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京都大学霊長類研究所 > 年報のページ > 2003年度 > X 共同利用研究 2. 研究成果-自由研究31-44

京都大学霊長類研究所 年報

Vol.34 2003年度の活動

X 共同利用研究

2 研究成果 自由研究31-44

31 サルにおける環境化学物質の新しい代謝経路と内分泌撹乱作用

小嶋仲夫(名城大・薬)

環境化学物質として生体への影響が懸念されているフタル酸エステル類(PEs)の代謝は,加水分解によるモノエステル生成の他にアルコールの存在下では,エステル交換により非対称ジエステルを形成することを先に報告した.さらに我々はPEsの環水酸化がラット肝ミクロソームにより起こり,生じた環水酸化PEsのエストロゲンレセプター結合親和性が増強することを明らかにしている.今回,ニホンザルの肝ミクロソームによるフタル酸-ジブチル(DBP),-ジプロピル(DPP)或いは-ジメチル(DMP)の代謝物をHPLCおよびLC/MSで検索した.その結果,DMPでは環4位水酸化体に一致するHPLCピークを認めた.DPPでは環4位水酸化体の他にプロピル基が酸化を受けたジエステル体を認めた.プロピル基水酸化体もまた酵母two-hybrid法でエストロゲン様活性を示すことを確認した.DBPでは2つのブチル基水酸化体を認めた.環4位水酸化体に一致するピークは小さく同定には至っていない.その他ブチル基水酸化モノエステル体と推定されるピークも複数存在した.DBP代謝物の種類はラットに比べてサルで多く,アルキル基の伸長やアルコール存在下での代謝ではさらに多様な代謝物の生成が予想される.これらの結果は,PEsが代謝過程で様々な形で内分泌撹乱作用を獲得する可能性を示している.

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33 霊長類MHCクラスI遺伝子の臓器特異的発現

颯田葉子・澤井裕美(総合研究大・生命体科学)

昨年度までの研究で,霊長類MHCクラスI遺伝子群について,ヒトと新世界ザルの共通祖先で各々の種の遺伝子のレパートリーが既に形成されていたこと,しかし祖先を共通にする遺伝子の発現パターンが,ヒトと新世界ザルで異なる可能性を示してきた.本研究では複数の新世界ザルMHCクラスI遺伝子の発現パターンをさらに詳しく比較するため,フサオマキザル1個体の脾臓,小腸,皮膚,血球からmRNAを抽出し,クラスI遺伝子を特異的に増幅するRT-PCRを行った.各器官で増幅したRT-PCR産物をエクソン4-8の塩基配列により,ヒトの古典的クラスI遺伝子と共通祖先を持つ遺伝子と非古典的クラスI遺伝子と共通祖先を持つ遺伝子の2つのグループに分類した.古典的クラスI遺伝子と非古典的クラスI遺伝子の大きな違いの一つは,前者が汎組織的に発現するのに対して,後者が組織特異的な発現パターンを示すことにある.新世界ザルの遺伝子の発現パターンではどちらのグループにおいても全ての器官で発現している古典的タイプと考えられる遺伝子が1つ以上見つかった.ヒトで組織特異的発現を示す非古典的クラスI遺伝子と共通祖先を持つグループから,様々な組織で発現する遺伝子が見つかったことから,クラスI遺伝子の発現パターンはヒトと新世界ザルの系統で独立に分化したことが示された.今後は,組織特異的な発現を示した遺伝子等についての解析も進める予定である.

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34 ヤクシマザルの採食行動における動物食の役割

清野未恵子(京都大・理・人類進化)

ニホンザルが利用する食物の中で,動物類は捕獲の難しさから採食効率が悪い食物であるといわれているが,低標高部に生息するヤクシマザルは年間を通して動物を採食していることが明らかになっている.そこで,ヤクシマザルが採食対象とする種類とその捕獲方法を,季節に応じてどのように変化させているかを調べた. 調査対象群のNina-A群は屋久島の西部域の海岸部に生息し,18頭からなる.そのうちオトナメス5頭を調査対象個体とし,2003年9月から12月まで個体追跡法を用いて採食種,採食量,採食時間を記録した.

昆虫が多く出現する時期(9月,10月)には甲虫類,バッタ類,セミ類の採食回数が多く,昆虫が越冬状態になるにつれて(11月,12月),樹皮下,朽木内,枯葉内に潜んでいるゴキブリ類,ムカデ類,クモ類,昆虫の幼虫の採食回数が多くなった.10月から12月になるにつれて,朽木割りや落葉開きの回数は増加した. 越冬期に主に捕獲している,朽木などの中に隠れている種類の動物は一年中利用可能であるのに対し,夏期に一斉に出現する捕獲が容易な昆虫類は出現期間が限られている.そこで夏期は一斉に出現する昆虫類を利用し,それらが減少するにつれて,隠れている動物を利用するようになると考えられる.

現在も調査は継続しており,動物の採食量の年変化を同時期に利用する果実や葉などの採食量と関連させ,ヤクシマザルの動物食を考察する予定である.

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35 ニホンザルの性腺機能調節における成長因子の役割

田谷一善・葛西秀美・黒田まほ(東京農工大・農・獣医生理),伊藤麻里子・清水慶子(京都大・霊長研)

雄ニホンザルの精巣では,精巣間質細胞からテストステロンが,セルトリ細胞からインヒビンが分泌され,それぞれ精巣機能の指標として用いられる.しかし,生物活性のあるインヒビンについては,どのタイプの分子型が主要なインヒビンであるかについては不明のままであった.本研究では,この点を明らかにすべく雄ニホンザルの精巣におけるインヒビンの分子型について検討した.その結果,①血中及び精巣抽出物中には,インヒビンBのみが存在し,インヒビンAは検出されなかった.また,②免疫組織化学法により,インヒビンα鎖とβB鎖がセルトリ細胞に検出されたが,インヒビンβA鎖は,検出されなかった.以上の結果から,ニホンザルの精巣では,インヒビンBが主要なインヒビンとして分泌され,下垂体からの卵胞刺激ホルモン(FSH)分泌を抑制しているものと推察された.本研究の成果は,Primates 44, 253-257, 2003に発表した.

ニホンザルの妊娠中には,生物活性の高いインヒビンが大量に胎盤から分泌される事実を明らかにしてきた.本研究では,胎盤から分泌されるインヒビンの分子型とアクチビン分泌について検討した.その結果,インヒビンAは,妊娠の第2四半期から血中濃度が急激に上昇し,妊娠末期まで高値を維持するのに対し,インヒビンBは,妊娠中を通して次第に上昇し,妊娠末期に最高値を示した.一方,アクチビンAは,妊娠の第2四半期から上昇し,第3四半期に最高値を示した後,妊娠末期には,次第に低下する事実を明らかにした.本研究の成果は,Endocrine 22, 238-243, 2003に発表した.

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36 コモンマーモセット脳内神経伝達物質の機能形態学的解析

唐沢延幸・岩佐峰雄・竹内輝美(星城大・リハビリ)

マーモセット脳内に局在するチロシン水酸化酵素(TH)単独陽性細胞(DOPAニューロンの可能性あり)は吻側から尾側にかけ散在していた.また,芳香族L-アミノ酸脱炭酸酵素(AADC)単独陽性細胞(APUD系細胞)はJegerによりラットで報告されたのにはじまるがマーモセット脳内にも広範に分布していた.AADCニューロンはアミン前駆物質を取り込んでアミンを合成する能力を有したり,微量アミンの合成に関与する可能性などが想定される興味あるニューロン群である.(THおよびAADC単独陽性ニューロンの分布については,平成16年開催の国際解剖学会にて発表する.)

さらにコリナージックニューロンの分布をその合成酵素コリンアセチール転移酵素(ChAT)の局在で解析を進め,平成16年開催の日本神経科学・日本神経化学合同学会にて発表する.16年度研究では,本年度研究の成果を基に更に詳細な解析(免疫蛍光法2重染色など)を行うとともに17年度に計画している薬剤投与実験の対照実験も含めて推進する.

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37 ニホンザル餌付け群(嵐山E群)における父性解析

井上英治(京都大・理)

ニホンザルにおいて,どのようなオスが子供を多く残しているのかについて明らかにするために,2003年に生まれた13頭の子供の父親を決定した. 2002年の秋の交尾期に嵐山E群に在籍していた4歳以上のオス25頭,よく観察された群れ外オス2頭,2003年に生まれた子供とその母親から,毛を採取して,11座位のマイクロサテライト遺伝子の遺伝子型を調べた.母親と共有していない子供の遺伝子が,父親由来であると考えられるので,その遺伝子をすべての座位で持っていたオスを父親とした.そのようなオスがサンプル内にいなかった場合は,群れ外オスを父親と決めた.

嵐山E群のオスを,餌場で餌を食べるオトナオス(7歳以上をオトナとした)である上位オス(7頭)と,オトナだが餌場に来ない周辺オス(6頭)と6歳以下のワカオス(12頭)に分類した.すると,上位オスの中では,2位のオスが1頭子供を残したのみで,周辺オスが計7頭,群れ外オスが計5頭の子供を残したという結果になった.これは,2002年に生まれた10頭の子供の父性解析をした結果とよく似ており,現在の嵐山E群では,周辺オスが多くの子供を残していることがわかった.また,2002年のデータと合わせて,在籍年数と子供の数を比べたところ,在籍年数が短いほど子供を残していることが明らかになった.多くの上位オスは,在籍年数が長かったために子供を残せなかったと考えられる.

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39 チンパンジーの音声行動の世代間伝播

小嶋祥三(慶應義塾大・文)

チンパンジー音声の収録に適している居室の録音システムが大幅に変更されており,データを収集することが難しかった.実験中の音声は(南雲氏のご協力に感謝する)入室時にだす極めて少数の限られたものだったので,データとならなかった.そこで,前年度までとりためた音声データを分析することに集中した.まず,母子間の音声インタラクションであるが,すでに2002年5月のPan-Pal, Ai-Ayumu, Kuroe-Kureoの結果を公表した.その結果Pan-Palのみで音声インタラクションが見られた.この結果は,子供の年齢が異なることが問題となる可能性がある.そこで,各幼児の年齢を合わせて(1歳9ヵ月齢)分析したが,結果は同じだった.

もう1点検討したのは,幼児が親を含め周囲の個体の音声をどのように知覚しているかである.Palが1歳齢から1歳6か月齢の間に,親のPanがおこなっていた音声による個体識別の実験時に,Palが音声を聞き顔写真が提示される画面を見る行動を分析した.音声刺激はpant gruntで,発声個体はPan, Popo, Ai, Mari, Penである.Palはこの順序で画面を見ることが多かった.つまり,母親や夜一緒にいることが多かったPopo,そして遊び仲間の親であるAiなど接触頻度が多い個体に対する反応が多かった.この時期のチンパンジー幼児は音声により個体識別をしている可能性が示唆された.

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40 霊長類の樹上性傾向と肩関節形態

加賀谷美幸(京都大・理・自然人類)

樹上を移動に利用する傾向の強さと肩関節形態の変異の関連を調べることを目的として,Macaca属の骨格標本の分析を行った.対象として,主に樹上を利用して移動するとされるM.fascicularis(f),radiata(r),assamensis(as),地上を移動する頻度が多いnemestrina(n),arctoides(ct)の5種を用いた.肩甲骨,上腕骨,鎖骨の形態学長,肩甲骨の棘下窩幅,外側縁長,肩甲棘長,肩甲骨関節窩と上腕骨頭の関節面の径,上腕骨頭結節部の幅など20項目を計測し,主成分分析と示数の多重比較を行った.

主成分分析では,サイズ要素を示す第1軸と,肩甲骨や上腕骨が短く,結節や関節窩などの肩関節部が発達すると正を示す第2軸(頑丈性要素)が得られ,分散の90%を説明した.この平面上でf,rの群とas,n,ctを含む2群に分かれた.fとrは体サイズが小さいことに加えプロポーションとしても華奢な特徴が共通し,これが樹上性の強さに関連した総合的な特徴と考えられる.f,r,asの肩甲棘は肩甲骨に対して短い傾向があり,肩関節部プロポーションが小さいためと考えられる.

他方ctは骨頭の結節部が側方へ発達し,結節を覆う肩峰-烏口突起間の距離が長い.しかしctの骨頭関節面の内外側幅はむしろ狭く,骨頭の前後長と比較した骨頭シェイプとしても,関節窩幅に対するサイズとしても骨頭は狭い.この点で互いに類似した関節シェイプを持つ他の4種に比べて独特であった.関節窩に対する骨頭の前後長さに関してはctだけでなくnも長い傾向があり,このような特徴が肩関節の運動を前後方向へ安定化すると考えられる.

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41 マーモセットCYP2D酵素薬物代謝酵素機能:ヒトCYP2D6との比較生化学的研究

成松鎭雄,比知屋寛之(岡山大・薬),浅岡一雄(京都大・霊長研)

マーモセットの薬物代謝学的特性を解明するため,マーモセット肝臓内の CYP2D 酵 素に焦点を当て,その構造と機能について検討を行った.京都大学より供与されたマーモセット肝臓より,RT-PCR 法を用いて新規 CYP2D 分子種であるCYP2D30 cDNA を単離した.一方,鹿児島大学より供与されたマーモセット肝臓からは,既知CYP2D19 cDNA を単離した.また京都大学のマーモセット肝臓内には CYP2D30mRNA,鹿児島大学のマーモセット肝臓には CYP2D19 mRNA が各々主に発現していることを明 らかにした.これらマーモセット由来のCYP2D30とCYP2D19の cDNAをそれぞれ酵母細 胞に導入・発現させ,酵素蛋白質機能をヒトCYP2D6と比較したところ,マーモセット CYP2D30 はヒト CYP2D6と極めて類似した性質を有していたのに対し,マーモセット CYP2D19 はかなり異なる様相を示した.すなわちCYP2D6の典型的な基質である降圧薬 Debrisoquine (DB)は,CYP2D6と同様にCYP2D30により主に4位水酸化体に変換され,芳香環5,6,7及び8位水酸化活性は4位水酸化活性の20%以下であった.一 方,CYP2D19はCYP2D6やCYP2D30とは逆に,高いDBの芳香環水酸化活性を示すものの, 4位水酸化活性は認められなかった.Bufuralol を基質とした場合には,1”位水酸 化反応における立体選択性がCYP2D30とCYP2D6は明確なS≫Rであるのに対し,CYP2D19はS≦Rの選択性を示した.マーモセットにおける異なったCYP2D酵素遺伝子の発現制御機構解明が今後の課題である.

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43 マカクザルの配偶子培養系と受精率の検討

細井美彦(近畿大・生物理工)

未提出

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44 類人猿およびマカク類の運動行動学分析

後藤友梨子(京都大・院・理)

テナガザルとチンパンジーの二足歩行のキネマティクスデータを多数例集め,ヒトと比較した場合のそれぞれの特徴を明らかにすることを目的として,分析を行なった.

4歳と5歳のテナガザル2頭と3歳のチンパンジー1頭を,実験室に設置した板の上を二足歩行させ,2台のデジタルビデオカメラで同時に撮影した.ビデオフレームごとに標識点(肩峰,股関節回転中心,膝関節回転中心,腓骨外果,第五中足骨頭)をデジタイズし,各標識点の矢状面での座標を算出し,1歩行周期ごとの股関節,膝関節,足関節の角度の経時変化を得た.

比較の結果,歩行周期はテナガザル(0.66-0.70秒)よりチンパンジー(0.83秒)の方が長く,速度については前者が後者より速くその分散も大きかった. 足関節においてはヒトも類人猿も関節角度の変化域はほぼ同じだったが,テナガザルに比べヒトとチンパンジーは比較的類似した変化パターンを示し,特にheel strikeを行なう接地前後で共通する.

膝関節はヒトに比べ類人猿は常に屈曲位にある.テナガザルでは,スタンス期後半に関節が伸展する点でヒトと似るが,股関節点の上下方向の変動を見るとヒトとは位相がずれていて,テナガザルはチンパンジーの方に機能的に類似する.

股関節でも,ヒトに比べて類人猿は屈曲位にあり,またヒトが歩行周期全体を通して角度変化するのに対し,その変化時間の割合も少ない.また,最大伸展は類人猿ではテナガザルのほうが大きかった.

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このページの問い合わせ先:京都大学霊長類研究所 自己点検評価委員会