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京都大学霊長類研究所 > 年報のページ > 2005年度 > X 共同利用研究・研究成果-施設利用 11~21

京都大学霊長類研究所 年報

Vol.36 2005年度の活動

X 共同利用研究

2 研究成果 施設利用 11~21

11 チンパンジーの事物認識と社会的認識

小椋たみ子(神戸大・文)

対応者:松沢哲郎

チンパンジーの事物認識(手段―目的関係の理解)及び,社会的認識と事物認識の両方の認識が関与すると考えられる模倣,ふり行動について,アイ-アユム,パン-パル,クロエ-クレオの母子3組を対象として構造化された場面での観察を行った.手段―目的関係の理解は,Uzgiris & Hunt(1975), Dunst(1980)が作成した9課題及び変形課題を実施し,解決方法と解決時間の分析を行った.手段―目的関係の理解第Ⅵ段階の試行錯誤なしの予見による解決(頭の中での内的思考過程で手段行動を発明)を,成体は3回に2回の割合で行なった.子どもは,ほぼ4歳において解決法,解決時間において成体の解決に至った.穴が詰まっている予見課題は成体で1個体以外困難であったので知覚的,操作的に容易な課題で実施した結果,成体は全員予見が可能であった.この課題でも子どもは,4歳前後に可能となった.ヒト乳児が1歳半から2歳に獲得する心的表象の結合による課題解決を,チンパンジーは,ほぼ4歳で行った.模倣についてはチンパンジーが有する行動シェマの模倣は3成体とも行った.子どもは5歳前後においても事物の慣用操作,模倣は生起しなかった.象徴機能の発達と手段―目的関係の理解の発達のズレがチンパンジーでは大である.

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12 マハレ山塊のチンパンジーの音声行動に関する映像音声資料の分析

保坂和彦(鎌倉女子大・児童)

対応者:M.A.Huffman

今年度は,マハレにおける約1ヶ月の現地調査を実施し,チンパンジーの音声行動に関する新しい資料を収集した.161時間の行動観察資料には50時間の映像音声資料が含まれる.これを利用して,次のような分析調査を進めているところである.第一に,チンパンジーが「恐怖」の情動表出として発すると考えられるhoo callを二事例について,映像音声記録することができた.いずれも同所的大型捕食動物であるヒョウの存在と関連して発せられたものと推測できる.第二に,今回,個体追跡対象とした2個体は,12~14年前と5年前の野外調査においても,音声行動の記録を行っており,成長・加齢あるいは社会的地位の変化に伴う,音声の種類による発声頻度の変化,音響的特徴の変化を調べることが可能である.フィールドで得た印象としては,いったん成熟した個体の音声は観察者の耳でも容易に判別できるほど特徴があり,他個体がこれを認知し,社会的情報として利用している可能性がきわめて高い.今後,チンパンジーが個体認知の手がかりとして利用する音声特性の候補を音響学的に調べ上げ,野外における検証の作業へとつなげていきたい.

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13 チンパンジーおよびニホンザルにおけるカテゴリ的認知の発達に関する実験的研究

村井千寿子 (玉川大・学術研究所)

対応者:田中正之

人工保育で飼育された5歳のニホンザル2個体を対象に,彼らが2歳以前に経験した対象を記憶しているかどうかについて実験的に調査した.実験には被験体の注視反応を指標とした選好注視課題を用いた.実験に際し,被験体は一切の訓練を受けなかった.実験中,被験体が過去に経験した既知な対象(場所・同種他個体・ヒト養育者)と,経験したことのない新奇な対象(場所・同種他個体・ヒト)のカラー写真刺激が1枚ずつモニタ上に呈示され,刺激呈示中の被験体の注視反応が記録された.既知対象の写真はすべて,被験体が乳幼児当時に撮影されたビデオ記録から作成した.もし,被験体が過去に経験した対象を覚えていて,それらを新奇対象と区別するのであれば,被験体の注視反応は既知対象・新奇対象間で異なると予想される.分析の結果,両個体において,新奇対象に比べ既知対象に対する有意に長い注視時間がみられた.つまり,被験体が既知対象と新奇対象とを区別し,既知対象への有意な選好を示したことがわかった.これらの結果は,ニホンザルにおける自発的な対象弁別ならびに対象に関する長期再認記憶の可能性を示唆するものといえる.

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14 霊長類乳児における生物学的運動の認識と複数間隔様相を統合した種概念

足立幾磨(京都大・院・文)

対応者:友永雅己

これまでに,マカクザル乳児の生物学的運動認識の発達を,彼らの生育環境と生得的要因を軸に分析をしてきた.その結果,被験体は,豊富な視覚経験量をもつ動物種の生物的運動を認識し,さらに同種の生物的運動認識は,異種であるヒトの生物的運動認識よりも早期に発達することが示された.

本年度は,期待違反法を用い,マカクザル乳児が,視・聴覚情報を統合した種概念を形成するのかを分析した.まず,同種あるいはヒトの音声を呈示し,その後一致する/しない顔写真を呈示した.もし,被験体が音声を聞いた際にその種を同定し,その視覚情報をも想起するならば,音声と一致しない写真刺激が呈示された場合には期待違反が生じ,視覚刺激への注視時間が長くなると考えられる.実験の結果,同種と豊富な接触経験を持ち,ヒトとは接触経験が少ない放飼場群は,同種のみについて視・聴覚情報を統合した概念を形成していることが示された.また,当該の概念が,1月齢までには形成されていることがわかった.一方,ヒトとも豊富な接触経験を持つ個別ケージ群では,両種の視・聴覚情報を統合した種概念を形成していることが示された.今後,両群の視・聴覚情報を統合した種概念の発達的変化を詳細に分析し比較する必要があろう.

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15 T細胞分化過程におけるレトロウイルス感染と分化異常の解析

速水正憲,伊吹謙太郎,元原麻貴子,斎藤尚紀,深沢嘉伯(京都大・ウイルス研・霊長類モデル研究領域)

対応者:松林清明

レトロウイルス感染の胸腺細胞分化・増殖過程に及ぼす影響を,供与された正常アカゲザル胸腺(1ヶ月令,1頭)とxenogenic monkey-mouse fetal thymus organ culture (FTOC) systemを用いて解析した. 昨年度の解析と同様にサル/ヒト免疫不全キメラウイルス(SHIV)をこの systemに加えると,immature thymocyte (CD3-/4-/8-)からmature thymocyte (CD3+/4+/8+)への分化・増殖が,ウイルスを加えない場合に比べて50%以下に抑制された.しかしながら,FTOC上清中にはウイルス複製を示す逆転写酵素活性の上昇やウイルス抗原は検出されなかった事から,CD3-/4-/8-群でウイルスは増殖出来ない事がわかった.このことは,胸腺細胞の分化・増殖の抑制はウイルスの感染・増殖によるものではないことを示唆している.今後さらに例数を増やし再現性を確認すると共に,どの様なメカニズムで分化が抑制されるのか,さらに詳細に検討していきたい.

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17 霊長類のエネルギー節約遺伝子

竹中晃子(名古屋文理大・健康生活)

対応者:中村伸

エネルギー節約遺伝子はエネルギー消費を抑制する変異を有する遺伝子でアドレナリン受容体遺伝子,脱共役タンパク質遺伝子などが知られている.日本人では約3割がβ3アドレナリン受容体変異をもつために200kcal/日のエネルギー消費が抑制され肥満症を引き起こす原因となっている.日本人の頻度調査とそれに基づいたテーラーメード医療を行っている吉田俊秀氏を17年度バイオメディカル動物モデル研究会に招聘し,一塩基変異により引き起こされる肥満症の実情を認識することができた.ノルアドレナリンがβ3アドレナリンレセプターに結合すると白色脂肪細胞から脂肪酸が遊離され,その刺激により褐色脂肪細胞にある脱共役タンパク質が作動し,ミトコンドリア電子伝達系における酸化的リン酸化とATP産生との共役を切るため,エネルギーはATPに蓄えられずに熱エネルギーとして発散される.しかし,アドレナリンレセプターあるいは脱共役タンパク質に変異があると熱エネルギーとしての発散が抑制され,消費エネルギーが減少し肥満につながる.

ニホンザルのDNA試料を用いてPCR法によりβ3アドレナリン受容体遺伝子領域を増幅,制限酵素MvaIにより切断したところ,ヒトと同様正常遺伝子では切断された.現在変異個体を見出すため例数を増やして検討中である.

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18 耳鼻咽喉科・頭頸部外科手術から見たサル頭蓋の比較解剖的研究

角田篤信(東京医科歯科大・耳鼻咽喉)

対応者:茂原信生

はじめに:斜台や蝶形骨洞に代表される頭蓋底や顔面深部領域は頭部の最も深い部位に存在し,外科手術に際しては解剖学的な十分な検討が必要である.そこで,系統発生が手術アプローチなどに与えている影響をサルなどの頭蓋骨を用いて検討した.

方法:頭蓋を側方から観察し,最小自乗法を用いて頭蓋全体の中心点を計測.計測された頭蓋中心と顔面深部との位置関係を検討した.さらに底面から観察し,顔面深部にあたる領域が側方から診てどの深さに存在するかを検討した.

結果:ヒトではほかのほ乳類,さらに霊長類に比べて表情運動や構音機能の重要性から顔面皮切や顔面神経機能の保護が重要となってくる.それに適した手術アプローチとしての皮弁形成は頭蓋の形態に影響され,冠状切開やFacial dismasking approachはヒトにのみ適応可能な皮弁作成法と考えられた.また,ヒトでは下方からのアプローチが不利な反面,前方や側方からのアプローチが有利と推察された.

結論:これらの検討から,顔面深部手術においてはヒトの特徴である大脳化や咀嚼筋の萎縮と深い関連があり,ヒトに有利であったり,ヒトにのみ適応できる手術アプローチが存在することがわかった.それらは進化とともに現れてきた傾向と考えられた.

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19 EHV-9のコモンマーモセットにおける病原性

柳井徳磨,児玉篤史(岐阜大・応用生物)

対応者:後藤俊二

EHV-9は,トムソンガゼルの集団脳炎例から分離された新種のウマヘルペスウイルスである.EHV-9が家畜などにおいてエマージング感染症を引き起こす可能性が示唆されたが,ヒトを含めた霊長類における病原性は未だ明らかではない.そこで,真猿類に属するコモンマーモセットを用いて,EHV-9の感染実験を行い,その病原性を検討することにより,霊長類に対する病原性について考察した.コモンマーモセット4匹にEHV-9(106pfu・1ml)を経鼻接種し,臨床症状を観察,剖検を行った.EHV-9を接種した全ての個体で,2日目から食欲低下,3日目から高度な沈鬱がみられた.接種後4日目には神経症状を示し,昏睡に陥った.組織学的には,接種した全例で,ウイルス性脳炎が認められた.脳炎は,神経細胞の変性・壊死およびヘルペス様封入体の形成を特徴とし,嗅球および梨状葉おいて認められた.脳病変は生存期間が長かった個体ほど広範囲に認められ,特に嗅脳において高度であった.免疫組織学的には,変性した神経細胞,嗅上皮および嗅腺上皮にEHV-9抗原に対する陽性反応が認められた.接種個体全例の嗅球および大脳からEHV-9が分離され,EHV-9特異DNAが検出された.今回,EHV-9がコモンマーモセットに劇症脳炎を引き起こしたことから,EHV-9の霊長類における病原性が示唆された.

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20 ニホンザルにおける回顧的推論の検討

川合伸幸(名古屋大・院・情報科学)

対応者:正高信男

ニホンザルが,新たに獲得した情報に基づいて,それ以前に獲得した情報が冗長であるときに,その情報を捨て去るか(すなわち回顧的な判断を行うか)を調べるための予備的検討をおこなった.回顧的推論に関する研究は通常2つの訓練段階で構成される.第1段階は2つの刺激要素(属性)で構成される複合刺激が同時に強化の信号となり(AX+),第2段階でそのうち一方だけが強化されて(A+),テストで他方の刺激要素(X)への反応が,複合刺激での強化子しか受けていない統制群に比べて弱くなるかがテストされる.これを検討する前に,第1段階と第2段階を逆にした手続き,つまり,いわゆるブロッキング現象が生じるかを調べた.H16年度で行った実験では,選択刺激として3次元のオブジェクトを使用していたため,刺激に対する反応の偏りが生じたのと,カウンターバランスに不備があったため,H17年度はそれらを解消するデザインと2次元の刺激を用いて実験を行った.その結果,ブロッキング現象が確認された.続いて,同様に2次元の刺激を用いて,サルが回顧的推論を行うかを検討した.その結果,これらの刺激を用いても,刺激に対する反応の偏りが生じ,明瞭な結果は得られなかった.その理由として,第1段階で2つの刺激要素が同時に強化されるので,一方の要素に対する無条件性の反応率の高さがそのままテストに反映されたと考えられる.

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このページの問い合わせ先:京都大学霊長類研究所 自己点検評価委員会