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京都大学霊長類研究所 > 年報のページ > 2006年度 > II 研究所の概要 はじめに 京都大学霊長類研究所 年報Vol.37 2006年度の活動II 研究所の概要はじめに2006年度(平成18年度)の研究所の研究・教育ならびに社会貢献の概要を以下に述べます.詳細については,それぞれの報告をご覧ください. 組織としては,教員約40名,大学院生約40名,ポスドク等の研究者約20名,それに事務ならびに技術職員が,常勤ならびに非常勤をあわせて約40名です.大学院生・ポスドク等の約20%が海外からの国費留学生というところに本研究所の特徴があります.フランス,オーストラリア,アメリカ,インドネシア,バングラデシュ,ミャンマー,中国,スリランカと多様な国々です. 合計して約140名の所員に対して,17種約800個体のサル類を飼育しています.これら人間を含めた霊長類が,官林の約3.2ヘクタールの敷地内にひしめいていました.しかし,本年度末にリサーチ・リソース・ステーション(RRS)が新たに善師野キャンパス(第2キャンパス)として発足し,より自然に近い豊かな環境でサル類を飼育する将来が開けてきました. 新たな動きとしては,本年度10月1日より,研究所としては初めての寄附講座(研究所に設置された寄附講座は,正式には寄附研究部門と呼びます)が発足しました.「比較認知発達(ベネッセコーポレーション)研究部門」です.2名の教員が着任しました.人間の認知機能や親子関係の発達の霊長類的基盤を探る研究が,今後さらに推進されるでしょう.国の方針としての,一般運営費交付金すなわち人件費ならびに物件費の抑制が続く中,研究の新たな発展のためには,こうした外部資金の導入が必須です.「京都大学らしい,京都大学でしかできない研究をさかんにおこなっていただきたい」という寄附者の期待に,ぜひお応えしたいと思います. それぞれの研究者が,主として文部科学省の科学研究費補助金等の助成により,ユニークで多様な研究を推進しています.そのほかに多様な受託研究等もあります.そうした個別研究とは別に,大別して3つの大きな事業が研究所全体の事業として継続しています. 第1は,文部科学省の支援する「リサーチ・リソース・テーションによる環境共存型飼育施設(RRS)」の事業です.RRSは,里山の自然を活かしたすばらしい環境でサル類を飼育し,多様な霊長類研究を支援する事業です.現キャンパスから北東2kmの場所で,東海自然歩道の通る愛知県と岐阜県にまたがる丘陵地帯の山すその里山に位置します.名鉄の保有する約70ヘクタールの山林のうち,南の山すその約10ヘクタールを利用して緑豊かな環境での飼育をめざしました.里山の林をフェンスで囲っただけの簡素なつくりです.自然に近い環境でニホンザルが暮らしています.放し飼いにしている場内があまりに広いので,どこにサルがいるかすぐには見えません.旧来の飼育方法の常識を破る,日本から発信するユニークな飼育形態といえるでしょう.2場で1式となる運動場を用意し,「移牧」あるいは「交牧」とでも表現すべきでしょうか,一方の運動場でサルを飼育し他方は休ませて緑を回復させます.そうした屋外運動場形式の飼育と平行して,受胎日を調整し父親を選別するための計画的出産の必要上,グループケージ方式で飼育する育成舎も造りました.またユニークな試みとして,1500tの排水貯留槽を設け,いっさいの排水を場外に出しません.浄化した水をポンプアップして場内に散水し蒸散させるシステムです.雨水さえも2000tまで調整池にいったん貯め置きます.RRSは,新しい理念である「環境共存型飼育施設」をめざした事業です.まず2005年度に措置された施設整備費で,善師野に第2キャンパスが整備され,約10ヘクタールの土地でニホンザルの繁殖供給事業を推進する施設が整いました.ついで2006年度から5か年計画で,特別教育研究経費事業(戦略的研究,拠点形成型)として,RRS事業が認められました.なお,このRRS事業は,国の推進するナショナル・バイオリソース事業(RR2002)の一環であるニホンザル・バイオリソース・プロジェクト(略称NBR,拠点機関は生理学研究所,伊佐正代表)と連携した事業です. 第2は,日本学術振興会の支援する「21世紀COEプログラム」事業である,「生物多様性研究の統合のための拠点形成」(代表者:佐藤矩行,京都大学-A2)です.霊長類研究所はそのすべてが,大学院教育においては,理学研究科生物学専攻の一員であり,その協力講座と位置づけられています.つまり生物科学専攻の4つの系,動物学・植物学・生物物理学・霊長類学,の一翼を担っています.その生物科学専攻が,全体として21COE拠点に採択されています.本拠点は,京都大学の伝統である野外生物学研究と最近発展のめざましい分子生物学研究を統合して,世界最高レベルの研究を推進し,「生物多様性科学」という生物学における基盤的な「知の体系」を構築するととともに,ミクロ生物学とマクロ生物学の有機的な統合体系のもとで大学院教育を推進することを目的としたものです.2006年度は5年間のプログラムの最終年度でした.なお,後継事業であるグローバルCOEプログラムの審査があり,「生物進化と多様性研究のための拠点形成―ゲノムから生態学まで」(代表者:阿形清和)という事業が,2007年度から新たに5年間継続することになりました. 第3は,日本学術振興会の先端研究拠点事業で,「人間の進化の霊長類的起源(HOPE)」という国際連携研究を目的としたものです.HOPEは,先端研究拠点事業としての第1号の採択です.2003年度末(2004年2月)に,日本学術振興会とドイツのマックスプランク協会のあいだで研究協力の覚書の交換がおこなわれました.それを基礎として,京都大学霊長類研究所とマックスプランク進化人類学研究所の共同研究としてHOPE事業が開始されました.2年間の拠点形成型を経て,2006年度から3年間は,国際戦略型に移行して継続しています.現在では,アメリカのハーバード大学人類学部等,イギリスのケンブリッジ大学人類学部等,イタリアの認知科学工学研究所等との連携もできて,ここに日独米英伊の先進5か国による,霊長類研究の国際連携体制が整備されました.このHOPE事業の特色としては,全国共同利用の霊長類研究所が拠点となって,京都大学のみならず全国の大学その他の研究機関に属する者を支援し,共同研究,若手研究者派遣,国際集会の開催をおこなっていることです.また,野生ボノボや野生オランウータンの研究など,多様な海外調査も支援してきました.2006年度には,HOPE国際シンポジウム「人間の進化の霊長類的基盤」を名古屋で開催しました. 以上,こうした3つの時限の大型プロジェクトと平行して,霊長類研究所の本務である「全国共同利用」研究もさかんにおこなわれました.自由課題と推進課題と施設利用という,研究所が戦略的にとってきた3種類のユニークな区分にしたがって,本年度も多くの研究者を全国から募り,多様な霊長類研究を推進しました.共同利用研究会も例年どおり活発におこなわれています.また,総長裁量経費その他のご支援を得て,ギニアのコナクリで,ボッソウ野生チンパンジー研究30周年記念国際シンポジウムを開催いたしました.ボッソウでは,杉山幸丸元所長が開始した野外研究が30年間継続しています. 研究所全体が取り組む新たな事業として,「野生動物研究センター(仮称)構想」を将来計画委員会と協議員会で検討を重ねています.これは,ニホンザル野外観察施設の改組拡充を中核として,①自然の生息地での野生動物保全を推進し,②大学と動物園やサンクチュアリとの提携をすすめ,③野生動物保全学,動物園科学,人と自然の共生学,といった新しい研究領域を開拓する試みです.「ひと科4属の共生を中心とした野生動物保全研究」と題した特別教育研究経費(連携融合)の事業を,2008年度(平成20年度)からの概算要求として新たに掲げました. 大学院教育は,生物科学専攻の協力講座として粛々と執りおこなわれています.教育の成果として6つの博士学位を授与しました.論文博士3件,課程博士3件です.学部教育には,全学共通科目として「霊長類学のすすめ」(京都開催)「霊長類学の現在」(犬山開催)という2つの講義科目のほか,新入生のためのポケットゼミナール(少人数ゼミ)も2つ提供しています. 社会貢献としては,犬山で開催する公開講座と市民公開日,東京で開催する東京公開講座に加えて,2007年度からは創立40周年を期して京都公開講座もおこないます.学部学生向けには,オープンキャンパスを開催しています.また,インターネットを活用して,さまざまなデータベースの公開と,ホームページの充実をおこなっています.この年報も,後述する「外部評価報告書」も,すべてPDF化されて公開閲覧に供しています.また,和文のパンフレットを改定増刷するとともに,広報委員会が新たに3つ折の簡易版の研究所紹介リーフレットを作成しました. 2006年度に特別な動きとして,京都大学の17部局(研究所・研究センター)の代表世話役部局を霊長類研究所が勤めました.その役割の一端として,京都大学に附置されている研究所や学内の研究センターの広報のための一般公開セミナーをしました.2007年3月に,第2回「京都からの提言」と題して,大阪で開催しました.また,吉田地区の旧官舎を改修して,2階建ての民家なのですが,「吉田泉殿」と命名した連携交流拠点を作りました.2007年7月1日から全学の利用に供されます.当面は研究所群の負担で運営しますが,全学の教職員が利用する施設です.畳の部屋で自由闊達な議論が進むことをめざしています.また時計台に,松下電気のご好意を得て大型液晶パネルを設置し,研究所・研究センターの紹介・案内ができるようになりました. 研究と教育以外の変化についても言及します.学校教育法の改正に伴い,2007年度当初から教員の制度が変わりました.従来の教授,助教授,助手という職階の呼称が改められました.本研究所では,従来のものが教授,准教授,助教という職階に移行しました.2006年度の協議員会では,助教の人事を凍結して議論を積み重ね,教員制度の将来像を検討しました.その結果,新たに導入する助教については,2007年度採用以降は,任期制を導入することに決定しました.任期7年,再任は1回のみで5年です.こうした任期制導入に伴い,再任審査の手続きも整備しました.また教員人事の進め方についても従来の方式を改めました.外部の運営委員も参加する人事委員会を構成し,その委員会に原案作成を付託する方式です.なお,運営委員会それ自体についても規約を改定し,外部の研究者コミュニティーの声をさらに広く収集できるような体制に改めました. この年報それ自体を自己点検評価報告書と位置づけていますが,別途,「外部評価報告書」を本年度末に作成し公表しました.外部評価報告書の出版公表としては10年ぶりのことになります.そこでは,この10年間の研究と教育について実証的な資料を提示し,それをもとに約20名の外部評価委員の皆様にご意見をいただきました.貴重なご意見を賜った皆様方に厚く御礼申し上げます. 2007年6月1日の創立40周年記念に向けて,出版・講演会・同窓会名簿の整備等を企画推進しました.とりわけ全教員が分担して執筆した「霊長類進化の科学」(京都大学学術出版会)が上梓されています.霊長類学の研究の最前線を,正確にかつわかりやすくまとめた書物です.ぜひ手にとってごらんいただきたいと思います. すでに述べたように,本年度は,リサーチ・リソース・ステーション事業により新たな建物が竣工しました.この施設は,研究所としては1995年3月竣工の類人猿行動実験研究棟(約2500平米)の新営以来の大掛かりな施設です.自然の里山の景観と環境を生かして,研究用のニホンザルの繁殖育成と多用な研究の推進を企画しています.いわばRRS発足の記念すべき年度ですので,本稿の以下においては,その竣工に到るまでの経過の概略を述べ,記録に留めたいと思います. RRSの実現には1967年の研究所創設以来の多年の努力がありました.1969年に,サル類保健飼育管理施設が創設され,自家繁殖体制を確立するために,特に実験利用が多いと想定されたニホンザルとアカゲザルを中心に野生由来個体の導入がおこなわれました. 1980年代初頭に,研究所は自家繁殖体制をすでに確立しました.1981年には年間100頭の研究用個体の供給を果たしています.1986年,「サル類の飼育管理および使用に関する指針」を自主的に策定しました.この種のガイドラインとしては全国に先駆けたものであり,他の学会等のガイドライン策定の手本となりました.その後2002年には「飼育サル用ガイドライン」として改訂しています. こうした実験動物としてのサルの利用と平行して,1989年には,野生サルの研究利用に関する指針も策定しています.「野生霊長類を研究するときおよび野生霊長類を導入して研究するときのガイドライン」です. RRS事業の主要な経過をまず概説します.1993年3月,最初の候補地である犬山市郊外の今井パイロットファームの土地利用を犬山市と交渉し始めました.久保田競所長の在任時期です.その後,候補地は今井パイロットファームから,東大演習林,そして現在の善師野地区小野洞に変わりました.杉山幸丸所長(1995-1998年度)の在任4年間のご尽力により,RRS事業推進の核となる組織,「人類進化モデル研究センター」が1999年度に発足しました.その発足と同時に小嶋祥三所長(1999-2002年度)が就任しました.小嶋所長は,この新センターを核として,現在のかたちとなるRRS事業の青写真を作り,その推進の種を撒いて育てました.茂原信生所長(2003-2005年度)の時代になって,実際にRRSの施設整備費や,事業費である特別教育研究経費が措置されて,RRS事業が現実に動き始めました.そうして2006年度末の竣工を迎えたわけです.歴代の所長と所員各位のご尽力があって完成しました. 以下では,RRS事業の経過を詳述し記録に留めます.1993年3月に,「犬山サルの森構想」について犬山市と最初の交渉が始まりました.話し合いの結果,それまでほぼ無縁であった霊長類研究所と犬山市との連携をまず深めようということになり,1993年7月21日,犬山市の図書館に「サル文庫」が発足しました.全国でもきわめて珍しい,霊長類の書籍のみを収集した蔵書コーナーです.そのほかに,地元の小学生を研究所に招いての講義や,市民公開日や,市の主催する講演会への講師派遣などが実現しました. その後,研究所では1994年7月に「所外の土地利用の将来構想を考えるワーキンググループ」を将来計画委員会のもとに発足させました.そこで10回の審議を重ね,1995年3月の協議員会で最終案を取りまとめました.「京都大学霊長類研究所フィールドステーション(FS)構想」です.犬山市郊外に大規模な放飼場を建設する計画です.すでに霊長類研究所は,創設以来,サル類の自家繁殖の体制を確立してきました.つまり野生のサル類を保護しつつ,飼育下で繁殖した個体のみを実験研究に供する体制です.しかし,急速な宅地化がすすみ,約3.2ヘクタールの現在地で,当時25種類800頭近いサルのなかまを狭隘な施設で飼育せざるをえない状況でした.動物福祉の理念にそって快適な環境でサル類を飼育する限界に近づいている,という認識でした.ワシントン条約で,人間以外の霊長類はすべて,絶滅の危機に瀕しているか,そのおそれのある野生動物と規定されています.また,霊長類は,哺乳類のなかではめずらしく,木の上でくらすようになったものたちです.人間の福祉向上のために彼らの命をいただくことはやむをえないとしても,自然の野山に近い,広々とした環境で健康なサルを飼いたい.本来の暮らしをさせてはじめて,多様な霊長類研究が展開する.そういった認識をもとに,犬山市郊外の「今井パイロットファーム」約100ヘクタールを候補地とした当初構想を立てました.なお,霊長類研究所と犬山市の連携のシンボルとしての市立図書館「サル文庫」は,14年後の今日も続いています. 1995年4月,共同利用研究の所外無償供給事業が開始されました.所内では遂行できない共同研究に限り,実験用にサルを所外に供給(貸与)する体制が整備されたわけです.当初は年間3頭の供給でした.その後,年間10-20頭規模に拡大しました. 1996年から,来たるべき1998年度概算要求を目標として,施設の名称変更を伴う組織整備と,今井の土地取得,その両方をめざしました.実際には組織の要求を先にすべきであるという本省と大学本部の指導があって,1999年4月に,RRS推進の核となる研究組織が整備されました.それまで「サル類保健飼育管理施設」という名だった実験動物の付属施設が,拡充改組されて,教授2名・助教授1名・外国人客員教員1名が純増され,現在の「人類進化モデル研究センター」が新たに設立されたのです.新センターは,従来の飼育霊長類すなわち「旧世代ザル」とは一線を画した「新世代ザル」の育成を目標に掲げました.本来の発想であるフィールドステーション構想に添った施設を建設し,自然に近い環境で親やなかまと暮らしつつ,一方で,その遺伝的特性や生理的特性が明確に把握され,多様な科学研究の基盤となるサル類,それが「新世代ザル」という理念です. 2000年11月,日本霊長類学会から捕獲した野生ニホンザルの実験利用について声明が出されました.「当面は,実験利用はやむをえないが,長期的には飼育下繁殖体制の確立が必要である」というものです. 2000年12月,「サル・ネット」の最初の準備会がありました.サル類の実験研究利用を推進する研究者のネットワークです.これがのちのニホンザル・バイオリソース・プロジェクト(NBR)の母体となるものです.科学研究費「統合脳」から支援を得て,関係者が集合しました.杉山前所長,小嶋所長,松林センター長はじめ所外の研究者など関係する方々が一堂に会して,繁殖施設の建設とそれまでの暫定措置について議論し協力を約しました. 2001年2月,RRS計画(今井と東大演習林)の概算要求が初めて本省に行きました.しかし,この大きな構想に対して,学術機関課およびライフサイエンス課ともに厳しい意見でした. 2002年3月,研究所は今井で計画したフィールドステーション構想を,新たに発足した人類進化モデル研究センターによって推進していたのですが,そこに生命科学の研究の基盤整備をめざす「ナショナル・バイオリソース」計画(RR2002)がもちあがりました.ニホンザルをそのバイオリソースのひとつとして位置づけ,生理学研究所を中核機関として文部科学省に申請する計画です.生理学研究所の伊佐正,東大の宮下秀樹のご両名がその計画の中核で,霊長類研究所にも応分の協力が求められました.生命科学の研究の基盤整備に国が動き始め,日本神経科学会,日本生理学会,日本霊長類学会などから日本学術会議や総合科学技術会議へ出された要望を受けて,ニホンザルの繁殖供給がその候補として動き出したのです. 2002年4月,RRSの基本構成計画(2004年度概算要求への基本説明資料)ができました.RRSでは新しい価値をもった研究用サル類の創出育成とその基礎研究をおこなうという目標です.当時の研究用サル類の保有頭数20種約800頭,繁殖頭数約120頭でした.それを最終的にほぼ2倍の規模(保有頭数1600頭,繁殖予定頭数250頭)にすることを計画しました.このうち約350頭は,日常的に実験に使用するために官林キャンパスに残します.したがってRRS計画のうち,新たな取得土地で保有するのは,差し引き1250頭になります.繁殖予定頭数250頭のうち,半数を超える頭数を所外供給する予定でした.種別の保有個体数も明記されました.つまり,研究所の研究用サル類保有の将来構想です.原猿(ワオキツネザル)20頭,新世界ザル3種(フサオマキザル,リスザル,ヨザル)60頭,小型新世界ザル2種(マーモセット,タマリン)40頭,特殊病原体フリー(SPF化)を果たしたマカク2種(ニホンザル,アカゲザル)300頭,オナガザル10種500頭,小型類人猿(テナガザル)2種12頭,大型類人猿(チンパンジー)20頭です.そのほかに,実験用グループケージで飼育するもの(マカクザルを主として各種)300頭,という全体計画でした. RRSは,霊長類研究所の多年にわたる独自構想です.それに対してNBRは,国の推進する生命科学研究の基盤整備の事業です.それが2002年度から,ある意味で緊密に連携を取りながら進んできました.RRSの側からいうと,まず研究利用のニーズの高いニホンザルから整備していこうという計画です.①国の推進する実験動物としてのニホンザルの繁殖供給事業と,②霊長類研究所が多年にわたって実践してきた自家繁殖の技術と,③人類進化モデル研究センターを推進の核として「新世代ザル」を育成したいという研究所の理念という,3つの流れが時機をえて融合したのが,リサーチ・リソース・ステーション事業だといえるでしょう. 幸い,文部科学省ならびに京大本部の各位のご理解と努力があって,2003年度に現在のRRSの原型となるパイロット事業が研究所敷地の北隣の借地で,第4放飼場と第5放飼場として始まりました.環境共存型屋外飼育施設を試験的に建設する,東大演習林との共同研究です.2003年10月9日には,RRSに関する所員説明会を,全所員を招集して実施しました.「RRS計画は研究所の独自の概算要求計画で,研究所が維持してきた20種800個体の多様なサル類の将来計画である.一方,NBRは,岡崎生理学研究所が中核機関となっている国のライフサイエンス支援事業である.NBRの預託を受けて,霊長類研究所はニホンザルの繁殖供給事業を,RRS計画の一環としておこなう.NBR事業をおこなっても,所員ならびに共同利用研究員の使うサル類については引き続き無料とする.RRS計画は,善師野地区小野洞で展開する第2キャンパス構想として実現する」というものです.この所員集会での説明で示された構想が,現在の事業方針にそのまま受け継がれています. 2004年度の国の予算として,特別研究充実設備費が措置され,RRS事業を推進するために必要な基盤整備として,検疫舎の改修その他の官林地区の整備をおこないました.パネル型の建材を組み合わせた新方式のニホンザルの屋外運動場や,多目的研修室も整備されました.そして,年度末の2005年3月には,NBRの預託を受けたニホンザル供給のため,最初の母群導入を果たしました.同時に,2年間にわたる東大演習林との共同研究の成果を「サルと森との共生条件」として出版しました. その2005年3月の協議員会で,以下の重要事項を報告し承認されました.①2005年度予算で5億3千万円の施設整備費がついた(敷地造成,管理棟1,育成舎1,連結式放飼場2の建設費用).②名鉄との土地交渉が2005年度に始まる20年間償還で妥結した.③施設環境部が善師野地区小野洞の南10ヘクタールの調査に着手した.④NBRへのニホンザル供給は,現在の要求どおりの施設ができたとして,年間100頭程度となる(所外供給するニホンザルはすべてNBRを窓口とする.所内と共同利用は従来どおり無料とする).以上の重要事項であり,その骨組みは今も受け継がれています. 犬山市の全面的な支持と協力を得て,地元への説明会を真摯に積み重ねた結果,最終的にそのご理解を得ることができ,翌2006年5月に本格的に着工の運びとなりました.まる1年間をかけた環境調査で,工事予定地の里山の谷筋には,ギフチョウの食草であるカンアオイの生えていることが確認されていました.そこで,人類進化モデル研究センターの景山・松林両教授をはじめとする職員の手で,着工前に,その一本一本をていねいに上流部に移植しました.鹿島建設をはじめとする建設に携わってくださった方々は,限られた時間のなかで懸命な作業を続けてくださいました.そして,2007年3月,ようやく竣工を迎えることができました. それと平行して,本年2006年度からはじまった特別教育研究経費(平成18-22年度計画)によって,RRS事業はその研究・教育・社会貢献の真価が問われる段階になりました.RRS事業は,歴代の所長をはじめとした協議員各位,そしてそれを支えてくれた多くの事務職員・技術職員の方々,さらにはその業務を補助してくださった非常勤職員の皆様方の力を結集して成し遂げられました.文部科学省,京大本部,研究所,それぞれの場所でたくさんの方々が永年にわたって支援してくださってできました.そのことをここに銘記したいと思います. 近年,サル,クマ,シカといった森の動物たちが人里に降りてきて,悪さをするという話をよく耳にします.「有害鳥獣駆除」という名のもとに,昨年度は5千頭を越すクマが捕獲されました.一部は山に返されましたが,4千頭を超える数のクマが撃ち殺されています.じつはサルも,毎年1万頭もの野生ニホンザルが捕殺されています.いわゆる猿害で頭を悩ませる行政にとって,捕獲したサルの実験利用は,ある意味で,ありがたい解決です.サルの命をむだにしなくてすみます.研究者は無料でサルを手に入れられます.でも,そうした駆除と利用の構造を許すと,野生のサルの暮らしを守る保証がなくなります.人間の側のいわば勝手な論理で,際限なく駆除されるおそれがある.実際,貴重な地域の群れが全滅する可能性も指摘できます.また研究者の側にとっても,いつ生まれたのか年齢さえわからない,親が誰かも定かでない,しかもどのようなウイルスや細菌に感染しているかわからない,そうしたサルを扱う危険から逃れられません. RRSは,ニホンザルの実験研究のための利用を下支えしつつ,野生の群れに決定的なダメージを与えないように配慮する,ひとつの人間の知恵だと思います.これが最終の根本的な解決ではないでしょうが,人間の福祉向上に必須な生命科学や神経科学その他の研究を推進しつつ,野生のニホンザルの保全を考えていくうえで,ひとつのモデルとなるユニークな事業だと思います. 京都大学の理念は,「地球社会の調和ある共存」です.リサーチ・リソース・ステーションの第1期工事の竣工は,日本人とニホンザルの共存に向けたささやかな一歩だと思います.これからも,人間にとっても,サルたちにとっても,よりよい未来が開けるように努力していく所存です.ニホンザルを端緒として,チンパンジー,テナガザル,オマキザルなど,人間以外の霊長類の保全と福祉の向上にさらに努めてまいります. 以上をもって,2006年度の研究所の活動の概要報告といたします. (文責:松沢哲郎) このページの問い合わせ先:京都大学霊長類研究所 自己点検評価委員会 |