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京都大学霊長類研究所 > 年報のページ > 2005年度 > X 共同利用研究・研究成果-自由研究 1~10 京都大学霊長類研究所 年報Vol.36 2005年度の活動X 共同利用研究2 研究成果 自由研究 1~101 ニホンザル四肢長骨組織形態の加齢変化に関する研究澤田純明(聖マリアンナ医科大・医・解剖) 対応者:國松豊 霊長類の骨組織構造の変異と加齢変化を明らかにするため,ニホンザルとアカゲザルの四肢長骨を材料として,骨幹部横断面における皮質骨組織形態を調査した.本課題は2004年度からの継続研究である.2004年度に霊長研で代表者らが作成したニホンザル8個体とアカゲザル10個体の骨格標本から,左右の上腕骨・橈骨・大腿骨・脛骨の骨幹部を試料として摘出した.試料は,硬組織切断機で厚さ70μmに薄切し,非脱灰非染色標本としてプレパラートに封入した.検鏡は光学顕微鏡で行ない,二次オステオンの密度と面積,完形の二次オステオンの面積,一次骨と二次骨の総面積を計測した.また,今年度新たに幼齢から成体までのニホンザル5個体とアカゲザル7個体,カニクイザル2個体を解剖し,四肢長骨を摘出した.現在これらの四肢骨標本を晒骨しており,今後,2004年度収集材料と同様に,骨幹部横断面の骨組織形態計測を行ない,骨格各部位におけるモデリング・リモデリングの様相を解明する予定である. 2 ニホンザルによる種子散布過程における種子破壊率の推定大谷達也(森林総合研究所九州支所) 対応者:室山泰之 種子散布者としてのニホンザルの有効性を検証するため,飼育下の個体に既知数の果実を食べさせて,排泄されるまでに破壊される種子の割合を算出した.鹿児島県屋久島の西部林道域において採取した5樹種の果実を,2006年1月6日から15日にかけて,霊長類研究所の個別ゲージで飼育されているニホンザル5頭に与え,フン中の種子を数えた.与えた果実数,果実あたり種子数,および排泄された種子数から,種子破壊率を算出した.その結果,種子破壊率の平均値は76.2%(±25.9%, n=25)で,採食された種子の大部分は破壊されることがわかった.樹種ごとの種子破壊率の中央値は,ヒサカキ90.1%,ハマヒサカキ84.4%,シャシャンボ39.9%,シマサルナシ86.4%,およびアコウ94.3%であった.各樹種の種子の堅さと破壊率の間には相関が認められなかった(n=25,γ=-0.13, p>0.05).種子破壊率には樹種間で有意な差がみられなかったが(Friedman test, df=4, p=0.054),サル個体間には有意な差がみられた(df=4, p=0.026).種子破壊率には,樹種ごとの種子の特性よりもサル個体ごとの採食技術や飼育履歴のちがいなどが大きく影響すると推察された. 3 ニホンザル新生児における匂い刺激によるストレス緩和効果川上清文(聖心女子大・心理) 対応者:友永雅己,鈴木樹理 筆者らはニホンザル新生児が採血を受ける場面に,ホワイトノイズやラベンダー臭を呈示するとストレスが緩和されることを明らかにした(Kawakami,Tomonaga,&Suzuki,Primates,2002,43,73-85).本研究は,その知見を深めるために,サルの好物であるリンゴの匂いを呈示した,1昨年からの継続研究である. 本年度は新たにオス・メス各1頭のデータが得られた.第1回目の実験日が平均9.5日(平均体重564.5g),第2回目は14日(平均体重593.5g)であった.匂いを呈示した条件と呈示しない条件を比べた.行動評定の結果では,リンゴの匂いの呈示効果はみられなかった.コルチゾルの分析を急ぎたい.なお,今年度もリンゴの匂いは,高砂香料で合成された.高砂香料に感謝したい. 5 サル類の加齢に伴う自然発生病変の病理学的解析山手丈至(大阪府立大・院・生命環境) 対応者:中村伸 サル類は近年バイオメデイカル研究における動物モデルとして注目されている.特に,医薬品開発における安全性試験においては非ゲッシ類動物として広く利用され始めている.このような研究を遂行する上でサル類に自然発生する病変の背景データを蓄積しておくことは,薬物誘発病変を解析する上での誤差を防ぐために必須である.本研究の目的は,老齢サルに出現する自然発生病変を病理学的に解析し,サル類特有の病変を明らかにすることである.今年度は,京都大学霊長類研究所で剖検され提供された7例のニホンザルについて病理学的な解析を行った.7例は全て雌で23歳から32歳の年齢範囲にあった.腫瘍性病変としては,1例(29歳)に悪性中皮腫が,1例(26歳)に脾臓の血管肉腫が観察された.悪性中皮腫は,腹膜と体網に密発する小結節として生じ,担腫瘍個体には大量の腹水が貯留していた.組織学的には,上皮様細胞の乳頭状~結節状の増殖から成り,膠原線維の増生を伴っていた.脾臓の血管肉腫は,不規則な血管腔を内張りする血管内皮細胞の増殖から成った.非腫瘍性病変としては,1例(30歳)に子宮内膜症が,1例(23歳)に膵管増生がみられた.また,3例(26,30,32歳)に膵ランゲルハンス島の細胞に空胞変性がみられた.これら病変の病理発生に関しては,さらに症例を追加して解析を行う必要があるが貴重なデータと成り得る. 6 霊長類の肘関節内部構造の種間変異江木直子(京都大・理) 対応者:茂原信生 小型霊長類の上腕骨遠位部内部構造をpQCTで撮影して,緻密骨と海綿骨の関節構造への寄与を検討した.標本は50μmの精度で撮影し,観察には3次元画像を用いた.小頭部と滑車前部から,中央部矢状面における緻密骨と海綿骨の骨量,海綿骨の容積密度,骨梁の異方性とその方向を計測した.骨格標本とpQCT機器は,京都大学霊長類研究所と大学院理学研究科自然人類学研究室,日本モンキーセンター,アメリカ国立自然史博物館のものを用いた.サンプルは,Daubentonia,Avahi,キツネザル科,ガラゴ科,ロリス科,広鼻猿類,オナガザル科を含む.サンプル種では,骨梁は矢状面内で発達する傾向にあり,関節外面と直交している.ロリス科は体重に対して関節内骨量が大きく,緻密骨が厚いのに対し,Avahiでは緻密骨は薄く,海綿骨の容積密度が低い.したがって,海綿骨容積より緻密骨の量や海綿骨の容積密度が荷重への耐性維持に役立っていると考えられる.オナガザル科でも関節容積は大きいが,これは海綿骨容積の増加によるためで,小頭では緻密骨が薄く,滑車では海綿骨容積密度が低い.結果から,緻密骨量も海綿骨構造のどちらもが荷重環境への適応に寄与していると考えられる. 7 注意欠陥/多動性障害(ADHD)の モデル動物の作成船橋新太郎(京都大・人間・環境) 対応者:清水慶子 ADHD,前頭連合野の機能異常,ドーパミン(DA)調節系の変化との間の密接な関係が示されている.発達初期に前頭連合野で生じたDA調節系の変化がADHDの生物学的要因であると仮定し,その検証のため,6-OHDAの注入により前頭連合野のDA系を破壊した新生児サルを用い,ADHD児に見られる行動特徴(多動,注意障害,衝動性)を示すかどうかを解析した.自発行動における多動傾向の有無を検討するため,ホームケージ内と小型のテストケージ内での行動量を測定したところ,無処置サルと比較して,6-OHDA注入サルでは,明らかな行動量の増加が観察された.特に後者のサルでは,ケージ内での激しい回転運動が連続して観察された.ADHDの治療薬であるmethylphenidate(MPD)の投与によりサルの行動に変化が見られるかどうかを調べたところ,後者のサルで1.5mg/kg(体重)のMPDの経口投与により行動量の減少傾向が観察された.このように,6-OHDAの注入により前頭連合野のDA系を破壊したサルで多動傾向は観察された.次の課題として,注意障害や衝動性がこのようなサルで観察されるかどうかの確認が必要である. 8 霊長類のストレス遺伝子のクローニングと組織での遺伝子発現手塚修文(名古屋文理大・情報文化),東濃篤徳(京都大・霊長研) 対応者:景山節 ニホンザルから各組織を採取しRNAを分離し,代表的なストレスタンパク質であるimmunoglobulin heavy-chain binding protein (BiP),calreticulin (Crt),protein disulfide isomerase (PDI)の全塩基配列を決定した(それぞれ1965 bp,1254 bp,1533 bp).さらにノーザン分析によってこれらの遺伝子発現を調べたところ,各々の組織での発現が異なっており,発現の組織多様性が示唆された.BiP,Crt,PDIこれらのcDNAのクローニングに成功したことはサル類では初めてであり,今後のサルストレス研究の様々な展開に応用できる.BiP, Crt, PDIの機能部位はサルでもよく保存されていることが示された.また,いずれも小胞体常駐蛋白質の特徴であるC端部のKDEL配列がみられた.これらは小胞体ストレスタンパク質の動物での共通性が高いことを示している. BiPは 腎臓,副腎,肝臓で比較的よく発現し,PDIは肝臓,副腎,腎臓と腸で発現していた.Crtは組織全般に均等に発現する傾向にあり,発現の組織特異性が異なっていた.今後ストレスタンパク質の組織多様性という観点からの展開が必要と考えられる. 9 繁殖に関する嗅覚情報の利用-旧世界霊長類と新世界ザルの比較齋藤慈子(国立精神・神経センター),池田功毅(東京大・院・総合文化) 対応者:清水慶子 これまでの鋤鼻器に関する形態・遺伝学的研究などから,類人猿ならびに旧世界ザルでは,繁殖に関する嗅覚情報の利用が限定されていると推測されてきた.しかし近年の形態・行動学的研究結果から,その通念の再考が迫られている.本研究では,新世界ザル,旧世界ザル,類人猿を対象として,におい物質の成分,行動の両面から,繁殖に関する嗅覚情報の有用性について検討することを目的とした.本年度は,メスの性器周辺部のにおいが,性周期によって変化するか否かを検証するため,チンパンジー,マカクザルを対象に,性器周辺部のにおい物質を採取した.現在,ガスクロマトグラフィーによる成分分析をおこなっている.またニホンザルを対象にペアリング実験をおこない,メスの性周期によりオスの行動が変化するか,また性周期の判別に嗅覚情報が利用されているか否かを検討した.スニフィング,マウンティングの回数を計数し,黄体期と卵胞期で比較をおこなった結果,統計的に有意な差はみられなかったが,卵胞期においてオスの上記行動の回数が大きくばらつく傾向がみられた.今後このばらつきが,におい成分分析の結果,および尿中ホルモンの値によって説明できるか否かを検討し,またチンパンジー,カニクイザルを対象とした行動実験,マーモセットを対象としたにおい物質の採取,成分分析,行動実験をおこなう予定である. 10 狭鼻猿類の骨性外耳道の比較形態学研究矢野航(京都大・理・自然人類) 対応者:茂原信生 真猿亜目の系統において,狭鼻猿下目が獲得した骨性外耳道の機能形態を,広鼻猿下目との比較によって調査した.まず,自然人類学研究室所蔵の骨格標本を用いて,ノギスおよび3D-デジタイザーによって骨性外耳道が露出している頭蓋底表面を,CT-スキャナーによって,頭蓋内部を計測し,外耳道及び,外耳道周辺の器官の形状とサイズ,位置関係を計測した.次に,霊長類研究所所蔵の骨格標本を用いて,同様の観察,計測を行った.これに加え,同研究所所蔵の液浸標本を解剖し,外耳道付近の筋,血管,腺などの軟組織の計測,記録を行った.その結果,真猿亜目の2下目の間では,骨性外耳道の有無のみでなく,周辺の筋,靭帯,腺,頭蓋形状に両者の違いがあることが示唆された.またそれらの違いは特に,第一咽頭弓由来の器官,下顎関節付近の器官に多かった. 本研究の成果は,平成18年度提出する京都大学理学研究科修士論文にまとめる予定である.下顎および聴覚器官の形態は哺乳類の進化で,劇的に変化し,その結果変異が大きい領域である.また,発生過程においても,神経堤の分節構造や,咽頭弓の発生における様々な変化を受ける複雑な場所であることが分かっている.骨性外耳道の原基も爬虫類における顎骨の一部と相同である.今年度以降,同研究を継続するが,そこでは,発生一進化の過程を念頭において,狭鼻猿・広鼻猿下目における,形態進化の過程を思い描くことが重要だと思われる. このページの問い合わせ先:京都大学霊長類研究所 自己点検評価委員会 |