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京都大学霊長類研究所 年報
Vol.37 2006年度の活動
X 共同利用研究
2 研究成果 自由研究 21~30
21 ニホンザルにおける繁殖生態の地域差と遺伝的多型の維持機構の関係
早石周平(琉球大・教育センター)
対応者:川本芳
ニホンザルの島嶼集団の成立過程において,過去の地史や,集団密度の違いをもたらす生息環境が,どのように影響してきたかを検討するために,鹿児島県屋久島に生息するニホンザルを対象に遺伝学的な調査を行っている.糞由来の遺伝子分析試料を用いて,これまでにミトコンドリアDNAのD-loop領域203bpの配列を解読して変異を調べてきたが,今年度は新たに未踏査地から試料を得て,変異の地理的分布を確認した.また母性遺伝するミトコンドリアDNAの変異は地域的にまとまった分布をすることが確認されたが,これまでの調査では変異Y2とY5については,分布のまとまりからの外れ点があった.これらの試料について性判定を行い,Y5の外れ点の2試料についてはオス由来の試料であることが確認できた.この2試料とその他の試料との最短距離は,それぞれ,4.1km,19.2kmであったことから,オスにとって,少なくとも距離からみて,島内はどこでも移住可能な場所であることが示唆される.
また地元の猟友会会員や役場関係者から近年の有害獣駆除の状況について聞いた.
種子島に生息したサルの聞き取りもおこなったが,新規情報は得られなかった.
23 ニホンザルにおける採食樹繰返し利用の究極要因
西川真理(京都大・理・人類進化)
対応者:杉浦秀樹
常緑樹林帯のニホンザルを対象に,葉食に注目して採食樹の繰返し利用とその究極要因について調べた.鹿児島県屋久島のニホンザルE群を対象とし,2006年5月24日から7月1日にかけて個体追跡法を用いて調査を行った.オトナメスのうち,高・中・低順位のそれぞれの順位個体が含まれるように5頭を調査対象個体とした.遊動ルート,各採食樹での採食開始時刻,終了時刻,採食品目を記録した.観察者に取り付けて記録したGPSデータをサルの遊動ルートとした.調査期間中にサルによる葉食が見られた樹木種は13種であった.このうちの6種で繰返し利用が見られた.同一樹木個体に対する最多繰返し利用回数はヒメユズリハの4回であった.ヒメユズリハについてサルが採食樹として1回のみ利用した樹木個体と4回利用した樹木個体との間で,サルの移動距離,移動速度,採食時間を比較すると4回利用した樹木個体への移動距離のほうが長く,移動速度も速く,採食時間も長かった.このようにサルは彼らの遊動域内にある主要な採食樹木の位置関係に関する空間知識を持っており,それらを用いて採食樹間を効率的に移動していると考えられる.今後,葉に含まれる二次代謝物質含有量等の違いについて,繰返し利用される樹木個体とそうでない個体とで比較する予定である.
24 霊長類における社会的文脈の推論と物理的文脈の推論の比較研究
高橋真(京都大・文)
対応者:上野吉一
ニホンザルの推論も課題文脈の領域に影響されるかどうかを調べるため,構造の類似した非社会的文脈と社会的文脈の推論課題の成績を比較した.また,推論能力の個体差をもたらす要因を調べるため,個体の年齢,社会的順位,所属する集団と推論課題の成績も分析した.
非社会的文脈の課題は以下のような課題であった.まず,動物に分からないように,2つの入れ物の内,1つに餌を入れ,どちらか一方の入れ物の中身を動物にみせる.その後,どちらの入れ物を最初に選択するかをテストした.社会的文脈の課題は以下のような課題であった.2つの入れ物それぞれに1つずつ餌が入るのを動物に見せる.どちらか一方の餌を他個体が取ったのを見たとき,どちらの入れ物を選択するかをテストした.その結果,ニホンザルはどちらの課題も解決することができた.しかし,推論課題の成績と文脈に有意な差はなかった.また,個体の年齢,社会的順位,所属する集団と課題の成績に有意な関係はなかった.この結果は,文脈や個体の特性がニホンザルの推論能力に影響を与えていない可能性を示す.
25 霊長類における視線認識の発達と進化
堤清香(京都大・文)
対応者:友永雅己
これまで,ニホンザルの生物知識とその発達について縦断的に調べてきた.その結果,生物の属性としての眼への敏感性は生後3ヶ月以降にならないと現れないにも関わらず,その数への敏感性は生後1ヶ月で現れるという,一見奇妙で興味深い事象が明らかになってきた(Tsutsumi & Fujita, 2003,Tsutsumi et al, 2005).一方で,眼への敏感性は多くの霊長類で指摘されている要素であり,これが生物らしさを規定する要因としてニホンザル乳児に生得的に組み込まれていないのだとしたら,その眼の数への敏感性はサル乳児の物理的・社会的環境認識においてどのような意味をもつのかについて,発達と進化の両面から調べていくことが重要であると思われる.ニホンザルとは系統発生的に遠い位置にあるコモンマーモセットにおいて,ヒト実験者が被験体の前に立ち,実験者に対して被験体が自発的に視線を合わせる反応をビデオで記録して注視時間を測定したところ,ニホンザルに比べて自発的な視線追随が長い傾向にあることが確認された.これは,今後,系統発生的に近縁・遠縁の複数種について定量的な横断比較を行う際の重要なベースラインになると思われる.
26 霊長類の網膜黄斑に特異的に発現する遺伝子群の同定と機能解析
古川貴久, 井上達也((財)大阪バイオサイエンス研究所)
対応者:大石高生
網膜は光受容に必須の組織で,脊椎動物に高度に保存されている.近年,網膜の発生に関わる分子の研究は飛躍的に進んできた.これらはマウスを中心としたものが大多数であり,種間の相違点をすべて説明できるものではない.ヒトを含めた霊長類の網膜は中心部に黄斑という特徴的な構造をもつ.黄斑部では,視細胞の中でも錐体細胞が高密度に存在し,これにより黄斑構造を持つ生物は良好な視力が得られる.これまで,黄斑発生の分子メカニズムついての報告はほとんどみられない.われわれは,黄斑発生に関わる遺伝子群の同定を目的として,周産期のアカゲザルの網膜を黄斑部と周辺部に分けて採取し,それぞれの総RNAについてマイクロアレイを用いて遺伝子発現を比較した.これまで2回の解析でともに黄斑部において増加していた遺伝子について,実際に網膜のどの細胞で発現しているかを確認するためにin situハイブリダイゼーションをおこなった.検体として成体サルの凍結切片を用いた.検討した30遺伝子のうち9遺伝子については少なくとも黄斑部の視細胞層に高い発現を認めた.われわれは,この中で脂質代謝の制御に関わる遺伝子であるSREBP2に注目している.SREBP2はマウス網膜でも胎生期に発現を認める.現在のところ網膜でSREBP2を強制発現するトランスジェニックマウスの作製中である.
27 下北半島脇野沢における野生ニホンザルの個体群動態と保全のための諸問題
松岡史朗, 中山裕理(下北半島のサル調査会)
対応者:渡邊邦夫
下北半島のニホンザルはその群れ数,個体数とも近年指数関数的に増加している.その要因を検討し将来予測をすることを目的に,初年度の調査を行った.脇野沢民家周辺に遊動域を持つA2-85群,A2-84群,A87群の3群の合計個体数は232+α頭,うちアカンボウは32頭だった.A2-84群は,120頭+αでありサブグルーピングが観察され,分裂が危惧される.A2-85群とA87群の出産率が36.3%と低かったのは前年度(54.8%)が高かったためであり,2005~2006年に3群合計で10頭のオスザルが駆除されたことによる影響ではないだろう.アカンボウの2月までの死亡率は,A2-85群11%,A87群0%と低く,これら3群は依然増加傾向にある.
農地の利用度は,A2-84群とA2-85群では依然高く,A87群では,遊動域内の耕作地の縮小もあり,低かった.A87群は,電気柵撤収後の初冬と雪解けから春の芽吹きまでの初春に農地周辺でよく採食した.3群とも東方向に遊動域を拡大しており,電気柵の未設置地域での新たな農作物被害が懸念される.
28 霊長類神経系におけるNaポンプアイソフォームの発現と機能の解析
井上順雄(首都大・院・人間健康), 大津昌弘(首都大・院・保健)
対応者:淺岡一雄
中枢神経系におけるNaポンプアイソフォームの遺伝子発現を解析するために,ニホンザルの大脳(前頭葉および側頭葉),間脳,小脳,脊髄の凍結切片の一部からRNAを調製して,アイソフォーム特異的なプライマーを用いたリアルタイムRT-PCRによりmRNAを定量した.機能を担うサブユニットであるα鎖の3種類のアイソフォームは,すべての部位で有意に発現したが,普遍型であるα1鎖の発現は小脳で最も高かった.神経系に特徴的なα2鎖の発現は間脳で高く,α3鎖の発現は小脳と間脳で高かった.機能に関係しないβ鎖では,β1鎖の発現がすべての部位で顕著であった.更に,ニューロン,アストロサイト,オリゴデンドロサイトのマーカー遺伝子の発現の結果と比較したところ,α3鎖の発現が高い間脳において,ニューロンのマーカーの発現が高かった.一方,サルES細胞由来の神経幹細胞から分化させたニューロンは,ニューロンへの分化に伴いα1鎖に加えてα3鎖を発現した.これらの結果から,霊長類でもα3鎖がニューロンに特徴的であり,機能的に重要であることが示唆された.
29 狭鼻猿類の外耳形態の比較形態学的研究
矢野航(京都大・理・自然人類)
対応者:遠藤秀紀
狭鼻猿下目オナガザル科霊長類の外耳の形状を調べた.今年度の研究では外耳形状が樹上性霊長類と地上性霊長類の2群で異なるという仮説の検証を試みた.系統による違いを統制する目的でオナガザル科霊長類に限定し,ヒト上科を除外した.またサイズを統制し,形状のみを調査の対象とした.外耳形状における性差による影響は小さいと考え,性差は考慮しなかった.研究方法は,霊長類研究所所蔵の液浸標本を自然人類学研究室所蔵のCT-Scannerで撮像を行い,計算機上で再構成した上で,3次元解析ソフトで外耳上の8つの特徴点の3次元座標を取得した.取得した3次元座標から,各点を結んだ21の距離値を算出し,その重心サイズを外耳サイズとして各距離値をこの値で標準化した.21の距離値群を主成分分析することで表される形状情報を集約した.集約された情報をしたところ,限定的に上記2群間で比較平均に有意な差が見られた.耳介には,集音や聞き分けなどの機能と温度調整に関わる機能があるとされるが,今回の2群に温度環境の大きな違いがない事と,集音は外耳のサイズが関係している事から,今回の違いは,樹上性と地上性のオナガザル科霊長類の聞き分け能力の何らかの差に起因しているものと考えられる.以上の本研究の成果は,修士論文にまとめられ,平成18年度,京都大学理学研究科に提出された.
今年度以降,同研究を継続するが,そこでは,発生―進化の過程を念頭において,狭鼻猿類の外耳の形態進化を探求することが重要だと思われる.19年度以降は,より多く,より多種の標本を調査するために海外の標本調査も念頭においている.
30 サルにおける視床下部摂食ペプチドおよびその関連因子の生後発達,分泌調節に関する研究
片上秀喜(帝京大・ちば総合医療センター)
対応者:清水慶子
グレリン(Ghr)は胃で産生され,強力なGH分泌促進作用を有するのみならず,摂食およびエネルギー代謝調節に関与することが知られている.また,代謝調節系に働き,脂肪蓄積効果を有する.一方,レプチン(Lp)は脂肪細胞から分泌され,中枢神経系に作用して強力な摂食抑制やエネルギー消費亢進をもたらし,代謝調節に重要な役割を有している.これらLpの生理作用の一部はGhrの作用とは相反するものであり,エネルギーバランス調節に重要な役割を担っているものと考えられる.私たちは,個体発達過程におけるGhr,Lp,GH,GH放出ホルモン(GHRH)およびソマトスタチン(SRIF)の分泌動態を知る目的で,本年度はさらに例数を追加して,胎児期から老齢期までの雌雄のニホンザルを用い,これらの血中動態を検討した.京都大学霊長類研究所の屋内個別ケージに飼育されている様々な年齢のニホンザルから経時的に採血をおこなった.また,妊娠の様々なステージにおいて帝王切開により娩出された胎児の血液を採取した.これら血中Ghr,GHおよびGHRH濃度ならびに生殖関連ホルモン測定した.Ghrは出生後数ヶ月間,SRIFは出生直後一過性に高値を示し,その後減少することが明らかとなった.同様にLpも出生後数ヶ月までの間,高値を示した.一方,GH濃度は胎児,出生後および老齢ザルにおいていずれも低値を示した.以上より,ニホンザルにおいて血中Ghr,Lp, GH,GHRHならびにSRIF濃度はそれぞれ個体発達固有の変化を示すことが明らかとなった.
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