京都大学霊長類研究所 年報
Vol.38 2007年度の活動
III 研究活動
福祉長寿研究部門
伊谷原一 (客員教授), 友永雅己 (准教授, 兼任), 藤澤道子 (助教),
森村成樹 (助教), 野上悦子 (教務補佐員)
<研究概要>
A) チンパンジーの社会集団形成と環境エンリッチメントの推進
伊谷原一, 友永雅己, 藤澤道子, 森村成樹, 野上悦子, 廣澤麻里(岐阜大), 櫻庭陽子 (岐阜大)
チンパンジー・サンクチュアリ・宇土 (CSU) には76個体のチンパンジーが飼育されている. 雄のみのグループが3集団 (19個体), 単独飼育が15個体, 単雄複雌のグループが7集団 (42個体 )となっている. より多くの個体が社会生活を営むことができるように, CSUと寄附講座が協同して複雄複雌集団づくりの構想を立ち上げた. その基本的技術となる雄間の闘争管理, 複数ある飼育スペースを巡回するように利用するローテーション飼育を実施した. チンパンジー各個体に対しては,様々な刺激を定期的に与えるよう, 曜日ごとに異なる環境エンリッチメントをルーチン化した. 行動観察によって, その効果を長期的に評価している.
B) 加齢にともなう認知・身体運動機能の変化
藤澤道子, 森村成樹 ,野上悦子
12-37才まで年齢が異なる雄19個体を対象として, 認知機能や身体運動能力とその加齢による影響を調べた. ボタン押し課題, 指さしの理解, ジョイスティックを介したコンピューター課題, 天井につり下げた食物に接近する移動方法を調べる回り道テストを実施した.いずれの課題においても, 加齢による理解や機能の低下は見られていない. 一般に, チンパンジーにはヒトにみられるような老齢期が存在しないとされる. 今後も,課題を継続して実施し, 加齢による変化の有無について検討する.
C) 睡眠の行動学的研究
藤澤道子, 森村成樹, 野上悦子
ヒトでは, 加齢によって生活習慣は大きく変化し, 特に眠りの質や量は加齢の影響を強く受けるとされる. チンパンジーの睡眠について, 加齢の影響を検討した. 12-37才までの雄19個体を対象に, 夜間行動を観察した. 睡眠は, 横たわって動かない状態を行動指標とした. 睡眠行動は, 安定して睡眠が継続する個体と夜間に頻繁に起きあがるなどして睡眠が不安定な個体とがいた. 最年長の個体では, 夜間に起きあがる頻度が高いことが分かった. 今後は, 睡眠の質や昼間の活動性についても検討する.
D) 血圧,耐糖能などの医学的側面についての分析
藤澤道子, 野上悦子
ヒトの動脈硬化の危険因子である高血圧, 耐糖能異常,肥満等の基礎データの収集は, 老化研究にとって不可欠である. 麻酔下で34個体の血圧測定, 身体計測, 血液検査をおこなった. 血圧はヒトの基準値より高かったが, 麻酔による影響が大きいと考えられ, 血圧測定トレーニングを開始した. CSUのチンパンジーは, 栄養良好な反面, 運動不足という現代人と類似の生活環境で暮らし, 肥満個体も多い. そのため, 耐糖能異常を念頭に採血トレーニングをおこなう. これまでに4個体の糖負荷前後の血糖測定をおこない, いずれも血糖の異常上昇はみられなかった. 今後さらに採血トレーニングをすすめ, インスリン値についても検討する. さらに,肥満と寿命の短縮,認知機能低下との関連も指摘されており, 今後肥満チンパンジーの経過を, 他個体と比較しながら, 身体面精神面での経過観察をおこなう.
E) 国内チンパンジー飼育施設との連携および協同研究の推進
伊谷原一, 友永雅己, 藤澤道子, 森村成樹, 野上悦子
CSUのチンパンジーの中は, 国内動物園に転出する個体がいる. 他施設へ移動し生活する過程を調べることで, チンパンジーが新しい環境に適応する能力やそのプロセスを明らかにすることができる. CSUのチンパンジーは成育歴が残っている. 生まれや保育履歴なども加味しつつ, 移動した新奇な環境での生活習慣の形成に影響を及ぼす要因を多面的に検討している. CSU,広島市安佐動物公園, 高知県のいち動物園との共同研究である. こうした共同研究を通じて, 国内チンパンジー飼育施設間で情報・技術交換のためのネットワークを構築する.
<研究業績>
原著論文
1) Fujisawa M, Ishine M, Okumiya K, Nishinaga M, Doi Y, Ozawa T, Matsubayashi K. (2007) Effects of long-term exercise class on prevention of falls in community-dwelling elderly: Kahoku longitudinal aging study. Geriatrics & Gerontology International 7: 357-362.
2) Fujisawa M, Ishine M, Okumiya K, Otsuka K, Matsubayashi K. (2007) Trends in diabetes. Lancet 369: 1257.
3) Morimura N. (2007) Note on effects of a daylong feeding enrichment program for chimpanzees (Pan troglodytes). Applied Animal Behaviour Science 106: 178-183.
4) Ogawa H, Idani G, Moore J, Pintea L, Hernandez-Aguilar A. (2007) Sleeping parties and nest distribution of chimpanzees in the savanna woodland, Ugalla, Tanzania. International Journal of Primatology 28: 1397-1412.
5) Tashiro Y, Idani G, Kimura D, Bongoli L. (2007) Habitat changes and decreases in the bonobo population in Wamba, Democratic Republic of the Congo. African Study Monographs 28: 99-106.
6) Fujisawa M, Okumiya K, Matsubayashi K, Hamada T, Endo H, Doi Y. (2008) Factors associated with carotid atherosclerosis in community-dwelling oldest elderly aged over 80 years. Geriatrics & Gerontology International 8: 12-18.
7) Ishine M, Okumiya K, Hirosaki M, Sakamoto R, Fujisawa M, Hotta N, Otsuka K, Nishinaga M, Doi Y, Matsubayashi K. (2008) Prevalence of hypertension and its awareness, treatment, and satisfactory control through treatment in elderly Japanese. Journal of the American Geriatrics Society 56: 374-375.
8) Okumiya K, Ishine M, Wada T, Fujisawa M, Otsuka K, Matsubayashi K. (2008) Lifestyle changes after oral glucose tolerance test improve glucose intolerance in community-dwelling elderly people after 1 year. Journal of the American Geriatrics Society 56: 767-769.
総説
1) 奥宮清人, 藤澤道子, 石根昌幸, 和田泰三, 坂本龍太, 平田温, Eva Garcia Del, Saz Yosefina Griapon, Arius Togodly, Naffi Sanggenafa, AL Rantetampang, 小久保康昌, 葛原茂樹, 松林公蔵 (2007) 西ニューギニア地域 (インドネシア・パプア州) の神経変性疾患の実態-2001~02年, 2006~07年のフィールドワークより. 臨床神経学 47: 977-978.
著書 (分担執筆)
1) Furuichi T, Mulavwa M, Yangozene K, Yamba-Yamba M, Motema-Salo B, Idani G, Ihobe H, Hashimoto C, Tashiro Y, Mwanza N. (2008) In Relationships among Ranging Speed, Party Size and Composition, and Fruit Abundance for bonobos at Wamba. (The Bonobos: Behavior, Ecology, and Conservation) (ed. Furuichi T, Thompson J.) p.135-149 Springer, New York.
2) Hashimoto C, Tashiro Y, Hibino E, Mulavwa M, Yangozene K, Furuichi T, Idani G, Takenaka O. (2008) Longitudinal Structure of a Unit-group of Bonobos: Male Philopatry and Possible Fusion of Unit-groups. (The Bonobos: Behavior, Ecology, and Conservation) (ed. Furuichi T, Thompson J.) p.107-119 Springer, New York.
3) Idani G, Mwanza N, Ihobe H, Hashimoto C, Tashiro, Y, Furuichi T. (2008) Changes in the status of bonobos, their habitat, and the situation of humans at Wamba, in the Luo Scientific Reserve, Democratic Republic of the Congo. (The Bonobos: Behavior, Ecology, and Conservation) (ed. Furuichi T, Thompson J.) p.291-302 Springer, New York.
4) Mulavwa M, Furuichi T, Yangozene K, Yamba-Yamba M, Motema-Salo B, Idani G, Ihobe H, Hashimoto C, Tashiro Y, Mwanza N. (2008) Seasonal Changes in Fruit Production and Party Size of Bonobos at Wamba. (The Bonobos: Behavior, Ecology, and Conservation) (ed. Furuichi T, Thompson J.) p.121-134 Springer, New York.
著書 (翻訳)
1) 伊谷原一 訳 (2007) 文化から探るチンパンジー社会-. 別冊日経サイエンス「社会性と知能の進化」 (Whiten A, Boesch C.著, The Cultures of Chimpanzees) 日本経済新聞社.
編集
1) 伊谷純一郎著作集編集委員会: 足立薫, 太田至, 寺嶋秀明, 山極寿一, 伊谷樹一, 伊谷原一 (2007) 伊谷純一郎著作集第一巻「日本霊長類学の誕生」: 高崎山のサル, 幸島のサル, 野生ニホンザルの音声伝達,ほか. pp.532 平凡社.
2) 伊谷純一郎著作集編集委員会: 足立薫, 太田至, 寺嶋秀明, 山極寿一, 伊谷樹一 ,伊谷原一 (2008) 伊谷純一郎著作集第二巻「類人猿を追って」: ゴリラとピグミーの森, チンパンジーを追って, チンパンジーの社会構造, ほか. 平凡社.
学会発表
1) 廣澤麻里, 野上悦子, 森村成樹 (2007) チンパンジーの採食エンリッチメントの試み: チューブ・メイズの導入. 第10回SAGAシンポジウム (2007/11, 東京).
2) 伊谷原一 (2007) チンパンジー・サンクチュアリ シンポジウム「チンパンジー」地球社会の調和ある共存に向けて-野生動物研究センターへの展望-.(2007/11, 京都).
3) 伊谷原一 (2007) チンパンジー・サンクチュアリ・宇土の解説と展望. 日本霊長類学会第23回大会 (2007/07, 彦根).
4) 川地由里奈, 伊谷原一 (2007) チンパンジーによる植物被害の軽減と放飼場の緑化促進. 第10回SAGAシンポジウム (2007/11, 東京).
5) 森祐介, 小林久雄, 森村成樹, 伊谷原一 (2007) チンパンジーに対する竹を用いた緑化と生育歴の影響 .第10回SAGAシンポジウム (2007/11, 東京).
6) 森村成樹, 平田聡, 倉島治, 落合知美 (2007) 環境エンリッチメントの効果と必要性. 日本霊長類学会第23回大会 (2007/07, 彦根).
7) 浦田健市, 寺本研, 小林久雄, 野上悦子, 森村成樹, 伊谷原一 (2007) チンパンジーがよく使うハンモックの作製とその夜間利用. 第10回SAGAシンポジウム (2007/11, 東京).
8) 森村成樹 (2008) チンパンジーにおける食物-位置イメージの操作能力について. 日本応用動物行動学会 (2008/03, 水戸).
講演
1) 伊谷原一 (2007) 類人猿研究-フィールド・ワークと実験室-. 帝京科学大学 (2007/06, 上野原).
2) 伊谷原一 (2007) ヒトとは何か? 第37回全国性教育研究会基調講演 (2007/08, 新潟).
3) 伊谷原一 (2007) 人間の本性-類人猿研究からの探求-. 第43回中国四国中学校理科教育研究会・第18回岡山県中学校理科教育研究大会基調講演 (2007/10, 岡山).
4) 伊谷原一 (2007) 林原類人猿研究センター 京都市動物園定例研究会 (2007/11, 京都).
5) 森村成樹 (2007) チンパンジーの学びと子育て. 全国情緒障害児短期治療施設職員研修会 (2007/11, 岡山).
6) 伊谷原一 (2008) 熱帯雨林の妖精たち. 京都市動物園定例研究会 (2008/01, 京都).
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