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京都大学霊長類研究所 > 年報のページ > 2004年度 > XI 退職にあたって

京都大学霊長類研究所 年報 

Vol.35 2004年度の活動

XI 退職にあたって

庄武孝義(集団遺伝分野)

私が帯広畜産大学から霊長類研究所変異研究部門に転任して来たのは,1971年8月でした.ついこの間のように思いますが,33年半の月日が経ってしまいました.その赴任当時のことを知る人はほとんど退職されましたので,若い人たちに,この研究所にこんな歴史があったのだという事を知ってもらえたらと思い,それらに纏わる諸々の思いを綴ってみます.

変異研究部門は,研究所全体を凝縮したような部門で,社会生態,形態,遺伝と,専攻が多岐にわたる5人のスタッフで構成されていました.このいびつな構成は順次解消されましたが,当時は若い人の間で,部門も研究所も,実験系とフィールド系とに分かれようという議論が出るなどの軋轢がありました.私の分野は,実験系と見なされていましたので,苦労しました.長期間フィールドワークの出来る特別事業費に応募しても,無視され続けました.しかし,野澤先生,河合先生,故川村先生,杉山先生,故伊谷先生方に,集団遺伝学のフィールドワークの必須性を理解していただき,1975年には河合先生のヒヒ類調査隊の一員に選ばれましたし,1978年度に,特別事業費の第2候補になりました.その際,第1候補の人が調査に行けない事態になり,実験系から初めて,私がフィールド調査に行かせてもらえることになりました.マントヒヒ・アヌビスヒヒの雑種およびゲラダヒヒの調査と試料収集に,エチオピアへまる一年間出かけました.それ以来特別事業費で4回,科研費やJICAで30数回,フィールドワークによる自然群の試料を集め続けました.おかげで完全にフィールドワークの必要な分野と思われるようになりました.最近ではフィールド系の若い人達の中に,個体群観察と合わせて,それぞれの試料を持ち帰り,遺伝的結果を加えて考察をして研究を行っている人達も出てきました.フィールド系と実験系の間のバリアーは無くなったと思います.

当時から十数年は,思い通りに海外調査に行くチャンスは少なく,行くチャンスがあれば何をさておきいつでも遠征して,試料収集に努めました.その結果,前に収集した物の実験データが出ないうちにまた,海外調査に出るということになり,試料がどんどんたまり,未消化のデータがたまったままで退職しなければならないという事態に陥ってしまったことに悔いが残ります.救いは,私が収集した試料を主体にして,幾人かの研究者が学位を取得したことと,多くの共同利用研究者がいくつもの論文を作成されたことです.今後は,集団遺伝分野に保存されている試料が,研究所内外の多くの研究者に利用されることを切に望みます.

私が研究教育の仕事に携わった39年間は,科学技術が急速に進歩した時期で,常時,研究室と実験室にいても,そのスピードについて行くのは大変でした.私の場合は,合計約9年間の海外調査のため頻繁に出・帰国するという不規則な研究生活を送っていましたので苦労しました.思い返しますと,計算技術もすごいスピードで進歩しました.前任地で統計遺伝学の演習を担当しまして,遺伝相関や遺伝率を算出するために,平方和,積和を計算しなければなりません.手回し計算機あるいは,ソロバンでいちいち値を計算してノートに記し,最後にそれを加算するという作業をしていました.一回の演習で一課題を終了させるのはとても無理で,宿題にしなければ,とても次回へ進むことが出来ませんでした.私が霊長類研究所に転任するころには,電子ソロバンが出て,平方和,積和をいちいちノートに記さなくても計算出来るようになり,随分楽になりました.最初の科研費の奨励研究で最先にこれを購入したことは,忘れられません.今ではパソコンに測定値をいれるだけで,即座に結果が出てきます.実験室での生化学的遺伝標識を検索する技術も急速に進歩した.蛋白変異を解析する電気泳動法は寒天ゲル,澱粉ゲルからアクリアミドゲルになり,より解析力が増しました.1986年にPCR法が開発されてからは,DNAの塩基配列を検索する技術が飛躍的に進歩しました.今では,DNA塩基配列の変異を多数個体一度に,数時間で検索出来るようになりました.集団遺伝学の進化理論は,これらの優れた遺伝標識によって,より精度の高い議論が行われるようになってきています.私の能力ではとてもついて行けそうもないと,思い始めているところでした.

最後に私見ですが,私がいくつかの発展途上国に野外調査のため長期滞在しての経験や,国費留学生を受け入れて指導した経験から,それらの国々(特にアフリカ)の初等教育の脆弱さを強く感じました.それ故に,この30年間にこれらの国々は,上辺は発展したように見えますが,根本が変っていないと思います.退職したら,この方面のサポートに力を注ぎたいと思っていましたが,体調を崩し断念しています.国費留学生の受け入れや,ODAでの経済・技術援助の前に,初等教育を根本から整えるサポートが絶対に必要だということをこの場を借りて,訴えたいと思います.コンパスや三角定規の使い方を知らない学生に,自然科学系の大学院教育はしんどいと思います.

退職直前に体調を崩し,皆様に大変な御迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げるとともに,共同研究者で,私と同時に退職する予定だった,故竹中修教授に哀悼の意を捧げ,筆を置きます.

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このページの問い合わせ先:京都大学霊長類研究所 自己点検評価委員会