京都大学霊長類研究所 年報
Vol.38 2007年度の活動
III 研究活動
遺伝子情報分野
平井啓久 (教授), 今井啓雄 (准教授), 中村伸 (助教), 淺岡一雄 (助教), 中村諭香, 出井早苗 (技術補佐員), 平井百合子 (技能補佐員), 光永総子 (教務補佐員), 針貝美樹 (非常勤研究員), 細川和也 (受託研究員), 田中美希子, Jeong,A-Ram (大学院生)
<研究概要>
A-1) テナガザル類の生物地理学的ならびに医生物学的研究
平井啓久, 宮部貴子 (人類進化モデル研究センター), Wijayanto H.(ガジャマダ大学講師), Perwitasari-Farajallah D.(ボゴール農科大学講師)
インドネシア・中央ジャワの動物園においてシャーマンおよびボルネオシロヒゲテナガザル (合計14個体) の血液採取, 染色体標本作製, DNA抽出ならびに血液生化学的分析を行った. 並行して麻酔の質の向上を目指した方法の検討 (麻酔薬の併用, 麻酔効果の評価) も予備的に行った. 個体の外部形態および毛色撮影写真から種を同定し, 現在遺伝的解析を行っている.
A-2) マダガスカル原猿類の染色体進化
平井百合子, 平井啓久
アイアイの全染色体の染色体顕微切断法を用いて彩色プローブを作製し, マダガスカル原猿類 (ワオキツネザル, チャイロキツネザル, シファカ, ネズミキツネザル, イタチキツネザル) および外群としてオオギャラゴの染色体分化を, 染色体彩色解析法で分析した.
A-3) ヨザルの染色体分化の解析
平井百合子, 森本真弓 (人類進化モデル研究センター)兼子明久 (人類進化モデル研究センター), 釜中慶朗(人類進化モデル研究センター), 平井啓久
ヨザルで発見した血液キメラの発生機序を, 血液培養, 皮膚培養, 染色体顕微プローブ作製法, ならびに蛍光インサイチューハイブリダイゼーション法を用いて解析した. その結果, マーモセット亜科に見られる胎児間血液キメラとは異なり, ヨザル個体内の血液幹細胞で自然発生的に起った染色体変異の定着による血液キメラと推測した.
A-4) コモンマーモセットのてんかんモデル開発についての検討
宮部貴子 (人類進化モデル研究センター), 森本真弓(人類進化モデル研究センター), 兼子明久 (人類進化モデル研究センター), 釜中慶朗 (人類進化モデル研究センター), 平井百合子, 平井啓久
てんかん様症状を呈するメス個体の行動をビデオ撮影し, 発症状況の態様から真性てんかんと診断した. 本個体に繁殖させ, てんかん家系を作製中である. てんかん関連遺伝子を含むヒトBACクローンを用いて, コモンマーモセットの染色体上の相同部位をFISH法によって確認した.
A-5) チャイロキツネザル種間雑種集団の生態学的および遺伝学的研究
田中美希子, 田中洋之 (集団遺伝分野), 平井啓久
本研究は, マダガスカルのベレンティ私設保護区に生息するチャイロキツネザル雑種集団の生態学的および遺伝学的特徴を明らかにすることを目的としている. 今年度は, この集団の雑種化の状況を調査するためにマイクロサテライトDNA 分析を昨年度から引き続きおこない, その結果をこれまでの分析結果 (染色体・ミトコンドリア DNA) とあわせてまとめ, 第23回日本霊長類学会大会で発表した. また, 生息地利用と社会構造についての分析結果をまとめた論文が雑誌に掲載された.
B-1) 視覚光受容蛋白質の研究
今井啓雄, 針貝美樹
ニホンザルの光受容蛋白質ロドプシンのcDNAをクローニングし, HEK293細胞で発現させた蛋白質の機能解析を行った. ヒドロキシルアミンに対する耐性がウシロドプシンに比べて低かったため, 部位特異的変異体を作製して原因となる部位を探索した. 立体構造を参考に二カ所のアミノ酸残基を同定したが, この部位はヒドロキシルアミンに対する耐性が著しく低い錐体光受容蛋白質でもニホンザルロドプシンと同じタイプであった. そこで, カニクイザル錐体光受容蛋白質のこの部位をウシロドプシン型に変異させたところ, ヒドロキシルアミンに対する耐性が上昇することがわかった.
B-2) キツネザル嗅覚リガンドの探索
針貝美樹, 今井啓雄, 宗近功 (進化生物学研究所)
ワオキツネザル, チャイロキツネザル, クロキツネザルの皮脂腺から分泌される化学物質について, ガスクロマトグラフィー連動型質量分析計 (GC-MS) を用いて成分分析を行った. それぞれに特異的なピークが検出されたため, 化学物質候補を推定した.
B-3) チンパンジー味覚受容体の多型解析
今井啓雄, 平井百合子, 平井啓久
所内チンパンジーの個体別に, 味覚受容体について遺伝子多型を解析した. 特定の味覚受容体について, 新奇の遺伝子多型が存在することが判明した.
C-1) 霊長類機能遺伝子の網羅的発現プロファイルに関する研究
中村伸, 光永総子, 出井早苗, 中村諭香, ジョン・アラム
i) マカク類の正常および病理組織における主要機能遺伝子の発現プロファイルについて, DNAチップおよび Real Time RT-PCRで比較検討している.
ii) 霊長類代表種におけるTh1/Th2サイトカインとその受容体の遺伝子発現特性について解析した (ジョン・アラム, 他).
C-2) 霊長類でのバイオメディカル研究
中村伸, 光永総子, 出井早苗, 中村諭香
サルモデルを活用した以下のバイオメディカル研究を展開している.
i) ディゼル排気微粒子成分などナノ粒子の生体影響についてゲノミックス評価試験を展開している. (武田 健 (東京理科大・薬学部), 菅又昌雄 (栃木臨床病理研究所) らとの共同研究).
ii) 疾病 (ガン・糖尿病) 個体における特定機能遺伝子の探索など, 疾病に関わる分子病理学的研究を進めている. (山手丈二 (大阪府立大学・獣医学部)らとの共同研究).
iii) 機能性食品 (イヌリンなど) および漢方薬剤 6)の体調機能・作用の分子基盤解析を通じて, それらのハイスループト評価系の確立を目指している. (富山大学大学院医学薬学研究部 (医学) らとの共同研究).
iiii) 腸内細菌叢 (フローラ) の動態について糞便を用いたPCR解析法を検討している.
C-3) サルBウイルスおよび関連ヘルペスウイルスに関する研究
光永総子, 中村伸, リチャード・エバリー (オクラホマ大学)
他のヘルペスウイルスとは異なる, BV特有の感染感受性や感染機序について検討を進めている.
C-4) 組織因子 (Tissue Factor : TF, CD142) に関する分子細胞生物学的研究
中村伸
TFのモノクローナル抗体の作製, 特性解析, EIA応用など進めている. (田中英之 (三菱化学メディエンス)との共同研究).
<研究業績>
原著論文
1) Fitzpatrick JM, Hirai Y, Hirai H, Hoffman KF. (2007) Schistosome egg production is dependent upon the activities of two developmentally regulated tryosinases. FASEB Journal 21: 823-835.
2) Hirai H, Hirai Y, Domae H, Kirihara Y. (2007) A most distant intergeneric hybrid offspring (Larcon) of lesser apes, Nomascus leukogenys and Hylobates lar. Human Genetics 122: 477-483.
3) Imafuku M, Shimizu I, Imai H, Shichida Y. (2007) Sexual difference of color sense in a lycaenid butterfly, Narathura japonica. Zoological Science 24: 611-613.
4) Kurumada S, Onishi A, Imai H, Ishii K, Kobayashi T, Sato SB. (2007) Stage-specific association of apolipoprotein a-I and e in developing mouse retina. Investigative Ophthalmology and Visual Science 48: 1815-1823.
5) Sakurai K, Onishi A, Imai H, Chisaka O, Ueda Y, Usukura J, Nakatani K, Shichida Y. (2007) Physiological properties of rod photoreceptor cells in green-sensitive cone pigment knock-in mice. Journal of General Physiology 130: 21-40.
6) Suzuki T, Akimoto M, Imai H, Ueda Y, Mandai M, Yoshimura N, Swaroop A, Takahashi M. (2007) Chondroitinase ABC treatment enhances synaptogenesis between transplant and host neurons in model of retinal degeneration. Cell Transplantation 16: 493-503.
7) Taguchi T, Hirai Y, LoVerde PT, Tomonaga A, Hirai H. (2007) DNA probes for identifying chromosomes 5, 6, and 7 of Schistosoma mansoni. Journal of Paraitology 93(3): 724-726.
8) Tanaka M. (2007) Habitat use and social structure of a brown lemur hybrid population in the Berenty Reserve, Madagascar. American Journal of Primatology 69(10): 1189-1194.
9) Tsutsui K, Imai H, Shichida Y. (2007) Photoisomerization Efficiency in UV-Absorbing Visual Pigments: Protein-Directed Isomerization of an Unprotonated Retinal Schiff Base. Biochemistry 46: 6437-6445.
10) Wu W, Niles EG, Hirai H, LoVerde PT. (2007) Evolution of a novel subfamily of nuclear receptors with members that each contain two DNA binding domains. BMC Evolutionary Biology 7: 27.
11) Wu W, Niles EG, Hirai H, LoVerde PT. (2007) Identification and characterization o a nuclear receptor subfamily I member in the Platyhelminth Schistosoma mansoni (SmNR1). FEBS Journal 274: 390-405.
12) Chalmers IW, McArdle AJ, Coulson RMR, Wagner MA, Schmid R, Hirai H, Hoffmann KF. (2008) Developmentally regulated expression, altermative splicing and distinct sub-groupings in members of the Schstosoma mansoni venom allergen-like (SmVAL) gene family. BMC Genomics 9(89): 1-20.
13) Koyama N, Aimi M, Kawamoto Y, Hirai H, Go Y, Ichino S, Takahata Y. (2008) Body mass of wild ring-tailed lemurs in Berenty Reserve, Madagascar, with reference to tick infestation: a preliminary analysis. Primates 49(1): 9-15.
14) Maruta Y, Okayama N, Hiura M, Suehiro Y, Hirai H, Hinoda Y. (2008) Determination of ancestral allele for possible human cancer-associated polymorphisms. Cancer Genetics and Cytogenetics 180: 24-29.
報告
1) Sugamata M, Ihara T, Sugamata M, Mitsunaga M, Nakamura S, Tanaka S, Takeda K. (2007) Maternal Diezel Exhaust Exposure Causes Dyspneic Respiration to Infants 8th WCPM : 771-774.
2) 中村伸 (2007) 食品添加物・人工甘味料の安全性・ 健康影響に関するサルモデルを利用した遺伝子・分子レベルでの評価試験:閉経サルモデルでのゲノミクス解析. 日本食品化学研究振興財団 第13回研究成果報告書: 72-76.
著書(分担執筆)
1) 平井啓久 (2007) 染色体進化から見えること. 「霊長類進化の科学」 (京都大学霊長類研究所編) p.425-440 京都大学学術出版会.
2) 今井啓雄 (2007) 感覚受容体の退化と進化. 「霊 長類進化の科学」 (京都大学霊長類研究所編) p.476-486 京都大学出版会.
3) 松沢哲郎, 高井正成, 平井啓久 (2007) 霊長類学への招待. 「霊長類進化の科学」 (京都大学霊長類研究所編) p.1-10 京都大学学術出版会.
学会発表
1) Hirai H. (2008) Genetic differentiation of agile gibbons in Indonesia. Hoolock Gibbon Conservation in Bangladesh (2008/01, Dhaka, Bagladesh
2) 平井啓久 (2007) 類人猿のヘテロクロマチン(RCRO)の進化と機能. 第58回染色体学会・第17回染色体コロキアム2007年合同会―シンポジウムー「ゲノムと染色体・クロマチン研究の過去・現在・未来」 (2007/11, 葉山).
3) 平井啓久, 平井百合子, 森本真弓, 兼子明久, 釜中慶朗 (2007) ヨザルに見られた血液キメラ. 第23回日本霊長類学会大会 (2007/07, 彦根).
4) 今井啓雄, 桜井啓輔, 大西暁士, 森住威文, 千坂修, 植田良樹, 中谷敬, 市川一寿, 七田芳則 (2007) 部位特異的変異ロドプシンノックインマウス視細胞中におけるロドプシンの性質と生理応答. 視覚フォーラム第11回大会 (2007/10, 岡崎).
5) 今井啓雄, 針貝美樹, 今元泰, 七田芳則 (2007) 霊長類ロドプシンから見た光受容蛋白質のヒドロキシルアミン安定性の違い. 日本生物物理学会第45回年会 (2007/12, 横浜).
6) 笠木聡, 今井啓雄, 河田雅圭, 河村正二 (2007) グッピー視細胞における長波長域感受性多型の遺伝子基盤. 第30回日本分子生物学会年会・第80回日本生化学会大会合同大会 (2007/12, 横浜).
7) 光永総子, 中村伸, 林隆志, Eberle R. (2007) ストレスに伴うマカクザルBウイルス(BV)再活性化:抗BV抗体価を指標にしたモニタリング. 第54回日本実験動物学会 (2007/05, 東京).
8) 光永総子, 中村伸, 林隆志, Eberle R. (2007) 抗Bウイルス(BV)抗体価の変動(上昇)を指標にしたBV再活性化のモニタリング. 第23回日本霊長類学会 (2007/07, 彦根).
9) 中村伸 (2007) 霊長類での有効性・安全性に関するゲノム-ハイスループット前臨床試験. 第6回国際バイオEXPO (2007/06, 東京).
10) 中村伸, 光永総子, 出井早苗, 西濱啓一郎, 板垣伊織, 山手丈至 (2007) 霊長類がんの分子病理解析:ニホンザル自然発症がんの網羅的・定量的遺伝子発現プロファイリング. 第54回日本実験動物学会 (2007/05, 東京).
11) 中村伸, 光永総子, 中村諭香, 甲田彰, 関あずさ, 中山繁雄 (2007) イヌリンの閉経性機能障害改善作用の評価-サル閉経モデルでのゲノム・バイオメディカル試験. 第 10 回日本補完代替医療学会 (2007/11, 福岡).
12) 竹中晃子, 中村伸, 鵜殿俊史, 早坂郁夫, 上原美和子, 稲垣美希, 渡部聡子 (2007) 霊長類はエネルギー倹約遺伝子を持っている. 第23回日本霊長類学会 (2007/07, 彦根).
13) 田中美希子,田中洋之,平井啓久 (2007) チャイロキツネザルの種間雑種集団の遺伝分析2. 第23回日本霊長類学会大会 (2007/07, 彦根).
14) 筒井圭, 今井啓雄, 七田芳則 (2007) 紫外光感受性視物質における高効率な光異性化の機構. 日本動物学会第78回大会 (2007/09, 弘前).
講演
1) Nakamura S (2007) Biomedical Genomics for Complementary and Alterntive Medicines in Monkey Model. The 20th anniversary of International Oriental Medicine Symposium of Dongeui University-Vision and Growth in Traditional Korean Medicine (2007/11, Pusan).
2) 今井啓雄 (2008) 霊長類とゲノム. 諏訪清陵高校同窓会東海支部総会 (2008/02, 名古屋).
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