京都大学霊長類研究所  > 2005年度 シンポジウム・研究会  > 第6回ニホンザル研究セミナー・要旨 最終更新日:2005年4月20日

第6回ニホンザル研究セミナー

発表予稿

宇野 壮春(宮城教育大学)

ニホンザル・群れ外オスの社会学的研究

 ホンザル(macaca fuscata)の群れ外オスは、単独で行動するハナレオス(ソリタリー)と2〜10数頭で行動するオスグループに分けられる。ただ、1頭ないし少数頭で群れとは独立に行動する群れ外オスは、継続して観察することや個体識別が極めて困難なため、その社会生活はほとんど明らかにされてこなかった。本研究は、島というサルにとって閉鎖的生息環境を利用し、グループオスの社会生活を明らかにすることを目的に行われた。調査地は宮城県金華山島で、2002年3月から2004年10月までのうち144日間、群れ外オスの観察を行った。調査方法はまず設定した調査区域、調査小屋を中心とする一円で観察されるすべての群れ外オスを直接観察とデジタルカメラを活用して個体識別を行った。次に、グループを形成しているサルを対象に、見失わない最大限の工夫を凝らしながら、夜明けから泊まり場に着くまでアドリブサンプリングで終日追跡観察し、そのオスが参加しているオスグループのメンバーシップの安定性や離合集散性を調査した。その結果、一つのオスグループの利用地域は年間を通して一つの群れ遊動域と重複し、かつ、ほぼ一定していることが明らかになった。また、オスグループは同一の群れで生まれた同年齢ないし同世代のオスたちが群れを出たあとに核となって形成され、短期的に見れば(一日とか数日)、特に非交尾期には、オスグループのメンバー間で日常的に離合集散が行われているが、長期的に見れば(季節ごととか1年)、メンバーシップは安定していることがわかった。しかも、そのメンバーシップは壮年のオスになる(約12歳)までの数年の間、継続される可能性の高いことが示唆された。そして、壮年になったオスはオスグループ固有の遊動域を離れて他地域に移動していくか、遊動域を共有する群れに加入するかのいずれかを選択することになると推測される。

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花村 俊吉(京都大学 理学研究科 人類進化論研究室)

ニホンザル餌づけ群におけるオスの空間的位置とメスとの社会関係 ―空間的位置の分化機構と差異の観察―

 ニホンザルの群れは、オスが群間を移出入する複雄複雌の構成を持っている。出自群を出たオスは、複数の群れを渡り歩く過程で、群れオス、群れを追随するハナレオス、群れを追随しないハナレオスとして観察されてきた。また、群れオスは、群れを構成する多くの個体の近くにいるオスと、多くの個体から離れているオスとに分化して観察されることが知られている(オスの空間的位置の分化)。これは、高順位オスと低順位オスの役割に応じた行動によって維持される、群れの共時的構造としての中心部と周辺部が存在する結果であると考えられることもあった。さらに、このオスの空間的位置の差異は、餌づけ群でより明瞭に観察されることが知られている。しかし、その分化機構はよく分かっていない。本研究では、群れを構成する他個体との相互行為の積み重ねによって、オスの空間的位置が分化して観察されているのではないかと考え、オスが他個体から離れることになる逃避、近くにいることになる近接に着目し、@群れを構成する多くの個体から離れているオスがよく逃避しているかどうか、Aオスの逃避に関わる他個体との相互行為、およびBオスの逃避に関わる他個体の性と順位、個体数について検討した。 調査は、2004年2月から8月までの7ヶ月間実施した。嵐山モンキーパークいわたやまのニホンザル餌づけ群(嵐山E群)のうち、10才以上のオトナオス9頭を対象に個体追跡を行い、逃避、近接、攻撃などの他個体との相互行為、およびオスの空間的位置を記録した。空間的位置については、個体追跡中の瞬間サンプリングによって得た視界内の個体数のデータと、各オスの月毎の近接個体数のデータを用いて分析した。
 その結果、@よく逃避するオス(逃避オス)と、ほとんど逃避しないオス(非逃避オス)がおり、視界内の個体数、月毎の近接個体数が少ないオスは、逃避頻度が高い傾向があった。Aオスの逃避の発端となった他個体との相互行為には、オスがその他個体と直接的に関与する相互行為と、直接的に関与しない第三者どうしの悲鳴などの相互行為があり、第三者どうしの悲鳴が発端となって逃避していたのは逃避オスのみであった。また、逃避の発端となった相互行為において他個体の悲鳴を伴った場合に、第三者が逃避しているオスを攻撃することがあり、オスが直接的に関与しない相互行為によって逃避する際にも第三者からの攻撃がみられた。しかし、逃避オスは第三者からの攻撃を伴わずに逃避することが多かった。したがって、逃避オスは、悲鳴をあげ得る他個体や悲鳴のあがった状況、つまり第三者から攻撃される可能性から逃避していることが示唆された。B逃避の発端となった他個体の性はほとんど全てメスであり、オス単独が逃避の発端となった例はなかった。また、逃避の発端個体となったメス数は全メス数の70%であった。さらに、逃避しているオスを攻撃した第三者はメスよりオスであることが多く、その全事例で逃避しているオスよりも順位の高いオスが攻撃していたが、非逃避オスが逃避オスを選択的に攻撃する傾向はみられなかった。したがって、オスの逃避は多数のメスが発端となって生じており、第三者からの攻撃では、逃避オス、非逃避オスに関わらず、順位の低いオスはそのぶんだけ自分より順位の高いオスから攻撃され得ることが示唆された。
 以上より、オスの空間的位置は、第三者からの攻撃の可能性をもたらす多数のメスから、オスが繰り返し逃避するか逃避しないかによって分化しており、ニホンザルのオスの空間的位置には、メスとの社会関係が強く影響していると考えられる。そして、ニホンザルの群れに中心部、周辺部といった固定された構造が存在している結果ではなく、オスとメスの相互行為の積み重ねによって、明瞭か、不明瞭かといったかたちで空間的位置の差異が観察され続けていると考えられる。また、個体数が増加し社会性比がメスに偏る餌づけ群では、オス1頭あたりの逃避の発端となり得るメスが多数存在するため、空間的位置の差異が明瞭に観察されていると考えられる。さらに、一部の調査地で報告されている追随型のハナレオスは、追随する群れのメスから逃避することで、追随する群れの多くの個体から極端に離れたオスである可能性が考えられる。今後、追随型のハナレオスの、追随する群れのオス、メスそれぞれとの相互行為を検討する必要がある。また、オスが群れとして観察されるある集まりの多くの個体の近くに居続ける(あるいは離れ過ぎない)と、群れオスとして観察されることになると考えられるが、それは、オスが何に、あるいは誰に近づいている結果なのかについても検討する必要がある。さらに、観察者(ヒト)に観察可能なニホンザルの空間的位置の差異や群れといった境界が、サル自身にとってどのように現れているのかについても問うていく必要があるだろう。

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島田 将喜(京都大学 理学研究科 人類進化論研究室)

ニホンザルコドモの遊びの研究

 一般にニホンザルは、いったん誰かに帰属が明瞭になった物を巡って奪い合うことはないが、京都市嵐山に餌付けされたニホンザルのコドモたちは一つの物を持ち手を交代しながら遊ぶ「枝引きずり遊び」をする。この遊びには「物を持つ方は逃げ、その他の持たない方は追う。物を奪ったら逃げ手になる」という規則があると考えられた。
 一方発表者が現在進めている遊びのレパートリーに関する地域間の比較研究によると、餌付け群にのみ「枝引きずり遊び」が見出されることが示唆された。規則のある遊びはサルでもヒトでも生得的にできるわけではないが、「ゆとり」がある集団では自然に生じると考えられた。こうした集団間で遊びの異なる点が文化的相違として認められるかどうかについても議論する。

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江成 広斗(東京農工大学大学院 連合農学研究科 野生動物保護学研究室)

農村社会の展望から猿害問題を再考する
〜白神山地における西目屋村アニマルパトロールの事例から〜

 白神山地北東部に位置する青森県西目屋村(246.6km2)は、津軽地方の特産であるリンゴを基幹産業とする山間農業地域である。当村は他の農山村と同様に、過疎化の進行が著しく、人口は最盛期の5,346人(1960年)から1,838人(2002年)まで減少し、農地も160ha(1996年)から100ha以下(2003年)へと急減している。このような農村の衰退期において、1980年代後半からニホンザルによる農作物被害が発生した(和田・今井2002)。特に食害が激化した1998年には、サルによるリンゴへの被害総額は1,300万円を超え、この額はリンゴ農家一戸あたりの平均純益72.6万円(2000年現在)の11.8%を占めており、高齢で零細な農家の多い当村では深刻な社会問題として捉えられている。村役場では緊急の猿害対策として1996年から2002年にかけて電気柵(総延長約22km)を国・県からの2億円を超える補助金をもとに建設した。しかし、2003年現在で61.8%の電気柵がすでに故障しており(n=34)、被害が再発している地域も多い。
 そこで、当村では新たな地域振興策を兼ね備えた猿害防除事業として西目屋村アニマルパトロール(NAP)を2002‐03年のリンゴ果樹被害期(8月〜11月)に実施した。NAPとは、@自助的な猿害対策が困難な高齢農家の多い農業地域おいて、都市住民ボランティアにより農耕地からサルを追い払うこと、A世界自然遺産にも登録された自然資源・景観をもとに近年の都市住民の自然・田園思考(エコ・グリーンツーリズム)への要求を満たすこと、の2点を主な目的としている。本研究は、1)追い上げによるサルの行動圏や逃避行動の変化から、猿害防除策としてのNAPの有効性を検証すること、2)地元農家と参加ボランティアを対象としたアンケート調査を実施し、NAPの社会的評価を明らかにすることを目的としている。また、当村の農業の現状と展望を検証し、NAPをはじめとした猿害防除策の将来的な意義・役割について検討することにより、過疎の山間農業地域における猿害問題とその被害管理のあり方について再考した。
 NAP実施後、追い上げ対象とした農作物加害群は行動圏を拡散させ、その追い上げ期間中(8−11月)の面積は、追い上げ実施前(2001年)2.6km2から、実施1年目(2002年)9.3km2、実施2年目(2003年)13.2km2へと増加した(LSCVを用いたfixed-kernel methodによる90%行動圏)。この拡散効果の結果、サルによるリンゴ被害額は660万円(2001年)から、13.2万円(2002年)、11.0万円(2003年)へと減少し、2002年に83.0%、2003年に79.2%の農家からNAPに対して高い評価を得ることが出来た(n=53; 2002, n=53; 2003)。また、参加したボランティアからも自然豊かな地域における農村体験、環境教育の場としてNAPは高い評価を受けた。このようなNAPの高い効果と評価にもかかわらず、当村において猿害を主要な農業の衰退要因として回答したのは1名(2.7%)であり(n=56)、また、今後15年の間に74.2%の農家が耕作放棄を考えていることから(n=56)、NAPの長期的な社会的役割は少ないと考えられる。当村のように農業の衰退が著しく進行する山間地域において、猿害対策は農業の維持・活性化の手段ではなく、短期的(一時的)な高齢者の生きがい(=農作業)を支える「高齢者福祉」としての位置づけられるものと考えられ、それに適応した被害管理が望まれる。

Rethinking Social Issues of Crop-feeding by Japanese Monkeys from Future Prospects of an Agri-community
~A Case Study of Nishimeya-village Animal Patrol in Shirakami Mountains~

Nishimeya Village (246.6km2) in Aomori Prefecture is one of depopulated agri-communities, located in the northeastern Shirakami Mountains, the northernmost Honshu, Japan. In this village, Japanese monkeys (Macaca fuscata) have damaged apples of principal crops there since the 1980s. The village office implemented a project of monkey-driving inviting urban volunteers, named “Nishimeya-village Animal Patrol (NAP)”. It implemented between August to November, growing and harvesting season of apples, in 2002 and 2003. The NAP has two purposes; 1) to protect crops against the monkeys, 2) to satisfy volunteers who desired to enjoy agri- and eco-tourism in Shirakami area, surrounded by the scenic forest, which was designated as the World Heritage. This study intends to analyze the effect of the NAP, considering 1) ecological influence of the monkey-driving on the troops and 2) social appraisals of the NAP by the villagers and volunteers. Consequently, the monkey-driving compelled their range to enlarge from 2.6km2 in 2001 (before the NAP) to 9.3km2 in 2002 (first season of it), 13.2km2 in 2003 (second season of it), using the 90% contour of fixed kernel method. This range expansion resulted in a decline of apple damage from 6.6 million yen in 2001 to 132 thousand yen in 2002, 110 thousand yen in 2003. This result was appraised by 83.0% in 2002 and 79.2% in 2003 of the villagers (questionnaire surveys; n=53 for 2002, n=53 for 2003). In addition, the volunteers highly approved the NAP as the tourism, provided them with comfortable farm-life in nature with plenty of wildlife. Regardless of high approvals by both villagers and volunteers, it is difficult to expect that the NAP persists in the years ahead because 74.2% of the farmers intend to retire from farmwork in the near future (n=56); therefore, the NAP may temporarily perform “social welfare” for the aged farmers.

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風張喜子(北海道大学大学院 環境科学院)
Nobuko Kazahari (Graduate School of Environmental Science, Hokkaido University)

ニホンザルのパッチ利用における他個体の影響

1.はじめに

 食物がパッチ状に分布する場合、動物はパッチの分布や質に応じて最適にパッチを利用することによって採食効率を最大化するという前提のもとに多くのパッチモデルが発展してきた。多くの霊長類にとっても食物はパッチ状に分布しており、パッチモデルの妥当性が検証された。しかし、モデルの前提である“パッチ内の食物の枯渇による採食速度の低下”がないにもかかわらずサルはパッチを去っており、パッチ利用を説明することができなかった。霊長類の多くは強い個体間関係に基づく群れを形成しており、他個体の存在がパッチ利用に対して重要な影響を及ぼしていることが指摘された。したがって、霊長類の食物パッチ利用を理解するには、採食場面における社会的影響を考慮しなくてはならない。
 実際のパッチ利用においてはパッチ内での食物探索・食物の取り込み・滞在時間の3つの局面が見られる。そこで、ここではサルのパッチ立ち去りが採食効率の低下によらないことを示した上で、食物環境と他個体の存在・個体の順位がパッチ利用のどの局面に作用し、採食効率に影響するのかを定量化することを目的とした。

2.方法

 調査は宮城県の金華山島において野生ニホンザルを対象として、2003年の春・秋、2004年の春に行った。対象群のさまざまな順位のオトナメスに対して8分間を1セッションとした連続個体追跡による行動観察を行った。調査時期の主要食物である7品目について、パッチ滞在時間、セッションごとおよびパッチ利用ごとの食物取り込み時間割合と速度・パッチ内での探索時間の割合・採食効率(採食個数/パッチ)・パッチ内個体数を算出した。また、食物環境としてサルが利用した樹木の樹冠サイズ・パッチ内の食物密度・周囲50m以内のパッチの数を調査した。

3.結果と考察

 7品目中3品目においてのみパッチ利用中に採食効率の低下が起こり、必ずしも採食効率が低下しないことが示された。食物環境、個体の順位は品目によってパッチ利用の各局面に対する効果が異なった。一方で、パッチ内個体数は多くの品目において滞在時間・採食効率に対して正の効果を示した。低順位個体で採食効率が低下する傾向の見られた品目でも、パッチ内個体数は負の影響を示さなかった。個体間の干渉頻度が低く、干渉頻度と低順位個体での採食効率の低下との関係にも一貫性が見られなかったこと、必ずしもパッチ利用中に採食効率が低下しなかったことから、調査時期において消費型・干渉型競争が弱かったと言えた。このように、消費型・干渉型競争が弱い食物環境下においては他個体の存在が採食効率を向上させることが示唆された。さらに、本研究で見られた採食効率の向上の大半は取り込み速度の向上または取り込み時間割合の増加によってもたらされることが分かった。取り込み速度の向上または取り込み時間割合の増加の理由として、(1)食物が不足する環境下での消費型競争へ適応した結果、(2)ヒトで報告されているような社会的促進、(3) 攻撃に対する警戒よりはむしろパッチからの立ち去りや移動といった他個体の動きに対する注意が弱くなっていることが考えられる。
 社会性の強い動物のパッチ利用にみられる他個体の影響は、消費型・干渉型競争の強弱によって変化する可能性が示された。

EFFECTS OF FOOD CONDITIONS AND SOCIAL FACTERS ON FOOD PATCH USE IN JAPANESE MACAQUES

Most primate species use patchy-distributed food resources. Many patch models have been developed by assuming that animals respond only to food conditions including patch size, quality and inter-patch distance, which define their foraging efficiency. However, actual patch uses in several primate species do not follow these models. Most primate species form groups with strong social bonds. Social effects must play important roles on their patch uses, and should be considered along with food conditions. We quantified effects of food conditions, number of individuals in the food patch and social rank on patch uses in Japanese macaques (Macaca fuscata).
The study site was Kinkazan Island, northern Japan, which had no predator for monkeys. A wild group of Japanese macaques was studied, in spring and autumn of 2003 and 2004. We collected foraging data( residence time, food handling bout, number of food intakes) and social data( number of monkeys in the same tree, and social interactions)in every visit of food patches using the focal animal sampling method. Crown size, food coverage of food patches and number of neighboring food patches were measured as food conditions. For main food items in the study periods, these data were analyzed separately.
Food conditions and social rank did not show consistent effects on patch uses between food items. However, number of monkeys affected positively on residence time, handling bout and intake rate in most food items. Agonistic interactions between members during patch uses didn’t decrease intake rate in even low-ranking females. Thus, scramble and contest food competition would work limitedly on their patch use. Inter-group encounter did not occur. This study showed that there is a certain positive social effect on foraging efficiency in patchy-distributed food condition even when lacking predator and inter-group interaction.

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清野 未恵子(京都大学 理学研究科 人類進化論研究室)

野生ヤクシマザルオトナメスの昆虫類捕食行動

 これまでニホンザルの様々な採食行動に関する研究から、ニホンザルは果実や種子、葉、花、髄、など様々な植物質を食べるだけでなく、昆虫類やカエル、トカゲ、鳥の卵などの動物質も食べる雑食性であるということが明らかにされてきた。しかしこういった研究で、果実や葉などの植物質はその採食時間割合や採食量の多さから、主要であるということが強調される一方で、昆虫類などの動物質については、採食時間割合が低いということくらいか言及されてこなかった。一方でサルの昆虫食に関する記述からは、虫もサルの食生活において、大きな比重をしめているのではないかということも示唆されていた。そこで、これまでは採食した時間でしか評価されてこなかったヤクシマザルの昆虫食を、どのようにして探し出し、どのように採食しているのかという点をみることによって、サルにとって昆虫類がどのような食物であり、どのようにして捕食を維持しようとしているのかということを明らかすることを目的をとして、ヤクシマザルの昆虫類捕食行動を観察した。
 本研究では、2003年10月から2004年8月の11ヶ月間、屋久島の西部地域の標高5mから150mまでを遊動している野生群を調査した。この群れはNina-A群と呼ばれており、オトナメス5頭、オトナオス4〜6頭、コドモ8〜9頭、アカンボウ1頭の計18〜21頭からなる。そのうちオトナメス5頭を調査対象とした。総観察時間は694時間であった。直接観察法を用いて1個体1時間を目安に秒単位で連続記録を行った。行動は採食、移動、休息、それ以外にわけて記録した。虫の捕食に関しては虫を明らかに口に入れて食べている行動を虫採食とし、それ以外に虫を探していると思われる行動を虫探索と定義して記録した。今回は冬期に行われた虫の捕食行動に関してのみ分析した。
 その結果、サルは年間を通して40 種類の昆虫類を採食していることが明らかになった。それらのみつけどり、落葉開き、特定の植物の探索など昆虫類を探すことが明らかな探索行動のなかで、朽木を崩して隠れた昆虫類を探しだす行動「朽木崩し行動」ついて分析した。朽木崩し行動は、朽木の選択と崩すという作業からなり、朽木をかむ・はがす・ほじくるなどの行動により、中に生息している昆虫類を探し出す行動である。朽木崩し行動は12月から2月にかけて増加したが、2月に最も頻繁に観察された。朽木を崩すたびに虫が獲れるわけではなく、朽木を崩して虫が獲れる割合は個体ごとに異なり、約22〜39 %であった。朽木を崩しはじめて、ほとんどが一回の施行で終わっていたが、虫が獲れると、同じ朽木を連続して崩す傾向が高かった。その結果昆虫類が再度捕獲できる割合は50 %に増加した。最初の試行で虫が獲れなかった場合にも、同じ朽木で虫を探し続ける行動もみられた。また、休息を20分以上続けた後にまた同じ朽木を崩し始めることもあった。
 以上の結果から、ヤクシマザルは、捕獲が困難な冬期にも虫を必要としており、朽木は冬期の昆虫類を捕獲するための重要な採食パッチであるということが明らかになった。朽木での虫探索の結果は個体ごとに差があり、その違いは朽木内の虫の分布とサルが朽木内にいる虫をどの程度必要としているかの違いであると考えられる。また、虫捕獲後に探索行動が続くのは、朽木の中から採れた虫がサルの探索動因を強化し、サルがさらに虫を得ようとしている行動であると考えられ、朽木に生息している昆虫類はサルにとって魅力的な食物であることが示唆された。結果的に、サルが探索を続ける朽木では虫を獲得できる割合が高くなっており、サルが朽木を割る際に何かヒントを得て割り続けている可能性も考えられる。ニホンザルが生きていくためには、果実や葉などの植物質が必要不可欠であり、虫を探す時間は限られている。そのようななかで、ニホンザルの昆虫類捕食行動から明らかになったことは、虫はサルにとって獲りにくい食べ物なのではなく、獲れそうなときを見計らって積極的に食べるものなのではないだろうか。

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このページの問い合わせ先:京都大学霊長類研究所 杉浦秀樹
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