京都大学霊長類研究所 年報
年報 Vol.38 2007年度の活動
III 研究活動
集団遺伝分野
川本芳 (准教授), 田中洋之 (助教), 川本咲江 (技能補佐員),
川合静, 齊藤梓 (大学院生)
<研究概要>
A)ニホンザルの集団遺伝学的研究
川本芳, 川合静, 齊藤梓, 川本咲江
常染色体およびY染色体のマイクロサテライトDNAにおける地域変異の研究を進め, ニホンザルの成立過程を検討している. ミトコンドリアDNAと対照的な分化を示す分布辺縁地域の個体群の特性をボトルネック効果の影響との関連で分析した. 東北地域で他所から強い分化を示す下北半島の個体群を分析した結果, この個体群は孤立が著しく, 古い時期に生じたボトルネック効果の影響を受けているとの結論を得た. この成果を論文公表した.
共同利用研究では, 山形県, 富山県, 長野県, 兵庫県の地域個体群の調査を進めた. ミトコンドリアDNAの第1可変域の塩基配列分析を行い, 従来の第2可変域を利用したタイピングの結果と比較した. この結果, 地域特異的なハプロタイプをさらに細かく区別できることがわかり, その地理的分布や系統地理的関係を調査する重要性が明らかになった.
B) マカカ属サルの系統関係
川本芳
共同利用研究の計画課題「マカクの種内・種間分化およびその保全と利用」の初年度にあたり国際シンポジウムを兼ねた共同利用研究会「マカクの進化と多様性に関する研究の現状と課題」を2月に開催した. マカクの進化と多様性に関する研究の現状理解を深め, 今後重要となる研究課題を議論した.
9月に短期間ブータンを訪問し, アッサムモンキーの分布調査を行った. インドのアルナチャールプラデシュから新種として報告されたMacaca munzalaとの形態的および遺伝的ちがいを確認するため情報と資料を収集した.
11月から12月にはバングラデシュでアカゲザルの遺伝学調査を行った. 東北地方と南東地方の森林地域で試料を採集した. また, 2005年度に実施した共同研究の成果を上記のシンポジウムで発表し, 論文としても公表した.
約4世紀まえに人為導入され, 現在アメリカを中心に広く動物実験に利用されるようになったアフリカのモーリシャス島のカニクイザルの遺伝的特性と起源に関する研究を行い, 論文公表した.
C) マカカ属サルの交雑に関する遺伝学的調査
川本芳, 齊藤梓
Y染色体のマイクロサテライトDNA多型を利用し,外来種特異的なY染色体ハプロタイプを分類し, オスによる遺伝子拡散を調査する方法を開発した.
房総半島に定着したアカゲザル群の交雑進行について, 2006年度に収集した試料の分析結果をまとめ, 論文公表した. 霊長類学会の大会で和歌山県のタイワンザル交雑群に関する研究成果を発表した. 哺乳類学会の公開シンポジウムで国内の外来種問題に関する遺伝的モニタリングの現状を紹介した. また, 犬山で開催した国際シンポジウムにおいて, 日本における研究の現状と問題点について発表した.
D) マカクザルコロニーの集団遺伝学的研究
田中洋之, 森本真弓, 釜中慶朗, 松林清明 (人類進化モデル研究センター), 川本咲江, 川本芳
霊長類研究所のニホンザルおよびアカゲザル閉鎖集団について, 現時点での遺伝的多様性を明らかにする目的で, 15遺伝子座のマイクロサテライトDNAの遺伝子型判定をすすめた. 遺伝的多様性の指標のひとつである平均ヘテロ接合率を, 庄武・山根 (2002) の調査結果と比較したところ, 当研究所のニホンザルおよびアカゲザルは, ニホンザル野生群と同等の遺伝的多様性を保持していることが明らかとなった. この分析結果を国際シンポジウム "Evolution and Diversity of Macaques: Research Progress and Prospects" にて発表した.
E) マダガスカル産霊長類の遺伝学的研究
田中洋之, 田中美希子 (遺伝子情報), 川本芳
宗近功氏 (進化生物学研究所) との共同利用研究で,飼育下のクロキツネザル群を対象にマイクロサテライトDNAの分子標識の開発と父子判定を行った. 近縁種で報告されているマイクロサテライト15遺伝子座を分析したところ, 10遺伝子座で多型が見つかり, その結果, 5頭全ての子供の父親を特定できた.
ベレンティー保護区のチャイロキツネザル種間雑種集団の遺伝構造をマイクロサテライトDNAにより分析した. その結果を第23回日本霊長類学会大会で発表した. ベレンティー保護区に生息するワオキツネザル群のマイクロサテライト遺伝子変異の分析を継続している. 市野進一郎氏 (京都大学理学研究科) との共同利用で, 6群を対象に, 個体の遺伝的プロフィールを調べ, 長期観察の結果より血縁の分析を進めている.
F) 家畜化現象と家畜系統史の研究
川本芳
8月にペルーを訪問し, 先土器時代の遺構として新たに発見されたシクラス遺跡の状況を見学し, ラクダ科動物の家畜化に関係しそうな獣骨の発掘状況を調査した.
11月にブータンを訪問し, ウシ科のミタンの遺伝子特性, ミタンと在来牛の交雑調査の進め方につき共同研究者と打合せを行い, 現地での遺伝子分析の状況を確認した. 国内の研究会, 談話会で南米におけるラクダ科動物の研究成果を発表した.
G) 霊長類の民族生物学研究
川本芳
トヨタ財団の援助を得て, 厩猿 (うまやざる, まやざる) に関するアンケート調査, 現地調査を行った. 18県1320地点につき, 物的証拠 (①石塔, 石碑, ②神社, 仏寺, ③厩猿実体 (サルの頭蓋骨ないしは手), ④祭事や行事, ⑤講や法会), ならびに信仰や風習 (①蒼膳 (そうぜん) 神, ②馬櫪 (ばれき) 神, ③馬頭 (ばとう) 観音,庚申講, ④厩猿信仰, ⑤日吉信仰・山王信仰, ⑥その他のウマやサルの信仰・風習) の有無をアンケートで質問し, 結果をホームページで公開した. 厩猿の実体の残存状況にはかなり地域差があり, 信仰の消滅とともに急速に実体も消失しつつあることが予想された. 比較的実体が残っている東北北部, 紀伊半島, 中国地方などに焦点を絞り, 現地調査で信仰の実態や厩猿の形状等の調査を継続している.
H) ハナバチの歴史生物地理学的研究
田中洋之
ボルネオおよびスラウェシ島に生息するミツバチ属の系統, 各種の島内の遺伝的分化について, 分子遺伝学的実験を継続し, これまで公表した結果にデータを追加し, 分析をすすめた.
<研究業績>
原著論文
1) Kurachi M, Kawamoto Y, Tsubota Y, Chau BL, Dan VB, Dorji T, Yamamoto Y, Nyunt MM, Maeda Y, Chhum-Phith L, Namikawa T, Yamagata T. (2007) Phylogeography of wild musk shrew (Suncus murinus) populations in Asia based on blood protein/enzyme variation. Biochemical Genetics 45(7-8): 543-563.
2) Feeroz MM, Hasan K, Hamada Y, Kawamoto Y. (2008) STR polymorphism of mtDNA D-loop in rhesus macaques of Bangladesh. Primates 49(1): 69-72.
3) Kawamoto Y, Kawamoto S, Matsubayashi K, Nozawa K, Watanabe T, Stanley MA, Perwitasari-Farajallah D. (2008) Genetic diversity of longtail macaques (Macaca fascicularis) on the island of Mauritius: an assessment of nuclear and mitochondrial DNA polymorphisms. Journal of Medical Primatology 37(1): 45-54.
4) Kawamoto Y, Tomari K, Kawai S, Kawamoto S. (2008) Genetics of the Shimokita macaque population suggest an ancient bottleneck. Primates 49(1): 32-40.
5) Koyama N, Aimi M, Kawamoto Y, Hirai H, Go Y, Ichino S, Takahata Y. (2008) Body mass of wild ring-tailed lemurs in Berenty Reserve, Madagascar, with reference to tick infestation: a preliminary analysis. Primates 49(1): 9-15.
報告
1) Kurachi M, Yamagata T, Namikawa T, Kawamoto Y, Tanaka K, Mannnen H, Takahashi Y, Nomura K, Kinoshita K, Tsunoda K, Nishibori M, Yamamoto Y, Samdrep C, Sherpa D, Tsering G, Dorji T. (2007) Morphological, mitochondrial DNA and blood protein/enzyme variations of wild musk shrews (Suncus murinus) in Bhutan. Report of the Society for Researches on Native Livestock 24: 195-205.
2) 川本芳, 川本咲江, 川合静, 白井啓, 吉田淳久, 萩原光, 白鳥大祐, 直井洋司 (2007) 房総半島に定着したアカゲザル集団におけるニホンザルとの交雑進行. 霊長類研究 23(2): 81-89.
著書 (分担執筆)
1) 川本芳 (2007) 遺伝子から見たニホンザルの地域分化. 「霊長類進化の科学」 (京都大学霊長類研究所編) p.440-450 京都大学学術出版会.
2) 田中洋之 (2007) テナガザル亜種・種分化の分子系統分析. 「霊長類進化の科学」 (京都大学霊長類研究所編) p.450-464 京都大学学術出版会.
学会発表等
1) Kawamoto Y, Feeroz M M, Hasan M K. (2008) Mitochondrial DNA diversity in rhesus macaques of Bangladesh. International Symposium “Evolution and Diversity of Macaques: Research Progress and Prospects” (2008/02, Inuyama).
2) Kawamoto Y. (2008) Genetic monitoring for preventing hybridization between native and exotic macaque species in Japan. International Symposium “Evolution and Diversity of Macaques: Research Progress and Prospects” (2008/02, Inuyama).
3) Tanaka H. (2008) Genetic diversity of macaque colonies at Primate Research Institute, Kyoto University and the prospects for laboratory use. International Symposium "Evolution and Diversity of Macaques: Research Progress and Prospects" (2008/02, Inuyama).
4) 濱田穣, Malaivijitnond S, Son VD, Pathoumthong B, Vongsombath C, San AM, Min NWW, Sarker Md SU, Feeroz Md M, 栗田博之, 大井徹, 後藤俊二, 森光由樹, 泉山茂之, 川本芳 (2007) マカクの多様性特にインドシナ地域におけるアカゲザルとカニクイザル. 共同利用研究会「アジア霊長類の生物多様性と進化」 (2007/03, Inuyama).
5) 濱田穣, 毛利俊雄, 國松豊, 茶谷薫, 大澤秀行, 後藤俊二, 和秀雄, 白井啓, 森光由樹, 川本芳 (2007) 和歌山県におけるタイワンザルとニホンザル交雑に関する形態学的検討. 第23回日本霊長類学会大会 (2007/07, 彦根).
6) 濱田穣, Son VD, Vu TH, Hoandg LV, Hung NV, The NV, Malaivijitnond S, 後藤俊二, 川本芳 (2007) タイとベトナムにおけるアカゲザルとカニクイザルの交雑についての比較. 日本哺乳類学会2007年度大会 (2007/09, 府中).
7) 川合静, 川本芳 (2007) ニホンザルのミトコンドリア遺伝子全塩基配列の解読と他のマカクの配列との比較. 第23回日本霊長類学会大会 (2007/07, 彦根).
8) 川本芳, 川本咲江, 川合静, 齊藤梓, 濱田穣, 毛利俊雄, 國松豊, 大澤秀行, 後藤俊二, 和秀雄, 室山泰之, 森光由樹, 白井啓, 鈴木和男 (2007) 和歌山県におけるタイワンザルとニホンザルの交雑に関する集団遺伝学的研究. 第23回日本霊長類学会大会 (2007/07, 彦根).
9) 川本芳 (2007) サル地域個体群の保全・管理にむけた遺伝的モニタリング. 日本哺乳類学会2007年度大会 公開シンポジウム 「飼育?実験下での成果とフィールドワークをつなぐ哺乳類研究」 (2007/09, 府中).
10) 川本芳 (2007) 遺伝子からみたアンデス高地のラクダ科動物の特徴と家畜化. 第47回民族自然誌研究会 (2007/04, 京都).
11) 川本芳, 川合静, 齊藤梓, 川本咲江 (2007) ニホンザル研究へのY染色体マイクロサテライト多型の応用性. 第8回ニホンザル研究セミナー (2007/05, 犬山).
12) 宮部貴子, 森本真弓, 鈴木樹理, 室山泰之, 鈴村崇文, 冠地富士男, 田中洋之, 早川清治, 濱田穣 (2007) 幸島のニホンザルにおける血清生化学検査. 第23回霊長類学会 (2007/07, 彦根).
13) 森光由樹, 川本芳 (2007) 保護管理にむけた神奈川県のニホンザル地域個体群の遺伝的モニタリング法の検討. 第23回日本霊長類学会大会 (2007/07, 彦根).
14) 千田寛子, 東英夫, 川本芳, 玉手英利 (2007) 山形県及び周辺地域におけるニホンザル(Macaca fuscata)の遺伝学的集団構造. 日本哺乳類学会2007年度大会 (2007/09, 府中).
15) 田中美希子, 田中洋之, 平井啓久 (2007) チャイロキツネザルの種間雑種集団の遺伝分析2. 第23回日本霊長類学会大会 (2007/07, 彦根).
16) 川本芳 (2008) アンデスのラクダ科動物に関する遺伝学的研究. 第186回中部人類学談話会 ミニ・シンポジウム「アンデスのラクダ科動物とその利用に関する学際的研究」 (2008/03, 名古屋).
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