京都大学霊長類研究所 年報
Vol.38 2007年度の活動
X 共同利用研究
2 研究成果
3-1 野生ニホンザルにおける毛づくろい前の音声使用の様態に関する調査
菅谷和沙 (神戸学院大・院・人間文化)
宮城県金華山島と鹿児島県屋久島に生息するニホンザルのオトナメスを対象に, 毛づくろい前の音声使用を調べ, 比較した. 2007年9月から11月に金華山島のA群とB?群を, 2008年3月に屋久島のDonguri群をそれぞれ調査した. 各群れからオトナメスを6頭ずつ選び, 1個体につき10時間ずつ, 個体追跡法を用いて観察した. 特に2m以上離れていた個体が接近後に始めた毛づくろいに注目して分析を行った. これまでに収集したデータをもとに, 金華山島では非交尾期と交尾期,屋久島では個体数の少ない群れと多い群れにおける音声使用を比較する.
調査の結果, 金華山島の群れでは2ヶ月間にみられた毛づくろい相手の数が非交尾期 (平均6個体) よりも交尾期 (平均13個体) の方が多いことが明らかになった.毛づくろい頻度も非交尾期 (0.6回/h) よりも交尾期の方が高かった (1.2回/h). ところが, 毛づくろい前の発声率は非交尾期 (約60%) よりも交尾期 (約30%) の方が低かった (Fisher’s exact test, p<0.001). 屋久島の群れでは毛づくろい頻度は個体数の多い群れ (1.0回/h) よりも少ない群れ (1.5回/h) の方が高かった. 発声率は個体数の多い群れ (約35%) よりも少ない群れ (約31%) の方が低かったが有意な差ではなかった (Fisher’s exact test, p>0.05).
非交尾期に比べて毛づくろい相手の数が多い交尾期には, 交渉の増加に伴い, 個体間の緊張が増加する可能性がある. それにも関わらず, 交尾期の発声率が高かったことから, 普段避け合っている個体間での緊張を緩和するために毛づくろい前に声を出すという従来の仮説 (Mori, 1975) は支持されなかった. また, 非交尾期と交尾期, 個体数の少ない群れと多い群れのいずれの比較からも, 毛づくろいの頻度が低いほど発声率が高いことが明らかになった. これまで, 毛づくろい前の音声は1個体対1個体の近距離音声である (Itani, 1963) と言われてきたが, 遠距離音声のような大きな音量の声が使用されることもある. これらのことから, 毛づくろいの頻度が低いという状況では, 目の前の相手に対してだけでなく, 群れ内のほかの個体に対しても毛づくろいの意図を伝えたり, 毛づくろいを促したりする必要があることが示唆された.
3-2 幼児の他者の認知的状態,確信度への言及の発達
鈴木めぐみ (国際基督教大学・教育)
本研究では, 幼児の他者の信念理解の発達について言語産出の面から検討している. 子どもの心的状態に関する認知発達をとらえる方法として, 子どもの産出する, 心的状態を表す表現を分析して, 認知的な発達を量るという方法がある. 先行研究からは, 他者の欲求に関する表現が信念の表現に先行し, それに続いて意図やそれに基づく行為の予測に関する表現が出現することが分かっている. そこで今回は, 高次の心的状態の理解の発達段階にある5歳児 (5; 01-5; 11) 17名を対象に, 文字のない絵本の筋書きを語る場面における, 主人公や自身の心的状態への自発的な言及を分析する.
ナラティブ産出は, 心的語彙 (①信念語 ②欲求語 ③感情状態語 ④因果関係 ⑤意図 ⑥定判断/不定判断モダリティ ⑦確認要求 ⑧注意喚起 ⑨引用) および確信度を表すイントネーションの観点から分析する. 5歳児では登場人物の信念, 欲求, 感情を表す語彙の使用数が意図を表す語彙の使用数を上回ること, また, イントネーションを使用しての登場人物の確信度の表現は, 発達段階にあることが予測されている. 現在, 発話データの書き起こしと分析を進めている最中である. 今後, 4歳児および, 6歳児のデータを取り, 幼児期を通じての発達的変化を検討する予定である. また, 今回得られたデータをJCHATの形式に変換し, データベース化して保存する準備を進めている.
3-3 テナガザル音声の地域間変異に関する音響分析
田中俊明 (梅光大・子ども)
スマトラ島 (①Peg. Bukit Tiga Pulu, ②Sijunjun, ③Pangkalan, ④Taman Hutan Raya, ⑤Padang Panjang, ⑥Limau Manis, ⑦Pamosian), マレー半島 (⑧Maxwell Hill, ⑨Kedah), ボルネオ島 (⑩SungaiTuat) と大きく3つに分断された地域に広く生息している野生アジルテナガザルを対象に10集団の音声を録音分析し集団差を検討した. その結果, 音声の集団差はある程度地理的な隔離状況や, 集団間の遺伝的な距離によって説明された. しかし, その一方でスマトラ島内の地域間比較では, 生息地域が非常に近い集団, つまり遺伝的にもっとも近接していると予測される集団間で期待以上の大きな集団間変異を確認した. これは, 集団間変異が純粋な遺伝的な差異によって説明されるものではなく, 音声の可変性という能力を基盤とした現象であることが示唆された.
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