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京都大学霊長類研究所 > 年報のページ > 2007年度 > X 共同利用研究・研究成果6

京都大学霊長類研究所 年報

Vol.38 2007年度の活動

X 共同利用研究

2 研究成果 

6-1 厩猿信仰の記録とニホンザル古分布域との相関関係

中村民彦 (NPO法人ニホンザルフィールドステーション)

 厩猿とは厩に猿の頭蓋骨や手の骨を祀り, 牛馬や家族の無病息災と五穀豊穣等を祈願した信仰である. 当風習は東北全域に流布されていたが残留形態や口碑の全容は充分に解明されていない. 現在までの調査結果に従来の事例も加えると青森県 3 , 秋田県 27 , 岩手県 30 , 宮城県 5 , 山形県 0 , 福島県 0 , の計 65 を確認する事ができた. 保存形態の内訳は頭蓋骨 59 , 手 5 , 足 1 である. 頭蓋骨 59 の性別はオス 37 , メス 22 である. 年齢は 5 歳以下 3 , 6 歳~ 10 歳 17 , 10 歳以上 39 である. 頭蓋骨には「守護神」「縁起物」「薬用」. 手の骨には「豊作」「安産」等の口碑を聞き取りした. 頭蓋骨と手の骨には祈願の内容に使い分けが認められたが足は不明である. 捕獲に使用された猟具類に関しては, 鉄砲の他に「トラバサミ」や「猿つきヤリ」等も散見された. また頭蓋骨を生業のマタギも存在し流通も行われていた. この様にマタギも関与し集団狩猟による捕獲が活発に実行されていた. 明治 10 年ほどまで北東北の全域にニホンザルが生息していた事が推測されている. それが今では下北半島, 津軽, 白神, 五葉山地域個体群の部分的生息を確認するにすぎない. しかもこの 3 県からは厩猿も発見されている. 他にも食用, 薬用, 衣料等にと捕獲された事象や口碑も少なくない. 古分布空白地域の調査研究は民俗学的側面からのアプローチも重要と考え, 更に検討を重ねる.

6-2 高崎山餌付けニホンザル個体群管理のための栄養状態の把握

栗田博之 (大分市教育委員会)

 個体群管理のため, 成熟雌の体重と体長 (目からシリダコ上端までの直線距離) の計測を進めてきた. 分析が終了している2002年から2005年までの値から求めた体格指数 (体重 (kg) を体長 (m) の自乗で割ったもの, 標本数, 平均±標準偏差) は, 2002年: 6, 32.7±1.16; 2003年: 11, 32.2±2.51; 2004年: 21, 32.6±2.40; 2005年: 41, 32.7±2.34であり, 4年間の分析に過ぎないが, 顕著な体格指数の変動は認められなかった.

 年齢が21歳以上の個体などを除いて, 体格指数による翌年出産率の違いを調べた. 49個体の体格指数の範囲は28.6-37.3であったため, 33未満と33以上とに分けて出産率を比較したところ, 前者では21個体中13個体の出産 (61.9%) であったのに対し, 後者では28個体中17個体の出産 (60.7%) であり, 有意差は認められなかった. まだ分析は不充分であるが, この結果は現在の体格指数算出方法が個体ごとの栄養状態を反映していない可能性を示唆しており, 本研究での「写真計測法による体長」と前胴長との関係を検討し, 互換式を得て, 写真計測法による体長と体重から「栄養状態を反映した体格指数」の算出式を求める必要がある. なお, 2007年度に体重および体長データを収集できた個体は, 34個体と26個体であった.

6-3 南九州のニホンザルにおける繁殖生態の地域差と遺伝的多型の維持機構の関係

早石周平 (琉球大・教育センター)

 鹿児島県屋久島に生息するニホンザル集団を対象に, 繁殖生態と遺伝的多型の関係を明らかにするために, 遺伝子分析試料の採集を開始した.

 屋久島では毎年低地でニホンザルが有害捕獲されている. 昨年度から関係機関, 団体との協力体制作りを進めてきたが, 今年度には試料を収集することができた.

採集した試料からDNA抽出を行い, 性別判定を始めている. 次年度には多型分析を行い, 低地の水平方向の遺伝的交流を明らかにしたい.

 関係機関, 団体との協力関係を維持し, 農作物被害低減と個体群存続のための管理方法開発にも取り組みたい.

6-5 中部地方山岳地域に生息するニホンザルのミトコンドリアDNA変異

赤座久明 (富山県生活環境文化部)

 これまでの共同利用研究で, 富山, 新潟, 長野, 岐阜の中部四県の山岳地域に生息するニホンザルの群れから, ミトコンドリアDNAのDループ第2可変域 (412塩基対) について, 6タイプ (JN17, JN18, JN19, JN60, JN20, JN21) の塩基配列の変異を検出した.

 19年度は, このうちJN18, JN19, JN20, JN21の4タイプの試料について, 新たにミトコンドリアDNAのDループ第1可変域 (475塩基対) を対象に分析し, 塩基配列の置換を検索した. 分析の結果, JN18からは3タイプ, JN20からは4タイプ, JN21からは3タイプのDNA変異を検出したが, JN19から変異は検出されなかった. これら11のハプロタイプについて, 第1可変域と第2可変域を合わせた塩基配列 (887塩基対) の置換を比較して類縁関係を再検討したところ, <JN20>, <JN21>, <JN18+JN19> の3つのグループに区別することができた. <JN20>と<JN21> は富山県東部に分布するが, 早月川, 片貝川, 黒部川, 小川などの河川流域ごとに, 異なるハプロタイプが分布していた. 一方, JN18は富山県滑川市, 岐阜県小坂町, 八百津町にかけて飛び地的に分布するが, それぞれ異なる3つのハプロタイプに細分された. 富山県中部に分布するJN19はこの3つのハプロタイプと同程度の変異を示し, 同じグループに位置づけられた.

6-6 山形県および周辺地域におけるニホンザルの遺伝的多様性に関する研究

千田寛子 (山形大・院・理工)

 本研究は山形県におけるニホンザル保護管理計画に資する基礎的データを得ることを目的として, 山形県および周辺地域に生息するニホンザル地域個体群の遺伝学的集団構造について調査を行った.

 本研究では, 山形県と周辺地域において, 有害駆除や学術捕獲等で得られた約300個体のDNAサンプルを用いて解析を行った. 本研究ではミトコンドリアDNA (mtDNA) 調節領域, 常染色体マイクロサテライト11遺伝子座, Y染色体マイクロサテライト3遺伝子座を解析に用いた.

 mtDNAハプロタイプの分布には地域性が見られ, 調査地域には複数の地域個体群が存在する可能性が示された. ハプロタイプの地域性は, 分散する性であるオスのハプロタイプを含めた分布パターンでもほぼ変わらなかった. 核DNAマイクロサテライトの遺伝子頻度にもとづくベイズ解析の結果からも複数の分集団の存在が示され, 集団間の遺伝的交流の有無についても把握することができた. また, 父系遺伝子がある程度の制限を受けながらgene flowを維持していることも示された. ArcGISを用いて解析した結果, 現在集団を隔てている要因は, 盆地の存在や国道などの人間活動による影響が大きいという可能性が示された.

6-8 東西日本で比較したニホンザル各種パラメータの人為的な影響による変容

三谷雅純 (兵庫県立大・自然・環境科学研究所)

 現在の日本列島では, 二次植生や田畑, 住居などの人為的影響によって, ニホンザルの土地利用や生息密度, さらに繁殖行動に変化が表れている. 本研究では, ニホンザルの生息する日本列島の環境を植生に応じて東西にわけ, それぞれを代表する地域の環境で人為的な活動の程度とニホンザルの土地利用, 生息密度, 繁殖行動などの各種パラメータを定量化し, 比較を試みる. その時, 霊長類研究所ニホンザル野外観察施設に収蔵されている過去の文献や報告書, さらにインターネットで公表されている文献などを参考にした. この処理によって, 各植生帯での人間活動と, そのニホンザルの生活への影響の程度を明らかになるものと期待できる.

 研究の初年度である平成19年度は, 東西日本を代表する地域の選定が重要であるが, すでに多くの研究例や実績がある地域は研究の重複となるのでなるべく避け, 北関東地域と近畿・中国地方を選んだ. 現在は, システムが大きく変わった地理情報システム (GIS) を積極的に利用するため, 植生や人間の土地利用と人口, 気象などの磁気情報を整備しつつある.

6-9 保護管理を目的としたニホンザルの遺伝学的解析

森光由樹 (兵庫県立大・自然・環境科学研究所・森林動物研究センター)

 報告者は, これまで中部山岳地方および関東地方に生息している個体のミトコンドリアDNAのDループ第2可変域, 412塩基対の配列を解読した. その結果12のハプロタイプを観察した. 今年度は長野県 (北アルプス安曇野・穂高), および兵庫県 (篠山 ,神河町) に生息している個体のサンプルを用いてミトコンドリアDNAのDループ第1可変域の分析を実施した. 第2可変域の分析では北アルプスに生息している個体はすべてJN17タイプであった. しかし第1可変域を分析したところ, 塩基配列に違いが認められた. また兵庫県篠山および神河町のサンプルでも異なったハプロタイプが観察された. 今後は, これまで分析した第2可変域の分析情報に第1可変域のデータを加えて, 地域個体群の遺伝的特徴について分析を進めていきたい.

6-10 下北半島脇野沢における野生ニホンザルの個体群動態と保全のための諸問題

松岡史朗, 中山裕理 (下北半島のサル調査会)

 下北半島のニホンザルはその群れ数, 個体数とも近年指数関数的に増加している. その要因を検討し将来予測をすることを目的に, 初年度に引き続き調査を行った. 脇野沢民家周辺の合計個体数は249頭 (前年度232+α) うちアカンボウは38頭だった. A2-85群とA87群の出産率は48.7% (前年度36.3%前々年度54.8%) であった. アカンボウの3月までの死亡率もA2-85群, A87群共に0%と低く, 依然増加傾向にある.

A2-84群は2007年3月に68頭 (アカンボウ9), 47頭 (同8), 9頭 (同2) の3群に分裂した. 3分裂群の遊動域は現在, 分裂前の遊動域内で重複しており今後の各々の遊動域の動向が注目される. A2-85群も現在82頭となり, 分裂の可能性がある. 農地の利用度は, A2-84群とA2-85群では依然高く, A87群では低かった.

この地域で, オトナオス5頭, オトナメス2頭, ワカオス8頭, ワカメス1頭の計16頭が民家侵入等の被害で駆除されている.

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このページの問い合わせ先:京都大学霊長類研究所 自己点検評価委員会