京都大学霊長類研究所 > 年報のページ > 2006年度 > X 共同利用研究・研究成果-自由研究 2~10
京都大学霊長類研究所 年報
Vol.37 2006年度の活動
X 共同利用研究
2 研究成果 自由研究 2~10
2 猟区と非猟区にすむ野生ザル群の擬似猟師猟犬ペアに対する逃避反応の差異
伊沢紘生(帝京科学大)
対応者:渡邊邦夫
3 サルにおける冠状動脈の分岐様式
下高原理恵, 島田和幸(鹿児島大・院・歯科応用解剖), 島田達生(大分大・医)
対応者:遠藤秀紀
サンプル提供がなく,本研究計画は未実施.
4 顔運動情報処理の発達過程とその脳内機序の解明
土居裕和(長崎大・院・医歯薬)
対応者:正高信男
表情認識や人物の同定など,顔認知能力の発達は,社会的認知の発達の要である.一方,近年,これらの認知過程において,顔の運動情報が重要な役割を果たしている可能性が指摘されてきた.しかし,顔認知の発達に関する既存の研究は,静止した顔の認知に焦点をあわせており,顔の運動情報処理の発達に関する体系的な研究はほとんどない.そこで,ヒト乳幼児を対象として,表情表出および構音に伴う顔の運動情報認知の発達過程を行動実験により検討した.その結果,運動情報に基づく表情認知能力の幼児期における発達パターンは,表情カテゴリーに依存して異なる経過を辿ることが確認された.また,生後6ヶ月の時点で,すでにポイントライトディスプレイ表示された構音運動と,音韻情報とをマッチングできる可能性が示唆された.
一方,ヒトの身体運動認知および,顔の運動によって生起する社会的情報のひとつである視線方向知覚を司る脳内機序を,事象関連電位(ERP)を指標として検討した.その結果,身体運動認知のおけるmotion signalの役割や,視線方向知覚における大域的情報処理に関して新たな知見を得ることが出来た.
5 ニホンザル新生児における匂い刺激によるストレス緩和効果
川上清文(聖心女子大・心理)
対応者:友永雅己,鈴木樹理
筆者らはニホンザル新生児が採血を受ける場面に,ホワイトノイズやラベンダー臭を呈示するとストレスが緩和されることを明らかにした(Kawakami,Tomonaga,&Suzuki,Primates,2002,43,73-85).本研究では,その知見を深めるために,ミルクの匂い(Lactone C-12-D)を呈示してみることにした.ニホンザルのミルクではなく,ヒトのミルクの匂いである.
本年度はメス2頭のデータが得られた.第1回目の実験日が平均生後8日(平均体重483.5g),第2回目は生後16日(平均体重557.5g)であった.匂いを呈示した条件と呈示しない条件を比べた.行動評定の結果では,ミルクの匂いの呈示効果はみられなかった.コルチゾルの分析を急ぎたい.
なお,今年度もミルクの匂いは,高砂香料で合成された.高砂香料に感謝したい.
6 ホミノイドのゲノムに暗号化された太古のレトロウイルスの構造
加藤伊陽子(山梨大・院・医工)
対応者:平井啓久
目的 旧世界ザルからヒトにいたる種間で保存されているヒト内在性レトロウイルス(HERV)は,約4,500万年前に生殖系列細胞に感染したウイルスがゲノムに定着したと推測される.HERVの構造,特に発現制御領域や粒子タンパク質について明らかにする.
方法と結果 ヒト第7染色体(7p22.1)上のERVK6 (HERV-K108)配列を,ヒトBACクローンからPCR法でクローニングした.転写制御領域LTRに関してルシフェラーゼ(luc)・アッセイを行った.HeLa(子宮頸がん),HEK293(ヒト胎児腎細胞),MCF-7(乳がん)などの細胞株を用いた.その結果,(1)ERVK6のLTRはサル腫瘍ウイルスSV40(Simian Virus 40) 初期プロモーターの20%以上の活性を示した.(2)Phorbol myristate acetateで活性化された.(3)エストロゲンに対する応答性はなかったが,デキサメタゾンで発現促進が検出された.また,gag-PR領域についてもタンパク質コード能の解析を実施している.
考察 ERVK6のLTRは比較的強いプロモーター活性を持っており,乳がん,皮膚がんでの発現上昇と関連する結果が得られた.またアカゲザル(Macaca mulatta)のゲノムにERVK6に一致する配列があり,組織での発現と転写制御との関連を検討したい.
7 注意欠陥/多動性障害(ADHD)のモデル動物の作成
船橋新太郎(京都大・人間・環境)
対応者:清水慶子
ADHD,前頭連合野の機能異常,ドーパミン(DA)調節系の変化との間の密接な関係が示されている.発達初期に前頭連合野で生じたDA調節系の変化がADHDの生物学的要因であると仮定し,その検証のため,6-OHDAの注入により前頭連合野のDA系を破壊した新生児サルを用い,ADHD児に見られる行動特徴(多動,注意障害,衝動性)を示すかどうかを解析した.6-OHDA注入サルと非注入サルを対にして飼育し,2台のテストケージを用いて自発行動量とmethylphenidate(MPD)の投与によるその変化を同時に計測した.3.0-5.0mg/kg(体重)のMPDを経口投与した結果,投与1時間後より約3時間程度にわたって自発行動の減少が観察された.一方,注意機能を測定する目的で視覚弁別課題をテストケージ内で行わせ,課題遂行の持続時間,試行間間隔の分布や推移,正答率の変化などを測定しようと試みたが,多様な姿勢や体位で課題を実行するため,注意機能の障害の有無や衝動性の有無を注入群と非注入群で比較することができなかった.そのため,モンキーチェア上での課題遂行に切り替え,注意障害や衝動性の有無を検討中である.
8 ニホンザルとバーバリマカクの栄養学的研究
半谷吾郎(京都大・理・人類進化)
対応者:M.A.Huffman
ニホンザルとバーバリマカクはともに霊長類の中で温帯に進出した数少ない霊長類である.果実生産が限定された温帯では葉食への適応が重要であると考えられる.本研究は,両種の生息環境,食性,食物となる葉の化学成分を比較し,葉食への適応の実態を明らかにすることを目的とする.すでに申請者が収集した屋久島とモロッコの葉のサンプルの栄養成分を,霊長類研究所の実験設備を用いて調べた.具体的には,ニホンザルとバーバリマカクの食物となる葉,および生息環境内での主要な樹種の葉の粗タンパク質,粗脂肪,粗灰分,中性ディタージェント繊維(NDF)を定量した.その結果,モロッコの葉は屋久島の葉に比べて消化可能な炭水化物が多く(t=4.049, p<0.0001),NDFが少なく(t=4.08, p<0.0001),粗脂肪が多い(t=4.049, p<0.0001)ことが分かった.粗蛋白質と粗灰分含有量には有意な差はなかった.今後は,それぞれの地域の中で食物と非食物に分けて比較を行う予定である.
9 霊長類の自発性瞬目に関する比較研究
田多英興(東北学院大・心理), 大森慈子(仁愛大・心理)
対応者:友永雅己
本研究の第1の目的である霊長類における自発性瞬目の種差に関する結果は解析がほぼ完了した.その内容は昨年度報告した結果に大筋添うものであった.ただし,その解釈・意味づけを巡ってチーム内でまだ意見の統一が得られていないので,論文に仕上げるにはまだ多少の時間がかかる.これに加えて,今年度は,誕生時以来の顔の表情を撮影した思考認知部門の先生方のデータを借用して,アユムとパルの2固体について,誕生から生後一年までの瞬目を追跡して,解析した.先に報告した解析法に倣って,1)瞬目率,2)頭部・眼球運動との同期の程度,そして3)瞬目の持続時間,の3つの指標について解析した.最初は1週間ごとに,後には1カ月おきに解析した.その結果,従来からヒトの新生児はほとんどまばたきは見られなくて,成長に伴って次第に増加していくことが知られているが,チンパンジーの新生児は,誕生時から成体とあまり差のない程度の瞬目をすることが大きな特徴であることが明らかになった.チンパンジーの成体の瞬目率はヒトの瞬目率に比べるとかなり低水準になることが分かっているが,新生児からの成長の過程は認めらないかも知れない.2歳からのさらに数年のデータも確保したので,今後分析を進めていきたい.
10 山形県におけるニホンザル地域個体群の遺伝的多様性に関する研究
千田寛子(山形大・院・理工)
対応者:川本芳
本研究では山形県における特定鳥獣保護管理計画の策定に資する生態学的基礎データを得る目的で,ニホンザル地域個体群の遺伝的構造を調査した.
山形県および隣接県において有害駆除された102個体をサンプルとして,ミトコンドリアDNA調節領域866塩基対の配列を決定し,ハプロタイプを同定した.今回の調査で確認された18のハプロタイプの塩基配列に基づく近隣結合系統樹を構築し,系統関係と個体捕獲地点を照らし合わせて遺伝学的集団構造について推測した.
その結果,山形県を中心とした地域に生息しているニホンザルは,母系集団としては主に新潟県北部から山形南部にいたる新潟北部地域集団と,山形・宮城・福島に広がる東北南部地域集団に二分されることが示された.しかし,新潟と山形との県境付近では性別に関わらず双方のタイプが混在していることから,この地域では2つの地域集団が接しておりオスだけでなくメスや群れの移動によっても遺伝的交流が起こっている可能性がある.さらに,東北南部地域集団においては地域固有と思われるタイプが複数確認され,東北南部地域集団の中でもさらに細かく集団が分かれていると考えられる.これらの結果から,遺伝学的集団を考慮したより広域的な保護管理単位を設定する必要性が示唆された.
以上の研究成果は日本哺乳類学会2006年度大会(2006年9月)において発表した.
↑このページの先頭に戻る