数年前,考古学の世界で,いわゆる旧石器捏造事件が起きた.一人の考古学マニアの比較的単純な(今にして思えばであるが)偽造を,関係した考古学の研究者が見抜けなかったことは大きな衝撃を与えた.しかしながら,この一連の石器を以前から批判し続けていた人たちが少数ながらいた.声が小さかったのは残念だが,国内限定と思われる考古学の発掘の分野でも,海外での旧石器遺跡の発掘に参加したり,主催したり,あるいは旧石器の研究者と交流があり,日本の旧石器についても豊富な経験と適切な目をもっていた人たちであった.
どんな研究分野でも実物にあたる日常の研究に加えて,事実を見つめる広い視野の必要性を痛感する.ホミニゼーションをキーワードとする霊長類研究所の研究は,特に広い視野を要求される.その意味で,毎年発行される年報は,本当に私達の研究に,そして研究所にそのような視点があるかどうかを,研究所の内部から,また外部から点検していくいい機会を与えてくれる.
平成16年度から独立法人化する大学の中で,霊長類研究所がさらに発展していくためには,オリジナリティのある研究をし,そして存在感のある研究所として認められることが必要である.個人的には,もちろん論文を書くことが最重要だが,研究所として発展してゆくためには,講演活動,研究会,データベース,公開講座等々も非常に重要なことであり,あらゆる機会をとらえて情報を発信し,私達の仕事を理解していただく努力が必要である.年報ももちろんその一つである.
私達はこれから研究所が進むべき道を考えるひとつの材料として,この年報を位置づけているし,これからの研究の発展に,そして教育の充実に生かすことができる年報であることを目指している.そして,この年報を通して,霊長類研究所の研究活動が理解され,霊長類の研究に興味を持つ若い人々がでてくるきっかけになれば望外の喜びである.
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