京都大学霊長類研究所 年報
Vol.38 2007年度の活動
X 共同利用研究
2 研究成果 自由研究 11,14~19
11 Simian foamy virus を用いたマカクの研究
関加奈子 (東京大・院・生物科学)
Simian foamy virus (SFV) は非病原性寄生体として霊長類で感染率の高いレトロウイルスである. SFVの感染動態を調べることにより, 宿主個体の個体間関係を明らかにすることを目標に, 本年度は感染経路の推定を試みた.
霊長類研究所の放飼場で飼育されているニホンザル5群, アカゲザル2群を対象とし, 全頭から血液を採取し, 白血球層からDNAを抽出した. DNA抽出液からPCR法を用いてSFVポリメラーゼ領域を増幅し, SFVプロウイルスの検出を試みた. その結果, ニホンザルでは164頭中110頭 (67.1%) から, アカゲザルでは94頭中41頭 (43.6%) からプロウイルスが検出された. その後ダイレクトシーケンシングを行い, ニホンザル85頭, アカゲザル22頭のSFV配列が決定した. それらの配列を比較・分類したところ, 1群あたり3~10の株が検出された. 母子で株の一致率を調べると, ニホンザルでは38組中13組 (34.2 %), アカゲザルは3組中0組 (0%) だったことから, 母子間の垂直伝染は起きていないと考えられる. 本年度の結果からは具体的な感染経路の解明には至らなかった.
今後, 上記5群を継続的に調査し各個体の感染状況の変化をみるとともに, 塩基配列を比較する領域を増やしてより詳細なSFV株の分類をし, 感染経路の解明を目指す.
14 ニホンザルにおける性交渉パタンの進化要因
中川尚史, 下岡ゆき子 (京都大・院・理), 鈴木滋 (龍谷大・国際文化), 高橋弘之 (鎌倉女子大・児童)
本研究は, 純野生ニホンザル個体群間で性交渉パタンを比較すること通じて, その進化要因を探る目的で行なった.
本研究の一環として, 2005年および2006年に鹿児島県屋久島西部低地林に生息する半山E群を対象にした調査は終え, すでに一部ではあるがデータ解析済である. 今年度は, その比較対象として宮城県金華山島に生息するA群を選び, 全く同様の方法で調査を行う予定であった. 本調査の方法上の特徴として3名の調査者が同時にそれぞれ別の個体を追跡し, 概ね交尾季を通じて継続する点にあったが, 諸般の事情から調査者1名による10月約3週間の調査に留まり, 得られた結果は予備的なものとなった. しかしながら, 性交渉パタンにおいて幾つかの明瞭な違いが認められる見込みが得られたので, ここに報告する.
射精にまで至ったマウンティング・シリーズの平均時間長はα雄以外の群れ雄9.28分, 群れ外雄12.05分, 平均マウント回数はそれぞれ16.6回と15.5回, 平均総スラスト数はそれぞれ60.1回, 44.3回であった. これらの値を2007年の金華山同様, 発情雌の多い交尾季であった2005年の屋久島の同時期の値と比べると, すべてにおいてより高い値を示した. なお, α雄は発情雌から交尾を拒絶されることが多く, 得られたサンプル数が少なかったので比較対象から除外した.
金華山は屋久島に比べ食物密度が低いために, 雄および発情雌の空間密度が低く, 互いに遭遇する確率も低いと考えられる. そうした環境においては, 遭遇した相手との間で確実に受精に至る交尾をする形質が選択されると予測されるが, 上記の交尾パタンの結果はこうした予測と合致するものであった. そのほか関連することとして, 異性との遭遇確率の低い金華山の発情雌は発情声を頻繁に発しおそらく自身の存在を宣伝していること, それでも遭遇できないので, 屋久島の発情雌のように交尾終了後に雄より先に立ち去ることが少ない, などの違いが認められた.
15 ニホンザルコドモの遊びのレパートリーに関する地域間比較の継続調査
島田将喜 (滋賀県立大・人間文化)
本年度秋期の調査では, 金華山のコドモの遊びに関して興味深い発見があった. 遊びの量的側面では, 純野生群の金華山にあっても, 栄養状態が良好な秋期には, コドモの遊びの頻度・持続時間は非常に高く・長く, 常時高頻度・長時間の遊びが生じる餌付け群の嵐山に匹敵していた. 一方質的側面では, 16-17年度の夏にはまったく観察されなかったさまざまな遊び方が観察された. たとえば申請者が「アスレチック遊び」と呼ぶ遊び方や, 「水遊び」といった特定の条件を備えた場所が限定されるタイプの遊び方が見出された. また申請者が以前から着目してきた「物を伴った社会的遊び」のカテゴリーに含まれる遊び方が, 金華山でも秋には頻繁に観察され, そうした遊び方の一つのタイプである「ターゲットの物を巡って生じる追いかけっこ」もある程度見出されるという発見があった. ただし金華山におけるこれらの遊びの相互行為が, 嵐山などで見出される典型的な「ターゲットの物を巡って生じる追いかけっこ」との間に「文化的」な違いが見出されるかどうかについては, 今後更なる調査が必要だ.
環境内に遊びに利用可能な物体がどの程度存在しているのかを評価するための地面の「ゴミセンサス」を行った結果, たとえば標高が低い場所ではゴミなどの「人工物」が多少見つけられるが,「葉の付いていない木の枝」は無数に見出されることが分かった. こうした場所でもコドモは人工物を利用して遊ぶ場合が多い. つまり彼らは「枝だらけ」の環境に暮らしているが, 物を伴って他個体と遊ぶ際には, 人工物の方を「選択」している可能性がある.
16 植物の成分含有量の種内変異がニホンザルの採食樹繰り返し利用に与える影響
西川真理 (京都大・院・理)
野生下の霊長類において, 葉食に利用する樹種は同一種であっても特定の樹木個体が頻繁に利用されることが知られている. その要因として, 同一樹種における二次代謝物質含有量の種内変異が影響している可能性が指摘されている. 本研究では, ニホンザルによる成熟葉の採食樹選択と二次代謝物質含有量との関係を調べた. 鹿児島県屋久島のニホンザルE群のオトナメス5頭を対象とし, 個体追跡法を用いて葉食についての採食樹の利用頻度を調べた. 葉食が観察された樹種のうち, ウラジロエノキ, クロキ, ヒメユズリハ, ミミズバイの4種を実験の対象とし, 一種につき, 繰り返し利用が観察された樹木個体 (2~4個体) とそうでない樹木個体 (2~4個体) から成熟葉をサンプリングし, 縮合型タンニン (Acidified Vanilin法), 総フェノール (Folin-Ciocalteu法), ガロタンニン (Rhodanine法) の3成分について1サンプルあたり4回定量した. 縮合型タンニンおよび総フェノールの実験では, 測定値を示す吸光度が安定しなかったため, 正確な定量がおこなえなかった. このことから, 上記の実験方法は成熟葉の乾燥サンプルには適さないことが判明した. また, ガロタンニン含有量は上記の方法では検出限界以下であった. 以上のことから, 高速液体クロマトグラフィーや遠赤外光を用いた実験方法の方がより適切であると考えられる.
17 The influence of extrinsic mortality on life history traits: A study of the Japanese Macaque
Alisa CHALMERS (京都大・院・理)
This study investigates whether environment and nutrition have an effect on the life history traits and steroid hormones of Japanese macaques in wild (n<=34), provisioned (n<=201), and captive (n<=69) conditions in Japan for 30 years. The results show that all life history traits (except for age at first birth) differed significantly (P<0.01) between the wild vs.
provisioned/captive conditions, indicating a strong nutritional influence.Cortisol was two times higher on average (P<0.01) in provisioned and wild populations compared to captive. Further analysis is needed for estrogen and DHEAS, biomarkers of fertility and longevity, respectively.
18 注意欠陥/多動性障害 (ADHD) のモデル動物の作成
船橋新太郎 (京都大・こころの未来研究センター)
ADHD, 前頭連合野の機能異常, ドーパミン (DA) 作動系の変化との間の密接な関係が示唆されている. 発達初期に前頭連合野で生じたDA作動系の変化がADHDの原因であるという仮説を検証するため, 若年サルの前頭連合野に6-OHDAを投与してDA線維を破壊し, ADHD児の行動特徴である多動, 注意障害, 衝動性が生じるかどうかを解析した. 今年度は注意障害と衝動性に注目して検討した. モンキーチェアに座した3頭の6-OHDA注入サルと3頭の非注入サルに視覚弁別課題 (2枚の写真を提示し, サルが含まれている写真を選択すると報酬を与える) を行わせ, 課題遂行の持続性の程度をアクトグラムにより検討した. その結果, 非注入サルでは約1時間のテスト期間中ほぼ持続的に課題を遂行し続けたが, 6-OHDA注入サルでは課題の遂行期と休止期が交互に生じ, 休止期はしばしば5分以上続くことがあり, この間, チェアの中での回転行動や外部の物音に対する注意行動が頻繁に観察された. この結果は, 6-OHDA注入サルの注意持続の困難さや無関係な刺激への注意の易変性を示すものと考えられる.
19 ニホンザル乳児における顔刺激のパーツに対する大きさ判断
渡辺創太, 藤田和生(京都大・院・文学)
社会的動物にとって特別な意味を持つ顔刺激を用いて, ニホンザル乳児 (2-4ヶ月児, 平均月齢3.3ヶ月) が無教示状態で顔のパーツ (目・鼻・口) の大きさを判断する際, 枠 (顔の輪郭) の影響を受ける (相対判断) のか受けない (絶対判断) のかを分析した. 実験は慣化法を用いておこなった. 実験補助者に抱かれた子ザルが, 前面に設置されたモニターに映し出される2つの記号的サル顔刺激を見た. 刺激は, 4回目の呈示時に, 顔のパーツ (目・鼻・口) 以外が拡大されるか, 顔全体が拡大されるかした. これらの刺激呈示時にいずれの刺激をより注視するかをビデオカメラを用いて記録し, それを解析した. なお, 被験体7個体には顔刺激を呈示し, 残り6個体には統制条件として顔のパーツをランダムに配置した刺激を同様の手続きで呈示した. 結果, 全ての刺激に対する平均注視時間が非常に短く, 全体を通して特徴的な反応傾向は確認できなかった. また, 初発の注視方向にも両刺激間で差は見られなかった. 用いた刺激が, グレースケールによる実験者手描きのサル顔であったことから, 実際に被験体が普段目にしているニホンザルの大人顔との乖離が大きかったのではないかと考えられる. 被験体達が普段接していないニホンザルの大人顔をCG処理した刺激を用いての再実験を検討している.
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