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京都大学霊長類研究所 年報
Vol.37 2006年度の活動
X 共同利用研究
2 研究成果
3-1 各種霊長目における四肢運動機構および咀嚼機構の機能形態学的解析
大石元治, 浅利昌男(麻布大・獣医)
対応者:遠藤秀紀
昨年度は,ニホンザルの肩・肘関節に跨がる12筋肉17部位について筋形状を計測し,筋重量が等しくても,筋束の長さによって筋張力の指標となる筋肉の生理学断面積(PCSA)が大きく変わることを確認した.そこで,今回はニホンザルと比べて樹上傾向が強いと考えられているカニクイザルとの比較を試みた.それぞれ,3個体,左側上肢を用いた.対象とした筋肉は前年度と同じであり,筋重量比,PCSA比を各筋肉(部位)について求め,t検定を行った.結果,筋重量比,PCSA比ともに大部分の筋肉で類似していた.しかし,筋重量比では,カクニイザルの三角筋棘部,中烏口腕筋がニホンザルに比べ大きかった(p<0.05).また,信頼度95%では有意な差が認められなかったが,ニホンザルでは上腕三頭筋内側頭が,カクニイザルでは腕橈骨筋がそれぞれ大きい傾向を示した(p<0.1).PCSA比においては,カクニイザルの方が三角筋棘部と腕橈骨筋について有意に大きい結果となった(p<0.05).今後は,今回認められた差異が,ロコモーションの差異を反映しているかを検討するため,標本数を増やし個体差の影響を抑える一方,地上傾向の強いヒヒ類や,逆に樹上傾向の強いリーフモンキー類などの他の種の観察を進めていく予定である.
3-2 上肢運動の生後発達にともなう脳内神経成長関連タンパクの発現変化
肥後範行(産総研・脳神経情報)
対応者:大石高生
マカクザルの生後発達過程において,手指の巧緻動作の発達は比較的遅く,生後半年以降に成熟することが知られている.第一次運動野から脊髄運動ニューロンへと至る単シナプス性経路(皮質運動神経投射)が生後に形成されることが上肢運動機能の発達の構造的基盤となっていると考えられている一方,脳内神経回路の変化に関してはこれまであまり注目されてこなかった.手指の動作発達の基盤となる脳内神経回路変化を明らかにするために,神経突起の構造変化にかかわる神経成長関連タンパクに着目し,その発現をニホンザルおよびアカゲザルの運動皮質において調べた.その結果,神経成長関連タンパクであるGAP-43およびneurograninの発現は生後2から6ヶ月のサルの運動皮質において一過性に上昇することが明らかになった.発現の上昇は皮質運動神経投射の起始する5層の大型錐体細胞だけでなく,主として皮質間結合を担う3層の錐体細胞においてもみられた.本研究結果は,GAP-43やneurograninの関わる神経回路形成が生後数ヶ月の運動皮質内で生じ,これが手指の巧緻動作が発達するための神経基盤となっている可能性を示すものである.
3-3 完新世ニホンザルとイノシシの形態変異に関する研究
姉崎智子(群馬県立自然史博物館)
対応者:遠藤秀紀
ニホンザルについては,考古資料と現生資料で身体サイズの変異に差異があることが確認された.また,歯周病の出現頻度を検討した結果,上顎よりも下顎で頻度が高く,とくに長野県の第3大臼歯の萠出が完了した個体で多くみられた(155体中11体).
イノシシについては,神奈川,三重,兵庫,広島,岡山,山口,長崎,宮崎に加え,宮城,福島,静岡,岐阜,滋賀,和歌山,大分,鹿児島より得られた頭骨標本の計測・分析を実施した.その結果,本州と九州を比較すると九州のイノシシのほうが全体的に小さい傾向を示すことが確認された.しかしながら,群馬,福島のイノシシが本州集団の中では小さい傾向を示し,大分と鹿児島のイノシシの範囲と若干重なる傾向もみとめられた.これについては,資料の来歴も含めて再検討する必要がある.本州集団の中では静岡,和歌山,広島のイノシシが極めて大きい傾向を示し,とくに和歌山集団には飼育個体群に特徴的な形態が多くみられた.
3-4 霊長類中枢神経の部位別網羅的遺伝子発現プロファイル
佐藤明(理化学研究所・ゲノム科学総合研究センター)
対応者:大石高生
本研究では,霊長類,特にヒトで著しく進化した霊長類大脳新皮質の構造と機能の特異性をゲノム科学的,分子解剖学的,マクロ形態学的に明らかにすることを目的とする.霊長類の脳は,解剖学的・細胞構築学的に,いくつかの領野に区分されており,その機能が規定されていることが知られている.そこで,部位別に中枢神経系での網羅的遺伝子発現プロファイルを取得し,遺伝子発現と脳機能の相関を解析することにより,遺伝子機能と脳機能の関連を明らかにする.
実験には5歳齢前後のニホンザル個体を3頭用いた.脳組織は,深麻酔下で,氷冷生理食塩水で心臓灌流した後,脳組織を摘出し,液体窒素で急速凍結した後,-80度で保存した.一個体につき,前頭前野,第一次運動野,運動前野等を含む各脳組織(8部位xそれぞれ左右.計16サンプル)を採取した.遺伝子発現の解析手段としては,採取保存した組織からRNAを抽出し,DNAマイクロアレイ法である,GeneChip (Affymetrix社製)を用いて,ゲノムワイドな網羅的遺伝子発現解析を,サルの脳各領域について行う.今現在,解析中である.
3-5 ヨザルにおける脊椎湾曲の年齢変化の評価
サチタナンタン・スリカンタ(岐阜大・連合獣医)
対応者:鈴木樹理
Radiographs of the whole body of owl monkeys were taken to evaluate the age changes in spinal curvature. The spinal curvature was determined from the whole body radiographs, using a kyphotic index (KI) as a criterion (Laws and Hoey, 2004). KI, calculated directly from the radiographs, is the ratio of AB/CD, where AB = length of the line marking the distance from 7th cervical vertebra to the sacral promontory, and CD = the distance from AB to anterior border of the vertebral body that is furthest from AB.
The calculated KI of 2.27 for longevous female (aged >30 years), compared to the KIs 4.83 and 5.42, for its progeny (aged 16 yrs) and female grandprogeny (aged 1 yr) respectively, confirmed the prominent spinal curvature.
3-6 霊長類後肢の樹上適応に関する3次元立体画像解析
佐々木基樹(帯広畜産大・畜産)
対応者:遠藤秀紀
霊長類は,様々な生活環境下において地上性,半地上性,または樹上性生活をしている.本研究では,各種霊長類がこのような生活様式に合わせて,いかに後肢の形態と機能を適応させてきているのかを調べるために,CTスキャナーを用いて後肢足根関節の可動域を非破壊的に観察した.今回の研究には,チンパンジーとニホンザルの左後肢を用いた.CT撮影は,脛骨長軸と足底面が垂直な状態,および,その位置から足を可能な限り回外させた状態の2通りの条件で足根関節部位のCTスキャン撮影を行った.さらに,得られたCT画像データを三次元立体構築して,足根関節の可動状況を観察した.CT画像の観察の結果,チンパンジーとニホンザルでは,距踵関節において踵骨が距骨の踵骨関節面を内側方向にスライドし,さらに,距踵中心関節において距骨頭の舟状骨関節面を中心足根骨が下降しながら外転し,また,踵第四関節において第四足根骨が,踵骨の立方骨関節面を内腹側方向にスライドしていた.その結果として足の内側縁が挙上し足底が内側方向を向いていた.そして,この足の回外はチンパンジーに比べてニホンザルの方が若干大きかった.結果から,この2種の霊長類には,木登りに対する足根関節の機能形態学的な適応が備わっているものと考えられる.
3-7 現生哺乳類の雌雄差形質と化石哺乳類への応用
樽創(神奈川県立生命の星・地球博物館)
対応者:遠藤秀紀
頭骨における雌雄差が顕著な種(マントヒヒ)とそうではない種(ニホンザル)について,雌雄差が比較的明瞭に現れる側頭筋に関連する形態と推定される機能を比較した.
形態的な比較は,側頭窩の頬骨弓内を円に近似すると仮定し,その面積を比較した.化石資料では骨格が不完全な場合が多く,頬骨弓は破損しやすいことから側頭上窩の面積を比較した.機能では,筋力は筋の断面積に比例することから,先に求めた2つ面積を筋の断面と仮定し,切歯部と第1大臼歯にかかる力を推定し,比較した.
その結果,頬骨弓内の面積はマントヒヒでは大きな雌雄差が,ニホンザルでは小さな雌雄差が得られ,マントヒヒとニホンザルの雌では,同程度だった.筋力の推定ではマントヒヒ,ニホンザルとも雄から大きな値が得られたが,マントヒヒでは雌雄差が大きく,ニホンザルでは小さく一部が重なる.そしてマントヒヒとニホンザルの雌が生み出す力は,同程度の可能性が示唆された.この点について種,大きさが異なるなかで,雌同士の値が近いことは興味深い.
また側頭上窩の面積から推定した力は,頬骨弓内のほぼ倍の値が得られたが,力の強さの関係は頬骨弓内で求めた関係と近いものであった.
本研究は予察的なものであったため計測ポイント,これまでの研究の調査,比較方法など多くの点でまだ不十分な部分が残されている.
3-8 哺乳類の歯式に関する研究
川田伸一郎(国立科学博物館・動物)
対応者:遠藤秀紀
食肉類における歯列異常を調査する試みとして,愛知県で捕獲されたアライグマProcyon lotorの歯冠および歯根形態を調査した.通常アライグマの上顎第二・第三小臼歯(P2,P3)と下顎第二~第四小臼歯(P2~P4)・第一~第三大臼歯(M1~M3)は近・遠心の二根性である.しかし今回調査した19個体中の若齢個体を除く15個体では,P2,P3,P2,P4,M1,M2の6歯種において,1~2本の過剰根が認められた.歯列の交換程度と比較すると,亜成獣個体において異常の頻度は低く,また上顎より下顎で高頻度であった.最も高頻度で観察されたのはM2で(71.1%),乳歯の交換が完了した個体では1個体を除くすべての個体に発達程度の異なる過剰根がみられた.比較的頻度が高かったP2の場合(21.1%)も,よく発達した四根を持つ個体が一個体あり,この例では歯冠形態も正常なものから逸脱し,頬舌径が広く全体が四角形を呈していた.その他,癒合根を持つ個体も多数みられた.
ヒトでは過剰根は人種によって頻度が異なることが知られており,今後より多くの地域からの標本を観察し,愛知県下で観察された過剰根の多発性を検討する必要がある.
3-9 葉食性リス科齧歯類の生物地理に関する研究:葉食性霊長類との比較生物地理学的解析
押田龍夫(帯広畜産大・畜産)
対応者:遠藤秀紀
日本に生息する代表的な葉食性のリス科齧歯類であるホオジロムササビを対象として,ミトコンドリアDNAチトクロムb遺伝子塩基配列を用いた分子系統地理学的解析を行った.そして,既に発表されているニホンザルの分子系統地理的パターンとの比較検討を試みた.
その結果,両種共に本州北部?東部の集団における遺伝的分化の程度が低く,過去における集団の縮小およびその後の短期間での分布拡大が示された.本州中部?南部,九州,四国においては複雑な系統地理的パターンが見られ,これらの地域には,分化の進んだミトコンドリアDNAハプロタイプが混在することが明らかになった.
本州以南の針広混交林および広葉樹林に適応して生息する樹上性の両種は,更新世に繰り返し生じた氷期におけるこれら森林環境の急激な変遷に伴い,分布域を変化させ,同様の系統地理的パターンを示すに至ったことが示唆された.
なお,本研究の大部分は他の研究助成により遂行されたが,九州産ムササビサンプルの一部を収集するために京都大学霊長類研究所共同利用研究旅費を使用した.
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