京都大学霊長類研究所 年報
Vol.39 2008年度の活動
III 研究活動
4. 日本人研究員・研修員
日本学術振興会特別研究員(PD)
氏名:伊村知子
受入教員:友永雅己
研究題目:比較認知発達の観点からみた絵画的奥行知覚:運動情報と視点の影響
受入期間:2007年4月1日~2009年4月30日
氏名:江成広斗
受入教員:渡邊邦夫
研究題目:白神山地における社会-環境問題としての猿害解決を目的とした領域横断的研究
受入期間:2007年4月1日~2010年3月31日
氏名:纐纈大輔
受入教員:三上章允
研究題目:皮質-視床下核投射(ハイパー直接路)が運動の制御において果たす機能の解明
受入期間:2007年4月1日~2010月3月31日
氏名:服部裕子
受入教員:友永雅己
研究題目:利他性の進化-「思いやり」を支える情動メカニズムに着目して-
受入期間:2008年4月1日~2011年3月31日
氏名:足立幾磨
受入教員:松沢哲郎
研究題目:ヒト以外の動物における社会的認知能力への多角的アプローチ
受入期間:2008年4月1日~2008年12月31日
氏名:親川千紗子
受入教員:正高信男
研究題目:テナガザルのDNA解析による人類の家族起源に関する進化人類学的研究
受入期間:2008年6月1日~2009年3月31日
受託研究員
氏名:細川和也
受入教員:中村伸
研究題目:サルモデルでのバイオメディカル研究
受入期間:2008年4月1日~2009年3月31日
氏名:永友寛一郎
受入教員:中村伸
研究題目:サルモデルでのバイオメディカル研究
受入期間:2008年10月1日~2009年3月31日
非常勤研究員
氏名:菅原亨
研究課題:チンパンジーの苦味受容体遺伝子の種内多型解析
所属分野:遺伝子情報分野
研究期間:2008年4月1日~2009年3月31日
化学物質を感知する能力,すなわち化学受容は重要な感覚器の一つである.脊椎動物では,味覚と嗅覚が化学受容器に当たる.哺乳類においては基本的に甘み,酸味,苦味,塩味,うま味の5つを認識することができる.中でも苦味の感知は,有毒な物質や消化吸収の困難な食物の摂食に対して警告を発する生物にとって非常に重要な感覚入力の1つである.そのため苦味受容体は,有害物質の摂取に対する防御としての役割を進化させてきたと考えられる.そこで我々は,霊長類の味覚遺伝子の多様化と摂食行動の多様化の関連を調べている.本年度は,チンパンジーを対象として苦味受容体遺伝子T2Rの解析をおこなった.
苦味は,七回膜貫通型構造を持つ典型的なGPCRの1種であるT2Rを介した経路で伝わる.T2Rは,舌上皮の味蕾に存在する味細胞の膜上で機能しており,全長およそ900bpでイントロンがない遺伝子である.今までの研究から,T2Rは霊長類ゲノム中に30コピー程度存在し,これらの遺伝子が特に霊長類が分岐してから偽遺伝子を多く蓄積していることがわかっている.特徴的なことは,その偽遺伝子化している遺伝子がそれぞれの種で異なることである.これらの種特異性は,それぞれの種の摂食行動の特異性と関連があると考えられる.ヒトゲノム中には,T2Rが36コピー存在し,その中で機能遺伝子が25個あり,11個が偽遺伝子化していることがわかっている.そこで,現在までに同定されているヒトの36個のT2R遺伝子の相同遺伝子をチンパンジーゲノムから検索し,日本に生息するチンパンジーのおよそ30%に当たる93個体で多型解析をおこなった.
データベース上のチンパンジーゲノムを用いて相同遺伝子検索を行った結果,チンパンジーではヒトの36コピーに加えT2R63の相同遺伝子が別の染色体に1個あり,計37コピーであることが新たに明らかとなった.また,偽遺伝子の数は37種類中14種類であるが,そのレパートリーはヒト―チンパンジー間で異なっていた.そこで,両方で偽遺伝子化している9種類を除く28種類のT2Rにおいて同定された配列を元にプライマーを設計し,ゲノムを鋳型にPCRをおこない,チンパンジーでの種内多型を解析するためにT2Rの塩基配列を決定した.28遺伝子あわせて26172塩基中に73個の多型サイトが見つかった.そのうち17個が同義置換で56個が非同義置換であった.また,7種類の遺伝子において,偽遺伝子の種内多型が見つかった.しかし,偽遺伝子をもっている個体の割合は非常に低く,結果的に多くの個体のT2Rのコピー数は27~28個となった.ヒトと比べるとチンパンジーは,T2Rを2~3コピー多く持つことがわかった.この結果の一部は,2008年日本味と匂学会第42回大会で報告した.
氏名:辻大和
所属分野:社会進化分野
研究期間:2008年4月1日~2009年3月31日
A)
ニホンザルの排泄時間に関する研究
人類進化モデル研究センターの飼育ニホンザルを対象に,種子の物理的特性が排泄時間に及ぼす影響を評価した.
B)
屋外飼育場のニホンザルの活動が土壌に生息する微生物に与える影響についての研究
ニホンザル飼育履歴の異なる,研究所内の複数の飼育場の土をサンプリングし,ツルグレン装置を用いて土壌微生物のソーティングを行った.
C) RSSに出没するカラスの活動性についての研究
カラスの活動性の時間的推移を調べるために,個体数センサスを行った.
氏名:井上雅仁
研究課題:作業記憶からの想起における前頭連合野,下側頭連合野,内側側頭葉の神経細胞活動の相違
所属分野:行動発現分野
研究期間:2008年4月1日~2009年3月31日
我々は複数の情報を同時に記憶することができる.また,それらの複数の情報から適切な1つの情報を想起することができる.しかしながら,このような作業記憶からの想起における脳内の神経機構については明らかにされていない.そこで,今回,記憶した複数の視覚刺激から1個の視覚刺激を想起する必要がある課題をサルに行わせ,前頭連合野腹外側部,下側頭連合野,内側側頭葉から単一神経細胞活動の記録を行い,これらの領域の作業記憶からの想起過程における役割を調べた.サルにserial
probe reproduction taskを行わせた.この課題では,3種類の図形刺激のうち2種類の図形刺激が継時的に提示される.その後,赤,または緑の色視覚が提示され,遅延期間の後に3種類の図形刺激が同時に提示される.このとき,サルは色刺激が赤であったときは1番目に提示された図形刺激を,緑であったときは2番目に提示された図形刺激を選択しなければならない.その結果,作業記憶からの想起が行われる色刺激提示期には,提示された色刺激の色と想起された図形刺激の両方に依存した応答(CT応答),提示された色刺激に関係なく想起された図形刺激に依存した応答(T応答),想起された図形刺激に関係なく提示された色刺激に依存した応答(C応答)が記録された.この時期には図形刺激は提示されていないので,CT応答とT応答は記憶された2個の図形刺激から1個の視覚刺激を想起する過程に関与していると考えられる.CT応答とT応答を示すニューロンは前頭連合野腹外側部,下側頭連合野,内側側頭葉から記録された(前頭連合野腹外側部,
n = 74, 59%; 下側頭連合野, n = 27, 29%;
内側側頭葉, n = 41, 61%).次に,CT応答とT応答の応答潜時をこれらの領域間で比較した.その結果,前頭連合野腹外側部の応答潜時(CT応答,
162ms; T応答, 171ms)は,下側頭連合野(CT応答,
255ms; T応答, 290ms),内側側頭葉(CT応答,
234ms; T応答, 277ms)よりも短かった.これらの結果は,前頭連合野腹外側部が記憶した複数の図形刺激から1個の図形刺激の想起過程に重要な役割を果たしていること,下側頭連合野と内側側頭葉は前頭連合野腹外側部から想起された図形刺激の情報を受け取っていることを示唆している.
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