京都大学霊長類研究所 > 2006年度 シンポジウム・研究会 > 第7回ニホンザル研究セミナー・要旨 | 最終更新日:2006年5月2日 |
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ニホンザルにおける他個体との近接を保つための見回しとクーコール
群れで移動するためには、特に分散しやすい状況で、群れのまとまりを維持するための調節が必要であると考えられる。ニホンザルは、常に群れで移動をしており、その群れは比較的個体間距離が広いことが知られている。そこで、群れの空間的なまとまりをどのように維持しているかを探ることを目的とし、群れの分散時に周囲を把握する行動が起こるかを調べた。群れの分散は、他個体との距離や周辺の個体数の変化を指標とし、周囲を把握するような行動は、視覚的な情報である長めの見回しと聴覚的な情報であるクーコールの回数を指標とした。
調査は屋久島西部海岸域に行動域をもつKawahara-A群を対象に、2005年5〜6月と8〜10月に行った。オトナメス5頭を対象に個体追跡法を用い、1分間と5分間の瞬間サンプリングで、最近接オトナメスとの距離と10m以内の個体数を記録した。また、同じ1分間に起こった見回しの有無とクーコールの回数を記録した。分析はそれぞれ状況別に個体ごとの平均を算出し、二元配置分散分析をした。誤差項は状況×個体を用いた。状況による差が有意であったときは、TukeyのHSDを用いて、多重比較を5%水準で行った。
他個体が集合している時に比べて分散している時には、見回しが有意に多く起こることがわかった。しかしクーコールは、分散している時だけでなく、比較的集合している時にも発声頻度が高くなっていた。クーコールに関して、さらにアクティビティーに分けて分析したところ、採食、移動、休息で傾向が異なった。他個体が集合している時の発声頻度の高さは採食中のものであり、分散しているときの発声頻度の高さは休息中のものであった。
分散している時に周囲をよく見回していることから、ニホンザルは群れが広がったときに他個体の空間配置を視覚的に把握していることが示唆された。また、休息中に分散している時に発声頻度が高いことから、他個体が離れていくような場面には発声によって自分の位置を知らせ、他個体の発声を促すことで、聴覚的にも把握している可能性が示唆された。これらの手がかりが、ニホンザルにおける空間的な広がりを保った群れの移動を可能にしていると考えられる。
Extra large clusters and their social structure of Japanese macaques (Macaca fuscata) in the Shodoshima Island, Central Japan
Japanese macaques usually formed small clusters in winter, which mostly composed by their close kin. Monkeys in Shodoshima Island, however, frequently formed extra large clusters (more than fifty individuals huddling) during winter and occasionally during summer. Mean cluster sizes of Shodoshima monkeys were 3.4± 4.9 and 3.8±5.4 in summer and it escalated to 17.1 ± 18 and 15.9 ±20.5 for SA and SB groups respectively in winter. The largest sizes reached to 85± 15.7 and 65.7±18.2 at mean temperature of 9oC. These extra large clusters in Shodoshima groups were mostly composed by adult females and juveniles, as well as one or several adult males. Shodoshima is a relatively warm habitat for Japanese monkeys. Formation of extra large clusters indicates an extreme example of tolerance among unrelated Japanese monkeys. Compared with those of monkeys in Takasakiyama, social behaviours of monkeys in Shodoshima have following characters, tolerant relations, frequently affinitive interactions, short inter individual distance, less kin bias, frequent aggressions, less intensive aggressions and frequent counter aggressions. These characters suggested loosed dominant relations in Shodoshima groups. Likely because of their loosed dominant relations, unrelated monkeys huddle together more often and easily formed larger clusters to cope with cold. Inter-group comparisons in this study suggested dominant relationships of Japanese macaques might have wide variations, some are despotic, others tend to be are ‘tolerant despotic’, such as in Shodoshima groups.
高崎山の餌付けニホンザル群における雌の栄養状態と個体群動態について
大分県大分市の高崎山では、1950年に初めて野生ニホンザルの個体数調査が行われ、1952年に餌付けが開始され、翌年高崎山自然動物園が開園した。その後、餌付けにより個体数が急増し、1950年に166+α頭であったのが、1965年には1000頭を超えるに至った。1970年から現在に至るまで毎年個体数調査を行ってきており、1970年代前半から給餌量を減らした結果として、繁殖パラメーターが明瞭に変化したことがわかった。
本発表では、給餌量の減少に伴う各種パラメーターの変化について示す。
また、高崎山個体群管理のために最近継続して行っている体重測定結果を元に、成熟雌の体重と子の体重成長についても発表する。
Nutritional condition of females and population dynamics in provisioned, free-ranging Japanese macaques, Macaca fuscata, at Takasakiyama
A population of Japanese macaques (Macaca fuscata) at Takasakiyama, Oita Prefecture, south Japan, has been studied for a half-century. The first census was conducted in 1950, and 166 + α monkeys were counted in a single troop. In 1952, provisioning started and Takasakiyama Natural Zoo opened in 1953. Annual census started in 1970. The population grew by 6.9 times during 22 years from 1953 to 1975 when food was given at 618 Kcal/day/animal on average, meanwhile it fissioned into 3 troops. To control the population growth, provisioning decreased to 334 Kcal/day/animal after 1975. The population grew only 1.2 times for 19 years until 1994, though capture of separated monkeys at outside of the home-range as agricultural pest might have effected on the decrease of growth-rate. As a consequence of decreasing artificial food, body mass of 5 and more year females decreased, primiparous age of females increased, and birth rate of 5 and more year females decreased. And then, body mass of infants decreased. In 1979 total size of 3 troops reached 2000 in a range of 300 ha. In 2001, Troops A, B, and C consist of 773, 449 and 660 animals respectively.
ニホンザルの行動特性に応じた群れ管理手法の検討
近年、野生ニホンザルの群れは人里に出没し農作物被害だけでなく生活被害を起こすなど、加害レベルが高く個体数も増加傾向にあり、緊急に対策が必要とされる。
本研究は、このような群れの農地依存による高栄養状態からの繁殖率の上昇や人馴れの進行を防ぎ、本来の生息地へ追い上げるような群れ管理手法を開発することによって、サルと人との棲み分けをはかることを目的した。これまでに群れの行動管理、群れサイズ管理、生息環境管理をその管理手法の方法として、各地で検討を重ねてきた。
本報告では、群馬県で得られた成果を元に野生ニホンザルの群れサイズ管理手法を検討する。
調査対象としたニホンザルの野生群は、群馬県下仁田町、妙義町に生息し、電波発信機を装着することで遊動域の把握できる隣接する3群である。群れの呼称は、それぞれ大牛群、下仁田群、坂詰群とした。
2003年3月から現在まで各群れの遊動を季節毎に連続した5〜7日間追跡し、ラジオテレメトリーによる群れごとの遊動域のGISによる解析と、デジタルビデオ撮影による個体数、性年齢構成の推移の把握によって捕獲の影響をモニタリングした。
調査期間中に各群れの遊動範囲内で行われた有害捕獲は原則として小型捕獲檻を用い、捕獲の際にオトナメスと推定された個体については発信機を装着して放獣した。それ以外の捕獲個体は、原則としてすべて回収し、外部計測、繁殖状態、栄養状態の査定を行なった。これらの個体は、捕獲地点を遊動域に含む群れから捕獲されたものと判断した。
その結果、群れの出産率および捕獲個体の妊娠率共に70%以上と高く、捕獲個体の交尾期の大網蓄積脂肪指数も妊娠成立の可能性が高い数値であった。群れサイズは下仁田群最大頭数128頭から72頭。大牛群最大頭数71頭から38頭。坂詰群最大頭数35頭から17頭と個体数は減少し、3群ともに群れの分裂、性年齢構成の偏りは生じていない。さらに、下仁田群については、GISによる遊動域の解析の結果、行動面積が最外郭で13.7kuから6.5kuへと縮小し、農地への出没頻度および頭数が減少したとの報告を受けている。大牛群については、遊動域が2.0kuと狭いことから依然として集落への依存は高いため、今後も捕獲を継続する計画である。
これらのことから、野生ニホンザルの群れサイズ管理には、小型捕獲檻による個体の選択的捕獲が有効であり、捕獲の影響を継続的にモニタリングし、その結果を踏まえ計画的な捕獲を行うことが必要であると考えられる。
ニホンザルによる被害と被害防除の実態−富士北麓地域における事例−
本研究は,ニホンザル(Macaca fuscata)による農作物被害の発生状況を把握し,それに対応する被害対策の現状と問題点を抽出することにより,今後の被害対策の改良に資することを目的として行った。調査は,富士北麓地域を対象とし,まず対象群に発信器を装着し,ラジオテレメトリーにより群れの位置を特定し,その場所に調査者が移動し確認する方法で行った。そして,ニホンザルが加害している現場を視認した場合は,その位置と加害作物,および被害を受けた圃場での被害対策の状況を記録した。調査は2003年12月から2004年11月に実施した。
その結果,夏期にはカボチャや豆類などの果菜に被害が集中し,秋期にはカキなどの果樹に被害が集中していたが,冬期と春期にはネギやハクサイなどの葉茎菜も加害していた。加害頻度は冬期にもっとも高く,次いで夏期,秋期,春期の順であった。圃場に接続する林縁から加害地点までの距離は,春期,夏期および秋期には約7割が50m以内と比較的短かったが,冬期になると距離が長くなり,最長約180mに達した。このことからニホンザルは,森林内の食物が少なくなると耕地に摂食範囲を広げ,摂食可能な生産農地が少なくなると,林縁から遠く離れた集落内に立地する摂食可能性は高まるが,危険性も増す農地まで移動し,加害する傾向があるといえる。そのため,被害を軽減するためには,四季を通じて奥山森林内での食物環境の改善が第一に重要な課題といえる。また,冬期にニホンザルは,生ゴミや農作物収穫残滓を頻繁に摂食していた。このことは,人間による放棄食材や収穫放棄作物が,集落近郊におけるニホンザルの摂食機会を増大させ,有用作物への加害を誘引する要因になっていることを示唆している。被害を防ぐためには,生ゴミを農地に捨てない,残滓を農地に残さないように徹底するなど,生活と生産活動レベルで対応策を講じる必要がある。
対象群が侵入もしくは侵入を試みた田畑280筆うち,被害対策が施されていたのは,電気柵を設置している畑が4筆(1.4%),網による囲い込みが行われていた4筆(1.4%)のみで,ほとんどの圃場では,対策が施されていなかった。さらに,ニホンザルが集落や農地に出没した47日のうち,追い払いが行われたのは18日(38.3%)と十分でなく,一回あたりの平均追い払い人数も1.6人と少なかった。これらのことから本地域では,住民はニホンザル被害に直面する緊張関係を持たず,その結果十分な対策を実施する仕組みを形成するには至っていないことが指摘できる。被害を軽減するためには,集落が共同で生産,生活両面における複合的な被害対策を行える実行態勢を整えることが重要といえる。
Crop damage by a wild Japanese macaque troop and damage management in the northern area of Mt. Fuji, Japan
The goal of this study was to examine current crop damage by Japanese macaques (Macaca fuscata), and evaluate the control methods employed. We found that the frequency of crop damage was highest during the winter, followed by summer, autumn, and spring. Japanese macaques primarily fed on leaf and stem vegetables during winter and spring; mainly fruit vegetables during summer; and mostly fruits in autumn. During winter, the distance between the forest edge and farmland areas suffering crop damage increased, and the maximum distance recorded was 180 m. Japanese macaques also repeatedly fed on both unharvested crops and garbage during winter. These observations suggest low food availability in the interior forest habitat; thus, to reduce crop damage during winter, food availability in the forest habitat must be augmented. Moreover, to reduce crop damage in farmland, it is necessary to properly dispose of raw garbage, as well as the residues, and it is critical to educate the local communities. There was no management strategy in place to deal with crop damage in most of the areas in which damage was observed. Damage prevention was exercised at only three sites (0.7%), where walls were constructed to keep macaques away from the crops. However, of the 47 days in which the macaques were observed in residential areas or the surrounding farmland, this artificial exclusion method was employed on only 18 days (38.3%), and the average number of people who participated in this artificial exclusion management procedure was only 1.61 per event. Therefore, it is necessary to establish a cooperative management system that includes the participation of women from local communities to reduce crop damage because the current method of artificially excluding macaques from villages and farmlands is ineffective.
被害防止柵の効果を制限する要因−パス解析による因果推論−
被害防止柵は野生動物による農業被害を防止するため、近年頻繁に利用されている。この柵とは簡易的で一時的な柵と、堅牢な固定柵の2種類に大分される。ところでコスト等の面から、固定柵は簡易柵よりも高い効果が期待されるが、固定柵の効果は一般に期待されるほど高くないとする報告は少なくない。そこで、どのような要因が固定柵の効果に影響を与えるのかを調査するため、考えられうる一連の要因を対象としパス解析により分析した。まず効果に影響を与える可能性のある要因を2分した。野生動物が農地に侵入する際に使われる侵入経路及び場所(直接要因)、及びこれらの侵入部位を発生させる人的要因(間接要因)である。解析の結果、柵の高さ、用水路の未封鎖、柵下の隙間が有意な直接要因としてあることが示された。また、管理不足、専門家によるアドバイス、受益者負担、自給農家率が直接要因に影響を与える間接要因であることが示された。以上のことから柵の効果を高め、野生動物による農業被害を減らすためにはこれらの間接要因に、より多くの注意を払う必要があると考えられる。
Analysis of factors influencing the effectiveness of fences Cause - effect deduction by path analysis
Fencing has often been used to prevent wild animals from causing agricultural damages. Fences used commonly can be classified into two categories: simple temporary ones and durable fixed ones. Although one can expect that durable fences are more effective than simple fences, it has frequently been reported that the effectiveness of durable fences is not as high as expected. We analyzed a series of factors by path analysis to determine which factors influence the effectiveness of fences. We classified factors possibly affecting the effectiveness into two categories: characteristics of routes or points that animals use to raid into crop fields (direct factor), and human factors related to these routes or points (indirect factor). The analysis showed that fence height, unscreened channels, and crevices under fences unfixed at the ground influenced the effectiveness significantly as direct factor. The analysis also indicated that the lack of maintenance, experts’ advice, expenses as beneficiary, and the rate of subsistence farming affected direct factors as indirect factors. These results suggest that we should pay more attention to these indirect factors in order to make fences more effective for reducing crop damages caused by wild animals.
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