京都大学霊長類研究所 年報
Vol.38 2007年度の活動
X 共同利用研究
2 研究成果 施設利用 1,2,4~8,10
1 キンシコウのアカンボを通したone male unit 間の非敵対的関係の評価
和田一雄
餌場ではone male unit (OMU) は相互にほとんど場合, 敵対的関係を示す. 餌場周辺の林内ではある距離を保ち, 互いにOMUごとにresting, grooming に時間を費やすので, 不干渉でいることが多い. ところが, 2002年と2003年の3-4月にはアカンボを抱いて隣接するOMUに入り, 受け入れられて, 相互にgroomingをすることが知られた. 3-4月の出産期に, 成獣・亜成獣・若年獣メスは, 出産直後のアカンボに興味を示し, 出産後1-2日のアカンボを母親から取り上げ, 抱きかかえ, 母親から離れて座る. 母親は, それをすぐ取り返しに行くが, 7-10日後には30分-1時間もアカンボをそのままにしておくようになる. その間, アカンボは同じOMU間のメスの間を回される. その間アカンボが自身から母親の元に返ることはない. 母親からアカンボを受け取った個体はある興奮状態に入るのか, OMUから少し離れようとする. この傾向は若年獣で特に顕著である. その興奮状態で, 時に自分のOMUを大きく離れて他のOMU内に入り込む. このような状態の個体とアカンボは普通他OMUに受け入れられる. アカンボを抱えた個体を追って母親や他の個体も来ることがあるが, これも排斥されることは少ない. このようなOMU間の親和的関係が複数のOMUを結びつけ, bandを形成する要因の1つになっていると思われる.
2 サル類骨密度に関する比較動物学的研究
田中愼 (国立長寿医療センター)
DXA法 (DCS-600EX-IIIR, ALOKA, 東京) で晒骨標本とした, カニクイザルの下顎骨と大腿骨を計測し, 骨塩量・骨面積・骨密度を得た. 骨密度では下顎骨の方が30?90%程度大きかった. そこで, 骨重量を求め, これで骨塩率 (BMR) を算出したところ, 500前後の値となってどちらの骨でも類似となった. Exp Anim, 55, 415-418, 2006のラットの下顎骨とBMRを比較したところ, 60日齢F344/N ラットの下顎骨より小さかった. 以前のニホンザルではラットとカニクイザルの間とも見え, BMRが種差を検出する可能性がうかがえた. 下顎骨や大腿骨以外の骨での比較, 別の真猿やげっし目, 性や月・年齢に注目した骨特性の比較を充実させていきたい.
4 耳鼻咽喉科・頭頸部外科手術からみた頭蓋形態の比較解剖
角田篤信 (東京医科歯科大・医)
頭蓋底領域病変の病態と, それに対する手術アプローチの検討のため各種サルの頭蓋骨を用いた検討を行った. 昨年同様サル頭蓋検体はメスの成猿とし, 添付されたデータに加えて, 蝶形骨・後頭骨の縫合並びに歯牙の萌出を破損のない状態の良い検体を選択した. 側面からデジタルカメラを用いて写真撮影を行い, さらに同方向から単純レントゲン撮影を行った. 撮影されたデータはDICOMデータからJPEGに変換し, コンピューター上で頭蓋全体の形態について, 楕円形に類似させての数学的解析を行った.
ヒヒ, マカク, テナガザル, ヒトの順で頭蓋形態はより円に近づき, 近似楕円の重心と外耳道・顎関節の位置の検討からヒトではより前方に位置してゆく傾向がみられた. よって, この形態的特徴から蝶形骨洞や斜台などの頭蓋底部位のアプローチの際しては, 病変操作の相対的近さから, ヒトでは側方だけでなく顔面前方からの手術アプローチが可能になってきていることが判明した.
5 チンパンジーの性格に関与する遺伝子の探索
村山美穂 (岐阜大・応用生物)
ヒトでは, 性格に関与する遺伝子多型が多数報告されている. チンパンジーの相同遺伝子の配列は, ヒトとは異なっている場合があり, 性格への関与の仕方もヒトとは異なる可能性が示唆される. そこで, チンパンジーの性格評価を行い, 遺伝子型の関連を解析してきた. 本年度は, さらに候補遺伝子の種類を増やし, 多型領域の機能の解析も行った.
新たにセロトニンの合成酵素トリプトファンヒドロキシラーゼ2 (TPH2) のC末端に, グルタミンからアルギニンへのアミノ酸置換を伴う塩基置換を見出し, HeLa細胞中で, チンパンジーのグルタミン型とアルギニン型, ヒト, ラットの4種類の酵素のセロトニン合成量を比較した. その結果, チンパンジーのアルギニン型は, グルタミン型よりも有意に活性が高かった. ヒトはグルタミン型と, ラットはアルギニン型とほぼ同じ活性であった. 他にも, エストロゲン受容体αとβ, モノアミンオキシダーゼAとB, アルギニンバソプレシン1a受容体の各遺伝子で多型を見出し, 111個体で遺伝子型を解析した.
今後は, 調査個体数を増やし, 性格評価との関連を解析する予定である.
6 マイクロサテライトDNA多型を用いたワオキツネザルの繁殖構造の研究
市野進一郎 (京都大・理・人類進化)
マダガスカル共和国ベレンティ保護区のワオキツネザル個体群の繁殖構造を解明するために, 2005年度からマイクロサテライト多型解析を継続しておこなっている. 2005年度には134個体分の遺伝試料を用いて, 2006年度は新たに採取した76個体分の遺伝試料を用いて, 多型が確認できている11座位についてシークエンサーを用いたフラグメント解析をおこなってきた. 本年度は残念ながら, 追加の実験をおこなうことはできなかったが, これまでの実験結果を座位別, 個体別に整理しなおす作業をおこなった. 来年度以降も同様の実験を継続して行う予定であり, 最終的には調査個体群の7年間 (1999年と2006年) での遺伝子頻度等の比較を行う予定である.
7 ニホンザルにおける刺激-反応適合性効果の検討
川合伸幸 (名古屋大・院・情報科学)
刺激と反応の位置に対応関係がある適合条件 (例;左側に提示された刺激に左側のキー押しで反応) では, 対応関係がない不適合条件 (例;左側の刺激に右側のキー押しで反応) に比べて反応がはやく正確である (刺激―反応適合性;SRC). 色や形といった位置以外の刺激属性に対して左右など位置で定義された反応を行うときでさえ, 刺激と反応の位置の対応は, はやく正確な反応を可能にする. 課題非関連な刺激位置が, 課題との関連性にかかわらず刺激と反応の間に対応する自動活性ルートを通じて対応する反応位置を活性化することで, SRC効果が生じると考えられる.
ただしヒトのSRCは, 上下に提示される刺激の位置に対して左右の反応キーで反応するときにも生じる. 上の刺激に対して右で, 下の刺激に対して左で反応する方が逆の組合せに比べて優位であり, 直交型SRCと呼ばれている. この直交型SRCは, まだヒト以外の動物で検討されていない. 任意な「上-右」「下-左」という組合わせが「自動的」であるとの主張もあるが, その根拠は不明である. そこで, ニホンザルを対象に, 1) SRC効果が見られるか, さらに2) サルでも直交型SRCが観察されるかを検討したところ, SRC効果は得られたが, 直交型SRCは観察されないことが明らかになった.
8 霊長類の心臓自律神経支配に関する比較形態学的解析
川島友和 (東京女子医科大・医・解剖)
海外渡航のため, 本研究計画は未実施
10 野生チンパンジーの肉食における狭食性の研究
保坂和彦 (鎌倉女子大・児童)
次年度に予定しているマハレ (タンザニア) のチンパンジーを対象とする野外調査に向けて, 本年度は過去資料の整理と文献調査, 調査計画立案に費やした. 90-95年調査にて明らかにしたように, マハレのチンパンジーが捕食する哺乳類の8割以上はアカコロブスであり, 同じように高密度に生息するアカオザルはほとんど捕食されない. この現象は, チンパンジーとアカコロブスが同所的に生息する調査地ではほぼ共通している. 捕食種数という点からも, 同時期に9種しか同所的に棲息する哺乳類を捕食していない. チンパンジーは狭食性肉食者であり, 捕れる獲物は捕る狩猟採集民とは大きく異なるとする五百部 (1993) の指摘を裏づける. さらにUehara (1997) は, チンパンジーの肉食における狭食性は西アフリカの調査集団の方が東アフリカの調査集団より強いことを指摘したが, このような地域変異が生じる生態学的要因の解明はヒトの肉食における広食性の進化のシナリオを描くのに役に立つであろう. また, 植物食における広食性との対比については, Gibly & Wrangham (2007) が「チンパンジーは植物食についてはリスク回避戦略を採り, 肉食についてはリスク志向戦略を採る」という重要な仮説を提起した. 今後, この仮説への対応を含めたチンパンジーの肉食の行動生態学, 栄養生理学, 植物食・昆虫食との関連へと展開する資料を集めたい.
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