京都大学霊長類研究所 年報
Vol.39 2008年度の活動
X 共同利用研究
2 研究成果
(1)計画研究
1-1
哺乳類に見られる歯の形態的多様性と個体変異
本川雅治(京都大・総合博),浅原正和(京都大・院・理)
対応者:毛利俊雄
霊長類研究所収蔵の哺乳類標本の歯の形態を幾何学的形態測定法を用いて比較した.特に歯列中における歯間の形態分化に着目した.食肉類では,有袋類,食虫類,霊長類などと比べて下顎臼歯間で顕著な咬頭配置の分化が多くの種で認められ,裂肉歯(下顎第1臼歯)の切り裂きに関わる部位が発達していることが知られる.本研究により,トリゴニッドとタロニッドのサイズ比で表せるこの発達程度が,食肉類の中でも多様であることがわかった.その発達はイヌ科,イタチ科などで肉食適応に伴って平行進化したと考えられ,適応進化しやすい形質だと考えられた.下顎裂肉歯のトリゴニッドとタロニッドの比は,タヌキにおける個体間でも変異性が特に高く,変異しやすいことが示唆された.さらに,この比の増大とともに,食肉類の下顎臼歯のサイズ比は,他の多くの哺乳類で知られる一般的なパターンから外れる傾向がみられた.以上のことから,食肉類は臼歯形態において高い可塑性を持っており,そのために多様な形態を進化させてきた可能性が考えられた.
1-2
霊長類の網膜黄斑に特異的に発現する遺伝子群の同定
古川貴久,井上達也((財)大阪バイオサイエンス研究所)
対応者:大石高生
ヒトを含めた霊長類の網膜は中心部に黄斑という特徴的な構造をもつ.黄斑部では,視細胞の中でも錐体細胞が高密度に存在し,これにより黄斑構造を持つ生物は良好な視力が得られる.実際,近年日本を含む先進国で増加傾向にある加齢性黄斑変性症などの黄斑疾患は,重篤な視力低下や失明の原因となっている.これまで,黄斑発生の分子メカニズムついての報告はほとんどみられない.われわれは,黄斑発生に関わる遺伝子群の同定を目的として,周産期のアカゲザルの網膜を黄斑部と周辺部に分けて採取し,それぞれの総RNAについてマイクロアレイを用いて遺伝子発現を比較した.現在のところ,30遺伝子のうち9遺伝子については少なくとも黄斑部の視細胞層に高い発現を認めた.これらのうち,我々はSREBP2
(sterol regulatory element binding protein 2)に着目している.SREBP2は脂質代謝に関わる遺伝子群の発現を広範に制御することが知られる転写因子であり,in
situハイブリダイゼーションによってマウス網膜においても発生期視細胞に発現を認める.現在SREBP2のDNA結合ドメインであるbHLH-ZIPドメインにEngrailedのリプレッサードメインを融合したドミナントネガティブ変異体を作製し,これを網膜視細胞で強制発現するトランスジェニックマウスを作製し解析中である.
1-3
各種霊長目における四肢運動機構の機能形態学的解析
大石元治,浅利昌男(麻布大・獣医)
対応者:毛利俊雄
各種霊長類における四肢運動機能を研究する一環として,昨年度より大型類人猿の前肢筋の発達(=筋の質量)と,発揮筋力(=筋の生理学的断面積PCSA)に着目し,研究を行っている.本年度は,昨年度のオランウータンに引き続き,チンパンジー(成体,1個体)を解剖する機会を得た.チンパンジーは,オランウータンに比べ地上傾向が強いことから,両種の間には,前肢筋の発達や発揮筋力に違いがあることが予測され,それぞれに関連する筋質量やPCSAといった筋パラメータにも影響があるものと考えられる.本研究では,各筋の筋質量とPCSAを,それぞれの前肢筋の総和で割ることにより,各値の比率を算出し,比較を試みた.特に,興味深い結果として,肘関節の屈筋のなかでも,オランウータンの一関節筋である上腕筋と腕橈骨筋が,チンパンジーよりも相対的に大きな筋質量とPCSAをもち,一方,チンパンジーでは,肘関節の伸筋と屈筋の両方において,二関節筋である上腕三頭筋長頭,上腕二頭筋短頭が,オランウータンよりも相対的に大きな筋質量をもつ傾向が認められた.今後,類人猿を解剖する機会があれば,標本数を増やし,今回認められた差異が,ロコモーションの差異を反映しているかをさらに検討していきたい.
1-4 ニホンザル腰神経叢の観察
時田幸之輔(埼玉医科大・短期大)
対応者:毛利俊雄
前年度のカニクイザル腰神経叢の観察に引き続き,今年度はニホンザル腰神経叢の観察を行った.L1:腹壁に進入し外側皮枝(Rcl)を分枝した後,側腹壁の内腹斜筋(Oi)と腹横筋(Ta)の間(第2-3層間)を走行し,腹直筋鞘に入る.腹直筋の後面から筋枝を与えた後,この筋を貫いて前皮枝(Rca)を分枝する.これは標準的な肋間神経と同様な経路と言える.L2:L3への交通枝を分枝した後,Rclを分枝,側腹壁の第2-3層間を走行し腹直筋鞘に入りRcaを分枝する.このRcaは錐体筋筋枝も持つ.L3:L4への交通枝,側腹壁の第2-3層間を走行し錐体筋筋枝となる枝(RPy),大腰筋の内側を貫き,筋の表面を下降し,深鼠径輪の外側でTaを貫きRPyと吻合する細枝の3枝に分岐する.L4:外側大腿皮神経,大腿神経(F)に参加する枝,閉鎖神経(O)に参加する枝の3枝に分岐する.L5:Fに参加する枝とOに参加する枝の2枝に分岐する.今後は,他の霊長類の腰神経叢の観察を続けると共に,錐体筋支配神経の比較解剖学的検討を行っていきたい.
2-1 霊長類を用いた「?血(おけつ)」病態の分子生理学・分子生物学的解明
後藤博三(富山大・医学薬学研究部),
対応者:中村伸
これまでの検討から,「?血」病態を改善する漢方薬が,サルモデルの肝組織の低酸素応答関連因子の遺伝子発現に影響を及ぼすことを明らかにした.そこで,糖尿病や腎疾患モデルで有効性の認められている八味地黄丸を用い,培養血管内皮細胞における低酸素応答関連因子の遺伝子発現を検討した.
八味地黄丸は市販のエキス原末を使用した.培養細胞はTR-BE細胞(rat
上大静脈血管内皮細胞)を用いた.八味地黄丸100μg/mlを培養細胞に添加し,低酸素負荷(N2
94%,CO2 5%,O2 1%)下で培養し,0-36時間にわたり経時的に低酸素誘導因子であるHIF-1α,HIF-2α,VEGFR-2,VEGFR-3,CD31,Tie-2をRT-PCR法により測定した.その結果,八味地黄丸を添加していない対照群では,経時的にHIF-1α,HIF-2α発現の増加を認めたが,八味地黄丸添加群ではHIFの増加を認めなかった.また,HIFの下流に存在するVEGFR-2,VEGFR-3,CD31,Tie-2においても,同様の結果であった.
今回の検討により,八味地黄丸は低酸素負荷に対する血管内皮細胞の保護作用を有すると考えられた.動脈硬化症病巣において,低酸素は血管平滑筋の増殖と遊走を促進し,動脈硬化の内膜肥厚の一因であることが報告されている.このことから,八味地黄丸の抗動脈効果作用の作用機序の一つに低酸素応答因子への関与が示唆された.
2-2
サル類の加齢に伴う自然発生病変の病理学的解析
山手丈至(大阪府立大・院・生命環境)
対応者:中村伸
バイオメデイカル研究におけるサル類のモデル動物としての有用性を確立する目的で,老齢のニホンサル雌に自然発生した3種の腫瘍性病変の病理学的解析を行った.サルでは初発例となる腹膜悪性中皮腫の病理学的特性を明らかにし,胸膜に好発するアスベスト暴露が原因となるヒトの悪性中皮腫とは発生部位が異なることを示した.さらに,脾に発生した血管腫について,この腫瘍は,血管内皮とマクロファージの双方の特性を有する脾洞を構成するユニークな壁細胞に由来する壁細胞血管腫(littoral
cell angioma)であることを明らかにした.この腫瘍は,ヒトでの発生は極めて少なく,犬や猫での報告はなく,サルでは初めての症例であることを示した
[1].さらに,肝癌について,その細胞特性を免疫組織化学的に解析し,構成細胞は脱分化状態の肝細胞の特性があることを明らかにした.ヒトを含めた哺乳動物種間の様々な疾病を比較病理学的に解析することは,動物固有の生物学的特性の解明に繋がると考える.腫瘍を含めたサル類に見出される種々の加齢性病変を解析することは,サル類の生態を明らかにする上で大変意義がある.[1]
Yamate J, Izawa T, Kuwamura M, Mitsunaga F, and Nakamura S.
2009. Vasoformative Disorder, Resembling Littoral Cell
Angioma of the Spleen in a Geriatric Japanese Macaque (Macaca
fuscate). Vet Pathol (in press).
2-3 霊長類のエネルギー節約遺伝子
竹中晃子(名古屋文理大・健康生活)
対応者:中村伸
エネルギー倹約遺伝子は食物が乏しい環境下では有利に働くが,過剰の場合には肥満を引き起こす変異遺伝子のことである.b3アドレナリン受容体(ADRB3)は寒冷,食物摂取などの刺激により,脂肪細胞から脂肪を分解し,生じた脂肪酸によりUCP1(脱共役タンパク質)を活性化し熱産生を行う.これまで調べた各種136頭の霊長類全てがArg64倹約型であった.一方UCP1の遺伝子は5'非翻訳領域の-112がAからCに変異すると発現量が1/3に低下するため,発熱量が低下する.日本人のCの頻度は4%である.各種非ヒト霊長類139頭では全てがA型をもっていた.このことから,非ヒト霊長類はアドレナリン受容体の機能を低下させ,脂肪分解を抑制していたが,その情報の下流にあるUCP1遺伝子の発現を抑制することなく効率的に熱産生していたことが明らかになった.さらにPPARgは繊維芽細胞から脂肪細胞に分化誘導し,高脂肪食下ではインスリン抵抗性因子を放出させる.このPARgのPro12Ala変異は日本人で4%,コーカソイドで20%の頻度でありインスリン抵抗性を改善するが,103頭の各種霊長類では全てPro12型であった.野生霊長類は高脂肪食を摂取できるときに有利に脂肪として蓄積することが明らかとなった.
3-1
野生ニホンザルの幼年期における毛づくろい前の音声使用
菅谷和沙(神戸学院大・院・人間文化学)
対応者:半谷吾郎
ニホンザルは毛づくろいを円滑に進めるために様々な音声を用いることが知られているが,音声使用の学習過程については十分に調べられてこなかった.そこで本研究では,離乳前のアカンボウがどのように音声使用を学習するかを検証した.
2008年4月から9月に,鹿児島県屋久島に生息するニホンザルのアカンボウ(雌雄3頭ずつ)を個体追跡し,デジタルビデオカメラを用いて毛づくろい前の行動を中心に記録した.
調査の結果,毛づくろい前の音声使用は,生後3ヵ月ごろまでに学習されることが明らかになった.これは,リップスマッキング,ハグハグ,催促行動などが現れるのと同時期である.
ニホンザルのアカンボウは,生後まもないころからコンタクトコールを用いて他個体と関わり合うが,生後3ヵ月ごろまでに,毛づくろい交渉においてもこのような音声を用いるようになる.ニホンザルは,声の上げ下げや応答のタイミングを学習するといわれているが,文脈に適した音声使用についても学習することが示唆された.
3-2
発達障害児のコミュニケーションに療育が及ぼす効果の検討
田村綾菜(京都大・院・教育)
対応者:正高信男
本研究は,療育プログラムに参加する発達障害児を対象に,療育での経験を通して,他者とのコミュニケーションにどのような変化が現れるのかを検討することを目的としている.発達障害児の中には,特有の社会性のために,学校環境における人間関係の形成などに困難がある場合も多い.対象となる児童が参加する療育プログラムは,学習に困難を持つ児童を対象としたものであり,主な内容はパソコン課題などを用いた学習支援である.しかし,参加する児童にとっては,療育者やボランティアなどとのやりとりを通して,他者とのコミュニケーションの経験を積む貴重な機会ともなっている.そこでまず,今年度は,療育プログラムに参加している児童(小学2年生,男子5名)のコミュニケーション特性について把握するため,主に療育場面における療育者とのやりとりを観察した.また,コミュニケーション場面における言葉の理解を測る課題を実施した.その結果,コミュニケーション特性や言葉の理解には個人差が大きく,それぞれに応じたコミュニケーション支援の必要性が示唆された.今後,さらに対象者の数を増やし,縦断的にデータを蓄積・分析する予定である.
4-1
ヒト・チンパンジー間におけるエピゲノム・バリエーションの網羅的解析
一柳健司,佐々木裕之,新田洋久(国立遺伝学研究所)
対応者:平井啓久
ヒト・チンパンジーゲノム間の塩基配列の違いはわずか1%強であるが,表現型には大きな違いがある.本研究では,表現型や遺伝子発現と関連の深いDNAメチル化パターンにどの程度,どのような遺伝子で相違があるか,またそのようなエピジェネティックな相違とゲノム配列の相違(ジェネティックな相違)にはどのような関係があるのかを明らかにするため,チンパンジーおよびヒト白血球細胞のDNAを解析した.チンパンジー標本には4個体の雌(プチ,ペンディーサ,アイ,クロエ)の血液標本を用いた.ヒト血液標本は国立遺伝学研究所にて得た.これらの血液標本からゲノムDNAを調製し,抗メチル化シトシン抗体を用いて,メチル化DNA断片を免疫沈降した.免疫沈降サンプルをヒトゲノムタイリングアレイ(染色体21,22番)で解析することにより,両染色体のDNAメチル化プロファイルを得た.ヒトおよびチンパンジーのプロファイルを比較して,種特異的にメチル化されている領域を200カ所近く同定した.今後はどのような場所にDNAメチル化度合いの差が生じやすいのか,またそのような差異によって表現型,遺伝子発現等の差が生じているのか解析して行く予定である.
4-2
霊長類における酸味受容体の同定と味覚修飾物質による酸味抑制機構の解明
石丸喜朗,秋場雅人(東京大・院・農学生命科学)
対応者:今井啓雄
研究者自身らが発見した酸味受容体候補PKD1L3/PKD2L1と甘味・うま味受容体T1Rファミリーのアカゲザル相同遺伝子の同定と,培養細胞発現系を用いた機能解析を行った.
前年度までに,PKD1L3のN末端細胞外領域がアカゲザル由来で,それ以降の領域がマウス由来であるキメラ体を発現ベクターpDisplayに挿入したコンストラクトを構築していた.このキメラ体PKD1L3をマウスPKD2L1と共にHEK293T細胞に発現させてカルシウムイメージング法による機能解析を行った.その結果,これまで報告されているマウスと同様に,25
mMクエン酸による酸刺激に対して応答した.アカゲザルPKD1L3の機能的なN末端細胞外領域を獲得できたと言える.また,味覚修飾物質クルクリゴ果実抽出物存在下でも酸刺激に対する応答が観察された.この実験結果から酸味抑制機構としては,アカゲザルPKD1L3のN末端細胞外領域以外の領域やPKD2L1に対して作用する可能性と,味覚受容体レベルではなく,味細胞や神経レベルで抑制される可能性が考えられる.
甘味・うま味受容体T1Rファミリーに関しては,前年度にRT-PCR法によって単離したT1R2に加えて,ゲノムDNAを鋳型とし,オーバーラッピングPCR法を用いて6個のエキソン領域を連結させてT1R1とT1R2のコード領域全長を獲得した.T1R3に関しては,依然としてC末端領域に相当するゲノム配列情報が不明のため,コード領域全長は得られていない.今後,コモンマーモセットに関しても,味覚受容体遺伝子群の同定を試みる.
4-3
霊長類アルコール分解酵素遺伝子の重複とクラスターの進化
太田博樹(東京大・院・創成科学)
対応者:平井啓久
ヒトのゲノム中には5クラス7アルコール加水分解酵素(ADH)遺伝子が存在し,これらは第4番染色体上に並んで位置している.げっし類も5クラス7ADH遺伝子を持っているが,ヒトではそれぞれのADHが異なる基質活性と組織特異的発現を示すのに対し,げっ歯類では全ての酵素がヒトより広範囲に(非特異的に)発現していることが知られている.また,ヒトでは肝臓で特異的に発現する3つのクラスI遺伝子がエタノールの代謝に最もよく関わっているが,げっ歯類ではクラスI遺伝子が1つしか存在しない.本研究では,霊長類でADH遺伝子がどのように遺伝子重複し,そのクラスターが進化してきたかを明らかにすることを目的とし,旧世界ザル3種,新世界ザル2種,原猿2種とコウモリのADH遺伝子クラスター全体(ヒトで約380kb)をカバーするBACクローンのショットガン塩基配列決定を行う.
BAC-end塩基配列決定およびコロニーPCRによりアカゲザル,ミドリザル,コモンマーモセット,ヨザル,ワオキツネザル,グレイマウスレムール,コウモリのオーバーラップ・クローンをピックアップした.現在までにバブーンのADH遺伝子クラスター全長の決定が完了した.さらにアカゲザル,ミドリザル,ワオキツネザルの各BACクローンのドラフト・アセンブリーが完了している.共同利用で得られる試料は,こうしたアセンブリ確証に用いる.これまでにアカゲザル,ミドリザル,ヨザル,コモンマーモセットの血液サンプルを採取した(全てオス).これらから抽出したゲノムDNAを鋳型としたPCRおよび直接塩基配列決定によりGapを埋める作業を行なっている.
4-4
「生体防御系の霊長類比較ゲノム研究と集団ゲノム研究」
安波道郎(長崎大・国際連携研究戦略本部),
山﨑朗子(長崎大・院・医歯薬総合)
対応者:平井啓久
マカク属霊長類は,ヒトの疾患モデルとして医学・生物学的な利用価値が高く,そのゲノム情報の収集も進められているが,ヒトと同様にそのゲノムには地理的分布に基づく,高度な種内の多様性の存在が想定される.
我々はこれまでに免疫遺伝学的な特性の個体差を規定する主要組織適合性複合体(MHC)についての遺伝子解析法を開発し,免疫不全ウイルス(SIV)に対する応答性が分離するアカゲザル家系で古典的MHCクラスIであるMamu-A,Mamu-Bのハプロタイプが共分離することを明らかにした.
また一方,自然抵抗性に関しては,多くの動物種において細菌由来のエンドトキシンに対する受容体であるToll様受容体(TLR)
TLR2およびTLR4の遺伝子にアカゲザル,カニクイザル,ニホンザルの3種のマカク属霊長類の種内個体差および種間で高頻度に非同義置換が認められることを明らかにした(発表準備中).これらの機能的な意味を明らかにするために,ヒトTLR2およびTLR4変異体の機能評価に用いられるHEK293細胞での強制発現系を作製し,見いだしたアミノ酸配列の変化の効果を検討している.
[文献]
Tsukamoto T, Dohki S, Ueno T, Kawada M, Takeda A, Yasunami
M, Naruse T, Kimura A, Takiguchi M, Matano T. Determination
of a major histocompatibility complex class I restricting
simian immunodeficiency virus Gag241-249 epitope. AIDS
22:993-994(2008).
4-5 ヒト内在性レトロウイルスHERV-KのLTRにみる進化的変化
加藤伊陽子(山梨大・医工学合・医・微生物)
対応者:平井啓久
HERV-Kの転写機構での進化的変化を調べるためにヒトHERV-KのLTRに関して分子生物学的な解析を実施するとともに,アカゲザル組織での転写レベルを解析し,次の結果を得た.
(1) ヒトHERV-K LTR にはTATA box
を伴う主な転写開始点(Inr)がある.(2) LTRの3'末端でも2つのInrが機能し,アカゲザル,チンパンジー,ヒトで年代順の配列パターンが検出される.(3)
MITF (microphthalmia transcription factor)が複数のMITF結合配列を介して,転写誘導する.(4)
アカゲザルの組織でのMITFとHERV-Kの発現は相関する.
これら結果はゲノムのHERV-Kの保存・変遷やメラノーマでの高発現の理解に重要である.
学会発表:Katoh, I. et al. Transcriptional control by
the long terminal repeat (LTR) of human endogenous
retrovirus (HERV)-K preserved in the human and primate
genomes. 第81回日本生化学会・第31会日本分子生物学会合同大会2P-0738,
2008/12/10 神戸
5-1
チンパンジーのロコモーター行動の非侵襲的3次元計測
平崎鋭矢(大阪大・院・人間科学)
対応者:友永雅己
本研究の全体構想は,チンパンジーの野外での身体運動を非侵襲的に定量化すること,それによって身体-運動-環境の関係を探ること,およびロコモーター行動の発達を探ることある.そのために,屋外運動場で自由に行動するチンパンジーを2-4台のビデオカメラで撮影し,動画像分析装置を用いて身体運動の3次元再構成を行った.その際,運動場内の構造物を校正枠として利用した.撮影時間は約30時間であった.技術上の問題から,地上での歩行は計測できず,屋外運動場の構造物の中程度以上の高さで行われたロコモーションを計測した.構造物の最上部で鉄塔間を繋ぐロープ上での移動は,主に年少個体によって行われると予想したが,実際には成体が行うことも多かった.ロープ上では,手で別のロープを掴む二足歩行が主に行われたが,別のロープが手近に無い場合は,特に成体においては二足綱渡りが行われた.年少個体では腕渡りも見られたが,距離的には短く,目的の鉄塔に近づいてから1,2歩分のみ行うことが多かった.成体の腕渡りは観察されなかった.四足歩行は平らな支持体上でのみ行われ,ロープ上で為されることはなかった.手の補助を伴う二足歩行はテナガザルも行うことが確認されているが,同側の上下肢が同期的に動くテナガザルの場合とは異なり,チンパンジーでは対側の上下肢が同期的に動き,ヒトの二足歩行時と似た動きを示した.
5-3
チンパンジーの性格評定および関連遺伝子の探索
村山美穂(京都大・野生動物研究センター)
対応者:友永雅己
これまでにチンパンジーの性格評価を行い,遺伝子型との関連を解析してきた.本年度は,多数の飼育施設に依頼して試料数を増やした.
動物園等で飼育されているチンパンジー1個体につき3名に,54項目の質問項目に,7段階の評定を依頼した.また糞,毛,口内細胞,微量血液など非侵襲的に得られた試料を用いて,DNAの抽出効率を検討し,遺伝子型を判定した.
計217個体のDNAを抽出し,このうち161個体で性格評定が得られた.146個体の性格評定結果は6要素に分類され,米国で飼育されている個体と同様の傾向が得られた.採取方法については,綿棒やロープにハチミツを塗って口内細胞を採取する方法により,約50回の解析に供することができるDNAが得られ,糞や毛よりも効率がよかった.チンパンジーで多型が確認されている11領域の型を判定した.
今後は,国内で飼育されている全個体を目指して,調査個体数を増やし,性格評定と遺伝子型との関連を解析する予定である.
5-4
チンパンジーにおける立体図形の知覚に関するパターン優位性効果の検討
後藤和宏(慶應義塾大・日本学術振興会)
対応者:友永雅己
ヒトが右上がり,左上がりの斜め線分の弁別をする場合,線分だけを弁別する時よりも両方の刺激に「L」字の文脈が付加された時に反応時間が早くなる(パターン優位性効果).これまでの共同利用研究で,斜め線など平面的なパターンに関して,チンパンジーにおいてもヒト同様のパターン優位性効果が見られることが示された.本年度は,さらに2種類の平面的な図形と2種類の立体的な図形を用いてパターン優位性効果を検討した.ヒトでは平面的な図形に比べて小さいながらも立体的な図形でもパターン優位性効果が見られたが,チンパンジーでは立体的な図形に関してパターン優位性効果が見られなかった.
さらに,平面的な刺激セットに関して見られたパターン優位性効果が,弁別要素と文脈の組み合わせによって生じる特徴の創発性によるかどうかを,孤立項目探索課題を用いて検討した.チンパンジーは,要素条件で項目数が大きくなるにつれて標的検出のための反応時間が遅くなったが(系列探索),文脈付加条件では項目数に関わらず反応時間は一定であった(並列探索).ヒトでは,パターン優位性効果に関してチンパンジー同様の結果が得られたものの,刺激セットの1つにおいて,項目数が大きくなるにつれて標的検出の反応時間が早くなるという負の探索関数が得られた.これらの結果は,①立体的な図形の創発性はヒトでのみ見られる,②パターン優位性効果は,弁別要素と文脈の組み合わせにより,前注意処理段階で検出可能な特徴が創発することにより生じる,③ボトムアップな注意処理に関してチンパンジーとヒトで種差があることを示唆している.
5-5 動物"パーソナリティ"の種間比較研究
今野晃嗣(東北大・院・文)
対応者:友永雅己
本研究は,動物の"パーソナリティ"を総合的に理解することを目的として行われた.今年度は,飼育下のチンパンジーと鯨類を対象に,それぞれの種に見られる個性とその関連領域について探索的に調べた.
第一に,チンパンジーの施設移送に伴うストレスと個性の関連を明らかにするため,別な施設への移送が決定している4個体の行動観察(1分ごとの瞬間スキャンサンプリング・午前午後各2時間)を行った.これを移送後のデータと比較し,4個体の行動パターンの変化を検出する.今後は,既に得ている各個体のパーソナリティ評定値と,移送状況における行動特徴との関連を検討する予定である.
第二に,飼育下の鯨類(バンドウイルカ43頭)各個体の"パーソナリティ"を,飼育スタッフの主観評定値に基づいて測定した.その結果,(1)複数の飼育スタッフが行った評定のバラつきは少なく信頼性が高いこと,(2)因子分析によりイルカのパーソナリティ構造として「外向性」「誠実性」「知性」「情緒安定性」という4次元が見られたこと,(3)クラスタ分析により6つの個性のタイプが導出されたこと,といった新たな知見が得られた.
5-6 チンパンジーの描画行動に関する研究
齋藤亜矢(東京藝術大・美術)
対応者:林美里
描画行動の認知的な基盤とその進化的な起源を明らかにするため,霊長類研究所のチンパンジー
6個体とヒト幼児約30名を対象に,比較認知科学的研究をおこなっている.昨年度までに,自由描画課題,描画模倣課題,および描画補完課題をおこない,チンパンジーとヒト幼児の描画行動の特徴の相違から,チンパンジーがなぜ表象を描かないのかを検証してきた.今年度はその成果をまとめ,著書『脳科学と芸術』(08年11月,分担執筆),「科学」08年12月号,比較認知科学国際シンポジウム(08年5月),第11回SAGAシンポジウム(2008年11月),および第21回日本発達心理学会(2009年3月)で発表した.また今年度は,検査者が目の前で簡単な図形を描くモデル提示条件での描画模倣課題について,ヒト幼児でひきつづき定期的な実験観察をおこない,縦断的なデータを収集した.描画模倣課題では,横線,縦線,円,十字,正方形,ひし形,三角形など,提示する見本図形の種類により,難易度が異なる.それぞれの図形を描けるようになる発達段階と,模倣課題の前におこなっている自由描画での描画内容との関連について現在解析を進めている.
5-7
霊長類における対象の認知的処理に関する実験的検討
村井千寿子(玉川大・脳科学研究所)
対応者:友永雅己
選好注視法を用いたヒト乳幼児研究から,発達初期のヒトがすでに対象の物理法則についての原初的な認識をもつことが報告されている.本研究では霊長研のチンパンジーならびに同所および玉川大のニホンザルを対象に,ヒト乳幼児研究と同様の方法を用いて「支持事象」に関する認識を調べた.また,個体数を増やすことで前年度までに得られたデータの洗練に努めた.実験では,支持事象の基本法則である「①対象と土台の接触の必要性」,そして「②支持の方向性(対象支持における垂直方向からの土台による作用の必要性)」と「③接地量(対象と土台の十分な接地量の必要性)」の3点について検討した.実験の結果,ニホンザルおよびチンパンジーにおいて,①ならびに③に関する認識を示す証拠が得られた.一方で,②支持の方向性についてはそのような証拠が得られなかった.ヒト乳幼児ではこれらの3つの法則に関する認識が報告されていることから,ヒト以外の霊長類が基本的な物理法則を認識していることが明らかになった一方で,ヒトとは異なる認識をもつ可能性が示唆された.ヒト以外の霊長類がどのような物理的認識を発達させてきたのか,今後さらなる検討を重ねる.
6-1
東西日本で比較したニホンザル各種パラメータの人為的な影響による変容
三谷雅純(兵庫県立大・自然・環境研)
対応者:渡邊邦夫
現在の日本列島では,二次植生や田畑,住居などの人為的影響によって,ニホンザルの土地利用や生息密度,さらに繁殖行動に変化が表れている.本研究では,ニホンザルの生息する日本列島の環境を植生に応じて東西にわけ,それぞれを代表する地域の環境で人為的な活動の程度とニホンザルの土地利用,生息密度,繁殖行動などの各種パラメータを定量化し,比較を試みる.その時,霊長類研究所ニホンザル野外観察施設に収蔵されている過去の文献や報告書の他,インターネットで公表されている文献などを参考にした.この処理によって,各植生帯での人間活動と,そのニホンザルの生活への影響の程度を明らかになるものと期待できる.
平成20年度は,近畿・中国地方を重点的に分析した.現在は,システムが大きく変わった地理情報システム(GIS)を積極的に利用するため,植生や人間の土地利用と人口,気象などの磁気情報を,昨年に引き続いて整備しつつある.
6-2
国内の厩猿信仰の記録とニホンザル古分布域との相関関係
中村民彦(NPO法人ニホンザル・フイールド・ステーション)
対応者:川本芳
厩猿とは厩に猿の頭骨や手骨を祀り,牛馬や家族の繁殖と生産などを祈願した民間信仰である.当風俗習慣は日本全土に流布していたが保存形態や口碑の全容は充分に解明されていない.今年度は調査地をひろげて情報収集をした.厩猿数は北海道0,青森県3,秋田県13,岩手県31,宮城県6,山形県0,福島県1,東京都1,長野県3,富山県2,岐阜県1,奈良県1,岡山県6,熊本県4,大分県1,の累計数73である.保存形態の内訳は頭骨62,手骨11で,頭骨の性別はオス37,メス25であった.年齢は5歳以下6,6歳~10歳27,10歳以上40であった.東北,関東,北陸,東海,近畿,中国地方での頭骨の保存形態や口碑には類似した点が多く,頭骨には「守護神」「縁起物」「安産」「薬用」など,手骨には「豊作」「安産」などがある.しかし,九州地方における厩に手骨を釘で打って取り付ける保存形態や口碑の「魔よけ」は他県との相違点であった.捕獲方法は不明瞭であったが,「鉄砲」・「トラバサミ」・「サル突きヤリ」なども散見した.北東北地方(青森,秋田,岩手)には,明治10年ほどまで全域にニホンザルが生息していたことが推量されているが,現在は下北,津軽,白神,五葉山地域個体群の局地的生息を確認するにすぎない.しかも,この地方からは多くの厩猿も発見された.ほかにも食用,薬用などに捕獲された事象や口承も少なくない.厩猿のための乱獲が個体数を減少させた大きな要因と推測している.
6-3
屋久島ニホンザルの保全と遺伝的多様性の研究
早石周平(琉球大・大学教育センター)
対応者:川本芳
本研究課題は,これまでの共同利用研究により解明してきた屋久島に生息する野生ニホンザルの遺伝的多型の地理的分布情報を,地域個体群の保全に応用することを主目的とした.屋久島では,年間約500頭の野生ニホンザルが農作物被害の対策として捕獲されている.捕獲が地域個体群に与える影響を推定するために,屋久島町役場の捕獲実績資料から行政区ごとの捕獲統計を得た.
先行研究から島内のサル分布密度を推算し,流域ごとに異なる捕獲状況を反映させた予備的な個体群存続可能性分析を行った.また,高標高部で採取した糞由来試料と,捕獲個体の組織片から遺伝子分析試料を調製し,遺伝的な性判定と,遺伝的多型を解析した.
この結果,個体群全体では存続可能性は保持されるが,捕獲頭数が少ないにも関わらず,島の東部と南部で,局所的な分布消失が早期に起こりうることが推測された.
遺伝的多型については,ミトコンドリアDNAのD-loop領域の第2可変域の分析により6ハプロタイプを検出していたが,今年度は第1可変域の分析を行った.その結果,第1可変域に4ハプロタイプが検出され,第2可変域とあわせると,少なくとも8ハプロタイプを屋久島個体群が持つことがわかった.また,Y染色体マイクロサテライトには5つのハプロタイプが検出された.
これらの遺伝的多型の地理的分布から,メスとオスのそれぞれの地理的交流を解明し,流域単位の保全に応用する方法を検討したい.
6-4
静岡県愛鷹地域に生息するニホンザルの遺伝的多様性・地域分化及び保全
大橋正孝(静岡県森林・林業研究センター)
対応者:川本芳
現在地理的に孤立している静岡県愛鷹地域のニホンザルについて,遺伝的モニタリング手法を用いて周辺地域からの分化,孤立状況を定量化することを目的に初年度である本年度は,有害捕獲などにより得られたニホンザル15個体(うち愛鷹地域9個体)から採取した血液及び肉片からミトコンドリアDNAのDループ第2可変領域412塩基対の配列を調べた.その結果,〔静岡・清水〕,〔富士・沼津♂〕,〔裾野♂〕の3つのハプロタイプに区分され,いずれのタイプもこれまで全国で確認されている53のハプロタイプとは異なるタイプであることが分かった.
また,同じ試料を用いて第1可変領域512塩基対の配列についても調べて比較したところ,第2可変領域での区分よりもさらに細かく〔静岡〕,〔清水〕,〔富士〕,〔富士♂・沼津♂〕,〔裾野♂〕5つのハプロタイプに区分された.
今後は,近隣地域で群れを代表するタイプを持つと考えられるメスやコドモの試料を集め,ミトコンドリアDNA
ハプロタイプの分布を解明するとともに各個体群の遺伝的多様性についても明らかにしていくことを計画している.
6-5
中部山岳地域に生息するニホンザルのミトコンドリアDNA変異
赤座久明(富山県自然保護課)
対応者:川本芳
過去の共同利用研究で,富山,新潟,長野,岐阜の中部4県の山岳地域に生息するニホンザルの群れから,ミトコンドリアDNAのDループ第2可変域(412塩基対)について,6タイプの塩基配列の変異を検出した.この6タイプのなかで,JN21は近畿地方から北陸地方にかけての日本海側に広範囲に分布するグループである.近年,長野県北部の小谷村姫川流域に出現し,生息域を拡大しているニホンザルの群れについては,過去に廃業した動物園由来の移入個体群であるとの見方が地域住民のなかに存在した.この群れの由来を検討するため,富山,新潟,長野にかけて分布するJN21の試料についてミトコンドリアDNAのDループ第1可変域(475塩基対)を対象に分析し,地域間の詳細な類縁関係を検討した.分析の結果,長野県小谷村,新潟県糸魚川市,富山県朝日町の群れから同じハプロタイプを検出し,強い近縁関係が認められた.一方,富山県黒部川,早月川に分布するJN21の第1可変域からは異なるハプロタイプが検出された.この結果から長野県小谷村に近年出現した群れは,新潟県から姫川沿いに分布拡大した自然群であると考えられる.
6-6
高崎山餌付けニホンザル個体群管理のための栄養状態の把握とその幸島個体群との比較
栗田博之(大分市教委・文化財)
対応者:濱田穣
高崎山餌付けニホンザル個体群の保護管理のため,成熟雌の体重と体長(目からシリダコ上端までの直線距離を写真計測法により算出する)の計測を2002年より進めてきた.今年度も10月に27個体の成熟雌体重を測定し,毎月の母子の体重測定では,14組を今年度の対象とした.また,体長は30個体を計測した.
ところで,濱田教授らは,前胴長と体重から求めた体格指数は体脂肪率をよく反映することを見出している.そこで,筆者が実施している写真計測法による体長と前胴長との互換式を求めることができれば,捕獲をせずに,雌の(栄養状態を反映した)体格指数を求められると期待できる.そのため,濱田教授が2007年2月に前胴長を計測した幸島の雌個体を対象に,写真計測法による体長計測を行い,両値を照合することで,その互換式の算出を目指した.筆者は,2008年8月に幸島雌を対象に4歳から24歳までの個体,計17個体について写真計測法により体長計測を行った.しかし,濱田教授が前胴長計測を行った2007年2月からは,1年半の時間経過があるため,幸島雌がまだ成長途上にあると考えられている8歳未満の個体を除く11個体を対象に,前胴長値と写真計測法による体長値との間の互換式算出を行った.その結果,r
= 0.932, adjusted R2 = 0.854, Y = 7.272 X - 7.864 (X:
写真計測法による体長, cm; Y: 前胴長, mm)
という一次回帰式を得られた.今後は幸島で補足調査を行うのと同時に,高崎山での調査を継続し,標本数を追加して分析を行うことで,高崎山個体群の保護管理に役立てていく予定である.
6-7
上顎犬歯形態の変異からみたマカク属の種間分化について
山田博之(愛知学院大・歯)
対応者:濱田穣
現生19種もの多様性をもつマカク属でも上顎犬歯形態に何らかの違いがあることが予測される.歯の比較形態といえば,大臼歯がよく研究されているが,犬歯に関する研究はほとんどない.それは犬歯の形態にはあまり変異性がないだろうとの予断によるものだ.2008年度の共同利用研究によってマカク属の上顎犬歯形態は種によって歯冠外形にかなり変異性が強いこと(四つの外形パターン),オスとメスでは大きさばかりではなく形の上でも種間で大きく違うこと,とくにメスでは不正五角形から半紡錘形に至る外形変化がみられ,頬側根が近心と遠心に分岐する傾向が強いこと,また分岐度が強い歯ほど歯冠近遠心径が大きくなることが分かった.これら上顎犬歯の形態変異がマカク属の種分化に関係していることが示唆された.
6-8 マカク毛色遺伝子の構造解析
山本博章,築地長治,上原重之,楠見僚太,
西原大輔(東北大・院・生命科学)
対応者:川本芳
本計画は,マカクの毛色発現を決める遺伝子群のアレル解析を行い,野生集団が示す毛色を保障する遺伝子基盤を明らかにすること,それをもとに種内,種間の変異解析を行い,当該サル類の多様性と進化について理解を深めることが目的である.マウスでは現在も新たな毛色関連遺伝子座の記載が増加しつつあり,300座近くになっている.その内すでに塩基配列レベルで同定されているのは約100遺伝子座である.これらの情報を利用して,本年度は,アカゲザルに比して情報の少ないニホンザルオルソログの解析から始めるべく,まずニホンザル皮膚cDNAライブラリーの作製に取りかかった.採取後凍結保存しておいた皮膚試料や,そこからトータルRNAを調製し同じく凍結保存していた試料から,まずmRNAを調製しライブラリー作製を試みたが,いくつかの実験段階で収量が思わしくなく,十分なタイターをもつライブラリーが得られなかった.この過程の検証に時間を費やしたが,原因が判明したので,現在新たな方法でライブラリー作製を試み,ベクターに組み込む前の段階である.ハンドリングの簡便性から当初プラスミドベクターに組み込んでいたが,今回はファージベクターも用いる予定である.
6-9
伊豆大島の外来マカク種に関する遺伝学的調査
佐伯真美,白井啓(野生動物保護管理事務所)
対応者:川本芳
伊豆大島には1939年から1945年にかけて島内の動物園から逸走し野生化したサルが生息しており,現在,島の中央を除くほぼ全域に群れが分布している.2001年から開始した遺伝子分析および平成15年度共同利用研究では,サルの糞から抽出したミトコンドリアDNAのD-loop第2可変域202塩基配列を解読し,大島に生息するサルの種の同定を行った.この結果,分析した計105試料は全てタイワンザルタイプと判定され,これら105試料を2箇所の置換サイトからA・Bの2つのハプロタイプに区別した.また,この2タイプの分布には地理的に偏りがあり,逸走元である動物園を境にAタイプは時計回りに,Bタイプは半時計周りに分布拡大したように観測できた.
平成20年度の共同利用研究では,伊豆大島のタイワンザルの血液および組織由来の計39試料を分析し,ミトコンドリアDNAのD-loop第1可変域520塩基配列を解読した.分析の結果,挿入欠失変異1箇所,置換変異14箇所から,39試料を2タイプに区別した.この第1可変域の2タイプは第2可変域のA・Bタイプと完全に対応していた.第1可変域の2つのハプロタイプについて,台湾の研究結果(Chu
et al,2005)と比較したが,1タイプは台湾南西部のタイプと一致し,もう1タイプは台湾南西部のタイプに近いことが分かった.今後の研究によっては,伊豆大島のタイワンザルの原産地が解明される可能性がある.また今回は試験的に常染色体マイクロサテライト11遺伝子座およびY染色体マイクロサテライト3遺伝子座を分析した.今後は,分析数を増やし,伊豆大島におけるタイワンザルの遺伝学的集団構造のモニタリングについて検討したい.
6-11
保護管理を目的としたニホンザルの遺伝学的解析
森光由樹(兵庫県大・自然・環境研/森林動物研究センター)
対応者:川本芳
兵庫県に生息しているニホンザルは分布情報から6つの地域個体群(美方,城崎,篠山,神河,南光,淡路)に分けられている.生息地間の距離が最も近い篠山,神河個体群間でも約40km分布距離が離れており,分断と孤立化が顕在化している.報告者は,昨年度に続き兵庫県内に生息しているメス個体のミトコンドリアDNAのDループ第1可変域,第2可変域の塩基配列を分析した.各地域個体群で異なるハプロタイプを検出した.美方や城崎に生息している群れと篠山に生息している群れで特に遺伝的距離は大きく離れていた.神河は美方および城崎の群れに近い塩基配列を示した.また,さらには第1可変域の分析では,同じ篠山地域個体群に属する篠山A群,篠山D群で群れ間において,異なったハプロタイプを認めた.ハプロタイプの違いは最終氷期に分断隔離された地域個体群に生じた分化が反映している可能性が高いが,過去の生息情報を分析すると,古くから捕獲圧が高い地域が多く,群れの消滅も多い.捕獲による影響も考えられた.今後は兵庫県でまだ分析されていない群れのサンプル採取と分析を進める一方,ミトコンドリアDNAの特性を利用して,地域個体群,及び群れ間のオスの移動情報を収集する予定である.これらの情報はニホンザルの保護管理に有益な資料として用いられると思われる.
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