京都大学霊長類研究所 年報
Vol.39 2008年度の活動
III 研究活動
1.研究部門及び附属施設
進化系統研究部門
形態進化分野
濱田穣(教授),毛利俊雄(助教),國松豊(助教),早川清治(技術職員),山本亜由美(教務補佐員),権田絵里(大学院生)
<研究概要>
A)
インドシナ半島,バングラデシュ,およびインドに分布するマカクの系統地理学的研究
濱田穣,川本芳(集団遺伝分野,ゲノム多様性分野)
ベトナム・ラオス・カンボジア・タイ・ミャンマー・バングラデシュ・インドで,各国研究者との共同研究体制のもとに,巡回聞取り・観察調査によるマカクの分布・生息実態データとサンプルの収集を行った.ベトナムではサイゴン動植物園・高原大学との共同で,コンソン諸島でのカニクイザル(Macaca
fascicularis condorensis)と,中央高原地域での調査を行った.カンボジアではプノンペン大学理学部,および大井徹(森林総研)との共同研究で,マカクの分布と生息実態の概要調査を,東北地方(ラッタナキリ県)・南西地方(カルダモン山地など),および中部(シェムリアップ県)で行った.ラオスではナショナル大学と共同で,中西部のヴィエンチャン県と南部のサバンナケット県以南でマカクの分布と生息実態の調査を行い,マカクの生態学的棲み分け(アッサムモンキー,ブタオザル,ベニガオザル,アカゲザルの間),および分布境界(アカゲザルとカニクイザル)についての情報を収集した.タイでは東部と南部でのマカクの分布と生息実態の調査を行い,ブタオザル,カニクイザルの分布情報を収集した.ベニガオザルは東部地域では,分布していないか,一部地域に限定されているようである.ミャンマーでは,ヤンゴン大学動物学科との共同で,ヤカイン地方,カイン,モン地方,およびタニンサリー南半分の地域でマカクの分布と生息実態の調査を行った.ヤカイン地方ではブタオザルとカニクイザルが海岸部で卓越し,山地部ではベニガオザル,アカゲザルとアッサムモンキーも多く見られる.カイン・モン・タニンサリーではアッサムモンキーとアカゲザルは確認されていない.バングラデシュではジャハンギルナガール大学とダッカ大学動物学科との共同でマカクの分布状態をほぼ確定した.カニクイザルは東南地域のいくつかのマングローブ林に集団がいたが,現在,東南端のテクナフ河流域のマングローブ林に一群だけが確認されている.アカゲザルとブタオザルが卓越し,アッサムモンキーとベニガオザルはチッタゴン管区とシレット管区の一部森林に限定的に分布していると推測される.インドでは南部のバンディプール国立公園でボンネットモンキーを観察した.以上の国々で得られたDNA資料を分析し,予備的に系統解析を行った.
B)
ニホンザルとチンパンジーの成長・加齢変化
濱田穣,鈴木樹理(人類進化モデル研究センター)
ニホンザル4頭とチンパンジー(未成熟個体3頭とオトナ数頭)について,身体年齢変化調査を継続するとともに,年齢変化におよぼす社会的影響を検討した.ニホンザルは4-6頭のグループ・ケージ飼育であり,思春期にはオスの間の順位確認にもとづく交渉が著明となり,下位個体は社会的ストレスを受け,下痢や食物摂取の少ないことなどによって,成長・成熟への影響が強くなる.血縁者のいないことが,このようなストレスを大きくしていると推測される.未成熟チンパンジーの3頭は性成熟を迎え,体組成的に雌雄差が顕著になりつつある.
C)
タイワンザルとニホンザル,アカゲザルとニホンザルの交雑個体の形態学的検討
濱田穣,毛利俊雄,國松豊,山本亜由美,川本芳(集団遺伝分野,ゲノム多様性分野)
アカゲザル,タイワンザル,ニホンザルはそれぞれに近縁であり,交雑子孫は稔性がある(雑種強勢は不明).和歌山県では施設から逃げだしたタイワンザルと,地域のニホンザルが,千葉県房総地方では出所不明のアカゲザルと地域のニホンザルが,それぞれ交雑し,生息環境に適応して,個体数を増している.これらの外来種と固有種の間の交雑個体は,各自治体によって駆除されているが,それらについて計測・観察するとともに標本化し,形態学的検討を行っている.タイワンザル・ニホンザル交雑個体の歯牙サイズの解析を行った.タイワンザルはニホンザルに比べて,犬歯・小臼歯部が相対的に大きいが,大臼歯が小さいというプロポーションを持つ.それらの交雑個体の歯列プロポーションは両者の中間であり,ミトコンドリアDNAなど遺伝的指標から得られた交雑度と関連性が認められる.また,交雑個体で,大臼歯の歯冠形態にひじょうに珍しい斜走隆線(Crista
obliqua)や第3大臼歯の欠損例が認められた.アカゲザルとニホンザルの駆除が2008年に開始され,駆除個体の形態学的検討を74頭について行った.相対尾長の解析から,さまざまな交雑度を持っているとしても,全個体で尾は短く,もともとのアカゲザルは東グループ(中国とその周辺地に分布)であること,尾長による交雑度の推定は困難であることなどが示唆された.今後,これらの個体の体色分析,および標本化された骨格・歯牙の観察・計測で交雑現象のさらなる解明を行う.
D) 霊長類の頭蓋学
毛利俊雄
加齢にともなう側頭筋の発達の性差をみるため,和歌山県のタイワンザルとニホンザルの交雑群の頭蓋標本について左右の側頭線の間隔を測定した.しかし,アダルトのオス標本がすくなく,雌雄ともに歯の咬耗が進んだ個体がいなかったため所期の目的を達成することはできなかった.ただし,個体数が比較的におおいアダルト・メスの比較では,環境を共有していても,タイワンザルの遺伝子をおおくもつ個体は,ニホンザルの遺伝子をおおくもつ個体にくらべ,頭骨がちいさくなり,側頭筋の発達がつよくなる傾向が示唆された.
E)
東アフリカ後期中新世霊長類化石に関する古生物学的野外調査
國松豊
2008年8月から9月にかけて,ケニヤ共和国北中部にあるナカリ地域の上部中新統を対象に,化石採集・発掘調査をおこなった.これまでに化石を産出した露頭を確認して化石の表面採集をおこなったのち,大型類人猿化石を産出したNA39地点およびコロブス類の化石を産出したNA60地点において発掘を実施して,後期中新世の類人猿やオナガザル上科の霊長類化石を含む哺乳類化石を採集した.調査結果は,当時のナカリの霊長類相が多様性に富んでいたという考えを補強するものであった.
F)
東アフリカ中期中新世の化石類人猿Nacholapithecusなどに関する研究
國松豊
ケニヤ共和国北部の中期中新世の化石産地であるナチョラ地域からは日本隊によって大型類人猿Nacholapithecusの化石が大量に発見されている.これまでに採集され,ケニヤ国立博物館に保管されているNacholapithecusの化石のうち,特に大量に発掘がおこなわれたBGK産地のものを中心に,歯牙や顎骨の標本調査をおこなった.他にもナチョラ出土の原猿類化石の同定作業もおこなった.
G)
イラン北西部マラゲ地域における古生物学的調査
國松豊
イラン北西部のマラゲ地域は以前より中新世の哺乳類化石を産出することで知られている.30年ほど前には,京都大学を中心とする調査隊もマラゲ郊外の化石産地で発掘調査をおこなったことがある.イスラム革命以来,イランにおける古生物学研究は停滞していたが,現在,フィンランド,フランス,中国,日本などの研究者からなる国際共同研究グループが,マラゲ地域における化石発掘調査をはじめつつある.2008年は5月にイラン環境省の主催した古生物学に関する国際シンポジウムに参加し,同時にマラゲで実施された野外調査に加わった.2008年の野外調査では,以前京大隊が発掘をおこなった地域において予備的発掘がおこなわれた.
<研究業績>
原著論文
1) Hamada Y, Suryobroto B, Goto S,
Malaivijitnond S (2008) Are northern long-tailed macaques (Macaca
fascicularis fascicularis) hybrids with southern rhesus
macaques (M. mulatta)? : Morphological and body color
variation in Thai long-tailed macaques distributed to the
north and south of the Isthmus of Kra. Int. J. Primatol
29(5):1271-1294.
2) Hanta R, Ratanasthien B, Kunimatsu Y,
Saegusa H, Nakaya H, Nagaoka S, Jintasakul P (2008) A new
species of Bothriodontinae, Merycopotamus thachangensis (Cetartiodactyla,
Anthracotheriidae) from the Late Miocene of Nakhon
Ratchasima, Northeastern Thailand. Journal of Vertebrate
Paleontology 28(4):1182-1188.
3) Kawashima T, Thorington RW Jr,
Kunimatsu Y, Whatton JF (2008) Systematic morphology and
evolutionary anatomy of the autonomic cardiac nervous system
in the lesser apes, gibbons (Hylobatidae). The Anatomical
Record 291:939-959.
4) Kurita H, Sugiyama Y, Ohsawa H, Hamada
Y, Watanabe T (2008) Population dynamics in a provisioned
Japanese macaque population at Takasakiyama - Changes in
demographic parameters in relation to decrease of
provisioned foods. Internat. J. Primatol 29:1189-1202.
5) Kikuchi Y, Hamada Y (2009) Geometric
characters of the radius and tibia in Macaca mulatta and
Macaca fascicularis. Primates 50:169-183.
6) Malaivijitnond S, Hamada Y (2009)
Current Situation and Status of Long-tailed Macaques (Macaca
fascicularis) in Thailand. Natural History Journal of the
Chulalongkorn University 8:185-204.
報告
1) 濱田穣, 毛利俊雄, 國松豊,
茶谷薫, 山本亜由美, 後藤俊二, 川本芳 (2008)
和歌山県におけるタイワンザルとニホンザル交雑に関する形態学的検討I:尾長・尾椎骨と交雑度の関係.
「生物多様性への移入種の影響:和歌山のタイワンザル交雑群に関する総合研究」平成16年度~平成19年度科学研究費補助金(基盤研究(B))研究成果報告書
p.9-39.
2) 國松豊, 山本亜由美 (2008)
和歌山交雑タイワンザルの歯牙形態.
「生物多様性への移入種の影響:和歌山のタイワンザル交雑群に関する総合研究」平成16年度?平成19年度科学研究費補助金(基盤研究(B))研究成果報告書
p.51-76.
3) 毛利俊雄, 濱田穣, 國松豊,
山本亜由美, 茶谷薫, 川本芳 (2008)
和歌山交雑ザル(Macaca cyclopis × M. fuscata)の側頭線.
「生物多様性への移入種の影響:和歌山のタイワンザル交雑群に関する総合研究」平成16年度?平成19年度科学研究費補助金(基盤研究(B))研究成果報告書
p.41-49.
著書(単著)
1) Cang DN, Endo H, Son NT, Oshida T, Canh
LX, Phuong DH, Lunde D, Kawada S, Hayashida A, Sasaki M.
(2008) Checklist of Wild Mammal Species of Vietnam. p.400
Shoukadoh, Kyoto.
著書(分担執筆)
1) 濱田穣 (2008) 身体成長と加齢-ニホンザル.
「日本の哺乳類学 2 中大型哺乳類・霊長類」
(高槻成紀, 山極寿一編) p.53-75
東京大学出版会.
その他の執筆
1) 濱田穣 (2009) 巻頭言24(特集号):
p.179-180 霊長類研究.
学会発表
1) Egi N, Tsubamoto T, Nakaya H, Kunimatsu
Y, Takai M (2008) Carnivores from the Pondaung (Myanmar) and
Krabi (Thailand) faunas: Change of taxonomic diversity in
the Middle to Late Eocene of Southeast Asia. Society of
Vertebrate Paleontology 68th Annual Meeting (2008/10,
Cleveland, Ohio, USA.).
2) Gonda E, Lestari DK, Suryobroto B,
Hamada Y, Katayama K (2008) Somatometric study for body and
foot among Asia-Pacific islanders. 第62回日本人類学会大会
(2008/11, 名古屋).
3) Hamada Y, Hayakawa S, Suzuki J (2008)
Longitudinal Growth Study on non-human Primates. 第62回日本人類学会大会
(2008/11, 名古屋).
4) Hamada Y, Maruhashi T, Gumert M,
Malaivijitnond S (2008) What are they doing? Locomotion and
Object Manipulation performed by macaques. Post-Congress
Symposium of International Primatological Society 2008
Congress (2008/08, Durham, England).
5) Hamada Y, Mouri T, Kunimatsu Y,
Yamamoto A, Kawamoto Y (2008) Have Hybridization and
Introgression influenced on the Evolution of Macaques?. 第62回日本人類学会大会
(2008/11, 名古屋).
6) Lipps AN, Agarwal SC, Beauchesne P,
Hamada Y (2008) Cortical Bone Remodeling and Trabecular
Architecture in Japanese Macaques with Degenerative Joint
Disease. Annual meeting of the Amer. Assoc. Physical
Anthropologists (2008/04, Columbus, Ohio, USA).
7) Nakaya H, Fukuchi A, Uno K, Kunimatsu
Y, Nakatsukasa M (2008) Late Miocene paleoenvironmental
change of hominoid evolution in sub-Saharan Africa: Mesowear
analysis of Hipparion (Equidae, Perissodactyla) cheek teeth
from Kenya. Society of Vertebrate Paleontology 68th Annual
Meeting (2008/10, Cleveland, Ohio, USA.).
8) Sakai T, Mikami A, Nishimura T,
Matsuzawa T, Tomonaga M, Tanaka M, Hamada Y, Suzuki J,
Miyabe T, Matsubayashi K, Kato A, Goto S, Miwa T, Matsui M
(2008) Development of the prefrontal area in chimpanzees.
International Primatological Society 2008 Congress (2008/08,
Edinburgh, Scotland).
9) Sakai T, Mikami A, Nishimura T, Toyoda
H, Matsuzawa T, Tomonaga M, Tanaka M, Hamada Y, Suzuki J,
Miyabe T (2008) Maturation of the amygdala in chimpanzees.
The 2nd International Symposium of the Global COE Project
(2008/11, Kyoto).
10) Suchinda M, Hamada Y (2008) Current
situation and status of long-tailed macaques (Macaca
fascicularis) in Thailand: drastic change in habitat
environment and management philosophy and policy.
International Primatological Society 2008 Congress (2008/08,
Edinburgh, Scotland).
11) Uno KT, Thure EC, Nakaya H,
Nakatsukasa M, Kunimatsu Y (2008) Stable carbon and oxygen
isotope ratios of fossil tooth enamel from the Nakali and
the Samburu Hills, Kenya: Capturing the C3-C4 transition in
East African equid diet at ~9.7 Ma. Society of Vertebrate
Paleontology 68th Annual Meeting (2008/10, Cleveland, Ohio,
USA.).
12) Hamada Y (2009) Distribution and
present status of Primates in Laos. Second International
Symposium on Southeast Asian Primate Research
"Biodiversity Study of Primates in Laos" (2009/01,
Vientiane, Laos).
13) Hamada Y, Morimitsu Y (2009) Diversity
and conservation studies in Lao PDR: Next step. Distribution
and present status of Primates in Laos. Second International
Symposium on Southeast Asian Primate Research
"Biodiversity Study of Primates in Laos" (2009/01,
Vientiane, Laos).
14) Nakatsukasa M, Ikarashi T, Shimizu D,
Teaford MF, Ungar PS, Kunimatsu Y (2009) Adaptations of
Microcolobus discovered from Nakali, Kenya. 78th Annual
Meeting of the American Association of Physical
Anthropologists (2009/03-04, Chicago, USA).
15) 濱田穣 (2008)
ヒトの成長・加齢パターンの進化. 第10回日本進化学会大会
(2008/08, 東京).
16) 濱田穣, 毛利俊雄, 國松豊,
山本亜由美, 川本芳, Malaivijitnond S (2008)
マカクにおける雑種形成の進化における意味.
第62回日本人類学会大会 (2008/11, 名古屋).
17) 濱田穣, Narayan Sharma, Anindya
Shinha (2008)
インド東北地方におけるマカクの分布・生息状況(予報).
日本霊長類学会第24回大会 (2008/07, 東京).
18) 國松豊, 中務真人,
山本亜由美, 清水大輔, 仲谷英夫, 酒井哲弥,
沢田順弘 (2008)
ケニヤ共和国ナカリ出土の旧世界ザル化石.
アフリカ学会第45回学術大会 (2008/05, 京都).
19) 中務真人, 國松豊, 仲谷英夫,
酒井哲弥, 沢田順弘 (2008)
ケニア,ナカリ出土のマイクロコロブス骨格.
第24回日本霊長類学会大会 (2008/07, 東京).
20) 中務真人, 國松豊, 清水大輔,
五十嵐健行, 仲谷英夫, 酒井哲弥, 沢田順弘
(2008) ケニア,ナカリ地域における2007-2008年度の発掘成果.
第62回日本人類学会大会 (2008/11, 名古屋).
21) 酒井朋子, 三上章允, 西村剛,
豊田浩士, 松沢哲郎, 友永雅己, 田中正之,
濱田穣, 鈴木樹理, 宮部貴子 (2008)
チンパンジー乳幼児の扁桃体の発達. 第62回日本人類学会大会
(2008/11, 名古屋).
22) 國松豊 (2009)
アフリカの環境変動とナカリ出土の類人猿化石.
ホミニゼーション研究会「ヒトの起源:共通祖先の形と暮らしを探る」
(2009/03, 犬山).
23) 國松豊 (2009)
化石霊長類から見たヒトへの進化. 第114回日本解剖学会総会・全国学術集会
(2009/03, 岡山).
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