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京都大学霊長類研究所 > 年報のページ > 2006年度 > X 共同利用研究・研究成果 5

京都大学霊長類研究所 年報

Vol.37 2006年度の活動

X 共同利用研究

2 研究成果 

5-1 ニホンザルはどのようなときにコンタクト・コールを発するのか

菅谷和沙(神戸学院大・院・人間文化)

対応者:杉浦秀樹

宮城県金華山島と鹿児島県屋久島に生息するニホンザルのオトナメスを対象に,毛づくろいの頻度と,毛づくろいの前のコンタクト・コールの有無を調べ,比較した.2006年7月から9月に金華山島のA群とB1群,2007年1月から3月に屋久島のKawahara-Z群とNina-A-1群をそれぞれ調査した.各群れから高順位,中順位,低順位のオトナメスを2頭ずつ選び,1個体につき10時間ずつ,個体追跡法を用いて観察した.特に2m以上離れていた個体が接近後に始めた毛づくろいに注目し,交代して行われた場合には,2回目以降の毛づくろいは分析から除外した.

調査の結果,毛づくろいの頻度は,金華山群では約0.6回/時,屋久島群では約1.1回/時で,屋久島の方が高いことが明らかになった.毛づくろい前の発声率は,金華山群では約56%,屋久島群では約30%で,金華山の方が高かった.

金華山群と屋久島群の間で毛づくろい頻度と毛づくろい前の発声率が異なるのには,個体の凝集性が関係していると考えられる.金華山群は,屋久島群よりも個体密度が低く,採食パッチ間の距離が長い(Yamagiwa et al, 1998).つまり金華山群の方が屋久島群よりも凝集性が低い.そのため,毛づくろい相手が近くにいることが比較的少なく,発声によって相手を呼び寄せたり,相手に近づくことを知らせたりする必要があるだろう.一方,屋久島群は金華山群よりも凝集性が高いため,発声によって相手を呼び寄せたり,相手に近づくことを知らせたりする必要がないだろう.

本研究により,ニホンザルは毛づくろい前の発声によって,毛づくろいの依頼や許容を伝えている可能性があることが示唆された.

今後は,どのような個体間で発声がみられたか,発声の有無によって毛づくろいの拒否の割合が異なるかについて分析を進め,毛づくろい前の発声の機能を明らかにしたい.

5-2 幼児の日本語終助詞と他者信念理解能力の発達

府川未来(国際基督教大・教育)

対応者:松井智子

他者信念理解の発達指標である誤信念課題では自らの顕著な知識(真実)を抑制し,推論的に理解された他者の(誤)信念を基に質問に答えることが要求されており,抑制機能の発達が問われるといえる.通常,健常児においては4歳から5歳でこうした課題に成功するようになるといわれている.本研究では,誤信念課題において異なる言語使用や自己の知識状態がどのように他者信念の理解を促すかが検証された.

実験1では従来の誤信念課題に加え,登場人物が明示的に自らの誤信念を発話するような発話付の誤信念課題を3歳児に課した.誤信念発話は終助詞「よね」を使用したものと終助詞なし言い切り形の二つを比較した.終助詞「よね」の使用が話者の発話命題への心的態度(モダリティ)を表現し誤信念がより明示的に示されることで,他者信念がより顕著になると考えられ,「よね」課題において正答率があがることが予測された.実験2では更に自己知識の抑制を促すため,物体が移動された後の知識(物体が何処に移動されたか)を実験的に操作した.結果,3歳児の誤信念理解のためには,自己の知識状態の変化のみではなく,発話により誤信念が明示的に示される必要があった.子供は会話において,他者の視点を特に終助詞を使用して言語的にやり取りすることで,他者信念理解を深めることが分かり,発達における言語使用の重要性が示唆された.

5-3 母子の絵本読み場面における母親の心的状態語の使用について

初海真理子(国際基督教大・教育)

対応者:松井智子

本研究では,母子会話場面において母親は感情,認知状態を表す心的語彙の機能や用いられる文脈の複雑さを,子供の心的語彙産出レベルに合わせ調節していると仮定し検証を行った.

2歳3ヶ月から4歳5ヶ月児51名とその母親,計102名を対象とした.母子には文字のない絵本を見て,絵について自由に会話をする課題が与えられた.会話の中で得られた心的語彙は①語彙の種類(感情状態語,認知状態語),②機能(慣用的表現,心的状態を表す表現,心的状態と現実の対比を表す表現),③対象(子供,母親,絵本の登場人物)の項目においてそれぞれ分類された.

子供の認知状態語彙の使用頻度は3歳以降増加し,子供の使用が開始される約半年前から,母親は認知状態語の使用頻度を増加させていたことが分かった.認知状態語彙の三つの機能に関して,母親は最も高度で使用開始時期が遅い「心的状態と現実の対比を表す表現」のみを,子供の加齢に伴い増加させた.3歳以降,子供は自己のみならず他者の心的状態に関する言及を開始し,それに伴い母親は子供にとって他者にあたる自身の心的状態について言及を開始した.以上の結果より,母親は子供の心的語彙の産出レベルに合わせて自身の心的語彙の複雑さを調節している可能性,さらに子供の心的語彙産出レベルをやや上回るインプットを与えていた可能性が部分的に支持された.

5-4 他者を助ける状況下での幼児の誤信念理解

末永芙美(神戸大・文)

対応者:松井智子

コミュニケーションを成立させるために不可欠とされている他者の意図理解能力を可能にする心の理論の発達初期段階にある3才児は,他者の誤信念を理解できないと報告されてきた.このことは,幼児が1度に2種類の異なる表象に対処できないことに原因があると言われてきた.しかし,最近では3才児の潜在的レベル(目線など)での誤信念理解が示唆されており,また,乳児は18ヶ月頃までにはヒト特有の他者と関わろうとするコミュニケーションの姿勢を持ち合わすようになるとの報告もされている.本研究では「他者を助ける」という状況を与えることで,3才児の潜在的な他者の誤信念理解を促進できると仮説し,実験デザインを構築した.本来は抑制しなければならなかった表象からの情報を他者に伝えることで,他者を助けることができる状況下で,幼児は誤信念理解ができているということが結果として示された.

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