京都大学霊長類研究所 > 年報のページ > 2006年度 > X 共同利用研究・研究成果-施設利用 1~10
京都大学霊長類研究所 年報
Vol.37 2006年度の活動
X 共同利用研究
2 研究成果 施設利用 1~10
1 キンシコウのone male unit 間の非敵対的関係
和田一雄
対応者:渡邊邦夫
一般的にキンシコウはone male unit(OMU)の集合であるbandで遊動する.その際,OMU同士は空間的に混合することなく,時には敵対的な交渉を行いつつ,bandとして統合されている.餌場では個体間距離が狭く,敵対的交渉が頻発するが,林内では少ない.互いに出会いを避けあっているからであろうが,bandとして同一行動をとる社会的関係は何かを知る必要がある.
2001年から2005年にわたる調査で,2002・2003の両年3-4月にOMU間で友好的な出会いが観察された.10-12月には観察されなかった.3-4月は出産期なので,新生児を抱いた,母親以外のメスが他のOMUに入り込むのだが,そのときはメスと新生児を受け入れ,新生児を抱き取り,メス間でも毛づくろいをする.新生児を媒介にしてOMU間に友好的な出会いが生まれるのである.2002年には5例,HT-BZT,JZT-TT,HT-ZZで各1例,HD-DZで2例が観察された.2003年には13例,その内訳はDB-DZが11例,DB-TT,HT-LPが各1例であった. 頻発したDB-DZは下位のrank間であったが,HT-BZT,HT-ZZなど上位・下位のOMU間の交渉であった.交渉を行うOMU間には特定の意味を持ちにくい,たまたま,空間的に隣接していたOMU間での交渉という,偶発的出会いであったのかもしれない.
2 高崎山ニホンザル雌の栄養状態の把握について
栗田博之(大分市教育委員会)
対応者:濱田穣
これまで,高崎山の餌付けニホンザル群の個体群管理のため,成熟雌の栄養状態を把握するためのデータ収集を行ってきた.平成14年度から平成17年度までに成熟雌を対象に収集した,9月時の体長 (m) データと10月時の体重 (kg) データから,のべ79個体分の体格指数(体重を体長の自乗で割ったもの)を求めた.その結果,最小値は27.3,最大値は37.3であり,平均±標準偏差は32.6±2.29であった.また,平成18年度にも,体長を28個体から,体重は36個体からデータ収集を行った.
今後は,データ収集を進めてさらに標本数を増やし,体格指数と翌年出産率や子の生存率との関係や体格指数の経年変化を調べることで,高崎山個体群管理に役立てていきたいと考えている.
3 カンナビノイドによるサル精巣ステロイド生合成酵素の阻害作用に関する研究
渡辺和人, 舟橋達也,山折大(北陸大・薬・衛生化学)
対応者:景山節
大麻にはカンナビノイドと総称される特異成分が60種類以上存在しており,中でも幻覚作用の本体であるΔ9-tetrahydrocannabinol (THC)をはじめ,cannabidiol (CBD)及びcannabinol (CBN)が主要三成分である.これらカンナビノイドは多彩な薬毒理作用を示すことに加えて,その構造がステロイド骨格に類似していることから内分泌系に作用することが危惧される.我々はこれまでにラット精巣における3β-ヒドロキシステロイド脱水素酵素 (3β-HSD)及びCYP17を含むステロイド生合成のカンナビノイドによる阻害作用について明らかにしてきた.そこで,本年度の研究ではニホンザル(6才)精巣より調製したミクロソーム画分を酵素源として,3β-HSD活性に対するカンナビノイドの阻害作用について検討した.基質 (1 ?M) としてデヒドロエピアンドロステロンを用いて,生成するアンドロステンジオン量をGC/MSにより測定した.その結果,3β-HSD活性はカンナビノイド300?M添加により 非添加と比較してΔ9-THC, CBD, CBNでは各々23 %, 27 %, 5 %まで低下した.Δ9-THCでは200??M以上,CBNでは100 ?M以上の添加で有意な阻害作用が認められた.また,CBDは10 ?M添加でも有意な阻害作用を示した.
4 野生チンパンジーにおける屍肉食傾向の研究
保坂和彦(鎌倉女子大・児童)
対応者:M.A.Huffman
前年度にマハレ山塊にて収集した資料を用いて,チンパンジーがツチブタの死体に遭遇した2事例を分析した.その成果は,井上英治,藤本麻里子との連名で学会報告した.第一に,ツチブタの死体はチンパンジーに興奮と好奇的行動を喚起したが,その程度は死後数時間の新鮮な死体の方が死後数日の腐乱死体より大きかった.爪痕などからヒョウの存在を認知したことが影響した可能性が高い.第二に,未成熟個体が死体一般に持続的な好奇的行動を示したが,成熟個体は新鮮な個体には近づくものの,腐乱死体には無反応であった.成熟個体は死体に対する好奇的行動というより捕食者情報を得るための観察行動をしたものと推測した.第三に,マハレのチンパンジーは,狩猟対象動物の新鮮な死体を屍肉食することはあっても,非狩猟対象動物の死体は食べないことが示された.狩猟対象動物の屍肉食については,ブッシュバックの新鮮な死体をチンパンジーが発見して屍肉食した事例がマハレとゴンベから数例報告されている.チンパンジーの屍肉食の狭食性は,初期人類の屍肉食の広食性と対照的である.その違いを説明する原理を探る上で,他地域資料との比較は重要であり,今後の課題としていきたい.
5 食物を介した母子間交渉の種差:ヒトとチンパンジーの比較研究
上野有理(東京大・院・総合文化)
対応者:友永雅己
母親のみが食物を食べている場面で,ヒトの子どもは,手を伸ばすなどして母親のもつ食物を欲しがり,食物や母親を見ながら発声する.それにたいし母親は,食物を口元に差し出す,手渡すなど,子どもの発達にあわせて対応する.こうした交渉場面での子どもの発声は,ヒトでは6ヶ月齢ごろから観察され,母親との交渉をへて,さらなる発声が促されていくと考えられる.いっぽうチンパンジーでは,同様の場面で子どもの発声が観察されるのは17ヶ月齢以降だった.これらの発声はもっぱら,母親のもつ食物に手をのばし,拒否された場合に観察されたことから,食物への要求をあらわすことが示唆された.チンパンジー母子2ペアを対象に,食物の受け渡しと発声の関連を検討したところ,1母子ペア(アイ&アユム)では発達にともない発声の頻度が増加し,食物が子どもに受け渡される頻度も増加した.しかし,もういっぽうの母子ペア(パン&パル)では同様の傾向はみられなかった.後者の母子ペアでは頻繁に,近づいてくる子どもにたいして母親はまず遊びかけており,母親の遊びかけのあと子どもが発声することは一度もなかった.母親の行動により,子どもの発声が抑えられた可能性が考えられる.チンパンジーにおいて,母子間交渉の個体差が子どもの発声頻度に関係する可能性が示された.
6 サル類の病理学的研究
柳井徳磨(岐阜大・応用生物)
対応者:鈴木樹理
アカテタマリンは,霊長目マーモセット科に属し,南米のアマゾン川流域に生息している.現在各地の動物園で飼育されているが,その死因を含めた背景病変についての報告はほとんどない.アカテタマリン(10歳以上・雄)に認められた肝線維症の病理学的特徴を報告する.
臨床的には暗赤色便を排泄し,2日後に元気消失,虚脱状態に陥った.さらに,血圧低下,脱水を示し,2日後死亡した.剖検ではやや痩削し,赤褐色透明の腹水約50mlが貯留していた.肝臓表面は凹凸に富み大小の結節状で稀に嚢胞が認められた.腸間膜は黄白色,高度に肥厚し,硬度を増していた.組織的に肝臓では膠原線維の増生が高度で,しばしば小葉は線維性の隔壁によって分隔されていた.グリソン氏鞘を中心に大食細胞の浸潤,胆管の増生が認められた.また,広範な出血巣およびヘモジデリンの沈着が認められた.一部の肝細胞の細胞質は空胞化しており,核は辺縁に圧迫されていた.膵臓は,外分泌腺上皮細胞が広範な巣状壊死を示し,間質には大食細胞の高度な浸潤が認められた.その他の臓器では,近位尿細管の壊死,小腸,大腸および腸間膜の慢性炎症が認められた.
本症例では肝臓に,線維性結合織の種々の程度の増生が認められたことから,肝線維症と診断された.動物においては,ヒトにおける肝硬変の定義(肉眼的に①結節の形成,組織学的に②小葉を分断する線維性隔壁の存在,③肝小葉構造の改築,および④び漫性病変であること)にあてはまる病変はまれであり,多くは肝線維症と診断されている.本症例で認められた病変は,偽小葉の形成が軽度で,び漫性な線維化はないことから,肝線維症と診断されたが,肉眼的な結節の形成や線維性隔壁による小葉構造の分断から,肝硬変の初期病変とも考えられた.死因としては,高度な肝炎および膵炎が考えられた.
7 ニホンザルにおける回顧的推論の検討
川合伸幸(名古屋大・院・情報科学)
対応者:正高信男
それ以前に獲得した情報が冗長であるときに,ニホンザルは新たに獲得した情報に基づいて,その情報を捨て去るか(回顧的推論)を調べた.回顧的推論に関する研究は通常2つの訓練段階で構成される.第1段階は2つの刺激要素(属性)で構成される複合刺激が同時に強化の信号となり(AX+),第2段階でそのうち一方だけが強化されて(A+),テストで他方の刺激要素(X)への反応が,複合刺激での強化子しか受けていない統制群に比べて弱くなるかが調べられる.これに先立ちH16・17年度では,第1段階と第2段階を逆にした手続き,つまりブロッキング現象が生じるかを調べ,WGTAを用いたサルのオペラント条件づけの事態において,ブロッキング(様)現象を確認した.さらに,同様に2次元の刺激を用いて,サルが回顧的推論を行うかを検討した結果,刺激に対する反応の偏りが生じ,明瞭な結果は得られなかった.H18年度はその問題を回避するために,手がかりの要素間の明瞭度が等しくなるように,四角形の刺激を4分割し,それぞれ対角位置ごとに2つの図形を配置することで要素刺激(第2段階における弁別刺激)を構成した.その結果,1個体がブロッキング(様)現象を示した.この個体は先の逆行ブロッキングの実験でも,ブロッキング(様)現象を示していた.このことは,少なくともサルが回顧的に推論を行えることを示唆している.
8 ウイルスによる脱随疾患のモデルとしてのマーモセットの有用性について
中垣慶子, 石橋英俊,中村克樹(国立精神・神経センター)
対応者:平井啓久
進行性多巣性白質脳症(PML)はJC Virus (JCV)によって起こるヒトの脱随疾患であるが,JCVは種特異性が高く人にしか感染しない為発症メカニズムの解明には適当な動物モデルの開発が重要である.同じpoliomavirus に属し,アカゲザルより分離されたSimian Virus 40(SV40)はその遺伝子配列において70%が保存されており,Simian Immunodeficiency Virus (SIV)との重感染により免疫不全状態に陥るとPMLを発症する事が報告されている.しかし,マカクは大きさ,取り扱い等の問題点から我々はマーモセットを用いてPMLを再現することを検討中である.これまでにSV40のマーモセットでの感染報告はないので本研究ではSV40の感染状況を把握することを目的とする.感染状況は,霊長類研究施設に飼育されているコモンマーモセット10頭より採血を行い,リンパ球を分離培養し,培養上清中のウイルスをCV1細胞を用いたプラックアッセイで,またリンパ球よりDNAを精製し,3種類のプライマーを用いたPCRで調べた.今回用いた10頭のマーモセットからのリンパ球ではSV40の感染を示唆する結果は得られなかった.
9 頭骨計測値を使ったキツネザルの系統分析
宗近功 ((財)進化生物学研究所)
対応者:平井啓久
キツネザルの骨学的研究はTattsall(1982)4)やRandria(1999)5)などの報告があるが,その後の進展はみられていない.本研究では Lemuridae の4種(Eulemur fulvus, E.macaco, Lemur catta, Varecia variegata)の頭骨を,類人猿や真猿にも使われる人の計測法であるマルチンの計測法にもとづき18項目と脳容量を計測し,多変量解析を試みた.
その結果,主成分分析結果では,Varecia variegataはマイナス側へ,Lemur cattaはプラス側に分散し,Eulemur macacoとEulemur fulvusは中央に位置し,この結果から,Eulemur macacoとEulemur fulvusの頭骨の形状は良く類似していることを示し,次にLemur cattaはVarecia variegataより,Eulemur macacoとE.fulvusに類似しており,Varecia variegataは他3種とその形状は大きく異ることを示し,例数が少ないので確定的なことは言えないが,マルチンの計測法なっていた.
尚,本報告は,マルチンの計測法がキツネザルに有効性を検証したが,計測標本の数が少ないため,更なる計測値を加え,統計処理の信頼性をあげ,結論を出したい.
10 先史アンデス高地における霊長類の分布と飼育・利用に関する研究
鵜澤和宏(東亜大・総合人間・文化)
対応者:高井正成
ペルー北部高地に形成された先史時代の神殿,クントゥル・ワシ遺跡(1800BC-50BC)から出土した哺乳動物群について動物考古学的分析を進めている.同遺跡からは中南米に生息するオマキザル属と思われる霊長類化石が含まれている.霊長類研究所が所蔵する骨格標本と比較するとにより,この霊長類化石の種の同定を行った.
古代アンデスにおける動物利用は,シカ科,ラクダ科の偶蹄類を中核としながら,広範な生態環境から集められた多様な動物を利用することを特徴とする.本研究によって同定されたシロガオオマキザル(Cebus arbifrons)は,現在ではアンデス山脈東斜面に棲息し,西斜面に立地する遺跡周辺には分布しない.全身がそろって出土していること,人に慣れやすい習性などから推定して,生体で神殿に運ばれ,当地でしばらくのあいだ飼育されていた可能性が考えられる.
オマキザル類は,ナスカやインカに代表されるアンデス先史文化において繰り返し図像化され,象徴的な意味合いを与えられた動物であることが指摘されてきた.本標本は明確な出土例としては最古級であり,アンデスにおける人と動物の関係を考察する上で重要な発見となった.当標本については,飼育の有無を検証するため,食性解析を含む分析を進める予定である.
↑このページの先頭に戻る