京都大学霊長類研究所 年報
Vol.38 2008年度の活動
X 共同利用研究
2 研究成果 施設利用 21~27
21 東南アジアの熱帯雨林伐採に対するジャコウネコのストレスホルモン応答
小野口剛 (京都大・生態研)
本研究では熱帯雨林の伐採が野生動物に与える影響を, 糞中に含まれる生理ホルモンを用いることにより明らかにすることを目的とした. マレーシア・サバ州のデラマコット森林管理区において, 持続的森林伐採が行われている管理区と, 従来型の破壊的伐採が行われている管理区において早朝に中型哺乳類の糞を回収し, mt-DNAを用いて種同定を行った. うち2種食肉目Common palm civet (Paradoxurus hermaphroditus) とLeopard cat (Prionailurus bengalensis) の糞に関して, EIA法を用いてコルチゾール濃度を測定した. いずれの種に関しても持続的伐採が行われている森で平均コルチゾール濃度は低かったものの, 有意な差を得るには至っていない. 今後はコルチゾール濃度地の季節的変化, GISを用いたデータ解析によりより詳細にストレス変化の環境要因を分析する予定である.
22 霊長類における酸味受容体の同定と味覚修飾物質による酸味抑制機構の解明
石丸喜朗 (東京大・院・農学生命科学)
研究者自らが発見した酸味受容体候 PKD1L3/ PKD2L1と甘味受容体T1R2/ T1R3のアカゲサル相同遺伝子の同定を試みた.
まず, アカゲサルの舌試料より, 有郭乳頭が含まれる舌後部の上皮層を摘出した. ISOGENを用いて全RNAを抽出した後, RNeasy Mini Kitで精製した. オリゴdTプライマーやランダムヘキサマープライマーと逆転写酵素Superscript IIを用いて逆転写反応を行った. アカゲザルゲノムデータベースの相同性検索により, PKD1L3, PKD2L1それぞれに特異的なプライマーを設計し, PCR酵素ExTaqを用いてPCR反応を行った. PCR産物が得られたものに関してはpBluescriptベクターに挿入し, 塩基配列を解析した. その結果, PKD1L3に関しては, N末端細胞外領域に相当するcDNA断片が得られた. このN末端細胞外領域と, それ以降の領域がマウスPKD1L3から成るキメラ体を作製して, 発現ベクターpDisplayに挿入した. 現在, このキメラ体PKD1L3をマウスPKD2L1と共にHEK293T細胞に発現させて, Ca??イメージング法による機能解析を行っている. PKD2L1はPCR増幅産物が得られていない.
甘味受容体T1R2/T1R3に関しては, 上記と同様の方法でプライマーを設計し, RT-PCRを行った. 得られたPCR産物をpBluescriptベクターに挿入し, 塩基配列を解析した. その結果, アカゲザルT1R2全長cDNAの獲得に成功した. 一方, T1R3に関しては, C末端領域に相当するゲノム配列の情報が, データベース未整備のために得られなかった. 今後, 異なる種間で保存されたアミノ酸配列に対する縮重プライマーを設計して, T1R3全長cDNA断片の獲得を目指す.
23 老齢ザルにおける認知機能の変化
久保 (川合) 南海子 (京都大・こころの未来研究センター)
これまでに明らかにした老齢ザルの補完的な行動方略の背景には, 作動記憶および行動のプランニングの低下や外部環境への依存が存在すると考えられる. そこで, 身体的な手がかりが使いにくい実験事態を設定することで, 老齢ザルにおいてそれまで可能であった記憶の身体的な外化が無効になった場合, 記憶が困難になるのか, あるいはどのような情報を利用すれば記憶できるのかを検討するため, これまでWGTAを用いておこなってきた記憶課題を, コンピュータで制御するタッチパネルを用いた手続きでおこなうことにした. 本年度は年度途中での採択となり実施期間が短かったため, 現在は若齢個体を対象に訓練を継続し, 次年度に老齢ザルが配分されれば, これらの個体も訓練をして比較分析をおこなう予定である.
24 ヒト・チンパンジー間におけるエピゲノム・バリエーションの網羅的解析
一柳健司, 佐々木裕之, 新田洋久 (国立遺伝学研究所)
ヒト・チンパンジーゲノム間の塩基配列の違いはわずか1%強であるが, 表現型には大きな違いがある. 本研究では, 表現型や遺伝子発現と関連の深いDNAメチル化パターンにどの程度, どのような遺伝子で相違があるか, またそのようなエピジェネティックな相違とゲノム配列の相違 (ジェネティックな相違) にはどのような関係があるのかを明らかにするため, チンパンジーおよびヒト白血球細胞のDNAを調製, 解析した. チンパンジー標本として, 平成20年1月にプチ, 同年3月にペンデーサから血液標本を得た. ヒト血液標本は国立遺伝学研究所にて得た. これらの標本を用い, 今後のゲノムワイドな研究のための基礎情報を得る目的で8遺伝子のプロモーター領域のDNAメチル化状態をバイサルファイト法にて解析した. プチおよびペンデーサの標本共に, 調べた領域のメチル化状態はヒトにおけるメチル化状態とほぼ同じ状態であることが分かった. 今後はこれらの領域を内部標準として抗メチル化シトシン抗体による免疫沈降とその沈降物のマイクロアレイ (ゲノムタイリングアレイ) 解析を行い, ヒト・チンパンジー間でメチル化状態の異なる領域を同定・解析していく予定である.
25 他者の存在は自己鏡像認知の成立に必要か?
草山太一 (昭和大・教育)
動物に鏡を提示し, その自己の反射像を自己と認知するかどうかを調べる研究は自己鏡像認知と呼ばれ, 多くの動物種を対象に検討されている. そして, 鏡を使うことで, 直接に見えない身体のある特定の部分を見ることができるかどうかという点から, 自己鏡像認知の成立を確認する方法 (マークテスト) では, チンパンジーなどの大型類人猿, イルカ, ゾウにおいて, その成立が認められている. 一方, その他の多くの動物では, まるで他個体がいるかのように鏡に対して反応することが知られている. 自己鏡像認知に関する研究は, 行動観察するために対象を1個体に絞った検討が主流であるが, 本研究では一緒に他の個体が映り込むことが成立条件と考えた. つまり, 他者の鏡映像と実物との対応関係から, 自己の反射物を自己と認識するようになると考えたのである.
本年度は, 年度の途中での採択ということもあり, 簡易的な装置でニホンザル2頭を対象に予備観察を実施した. 透明なアクリル箱に入れて, 普段から給餌などで信頼関係の厚い人物と一緒に鏡の前で過ごしたときの反応をビデオ記録した. 2回の提示で, 1頭は人物が指し示す鏡像に注意を払うなど, 一緒に鏡に映り込むということに意味があることが示唆された. もう1頭については, ほとんど鏡に対して興味を示さず, 個体によって反応が異なっていた. 次年度は観察装置を新規に作成し, 提示回数による行動の変化を調べることを目標にしたい.
26 大型類人猿におけるMC1R遺伝子の多様性解析
本川智紀 (ポーラ化成工業 (株) 皮膚薬剤)
MC1R (melanocortin-1 receptor) は色素細胞表面に存在する色素産生に関与するレセプターである. ヒトにおいてMC1R遺伝子は, 多様性が高く人種特異的変異が存在する. そのためMC1R変異データは, ホモサピエンスの分岐過程を考察する際に有益な情報のひとつとなっている.
我々は, ヒト以外の霊長類においても, 当遺伝子のデータは分岐過程を考察する上で有益な情報となると考えた. そこで大型類人猿におけるMC1R遺伝子の多型解析を行いこの遺伝子の進化過程を比較解析する研究を開始した.
現在までにチンパンジーのMC1R遺伝子解析条件を決定し, 10例のコーディング領域の配列解読が完了した. その結果, 10例すべて同じ配列で, ヒト配列に対し8つのnonsynonymous variantが存在していた. 今後はプロモーター領域の解析を開始すると同時に, 他の類人猿の遺伝子解析にも着手していく.
27 IGCR法を用いたマカク近縁種の種判別DNAマーカーの効率的単離
後藤幸七 ( (財) かずさDNA研究所)
千葉県房総半島には, 天然記念物生息域に指定された地域を含み, ニホンザル生息域が広がっている. 近年この地域に, 移入種とみられるアカゲザルとの交雑個体が発見され, 千葉県では外来生物法に則り, アカゲザルのこの地域からの防除を決定した. これに伴い, 我々は本研究において, 交雑状況の把握, 及び, 交雑のモニタリングシステム構築の為, アカゲザル, ニホンザルの種判別DNAマーカーを取得することとした.
まず, 我々が開発してきたDNAサブトラクション法であるIGCR法 (In-gel competitive reassociation法, Gotoh and Oishi, 2003) を用いて, 房総半島で捕獲されたアカゲザル1頭, ニホンザル1頭との間のRFLP多型部位を多数単離した. 次にこの中から, 房総半島アカゲザル6頭には検出されるが, 房総半島ニホンザル21頭では全く検出されなかったDNA多型を, 染色体上の29箇所に同定したので, これらをアカゲザル特異的マーカーとした. また, これらのマーカーは, インド原産, 中国原産のアカゲザルを用いても, アカゲザル特異的マーカーとして確認できた.
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