京都大学霊長類研究所 年報
Vol.38 2007年度の活動
X 共同利用研究
2 研究成果
4-1 旧世界ザル類のY染色体進化に関る分子マーカー作製と比較マッピング
田口尚弘 (高知大・院・総合人間自然科学)
染色体顕微切断法を使ってこれまで得られた霊長類微小Y染色体のプローブ (アカゲザル, カニクイザル, テナガザル, コモンマーモセット) を使ってTAクローニングを行った. これまでアカゲザルから37のプラスミドクローン, ニホンザルから11, テナガザル56, カニクイザル22, コモンマーモセット73のプラスミドクローンを得ることに成功している. 現在, 各クローンのシークエンスを行っている. 採取したクローンの塩基配列解析を順次進めている. これまで, コモンマーモッセットからは, ヒトのゲノミック遺伝子, BACクローン, キツネザルのゲノミック遺伝子類似配列が, テナガザルからはヒト免疫不全ウイルス関連蛋白コード類似配列が, カクニクザルからは, ヒトポリグルタミンmRNA類似配列が, 得られている. これまで得られたクローンについてさらに塩基配列解析と同時にFISHマーカーとなるものを検索し, 比較マッピング, 分類に利用できるY染色体プローブの開発を進めている.
4-2 霊長類における単純反復配列の比較研究
植田信太郎, 五條堀淳 (東京大・院・理)
遺伝子のアミノ酸配列の中で, 同じアミノ酸が連続して出現するような領域が, 特に真核生物のゲノム中に多くコードされている事が知られており, ヒトゲノム中にも600個以上の遺伝子について, このようなアミノ酸の単純反復配列が含まれる事が先行研究により明らかにされた. アミノ酸の単純反復配列は, その長さについて, 種間変異と種内変異がみられる事から, アミノ酸の単純反復配列は生物進化の過程で, その長さを変えている事が示唆される. 我々は, このアミノ酸の単純反復配列について, 霊長類の種間で遺伝子のアミノ酸配列の比較を行い, 霊長類におけるアミノ酸の単純反復配列の進化を研究する事とした. 霊長類研究所との共同利用により, 景山先生のご協力のもと, 我々はミドリザル, ヨザル, リスザル, コモンマーモセットの血液サンプルを得ることができた. 我々は, この血液サンプルからDNAを抽出し, PCRダイレクトシーケンシングにより, アミノ酸の単純反復配列を含む遺伝子の塩基配列を決定した. 配列比較の結果, 霊長類の種間でもアミノ酸の単純反復配列の長さは種間変異がみられ, 霊長類の進化の過程で, アミノ酸の単純反復配列の長さが変化している事が分かった. さらにその変化のパターンを, 霊長類以外のほ乳類のパターンと比較すると, 霊長類以外のほ乳類ではタンパク質のDisorder領域でアミノ酸の単純反復配列の長さが変化しているのに対し, 霊長類ではタンパク質のOrder領域でその長さが変化している事が分かった.
4-3 霊長類中枢におけるカドヘリン23及びジストロフィンの構造と発現解析:多因子性中枢障害因子としての検討
米澤敏 (愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所)
近年, 自閉症などの神経症状発症の原因がシナプスの形成・維持に関わる多因子の複合的障害に起因することを示唆する多くの研究結果が発表されている. 我々は本研究において, 細胞間接着に関わるカドヘリン23, ジストロフィン双方のヒト神経性培養細胞, マウスおよび霊長類脳におけるアイソフォーム発現を調べ, これら接着分子の神経性障害発症因子としての可能性を検討した. RT-PCRによる調査から, カドヘリン23は種々のヒト神経細胞種, マウス・サル脳においてエクソン68欠失アイソフォームとして発現していた. また, このアイソフォームの発現は小脳, 脳幹に強く, 大脳皮質ではかなり弱いことから, 神経症状発症因子としての積極的証拠を得るには至らなかった. 一方, ジストロフィンはDp427C, Dp260, Dp140, Dp116, Dp71といったサイズの異なる多くのアイソフォームとして存在し, マウスの脳においては主にDp427C, Dp140, Dp71の発現が認められる. ヒト神経性細胞を用いた調査から, SKNSH細胞においてDp260, Dp140, Dp116, Dp71といった多種アイソフォームの発現が認められ, この細胞種を用いてshRNAによりDpアイソフォーム全ておよびDp260とDp140だけの発現を阻害した状態でレチノイン酸による神経突起誘導能を調べた. その結果, 伸展した突起の長さには[阻害なし>Dp260, Dp140阻害>全てのDpアイソフォーム阻害]といった結果が得られ (分子生物学会発表), 神経突起の伸展に複数のDpアイソフォームが関与している可能性が示唆された. 現在, 異なったアイソフォームについてサル脳での部域局在性の詳細な調査を継続している.
4-4 ゲノム解析によるテナガザル類の種分化過程の解明
天野 (早野) あづさ (京都大・院・理)
テナガザル類は短期間のうちに非常に多くの種に分化し, 東南アジアの熱帯雨林に適応放散した進化生物学的に興味深い分類群である. しかし, 調査や試料採集が困難であるため多数のサンプルに基づいた遺伝学的研究は少ない. 本研究では, 貴研究所の共同研究プロジェクト等で採集されたフクロテナガザルのDNAサンプルが多数蓄積されて来たことに注目し, それらのサンプルについてマイクロサテライト多型解析を行ない, 集団内の遺伝的組成や遺伝的多様性について評価することを目的とした. 2003, 2005, 2006および2008年にインドネシア各地の動物園等で飼育されていたフクロテナガザル34個体の血液サンプルから抽出されたDNAを解析に用いた. これらの個体は全てインドネシアスマトラ島産であると考えられる. マイクロサテライト多型解析には, これまでにアジルテナガザルとミューラーテナガザルで中?高程度の多型が確認されている17遺伝子座を用い, 蛍光プライマーによるPCR増幅の後ABI3130オートシーケンサーで泳動し遺伝子型を決定した. D2S1368およびD14S255の2つの座位では多型が全く見られず単型ホモ接合体のみであった. D1S533遺伝子座は, アジルおよびミューラーでは増幅断片が3つ以上見られる等で遺伝子型決定が不可能であったが, フクロテナガザルではタイピングが容易に可能であった. 今後は外部形態に差異が見られるといわれるマレー半島産のフクロテナガザルの解析を加え, フクロテナガザルの遺伝的組成の地域差や地理的分化の過程について解明していきたい.
4-5 霊長類アルコール分解酵素遺伝子の重複とクラスターの進化
太田博樹 (東京大・院・新領域)
ヒトのゲノム中には5つのクラスに分けられる7つのアルコール加水分解酵素 (ADH) 遺伝子が存在し, これらは第4番染色体上に並んで位置している. 一方, げっし類 (マウスおよびラット) も5クラス7ADH遺伝子を持っているが, ヒトでは7つのADHがそれぞれ異なる基質活性と組織特異的発現を示すのに対し, げっ歯類では全ての酵素がヒトより広範囲に (非特異的に) 発現している. ヒトでは肝臓で特異的に発現する3つのクラスI遺伝子がエタノールの代謝に最もよく関わっているが, げっ歯類ではクラスI遺伝子が1つしか存在しない. ヒト以外の霊長類では, 大型類人猿で3つのクラスI遺伝子が存在することが, 私達の先行研究で示された. 本研究では, ヒトを含む霊長類でADH遺伝子がどのように遺伝子重複し, そのクラスターが進化してきたかを明らかにすることを目的とし, 霊長類10種 (大型類人猿3種, 旧世界ザル3種, 新世界ザル2種, 原猿2種) とコウモリのADH遺伝子クラスター全体 (ヒトで約380kb) の塩基配列決定および分子進化学的解析を行なう.
私たちはBACライブラリーをスクリーニングし, ADH遺伝子クラスターをカバーすると予想されるBACクローンのショットガン塩基配列決定を進めている. バブーンのADH遺伝子クラスターは, ほぼ全長が決定した. ところが, そもそもクラス I ADH遺伝子は, 互いに酷似しているためコンピュータによる自動アセンブリの行程で, ショットガン配列の順番を間違えたり, 本来より多く配列を繰り返したりしてしまう可能性が高い. 共同利用で得られる試料は, こうしたアセンブリ確証に用いる. これまでにアカゲザル, ミドリザル, ヨザル, コモンマーモセットの血液サンプルを採取した (全てオス). これらからゲノムDNAを抽出し, これらを鋳型としたPCRおよび直接塩基配列決定により, Gapを埋める作業を行なっている.
4-6 生体防御系の霊長類比較ゲノム研究と集団ゲノム研究
安波道郎, 菊池三穂子 (長崎大・国際連携研究戦略本部), 山﨑朗子 (長崎大・熱帯医学研究所)
マカク属霊長類は, ヒトの疾患モデルとして医学・生物学的な利用価値の高く, そのゲノム情報の収集は重要な研究課題である.
我々はこれまでに, 脊椎動物の多くの種において免疫遺伝学的な特性の個体差を規定する主要組織適合性複合体 (MHC) についてアカゲザルの遺伝子解析法を開発し, 免疫不全ウイルス (SIV) に対する応答性が異なるアカゲザル個体群が分離する家系で古典的MHCクラスIであるMamu-A,Mamu-Bのハプロタイプが共分離しており, 感染抵抗性がMHCクラスIの個体差によって規定される可能性が高いことを明らかにした.
さらに, 感染因子に対する自然抵抗性を規定するToll様受容体 (TLR) について, 研究を進めた. 細菌由来のエンドトキシンに対する受容体であることが知られているTLR2およびTLR4のタンパクをコードする遺伝子領域をゲノムDNAからPCR法で増幅・単離して塩基配列を解読することでアカゲザル, カニクイザル, ニホンザルの3種のマカク属霊長類の種内個体差および種間での多様化を明らかにした. ヒトに比べマカク属ではこれらの遺伝子の塩基配列により高頻度に非同義置換が認められることに興味が持たれ, その機能的な意味付けは今後の課題として残された.
[文献] Tanaka-Takahashi Y, Yasunami M, Naruse T, Hinohara K, Matano T, Mori K, Miyazawa M, Honda M, Yasutomi Y, Nagai Y, Kimura A. Reference strand-mediated conformation analysis (RSCA)-based typing of multiple alleles in the rhesus macaque MHC class I Mamu-A and Mamu-B loci. Electrophoresis 28: 918-924 (2007).
Yamamoto H, Kawada M, Tsukamoto T, Takeda A, Igarashi H, Miyazawa M, Naruse T, Yasunami M, Kimura A, Matano T. Vaccine-based, long-term, stable control of simian/human immunodeficiency virus 89.6PD replication in rhesus macaques. J Gen Virol.88: 652-659 (2007).
4-7 ヒトおよびアカゲザル内在性レトロウイルスHERV-Kのウイルス学的解析
加藤伊陽子 (山梨大・医)
ヒト内在性レトロウイルス (HERV) のうち, HERV-Kは五百万年以上前に類人猿が感染したウイルスの情報を保存している. HERV-KのLTRによるプロウイルス遺伝子の転写機構を明らかにするため, LTRの機能解析と生体での転写産物の解析を試みた. (1)単離したHERV-K (ヒト7p22.1) のLTR (1Kb) を使った機能解析では, LTR3'末端100bp以内にある, TATA boxを伴わないInr1, Inr2配列 (代表者の命名) が主な転写開始点となっている, 特異なLTRであるとわかった. (2)アカゲザルの組織とヒト細胞からRNAを精製し, LTRからウイルス遺伝子に至る様々な領域を増幅してmRNAの構造を推定した. その結果, ヒト細胞ではLTR-Inrに依存しないmRNAが高レベルで, 隣接遺伝子のプロモータによる転写と考えられた. このLTR-Inr非依存性転写はアカゲザルの子宮, 卵巣などで検出されたが, 肝, 脾その他では見られなかった. さらに, 脳その他でLTRのInrに依存する転写が検出できた. 二重スプライスによるオンコジーン様遺伝子Recの発現は検出できなかった. (1) (2) により, LTRの U3-R-U5構造は進化的変化を受け, アカゲザルではHERV-K配列の転写がLTR-Inr依存性に起こる頻度が高いと考えられた.
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