが,両者に関連は見られなかった.したがって,V2野の全てのチトクロームオキシダーゼモジュール構造からV3A野に投射していることが明らかになった.V3野にトレーサーを微量注入した結果からも,V3投射細胞の分布とV2野チトクロームオキシダーゼモジュール構造とは無関係であった.この結果は,V3/V3A野が形態視覚と運動視覚の両方の入力を受けていることを示唆する.
5
他者の存在は自己鏡像認知の成立に必要か?
草山太一(帝京大・文・心理)
対応者:正高信男
動物に鏡を提示し,その自己の反射像を自己と認知するかどうかを調べる研究は自己鏡像認知と呼ばれ,現在までに多くの動物種を対象に検討されている.この研究では通常,厳密な個体の行動を観察するために対象を1個体に絞った方法が主流であるが,本研究では他の個体が一緒に映り込むことが自己鏡像認知の成立を促進する要因になることを考えた.言い換えるなら,他者の鏡像と実物との対応関係から,自己の反射物を自己と認知すると考えたのである.
ニホンザルを透明なアクリル箱に入れて,普段から給餌などで信頼関係の厚い人物と一緒に鏡の前で過ごしたときの反応をビデオ記録した.そのような観察を繰り返した結果,人物が一緒にいるときに鏡に対する積極的な興味反応が認められ,それに伴って鏡の像を他個体と認知するような反応は徐々に減少していった.
7 サル類のアメーバ感染に関する疫学研究
橘裕司(東海大・医),小林正規(慶応大・医)
対応者:松林清明
霊長類の腸管に寄生するアメーバの中では,赤痢アメーバ(Entamoeba
histolytica)が唯一病原性のあるアメーバと考えられてきた.しかし最近,赤痢アメーバとは異なる病原アメーバE.
nuttalliが,アカゲザルやカニクイザルから見つかっている.本研究では,ニホンザルにおけるE.
nuttalliなど腸管寄生アメーバの感染実態を明らかにすることを目的とした.
長野県山ノ内町地獄谷群,静岡県南伊豆町波勝崎群,霊長研において飼育されている大阪府箕面由来群のそれぞれ約30頭から新鮮な糞便を採取し,PCR法によってアメーバ類の検出同定を行った.その結果,大腸アメーバ(E.
coli)とE. chattoniはすべてのグループから高率に検出されたが,赤痢アメーバはまったく検出されなかった.一方,E.
nuttalliは地獄谷群のみから検出され,E. disparは箕面群のみから検出された.従って,地域によってニホンザルの感染アメーバ種には差があることが明らかになり,野生ニホンザル地域個体群でのアメーバ保有の動物地理に新たな知見を加えることとなった.E.
nuttalliについては分離培養することができたので,今後,詳細な解析を行う予定である.
8
観察者が大型類人猿に与えるストレスの定量的評価
川村誠輝(山口大・農)
対応者:大石高生
動物園の観客が展示動物に与える影響についてはこれまでに多くの調査が行われてきたが,一致した見解は得られていない.その理由の一つに,ストレスの評価の妥当性が挙げられる.そこで本研究は,第一に,非侵襲的な方法である糞中コルチゾール濃度によるストレス評価法を確立し,ストレスの評価に有効な標準値を求めること,第二に,観客の存在が与えるストレスについて,生理指標および行動指標を用いて定量的に評価することを目的とした.対象は日本モンキーセンター,王子動物園,東山動物園のチンパンジーおよびゴリラとした.各対象個体について,朝と夕方に糞を採取し,市販のキットを用いてコルチゾール濃度を測定した.また,ストレスの行動指標であるセルフスクラッチ頻度を記録し,同時に,展示場所前の観客数を記録した.その結果,糞中コルチゾール濃度は,サンプリングの時間帯,動物園,種および季節によって異なり,とくに冬では他の季節よりも高かった.冬は寒冷によるストレスが誘発された可能性があるため冬以外の季節について,また,日内変動を考慮して朝に採取したサンプルを用いて,動物園および種ごとに標準値を求めた.次に,観客が誘発するストレスについて調べた結果,東山動物園のゴリラでは観客数と各ストレス指標との間にやや強い正の相関がみとめられた.本研究により,糞中コルチゾール濃度によるストレス評価法を確立でき,これを用いて観客の与えるストレスを評価することが可能であった.
9 老齢ザルにおける認知機能の変化
久保(川合)南海子(京都大・こころの未来研究センター)
対応者:正高信男
老齢ザルの補完的な行動方略を明らかにするために,身体的な手がかりが使いにくい実験事態での作動記憶および行動のプランニングについて検討する.身体定位や外部環境への依存が無効になった場合,記憶が困難になるのか,あるいはどのような情報を利用すれば記憶できるのかを検討するため,これまでWGTAを用いておこなってきた記憶課題を,コンピュータで制御するタッチパネルを用いた手続きでおこなうことにした.課題を遂行するための基本的な動作の訓練として,タッチパネル上に呈示された画像刺激に触れて報酬を得る訓練をおこなった.昨年度は年度途中での採択となり実施期間が短かったため若齢個体のみを対象に訓練をおこなったが,今年度は老齢個体にも訓練を開始して,3頭について現在も訓練を継続中である.
11 注意欠陥/多動性障害(ADHD)のモデル動物の作成
船橋新太郎(京都大・こころの未来研究センター)
対応者:大石高生
前頭連合野に投射するドーパミン(DA)線維は内側面で密度が高く,外側面や眼窩面は内側面に比べて密度が低い.また,成熟サルの外側面のDA量の一過性の操作により様々な認知機能に影響が出ること,ヒトでも脳内DA量の低下により認知機能の障害が生じる.しかし,乳児期や幼児期の前頭連合野DA量の慢性的変化による行動への影響や,その成長・発達に伴う認知機能の変化は明らかにされていない.本実験では,幼年期のサルの前頭連合野にDA阻害剤である6-OHDAを投与し,前頭連合野内のDA線維の破壊とDA線維の再進入を阻害した動物の行動への影響ならびに成長・発達に伴う変化を検討した.6-OHDAにより前頭連合野背側部のDA線維を破壊した注入群と,同年齢の非注入群で行動パターンを比較し,ADHD児に見られる不注意や衝動性が観察されるかどうかを検討した.そのための行動課題として,連続して呈示される写真の中からサルの写真を選択させる視覚弁別課題を行わせ,課題の遂行期間,遂行回数,中断時間,中断回数,正答率,強化子の必要性などを検討した.その結果,注入群では課題の中断が高頻度で観察され,また中断時間も非注入群と比較して長いことが観察された.注入群では非注入群と比較して注意の持続に問題があると思われる.
12
ニホンザル生息地としての人工林の評価
坂牧はるか(岩手大・院・連合農学)
対応者:渡邊邦夫
1970年代から広葉樹林が針葉樹人工林化し,サル生息地が悪化したと懸念され,近年広葉樹林への復元が実施されている一方で,木材生産地としての人工林確保も重要な課題であり,人工林施業とサル生息地保全との「両立」が求められている.しかし冷温帯林の森林施業地におけるサル野生群の森林利用はほとんど明らかになっておらず,上記の「両立」に関する検討は困難である.そこで本研究では白神山地において,生息環境が悪化する厳冬期に採食行動に着目し本種の森林利用を調べた.その結果,林縁部から森林内部の40m圏内において,採食行動をしている個体が有意に多く観察された.そこで広葉樹林,スギ人工林(以下人工林)各々の林分において林縁から森林内部にかけて餌樹木の分布調査を行ったところ,広葉樹林,人工林ともに林縁部の餌樹木の多様度が高かった.人工林では冬期に最も採食頻度の高いヤマグワが広葉樹林に比べ多く分布し,人工林も採食地となることが示唆された.そこで人工林において林齢毎に餌樹木分布調査を行った結果,林齢が上がるにつれ餌樹木の多様度が減少する傾向が見られたが,林齢40年生を境に多様度が上昇した.しかし本調査地における人工林の林分は本研究対象群の冬期利用域より小さく,様々な林齢の林分がモザイク状にあることが重要だと示唆された.今後はさらに各林分の空間配置について検討する必要があると考えられる.
13 霊長類の各種の組織の加齢変化
東野義之,東野勢津子(奈良県医大・医・解剖学)
対応者:林基治
加齢に伴う腱の組成変化を明らかにするために,サルの長腓骨筋の腱の元素含量の加齢変化を研究し,ヒトのものと対比した.用いたサルはアカゲザルと日本ザルの27頭,年齢は新生児から27歳(平均年齢=9.0±9.2歳),雌雄は雄9頭と雌18頭である.長腓骨筋の停止腱を両側共採取し,本研究には,立方骨に接触する腱の部位を長腓骨筋の停止腱として用いた.腱を硝酸と過塩素酸を用い,加熱して灰化し,元素含量を高周波プラズマ発光分析法で定量した.長腓骨筋の腱のCa含量は2歳で急に増加し,5歳で約40
mg/gに増加した.同様に,P含量も2歳で急激に増加し,5歳で約50
mg/gに達した.5歳以上になっても,CaとPの含量が増加せず,一定で,老齢期に達しても,これらの含量は増加しない.
日本人やタイ人では,50歳代でCaやPの含量が増加し始め,その後,さらに有意に増加した.長腓骨筋の腱のCaやP含量が似ているが,サルの場合は成長期に増加し(成熟),一方,ヒトの場合は老齢期に増加する(石灰化).長腓骨筋の腱におけるCaやP含量の増加の性質がサルとヒトでは,明らかに異なる.
14
ペルー北高地から出土したオマキザル化石の食性復元
鵜澤和宏(東亜大・人間科学)
対応者:髙井正成
ペルー北高地の先史時代神殿,クントゥル・ワシ遺跡(1200-50
B.C)からオマキザル類化石が出土した.出土状況から,当個体はアンデス先史文明における最古のコンパニオン動物の可能性が注目される.
当標本の分類群同定を行い,飼育の有無を検証するため炭素・窒素安定同位対比分析と歯牙の微細咬耗の観察を併用して当標本の食性復元を試みた.
ペルー現地調査において作成した歯牙レプリカに基づき,霊長類研究所において同定を行った.髙井教授の協力により,本標本はシロガオオマキザル(Cebus
arbifrons)と同定された.従来から地方発展期(0-700
AD)にはコンパニオン動物としてシロガオオマキザルが飼育されていたとの指摘があったが,出土化石の同定は行われず,確証がなかった.本標本は,その初例であり,最古例である.
歯牙の微細咬耗分析はレプリカの精度に問題があり,良好な結果が得られなかった.ペルーにおいて高精度のキャストを作成し,再検討中である.また,東京大・米田研究室の協力を得て実施している炭素・窒素安定同位対比分析も継続中である.
以上の成果を古代アメリカ学会第13回学術大会において発表した.
15
ニホンザル新生児における匂い刺激によるストレス緩和効果
川上清文(聖心女子大・心理)
対応者:友永雅己
筆者らはニホンザル新生児が採血を受ける場面に,ホワイトノイズやラベンダー臭を呈示するとストレスが緩和されることを明らかにした(Kawakami,Tomonaga,&Suzuki,Primates,2002,43,73-85).本研究では,その知見を深めるために,ミルクの匂い(Lactone
C-12-D)を呈示してみることにした.ニホンザルのミルクではなく,ヒトのミルクの匂いである.
本年度はメス2頭のデータが得られた.第1回目の実験日が平均生後4.5日(平均体重448g),第2回目は生後10日(平均体重473g)であった.匂いを呈示した条件と呈示しない条件を比べた.行動評定の結果でも,コルチゾルの結果でも,ミルクの匂いの呈示効果がみられた.
今年度で6年間の実験シリーズが終わったので,早く論文の形にしたい.
なお,今年度もミルクの匂いは,高砂香料で合成された.高砂香料に感謝する.
16
野生ニホンザルメスにおける卵巣周期発現の地域間比較とこれに影響を及ぼす要因の検討
藤田志歩(山口大・農)
対応者:大石高生
野生ニホンザルでは,食物の豊凶が繁殖に影響を及ぼすことが報告されている.しかし,野生下において,環境要因がメスの排卵や受胎の成否にどのように影響を及ぼすのかについて調べた研究はほとんどない.本研究は,糞中ホルモン動態から卵巣周期を調べ,環境要因とメスの生殖生理との関係を明らかにすることを目的とした.宮城県金華山および鹿児島県屋久島において,それぞれ2年間のデータを用いて分析を行ったところ,受胎可能な(当歳仔をもたない)メスが実際に排卵した割合は,金華山より屋久島の方がやや高かった(80.0%
vs 100%).ところが,排卵したメスのうち,受胎に至ったメスの割合は金華山の方がやや高かった(83.3%
vs 60.0%).また,受胎に至るまでの排卵回数は,地域間で差がみとめられた.すなわち,金華山では,初回の排卵で受胎したメスの割合は屋久島に比べて有意に高かった(90.0%
vs 33.3%, p < 0.05).さらに,金華山では,いったん受胎すると,射精を伴う交尾が全く観察されなかったのに対し,屋久島では,全てのメスにおいて受胎後の交尾が観察された(0%
vs 100%, p < 0.001).これらのことから,食物が年間を通じて比較的豊富にある屋久島では,たとえ排卵や受胎に失敗しても,交尾期間中これらを繰り返すが,いっぽう,質の高い食物(堅果)の利用時期が限られる金華山では,受胎がより高く見込まれる場合にのみ排卵が起こり,少ない排卵回数でより確実に受胎すると考えられる.さらに,エネルギー的には「無駄な」受胎後の交尾も金華山では起こらないと考えられる.
17
農作物被害を与えるニホンザルの遊動に影響を及ぼす生態的および人為的要因
水田量太(山口大・院・理工学)
対応者:半谷吾郎
野生ニホンザルの土地利用は食物生産量や分布に影響を受けるが,これら生態的要因以外にも,農作物の生産量や追い払いなどの人為的要因も遊動に影響を与えると考えられる.そこで本研究では,農作物被害を与えるニホンザル一群を対象に土地利用を調べ,これに影響を及ぼす生態学的・人為的要因を明らかにすることを目的とする.調査は,山口市仁保地区において,山口A群を対象に2008年6月から2009年2月まで行った.毎月7日間,ラジオテレメトリーによる追跡を行い,群れの遊動距離および土地利用割合を調べた.また,群れの追跡中に追い払いが行われた場合,その状況も記録した.さらに,遊動域内の林縁から50m以内にあるすべての農地について,利用可能量を毎月調査した.記録した追い払いは21例(夏6~8月:10例,秋9~11月:3例,冬12~2月:8例)あり,その方法はいずれも一人で花火を用いて数分間行われたものであった.追い払いがあった日のサルの1日の遊動距離は,夏では,行われなかった日に比べて長かった(1.31km
vs 1.01km).しかし,冬では,一時的な逃避行動は見られたものの,遊動距離に変化はなかった(0.66km
vs 0.63km).サルの土地利用について,夏は冬に比べて,アカマツ群集を含む自然植生の利用割合が高く,一方冬は植林を含めた針葉樹林の利用割合が高かった.農地の利用可能量は年間を通じて高かった.これらのことより,人による追い払いの効果は季節によって違いがあることがわかった.これは,森林の食物資源が乏しい冬では農地への依存度がより高くなり,追い払いの効果が弱まったためと考えられる.
18
野生ニホンザル・オスグループにおける長期モニタリング調査
宇野壮春(合同会社宮城・野生動物保護管理センター)
対応者:半谷吾郎
過去7年弱の調査から金華山のオスグループは一つの群れ周辺でワカモノ(4~7才)を中心としたメンバーシップを保ち,それらが年齢を重ねることで群れオスとなる傾向にある.ただし,すべての個体が定義する群れオスになれるのではなく,群れオスとなったのはこれまで5頭のみで,これは観察したオスグループのメンバーの3割から4割程度であった.そしてオスグループを経ないで群れオスとなった個体は観察されていない.また,今年度の調査では以前のメンバーとオスグループの親和的交渉が観察された.オス同士はグループを離脱した後も決して敵対的ではなく,お互いの記憶や過去の仲間意識は消えていないことが明らかであった.
つまり,オスグループは群れオスへの加入という面から見ればもちろん重要な期間であるが,オス同士のつながりとしての側面もまた兼ね備えていることが示唆される.
19
ヒトを含めた真猿類の下顎骨形態に対して歯牙形成が与える影響を内部構造から探る
深瀬均(東京大・理・人類)
対応者:髙井正成
下顎骨形態と歯牙形態との関連性を調査したこれまでの研究では成体の下顎骨の外部的な計測と歯冠サイズの計測によるものが多く,歯槽部に収容されている歯根のサイズや,成長過程にある下顎骨とその内部で形成される歯胚のサイズ・配置関係等に関しては非破壊的な調査法が限られることもあり体系的な調査がほとんどなされていない.そこで本研究では,ヒト,チンパンジー,ニホンザル,そしてマントヒヒの成長過程にある下顎骨標本をCT撮影することにより,個体発生と内部構造という新たな観点から歯と下顎骨の形態学的関係性を調べることを大きな目的としている.
現時点では犬歯サイズと下顎体高との関連性について調べるため,犬歯の雌雄差が真猿類でも大きいマントヒヒを主な対象として解析を進めている.第一に,成体において下顎骨形態の雌雄間比較を行った結果,オスではメスよりも下顎体高が相対的に前方部で高くなる傾向が観察された.また,下顎骨正中部の断面形状(高さと幅の比,主軸の傾き,superior
transverse torusの相対的高さなど)を比較した場合,有意な雌雄差はみられなかった.続いて,歯牙年齢を基に,下顎骨形態・歯牙組織サイズに関する成長パターンの雌雄間比較を行った.結果として,歯牙年齢3-4才までは下顎骨サイズ及び歯胚サイズに関して,雌雄差は観察されなかった.その後の成長過程において,メスに比べてオスでは犬歯の歯胚サイズがさらに拡大し続け,同時に下顎体後方部に対する前方部の高さも大きくなることが示された.また,下顎骨正中部の断面形状のプロポーションに関しては雌雄ともに成長過程において大きな変化は見られなかった.
これらの結果から,マントヒヒの成体で見られる下顎体高の前後プロポーションの雌雄差は成長の過程で出現するものであり,犬歯の形成が下顎体前方部の成長に局所的な影響を与えている可能性が示唆される.また,先行研究において下顎骨正中断面の形状には種特異的な要因が強く関与していることが指摘されてきたが,本研究の結果からも雌雄間の差が小さいことに加え,成長過程においても強く保存される傾向にあることが示され,歯牙サイズとの関連性は小さいことが示唆された.今後は犬歯の雌雄差が比較的小さいニホンザルにおいても同様の結果が得られるのか引き続き解析を進める計画である.
21 マカクにおけるSimian foamy virusの感染状況と飼育環境の関連
関加奈子(東京大・院・理)
対応者:鈴木樹理
Simian foamy virus(SFV)は非病原性寄生体として種々の霊長類で高い感染率を示すレトロウイルスで,宿主と共進化してきた.SFVは宿主の口腔内のみで増殖し唾液を介して伝播するとされる.SFVを指標としてマカクの系統進化解析を行うことを目標に,本研究では飼育個体由来のSFVを系統進化解析に用いることができるか確認を行った.
霊長類研究所で飼育されているマカク6種を対象に,血液を採取し白血球層からDNAを抽出し,SFVプロウイルスのポリメラーゼ領域をPCR法により増幅・検出,ダイレクトシークエンスを行い配列を比較した.放飼場飼育(群飼育)では,群固有のSFVが各群から複数株検出された.しかし,ニホンザル若桜A・B両群とアカゲザルインド群から同一配列が検出されたため,SFVの群間伝播が完全には防がれていないことがわかった.個別ケージ・グループケージ飼育(ケージ飼育)の個体では,直接接触のない他種からの伝播が複数例見られた.霊長類研究所の飼育個体では,群飼育由来のSFV配列を系統進化解析に用いることができるが,ケージ飼育由来のSFV配列を用いることは不適切であると判断した.
上記実験の際,1個体から異なるSFV株が検出されることがあった.また,SFVに感染している14個体から唾液を採取し,同領域についてRNAの検出を試みたところ,検出に成功した8個体の配列は白血球から検出したプロウイルスDNAの配列と必ずしも一致しなかった.よって1個体が複数のSFV株に感染していることが示唆された.
22
ニホンザルにおける三叉神経の頭蓋内経路の変異
近藤信太郎,内藤宗孝(愛知学院大・歯)
対応者:髙井正成
ニホンザル頭蓋骨を観察し,三叉神経の走行を検討した.第三大臼歯萌出後の成獣では三叉神経が頭蓋表面にあらわれる孔の個数,位置に変異が見られた.下顎神経が側頭下窩で外頭蓋底にあらわれる卵円孔は下方あるいは下外側に開口する孔と翼状突起外側板を貫く孔に分かれる.これら2個の孔は癒合することがあった.眼神経の頭蓋への出口は眼窩上縁の形態から推測した.眼窩上縁が平坦なもの,突起がみられるもの,突起が伸びて孔をなすもの,完全な孔となるものがあった.稀に神経の通路となる窪みが2箇所となることがあった.上顎神経の頭蓋への出口となる眼窩下孔は1~6個あり,下内側に開口していた.しばしば孔から溝が伸びていた.下顎神経の出口となるオトガイ孔は1~3個あり,少なくとも1個は前方に開口していた.これら三叉神経の通路となる孔の数,形,配列に左右差が認められた.幼若個体でも眼窩下孔やオトガイ孔を複数確認できるものがあり,加齢によって孔が増えるとは言えない.成長により,孔の相対的な位置や大きさが変る.例えば,新生児では下顎孔が相対的に大きく,下顎枝のかなりの部分を占めていた.下顎正中部の唇・舌側に見られる孔は下顎骨を貫通していることが多い.CT画像によって検討したところ,この管は切歯管とは交通していないことが分かった.この所見からこの管は三叉神経の通路ではないと思われる.
23
ニホンザル乳児における大きさ判断に及ぼす相対情報と絶対情報の影響‐自然顔刺激を用いて‐
渡辺創太,藤田和生(京都大・院・文学)
対応者:友永雅己
社会的動物にとって特別な意味を持つ顔刺激を用いて,ニホンザル乳児(2-4ヶ月児,平均月齢3.3ヶ月)が無教示状態で顔のパーツ(目・鼻・口を含む,体毛が少なく地肌が露出した顔の中央部)の大きさを判断する際,枠(体毛で覆われた頭部周縁部)の影響を受ける(相対判断)のか受けない(絶対判断)のかを分析した.実験は慣化法を用いておこなった.実験補助者に抱かれた子ザルに対し,前面に設置されたモニターを用いて2つのサル顔刺激を左右対呈示した.刺激は,被験体にとって未知個体である成熟したニホンザル(オス)の正面顔を画像ソフトで加工処理したものを用いた.0.5秒以上のITIを挟み計5回連続して行い,それを1セッションとした.最初の3試行を各10秒間の慣化フェイズとし,最後の2試行を各5秒間のテストフェイズとした.感化フェイズでは左右に同じ刺激を呈示し,テストフェイズでは,パーツ以外が拡大される(絶対情報保持)刺激と,顔全体が拡大される(相対情報保持)刺激とを対呈示した.被験体の各刺激への注視をビデオカメラを用いて記録し,それを解析した.結果,左右のうち顔パーツがより大きな刺激に対しより注視する傾向が確認されたがその他は全個体を通しての特徴的反応傾向は確認できなかった.個体内での一貫した傾向も,日齢と反応傾向との何らかの相関も確認されなかった.これらのことから,ニホンザル乳児に,顔型刺激に対して顔パーツの絶対的な大きさに対する敏感性が備わっている可能性が示唆される.
24 チンパンジーは心の理論を持つか?
井上陽一(西舞鶴高校),井上悦子(中丹養護学校)
対応者:林美里
Call & Tomasello(1999)が行った非言語的「誤信念課題」をわかりやすく改良した課題(テナガザル1個体がクリアした)を考案し,チンパンジーを対象に実施した.実験は4条件からなり,まずついたての陰で隠しながら,検査者がピーナツ片を二つのカップのどちらかに入れてから,①入れたカップをタッピングで指示して,チンパンジーに取らせる.②側にいる人がカップの左右を入れ替えてからタッピング指示で取らせる.③側にいる人が検査者に袋をかぶせて視界をさえぎり,カップの左右を入れ替えてから,その袋を取り,検査者が先に食べ物を隠した側のカップをタッピング指示し取らせる(タッピング指示の反対側が正解).④顔の部分が切り抜かれている袋を使用し上記実験③と同じ手続きを行う.その結果,13個体中6個体(成体チンパンジー5個体とチンパンジー幼児1個体)が実験①②を通過した.この6個体に実験③④を実施したところ,どの個体もタッピング指示通りに選択し,検査者の誤信念を理解することはできなかった.この実験は,検査者がカップの入れ替えを見えるか見えないかという状況を判断し,さらに複雑な手順を追って考えるという視覚的継次処理能力が必要である.チンパンジーはこのような認知能力に弱さがあるために課題を通過できない可能性があるので,今後それを検証していきたい.
25
サル類の加齢性全身性アミロイド症の検索
中村紳一朗(滋賀医科大・動物生命科学研究センター)
対応者:鈴木樹理
加齢性全身性アミロイド症(SSA)は高齢者の不整脈の重要な原因の一つである.原因物質であるトランスサイレチン(TTR)の遺伝子改変マウスは存在するが,ヒトの前臨床試験までを望める適切なモデルはない.代表研究者はヒト以外の動物種において,アフリカミドリザルに初めてこの疾患の存在を明らかにしたため,ヒトに近縁な霊長類の動物モデルの可能性を探っている.霊長類研究所ですでに病理解剖された動物の心臓を検索し,ミドリザル以外の種での,この疾患の有無を調査することにした.
ニホンザル18例,アカゲザル3例,計21例の心臓ホルマリン固定材料を,パラフィン包埋し,HE染色,ダイレクトファストスカーレット(DFS)染色(アミロイドを検出),TTRに対する免疫染色を行った.
21例中10例に線維化,4例に軽度のリンパ球浸潤を認めた.このうち34歳(メス)の老齢ニホンザルは,非常に高度の線維化を認め,心筋線維の間にDFS陰性,TTR陽性の沈着物を認めた.他の動物はすべて陰性だった.
アミロイドは細線維が重合することで生成され,DFSは重合が発展した線維に結合するが,TTRは線維の構成タンパクに反応する.すなわちTTR免疫染色では病変の発展が未熟な段階から,病変を見いだすことが可能である.今回の結果から,ニホンザルにSSAが存在する可能性が明らかとなった.
26 色盲ザルの色覚特性の行動的研究
小松英彦,鯉田孝和,岡澤剛起(自然科学研究機構・生理学研究所,総合研究大学院大・生命科学),横井功,平松千尋,戸川森雄,高木正浩(自然科学研究機構・生理学研究所)
対応者:三上章允
霊長研で飼育されているインドネシアパンガンダラン由来の錐体欠損をもつ系統の子ザルの遺伝子型を同定し,2頭が2色型,2頭が3色型であると考えられる結果が得られた.これらのサルの色覚の特性を行動実験で明らかにするため,色弁別課題を行わせた.まず色弁別実験を行なうための刺激と装置を開発し訓練を行なった.刺激としては赤,緑,黄の単色に鋭いピークをもつ三種類のLEDによる照明光を視覚刺激として用いた.これら3種類のLEDを組み込んだ箱の前面に円形の開口部を開け,ディフューザーを通して光を照射する.このような刺激の箱を横に三個並べ,そのうちの2つは赤と緑を混色した同じ光で照射し,もう一つは黄色の単色光で照射した.サルは各箱の下に並べられた3つのスイッチのうち,黄色の単色光の下のスイッチを選ぶことにより報酬としてサツマイモ小片を与えられた.十分に違う赤+緑刺激と黄刺激を用いて弁別課題を訓練した後,それぞれのLEDの明るさを系統的に変えた刺激を用いて,どのような赤と緑の混合色が,ある明るさの黄色刺激と混同するかを調べた.混同する条件は等色が起きている条件であり,サルが異なる波長成分の光を同じ色と知覚している状態であると考えることができる.2色型個体2頭と3色型個体1頭において等色の生じる条件を見い出すことが出来た.等色の生じる色の組み合わせは,遺伝子型からの予想にほぼ対応していた.今後更に精密に等色の生じる条件を同定することが必要である.また等色条件が見付からなかった個体については,他の手掛りを使って課題を行なっている可能性も含めてその理由を検討中である.
27
霊長類における排卵の制御機構に関する研究
束村博子,前多敬一郎,大蔵聡,上野山賀久,本間玲実,稲本瑶子,金沢哲広(名古屋大・院・生命農)
対応者:鈴木樹理
霊長類における排卵を誘起するGnRH分泌制御の脳内メカニズムの解明を目的として,GnRH分泌促進因子である神経ペプチド,メタスチンの発現解析を試みた.
霊長類研究所で飼育されているニホンザル雌雄計5頭を用いた.性腺を除去した後,灌流固定した視床下部を採取して,in
situ hybridizationによるメタスチン遺伝子発現の解析を試みた.本研究に先行してクローニングを行ったニホンザルのメタスチンmRNAを鋳型として作成した複数のRNAプローブのうち1種類で視床下部内に陽性シグナルを見いだした.
今後,さらに例数を増やし,メタスチン遺伝子が発現する脳領域を同定し,かつ発現調節機構の解明を目指す.
29
採食樹内でおこる敵対的交渉後にみられるニホンザル低順位個体の採食樹選択
西川真理(京都大・院・理)
対応者:半谷吾郎
ニホンザルは,個体間における優劣関係の制約によって臨機応変に行動の調整をおこなう必要がある.特に,採食場面においては,その優劣関係が顕著にあらわれる.このような状況の中で低順位個体も必要十分な食物を摂取するためには,高順位個体のとる行動に合わせて柔軟に行動を調節する必要がある.本研究では,低順位個体が敵対的交渉によって採食樹から立ち去った後,次の採食樹として選ぶ樹木個体を調べることで,低順位個体がどのような方法で採食競合を回避しているのかを明らかにすることを目的とした.屋久島西部地域で,人付された野生ヤクシマザルのE群3頭(GN,PK.DM)を対象に,終日個体追跡による観察をおこなった.対象個体の行動は秒単位で記録した.さらに,対象個体が樹木で採食している時に敵対的交渉を持った場合には,その事例をアドリブサンプリングした.224時間(GN;65.3時間,PK;82.1時間,DM;76.6時間)の観察で,採食樹内で対象個体が攻撃されたのは17例であり,敵対的交渉の直後に採食樹を立ち去ったのは11例であった.このうち5分以内に視界内(20m)にある別の樹木で採食が再開されたのは3例であった.以上の結果から,ヤクシマザルが敵対的交渉後に,直ちに別の代替採食樹へ向かう頻度は低いことが示唆された.
30
野生ニホンザルにおける群れ外オスと群れメンバーとの社会性に関する研究
川添達朗(京都大・院・理)
対応者:半谷吾郎
宮城県金華山島では群れ外オスが多く存在しているが,群れ外オスと群れの個体との関係は不明な点が多く残されており,ニホンザルのオスの社会構造や社会性を明らかにするためにはこの課題を解決する必要がある.
本研究では,金華山島に生息する1群とその周辺で観察される5頭の群れ外オスを対象とした.非交尾期に群れ外オスが群れの個体の近くにいることは少なかった(観察時間の約30%)が,群れ外オスと一部の群れオスとの間でグルーミングが観察された.一方で,群れ外オスとメスとのグルーミングは観察されなかった.また交尾期には群れ外オスは群れの個体の近くにいることが多かった(観察時間の約90%)が,群れ外オスと群れオス,メスとのグルーミングは観察されなかった.
本研究からメスとの関係に比べオスとの関係には季節変化があること,群れへの接近は群れオスとの親和的な関係を契機としていることが示唆された.今後この様な群れオスとの親和的関係が,群れ外オスと群れの他個体との関係に影響するのかについて研究を重ね検討したい.
31 Evolving life history traits: the influence of
environment and nutrition on three populations of Japanese
macaque (Macaca fuscata)
Alisa CHALMERS(京都大・院・理学)
対応者:M.A.Huffman
This study investigates whether environment and nutrition
have an effect on the life history traits and steroid
hormones of Japanese macaques in wild (n<=34),
provisioned (n<=201), and captive (n<=69) conditions
in Japan for 30 years. The results show that all life
history traits (except for age at first birth) differed
significantly (P<0.01) between the wild vs.
provisioned/captive conditions, indicating a strong
nutritional influence.
DHEAS was over two times higher on average (p<0.001) in
the captive group compared to the wild/provisioned group.
This correlates with increased historical longevity in the
captive group but not the provisioned group.
32 野生霊長類の歯の微小咬耗分析
五十嵐健行(京都大・院・理)
対応者:國松豊
大臼歯の咬合面には摂取した食物によって異なるパターンの微小咬耗が形成される場合があり,これまでさまざまな時代や地域の化石霊長類の食性推定に利用されてきた.本研究ではこうした食性推定の基礎データとして,現生霊長類の広範な種を対象に野生由来の標本から大臼歯のレプリカを作製し,走査型電子顕微鏡で微小咬耗を撮影した.
霊長類研究所収蔵のキングコロブス,オリーブコロブス,アカコロブス,ニホンザル,サバンナモンキー,メンタウェーコバナテングザル,ケニア国立博物館収蔵のサイクスモンキー,アカオザル,ブルーモンキー,アビシニアコロブスからレプリカを得ることができた.オリーブコロブス,アカコロブス,ニホンザルにおいては,葉や軟らかい果実を中心とした食性を示唆する微小咬耗が観察された.現在,他のレプリカについても顕微鏡写真の撮影と微小咬耗の測定を進行中である.
33
エリマキキツネザルにおけるマイクロサテライトDNAの多型調査
宗近功(財団法人
進化生物学研究所)
対応者:田中洋之
エリマキキツネザル(Varecia)のマイクロサテライトDNA多型調査を行った.シロクロエリマキキツネザル(V.
variegata ) 2頭,アカエリマキキツネザル(V.
rubura) 4頭(両親とその子供2頭),およびVarecia
spp 3頭の合計9頭を対象として,Louis Jr. E. E. et
al. (2005)が記載したマイクロサテライト6遺伝子(51HDZ247,
485, 598, 646, 833, 988)をリバースプライマーにtail配列GTTCTTを付けてPCR増幅を試みた.その結果,51HDZ247,
598, 646, 833, 988の5座位で個体変異が認められ,分析した個体群において父子判定などの遺伝管理に利用可能であると考えられた.51HDZ485座に関しては良好な結果が得られなかった.このほか,Eulemur属で開発された2遺伝子座(Em9およびEfr09)もエリマキキツネザルで多型的であることが明らかになった.クロキツネザルとエリマキキツネザルのマイクロサテライト遺伝子座についてMultiplex法を検討したところ,試みたすべての組み合わせで遺伝子型判定が可能であり,今後大量のサンプルを解析する際,大変有効であると考えられた.
35 "ハナレメス"の行動特性と社会関係の研究
関健太郎(帝京科学大・理工学)
対応者:半谷吾郎
ニホンザルのメスは一生を生まれた群れで過ごす.宮城県金華山島では2006年に群れから離れて生活するワカモノメス1頭が観察された.このメス(「ピコ」)は2006年3月4歳の時に"ハナレメス"として観察されて以降,1年10ヶ月以上群れとは独立に1~数頭のオスたちと行動を共にしていた.「ピコ」は2007年11月,一緒に行動していた群れ外オスが「ピコ」の出自群へ追随し始めたことで彼女も追随し始め,2008年3月には群れの中で観察された.そして「ピコ」を対象に,群れの個体との親和的関係の成立に関して調査したが,結果は,①「ピコ」と群れの全てのオトナメスとの間でグルーミングが観察された.②群れには母親がいたが,母親とのグルーミングの割合は23.5%で,他のオトナメスとの割合と比較して高くはなかった.③母親の順位は最上位だったが,「ピコ」の順位は最下位であり,11月までその順位に変動は無かった.④その他の観察からも,「ピコ」と母親との間に親子であるという認識を示す結果は得られなかった.⑤群れの他のメスとの間に同じ群れの仲間だったという認識も無くなっていたものと考えられた.以上,群れ加入前後の全過程から"ハナレメス"の群れ加入には共に行動するオスと群れとの関係が深く関与しているといえる.
36
エナメル質の同位体比に基づく絶滅動物の生態復元
鵜野光,米田穣(東京大・新領域)
対応者:髙井正成
京都大学霊長類研究所が中心となって行っているミャンマー中央部の前期鮮新世の霊長類を含む哺乳類化石の発掘調査で発見した哺乳類化石を元に安定同位対比の解析をおこなった.本研究では,チャインザウク及びミョーキンター地域からの化石カバ類
(Hexaprotodon) の14点の遊離歯標本を対象にして,炭素と酸素の安定同位体分析をおこない,彼らの古生態を復元した.
分析の結果,炭素同位体比 (δ13CPDB) =-1.8±3.2‰,
酸素同位体比 (δ18OSMOW) =24.1±0.8
であった.炭素同位体比は,これらのカバ類がC4植物を主に取っていたが,C3植物も25%程度取っていたことを示唆する.このC3植物の占める割合は現生のカバ
(Hippopotamus amphibius)
とほぼ同様の値であった.また,酸素同位体比は共産する他の哺乳類よりも明らかに軽い値を示し,現生のカバのように半水生の生態を持っていたと考えられる.
以上のことから本研究で用いた化石カバ(Hexaprotodon)
は現在のカバ(Hi. amphibius)
と極めて類似した生態を持っていたと考えられる.本サイトから産出するさらに多い点数のカバ化石や生態が強く推測できる動物群を用いれば,当時の古気温などの古環境の復元ができる可能性がある.
なお,この成果は2009年6月に行われる日本古生物学会千葉大会で京都大学霊長類研究所の共同研究者らと共著で発表する予定である.
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